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1週間ぶりに更新しました!なかなか続きが書けなかったです。みなさんの楽天をサーフィンするのが、精一杯でしたカキコも何にも出来なかった・・・・すいませーん。夜になると、眠くて眠くて・・・・春かなあ??さて、1台目を初受注した私は??-------------------------------------------------社会に出て初めての、セールスに成功した私はなんか、調子に乗ってきた。その7月は、なんとテリトリー内のお客様にもう1台。ショールームに来られた、お客様に2台。なんと合計4台も売ってしまったのだった。実績0台から、急にその月から4台へ・・・最高の気分だった。Mマネージャーの指示は、後から考えると非効率なやり方だったが、新人の私にとっては最高のやり方だったのだ。おかげで、私はテリトリー内の飛び込みによって、くまなく顔を売ることが出来ていたし、リストを使わずに訪問したおかげで、トヨタ車以外のユーザーさんに、いっぱいアプローチをしていたのだ。(知らない間に・・)また、引っ込み思案の私に度胸をつけさせてくれ、ある程度のセールス話法も、机上の勉強ではなく体験から学ばせてくれたのだ。7月以降、私は車が売れ始めた。毎月、私のテリトリー内で商談が起こるようになってきた。店頭でも、ボチボチと売れ始めてきた。ある意味、コンスタントに数字が出始めたのだ。っていっても、新人である私たちの一ヶ月のノルマ(トヨタではクオーターと呼ぶ)は、大体3台から4台ぐらいだった。先輩たちから見れば、小さい数字なのだ。よく売る先輩セールスは、8台から10台を売ってくる!脅威だった。私は、このころからセールスの勉強を必死でし始めた。あらゆるセールスの本を買って読んでみたり、自己啓発書もいっぱい読んだ。若干22歳から23歳のころ・・・・なんとかして、先輩セールスのように売れるトップセールスになりたかったのだ。先輩の商談に同行して、先輩のセールストークを盗んだり休みの日には、わざわざ出社したりして、ショールームに来られる見込み客を、ゲットしてみたり・・・・古い車が、目の前を走っていれば追いかけて行って家をチェックして、後から飛込みしたり・・・・とにかく、数字に固執するようになった。車の世界は、競合が多い。トヨタの車を見たら、次はニッサンも見て検討するって感じ。こんなことをよくやった・・・・日曜日の展示会の日お昼間にご来店されたお客様のところに夜になって訪問する。もちろんアポなんか取っていない。車屋さんは強引なのだ??夜こんな活動をするのを「後追い」って業界用語でいう。とにかく、ショールームに来られたお客様はホット客(これも業界用語)なのだ!とにかく、土日で1台も売れてないっていうのは、かなりまずい。もちろん、所長からもどやされるし、なんとかしろって言われる。そんな時、後追いしていったお客様の家に到着してみると玄関前に、ニッサンの車が横付けしてある。ピンとくるのだ。こういう時って・・・・そっと近づいて、車内を見るとニッサン車のカタログが見える。「やっぱり・・・・」そうニッサンのセールスマンが、このお客様のところで商談してるのだ・・・・午後8時ごろ・・・・どうしようか、迷う・・・しばらくして出てくれば、商談は進んでない。時間がかかれば、商談が成立している可能性がある。しばらく待ってみる。出てこない・・・・遅かったかーってひそかに思う。でも、このお客様しか今日訪問できるお宅はない・・・待ってみる。1時間、2時間・・・暗闇の車の中で、じっとしている・・(よく、おまわりさんに職務質問もされた。確かに怪しい)午後10時過ぎ、営業マンが出てきた。顔を見ると、笑っている。商談が、まとまったみたいだ・・・・・こんな時に、私はあきらめなかった。その営業マンが帰ると同時に、そのお宅のチャイムを押す。「ピンポーン」「トヨタ○○の高田です!」お客様「あっ、どしたの?こんなに遅く・・・・」「ニッサンに決められたのですか?」と私。お客様「そうなんよー、ごめんなー、遅かったなあ。 悪いけど、今回はニッサンが安くしてくれたからなあ」 私、「安いって、そんなに安いんですか?」「勉強のためで結構なので、ちょっとプランだけ見せて いただけませんか?」 お客さん「う、うーん・・・まあ、ええけど じゃあ、遅いから玄関まで上がられー」 なんてことになって、私は玄関先でそのプランを見せてもらう。お客様は、めんどくさそうだ。でも関係なかった・・・実は、車屋さんの見積もりには、昔はいっぱい騙しっぽいことがあった。シロートさんには分からないが、私がみれば一発でわかった。例えば、値引き!値引きっていう部分が、かなりファジーで、いい加減に大きく値段を見せて一気に値引く!みたいなテクニックがいっぱいあったのだ。私は、そんな所を徹底的に叩いた。そして、私のところの車の値段を、その場から所長に電話してメチャクチャに、値段交渉をして値段を下げた。結果・・・・午後12時、お客様はトヨタの契約書にハンコを押して私に手付金を払っていた。もちろん、ニッサンさんには明日クーリングオフの電話をすることになっている・・・・えげつないやり方だった・・・・でも、こんなことが当たり前の世界だったのだ。数字を挙げることが、すべて・・・・とにかく、売れればいい!こんな、考え方が私にあったと思う。でも、この時の私はこれが精一杯の仕事のやり方だったのだ。 つづく
