全14件 (14件中 1-14件目)
1
先日「タイムトラベル」で検索していたら、「仁」というドラマが現代から幕末にタイムトリップするお話だというあらすじを読んで軽い気持ちでネットの無料動画を見てみたら、すごくおもしろくて一気に引き込まれて、先ほど、最終話を見終わりました。このドラマは、第一部が2009年に放映されてその第2部、完結編が2011年の4月だそうですね。あ~まだ仁の世界にひたっております脚本も俳優も素晴らしい♪これまで見たドラマの中で、一番おもしろかったかも。(おさむ曰く「のりこはいつもそんな風に言っているよ」なんだそうですが少なくともベスト3には入ります!)←って他の二つは思い出せない。タイムトラベル、幕末、医療、という様々な要素を組み合わせながら人が生きるということについて、深くほりさげてゆく感動のお話の連続で毎回、ボロボロ泣きました。ストーリーは、大沢たかお演じる、脳外科医の仁がある日、現代から幕末にタイムトリップしてしまうのですが、現代の医療技術も薬もなく、誰も自分を知らないという状況で人々を救おうと全力で立ち向かってゆくという設定。その中で、坂本龍馬や勝海舟などの幕末の英雄たちと交流を深め歴史の渦に巻き込まれてゆきます。普通、私たちは時代物の映画やドラマを見ている時は「これはこういう時代だ」と思ってみているのであまり深く意識していないと思うのですがこのドラマでは、私たちと同じ現代に住んでいる主人公が、タイムトリップして、主人公の視点からその時代を見るので、その当時の人々と私たちの意識や生活がいかに違っているのかをひしひしと感じることができるのですね。舞台は1860年代ですから、考えてみればまだ150年ぐらいしかたっていないわけですが当時は、士農工商の身分制度があり、侍は刀をさし、切り合いは普通に起こるし女性の地位はまだ今よりずっと低く、家や様々なしきたりの制限の中で生きていた時代。生活は電気もなく、今では簡単に治療できる病気であっても多くの人が命を落とし、子供でさえ、常に「死」を意識して生きている時代今とは、人々が考えていることや意識していることも全く違います。そう考えると、150年の月日の変化は、本当に大きかったのだなあと。今は、変化のスピードが加速していますからこれから150年もたたなくても、50年先でさえ一体、どんな生活になっていて人々はどんな意識を持って生きているのかしら?とふと考えます。そして、文明が今ほど発達していなかった時代だからこそそこから学ぶことも多いのかもしれません。人と人とが、今よりもっと寄り添いあって生きていた時代。電話ですぐに声が聞けないからこそ会いに行くのに時間がかかるからこそ伝わってゆくものもあるなあと。仁が幕末にタイムトリップして満足な薬や道具がないところで、医療を行うことになって生まれて初めて「これまで自分の実力だと思ってきたことはすべて違った。誰かが命をかけて作った薬があり、道具がありそんなたくさんの人たちの汗と努力の上に成り立っていた。何一つ自分の力ではなかった」ということを自覚する場面がありますがほんとうに、私の目の前にあるすべてのものは誰かが、いろんな想いで作り上げてきたもの。何一つとして、自分だけの力で作ったものなんてないわけでだからこそ、私たちは目に見えないたくさんの人たちともつながり、生かされている、ということ。このドラマを見ると、きっと誰もが自分が今、この時代にタイムスリップしたらどう生きるだろうか?自分は一体何ができるだろう?と考えるのではないかなあと思います。現代から、いきなり、そんな時代に放り込まれたとしたらどうなるかしら?何もできない自分の無力さを感じるかもしれないし身分の違いによる差別や、戦争で人がどんどん死んでゆく理不尽な社会に腹がたつかもしれないし誰も自分のことをわかってもらえないという孤独を感じるかもしれません。でも、それでも、そこに存在するからにはそこで精一杯の自分の生き方をしていくしかないのでしょうね。未来からやってきた仁は、坂本龍馬や幕府がたどる運命もわかっているわけですから自分の行動が歴史を変えるかもしくは、何も変わらないのか自分は何のためにここにやってきたのか?様々な想いを持ち、迷いながらも、自分が今、何をするべきか?何ができるか?を必死に模索しながら、進んでゆきます。坂本龍馬が、これからこの国に起こることを伝えようとする仁の言葉をさえぎって「10年先、100年先のことを知っても意味はない。俺たちは、一歩一歩、目の前のことをやりながら進んでゆくしかない」ということを言う場面があります。ほんとうに今を生きるしかないですね。例え、先のことがわかったとしてもその未来は、唯一無二の未来ではなく今の選択によって、無数の未来が存在するのですから。そのことを、幕末の世で何年も暮らしてゆく中で、だんだんと仁も理解してゆきます。仁が未来からやってきたということに気づいた勝海舟に「この後、江戸は火に覆われるのか?どうなるんだ?」という質問を受けるのですが始めは、歴史を思い出そうとしていた仁は、ふっと「それは勝先生次第ですよ」と答えるのです。例えば、自分が試験に合格するかどうか?を未来が見える人に見てもらって「合格します」と言われたとして「そうか、私は合格するんだ」と思ってこれまでやっていた勉強をやめてしまったら合格しない未来がやってくるかもしれません。あくまでもその未来は「今のまま(未来を知らずに)進んだとして」ということであって、今を変えれば、いくらでも変わるのですから。そう考えると、占いやサイキックリーディングで未来のことを見てもらうことなんて、あまり意味はないですよね。(遊びで受けるのはいいとしても)シリーズ2の中でのシーンで仁が西郷隆盛の腹膜炎の手術をすることになるのですがその時に、仁は「私がこの手術をすることで、歴史は変わるのか?それとも、私がここに存在するから、西郷隆盛はこの病気になったのか?」と自問自答するのですがこの視点は、ある意味、量子力学の立場と同じと言えるかも。有名な量子力学の「シュレーディンガーのねこ」で言われるように「ねこを見ている自分がいなければ、そこにねこは存在しないかもしれない」ということ。自分がそこにいるということは、そこで世界が変わるということです。一見、自分とは関係ないところで起こったことのように見えても目の前で起こっているということは、自分という存在が関わっているということ。だから、そこから自分は何かを学んでゆく必要があるのですね。そのために、事は起こっているのですから。このドラマの中でバタフライエフェクトについて描いていたのもよかったです。どんなに自分が無力で意味がない存在のように思えたとしても必ず、何らかの影響を周りに与えているしそれは見えないところで大きな変化につながっていることもあるかもしれない。そして、それが宇宙の中では完璧なバランスを保っているのだなあと。そして、最後はやはりパラレルワールド仁のやったことは、歴史を変えたことだとも言えるしただ単に別の現実(次元)を選択しただけだとも言えます。とてもよくできたストーリーだと思います。過去も未来も今も、無数に存在していてどの未来を選ぶのかも、私たちの一瞬一瞬の選択。仁が幕末で生きたように今、一瞬一瞬を生きてよりよい世界に向けて光を放ってゆく。多くの人々との目に見えない絆を感じながら。日々、生の祝福を感じながら。素晴らしいお話ですので、見ていらっしゃらない方はぜひぜひ見てくださいね。他にもあるかもしれませんが、私が見た無料動画のサイトです。JIN 仁 シリーズ1JIN 仁 完結編
2011年07月30日
コメント(3)
前回の日記で、Win-Loseのことを書きましたが、シンクロニシティなのか、今日IHキネシオロジーのセッションを受けに来られた方の中で「人に与えることはいいけれど、受け取ることに対して抵抗がある」という問題が、優先テーマとしてあがってきました。その方もヒーラーですが、やはり、クライアントWin、自分Loseで筋反射はイエスとなっていました。ほんとうにこういう仕事を行う人は「受け取ること」に対する潜在意識の抵抗を持っている方が多いのでしょうね。もっとも、人に何かを与えたい、人に貢献したい、という想いが強いからこそ、ヒーリングやセラピーを仕事にしたいと思うのでしょうし、その人に向いている仕事だと言えるのでしょうが、受け取ることができていないと、結局、その仕事も長続きしなくなってしまいます。私もそうでしたが、正当なセッション料金を受け取ることにさえ抵抗があると、知らず知らずのうちに無理をして、必要以上にやってしまっていたり。それを周りの人に言われても、なかなか手放せないでいたのはそれがサバイバルモードが関連しているからですね。ということで、今回もやはりサバイバルプログラム。今回、調整法の一つに、ブレインジムが出てきましたがその後に、マトリックス・エナジェティクスが出てきました。2、3分やっただけですが、その後、1時間半ぐらいは、私も受けられた方も別のところに意識が飛んでいました。これまでいろんなものを見てきましたが、マトリックス・エナジェティクス、つくづくすごい。日々、奇跡を見ている感じです。さて、マトリックス・エナジェティクスの中で私がよく使っているテクニックの一つがテンプレート。自分の好きなものを何でもエネルギーとしてテンプレートにすればいいので鍼灸のテンプレートだったり、クリスタルのテンプレートだったりアロマオイルのテンプレートだったり、はたまた有名なヒーラーのテンプレートだったりどんなものでも自由に創れます。リチャード博士は、医者としてのテンプレートも用意していると言われていました。(用意するといっても、自分の頭の中にあるわけですが)私が最近作ったテンプレートの中で、よく出てくるのが天使のテンプレート。例えば、アーティストの方には、大天使ガブリエルのテンプレートが選ばれたりまた、変化したいけれど、将来のことがよく見えないという人には大天使エレミエルのテンプレートが選ばれたり、妊娠したいという方には、アルテミスのテンプレートだったり。もちろん、人それぞれ合うエネルギーは違うので同じ問題でも、選ばれる天使やアセンテッドマスターは違ってきます。例えば、妊娠や出産をサポートする天使やアセンテッドマスターは大天使ガブリエルや古代エジプトの女神ハトアーやギリシャ神話のアルテミスや、バビロニアの女神イシュターなどいろいろ存在しますがガブリエルとアルテミスは必要だけれど、ハイヤーやイシュターは必要ない、などと出てきます。ということで、IHキネシオロジーのセッションの中でリンパ点や筋肉の調整など「地に足がついた」ヒーリングをやった直後に、天使やアセンテッドマスターのエネルギーを使ったりもするわけでほとんど何でもありの世界ですもともと、マトリックスの中で使われている21の周波数というのは、リチャード博士が、天使から教えてもらった情報だそうですが量子力学と天使の組み合わせなのですから、おもしろいというかぶっとんでいますよねIHキネシオロジーの創始者、マチルダもIHキネシオロジーのプロトコルをある日「宇宙からダウンロード」したそうですが本当に素晴らしいものというのは、人間の頭で考えられるものを越えているなあと。もちろん、リチャード博士も、マチルダもそれを高次元の存在から与えられるまでには、すでにこの世の存在している、ありとあらゆるヒーリングの技術や心理学や科学や哲学やシャーマニズムなどを学び、研究を重ねて来られたわけで、だからこそ高次元の存在から「人智を越えたもの」を与えられたのでしょう。そして、その人智を越えた本当に素晴らしいものは「誰にでもできるシンプルなものである」という共通点が浮かびあがってきます。(レイキも、最高にシンプル、ですしね)私たちは誰でも、それぞれの魂の声を聴いたり、高次元の存在とつながるためにサイキック能力や特別な力を持っている人を必要としないのです。奇跡というのは、実は人間としてごく当たり前の普通のことが起こっているだけだと言えるのかもしれませんね。Love & Blessings
2011年07月27日
コメント(4)
この日、ブレインジムのグループスタディに参加してきました。内容濃いかった~今回は、夏のバケーションシーズンということもあって、参加者が、私を含め3人しかおらずしかも、他の二人が組んだので、私はマリ先生と組むことになってグループスタディというより、マリ先生の個人セッションを受ける感じとなりました。ブレインジムは、IHキネシオロジーのセッションの中で調整法の一つとしてよく出てきますがそのシンプルでいて、即効的な素晴らしい効果には、いつも感動します。ですが、自分に対してブレインジムを使って調整することはほとんどなかったので今回、自分で体験して、あらためてその効果を実感しました。まず「何をテーマにしたい?」と聞かれたので、特に何か調整したいものがあったわけではなかったのですが「アートや音楽に対する情熱を高める」というテーマに決めました。最近、何か、制作に対するやる気があまり湧いてこないこともあってもう一つ、何か抜けたいなあと思っていたからです。それで、マリ先生が、いろいろと筋反射を使って調べていってわかったことは私は人から注目されるのが苦手だ、ということ。もちろん、そのことは、どこかではわかってはいたのですがそれほど問題になるほどのレベルではないと思っていたしレイキ交流会などの場では、レイキマスターとしての仕事ということもあってみんなに話すこともできていたので、それでよしとしていました。でも、確かに、こういったグループでのクラスやパーティなどでも、自分が話の中心となったり、注目を浴びたりすることには、抵抗がありました。自分をアピールしたり、私のの話を聞いてほしいなんていう気持ちは全くなく、できれば注目されたくないと感じていたわけですね。でも、それがアートや音楽に関する情熱に関連しているというのはちょっと驚きでした。結局、自分を表現したいという情熱に結びつくのですね。一つには、こうしてブログなどでは自分のことを表現できているのでそこで満足してしまっているというのもあるのかもしれません。日系アメリカ人で、小さな頃は日本に住んでいたというマリ先生曰く「日本人は、人より目立ったり、注目を浴びたりすることをよしとしない民族ですから」と言われていました。アメリカ人の参加者、メラニーが「そんなこと、これまで考えたこともなかったわ」と言っていましたが、確かに、アメリカ人にとっては、小さな頃から自己主張すること、自分の意見や考えをいつもみんなの前でどうどうと発言することが人として必要なことだという教育を受けているので自己主張しない人は、だめな人間だと見なされるわけです。でも、日本人というのは、輪を乱さないことをよしとする民族ですしそういう教育を受けてきているので、グループなどで、みんなの注目を浴びて話をしたり、自己表現するのは苦手な人が多くなってしまうのですね。IHキネシオロジーのセッションでも、自己表現に関するテーマは、よく選ばれますが、やはり、ブレインジムが調整法として出てくることが多いです。ブレインジムは、自己表現やコミュニケーションに関しては本当に素晴らしい力を発揮します。今回、ブレインジムのクラスの中では行わなかったやり方もマリ先生の調整の中で学ぶことができて、すごくラッキーでした。マリ先生は、タッチフォーヘルスは使われていますが基本ブレインジムだけで、セッションを行います。私は来月、ブレインジムの上級コースであるインデプスのクラスを受ける予定ですが、マリ先生は、インデプスだけで7回クラスを受けたと言われていてブレインジムへの情熱と理解はすごいです。今回、マリ先生がブレインジムの中のフォーカスに関する調整はサバイバルモードと深く関連していると言われていてとても納得でした。IHキネシオロジーでも自己表現やコミュニケーションはサバイバルプログラムに関連していることが多いのです。たぶん私の今回のテーマも、IHで調べてみればサバイバルが出てくるはず。ということで、ブレインジムのシンプルなエクササイズで調整した途端、一気に気分が開放的になったのを感じました。「のりこ、顔が来た時と全然違うよ~。すごくオーブンな感じ」とメラニーとタムが言ってくれました。これまで私は、ブログなどでは、自分のことだったら何でもオープンに書けるし、個人個人に対してもオープンにできるのでいろんな方に「オープンな人ですね~」と言われてきて自分でもそう思っていたわけですがグループの中でみんなに注目された状況では、けしてオープンではなかったわけですね自分のことは、わかっているようでまだまだわかっていない部分があるなあと。さて、今回おもしろかったのが、タムが問題として「いつも(セラピーの)仕事が終わると、自分のことをやる気がしない」というテーマをあげたのですがその時、マリ先生が、タムにいくつかの筋反射テストを行ったのがとても参考になりました。今回の参加者、メラニーもタムもセラピストなのですがクライアントが目の前にいると仮定してクライアントさんがWin(勝つ)自分がLose(負ける)クライアントさんがLose 自分がWinクライアントさんがLose 自分もLoseクライアントさんがWin 自分もWinで筋反射を調べてゆくのです。すると、タムは、クライアントWin 自分Loseの時に筋反射がオン、つまりイエスと反応したのでした。どういうことかと言うと、クライアントさんのWinのためには自分は(エネルギー的に)ダウンしてもいい、もしくは、クライアントさんが幸せになるためには自分を犠牲にすることが必要だ、と潜在意識が感じているということを意味します。マリ先生曰く、セラピストにはこういうタイプは多いのよ~ということ。そういうセラピストは、セッションやヒーリングに自分の全エネルギーを費やしてしまうので仕事が終わると、エネルギーがダウンして自分のためには何もやる気がしなくなるのだそう。試しに、私も調べてもらうと、私はクライアントさん、Win 自分もWinの時にだけ筋反射がオンになりました。つまり、クライアントも自分も大事にしているということで「のりこは、その点はオッケーね」とマリ先生。(セラピストとして最悪なのは、クライアントLose 自分Winかしら?って、そんなセラピストはいないでしょうが)でも、私もつい最近までは「人のために常に何かをやらなければならない」で筋反射テストでイエスの反応が出た人ですからキネシオロジーで調整しなければ、タムと同じ結果になったかもしれません。みっちりと実り多い3時間でした。これからのIHキネシオロジーのセッションで、ますますブレインジムが活躍しそうです♪
2011年07月24日
コメント(0)

この日、ニューヨーク郊外の現代美術館 Dia Beaconに行ってきました。グランドセントラル駅から、メトロノースに乗って80分で到着。もと工場を改装したというこの美術館は、広大なスペースに壮大なスケールの現代アートが展示されています。友人から話にはいろいろ聞いていたのですがやはり、実際に館内に入ってみると、ダダッ広い空間に、かなりのスペースをとって展示されてあるのはとても開放感があって、普通の美術館の感覚とは違います。天井からは、やさしい自然光が差し込む作りになっていました。ここは特に1960年代からアメリカで発展したミニマリズムやコンセプチャルアートと言われる作品を中心に展示してあります。正直、これまでは、ミニマリズムやコンセプチャルアートというのは、今一つ、好きになれない分野でした。私にとっては、アートは、例えコンセプトを知らなくても見ただけで何かを感じさせるもの、がいいなあと。コンセプトは、作品をより深く理解し感じるためにはいいと思うのだけれどコンセプトがわからないと意味がないアートというのは非常に限定されたもののように感じてしまうのです。ミニマリズムの作品は、何か無機質な感じが多いのもあまり好きになれないし何より、この手のアートは、作品ができあがるまでのプロセスとかアーティストの作品にかけるエネルギーやパッションみたいなものが伝わってこない気がしてしまいます。例えば、以前ここでご紹介したAndy Goldsworthyは落ちている枝や石を拾って、それを一つ一つ、きれいに並べていったり重ねていったり、葉っぱをつないでいったりといった自然の中にある素材を使ったランドアートですが自然の中での制作は、完成するまでに、風がふいたり、波がきたりで積み上げていたものが予想外に倒れてしまったり、流れてしまったりします。そういったプロセスが、出来上がった作品のエネルギーの一部となって息づいている感じが伝わってきて、より感動が深くなるのかなあと。一方、こういったミニマリズムのアートは、アーティストはデザインしたらあとは、工場や技術者に発注して作品を仕上げてもらうようなものもありますから、作品を見ていても、そのプロセスやアーティストのエネルギーが感じにくい。