東方見雲録

東方見雲録

2024.03.12
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カテゴリ: 私見

引用サイト:京成電鉄 こちら


鎌ヶ谷大仏
参考サイト:「新京成線さんぽ」➃北初富駅、新鎌ヶ谷駅、初富駅、鎌ヶ谷大仏駅 こちら

関連サイト:新京成沿線健康ハイキング こちら
24.03.10のネット散歩



千葉が好き。房の駅   こちら




鉄道連隊橋脚・鎌ヶ谷   こちら




貝殻山公園



引用サイト:新春ウォークでくぬぎ山から三咲への散歩道   こちら



引用サイト:三咲駅 ふなっしー   こちら

・・・・260417 追記



放牧地の小金原は、小金牧、小金野、四十里野とも呼ばれた。北は野田市中里から南は千葉市花見川区柏井町まで、直線距離で43キロ、最大幅6キロほど。牧に沿って周囲を測ると四十里(120キロ)ほどになった。小金牧とともに佐倉牧があり、合わせて下総牧と呼んだ。
 ただ、ずっと牧場が続いているわけではなく、小金原は荘内牧(上野・下野)、高田台牧、上野(かみの)牧、中野牧、下野(しもの)牧、印西牧の6牧場からなっていた。松戸市にかかっているのが、中野牧で、牧と牧の間に村々が点在していた。
・・・・
小金牧には、野馬とともに鹿や猪、野犬が生息しており、鹿や猪が田畑を荒らすので、村人は非常に困窮していた。小金牧支配代官の要請や村人たちの期待に押されて、その規模は大きくなり、下総四郡、武蔵葛飾郡の480村から百姓勢子人足(狩猟の時に野獣を追い出したり包囲して一方に誘導する人足)1万5千人を動員した。
 享保10年3月27日午前1時過ぎに江戸城を出立した吉宗一行は、江戸川に船を並べて作った臨時の橋(船橋)を渡って、松戸町に午前6時に到着。千葉大園芸学部旧正門脇で朝食をとった。
 そして、五香に建てられた御立場(おたつば)に将軍が到着したのは午前8時。御立場は塚を高く築き上げたもので、高さ5・5m、頂きには二間四方の御殿が建っていた。将軍はここで狩場を見渡し、指揮をとった。
 現地には、前夜から泊まりがけで来ていた騎馬5百、歩行2千人の旗本武士が待機していた。
 吉宗も最初から騎馬で参加し、自ら鹿猪を仕留めたが、犠牲動物のあまりの多さに哀れを感じたのか、終わりには網を切って数千頭を逃がしたという。

引用サイト:松戸よみうり新聞社   こちら

○小金牧と佐倉牧は、明治時代になると廃止され、東京から移住者や近隣の農家の人々によ
って、開拓されます。開拓地は、開拓した順番と縁起の良い字を組み合わせて地名が付けら
れました。最初の開拓地は、「初富はつとみ」、二番目は「二ふた和わ」、三番目は「三咲みさき」と付けられまし
た。四番目以降は、豊とよ四季しき・五ご香こう・六むつ実み・七なな栄えい・八街やちまた・九美上くみあげ・十倉とくら・十余一とよいち・十余二とよふた・十余三とよみ

引用サイト:船橋市   こちら

関連サイト:小金牧   こちら
地名
本来、小金宿近くの原を小金原と称したが、小金牧の設置により牧全体を小金原と呼ぶこともあり、かつて、大和田原と呼ばれた現習志野付近も含め、明治期に共に開墾されたため、佐倉牧まで小金原と呼ぶこともあった。由来と逆に、小金宿に作られた駅は小金原の北のため北小金駅となった。現在の松戸市小金原は旧高木・栗ヶ沢・根木内の村々に当り小金牧の一部の中野牧の近傍の土地の一部である。

江戸時代まで、ほぼ日本全国で馬が飼育され、馬場等、他地域にもあるが、特に該当地域には、馬・駒・木戸・土手・堀等、牧に因む地名が多く残る。 「込」は『牛込区史』[4]によると、『南向茶話』に、「駒込、馬込ともに、何れも牧之名にて、込は和字にて集る意なり」とある。『印旛郡誌』には、堀込に馬捨場がある例が複数示されている。堀込は、牧の外、木戸近くに多く、牧から離れた所には少ないこと、必ずしも堀のような地形を伴っていないことと矛盾しない。捕込については後述する。 「木戸」は城郭等に因む可能性もある。

『松戸市史』等に、松戸市金ヶ作の作は土手も含めた柵の意とある。後掲の安田初雄(安田1958)は柵を作とした御触書を示している。
・・・・
地名は入植順ではなく、入植計画順である。小金原開墾と公文書にあり、一括した事業のため佐倉牧とともに地名を示す。小金牧にない牧の名称は佐倉牧のものである。

初富(はつとみ、中野牧・鎌ケ谷):統合された一本椚牧にほぼ相当する。
二和(ふたわ、下野牧・船橋)
三咲(みさき、下野牧・船橋)
豊四季(とよしき、上野牧・柏)
五香(ごこう、中野牧・松戸)
六実(むつみ、中野牧・松戸)
七栄(ななえ、内野牧・富里)
八街(やちまた、柳沢牧・八街)
九美上(くみあげ、油田牧・香取)
十倉(とくら、高野牧・富里)
十余一(とよいち、印西牧・白井):トヨヒトとある資料[47]がある一方、迅速測図には十余市とある。
十余二(とよふた、高田台牧・柏)
十余三(とよみ、矢作牧・成田および多古)当初はトヨミツ。







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Last updated  2026.04.17 07:07:20
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