東方見雲録

東方見雲録

2023.04.22
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カテゴリ: 郷土
Wikipedia情報からネット観光することに。

以下、Wikipediaからの引用文。写真は関連サイトから借用

八上の白兎神社
八頭町には、3つの白兎神社があり『郡家町誌』に掲載されている。

八頭町福本にある白兎神社 は、840年前後に仁明天皇より位をいただき、江戸期築造の「大兎大明神」を祀る社殿が大正時代まであって、蟇股には「波に兎」と菊の御紋の彫刻が施されていた。この社は合祀により廃社となり、社殿は八頭町下門尾「青龍寺」に移され、本堂の厨子として再利用されている。


現在、 八頭町池田には池田神社(「白兎神社」) と呼ばれる神社があるが、祭神は弁財天、兎神、稲荷神で2基の祠が鎮座する。


八頭町土師百井(はじももい)には、もと白兎神社 があり、大正時代に池田の白兎神社と併せてご神体は八頭町宮谷の「賀茂神社」に合祀された。いずれも廃社ではあるものの、地元の人たちによって今もなお崇敬されている。八頭町には白兎神社関係の灯篭が下門尾と前出の賀茂神社に残る。


山間の鳥取県八頭郡八頭町、かつての八上郡(やかみのこおり)を舞台とする白兎の話は、石破洋教授の著作『イナバノシロウサギの総合研究』(牧野出版)をきっかけに広く知られるようになった。書中に紹介された城光寺縁起[注釈 5]と#土師百井の慈住寺記録[10]によると、天照大神が八上行幸の際、行宮にふさわしい地を探したところ、一匹の白兎が現れた。白兎は天照大神の御装束を銜(くわ)えて、霊石山頂付近の平地、現在の伊勢ヶ平(いせがなる)まで案内し、そこで姿を消した。白兎は月読尊(つくよみのみこと)のご神体で、その後これを道祖白兎大明神と呼び、中山の尾根続きの四ケ村の氏神として崇めたという[要出典]。

天照大神は行宮地の近くの御冠石(みこいわ)で国見をされ、そこに冠を置かれた。その後、天照大神が氷ノ山(現赤倉山)の氷ノ越えを通って因幡を去られるとき、樹氷の美しさに感動されてその山を日枝の山(ひえのやま)と命名された。



「波に兎」は江戸中期に庶民も広く愛好したことが知られる瑞祥文様である。謡曲「竹生島」の歌詞にも〈月の兎は水に映った月の中で波の上を跳ねる〉とある[要出典]。東北関東九州近畿、各地の寺社の彫刻に「波に兎」の意匠が見られるが、因幡地方には特に集中している[要出典]。

なお、兎が登場する民話は多く、京都府宇治市の宇治神社の縁起には、貴人がウサギに導かれる話が伝わる[要出典]。

参考サイト:鳥取市観光協会 もう一つの白兎伝説 こちら





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Last updated  2023.07.20 08:05:37
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