2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全14件 (14件中 1-14件目)
1
自分でも今の生活環境は恵まれていると思うし、文句も言わずに私の不足分をフォローしてくれる主人には感謝してます。 でもこれ以上望む事は、やっぱり、我が侭なのかなぁ。私が自分の事を出来なかったら主人に、もしも何か起きた時、一体何がしてあげられるのか・・・それを今から考えていた方がいいと思ったのですが、やっぱり主人が現実に病気とかにならないと考えないのかも・・。以前、家族が緊急入院をした時の私の体調は最悪でした。しかし、そんな私の体調の事は言っていられなかったので、担当医に相談をしてステロイド薬を処方してもらい自分の体調をそれ以上悪化させないようにしていました。それ以来、ステロイドは外せなくなって2年が過ぎてしまいましたが、私的には薬を最小限にするという事が常に目標になっています。手関節手術を受ける事になった場合、かなりの痛み止めを使う事になるだろうと予想はしていますが・・。一生、死ぬまで同じ量を飲む訳ではないけど手術後もリハビリをすれば、その痛みもあると思うので痛みが軽減するまでは、その間の生活にも不自由はあるだろうし何年もかかると覚悟をしなくてはならないと思っています。ただ、その手関節形成術をした後の機能回復がどの程度になるのかは、手術の成功度合いとリハビリなのだろうなぁ、と思うけど。 考えてみただけでも痛そうです。痛いのってストレスがかかりますからね。実はその激痛に自分が耐えられるのか、不安になってきました。
2003年09月29日
私が自分の指の変形に気が付いたのはいつだっけなぁ、記憶をさかのぼるけど。。。思い出せない( ̄ー ̄; ヒヤリ最初に気が付いたのは両手の人指し指の第一関節だった、関節は痛くなると腫れて熱が出て触れないほどドンドン痛みも出て物を掴んだり握ったり出来なくなった頃には曲がったままになっていた。それの繰り返しで他の関節も少しずつ曲がっていった。指先は人の目に付きやすい関節だから他人との違いをいつも気にするようになってしまいました。小学生時代の友達は気になって何でも知りたいから聞いてくるのですが、学校では特にクラスのみんなの前で自分の病気の事を説明するのが苦痛でなりませんでした。その頃の先生方は大人でも関節リウマチの事を知らない人も多くて、朝の身体の動きが悪くて何も出来ない事を単純に「我が侭」と思っていたようです。右が利き手だったので手の関節が痛くても泣きながら漢字の練習をしたり笛の練習をしたこともありました。関節リウマチは全身に症状が出るので何処の関節をとっても激痛と変形の繰り返しでしたから、成長期の子供の頃の方が過酷だったと思います。それが返ってリハビリになっていた事もあったようですが何十年もの無理が募ってどうしても伸ばす事の出来ない関節が何箇所もあるのです。私よりも関節の変形も酷くて不自由な人も多いと思いますが、関節の破壊が進んでしまうと固定さえ出来なくなってしまうようです。自分の変形した関節をセラミックやジョイントを入れて形成するとか、私も詳しいことはあまり知らないのです! だからこうしてテーマ日記として少しでも多くの人の目に止まり読んでもらえる事を望んでいます。通院してる待合室で「手の関節手術」を受けた事がある人の話を聞いたことがあるという情報くらいで、その方のお話も直接伺った事もありません。担当医はあまり詳しく教えてくれないので成功例が少ないのだろうかと不安もあります。肘関節と手首関節の変形により指先の力が入らなくなり箸を持って食事をする事はもう何年も前に諦めました。今は包丁を握る事は出来ませんが使える指先だけで軽く持って使っています、時々下に落とし( ̄ー ̄; ヒヤリです。残された機能を最大限に活用してそれと代用品を大いに使いまくる事で家事や炊事がこなせるのです。勿論、家族の手助けがあってのことです。これが一番助かりますよね!変形を少しでも緩やかにするとしたら無理に動かす事は痛いだけで辛さばかりです。その時我慢しても後で使えなくなる可能性もあるし、他の人の手を借りるのは症状の軽いうちから理解して貰えるように、特に家族には理解して貰えるように少し我慢して貰いましょうよ!痛みが減って出来る時は努力してるのだから・・ね♪
2003年09月26日
