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楽天日記開始11日目の500番目のアクセスを、今ブレイク中のマキ2103さんが踏んでくれた。きっとマキ2103さんはこれを機会に運が向いてきているはずだろう。是非600番目もお願いしたい。先日マキさんが自分の日記に書いてくれていたが、我々は知り合いでもある。二人は以前の不動産会社で一緒に働いていたのだ。もうかれこれ20年程も前になる。当時そこの社長さんが独立開業されるというので、社員募集。マキさんは、その社長さんの同業者友人からの紹介で入社。その時期、私はビジネス街のその開業予定会社の近くで、コピーサービスの店長をしていた。あるとき開業準備に追われていたその社長さんが、たまたま私の会社にコピーをしに来られたのだ。その社長さんは高校・大学と同じの先輩だった。卒業後随分と長い間音信普通状態だった。ただ、そのとき会うずっと以前に、一度だけ顔を合わせたことがあった。当時の私は、食品卸の仕事をしていて、ジーパンに前掛けをしての食堂街回りだった。その先輩はすでに不動産業界に入っておられた。しかも、この地域では老舗だった。そんなときに大学卒業以来の久し振りに会ったのだ。その時代はバブルのまだ以前の、分譲マンションや分譲戸建等が活況を呈して来て、不動産業界というものが広く右肩上がりだった。出会ったそのとき、その場での、私と先輩における、立場の違いの優位性というものを感じ、若干の卑下を感じたものだ。私は当時から日々自分の仕事に悶々として、現状からの脱却を思っていた。何をしたいすべもなく、ただネクタイをしてスーツを着て、仕事をしたい!といったものだった。それから月日が経って、暫くぶり、というより大学卒業して依頼の2回目の出会いだった。その場で「久し振り・・」といろいろな話になり、丁度その時の仕事にもいろいろあって、新規開業の一員として参加させてもらうことになったのだ。マキさんはすでに戸建分譲を経験していた。私は初めての業界ということで、賃貸業務を担当することになったのである。マキさんはあのときから一味違っていた。今、彼の日記を見ると、彼の才能が大きく開花(?)してきているようにも感じる。その会社では二人とも約2年半お世話になり、マキさんと私は共に別々の途に。マキさんは大手ハウスメーカーへ(そんな雰囲気ではなかったのに?)私は地元でそこそこ有名な仲介専門会社へ行くことに。今でも思い出すのは、二人して夏の暑い日にエアコンの効かない、おんぼろ車(マキさんの車だったか・・)で、夜遅くまで電柱ビラ(これ違法です)をして回った事。彼が運転。私が横で、ガムテープを適当に切ってダッシュボードに用意し、走りながら途中途中車を停め、二人して売買物件や賃貸物件のチラシをめったやたらに電柱の貼り付けていく。あるときには、街をはずれて遠くまで行き過ぎ、暗い中をどこまで走って来たかわからなくなったことなど。でも結構そんなことで売れていた、それはそれでのんびりした懐かしくもよき時代だった。時代は流れて、今も我々は、互いに、ときには悶々としながらも、今日より明日への一歩前進を模索しながら、この業界で精一杯頑張っている。
2004年07月31日
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本日は18:00より業界の私が所属している委員会の会議。終了後、協会の上部役員数名と懇親会。以前はこの業界の組織というのは、権謀術数渦巻いた権力闘争に明け暮れ、肝心の会員のことなど蚊帳の外の感があったらしい。まあどのような世界でも、人が集まり組織というものができてくると、起こりえるものだ。だが、感ずる限り、今の上部組織にどろどろした部分はない。皆さん人がいい。会員のことを第一に考え、旧態依然の業界体質改善のために時間を割いて頑張っている。私も微力ながら尽力したいと思っている。しかし、本心は自社の経営が最優先。自分のことがままならなくて、他人のことなど何をかいわんやである。頼まれ事を断れ切れずに、ついつい受諾してしまう弱い自分がいる。結果、本末転倒。反省する日々の今日この頃。自己確立 自己確立。
2004年07月30日