2004年02月29日
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つらい日々が、続いていた・・・・美術全集の飛込みもしんどかったが、こっちは社会人として給料をもらいながら4月5月6月と会社にとっては、何の利益もあげてないセールスマン。精神的にも辛かった。上司のMマネージャーは、実績に対しては何も言わなかったが、私は次々と受注を上げてくる同僚とか、先輩を見ながら、モンモンとしていた。セールスマンっていう仕事は、受注を上げないと全然面白くない仕事なのだ。しかし・・・・7月のある日。面白いことが起こった!日曜日だった。私は相変わらずテリトリーにて仕事をしていた。私が、お昼に営業所に帰ると先輩が、「高田ー、今朝お前の名刺を持ってお客さんが来られたぞー!」って教えてくれた。どうも、新型カローラを見に来られたようだ・・そのころは、携帯電話もポケットベルもなかったので営業マンと連絡を取ることは不可能だったのだ。「ええっ?お客さんがですか?・・」「そう、お前の名刺を持ってきたよ。」「古いパルサーに乗っておられた、名前は山田さん(仮名)っておっしゃるそうだ。なんか買い替えを考えているそうだ!」「山田さん!」私は、スグにわかった。営業所の近くにあるお宅で古いパルサーだ。警察官の方だ!先輩、「すぐご来店のお礼に行って来い!」私「はい!」ドキドキした。商談が起こりそうだ。念のため、先輩に同行してもらった。「ピンポーン!」「はーい!」って奥さんの声。「トヨタ○○の高田ですー!ご来店のお礼に参りましたー」奥様が出てこられた、ちょっと年配の方だ。この家は、何回も訪問していて査定もさせて頂いてるし実は、嫌々ながらもプランも出させて頂いたお宅だ。奥さま「まあ、ご丁寧に・・・まあどうぞ!上がって下さい」私 (えっ上がらせてもらえるの?家の中に?)そうなんです。こんなこと初めてだったのです。商談で家の上に上がらせてもらえるなんて!先輩と私は、応接間に通された。すると、ご主人が現れた。ご年配の警察の方だ・・「まあ、熱心な会社じゃなあ(笑)」っておっしゃった。私たち「すいません!」(笑)この後の言葉を一生忘れない・・・・・ご主人「高田くんが熱心でなあ・・・」「何回も何回もくるんよ。新人くんらしいけど本当にがんばってるなあ」と先輩に言った。私は、涙が出そうになった。お客さんって、わかってるんだ。普段は愛想が無いけどこうやって熱心にって思ってくれるお客さんもいるんだ!すでに私はうれしかった。ご主人「ところで、新しいカローラがええなあと思って・・まだ、買うかどうかはわからんけど・・・」「高田くんが、見積もりはしてくれてるみたいだけどもうちょっとグレードの高いヤツで見積もりしてみてくれる?」こんな、前向きな商談がテリトリー内で起こってくることに私は興奮した。まぎれもない、私がコツコツ歩いてこの車を宣伝したことが、商談になってるのだ。「サンルーフをつけて、マニュアルミッションで、あと、シートのカバーと、あとステレオはどんなのがある?」先輩と私は、手分けしてこの車の見積もりを作った。このクラスのカローラにしては、物凄い金額の見積もりが出来た。合計すると、200万円を超えていた。こっちが、びびってしまうような見積もりだった。ご主人 「うーん・・・・・・」って黙ってしまった。奥様がお茶を入れ替えてくれる・・・ここで、先輩の登場だった。さすがって思った。「山田さん、実は高田は6月からこの地域をコツコツ歩いてるんです・・・・でも・・・・まだ1台も車は売れてません・・・もし、良かったらこの車を高田の1号車にしていただけませんか?」「もし、今、決めていただけるんなら値段を交渉します。」ご主人「うーん・・・・・」先輩「奥さん、ちょっと電話を貸して頂けますか?」先輩は、かまわず営業所の所長に電話を始めた。大声で今の状況を伝えている。今考えれば、ちょっとした演技だったのだが・・・必死で交渉してくれている。「そこをなんとか所長!高田の1号車ですから・・・・お願いします!!・・・・」数分後「ありがとうございます!助かります。それじゃあ!」って電話を切った。先輩「山田さん、今日は7月のイベントの日です。営業所としても1台なんとか売りたいんです。今日決めていただけるんなら、180万円きっかりにさせて頂きます。・・・・・・よろしくお願いします・・・・・」先輩が頭を下げた。私も、せいいっぱい頭を下げた・・・・・異様な空気が、お昼過ぎのそのリビングに流れた。「どうする?」っていうご主人の声・・・私は奥様の顔を見た。・・・・・笑ってうなずいた。そう、商談成立したのだ。もう、私はどうしていいのか分からず舞い上がってしまっていた。カバンに入れてある、契約書に記入しようとするが、間違えるばかりする・・・手が、本当に震えてミミズみたいな字になるのだ。「すいません、すいません・・・」って何回も謝りながら、書き直す。「それでは、ココに署名と捺印を・・・・・」先輩にいっぱいフォローしてもらって、この商談は成立した。営業所に、先輩と帰るとまだ報告もしてないのにMマネージャーが、出迎えてくれた。「おめでとう!初受注!よかったな!」って言ってくれた。どうも、車から降りてくる私の顔がにやけていたみたいだ(笑)先輩、事務員の女の子、みんながおめでとう!って言ってくれた。この日は、忘れられない日となったのだった。しかし、本当の戦いはここからだったのだ・・・・・・ つづく