(あくまでも私にとっては、ですが)ということで、これまであまりミニマリズムの作品には興味はなかったのですが今回、このDia Beacan に来て、いろんなことを感じたし、すごく好きなアートというわけではなくても、心に残る作品がありました。例えば、今回、初めて作品を見たSol LeWitt。(この美樹館は、写真撮影禁止なので、HPの方から拝借)この方の作品は、きっと多くの方に受け入れられそうです。一見、壁一面に描かれた、楕円、半円、直線、ゆがんだ線、様々な線が豊かなリズムや流れを感じさせて、まるで、ジャスパージョーンズの作品のように、全体として完璧な構図。あらゆる線という線に関しては、研究し尽くしていて一つ一つの作品のアイデアは、シンプルながら、斬新。彼自身は、後に二次元の世界から、3次元の世界へと移ったというようなことを語っていましたが、ここでの作品は、実際の立体的な作品はなくてすべて線で構成された作品を中心に展示されていて別のセクションには、面が作り上げる立体を感じさせる作品もありました。また、こちらも初めて見たFred Sandbackの作品。 これでSculptureと言うのかただ天井と床に、ひもというかロープを張っているだけ。最初に作品を見た時、おさむが「何これ?これがアート?なめとんかい!」とか「このひも、ぶちっと切ってみたくなるよね」なんて、好きなことを言っていたのですがこの作品を部屋全体から眺めてみるとこのひもだけで、この空間が変化する、ってことに気づきました。作品を、すぐ近くで見ていると気づかなかったのですが部屋全体を見ると、このひもがあることでまるで、透明な仕切りがそこにあるかのようでいくつもの別の次元がそこに存在しているかような感覚。ただひもを張っているだけなのに、不思議。究極のミニマリズム。ミニマリズムは、言葉の通り、ミニマム(最小の)単位まで余計なものをそぎ落としていったものという意味ですがただのシンプルというのとは違うんだなあと。シンプルというのは、場合によっては、没個性にもなるように思うのですがミニマリズムは、ある一つの特徴だけは残して、他はすべてそぎ落とすということだそうでだからこそ、より強烈な個性が出てくるのですね。彼の作品は、予想以上にインパクトが大きかったです。他の作品も見てみたいなあとネットで検索してみました。これは、Dia Beaconにある作品ではないですが、まるでピラミッドみたいな空間。そして、こちらは、強烈な個性、たぶん、ミニマリズムを代表するアーティストの一人Richard Serraの作品。(たぶん、というのは、私が知っているぐらいだからという程度の知識なのだけれど)10cmぐらいの厚さの鋼鉄の巨大な壁というか、この輪の壁の中に、また別の輪になっている壁があってその隙間の空間を迷路のように歩けるようになっているのですがとにかく、すごい圧迫感。作品の中に入っていると、押しつぶされそうな気がしてきます。「随分、お金かかってるな~」なんておさむが言っていましたがほんと「これを製作するのに、材料費、制作費にいくらかかるんだろう」なんてつい思ってしまいます。こんな巨大で超ヘビーな作品をどうやってここに入れたのかしら?と思いますが、確か去年だったか、MOMAでも彼の特別展をやっていてその時の作品の搬入風景もすごかったです。このDia Beaconの中でも、やはり強力な存在感で迫ってくる作品です。でも、彼は、ダンサーにインスパイアされたと書かれてあってそれは、ちょっと意外でした。彼の作品の独特の曲線は、そういうダンサーの動きから生まれたのですね。こちらは、Louise Bourgeoisの作品の中で有名なスパイダー。彼女の作品は、同じくNY郊外にある野外美術館Storm King Art Center にもありましたがStorm Artの方は、野外にスパイダーが展示されていたので開放的な感じだったのですが、ここは他のアーティストの広々としたスペースとは対照的な狭くて、ちょっと暗い地下室のような部屋に展示されていました。なので、スパイダーが、ひっそりと潜んでいる感じが伝わってきます。(Louise 曰く、スパイダーは、聖なる生き物の象徴とのことだけれど)これもどうやって、この狭いスペースに巨大な作品を搬入したのだろうと不思議。彼女の他の作品も、例えば、ちょっと狂人的な伯爵が住んでいるどこかの古いお屋敷の屋根裏部屋という感じでより怪しげに、よりエロティックに、よりマニアックな雰囲気が出ていて、よかったです。ということで、私はミニマリズムや現代アートに関して知識的なことは、ほとんど知らずに、あれこれ書いているのでアート関係の方が読んだら怒られるかも、ですがそれにしても、やっぱりミュージアムは楽しいDie Beacon には、小さな子供連れの方もけっこう訪れていました。かなり巨大な作品や、モノトーンのものも多いので、子供たちは、こういう作品を楽しめるのかしら?とちょっと疑問でしたが。大人は、きっと多くの方が楽しめるスペースと思います~♪
2011年07月23日
コメント(0)
NYは昨日、今日と猛暑でした。この日の昼間の最高気温は102度F。つまり39度C。体感温度は115度Fで、40度Cをはるかに越えていましたこの日も朝から夜まで、キネシオロジーのセッションが入っていたのですがクーラーのない私の家では、汗だくになりながら行いました。この暑さの中、セッションに来てくださる方々には、本当に感謝。もしこの暑さが続くようだったら、物を増やしたくないから、とか身体のためとか、環境のためとかいう理由でクーラーを持たないでいることもさすがにできなくなるかもしれませんがNYでは、この暑さが続くことがないところがよいところ。来週には、またぐっと涼しくなるようで、天気予報によると日によっては、20度Cぐらいにまで下がるそう。この気温の変化もすごいです。この日は、来てくださったクライアントさん3人ともにIHキネシオロジーのセッションの中で、マトリックス・エナジェティクスが調整法の一つとして選ばれるという日でした。3人とも、約1時間ぐらい別の意識状態になっていたためその間、私もふらふらしてボーっとさまよっていました。プラス、この暑さなので、クライアントさんの一人は「ずっと温泉につかっているようでした」とのこと。夏に温泉、おつかしらそれにしても、リチャード博士は、舞台の上で、次々と人々にマトリックス・エナジェティクスをやって、ふらふらになっていますがあれだけ多くの人にやりながら、がんがん話を続けているのはつくづくすごいことだなあと実感します。5月にマトリックス・エナジェティクスを学んでから、日々、IHキネシオロジーのセッションの中で使っているわけですがだんだん、キネシオロジーのセッションの中でどう使っていけばいいのか、どうすれば効果的に働くのかがわかってきたこともあってこのところ、マトリックスの出番が多くなってきたようです。