東方見雲録

東方見雲録

2026.02.11
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日 2000年5月8日
意匠図案説明 首尾の松、蔵前橋を描く
開設場所   〒111-0051 東京都台東区蔵前1-3-27
引用サイト: こちら

首尾の松





歌川広重の浮世絵『名所江戸百景』にも描かれている。この絵の右に描かれているのが平戸新田藩の松浦氏の屋敷で、その先にある椎の木の森は「嬉の森(うれしのもり)」と呼ばれる。

「松浦邸の椎の木を、嬉の森といふは、吉原通ひの人、舟にて帰るに、此所にて暁なれば、帰るに首尾もよく、嬉しといふより名づけたるなり、向うの岸の松を、首尾の松といふも、これと同じ」(『墨水銷夏録』)
引用サイト: こちら



蔵前橋

橋長173.2m、幅員22.0m。
当時の橋梁設計は、橋桁(はしげた)の上側に道路をもってくる上路橋(じょうろきょう)が美観的に優れているとされましたが、隅田川は船舶が通航するため、上路橋では、橋桁のから川面までの高さが不足するので、わざわざ地盤を6mも嵩上げすることで上路式アーチ橋を実現しています。


現在は、東京都道315号(御徒町小岩線)、通称・蔵前橋通りが通っています。
蔵前橋は帝都復興で架橋された橋で、それ以前には下流に両国橋を眺める富士見の渡し(隅田川の渡しのひとつ)がありました(舟上から富士山が見えたのが名の由来、米蔵が付近にあったので「御蔵の渡し」とも)。
つまりは、蔵前橋が初代の橋ということに。
・・・・
隅田川の橋梁群の計画・設計の中心となって活躍したのが鉄道省出身の太田圓三、田中豊ですが、蔵前橋に関しては、実際の設計は内務省復興局(帝都復興院)橋梁課・井浦亥三が担当。
下部の工事は復興局が直営施工し、上部は石川島造船所(現・IHIインフラシステム)が製作しています。

各橋のデザインについては、地形的制約や地盤条件、周囲からの景観などを勘案し、帝都の都市景観にふさわしいデザインとして個別に決定され、実際の設計も別個の設計者が担っています。

蔵前橋は帝都復興橋梁としては異色の黄色で塗装されていますが、現・両国国技館一帯3万6650坪(99ha)に幕府の御米蔵(収蔵する米は御家人などの下級武士の蔵米知行=給料として支給)があったこと偲び、籾殻(もみがら)を連想させる色を採用したため。
高欄には当時、蔵前橋の西岸に蔵前国技館があったことから力士を象ったレリーフが施されています。

ちなみに隅田川に震災復興橋梁として架けられた橋は、下流から相生橋、永代橋、清洲橋、両国橋、蔵前橋、厩橋(うまやばし)、駒形橋、吾妻橋(あづまばし)、言問橋(ことといばし)の9橋で、被害を受けなかった新大橋を含めて「隅田川十大橋」と称されています。
このうち、帝都復興院(後に内務省復興局)が担当したのが、相生橋、永代橋、清洲橋、蔵前橋、駒形橋、言問橋の6橋で、ほかは東京市が担当。



引用サイト: こちら

相生橋

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永代橋

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清洲橋

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両国橋

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厩橋(うまやばし)

こちら

駒形橋

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吾妻橋(あづまばし)

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言問橋(ことといばし)

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Last updated  2026.02.11 00:00:10
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