東方見雲録

東方見雲録

2024.12.15
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カテゴリ: 私見
作りながら片付け、片付けながら創る


その時のイメージが「作りながら片付け、片付けながら創る」だった。
都市博は中止になったが、その後の都心の再開発や着実に進展する臨海開発を見ると、「作りながら片付け、片付けながら創る」の様相そのもの。

縮小化する地方においてもこの「作りながら片付け、片付けながら創る」発想による地方創生が求められいると感じる。

そして、この時から芽生えていた「市民、企業・団体、国連までも含んだ幅広いメンバーによる協議・交流」が、今でも大切な課題として残されている。

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1993年(平成5年)に世界都市博覧会の開催を決定、期間は1996年(平成8年)3月24日〜10月13日(204日間)、目標来場者数は2,000万人とされ、「都市・躍動とうるおい」がテーマだった。

広がりのある展開を構想していたため、隣接会場として、テレコムセンターやクリーンセンター、有明コロシアム、潮風公園、お台場海浜公園、フロンティアビル、船の科学館、ファッションタウンにて、見学ツアーやイベントが行われる予定だった。また連携会場として、晴海・竹芝・芝浦地区、若洲海浜公園・東京都葛西臨海水族園・東京辰巳国際水泳場、レインボーブリッジの臨海部に加え、東京都庁舎、江戸東京博物館、東京都健康プラザ、東京ウィメンズプラザ、東京芸術劇場、東京都立大学、現代美術館などで幅広く市民が都市博に参加できる機会を作った。
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都市博を中止した青島であったが、既に臨海副都心開発自体に莫大な費用が投入されていて後戻りができない状況であり、「(臨海開発のため)何かイベントを開催する必要がある」といった発言をしている。

その後、世界都市博が中止になった臨海副都心をどのように開発するか論議が繰り返されるが、都市博中止による意外な効果もあった。都市博の中止が多くのマスコミで報道されたことで、逆に都民の臨海副都心の認知度は大いに高まった。噂の臨海副都心はどんな所なのかという関心から、開業したゆりかもめは、まだ荒涼とした埋立地だけの状態だったにもかかわらず、満員の乗客を運んだ。

都市博が中止されたものの民間主導による開発そのものは継続され、1996年には有明地区に東京国際展示場(東京ビッグサイト)、1997年(平成9年)には台場地区にFCGビル(フジテレビジョン・ニッポン放送本社)、1999年(平成11年)には青海地区にパレットタウンやヴィーナスフォートなどの施設が相次いで開業し、商業施設やコンベンション・センター、ホテルが充実したことでさらに多くの観光客が訪れるようになり、ゆりかもめや1996年(平成8年)に開業したりんかい線は1両あたりの乗車数や編成数を増やした車両を投入しているが、休日に大型イベントが発生するとさばききれず、乗り切れない乗客や駅の入場制限が発生するほど盛況となっている(ただし、パレットタウンとヴィーナスフォートの土地に関しては東京都による事業用借地権の暫定利用としての貸し出しであり、紆余曲折を経て森ビル・トヨタ自動車へ土地が売却され、両施設の閉鎖及び再開発が決定した。詳細はパレットタウンに詳しい)。

結果、青島の後に知事に就任した石原慎太郎の方針転換もあり臨海副都心は当初予定したオフィス街ではなく、アーバンリゾートの性格を持つに至っている。
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会場予定地だった場所は、相次いで分譲され、日本科学未来館、フジテレビ湾岸スタジオ、ヴィーナスフォート、ダイバーシティ東京などが相次いで建てられた。

2020年東京オリンピックでは、3x3バスケットボール、スポーツクライミングの会場、同パラリンピックではブラインドサッカーの会場として使われた仮設施設「青海アーバンスポーツパーク」は、青海地区R区画。スポンサー企業が出展したパビリオン・ブースや、スポーツ体験コーナーなどで構成された「2020ファンパーク」は、P・O・N区画。「2020ファンアリーナ」はUV区画に配置された。いずれも世界都市博会場予定地だった場所である。開催中に聖火台が設置された「夢の大橋」も、世界都市博会場の一部となる予定だった。メインプレスセンター(MPC)・国際放送センター(IBC)として使用された東京国際展示場は、世界都市博ではテーマ館として使用される予定だった。
引用サイト: こちら


そもそも臨海開発は、東京都心での業務地が飽和状態になったので、臨海エリアに持っていこうとする政策でした。しかし、世界都市博を起爆剤に始めようとしていた臨海開発ができなくなってしまった結果、何が起きたかというと、この5年後くらいから業務機能がどんどん都心に戻っていきます。

今の都心の繁栄は、皮肉なことにこの世界都市博の中止という青島幸男氏の決定が引き金を引いたわけです。後から分かることは沢山あります。都心での都市開発をこれほど進めたのは誰かといったら、結果的には青島幸男氏になります。


20世紀も終わりに近づいた1998年3月、通算5回目の全国総合開発計画が制定されました。その名称ですが「五全総」ではなく、「21世紀の国土のグランドデザイン」と言います。もはや第4次全総で考えた「多極分散」構想は失敗しているわけで、東京のような都市を地方につくることはできないことが分かりました。東京はパッケージで一定規模のモノ・ヒト・カネがあるために、経済メカニズム的にスケールメリットが働いて存在しているわけです。
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ここで重要なのは、それまであまり扱わなかった東京のことを初めて扱った計画であることです。“大都市のリノベーション”ということで、地域区分に「東京都市圏」という言葉が登場します。これはあまり知られていませんが、「東京圏」というのは皆さんご存知のように一都三県で、東京都と神奈川・埼玉・千葉です。「東京都市圏」は正式にいえばこの第5次全総計画で出てきた言葉で、国道16号線の少し外側辺りから圏央道の内側辺りまでの、都心から約30㎞圏を「東京都市圏」として整備しようとしました。
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計画で示された“多軸型国土構造の形成”という基本目標を簡単に言うと、多極分散を止めて「北東国土軸」「日本海国土軸」「太平洋新国土軸」「西日本国土軸」の四つの軸で日本を捉えようとしました。


引用サイト: こちら

関連サイト:幻の「'96 世界都市博」を追う旅 こちら

関連サイト:「さよなら! お台場の大観覧車」から2カ月…あの跡地は今、どうなった? こちら

1963年のお台場付近の航空写真。埋め立て工事はまだまだ始まったばかり。写真上部左に第3台場と第6台場が確認できる 出典:国土地理院の空中写真



1997年のお台場付近の航空写真。まだまだ空き地は目立つものの、中央左にはフジテレビ、さらにその左にはヒルトン東京お台場、グランドニッコー東京台場も完成している 出典:国土地理院の空中写真



2019年のお台場付近の航空写真。お台場の右下に観覧車とパレットタウンが確認できる。22年前には空き地が目立ったが開発が進んだことが分かる 出典:国土地理院の空中写真



関連サイト:青島幸男が遺した都市博の跡地、お台場のワイルドフラワーガーデンもアチコチで開花   2008-09-14    こちら







関連日記:2023.10.18の日記  東京港・有明   こちら
関連日記:2023.10.24の日記  臨海副都心・青海   こちら
関連日記:2023.10.25の日記  臨海副都心・青海、有明   こちら

関連日記:2023.11.09の日記  メタボリズム建築   こちら
関連日記:2022.07.21の日記  中銀カプセルタワービル   こちら

参考サイト:メタボリズム こちら


ちょっと道草:日本初の都市プランナー・浅田孝 こちら  追記
1: つくらない建築家
浅田は1960年に開催された「世界デザイン会議」の事務局長を務め、槇文彦、黒川紀章、菊竹清訓といった、(当時の)若手建築家を組織して、「メタボリズム・グループ」を世界に向けて発信した。浅田はメタボリズムの一員というよりは、メンバーを叱咤激励し、さまざまな仕事を差配することを自らの仕事とした。つまり、浅田は明日の建築の思想を若いメタボリストに提示し、彼らに実作のチャンスを与え続けた結果、「つくらない建築家」という称号を得ることになったのである。

2: 書かない批評家
浅田は雑誌の編集にも才覚を現し、雑誌『新建築』の編集顧問も引き受けている。浅田の論点は、家具や建築、地域計画といった目に見える範囲に留まらなかった。つまり、国土・地球・宇宙につながるマクロの世界から、原子核やX線といったミクロの世界まで、神羅万象を横断的にとらえることを得意とした。この発想は、先に触れたメタボリズム・グループの宣言文にも色濃く反映されている。

3: 教えない大学教授
浅田は、飛鳥田一雄・横浜市長や美濃部達吉・東京都知事といった革新政治家のブレーンを務め、自らの社会制度設計を積極的に発信している。例えば1971年、浅田は美濃部の選挙運動を手伝い、「広場と青空の東京構想」を作成している。ここには市民参加の原理とシヴィルミニマム(地方自治体が住民のために備えなければならない最低限の生活環境基準)が高らかに謳われ、これからの東京のあり方をスマートにまとめ上げている。

ちょっと道草:建築家・豊田啓介が提唱する「2025年」の意味 こちら  追記
コモングラウンドとは、そもそも、京都大学大学院情報学研究科の西田豊明教授が「2018 年度人工知能学会全国大会」の基調講演に向けて記したこの一文にインスパイアされた言葉です。

「人間社会が人工知能のもたらすベネフィットを最大限に享受できるようにするためには、人間社会と人工知能がともに依拠できる『共有基盤(Common Ground)』を構築し、発展させていく手法を確立することが不可欠です」
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コモングラウンドをつくるためには、まずは街を、そして世界を、デジタル記述していく必要があります。デジタルエージェントというのは、モノをデジタルに認知できなければ、空間に置かれたイスひとつすら認識できません。それらを一つひとつデジタル記述してあげることからしか、始まらないんです。例えば今後、社会に自律走行を普及させるとして、「その技術を担うデジタルエージェントから、この世界がどう見えているのか」という視点で街をつくらない限りは、デジタルエージェントと人間の幸せなコミュニケーション/インタラクションは生じません。日本企業の視点としてはそうした作業を、残されているかもしれない「猶予期間」の間にやってしまうことが非常に重要で、6年後にやってくる大阪・関西万博は、ギリギリ間に合う時期に奇跡的に訪れる、とんでもない実証実験の機会なんです。

私案・<自然公>規範に基づく新たな「公と私」の関係モデル

引用サイト:E-L-Be.Net/Te5G   こちら
関連日記:2022.12.13の日記  草木ヨミガエリ「咲の森」「笑いの庭」   こちら
関連日記:2022.11.20の日記  <ココロの町>づくり   こちら





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Last updated  2025.12.05 06:16:56
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