東方見雲録

東方見雲録

2025.03.20
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カテゴリ: 政経


(松本 太:日本国際問題研究所プラットフォーム本部長、前駐イラク大使、元駐シリア臨時代理大使)

 皆さんは、毎日飛び込んでくる世界のニュースを前にして、不思議な違和感を覚えないだろうか。私たちは、戦後80年以上慣れ親しんできた国際秩序とはいささか異なる世界に足を踏み入れているのではないかと。

 私たちの感じる違和感をよりくっきりと浮かび上がらせてくれたのは、トランプ大統領の誕生に他ならない。それでは、なぜ私たちはこれまでとは「異なる世界」の到来を感じ取っているのだろうか。

 それは、きっと80年の時を超えて蘇った「ヤルタモーメント」のせいである。

 2025年は日本にとっての戦後80周年というばかりではない。私たちは、1945年2月にクリミア半島にあるヤルタで行われたヤルタ会談からちょうど80年でもあることを改めて想起する必要がある。歴史上、日本の敗戦が事実上確定的になるのは、1945年8月15日ではなく、ソ連の対日参戦が決まった同年2月のヤルタ会談であったのだから。

 本稿では、「ヤルタモーメント」の再来とその意味合いについて考察しつつ、私たちが歩むべき道を考えてみたい。

ヤルタよりヘルシンキを好むヨーロッパ
 この2月に開催されたミュンヘン安全保障会議でアレクサンデル・ストゥブ・フィンランド大統領は、ヤルタ体制とヘルシンキ体制を比較しつつ、現在の国際秩序がヤルタ体制に近づいていることを指摘した(参考:“Finnish president warns Europe faces new Yalta or Helsinki moment”, FINANCIAL TIMES)。



 ヤルタ体制とは、第二次世界大戦の終結に向けて、スターリン、チャーチル、ルーズベルトの3巨頭がクリミア半島のヤルタにおいて、力による秩序形成を図ろうとした試みだ。

 一方、いわゆる「ヘルシンキ宣言」は、冷戦下の1975年8月にフィンランドのヘルシンキにおいて35カ国が調印し、全欧安全保障協力会議の基盤となったものである。

 ロシアの脅威に直面する北欧諸国の最前線に位置するフィンランドの大統領から「ヤルタモーメント」に対する強い警戒感が吐露されるのは、無理もない話である。北欧諸国の人々こそ、ロシアとの緊張した対峙という長い歴史を有していることは論をまたない。とりわけ、ウクライナの停戦をめぐって、トランプ大統領がゼレンスキー大統領の意向を軽視するかのような言動を繰り返すに及んで、欧州の憂鬱は極限に達している。

 この点で、同じ様に、もう一つの北欧の国であるノルウェーを代表して、エスペン・バット・アイデ・ノルウェー外相も、米国とロシアがウクライナの将来を議論する中で、ヨーロッパは観客としての地位に甘んじるのかと指摘し、「我々(ヨーロッパ)は何としても新たなヤルタを回避する必要がある」と述べていることは、欧州の焦燥感を一層物語っている(参考:Interview « Nous devons à tout prix éviter un nouveau Yalta », Le Point)。
・・・・
第二次世界大戦の失態はもはや許されない:最も重要な情報の入手と認識の共有
 それでは、私たちは、このような「ヤルタモーメント」を眼前にして、どうすればよいのか。いつかのように、「欧州の情勢は複雑怪奇なり」とでも嘆息し、自らの無知蒙昧を嘆くのだろうか。残念ながらそのような知的怠慢は、二度にわたる原爆の投下と敗戦という歴史を知っている現代の私たちにはもはや許されないだろう。それでは、再びやってきた、この新しい世界に無理やり投げ込まれた現代の私たちに、生き残る術があるのだろうか。

 歴史に「もしも」はないにせよ、1945年2月のヤルタ会談から同年8月15日の敗戦までに果たして何ができたのかと、まずは思いを巡らすことは、ヤルタモーメントを目の当たりにしている私たちにとって最初の一歩となろうか。

 最も重要なのは情報の入手とその認識の共有である。当時、様々なルートを通じて得られたヤルタ会談での密約に関わる情報が、日本政府内部で十二分に共有、認知されていたかについては多々議論があるが、(1)そもそもの正確な情報入手の課題に加え、(2)そうした情報が政府内部で意味のあるものとして認識共有されていたかという本質的な問題がある(参考:「ストックホルム発・ヤルタ緊急電は東京に届いたのか」清水亮太郎、防衛研究所NIDSコメンタリー)。