新しく『猫げんきといつも一緒』のページを作ってみました♪私にとって一番癒されるのが、猫げんきの存在です。身体が辛くて自分の事をするのがやっとだったのに、家族に了解を得て念願の猫と暮らす生活を、ようやく実現する事が出来てから5年の歳月が経ちました。片手に乗るほど小さかった仔猫も今では抱き上げて数分でシンドイ重さにまで成長しました♪今までの猫の思い出も『猫げんき日記』と一緒にボチボチ書いていこうと思います。あ、「ご飯まだぁ?」とうるさく呼んでるので・・☆~~ヾ^-^) ♪
2003年09月25日
何も続かない・・持続力が乏しいのですねぇ。目標はあるのにちゃんと設定してるのに・・ドウシテかな。
2003年09月24日

もう、こんなに経っていたのねぇ~。毎日気になって覗いてるから、足跡が残ってて嬉しい~♪でも随分、自分でも踏んでいるのだと思うと・・・(゜-゜;)ウーン複雑だなぁ。rara日記は、大した日記でないけど、読んでくれる人が居ると思うと嬉しいもんだよね~♪もっと、色んな人が読んでくれるような内容だったらraraの知りたい話が出来るのになぁ~なんて思ってしまうけど、自分だって知らない事は答えられないので仕方がないよね(^▽^;)エヘヘ同じ病気じゃなくても健康な人でも知らない事を聞いてみたい事があったら何でも掲示板にカキコして欲しい。たまに「同じ病気で無いからあなたの事を理解出来ない」と、言う人が居るけど、その人はそれが普通だと思って生きてるのだろうから仕方がないと諦めたし、それ以上無理には話さないし言わないことにした。何でもそうだけど、全く同じ条件の人などこの世の中に居る筈がない、人の事を理解しようと努力しない限り相手の立場や気持になる事は難しいと思った。それは、何も病気に関してではなくて何もかもだと思う。その人の気持を汲んでやれる人は似たような経験があるとか人生経験が多いとか、相手の気持になってあげて適した言葉もかけてあげられるのだろう。言葉は受け取る側にも柔軟な気持がないとうまく行かないと思うから、その辺がメールやチャットで伝えるネットの世界は難しいと思った。私もそうやって自分の気が付かない所で誰かの気持を無視したり踏みにじったりして来たかもしれないから・・・時々反省して、まだまだ、raraは修行中の身です!
2003年09月22日
昔~子供の時に見た、アトムに出てくるような物が現実化してる今の世の中だから、この先はもっと凄い事になってるかもしれない。ロボットもアトムのように空を飛べるようになるかもしれない。ガソリン車もいつかは、なくなる日が来る。地球上の資源を無くなるまで使い果たす・・間違った考え方を早く変えていかないと貴重な資源が人間だけの為に使われて全て消えてしまう。荒れ果てた地球になったら他の星へ移住すればいいってもんじゃない、それこそ貧困の格差で移住できない人間は何も残ってない地球でどうするんだ。弱い立場の人が泣く世の中の仕組みも変えられないのか!どんな仕事も生活の仕方も考え方も長い時間をかけて変化しているし、一言で決められない事は沢山あると思うから、何十年、何百年後どうなるか私には見当も付かない。でも、今の自分たちが出来る事として発言する事だって人の気持を動かす事が出来ると思う。人が見てない時は悪い事をしても平気だという人もいて、それを注意した方が怪我をしたり非難されたりする世の中になってしまったのはドウシテだろう。発言の自由がいい時もあるけど人の気持の中はまだ、そんなに自由ではないと思う。人前で怒られた時の羞恥心は子供の頃から誰でも一度は経験してる筈だけど、大人になってそれを経験すると逆切れ状態になって、犯罪に繋がるのではないのか。毎日のニュースで何も犯罪が起こらない日がいつか来るのか・・やっぱり有り得ないかぁ・・・。
2003年09月20日
今日は義妹の子供の12歳の誕生日だ・・・さっき思い出した( ̄ー ̄; ヒヤリ。来年は中学生になるからその時のお祝いに携帯電話をあげようと思ったが本人は早く欲しくて仕方がないようだ、何処の一人っ子も賢いもので、親に願いが叶わないことが解ると他の大人に話をするのだ。当然身近な大人と言えば、行き来をしてる母親の実家のお爺さんやオジサンやオバサンになる。ましてや我が家には子供がいない。日頃会わないので大したことも考えずに「買ってやる」と安易に約束してしまうこっちも悪いのだろうが(-"-;A ...子供は買ってもらえると思っているのだろうが、義妹の方が遠慮して結局「親が買う」ことになってしまうのかもしれない。本当は迷惑だったりするのだろうが「迷惑だ」とも言えないだろうし・・・遠慮しないのも良くないが遠慮深いのもお互いに疲れる。ただ問題は携帯の維持費を払うのは親なので、私たちにはそこまでの金銭的負担は出来ませんってことだ。でも、中学生に携帯電話を持たせるメリットは何?と考えると、親は何処にいても連絡が取れると思うし、子供はオモチャ感覚でゲームしたりメールしたり電話したりがいいのだろう。携帯電話を使い始める時の約束事を親がハッキリ子供と約束をしておくべきだと思う。その家、独自の約束事がいい。それが出来なくて親の思い通りに使わなくなった子供を責めるのは変だ。親も約束が守れないと言ってるようなもので、それは親にも自信が無いのだろうか。って、子供育ててませんから、私はえらそうに言えません(;^_^A ・・・子育ては子供の数だけみなさん大変な苦労があると思います!それだけの愛情も葛藤もあると思うから。子供達も大人になった時にどんな喜びがあるのだろうか?時代が変わればまた、感動も変わるのかな?どんな未来が待ってるのかな~ o(^O^*=*^O^)o ワクワク
2003年09月18日
秋晴れで日中は暑かったですが、日が沈むと涼しいというより私には寒いです。先週末に身内の三回忌を済ませることが出来て、ようやく10月の楽しいイベントの事を考える余裕が出来て嬉しいです。それから何より嬉しかったのは姪の出産報告です♪ちっちゃい赤ちゃんを見てると、本当に姪の生まれた頃を思い出しました。まだ私も独身で実家に居た頃に、小さかった姪は姉夫婦の働いてる時間だけ預けられて来て居た時もありました。私の友人も姪の事を今でも覚えていてくれるほどで「あの小さかった子がママになったの?( ^-^)/:★*☆オメデトー♪」と、メールを貰うと私まで嬉しくなります。私の両親も健在なので曾孫になるのです。私達には子供が居ないので、うちの家系には唯一の孫の姪が赤ちゃんを授かって無事に出産をしてくれました。この先いろいろな事があるのでしょうね、親になれた姪達家族に溢れるほどの幸せが降り注いで欲しいと願っています。
2003年09月14日
何の薬でも少なからず副作用が出ると覚悟をして服用してるけど、リウマチの薬で今回のような症状が服用し始めてからずっと続いていると少しどころかかなり不安になってくる。症状としては鼻水が出て喉の奧に痰が絡むようで風邪の様な症状だった。季節がら夏風邪と間違えそうな症状だったけど、主治医に話したら「それがこの薬の副作用だから、他にも何か出たらすぐに連絡をするように」と言われた。今までとは違う対応で驚いたし、薬の飲み方も、曜日指定があったり結構慎重な処方の仕方だと思った。此処で名前を詳しく言うつもりは無いのだけど、そんな風に言われる薬とは、身体にどんな影響があるのだろうか。身体がその薬と相性が合わなければまた次の薬に変わって行く、この薬は今まで服用してきた中でも、最後の砦の様な役割を果たして、この薬を半年、服用して効果が得られない場合のみに、新薬を処方するという事らしい。リウマチ患者の中には新薬の為に命を捧げますという方も数多くいるらしい。オーバーな事ではなくて、自分と同じ苦しみや辛さを味わなくても済む為ならという事のようです。検査でリウマチと病名を付けられた人でも今は早期発見で初期のうちにリウマチが治ってしまう人もいるというのです。痛みがあっても骨が変形をしないうちに治るなんて、素晴らしい事だと思います。どんなに望んでも、もう私には骨の変形を元に戻す事は不可能な時点まで進行していますから、一人でもリウマチ患者が減ってくれる事ができたらと、みな同じ思いですが、新薬の為に命を捧げる人がどの位いるのかは・・疑問です。自分で積極的に調べてみる事も大切だと私は思うようになりました。ネットでリウマチの検索をしてみると沢山の情報が得られますし、自分の身体の症状を不安に思っている人は整形外科の外来で検査を受ける事をお薦めします。
2003年09月08日
久々に下痢したぁ・・。本当に、め~~~~~~~~~~~ったにしない下痢だったそれは凄い音の、おならと共に出たなぁ( ̄ー ̄; ヒヤリぶぶぶ・・・。下剤をかけた時みたいな音だった。聞こえちゃったかな?(゜ー゜;Aアセアセ表には誰も居なかった筈って・・使用したのは自宅のトイレだけどね。 (爆)きちゃない話で・・・スマヌm(_ _"m)ペコリ!!!まぁ、下痢の時の対処法はウィルスでなければ大抵は水分や冷たい物の摂り過ぎなので、私は下痢止め薬を飲むとか特別な事はしないけど、昨日はそれきりおなかの痛みも収まっているので一過性の下痢だったと思う。我が身の体験を、肝に命じるべし!
