東方見雲録

東方見雲録

2023.05.14
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カテゴリ: 文化
2006.05.14の日記 こちら


引用サイト: こちら


大名お屋敷の面影を残す六本木ヒルズの「毛利庭園」
今や六本木の代名詞ともいえる六本木ヒルズには今もなお、江戸のかおりを残す一角があるのをご存知でしょうか?それが長府藩毛利家の上屋敷跡の「毛利庭園」です。現在六本木ヒルズのある六本木6丁目付近は、江戸時代の敷跡」で、六本木ヒルズにある毛利庭園は、慶安3年(1650)、毛利元就の孫、秀元が甲斐守となり、現在の六本木ヒルズがある場所へ「長府藩毛利家の上屋敷」を設けます。

その後元禄15年(1702)には赤穂事件を起こした10名が切腹したお屋敷としても名を残しています。赤穂事件とは「忠臣蔵」として有名な江戸城で起きた「松之廊下刃傷事件」で喧嘩両成敗の時代に仕掛けた側の浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)のみ即日切腹となり、襲撃を受けた吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)はお咎めがなかったことに反発した浅野側の家臣が起こした仇討ち事件です。

さらに明治の大軍人となった乃木希典(まれすけ)や中央大学の創始者である、増島六一郎の邸宅となっている時期もありました。その後昭和27年(1952)から昭和49年(1974)まではニッカウヰスキーの東京工場となり、水が綺麗だったことから井戸水をブレンドに使用し、「ニッカ池」の愛称でも親しまれていたそうです。

また昭和52年にはテレビ朝日が取得するなど、さまざま歴史の舞台となった「長府藩毛利家の上屋敷跡」は、現在の六本木ヒルズに「毛利庭園」として見事に再現されています。また樹齢約300年を超える大銀杏やソメイヨシノなども、慎重に移植作業がおこなわれ、従来の姿で残されています。大名庭園時代の名残りとして親しまれた「ニッカ池」は池底を固め永久保存をするために「埋土保存」をし、現在の池はその上につくられています。毛利庭園の敷地は4300㎡あり、心地よい散策が楽しめるよう、滝や渓流、小川なども配置されています。
引用サイト: こちら

関連サイト:東京トリップ 毛利庭園(毛利甲斐守邸跡)  こちら





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Last updated  2023.05.14 07:00:08コメント(0) | コメントを書く


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