2004年02月21日
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今日は、眠たくってしょうがなかったです!昨日、遅くまで起きていて、今日は朝っぱらから走り回っていたので、午後から頭がボーっとしてしまって、とってもダメダメだった。夜9時ごろ帰ったけど、すぐに寝てしまいそうな勢いでした!あったかかったから、体が春とまちがえたのかなー?でも、続きを書いたので読んでくださいねー!--------------------------------------------------Mマネージャーに、少し疑いを持ち始めた私は、それでもしかたないので、テリトリーを飛び込むしかなかった。季節は、6月に入る、雨も降り出す梅雨の時期だ。傘をさして、営業カバンを持って歩いているととっても悲しくなる。降り続ける雨に、濡れてしまってスーツのズボンがビショビショになってしまって、歩くたびに足にくっつく。雨の日に、車を査定させてくれる人なんかなかなかいない。私は、Mマネージャーから一日必ず2台の車を査定しろ!という命令をうけていた。ある日、査定がどうしてもさせてもらえなかった時がある。しかも夜9時ごろのことだ・・・・どやされた!「できるまで帰ってくるな!」超スパルタな、上司。泣きそうになりながら、一人営業所を出て行きテリトリー内にあったタクシーの深夜営業している配車センターに行って事情を話して、タクシーの運転手さんの車を査定させてもらったこともあった・・・こんなこと毎日やっていて、どうなるんだろう!もっと車が売れるには、方法があるだろうに・・・って私は思っていた。効率が悪すぎる・・・しばらくたって、少しだけやり方を変える指示が出た。今まで、査定をさせてもらったお客様の所へ見積もりを持って行け!っていう指令?だった。「えっ?でも・・・・」って思った。査定をさせてもらったお客様は、私が無理を言って車を見せてもらっただけで、車が欲しいなあとか見積もりをっていうお客様なんか一人もいなかったのだ。そこへ、見積もりを???私は、Mマネージャーに反抗した!事情を話した・・・・答えは、「お前は、講釈をいう必要はない!そのとおりやれ!」って強く返ってきた。ものすごくムカッときた。なんで、こんな理不尽なことばっかりやらすんだろう。もっとやり方はあるのに・・・隣の課のKくんは、私と対照的に楽しそうにやっているマネージャーも本当に温和な人だった。「くそっ!」って思った。でも、やるしかなかった。頼まれてもいないお客様のところへ、勝手に車の見積もりを作って、持っていった。反応は、悪かった。あたりまえだ・・・頼まれてないんだから・・・「車なんか買わんよ!」「ポストに入れといて!」「勝手に査定しといて、そんなもんいらんよ!」とかなりきつく言われた。当然の結果だった。でも、しかたないので見積もりを作ってはその家に持って行って、渡すことを続けるしかなかった。商談には、ほとんどなることはなかった。そのころやっと、自分の車でテリトリーに入ることが許されたので、嫌気がさすと、よく木陰に車を止めて寝ていた。面白くなかった。でも、そんなにサボらずにこの地味な活動をやっていたお陰でテリトリー内には、顔見知りが少しづつ出来始めてはいた。しかし・・・・6月も結局、車を販売することは出来なかった。ちなみに、先輩たちはなぜか毎月7台8台の車をちゃんと販売してきていた・・・・不思議・・・だった。自信も、プライドも全然なかった毎日だったような気がします。しかし、このままではいけない・・・と思っていた。一台だけでも、早く売ってみたかった。 つづく・・・・
2004年02月18日
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5月からずーっとテリトリー内を歩く日々が続いていた。正直言って、疲れてきた。毎日、地図を片手に飛び込みばっかり・・・・飛び込みは、精神的にパワーが無いと続かない。相変わらず、Mマネージャーの指示は、歩いてテリトリー内を把握しろ!だった・・・確かに、半月も歩いていると同じお宅に何回も訪問することになる。「また来たの?車は今いらないっていったでしょう!」とか、「車を買うときにはこっちから連絡するから・・・」なんていう、いやーな断りも続く。でも、毎日やっていると査定をさせてくれる家もじょじょに増えてきた。だんだん、話がうまくなってきたのだ!「あのー、もし良かったら、簡単な無料点検しときますよー」なんていうトークを編み出した。もともと私は、機械工学科卒だ。車のちょっとした点検ぐらいはできた。ボンネットをあけて、バッテリー、各種オイルチェックエンジンをかけて、音と排気をチェックしたり・・・タイヤの溝チェック、エアーチェックなど簡単にしてあげるのだ。その時、ついでにボディーチェックと車検証を見せてもらって査定しとくのだ。日曜なんかは、査定できる台数が増える。洗車なんかしてるご主人を見つけると結構たやすい!「綺麗にされてますねー!車お好きなんですねー!あ、この車、名車なんですよねー!」なんて褒めてあげると、いっぱいご主人しゃべってくれる。いつのまにか、車談義になってしまうのだ。ついでに査定もさせてもらう。でも、車はそんなんじゃあ売れなかった。5月も終わろうとしていた。一ヶ月も経つのに、私には車が売れる気配はなかった・・・と、ところが・・・・隣の営業所のKくんが、車を売ってしまったのだ。どんな売り方だったか忘れたけど、とにかく売ってしまったのだ・・・・ショックだった。私は、結構負けん気が強かったのでとっても悔しかった。Kくんのマネージャーは、マークリストっていう車検前のリストを使ったり、トヨタ車のリストを使ったりしてターゲットをしぼって訪問をK君にさせていた。私もそれがしたかった・・・ただただ飛び込んでいるのは、効率が本当に悪いように見えた。ちょっと、嫌な感じだった。そうやって、私は結局5月が終わっても車は売れなかった。一ヵ月後の新人フォロー研修では、何人も初の受注をあげていた。私は、自分のせいではない。Mマネージャーのやりかたのせいだ!って思っていた。そして、2ヶ月目に突入した・・・・・ つづく
2004年02月16日
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私のお客様が、急死されてバタバタしていました。仕事とはいえ、何年もお付き合いしてきていた大切な方だったのです。13年もやっていると、こんなことが何回も起こってきます。45歳のご主人を失ったご家族は、私の作った保障が、何よりの支えになっていくと思います・・・・責任をとても感じる時ですね・・・がんばりますね!---------------------------------------------------100件訪問のノルマをなんとかクリアした私は、次の試練を与えられた。自分の車は、まだ使わせてもらえない。Mマネージャーの指令は、とにかくテリトリー内をくまなく訪問して、査定をさせてもらえ!というものだった。「査定」とは、ご存知のとおり車の値段を出すこと。自社、他社関係なく、飛び込んで車を査定させてもらう。ということだ。結構これが、難しい。急に飛び込みで来た営業マンに、自分の車の中から車検証を出してもらい、車の傷とか、走行距離をチェックさせる。お客様にとっては、めんどくさいし、嫌なものだ・・・今度は、挨拶して名刺を渡したぐらいでは、査定をさせてもらうことは不可能に近かった。ある程度、世間話ができてちょっとリラックスできたぐらいでないとなかなか査定をお願いするのは難しかった。それと同時に、テリトリー内の会えてないお客様の所を徹底的に訪問して、とにかく蛍光ペンでテリトリー内を前件塗りつぶすこと!っていうのが、これから私がしなくてはならないことだった。「郵便屋さんより、テリトリー内は詳しくなれっ!」っていうMマネージャーの言葉だった。簡単にいうと、あそこの奥さんは、トヨタのカローラⅡに乗ってて、ご主人は仕事はNTTに勤めていて、土、日は休みで、子供たちは2人でまだ小さい・・・・ぐらいの情報通になれっていうことなのだ。テリトリー内を自分の庭にしろ!ってことだ。ご飯を食べたり、喫茶店で休むのもテリトリー内。タバコを買うのも、テリトリーのタバコ屋さん。って感じだろう。とにかく、私はその日からテリトリー内で過ごすことになる。100件訪問の時と違って、そんなに急ぐ必要は無かった。一軒お会いできたら、なんとか話をして仲良くなるようにした。今度は、簡単なパンフレット、査定用具などをカバンにいっぱい詰め込んでいた。重かった・・・歩くのは、この前より大変だった。でも、なかなか初対面の人と仲良くなれるわけがなかった。そもそも、私は前述の通り、話しべた、人見知りがこのころになっても治ってはいなかった。挨拶ぐらいは、気持ちよく出来ても後の話が続かないのだ。天気の話をするぐらいしか、話のネタがない。かろうじて私が、得意としていたのは車の話。車には、詳しかったから(当たり前か?)冗談も言えないし、おべんちゃらも言えない。愛想のいい人には、なんとかしゃべれるが、怖い顔した人が出てくると、とたんに無口になってしまう。正直言ってしんどかった。やっぱり、この仕事を選んだのは失敗だったかなあ?なんて暗い思いも浮かんでくる。でも、とりあえずやるしかなかった。何せMマネージャーの指令なのだから・・・・ちょっとモンモンとしながら、テリトリー内を歩く日々がここから続いた。当然、こんなので車なんか売れるわけはなかった・・・何日も、毎日テリトリー内をうろつく日が続く。この頃、毎日の訪問面談件数は1日30~40件ぐらいだろうか?査定をさせてもらえる人は、その内2人ぐらいだった。いつまで、こんなことやるんだろう??Mマネージャーに、不満だった。売れるスキル。トークなんかは教えてくれない。ただただ・・・歩いて、お客さんと仲良くなれ!みたいな感じだった。 続く
2004年02月14日
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次の日、足がカクカクしていたが、Mマネージャーは容赦なかった。「今日は、100件絶対やって来い・・・」相変わらず、言葉が少ない・・・「はい・・」と私は答えた。実は、同じ営業所に配属された同期のKくんは100件訪問を命じられていなかった。直属のマネージャーは、うちのMマネージャーと違って、温厚そのものだったのだ。どっちかいえば、冗談を言ってニコニコしてるタイプのマネージャーだった。なんか、となりの芝がとっても青く見えた・・・いや、絶対青かった。「行ってきまーす!」って行って、営業所を出る。なんとなく、足取りは重い・・・住宅地図のコピーを見ると、私のテリトリーの所は、昨日回った住宅が、点々と赤く蛍光ペンで塗られていた。でも、まだまだ、行くところはある。なるべく、昨日行ってない地域に足を踏み入れた。相変わらず、愛想のいいお宅は少ない。名刺を渡して挨拶するだけなのだから、簡単なことなのだが、こっちは断り続けられてるような気分になる。でもとにかく件数をかせがねば・・・・Mマネージャーの顔が浮かぶ。(怖)5階建てのマンションを訪問した。戸数でいうと、50件ぐらいはありそうだ。マンションの訪問は、コツがあった。これは、昨日見つけた技なのだが、とにかくマンションの場合、一番最上階にまず上がること!下から訪問していくと、とっても体力的、精神的に疲れてしまう。上から下へ下がるほうが、元気が出やすい・・・そして、ポイントは大きい声でしゃべらないこと。大きい声で、やっていると隣近所に声が筒抜けになってしまって、訪問しても連続的に断られやすいのだ。だから、インターホンで小さく挨拶してなんとかドアを開けてもらって、中で大きくしゃべればよいのだ!こんな、体験からくるノウハウを自分で見つけられたのはうれしかった。色んな、家を訪問してると色んなことがある。「なんじゃー?」ってスキンヘッドの方が出てこられたこともあるし、ごみ屋敷のような、玄関に出くわしたこともいっぱいある。あ、玄関の掃除の出来ている家ってやっぱりキチッとされた方が多いんです。本当に!そんなこんなで、100件に向けて訪問を続ける。あるパン屋さん、昨日も訪問したのだが、休憩ついでに「こんにちはー、また来ましたー!」って寄った。「あら、また来たのー!がんばってるねー!」「休憩していかれー。」こんないいおばちゃんもいる。そこへ、近所の銀行マンとか、知り合いのおばちゃんとかおじちゃんがいっぱい来る。「この子なあ、トヨタの高田君っていうんじゃけど名刺持ってたら交換してあげてー!」って応援してくれた。一気に4、5件の有効面談を獲得だ。ありがたかった。公園でしゃべっている、主婦の人たちにも声をかけた。有効面談には、相手の名前のメモが必要だったので必死だった。「あのー?お名前だけおしえてくださいー」って頼んだ。実は、この時の100件訪問のメモには、訪問できた方のお名前、その時の愛想の良さ、車は何に乗ってるか?など色々メモっていたのだ。実は、こんなことが将来大きく結果を出し始めるのだ。その時は、何も思わなかったけど・・・その日は、結局ボロボロになりながら、夜に入って100件を達成することが出来た。うれしいというより、疲れたって感じだった。夜、Mマネージャーに報告をした。「100件できました・・・」って行動結果表を提出した。ジロッと結果表を見て、私の顔を見た。・・・・・・・・「おめでとう!よくやった。・・・」「どうだ?100件訪問の気分は?」そんな質問をされたような気がする。私は、その日に学んだこと、あったことを報告した。「今日は、早く帰って足の下に枕かなんか入れて足を高くして寝ろ!そしたら、足が楽になるから・・」Mマネージャーの言葉になんか涙が出そうになった。意外に優しいところもあるんだって思った。このMマネージャー、後からわかるのだが、とんでもないスーパーセールスマンだったのだ。8年間で新車1000台を売った根性のセールスだった・・・年間125台平均・・・ほぼ3日に1台売っている計算だ。ある意味、私はこの根性セールスをこれから学んでいくことになる・・・
2004年02月11日
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「100人の有効面談」を命じられた私は、とにかく目の前に、広がる広大な?私の担当地域(テリトリーという)に足を踏み入れた。まだ、午前10時過ぎだった。私は、あの美術全集の飛び込みのセールスをやっていたおかげで、そんなにこの試練が怖くなかった。100人って言う数字は、結構な数だったがそう難しく無いって考えていた。たぶん、これが社会人になって初めての仕事だとしたらたぶん、ビックリしただろう!てな感じで、軽く考えながらテリトリーへ入っていった。しかも、私は名もあるトヨタのセールスマンなのだ。自信を持って、訪問すればいい!・・・・・・・・・・・・とっても、甘かった・・・・・いきなり、玄関払い・・・「うちは、日産しか乗らんから用事はないよ!」「トヨタの○○さんにお世話になってるから・・・」「今、忙しいから、パンフレットでもポストにいれといて!」断りの嵐だった。ドアホンで、ドンドン断られる。ほとんど、出てきてくれない・・・・・これでは、田舎でやっていた美術全集の時の方が面談率がいい・・・・なぜ??良く考えてみると、この地域は自動車ディーラーが10社ぐらい立ち並ぶ、国道沿いの住宅密集地。たぶん、ひっきりなしにセールスマンが訪れているようだった。イチイチかまっていたら、大変なのだろう・・かといって、初日からダメでしたっていうのは、プライドが許せない。とにかく、1件1件訪問した。「こんにちは!」ってドアホンに話しかける。「なんでしょう?」「あ、私トヨタ○○○岡山の高田といいます。今日は担当地域のご挨拶に回っております。ご挨拶だけでもさせてもらえませんでしょうか?」「結構です!・・・ガチャっ(インターホンの切れる音)」こんな繰り返し。中には、出てくださる方もいらっしゃるが、名刺を渡して「また、よろしくお願いします」って言うのがせいいっぱい。時間も無いし、気の利いた世間話も出来る分けなかった。時間ばかり経っていく。しかし、お昼を過ぎたあたりから件数を稼ぐ方法を見つけた。花屋さん、床屋さん、タバコ屋さん、会社なんかのご商売をされているところに、飛び込むのが良かった。とりあえず、愛想が悪かろうが、良かろうがドアホンは無いので、有効面談が出来た。名刺が渡せたら、メモ帳に○○さん面談って書き込んで持っている住宅地図を蛍光ペンで塗っていく。一般の住宅への飛び込みは、こういう特徴があった。●門扉がしっかりしているお宅で、高級そうなお宅はなかなか面談できない。●一戸建ての借家であったり、コーポの方が人が出てきてくれる。(マンションとかの方がガードが固い)●「こんにちは・・・」って挨拶するより大声で 「こんちわー!!ちょっとすいませーん!」 って言ったほうが、数倍ドアを開けてくれる確率が 上がった。●公園なんかで、子供たちを遊ばせていらっしゃる奥様方は、話しやすい。でも、100人の人に名刺を渡すのは至難の技だった。報告の時、嘘をつこうと思えばいくらでもつけるって思ったが、それは嫌だった。一軒一軒、会えたらマーカーで色を塗ってメモした。夜が来た。足が、棒のようだった。クタクタである・・・・・・・・訪問件数は、80件ぐらいだったかも・・・一旦、報告で営業所に帰る。私としたら、80件の面談が出来たっていうことにまあまあ満足していた。もしかしたら褒めてもらえるかなあ?ぐらいに考えてMマネージャーに報告した。「80件でした・・・・」Mマネージャー「できるまでやれ・・・・」って言った。それだけ・・他の先輩セールスもなぜか黙っていた。えっ?って思った。まだやれってことだ・・・もう7時を過ぎてるんだけど・・・結構ショックを受けながら、一人、トボトボ暗い道をテリトリーに入っていった。結局その日は、90件ぐらいでギブアップして営業所に帰ってしまった。もう、体力の限界と精神力の限界だった・・・9時過ぎだった。Mマネージャー「今日は、もう帰って寝ろ! 明日もう一回チャレンジ!だ」えっ?明日は、また最初から???どんな世界なんだ?この仕事って?? つづく
2004年02月08日
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私と同期の友人は、Kくんという。とっても人当たりのいい穏やかな人だった。そのKくんと一緒に、その営業所へ配属された。その営業所は、まだ出来たばかりでショールームもピカピカ、営業所内もきれいだった。新車が、ズラリと並ぶ郊外型のカッコイイ営業所だった。しかし・・・・そこが、外見とはうらはらな地獄の特訓?の場所になろうとは私もその時は気が付かなかった。そこの営業所の所長がまず怖かった。H所長としておこう。顔は、知らない人が見たらあっちの人に?見える。私も最初に、ご挨拶したときはメチャクチャ怖かった。でも、この人は怖いのは外観だけで、実はとっても穏やかな、いい所長さんだった。それはよしとして・・・・営業所には、2つの課っていうものが存在した。私とKくんは、その1課、2課に振り分けられた。私の課には、Mマネージャーという課長がいた。ここから、私はえらい目に合う。初出勤の日は、とりあえずみんなにご挨拶して、緊張の一日となった。することもわからないので、見よう見まねで車の洗車をしたりして無事一日が終わったような気がする。みんな、愛想のいい人ばかりだった。