東方見雲録

東方見雲録

2023.09.28
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カテゴリ: 文化



木場の「波除碑」
木場駅からすぐ南に行ったところに洲崎神社という小さな神社がある。そこに「津波警告の碑」なる石柱が建てられている。その右に古い碑があり、今はその文字を読み取ることができないほど風化が進んでいるが、東京都教育委員会による看板には「波除碑」とあり、そこにはこう記されている。

寛政三年(一七九一)九月四日、深川洲崎一帯に襲来した高潮によって付近の家屋がことごとく流されて多数の死者、行方不明者が出た。

幕府はこの災害を重視して洲崎弁天社から西のあたり一帯の東西二八五間、南北三〇余間、総坪数五、四六七余坪(約一万八千平方メートル)を買い上げて空地としこれより海側に人が住むことを禁じた。そして空地の東北地点(洲崎神社)と西南地点(平久橋のたもと)に波除碑を建てた。当時の碑は地上六尺、角一尺であったという。

石碑は砂岩で脆く、震災と戦災によって破損が著しい。現在地は原位置から若干移動しているものと思われる。

建設は寛政六年(一七九四)頃で碑文は屋代弘賢によるものと言われている。

新しい碑は「津波警告の碑」となっているが、「波除碑」にあるように、実際は津波ではなく、高潮であった。高潮は台風などで波が高く押し寄せるもので、地震の影響によって発生する津波とは異なっている。だが、二〇〇年以上前に、ここが高潮によって大きな被害を受け、一万八〇〇〇平方メートルもの土地を幕府が買い上げ、そこに人を住まわせなかったという政策は見事なものであり、現代でも大いに学ぶべきものがある。
引用サイト: こちら





平久橋碑
引用サイト: こちら

関連日記:2024.01.25の日記 今日のアーカイブ:築地・波除稲荷神社 こちら





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Last updated  2024.04.24 06:00:29
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