東方見雲録

東方見雲録

2026.03.23
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カテゴリ: 文化
米国の首都ワシントンDCの中心部を流れるポトマック川岸には、春になると2000本もの桜が一斉に開花し、日米友好の証である桜のアーケードが出現する。ポトマックの桜は日本から贈られて、2015年で103年目を迎え、全米桜祭り(Cherry Blossom Festival)はいまや多くの地元民、観光客が訪れるビッグ・イベントとなっている。

このポトマック川の桜は、実は兵庫県伊丹市で育った苗木を移植したもので、太平洋戦争中ですら切り倒されることもなく、現在に至っている。
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桜をワシントンに最初に持ち込もうとしたのは、ナショナル・ジオグラフィックス協会の女性理事で紀行作家であったエリザ・シドモアさんだった。女史は1885年、日本への旅行後、公共施設などの管理をしていた米陸軍に対して、埋め立てが行われたポトマック川畔に桜を植樹するよう提案した。

提案は、何度も拒否され、実に24年間にわたる長い要望の末に実現する。

ポトマックの桜「100周年」を在米日本大使として迎えた藤崎一郎氏によると、桜植樹の話が急展開した功労者の一人は、水野幸吉ニューヨーク総領事(当時)だったという。水野氏は日露戦争で在留邦人保護に尽力した人物で、日露戦争を講和に導いた米国に対する恩義を強く感じていた人物でもあった。

水野氏はシドモア女史とも知り合いで、桜植樹の提案を熟知しており、1909年4月にワシントンへ出張したとき、シドモア女史と、ワシントンに偶然に滞在していたアドレナリンの発見者である高峰譲吉博士と3人で話す機会があった。高峰博士は当時、ニューヨークにおける日本人社会のリーダー的存在であった。

この会合で、シドモア女史から「タフト大統領夫人がポトマック川畔への桜の受け入れを歓迎した」との情報がもたらされ、話がとんとん拍子に進むことになった。高峰博士や水野総領事らは、移民排斥などでアメリカ人の反日感情の高まりを懸念していたこともあり、日本政府への桜の移植を強く働きかけることとなった。

最初の2000本はすべて焼却処分


日本国内でのすべての準備が整い、1910年1月、2000本の桜の苗木が海路でアメリカに移送された。しかし、長い航海の途中、多くの桜が病害虫に侵され、ワシントンに到着はしたものの、防疫検査を通過できず、すべてが焼却処分された。

しかし、尾崎市長はこれにめげることなく、害虫に強い桜を確保するよう指示を出して再挑戦する。東京の荒川堤で採集したソメイヨシノをはじめとする五色桜を穂木として、兵庫県伊丹市東野地区の台木に接木し、健康な苗木を作り上げる。さらに青酸ガス薫蒸で害虫駆除も念入りに実施した。ポトマックの桜が“伊丹市育ち”というのは、こうした理由からだ。

一年以上かけて育てられた桜の苗木3020本は、1912年2月に横浜港を発ち、無事にワシントンに到着。同年3月27日に記念植樹が行われ、ヘレン・タフト大統領夫人が出席した。長期の航海にもかかわらず、病害虫に侵された桜が一本も見つからなかったことに、米側検疫官は感嘆したという。

最初に贈られた3020本の桜は12種類で、現在ではソメイヨシノとカンザンが多くを占める。また、ワシントンDCの人工湖タイダルベイスンの周りには現在までに、約3750株の桜が植えられ、イーストポトマック公園とワシントン記念塔周辺にも桜が立派に育っている。
引用サイト: こちら


桜の里帰り

アメリカ合衆国のワシントンD.C.、ポトマック河畔の桜


「荒川の五色桜」の彩色された絵葉書(1920年頃)


1912年に日米の平和と親善の象徴として日本から贈られたものである。この寄贈は、紀行作家シドモア女史、当時の、タフト大統領の夫人、尾崎行雄東京市長を始め日米双方の多くの方々の尽力によって実現したものであった。1909年、2,000本の桜の苗木が最初の寄贈であったが、翌年現地ワシントンに届いたものの、害虫被害により全て焼却処分になってしまった。そこで、1912年に3,020本の桜の苗木が再び贈られ,無事に到着、同年3月27日にタフト大統領夫人と当時の珍田いは(ちんだ いわ)駐米大使夫人によって植樹式が行われた。この時、贈られた桜は、兵庫県のヤマザクラを台木にして、東京の荒川堤の桜から採った枝(穂木(ほぎ))を接木したものである*。

現在の東京都の足立区にある荒川堤は、19世紀後半から桜の名所として名高かった。78品種もの桜が植えられ、薄紅 (くれない)色のほか、白、黄、緑、紫など、様々な色合いを楽しめることから「荒川の五色桜」と呼ばれていた。

ところが、荒川堤の桜は第二次世界大戦や公害の被害により消滅してしまったが、ポトマック河畔の桜は咲き続けた。

1952年、足立区が、五色桜復活を企図してポトマック河畔の桜の里帰りを米国に働きかけた。この取組により、ポトマック河畔の8種55本の桜の苗木がアメリカから贈呈され、荒川堤に植えられた。1981年には、さらに35種約3000本の桜が贈られた。その桜は荒川土手を始め区内の学校や公園などさまざまな場所に植えられ、現在も見事な花を咲かせ続けている。



現在、荒川の土手には「あだち五色桜の散歩みち」と呼ばれる4.4キロメートルに及ぶ桜並木が続く。ポトマック河畔から、はるばると荒川に里帰りした桜の木々は、毎年、春には、色とりどりの花を咲かせ、桜を通じた、日米の110年に及ぶ交流の足跡を物語っている。

​関連サイト:全国の里帰り桜MAP こちら

関連サイト:高市首相が桜の苗木贈呈   こちら

高市首相は19日(日本時間20日)、日米首脳会談に先立ち、トランプ米大統領に桜の苗木を贈った。日本政府は、建国250年を迎える米国に250本の桜を寄贈する計画を進めており、街のシンボルとなっている「ワシントン記念塔」周辺に植樹される。





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Last updated  2026.03.23 09:00:08
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