東方見雲録

東方見雲録

2025.01.18
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カテゴリ: ランドスケープ




歩く権利
イギリスのフットパスは「Public Right of Way」と呼ばれる「公共の歩く権利」によって、守られています。誰が所有する土地であろうと、所有権とは別に、誰でもがそこを歩く権利を保証するものなのです。かつて自動車がない時代、人は毎日の生活や労働のために歩いて移動する必要があったため、このような道は生活の手段でした。今ではこのような道は主にレクリエーションとしての散歩を楽しむために大事なものとして守られています。

public footpathイギリス中、網目状に広がる「フットパス」は全長220,000kmに及びます。国が指定している長距離フットパス「ナショナル・トレイル」だけでも 15 本あり、全長約4,600km ありますが、それだけでなく、国中の無数の町や村の中や周り、湖水地方などの国立公園をはじめとする自然豊かな景勝地などに、大小さまざまなフットパスのネットワークが広がっているのです。
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イギリスのFootpathの起源は古く、中世から存在しています。車がなかった中世の頃、人々はフットパスを通じて村や野へと移動し、農業を営んだり、交通や交易を行っていました。これらの歩道は、地元の人々が公共の土地や道を使用する権利を保障するもので、地域社会全体の利便のために維持管理されていました。けれども、この権利が制限されるようになったのが16世紀から19世紀にかけて行われた「エンクロージャー(囲い込み)」です。

英語で「囲い込む」という意味のEnclosure (エンクロージャー)というのは、文字通り土地を柵や垣根などで囲い込んで、外部者の侵入を阻むものです。まず16世紀頃、それまで一般農民(小作人)が耕作していた農地や共有地(コモンズ)を大地主が取り上げ、柵で囲い込んで羊を飼うための牧場に転換するという動きがおきました。さらに、17世紀から18世紀にかけても同様の囲い込みが行なわれたのです。

これによってそれまで自営していた農民の多くは土地を失い、大地主に雇われる農業労働者や、他の産業に従事する労働者にならざるを得なくなりました。一般農民たちが失ったのは耕地だけでなく、大地主によって囲われてしまった私有地へのアクセス権です。長年にわたって地元のコミュニティが使ってきた重要なルートである、皆に開かれたフットパスが失われたのです。

歩く権利を求める運動
これに対して19世紀の初めに労働者階級の人々がフットパスやコモンズ(Commons/共有地)の再利用を訴えました。彼らは、Footpathや公共の通行権を確保し、自然環境へのアクセスを促進するための法的な保護を求めて活動してきました。この運動は後に、自然保護主義者やアウトドア愛好家によって引き継がれていますが、その主な担い手となってきたのがOpen Spaces Society(オープン・スペース・ソサエティ)という非営利団体です。



Open Spaces society は、私有地であろうと地元民が長年使い続けてきたアクセスルートは公共(パブリック)のものとして開かれるべきだとして、その権利を法律で保護するための草案を1906年に作成しました。それが30年近くたった1932年に「The Rights of Way Act 1932 (歩く権利法)」として制定されました。この法律によって、イングランドとウェールズのどこであっても、一般民が20年間使い続けた道はRight of Way になるという法律上の保証ができたのです。

引用サイト: こちら

関連サイト:観光文化   こちら





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Last updated  2025.01.18 09:00:09
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