でも、一癖も二癖もある人ばかりだった。その夜は、新人歓迎会をしてもらった。私は、そんなにお酒が飲める方ではなかったけどこの人たちの飲み方は尋常ではなかった・・・・1次会で、一気飲みを何回もさせられ、吐きながら2次会3次会と続く。みなさん馴染みのスナックをいっぱい持っていらっしゃった。行けば、ボトルがキープしてある。水割りを根限り飲まされ、歌わされ、大騒ぎしてあっというまに夜中の2時ごろになっている。ス、スゴイ・・・・社会人はやっぱりすごいわーって思った。とっても気持ち悪い朝を次の日迎えて、朝早く出社した。同期のKくんも、グロッキー気味だ。さて、今日からはいよいよ本気モードの仕事に入る予定だ。私のMマネージャーから呼ばれた。「高田ー!来い!」「はいっ!」「名刺、持って来い100枚ほど・・・」「はいっ!」ってもらったばかりの名刺の箱を1つ持っていった。「今日から、自分のテリトリーを回ってもらう!お客さんにとにかく、お前を覚えてもらえ。車は売らんでいい!」って言われた。えっ売らなくていい??って思ったが元気よく「はいっ!」って答えた。元気が一番だ!そこでMマネージャーが一言。「100件!」えっ、何のこと?このMマネージャー、口数が少なく、顔がヤクザのように怖い。聞き返せずにじっと黙っていると。「とにかく、100人の人に会って来い!名刺を渡してトヨタ○○○の高田ですってご挨拶して来い。留守の家は数えるな!とにかく、100人にご挨拶ができたら帰って来い!できなかったら営業所に帰るな!」その後、「車は置いていけ!」って言われた。えーっ?100人に会う。一日目からかよーって正直思った。でも、実は私の心の中には、あのツライツライ美術全集の飛び込みの経験があったので、トヨタの名刺を出して挨拶するぐらいは、楽勝!って思っていた。だって、天下のトヨタだもんね!車も使えないカバンもない。ワイシャツの胸ポケットに名刺が100枚入っているだけだ。「いってきまーす!」って言って私は、とりあえず自分のテリトリーに向かって歩き始めた・・ありがたいことに、私の担当エリアは目の前だった。 つづく
2004年02月07日
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一応これで、私が営業マンになるまでのお話は、書いちゃったので終わりにしてもいいんですが、まだこの後の話も結構面白いのでもうちょい続けますね!しかも、今現在の保険プランナーになっているわけじゃないので、ココからはトヨタ営業マンから保険プランナーになっちゃったのかを、書けたら面白いかも。もうしばらくお付き合いくださいね!-------------------------------------------------昭和62年4月に、無事大学を卒業できた?私はトヨタ○○○岡山(株)の営業マンとして、出社した。初めて着る紺のスーツが、とっても疲れる。ネクタイも締め方がわからなかったし・・・この会社、最初の1ヶ月間は研修期間だった。その研修が終わったら、初めてセールスマンとして各営業所に配属されるのだ。研修は、毎日朝から夜まであった。どんな事をやっていたかというと、車の勉強。商品である車のことがわからなかったら、売れないですから・・・・自社のトヨタの車はもちろん、他社のニッサンとかホンダの車との比較。エンジン馬力、長さ、重さなど色んな事を勉強した。もちろん、内装のこと、オーディオのこと、エンジンのこと、とにかく車のこと全般だ。これは、私にとって大好きな分野だったのでなんなく覚えられたと思う。そんな勉強をしながら、本来の仕事であるセールスマンの研修だ。挨拶のしかた、名刺の渡し方を最初から習った。お辞儀の角度、名刺を差し出すタイミング、ひとつひとつを勉強した。正直言って面白かった。だって、セールスの勉強がしたかったのだから・・・ちゃんとトヨタの営業マンには極秘マニュアルがある。飛び込みの方法。エリアの戦略。車検リストの使い方など・・・結構考えて作られていた。さすが天下のトヨタ!その時の同期は、14人だった。みんな、色んな大学を出ていたと思う。でもやっぱり理系の学校を出ていた私は変わり者だった。その頃の私は、大学時代の自己改良?によって、なんとか人前でもしゃべれるようになっていたし、ある意味スゴク元気だった!そんな、私が1ヵ月後研修を終えて、営業所に配属された。もう一人の同期もいっしょの営業所だった。岡山市の郊外にある高屋営業所っていうところに、私は出勤することになる。しかし・・・・この営業所で私は最初の洗礼を受けることとなった・・・そんなに営業マンは簡単ではなかった! つづく
2004年02月06日