マトリックスは人によって、全く反応が違って何が出てくるのかわからないところが、本当におもしろいところ。マトリックスを受けている間中、笑い転げている方もいれば手や口が変な動きをする方も意識失ったようになっている方も光や映像を次々と見るという方もいろいろいますが「これには、どういう意味があるのですか?」と聞かれても正直「さあ、よくわかりません」という感じなのです。何かが起こっているのは確か。変容のプロセスには、何が起こってもおかしくありません。そして、やっている私も同じエネルギーになるというのがまた不思議。クライアントさんが、おかしいと感じている時は私もおかしくてたまらなくなるのです。これは、もしかすると先日のフラワーエッセンス効果が続いているからかもしれませんが。先日、来てくださった方が「以前のキネシオロジーのセッションと同じキネシオロジーだとは思えませんでした。以前はカウンセリング的だったのに、今は宇宙的という感じです」と言ってくださったのですが、確かにマトリックスをキネシオロジーの調整法の一つとして使っているというだけでなく私のセッション自体がかなり変化したなあと漠然と感じていたのでうれしくなりました。もちろんカウンセリングが必要なケースもたくさんありますがあまり話を聞かなくても、何が必要かを感じることが前よりも多くなってきたかもしれません。ただ、マトリックス・エナジェティクスを始めてから確実にキネシオロジーのセッション時間が長くなってしまいました。3時間おきに次のセッションを入れているわけですがほとんどぎりぎりに終わるケースも少なくありません。ぎりぎりに終わると、次のセッションや私の食事などの準備が間に合わないこともあるのでこれに関しては、またこれから考えていこうと思っていますが。(そういえば、以前よく起こっていた、私が空腹の時にはクライアントさんの身体がセッションの許可を出さなくなるという現象は、最近あまりなかったかもこれは一体どういうことなのかしら)さて、一方で今年3月に受けたブレインジムのOBOの素晴らしさも最近、またさらに実感して’いて先日も、ヨガのバランスがいつも上手くできないという方がIHキネシオロジーのセッションの中でOBOをやった途端に、できるようになっていました。ブレインジムに関しても、原始反射や様々なシチュエーションでの使い方などもっと深く学んでゆきたいなあと思っています。あさっては、マリ先生のブレインジムのグループスタディがあるので、参加する予定です。ということで、明日は久々におさむと一緒のオフの日。最近、おさむの休みが週末なので、週末はほとんどセッションの予約が入ってしまう私とは、なかなか休みが合わないのです。だから、ニューヨークの短い夏を野外で楽しむ時間が取れないでいるのですが明日は久々にNY郊外の美術館にエスケープしてきま~す
2011年07月22日
コメント(0)
お金は、現代の私たちが生活してゆくために必要なものであってそれ自体には、汚いもきれいもないし、ただエネルギーであるわけですがこのお金という存在を通してできあがった幻想は、多くの人たちの深い闇を作り上げていると感じます。もしも、お金がないことで自分を卑下していたり逆にお金を持っていることで、自分自身の価値を保っているとしたらその幻想の中での苦しみから抜け出ることはできません。マチルダが「お金のためだけに働くのは、魂を売っているのと同じこと」と言っていましたが、お金の幻想にとらわれてしまうと本当に自分にとって必要なもの、大切なものが観えてこなくなります。以前、お金に関するワークショップでサイキックヒーラーのジョン、オリバーが「自分の嫌いな仕事をやっている人、手をあげて。もし本当に豊かになりたいと思うなら、明日、その仕事をやめなさい。嫌な仕事をしている限り、本当の豊かさも幸せもあり得ない」と言われていて、とても納得でした。例え心のどこかでは、今の仕事に満足していなかったとしても「給料が安定しているから」という理由で、新たな可能性に挑戦することなく、人生を終わってしまう人もいます。以前、90歳の方へのアンケートに「人生で後悔することはありますか?」という質問をしたという記事があり多くの人が「もっと冒険すればよかった」と答えたというのがありました。もちろん90歳からでも、初めて本を書いたり、講演をしたりと活躍される方はたくさんいますが、そのくらいの年になった時にまたは、この世を去る瞬間に「やりたいことはすべてやった。何も後悔することはない」と感じることができたとしたら、その人の人生は大成功だったと言えると思います。今やっていることに対して「もし90歳になって振り返った時に、今やっていることをどう感じるだろうか?」をイメージしてみることは今、何をするべきか?の選択をしていく際のヒントになるかもしれませんね。そして、また「お金がなければ幸せにはなれない」というのも幻想。先日、ツィッターでつぶやいたのですがドイツの元精神科医だった女性が、お金のない生活を15年続けているしかも、とても豊かに暮らしている、という記事がありました。読んでいない方は、ぜひ読んでみてくださいね。 ↓『まさに夢の生活。15年お金を使わずに生活するとても豊かな生き方」このハイデマリーさん、とても品があって本当に幸せな人生を送っているのだなあ、と感じさせる表情をされていますね。万が一の時のためにお金を持つという方がいますが「万が一の時のために」貯めておけば万が一のことが実際に起こります。宇宙は私たちの潜在意識が感じている通りのことを実現してみせてくれますから。仮に、もしハイデマリーさんが、交通事故にでもあって病院にかからなければならなくなったとしてもきっと世界中の人がヘルプしてくれることでしょう。これだけ多くの人に喜びを与えている人に対してはたくさんの人がサポートしたいと思うでしょうから。だから「万が一の時のために」お金を貯めておく必要はないのですね。お金を手放すことは、自分の人生を完全に信頼するということ。必要なものは必要な時に必ず与えられるという完全な信頼がなければできないことです。インドの聖者ならともかく、ドイツの精神科医というごく普通の人がこれを実現させているということに、とても感動します。さて、おさむに「どう、こんな生活してみたい?」と尋ねたら、「この人は(お金のない生活をするのが)仕事だからなあ」と言っていて、なるほど、それは私も同感でした。仕事というのは「他の人の幸せに貢献できる何かをする」ということ。例えば、子育ては、最高の仕事の一つ。ハイデマリーさんは、お金のない生活を自ら実現して見せることで多くの人が抱えているお金の幻想から抜け出すヒントを与えるための「仕事」をしているのだなあと。「お金がなければ、幸せには生きれない」「お金がなければ、何も手に入らない」そんな幻想の中で苦しんでいる人たちがそこから抜け出すためのサポートをするというこの大いなる使命とも言うべき「仕事」はこの方の行っている日々の生活そのものなのですね。