東方見雲録

東方見雲録

2026.05.13
XML
カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日   1986年10月23日
意匠図案説明  目黒区守屋敷教育会館の一部、芦毛塚の碑を描く
開設場所    〒153-0053 東京都目黒区五本木1-22-5
引用サイト: こちら

五本木
「五本木」のほか、かつての「中一ツ木」(現八雲三丁目付近)、隣りの港区の「六本木」など、数字と木が組み合わされた地名は、枚挙にいとまがない。

昭和43年1月1日、それまでの上目黒五丁目、三谷町の一部および中目黒三丁目の一部は、「住居表示に関する法律」による町名変更で、五本木一丁目・二丁目・三丁目となった。昭和7年の区制施行によって姿を消した五本木という地名が、ここに再び登場したのである。

旧守屋教育会館郷土資料室(目黒区五本木二丁目)裏手の庚申塔群の中に、「上目黒五本木組 庚申供養塔 文化七庚午年十一月吉日」と記されている碑面がある。江戸時代の村には、「組」という小行政単位があって、年貢の徴収や生活共同体としての機能を持っていた。明治22年まで続いた目黒六カ村の一つ上目黒村は、上知(あげち)、宿山、石川、五本木という四つの「組」から成っていた。

こうした組は、江戸時代以前からあった集落を母体としていたというから、五本木という地名は、室町さらには鎌倉時代へとさかのぼれるだろうが、そもそもの由来は、五本の大樹があり、それがこの地の特徴を成していたことから、地名となったのではないかといわれている。前述の庚申塔群の前を走る細い道は、鎌倉幕府の勢力下にあった関東八州と鎌倉を結ぶため、各地に発達した「鎌倉街道」の一つといわれる。旅人は、この五本の大きな樹木をながめながら、鎌倉へと道を急いだことであろう。


引用サイト: こちら

守屋敷教育会館



引用サイト: こちら


めぐろ歴史資料館
めぐろ歴史資料館(めぐろれきししりょうかん)は東京都目黒区にある区立歴史博物館。ただし、めぐろ歴史資料館は機能移転準備のため、2026年1月26日から休館している。2026年4月現在、再開館時期は未定。

沿革・概要
2008年(平成16年)9月に旧目黒区立第二中学校の1階部分を改装して開館。前身である守屋教育会館郷土資料室を拡充させた。屋外展示と屋内展示に分かれ、屋内には常設展示室、企画展示室、資料室がある[1]。

見どころとして、常設展示「近世の目黒」内の「富士塚胎内洞穴」と大日如来座像がある[2]。これは1991年(平成3年)に目黒富士(新富士)跡から発見された地下洞穴で、大日如来座像が最奥部から出土した[3]。洞穴遺跡が樹脂の型取りで実寸大復元され、常設展示室内で内部をくぐることができる[4]。
引用サイト:Wikipedia情報   こちら

芦毛塚の碑

奥州藤原氏を討ち果たし鎌倉への帰る途中のこと。頼朝の愛馬「芦毛」は鎌倉道を目黒あたりまでくると、いつになく歩みが遅くなります。折からの長雨で大蛇が狂うと言われる蛇崩川は増水し、渦をまきつつ流れていました。洪水のたびに崩れるといわれる崖にさしかかったとき、芦毛はバランスを崩して崖の土とともに川に落ちてしまいます。
ヒヒンと一声、頼朝公に別れをつげると、川にのまれてしまいました。臣たちが名を呼びながらやっとの思いで引き上げましたが、もう息絶えていました。頼朝公の意向で村人たちが塚を作り、花で飾り、芦毛塚と書いた墓標をたてたということです。
引用サイト: こちら





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026.05.13 00:00:09
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: