東方見雲録

東方見雲録

2026.04.06
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日    2002年10月21日
意匠図案説明   日本橋漁場市場発祥の地碑、ツツジを描く
開設場所     〒103-0022 東京都中央区日本橋室町1-12-13
引用サイト: こちら

日本橋漁場市場発祥の地碑



天正18年(1590年)、徳川家康の江戸入府に伴い、摂津国西成郡佃村(現・大阪市西淀川区)の漁師・森孫右衛門とその一族配下の30数名を江戸に呼び寄せ、佃島を造成。
江戸近辺で漁業を営みましたが、漁獲高が豊富で、武家には鯛などの高級魚を献上、さらに余った魚を幕府の許可を得て、佃島からの水運の便の良い日本橋河岸で板船とも呼ばれる販売用の板の上に魚介類を並べて、行商を開始。
これが日本橋魚河岸の始まりとされています。
・・・・
俗に江戸で「一日千両」といわれたのは吉原遊郭、堺町・葺屋町(現・日本橋人形町)の歌舞伎小屋、そして日本橋魚河岸の3ヶ所。


松尾芭蕉の後ろ盾となり、「芭蕉庵」を提供した杉山杉風(すぎやまさんぷう)も幕府御用を務めた魚問屋・杉山賢永の長男。
実は、芭蕉庵も深川六間堀の生簀の番屋を再生したもの。

そんな繁栄を誇った日本橋魚市場ですが、関東大震災を受けて、大正12年、焼失した日本橋魚市場は築地の海軍ヶ原と呼ばれた築地海軍技術研究所用地に移転しています(正式には昭和10年、東京市中央卸売市場として開設)。






歌川広重が描いた『東都名所』日本橋真景并ニ魚市全図
川を往来する細長い船は、鮮魚を高速で運ぶための押送舟(おしおくりぶね)です。
引用サイト: こちら



中央区 区の花・木





中央区制40周年を記念して、区のシンボルにふさわしい「区の木」・「区の花」を昭和61年5月15日から7月15日まで公募し、東京都中央区区の木・区の花選定委員会(住民代表等で構成)において、応募結果を参考に選定されました。
引用サイト: こちら

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Last updated  2026.04.06 00:00:08
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