時々、お金がもっと欲しいという方に「何のためにお金が欲しいのですか?」と尋ねると「南の島でのんびりしたい」「仕事をしないでいるため」などと答える方がいます。何かを実現するために必要なお金ではなく今の仕事が嫌だから、逃避したいだけなのですね。ハイデマリーさんは働くことが大好きだと言われていましたが、本来、仕事を楽しむことは、私たちが生きてゆく原動力です。本当に魂が喜ぶ仕事をやっていたら仕事をやらないためにお金が必要という発想はなくなります。その人に本当に必要なのは、お金ではなく心から楽しんで打ち込める仕事、なのかもしれません。「じゃあ、のりこはどう?こんな生活をやってみたい?」と逆におさむに聞かれてもちろん、今の私はヒーリングの仕事をやりたいし、そのためには、それを維持するスペースもエッセンスや様々な道具も必要ですからお金は必要だし、また絵を描くにも美しい地球を感じる旅にもお金は必要。(お金がなくてもできることもありますが)なので、今はこの方のような生活はできないなあと思いますがでも、もともとの私は、ハイデマリーさんのようにトランク一つでいつでも動ける生活というのが理想でした。(だから長い間、物を増やすのが恐かったし今でも家具や余計な電化製品は極力買いたくない人なのですが)物をもたないでいる生活に対する憧れは、昔からありますからやっぱりこんな生き方は憧れだなあと究極の断捨離ですね。(これを読むと、もっと物を処分したくなります)やりたいことを自由にやることができるというのが豊かさの一つの形だとすればこのハンデマリーさんは「お金を使わないで生活すること」がやりたいことになっていると言えるのかもしれませんね。だって、それは多くの人が持っているお金に対する思い込みや限界に気づかせることができる大きな仕事であり、挑戦なのですから。お金を持っていて実現する豊かさお金を持たないでいて実現する豊かさ私たちは、どちらを選ぶのも自由なのですがどちらも選ばない人たちがいるのです。(お金を持っていても豊かでない人はたくさんいますから)もちろん、お金が必要なら、お金を得ることは大切なこと。問題なのは、自分にはお金を得る能力や可能性がない、とかお金のためには、自分のやりたいことをがまんしなければならないという意識を持っていることなのです。それがお金に関わる幻想。その幻想から抜け出さない限り、本当に魂が望む生き方はできませんから。キネシオロジーのセッションでも、豊かになることを防いでいるものを手放すための調整は多いです。潜在意識で自分は豊かになれない、と感じていれば豊かではない現実がやってきます。その恐れや不安を手放してゆくことが本当に望む現実を引き寄せることにつながります。自分にとっての豊かさは何なのか、それぞれが自分の内と向かい合ってゆく。そしてその豊かさの実現を妨げている様々な思いや古い不要な考えを手放してゆく。そのことで、社会が抱えている様々な問題が解決に向かってゆくきっかけになるような気がします。
2011年07月20日
コメント(0)
この日の夜、シリーズ最終章映画「ハリーポッター死の秘宝PART2」(3Dバージョン)を見に行きました。よかった~~これまでの中でも、最終章にふさわしい感動の作品でした。このブログでも2年ほど前に、この最終章の本の感想を書いたのですがこれが、どんな映像になるか、2年前から楽しみでした。普通、本が映画化されると、なんか違うなあ、という感覚があるものですが、ハリーポッターも、もちろん、あの長編ですから、内容は省かれているもののこの複雑な内容を上手くまとめてあるし、よくできていると思います。描かれている映像は、本で読んでイメージしているのとほとんど違和感がないというか今回もハリーたちが忍び込むグレンゴッツ銀行内の映像などまさに本を読んだ時のイメージ通りでわくわくしました。ただ一つ、私としては、死に向かってゆく時のハリーの心の変化、特に死を意識することで、はじめて生きていることがいかに奇跡的なことであるか?ということに気づき、死を受け入れてゆくところや一旦あの世から戻ってきて、すべての恐れを手放し魂的な成長を遂げたハリーが、愛の意識から闇の帝王にたたみかけてゆくシーンをもう少し描いてほしかったなあ、というのはあったのですが。このあたりの描写は、深くスピリチュアルな場面ですがきっと、そこまで映画で描くのは難しいのでしょうね。そして、本の感想でも書いたように今回はハリーより何より、やっぱりスネイプ原作を読んだ女性で、スネイプファンの方は多いはず。もちろん映画の中では、彼のその人生のすべてを伝えきることはできないのですがスネイプが涙を流す映像を見ながら、原作での内容が思い出されて、ぼろぼろ泣きました。スネイプ、あまりに切なすぎるこのスネイプの存在があるからこそ、ハリーポッターの物語が深いものになっているなあと。女性は「生涯をかけた一途な愛」というのに弱いですよね(男性でもスネイプファンはいるかしら)これほどの作品を創ったJKローリングの才能というか情熱は、本当に天才的であり、素晴らしいですがゲリーボーネルが「5次元世界はこうなる」の中で「ハリーポッターは、彼女(JKローリング)がパラレルセルフにつながった結果あの物語が出てきたのだと思います」と書いていました。チャネリング状態だとも言えますがまさにパラレルワールドにアクセスしているのでしょうね。と、よく考えてみれば、私たちも、レイキのシンボルを使って他からのエネルギーをプロテクションしたりマトリックス・エナジェティクスで、別の次元にアクセスしたりシャーマニックなセレモニーでローワーワールドを旅したりはたまたフラワーエッセンスで他人のエネルギーと同調したり、とまるで、ハリーたち魔法使いと同じようなことを日々やっていると言えるのかもしれませんね(ぎっくり腰が数秒で治ったなんていうのも)こういった「魔法のような」ことがこれからもっと多くの人に当たり前のこととして、広がってゆくような気がします。さて、こちらは、そのJKローリングがハーバード大学で行ったスピーチ映像です。以前、ご紹介したスティーブジョブズのスタンフォード大学でのスピーチも何度見ても感動なのですがこのJKローリングのこのスピーチもとてもよかったです。どちらも、人生の中で一般的には「失敗」と言われるものから大きな学びや転機があったことを伝えています。スティーブジョブズでなくても「あの時、会社をくビになったから、今、自分にとっての天職に出会えた」とか「あの時、彼にふられてしまったから、今、最愛のパートナーに出会えた」なんて、ことは、多くの人の人生の中で山ほどあることでしょう。人生の最後になってみないと、それは失敗かどうか、なんてわからないのです。本当の意味では、失敗なんて人生にはないと言えますね。だから、大切なことは、失敗を恐れず、挑戦してゆくこと。どの人にとっても、人生は壮大な冒険ですからということで、私は今日も魔法学校のクラス、いえレイキのクラスが終了したところですこれからも日々の生活の中で、様々な魔法を使い、また新たに学び、そして伝えながら人生を楽しんでゆきたいです~