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そのトヨタの人事課H氏は、本当に熱心だった。別れてからも、週に一回ぐらいは必ず電話をしてくる。大阪に来たら必ず、飯を食おうよ!なんて言って私を誘い出す。その他の資料請求をしてた会社は、みんなイマイチの対応ばかりだった。その中で、やっぱりH氏は飛びぬけていた。インパクトが違うのだ。人を説得するときの集中力が、他の会社の人事の人と全く違った。うわさによると、やっぱりトヨタ○○○岡山の中でもトップセールスマンだったそうだ・・疲れたおじさんばかりの人事の人の中で、ひときわめだっていた。良く考えたら、これもトヨタの作戦だったのだろう。いつしか、私はその自動車ディーラーで営業マンをやってやろうと思っていた。なぜなら、美術全集のセールスで満足のいく結果が得られなかったことが、本当は悔しくて心の底に残っていたのだ。一セットは、確かに売れた。感動した・・・・でも、何かが完璧でない・・・素人セールスマンが、ただただ歩き回ってあのおばさん夫婦にぶち当たっただけのような気がしていた。そう、プロセスが良くないのだ。結果は良かったが、それまでのプロセスに技術も知識もなんにも無かった。それが、不満足だったのだ。だから、ちゃんとした会社で、ちゃんとしたセールスをやってみたかった。数ヵ月後・・・何回か、トヨタのH氏に会ったのち私は、この自動車ディーラーに就職することにした。大学の友達は、ビックリしていた。そりゃそうだった。営業マンになるってこと自体が、その学部では不自然だった。でも、私にとっては就職して機械の前に座ることより人と接する仕事で、自分をもっともっと磨きたかった・・・って書くとカッコいいけど、車好きの私にとってピカピカの新車が並ぶショールームと、私の大好きだったトヨタレビン通称AE86があったのも、魅力的だった。昭和62年4月、私は岡山市内のトヨタ○○○岡山(株)の営業マンとして出社したのだった・・・・人生ってわかりませんねえ・・・・・・ つづく
2004年02月03日
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その突然の電話の相手にビックリしながらも私は、バイクで寝屋川市の駅前に行った。トヨタ○○○岡山の人事課のHさんってどんな人なんだろう?ドキドキである。緊張しながら、駅前の改札付近へ・・・・見ると、背の高いスーツを着たちょっとカッコイイ人が立っている。カバンを持って、なんとなく目だっている。「あのー・・・・」って声をかけてみた。「あっ!高田くん?」って答える。なんか、爽やかそうな人だ・・・メガネをかけていて、背が高くスマート。笑顔がひとなつっこい!「あ、た、高田です。」「どうも、どうも!初めまして!」ってH氏は、握手をしてくれた。なんか、うれしい。悪い人じゃなさそう。年は30歳ぐらいだろう。「どっか、喫茶店あるかなあ?」って言われたので、喫茶店に移動した。実は、目の前に私のバイト先の喫茶店「香」があったのだが、ちょっと恥ずかしいので、別の薄汚れた喫茶店へ行った。緊張している私は、喫茶店でもドギマギしていた。「高田くん、緊張せんでもいいよ!でも急でびっくりしたろう。」「は、はい・・」名刺をもらう。確かに、私が資料請求した岡山のトヨタディーラーの人事の方だった。いわばリクルーターの人だ。そのH氏は、誠に親近感を覚えさせる人だった。世間話ばっかりする。「今、どんな勉強しょんでー?」「趣味は?・・・」「彼女は?・・・・」話しながら笑う笑顔は、とっても私をひきつけた。岡山弁丸出しのその姿と、自分の話をするそのH氏はほとんど、私を友達感覚にまでさせていた。「僕は、ずーっとトヨタ○○○でセールスをしとったんじゃけどなあ。なんか急に、人事課に回されたんじゃあ。セールスの仕事は、面白いし、好きな車に乗れるし面白いよー!やっぱり、セールスにもどりたいなあ・・・・」なんてぶっちゃけ話を延々とする。当然、私の学生時代のバイト歴、この前のセールス話も私は、自然に話してしまっていた。「高田くん、それだけの事を出来る人はなかなかおらんよ!うちで、営業マンとしてやってみない?」結構、単刀直入に話を切り出してきた。えっ?営業?私は、この前の美術全集で、ちょっとセールスにこりていた。いい思い出はできたが・・・正直、営業職は、就職で全く考えていなかった。「営業はちょっと・・・・、メカニックの仕事はないですか?」H氏「メカニックの仕事は、君みたいな優秀な人がやる仕事じゃないよーセールスに、君は向いている!」って言われたのだ。セールスに向いている?そんなこと言われたのは初めてだ。無口で、モジモジするような私が、セールスに向いているなんて言われたのは初めてだった。うれしい反面、この人ちょっと上手すぎっても、思ったのだが、でもとりあえずうれしい。もちろん、この場で即答することは無かったのだが、なぜかこのトヨタのH氏は、かなり印象的だった。突然、寝屋川市まで来て、突然電話して私に会おうとするフットワーク!本当に、爽やかな印象で、また会いたいって思わせるこの人間性。なんとなく好きになっていた。このH氏とは、とりあえずこの場では別れた。「また連絡するよー!っ」って元気に去っていかれた。でも、車の営業マンかー・・・・・・畑が違いすぎる・・・ つづく
2004年02月01日
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