 結局、確固としたインテリジェンスに基づかないまま、今から見れば極めて非現実的と思われるにもかかわらず、当時の日本政府はソ連を通じた米英との終戦工作にこだわり、(3)すなわち「幻想の外交」(『変容する国際社会の法と政治』細谷千博・皆川洸編、有信堂、1971より)を招いたことは、衆目の一致するところであろう。そもそも、第二次世界大戦末期、ドイツとイタリアの敗北の結果、日本が頼りとした枢軸同盟は幻となり、日本自らの国防能力すら失った以上、当時の日本には為すすべがなかった。さらにはそのような中で、国論が一致せず、何ら外交政策の転換を果たせなかったことは、実に致命的であった。

 ちなみに、ヤルタの密約をよく認知できなかったのは、日本ばかりではない。中華民国の蒋介石もヤルタ会談の内容を、会談後はるか後に知るに及んで、中国の運命が米英ソによって決められたことを憤慨したことは、いささかの慰めとなるだろうか。

柔軟で多彩な多国間の連携へ
 こうした外交上の機敏さやスマートさは、とりわけ、意志を同じくする多国間の連携においてよりよく生きることになる。

 例えば、2月24日に、マクロン大統領がトランプ大統領と会談する機会を捉えて、EUの首脳たちがゼレンスキー大統領を囲みつつ、G7諸国も一丸となってトランプ大統領にメッセージを伝えるという試みが行われたことは地味なようで模範的な試みだ。主要国間の緊密な連携とその連帯の拡大により、いかなる大国を前にしても、その他の国々も国際秩序形成においてプレゼンスを確保することが、ようやく可能となる。

 無論、安保理を含めた国連、G7やG20、NATO(北大西洋条約機構)といった様々な多国間システムは、かつてのように十全には機能し得なくなっているとしても、そうした枠組みを創造的に活用していくことは依然として必要不可欠である。ソーシャルメディアまで発達した現代社会においては、密室外交はほとんど機能し得ないのだから、大国といえどもヤルタの密談を今や繰り返すことはできないのである。

 既存の同盟や連携のみに捉われず、状況に応じて様々な連携と関係を広げ、深めていく必要がある。いわゆるグローバルサウスの台頭しつつある諸国との政治や経済双方を通じた意思の疎通の円滑化は重要な鍵となろう。

こちら




日本海新聞 0320

追記 0330
トランプの「残酷で危うい国際システム」が始まる
<大国が交渉と駆け引きを行い、国際的なルールなどお構いなしに、小国の運命を勝手に決める時代が始まろうとしている>
3月18日、ロシアのプーチン大統領と電話会談を行ったトランプ米大統領は、さながらプーチンの子分のように見えた。電話会談のテーマは、ロシアが3年前にウクライナに対して始めた戦争の停戦。トランプはウクライナともヨーロッパの同盟国とも相談せずに電話会談に臨んだが、30日間の即時停戦という提案に対してプーチンの同意を引き出すことはできなかった。
・・・・
最も見過ごせないのは、トランプがどのような国際システムを目指しているのかが改めて浮き彫りになったことかもしれない。トランプは、これまでよりも残酷で危うい世界を志向している。その世界では、いくつかの大国が交渉と駆け引きを行い、国際的なルールなどお構いなしに、小国の運命を勝手に決めることになる。

「メインディッシュは、キーウ風のカツレツ」
プーチン体制の一員として西側世界に対して攻撃的な言葉をしばしば発してきたロシアのメドベージェフ前大統領は、今回の電話会談について(品のない言葉遣いではあるが)本質を突いたことを述べている。

「電話会談は、ディナーのテーブルに着くのが米ロだけだという周知の事実を裏付けるものだった。ディナーの前菜は、ブリュッセル・スプラウト(編集部注・芽キャベツのこと。ブリュッセルはEU本部の所在地)と、イギリス風のフィッシュアンドチップス、パリ風のチキン料理。そしてメインディッシュは、キーウ風のカツレツ。さあ、お召し上がれ!」
引用サイト: こちら





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Last updated  2025.03.30 23:33:20
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