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現在TVで、森村誠一原作の「人間の証明が」放映されています。私はこのTVは見ていませんが、もう20年以上前にこの原作が映画化されたときに、映画のヒットともに世に広く知れた、劇中出てくる、この言葉。「母さん 僕の帽子 どうせたんでしょうね」というフレーズに、当時私のなかに過の記憶が思い起こされたものです。原作も読んだこともなかったし、これが西条八十の詩ということも勿論知りませんでした。実は同じような光景に出合った事があるのです。どうです?羨ましいでしょう!?羨ましくもないか・・私の母親の実家は、その頃住んでいた町からバスで1時間ほどの、山間に深く入ったところに在し、年に何度か母の里帰りに連れて行かれたものです。その日は、私の服装や帽子とその風景から、おそらく初夏だったように思われます。小学校の低学年でした。私は乗り合いの数人の人達と、青空の広がるのどかな田園地帯の田舎道を、土ぼこりを上げながら走るボンネットバスに揺られていました。バスは小さな町を、走り出すまもなく離れ、もう田舎道。私は開け放った車窓から、やや身を乗り出し、心地よい風にあたりながら移り行く風景を楽しんでいました。バスはのんびりしばらく走った頃私が被っていたその帽子が、バスがカーブに少し傾いたか、同時に強い風が吹いたかで、ふいと私の頭から離れて向こうの田んぼの方に飛んでいったのです。その帽子は麦藁帽子ではありませんでした。薄い水色の布生地で、周囲がひさしの(今は見ないけど、当時は子供は結構していたような気もする)、しかも思い出してもこっけいな、白いゴムバンドがついていて、帽子がとれないようにそれを伸ばして顎に留めるものでした。そういえばよく幼稚園児がしている・・いやあれとも違うなあれよりまだずっといいやつ。しかし今の子はかっこ悪くて絶対しないような・・その時、私はその細くて白いゴムバンドをそのようにしていなかったのです。吹き飛ばされた帽子は田んぼに落ち、見る見る後方に遠ざかっていきました。もうあとは、バスのなかでその帽子のことと、気付かない母親に言い出せないまましょんぼり。日は経ってもしばらくの間、無くした帽子の残念さと、その時の光景ばかりを追っていたようなあの夏の日の思い出でした。
2004年07月29日
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本来なら本日水曜日は私の休日。会社としては正月・GW・盆以外は社員のローテーションをうまくやりくりながらの無休。私は365日ほとんど休んでいない。(無駄も多いが)しかし、「景気は上向き傾向」と新聞紙上はいいながらも、実際、巷ではまだまだそのような勢いを感じない。まあ、マスコミが政府が、そのように吹聴してくれれば、いくばくかも気は晴れて、世の中少しは良くなった気もしてくるというものだ。前向きな気持ちと錯覚が事実景気を押し上げることもあるのでる。我々の業界も又、種々原因による市場規模の縮小傾向とともに、ながらく低迷が続いているなか、中央ではミニバブル。この地方にあっても事業用は確かに活気を呈してきそうな気配も感じるが、我々の仕事の主な対象となる、実住(居住用)物件については、相変わらずそして今後も厳しいのである。そんななかにあって、我々中小零細企業は、とりわけ会社のTOPはおちおち休んでなんかいられないのである。戦略練って、自分の時間提供で頑張るしかないのです。それなのに私はというと、いろんなとこに首突っ込んで、本業おろそかになりがちの日々。 結果、いつもバタバタしている。まさにランチェスター経営の竹田先生言うところの「バタビン社長」(常にばたばたしている貧乏社長)ということになるのだ。同じ365日無休であれば、時間をもっと本来の仕事に有効に使わなければ。注意 注意。まあ世の中どうであれ、先ずは己の心の内だけでも、現在・そして未来に対して上向き傾向でいよう。
2004年07月28日
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取引主任者講習会で朝から夕方までの間、開催側関係者として会場につき受講者の退屈な監視役。今年、県下では23回実施される予定。この地区では6回あり、今日が初回の112名の受講者。取引主任者証の有効期間は5年間で、更新するには、宅建業法22条の2第2項に定められた講習を、有効期限前に受講する必要がある。私もこの資格を取得してから随分と月日が経った。できが悪かったな。3度目でやっと取得した・・お蔭様でその後、多少なりとも経験はさせてもらった。しかし、この仕事も奥が深く、勉強することに終わりがない。まあ、どのような免許も、持っている資格と実務は違うわけで、この世界も、実務経験に基づいた信頼できる仕事と、高い倫理観が必要だと思うわけで、今後も精進 精進。16:30分に講習と主任者証の交付が終わり、17:30からは宅建協会北九州支部の地区としての総会・交流懇親会に。しかし、このところいろいろなのことに忙殺されることが多く、零細企業としては儲からない方へスパイラル状態。本業以外のことはほどほどに、もっと仕事に自ら精を出なければ、と思いつつも、今日もつい友人につきあい帰宅は深夜に。反省 反省
2004年07月27日
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夕方6時に突然、「お宅の物件を見せて欲しい」と業者さんから電話有り。そのお客様はなんでも外人さんで、「趣のある日本家屋が好き」とのこと。「丁度、今度売り出される物件にいいのがあります・・」と、その業者さんから当社に問い合わせがあったのである。その物件は、関西に居住の売主様から、親御さんが亡くなられ、自分も帰ることもなく、不要なので売却したいとの依頼を受けたばかり。市外にあるこの物件は、築不詳。しかしH3年に増改築していて、和風の庭もよく手入れされて、門構えもそれなりの、確かに趣のある木造平屋である。程度も良好。しかも、亡くなった売主様のお母さんがお茶をしていたらしく、室内の随所にこれまた和風の香りがプンプンするのである。一足先に現地に着いて待つこと15分。その外人さん御一行。真っ赤なムスタングで現れました。フロントグリルには星条旗のステッカーらしきものが。うん~ やはり日本車の方がいいと思うけどな・・と思いつつ挨拶もそこそこに御両親(お母さんは日本の方)と息子さんとその子供たちの5人様は、掘り出し物を見つけたかのように、屋内に入るなり、感心しきりであちこちご覧になっている。おっ!ひょっと見ると玄関口には、きちっと全員の履物は、向きを反して揃えられている。嬉しいな。躾いいな。最近はよく案内中、家の中を平気で子供がどたばた走り回っているのを注意もしない親が多い中、感心ではないか。日本人以上に日本的?このお家。なんせ増築した部分は新しくても、奥の築不詳部分は、雨戸も昔の木の雨戸。ガタゴトいわせながら、懸命に開けようとしているそれをも、興味深そうにご覧になっていた。なんだかいい感触。ご覧になること30分。汗だらだらの暑いなか、どうなるかわからないけど、とりあえずこんなに喜んでくれてサンキューの案内でした。
2004年07月26日
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じっとしていても、額から汗の滴るこの暑さ。本日は久し振りのオープンハウス(中古物件の公開売出し)。昨日・今日で10組の来場客。売出し物件は、築後14年経過すれども、非常にお手入れの良いお家です。10組の来場というのは、最近にしてはまあ良い方です。新築でさえも、毎週において大々的なチラシや新聞広告攻勢で売り出しながらも、なかなか集客できないケースが現実です。そんななかで、中古の場合、限られた予算内で効率よく売却していくのは大変なことなのです。物件の良し悪しや価格・立地等々十分検討して販売にかけるわけですが、考えてみると、一度や二度の広告で売却できればもう御の字。高効率の販売となります。まあ、そんなに簡単にいくことはありませんよね。結果的には折込チラシ・新聞・宅配チラシ・Net・・様々な普段の努力の先に結果があるようです。さて不動産の場合、本当に縁ものというか、相性が合うというか・・いい売主様といい買主様というのがあって、そのような方の取引に入らせていただくと、本当に気持ちがいいものです。なにか不思議と、販売の依頼をうけた時点から、縁のいうものを感じて、これはきっといい客様に恵まれるぞ。と思うのです。そして、そういった物件は、決まって後にクレームを残しません。さて今回の来場されたお客様達。なかには冷やかし程度の方もいらっしゃいましたが、縁のようなものを感じたお客様もいらっしゃいました。私は、強く営業することができませんし、しません。ときにはお客様のために自信を持って背中を押してあげることが必要な場合もありますが、高額な買い物ですから、後でなんだか押されて妥協して購入した。という思いが残ればけっしていい取引にはなりません。きちっと物件に関する情報開示をし、不明な点、知りたい点をきちっと知らせ、判断材料を提示した上で、良さをきっちりアッピールする。それが営業としての大前提。いい縁に加わらさせていただきて、取引できたときは最高です。暑さも吹っ飛びますね。
2004年07月25日
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本日はある勉強会に行ってきました。「キャッシュフロー」の勉強会だったのですがとても有意義なためになるセミナーでした。そのなかの話で、セルフマネジメントの話が出ました。講師から聞いたその内容は、とても参考になるものだったのでご紹介します。企業では、今人事評価制度が広く採り入れられている。しかし、人の評価とは何をもって信頼に値するのだろう。上司が部下を評価する場合、評価5点と4点。あるいは4点と3点・・その差は、決断するときには、単に好き嫌いという単純なことで判断している場合が多々あるのではないか。人にはそういう場合、そこに、意識しないまでも、いわゆるスキーマ(印象・思い込み)というものが微妙に作用し、判断していることが多いのである。社員に対してはこのスキーマを取り除き評価するよう努めなければならない。面接においても、面接者の輝かしい経歴に採用して失敗するケースも多くある。単純に表面だけで判断してはいけない。面接においては、前歴においてどのような経験を持ち、どのような成果を出したのかを訊く。そして今後その経験を活かして、この会社にてどのような成果を出していくつもりなのか・・その点を明確に訊き出し、その内容で判断するようにしなければならない。人材のレベルを5段階で分けると・レベル1 言われてもできない。・レベル2 言われたらやる人。・レベル3 言われなくてもやる人。・レベル4 最適な意思決定・判断ができ、成果を出せる人。・レベル5 独自の工夫・アイデアを活かし状況を変えることができる人 更にその上の人は、パラダイム(新しい発想・次元)の転換ができる人となる。ようするにセルフマネジメントでき、その人が持っている特性を活かし、やった仕事を明確に自己申告できる人となる。そのような社員には、上司からして、”性が合わない”とか、”生意気だ”とか、スキーマ(思い込み)の入り込む余地は無くなるということである。納得の日でした。
2004年07月24日
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昨日のS様の物件その後は、現在進行中ですので改めてその都度書いていきます。本日は"ちゃり"で営業する若い女性たちの話1ヶ月程前からあの有名な情報誌会社の社員(派遣)がこの地区に新規の売買・賃貸の住宅情報誌を創刊するということで頻繁に業者回りをしている。今回は既存の住宅情報誌に替え、完全なフリーペーパーとしてこの地域に根を下ろすつもりらしい。当社も、何度もの電話や訪問の積極営業攻勢に根負けし今回、物件掲載の付き合いをすることにした。うちへは2人セットで来ている。1ヶ月前に、この新規事業計画のために採用されたばかり。私は、広告もさることながら、実はこの連中、否この社員達の仕事振りを拝見したかったのもある。歴来私が知る限り、この超有名な○○○-トの社員は本当によくやる。なにがそうさせるのか・・やはりその会社と手がける企画にある種のブランド志向が働いているようだ。決して仕事量に比べたら給与は高くないはず・・しかし、この若き女性達は8月創刊にむけて今、原稿集めに必死である。しかも移動は‘ちゃり‘先日は途中で愛車を盗まれたらしい。しかしそこは根性と使命感、即バスを乗り継ぎお客である不動産業者のとこへ・・本日は原稿の回収に来たが、この暑さでよう焼けとる。だいぶ慣れてきたようで、時折じょうだん交え、差し出したジュースをくいっ~と飲み干し、笑顔で帰っていった。暗くなりかけた まだほてる路面を あの坂道超え踏み切り渡り 商店街の雑踏を抜け・・今日もまた 帰りは 終電に間に合う頃・・よっ!明日も頑張れよ!
2004年07月23日
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本日もむせかえる暑さ週末にNetを見て県外から来られるお客様に事前資料として物件の写真を撮ってきてメールする。午後にはご紹介いただいたお客様と打ち合わせ。19:00にS様宅訪問。賃貸でお預かりしている戸建てのトラブル発生での打ち合わせ。S様とのお付き合いはもう14~15年になる。私が独立、現在の会社を立ち上げる前の会社で、入社3年目位だったか・・当時から、ある大企業の役付の方で、この中古物件を購入いただいた。当時は当然築浅(建築してまもないということ)で土地も90坪近くで、しかも大手プレハブメーカーの一応当時での注文高級仕様だったので結構高かった。日当たりもよく大手が開発した閑静な大型分譲地の物件でしたし、当然に周囲はまだピカピカのお家ばかりでしたから、ご夫婦とも非常に気にっていただいて即決断いただきました。はなからとりあえず不動産所有ということが目的だったのかもしれませんが、結局その物件は賃貸物件としてお預かりすることになり、引き続き私が担当で賃貸募集することになりました。ほどなくある病院の契約で、転勤してこられた事務局長に借りていただきました。・・その後、製薬会社とか法人契約入れ替わりが続き、私が独立したときにその物件は私の手を離れたのです。又、その物件を取引いただいた数年後には別の戸建てをご購入いただきました。それはご自分がお住まいになりました。S様とはその後も年賀状等のやりとりくらいはありました。そして昨年末、「あの物件がもう1年近くも空家になっており、ちょっと面倒を見てくれないか・・」と突然の連絡をいただいたのです。すでに転勤で東京住まいをされており、年末帰省されたのを利用して物件現地にてお会いしました。私もその後、近くを通る機会に時折当時を思い起こしながらなにげなく見るくらいでしたが、改めて室内等を見ると随分とくたびれてきています。・・そんな久しぶりの出会いで再びその物件をお預かりすることになり、随分苦労の末やっと借主様が決まりホッとするのもつかの間、水道管の水漏れトラブル発生!家主のS様は最近転勤によりまたこちらに帰られてたばかり・・人間同様、寄る年波でいろいろと出てくるその物件の対策やなにやらを、久し振りの奥様も交え、・・互いに歳をとったな~・・と思いつつ和やかにトラブルの打合わせをし、まだむせかえる暑さのなかを帰りました。さて次回から、とりあえずこの水漏れトラブルの原因と処理方法の工程でも実況中継しましょう。これで何日か日記はもつだろう・・?
