東方見雲録

東方見雲録

2023.09.27
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カテゴリ: 土木
2006.09.27の日記 こちら






河川名の由来
 中川の放水路として昭和38年に新たに開削されてつくられたことに由来します。

新中川開拓史
 新中川は、洪水からまちを守る目的で、昭和13年から昭和38年の間に人の手によって掘られた川です。
 中川流域は、たびたび水害を受けてきました。特に、昭和13年6月、7月にかけての豪雨は非常に激しく、中川水系では破堤は免れたものの、 浸水戸数6万戸を超える大災害となりました。そこで、中川水系である中川、綾瀬川や芝川の三つの河川について、水害を防ぐ計画を検討し、 中川の高水流量の一部を分流して江戸川(現在の旧江戸川)へ流すことにしました。
 昭和13年から22年までの10か年事業として着手されましたが、第二次世界大戦の影響で、昭和20年に事業が中止となりました。 戦後、昭和22年9月のカスリーン台風により、甚大な被害を受けたため、事業の早期完成が強く要望されました。そこで、改めて昭和24年度より事業を再開しました。 当時としては、最新・大型の機械力を駆使するとともに、多くの人力も併用して、鋭意放水路の開削を進めましたが、 戦後のインフレによる急激な物価高騰と、計画の一部変更等を経て、昭和38年に竣工しました。 開削工事約8キロメートル、用地買収32,818坪、水門1基、橋梁16橋、鉄道線付替1箇所、工事費は約53億8千万円です。
 新中川ができるまでは、昭和13年の洪水や、カスリーン台風などで大規模な水害に見舞われていましたが、新中川の完成により、治水の安全性は大きく向上しました。




引用サイト:東京都   こちら





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Last updated  2023.09.27 00:00:16コメント(0) | コメントを書く


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