2011年07月17日
コメント(0)
IHキネシオロジーのセッションの感想を送ってくださる方が多くていろいろご紹介したいと思っているのですが、今日は、キネシオロジーの10回コースを受けてくださった方からの感想をシェアさせてくださいね。ありがとうございます。先日は、キネシのセッションありがとうございました。あれから、決断力が付いた様な気がしています。何と言っても、先生におあいしたときはまぁ絶対に無理だろうな~と思っていた今週末のMDでの、マトリックスエナジェティックスのセミナーに参加する事にしました!あんなに不思議な事は、どうしても自分の目で確かめなくてはと決断して、それ以来、ここしばらく味わったことのなかったワクワクする気持ちに包まれています。今回で、10回コースを終了したのですが、始める前の自分と、何所が一番変わったのか考えてみました。色々あるのですが、一番の違いは、愛と感謝を感じる様になった事だと思います。自分に対しても、まわりの人や自然や物や時間や全てに、ここにこうして生まれて来た事に、一緒に過ごせることに、逆に、怒りとか、嫌悪感って物をほとんど感じない様になって来ました。むしろ、どうしてこうなってしまっているのかな?と可哀想になってしまいます。先生にお逢いできた事は、私の人生を大きく変えてくれました。(パラレルワールドで先生に会っていない人生を覗いて見たらどうなっているのかな~と時々思います。)そして、私は今の自分が大好きです。何と言って、お礼を申し上げればいいのかわかりません。本当に本当にありがとうございました。これからも、よろしくおねがいいます。以前にもご紹介したようにIHキネシオロジーは1回でも大きな変化が起こることがよくありますが10回コースの中では、様々な物語が生まれてきて終わってみると、本当に感慨深いです。彼女は10回目のキネシオロジーのセッションの中で調整法としてマトリックス・エナジェティクスが選ばれたので使ったのですが、1時間ぐらい変性意識状態になっていました。マトリックスでの変性意識状態というのは、最初のうちは意識がはっきりしているのに、腕や足が勝手に動いたり、ゆらゆら揺れたりしていてそのうち、横になって、様々なビジョンを見たり、意識がどこかに行ってしまったりということが多いです。意識はしっかりここにあるのに、目を開けようとしても開けれなかったという人もいます。その間は、筋反射テストはできないので、キネシオロジーのセッションとしては一旦、中断になってしまうのですが、たいていは、私自身もその間、ふらふらになっています。彼女は、すぐに今週末に行われるマトリックス・エナジェティクスのセミナーに参加する事にしたそうで、この決断力も自分自身の感覚を信頼できているからこそ。これから、私の周りでもマトリックスの輪が広がってゆきそうで、ますます楽しみです。そして、今回の感想の中で、涙が出るほどうれしかったところは「私は今の自分が大好きです」というところでした。よく、ヒーリングやセラピーを受けると自分の中の嫌な部分や見たくない部分を見なければならなくなるかもしれないと恐れている方が多いのですが実際は、ヒーリングを受ければ受けるほど気づかなかった自分の新たな可能性を発見したり、自由に自己表現できる自分になっていって自分のことがどんどん大好きになってゆくのです。もちろん、自分の中の闇をみつめる、というのが必要な時もありますがそれは、「自分本来の生き方を防いでいるものに気づく」ということであってけして、自分の中のどろどろした嫌なものを見て、反省しなければならないなどとということではないのです。だいたい、自分の中にどろどろしたものがあるんじゃないか?と思っている人ほどピュアな存在だと言えるのかもしれません。本当にピュアじゃない人は、そんなことを感じることもないですから。(ブッシュは、本当に自分が神の使いだと思ってやっているというのを読んだことがありますが、案外そうなのかもしれませんよね)そして、どんな人であっても、魂はピュアで純粋です。汚い魂なんて、ただの一つもありませんから。私はピュアではない、と思っているのは、単に思考であってそれもそういう思考が生まれてしまった原因があって、その要因に気づけば私たちは、本来のピュアな存在に戻ってゆきます。この方は、10回のセッションの中で、ただの一度も「~~に感謝します」などという調整はやったことはないですが自分のことを好きになって、満たされていけばいくほどすべてのことに感謝で一杯になってきますし自然と周りのために何かができるようになってゆきます。大切なのは、自分が満たされていないことを、他の人に何かをすることで満たそうとしないことだなあと。これは、おさむも前から「多くの人に貢献したい」ということを口癖のように言っていた時期があって、ある日セッションを行ったら「自分のために生きます」というのが魂の目標として選ばれたことがありました。人のために生きることは、一見、素晴らしいことのようですが自分の価値を誰かに貢献することで見出そうとするあまりに自分本来の魂の目標を見失ってしまうのです。これまでIHキネシオロジーだけで1000回以上、セッションを重ねてきて気づくのはこれまで一人として、魂の目標として「人のために尽くします」とか「多くの人に貢献します」とかいう目標を選んだ人はいないということ。頭ではそれが目標だと思っていたとしても、身体はそう反応しないのです。精神的な問題であっても、経済的問題であっても、健康であっても自分が満たされていることが、何よりも大切なこと。そして、それは、必ず周りに素晴らしい恩恵をもたらしてゆきます。さて、こんな感想を読んでいると、私はたいしたことはしていないのにこんなに感謝されていいのかしら?という気持ちが、つい芽生えてしまいそうになりますがそれもまた自分への愛を受け取れないことになるなあと(もちろん、本当のところを言えば、すべてのヒーリングはその人の魂が導くままに行っているだけなので、何一つ私の力ではないのですけれどね)以前は、こういった感想の中で私のことをとてもほめてくださっている箇所は、掲載するのが恥ずかしくて、その部分だけ削除して掲載してみたりしたのですがそれもよくよく見つめ直してみると、謙虚に振る舞わなければならない、という信じ込みなのかもなあと。自然に謙虚であることと、謙虚に見せることは違いますものねということで、ヒーリングのセッションやセラピーを受けてみたいと思いつつなかなか一歩が踏み出せないでいる方、どんどん幸せになる一方ですから、安心して受けてみてくださいね。誰もが自分のことが大好きで自分の望む生き方ができている社会。そんな社会へ向かっていきますようにらぶ