2004年07月22日
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昨日はお葬式の話だったので、本日は軽い話を・・皆さんおそらくほとんどの人が大好きなあのカニ。実は私、これまでの人生で 食べた記憶がないんです。もちろん記憶が未発達の小さい頃のことはわかりません。あんな美味しいもの もったいないとよく言われますが、本当にだめなんです。時々私と同じような方がいらっしゃるようで、なぜかそのような時はホッとします。おっ!同士!としかし大方にしてその方たちは、アレルギー等の体質的な拒否反応によるもので、私のような理由によるものはほとんど無いようです。私の場合、あの形、かっこうでだめなんです。同様にえびもだめまた、爬虫類・昆虫類の類は全くだめなんです。とんぼやカブトムシもさわりきりませ~ん。要するに気持ち悪い。いつか宴会の席で、汁物が入った大きなお椀の蓋を開けるとそこには伊勢エビがどど~んと。私は即、蓋を閉じました。話戻って、カニなどとんでもない!あんなグロテスクなもの しかも若き女性が、その場所ではやおらこの時とばかりに足を引きちきり食らいついております。こんなにも人間は野蛮になれるのでしょうか・・!?そうですあの活き魚料理。いけすから上げてさばいたばかりの新鮮な魚たち目の前でまだひくひくしているのって食べられませんよね?えっ?大好き?変な話、時々そのような場所では、「大将 これ、いつまで生きていた?」って訊くんです。大将、「さっきまで・・」私、「え~っ さっきまで?さっきてどれ位?」私、・・どうしょうかな~30分前だったらいやだな~ 午前中までだったら、もうだいぶ過ぎているからいいのかな ~・・ぶつぶつ・・これきっと、生き物に対して優しいのと違いますよねなんかかってな・・しかし自分でもよくわからないでもやっぱり生きているものを食べるとか、あのグロテスクなカニを食べるなんてとて私にはできません。ちりめん雑魚にまじっている極小エビもだめ。まあそういうわけで、これからも死ぬまでカニを食することは絶対ありません。おそらく いや絶対と断言できます。どうみても触れない。想像しただけでも身震いするのでこの辺で。今日は変なお話でした。
2004年07月21日
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日記2日目にして「夏の葬式は云々」とは・・いかにまあでも書きましょう・・この歳になると、とかく慶弔事に出合います。とりわけ葬儀に出ることが多くなります。知人・友人の別れに立ち会うことが多くなり、生の終焉というものを度々確実なものとして目の当たりにさせられますと、つい悲しみというものが麻痺してくるようにも思えます。(但し当然場合にもよるでしょう。 私だって悲しいときは人一倍悲しいのです)最近父が亡くなりました。1月には家内の父が亡くなり、慌ただしく半年が過ぎました。父の葬儀は,ひなびた城下町の建立300年という小さなお寺で私が喪主として執り行いました。火葬し、再び寺に帰る。葺き替えたばかりの、そこだけが目立つ寺の甍の先に広がる青空と白い雲・・その下、本堂に続く広縁に、集うのはこのような時ばかりの親類縁者達は、めいめい胸元を緩め、精進落としの膳が出るまでしばしくつろいでいます。私も足を投げ出しぼんやりと、寺の低い塀の向こうに連なるやはり古い民家の家並上に広がる青空と白い雲を眺めていました。父の最期辺りは頻繁に帰郷し、病床に添うことができましたので、迫る別れにたいする想いも感慨も、ゆっくりと遠ざかっていきました。私はぼんやりとしながらも、身内との別れに、悲しみは悲しみとして、どこかに自分を含めた周りの光景を、冷静に見つめている自分に気付きます。切なくもなぜかほの甘いこの光景・・随分以前、ある葬儀にでました。農村地帯の自宅葬として行なわれたその告別式が終わり、そのお宅から、故人を乗せた黒光りの霊柩車は合掌する人々を背に、濃い緑の田園地帯を遠ざかっていきました。私もそれを見守りながら、不謹慎にも、葬儀というものに何故かロマンチックなものを感じていました。そのときも父の葬儀と同じく 空には青空と白い雲が広がって蝉の声が降り注いでいました・・※きざにすみません でも本当になぜかせつなくも・・ 次は楽しいことを書きましょうね。
2004年07月20日
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今年の3月。あの楽天日記アクセスダントツ「人生はアドベンチャーだ」の栢野克己さんから勧められながらものびのびになっていました。その内に同じく触発された友人が「不動産の業務日誌」なるものを始めたのですが、これまでの友人感を見直す位に楽しい日記。その才能にたちまちファンに。あげくの果ては一日も経たないうちに、こちらから「早く次のを書け」と言う始末。そんなこんなで周りを見るとあっちこっちで楽天日記・・しかし本日取り掛かって日記オープンまで早3時間経過・・まあなとりあえず出来上がったけどこれからどうなることやら・・
2004年07月19日
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