東方見雲録

東方見雲録

2026.02.08
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カテゴリ: 私見



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ちょっとおさらい:八雲が尊敬した秋月悌次郎
日新館の秀才・秋月悌次郎
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昌平坂学問所のトップ
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薩摩藩との同盟に尽力

左遷、そして戊辰戦争へ
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会津は壊滅的な打撃を受けてしまっています。
しかし、これから若者に未来を託すことで、道が開けるかもしれません。
悌次郎は容保・喜徳父子への寛大な処置を願うとともに、優秀な少年を選抜し、奥平に預けることに決めました。
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少年たちはまさしく未来への希望でした。
奥崎と出会った帰り道、悌次郎は「北越潜行の詩」を詠みました。
漢文に優れ、生涯漢詩を詠み続けた彼の作品でも、最も有名なものです。
会津藩士の苦悩を詠んだ詩として、高い評価を得ています。
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彼は罪人として監獄を転々とされられます。
そして明治5年(1872年)、特赦となり釈放された悌次郎は、久々に会津の地を踏みました。
その後、新政府の左院少議生に任じられ東京でつとめを果たすものの、三年後に辞職。
明治13年(1880年)からは教育者として、残りの人生を過ごすことになります。
教諭を歴任して後進の育成にあたり、明治23年(1890年)に熊本第五高等中学校の教授となりました。


引用サイト: こちら
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関連サイト:「北越潜行の詩」  こちら
行無輿兮帰無家 行くに輿無く 帰るに家無し
國破孤城乱雀鴉 國破れて 孤城雀鴉乱る
治不奏功戦無略 治は功を奏せず 戦は略無し
微臣有罪復何嗟 微臣罪あり 復た何をか嗟かん
聞説天皇元聖明 聞くならく 天皇元より聖明
我公貫日発至誠 我公貫日至誠に発す
恩賜赦書応非遠 恩賜の赦書は 応に遠きに非ざるべし
幾度額手望京城 幾度か手を額にして京城を望む
思之思之夕達晨 之を思い之を思うて 夕晨に達す
憂満胸臆涙沾巾 憂は胸臆に満ちて 涙は巾を沾す
風淅瀝兮雲惨澹 風は淅瀝として 雲は惨澹たり
何地置君又置親 何れの地に君を置き又親を置かん

秋月韋軒胤永

関連サイト:「今日の落花は来年咲く種とやら」 こちら

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Last updated  2026.02.08 15:46:36
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