2003年09月06日
最近は「障害者」という言葉は適切ではない、ということで「障害をもった人」と呼ぶようになった。「ハンディキャップ」という言葉を初めて知ったのは13歳の時、担任からの保護者への通信欄に「ハンディキャップを持ちながらも・・」と書いてあった。家庭の中では使わない言葉だったので意味がよく解らなかったが、「世の中ではこういう言葉を使って健常者(普通の人)と障害者(病気の人)に分けるのだ」と親から説明された。その時はまだ、障害者手帳などあったのかどうかも知らない。私の場合、関節の変形がかなり進んでからの交付だった。初めて障害者手帳を交付されたその時は4級だった。その手帖も主治医が認定してようやく貰えるが、初めて使うときに「自分は障害者に見えるのかなぁ・・」と緊張した。そんな事を感じたのは自分の障害をさほど意識して、いなかったせいもあると思うが、障害とは外見ばかりではなく内臓疾患も含まれているのだと、後から考えたら確かにその通りだった、本当に自分の認識不足で恥ずかしい。障害者手帳を持っていて手続きをすれば軽自動車税の免税や鉄道乗車券の割引(本人以外で一名、介護者の分も)など公共施設の入場券の割引や無料・・他にも色々あった。とりあえず使えるかどうかはいつも確認している。最近は何処のスーパーでも車椅子優先駐車スペースというのが出入り口に一番近い場所に設けられているが、しかし、車椅子を使用していなくて、本人が運転してる場合でも、出入り口から近い場所に駐車したいと思うのは足の不自由な人にとっての願望なのだ。だが、心無い・・健康な人でもあっさり、その特別な場所が空いている事を何の躊躇もせず駐車してるのを見ると、悔しくて仕方がない。私でさえ、躊躇して停めているのに・・などとつい思ってしまうのことが情けない。
2003年09月05日
リウマチの原因は未だに解明されていませんが、整形外科と並んでリウマチ科という専門医の居る病院が最近は増えてきました。私も20年以上前からリウマチ専門医の診察を受けています。 私は二十歳前に両足の外反母趾による親指の付け根と足の裏に付き出ていた骨の為にタコ・魚の目などに悩まされていました。その変形した骨を削る手術は、その当時はまだ最初の頃だったと思いまが、痛みの軽減の為に手術をしました。当時は外反母趾による変形が歩行困難を招き膝や腰の関節にまで悪影響を及ぼすということが解明され薬や補助具だけでは改善されない人に最後の手段として手術を施すのです。 まだ若き頃の私のささやかな願いは成人式で振袖を着て草履を履いて歩くというものでした。歩行するにも痛みが増している状態でしたから夢が叶う為に進んで手術を受けました。 ハイヒールやサンダルなども履けず殆どサイズの大きいブカブカのスニーカーでしたから、似合う洋服を選ぶことも無く何処に行くのもGパン姿でした。ジーンズは好きですがおしゃれもしたい年頃の娘心は寂しいものでした。私の望みを叶えてくださったドクターは今も現役でリウマチ専門医として活躍をされています。 その後、私の足の変形した骨は以前のような激痛で歩行困難になるほどではありませんが、削ってからもう20年以上経つので少しずつ骨が出てきた事は仕方がありません。現在の外反母趾手術では骨の成長による再発防止のためのカバーを骨に被せるようになったとドクターから聞いた事があります。最近は外反母趾予防の為の色々なグッズが作られていて、若い方にも愛用されるような綺麗で可愛い形や色になってきましたね。リウマチから外反母趾が知られるようになったのですが、健康な人でも普段の生活で見た目の綺麗さばかりにとらわれていて足が悲鳴を上げて居る事を早いうちから気がついてケアをしてあげて下さいネ。
2003年09月03日
特殊なテーマになってしまうのかもしれないなぁ。まぁ、家族が悩んでいるとか、そう言う人もいるかもしれないので気長に待つとしましょう♪ところで!最近、薬の効果に甘んじすぎたせいか、又しても身体が痛いなぁと感じてるのです。やはり、薬にばかり頼りすぎてはいけないという事でしょうか!東洋医学では・・と言うか、私が御世話になっている鍼灸師によれば病名が付いてくすりを処方されているとその事だけで病気が治ると勘違いしてる人が多いと言うことだそうです。薬とは、その病気を完治させるのが目的ではなく、生活習慣や食生活を正しくして、その上で、痛みをとるなどの応急処置と考えるくらいが丁度良いと言うのです。それからすると、今の私の生活は薬で痛みが減った分、身体を使っているので、やはり無理をしてる部分の痛みは数日後に出るものです。それで、薬が効かなくなったのではないかと不安に思う様ではいけませんよね。(゜ー゜;Aアセアセそれから、重要な事は食事内容です。常に体調が一喜一憂していた時は食事内容も細かく気を付けていたのですが、薬で痛みが軽減した途端に、あっという間に元の自分勝手な食生活に戻ってしまいました。詳しく説明は出来ませんが、リウマチの場合、身体の痛みに乳製品が大きく関っているようです。そういう本も出版されていますので興味のある方は探して読んでみてください。夏になってからは、今まで我慢していたのに冷たい乳製品(アイスクリーム・ヨーグルト・牛乳・ケーキなど・・)を摂っていました。食品は(ピザ・グラタン・チーズ・バター・・)温かくても乳製品は身体に合わないのに、、、アッサリ誘惑に負けました。身体を冷やす野菜や果物(きゅうり・なす・レタス・トマト・スイカ・メロンなど・・)も毎日食べていたような。今年の夏は冷夏だったので例年ほどは食べなかったつもりですが、思い浮かぶ食べ物がそんなところですね。身体に良いと言うなら・・・さて何かな?と思うかもしれませんね。新じゃがは美味しくて今年はよく食べました。これからの季節は煮物が美味しく食べられるので今から嬉しいけど、今年の冷夏の影響で高値になりそうですね。自己嫌悪の原因分析結果発表今日の食事内容朝 無し昼 ご飯(茶碗 3/1) みそ汁(キャベツとニンジン) コロッケ1個 キャベツの千切り(30g?) ホット珈琲 200cc無糖今日のおやつ冷たい乳製品(アイスクリーム小1個・カフェオレ100cc無糖)間食 コロッケ1個夜 ネギトロ巻き1本 稲荷寿司小1個 太巻き寿司 1個 コーンフレーク砂糖付き(牛乳100cc)
2003年09月02日
最近になって私は手関節形成術に興味を持ち実際に手術を受けた方をネットで探しています。 関節の変形が進行する時は関節がズキズキ痛くなり腫れてきて動かせなくなると、仕方が無く暫らく安静にして、薬も増やしたり効かなくなれば別の薬に変えたり、でも痛みが無くなっている事に気がついた時には既に関節は固まっている。今までは、どうにか稼動していた部分の関節がもう動かなくなって力も思うように入らない。 そんな経験を何度も繰り返すうちに、いつの間にか私の指は周りの人から好奇の目で見られるような変形した関節になっていた。 自分では、まだ動くのだから使えるし、そう納得しちゃえば諦めも早いけど・・・。どんな病気もそうですが関節リウマチも人それぞれで、一人一人痛みも進行状況も全く異なる事が多いのです。 人工関節という最後の手段で今まで歩けなかった人が自分の足で歩けるようになったり、寝たきりの人が起きて生活が出来る様になったりして多くの人が自分の生活を取り戻しているのです。 私の場合は膝関節の変形はしてるけど自分の生活に無理さえしなければなんとかなります。勿論家族には多大なる迷惑をかけながらという事ですが・・・。 まぁ、人生80年を生きる予定なので、もう後半の40年歩き出しているので、ふと考えるようになったのが指の変形した関節の事でした。 握力低下により箸が持てなくなった頃から不安が募るようになり、体力維持が何よりの課題だと認識もするようになりました。痛いときに限って家の中でも躓いて転んで余計な所まで悪くしてる、もう自分でも情けなくて、腫れたり痛い時を除いては運動する事も必要だという事ですね。
2003年09月01日
全14件 (14件中 1-14件目)
1