2011年07月14日
コメント(4)
先日、ヒーラーの友人と話していてマトリックスエナジェティクスや量子論の話から20年前の『アインシュタインロマン』の話になり、盛り上がりました。「アインシュタインロマン」は、1991年にNHKで数回に分けて放映されたもので私は当時、哲学や宇宙や科学に詳しかった友人から、このビデオをもらいとても感動して、何度も繰り返して見た記憶があります。私は、この映像をきっかけに、アインシュタインや科学についての本を読んで宇宙のこと、時間と空間についての興味はどんどん膨らんでいってそれが、スピリチュアルな世界への探求へとつながっていったのですが友人もこの番組に、すっかりはまったそうで、20年前のこの映像がもたらした影響を思うとすごいなあと。私が今、量子論をベースにした変容のテクニックであるマトリックスエナジェティクスに出会ったのも何か、ここから始まった流れの中での必然だったように感じているのです。さすがにもう「アインシュタインロマン」のビデオは処分してしまっていましたがネットで見れないかしら?と探してみるとありました。20年も前の番組なので、科学や物理学としてはもう古いのでしょうが今見ても、けっこうおもしろいです。(最初5分で止まりますが、画面に従ってVeohをダウンロードすると簡単に見れます)アインシュタインロマンその1「黄泉の時空から」その2「相対性理論を考える」その3「光と闇の迷宮」その3、5「君は宇宙をどこまで知るか」その4「時空 悪魔の方程式」その5「E=MC2 隠された設計図」その6「最後の挑戦」この3話で「時間は相対的である」ということについてわかりやすく説明されています。例えば、地球上の時間と高速で移動する宇宙船の中の時間とは時間の流れる速さが違ってくるのでもし、双子のうち、一人が地球に残り、もう一人が宇宙船に残ったとしたら地球に残った方は、宇宙船から戻ってきた人より早く年を取っているわけですね。そして、同じ地球上であっても、立場によって時間は変化します。ゆっくり見る時間のない方のためにこちらは4分50秒でわかる相対性理論の番組(って、そんな簡単なものではないですが)さて、一方、ご存知のように量子論は、観察者によってその結果が変化するという捉え方であってアインシュタインは、量子論に対しては「神はサイコロを振らない」と最後まで懐疑的でそれがアインシュタインの科学者としての限界だったとも言えるわけです。こちらは、2年前に日本のテレビ番組で放送された竹内薫の「量子論」この中で竹内さんが言われている「空間は幻想である」例えば、遠隔ヒーリングなんていうと科学的でないと否定する人がいますが、現代の最先端の科学では二つの物質が離れていても、影響を与えあうということが証明されているのですね。これは以前、ご紹介したアーヴィンラズロ博士も「すべての存在はつながっている。あるところで起こった変化が、遠く離れた場所にも影響を及ぼす」というように語っていました。私の意識が変われば、遠く離れている誰かの(何かの)意識も変化する可能性があるということ。だから、自分自身を癒すことは、世界の平和に貢献する最適な道になると言えるなあと。空間は幻想であり、時間もまた幻想。例えば、空を飛ぶ飛行機は、今、この瞬間の映像ではなく10万分の1秒前の映像であり「今」見ている太陽は8分前の映像であり今、見ている銀河の姿は230万年前のもの。客観的な過去と現在と未来の区別はないのです。「時間は幻想である」とマトリックスエナジェティクスのリチャード博士も量子論の立場から説明していますが時間は私たちのの意識が作り出している幻想に過ぎないということ。例えば、何かある症状が治るのには時間がかかるという意識を持っていれば、私たちはその現実を生み出すわけですが症状そのものに捕らわれないでいればその症状(結果)そのものが変わってくるのです。また先日もご紹介した『パワーかフォースか』のデビットホーキンズ博士は神秘体験をしていますが、その彼の言葉から過去も現在も未来も、知覚の産物に過ぎません。時間とは、生と死に囚われた分離している『私』の幻想に過ぎないのです。時間が止まると、全ての問題は消えます。何故なら、それは知覚によって作られた人工物に過ぎないからです。その「存在」が勝ってくると、体なのか心なのかも、区別が付 かなくなります。心が静寂になると、「我、あり」という自我意識も消えてしまいます。この「純粋な意識」そのものが、本来の自分を光輝かせてくれるようになります。今までにも存在していて、これからも存在し続けるものは、全ての次元も宇宙も超越しています。時間を越えた無限です。ちょっと、話は変わるのですが日本人の多くの方は前世を信じていると思いますし私も、以前は自分の前世に興味がありました。多くの人がヒプノセラピーや変性意識状態で前世を見たことに関して、それは真実だと思っていたわけですが見た映像は確かだったとしても、果たして 本当にそれは前世だと言えるのかどうか?という疑問が最近わいてきました。この疑問は、IHキネシオロジーをやっていて、さらに感じるようになりました。例えば、前世での誓いとか、前世の自分とのエネルギーコードなどの問題がIHキネシオロジーでよく出てきます。そのいろんなケースを見ていると、いくつかのことに気づきました。まず、とても似かよった前世を持っている人がいるということ、魔女狩りにあったという前世が出てくるケースも何度もありましたし修行僧やヒーラーでの前世などもよく出てくるケースです。そして、前世なんて全く信じないような人には、前世の問題は浮上してこないということ。これは前世というより、ある集合意識のようなものにアクセスしているということなのではないかしら?となどと、漠然と思うようになったのですが後から、マチルダが前世について「前世という名のエネルギー」と言っているのを聞いて、納得しました。そう、マトリックスの周波数にアクセスするように、前世と思われるような、あるエネルギーにアクセスしているというと、とてもよくわかるのです。そして、それをパラレルユニバースという考え方をするともっとわかりやすいのではないかしら?つまり、過去ではなく、別の次元にアクセスしているんじゃないかしら?と。前世を全く信じない人には、キネシオロジーのセッションで前世の問題が出てくることがないのは「受け入れる準備ができていないからかな?」と思っていたわけですがそうではなくて、前世を信じないような人というのはよく言えば、グラウンディングできていて、地に足がついているのでそういう意識(別の次元)にアクセスしにくい人だと言えるのではないかと。無意識のレベルで、別の次元での意識を自分の潜在意識に取り入れそれが今を生きていくための障害となっている時に前世の問題として出てくるのかもしれない、これは私が最近、勝手に感じているだけで、誰かがそう言っていたわけではないのですが何となく前世という概念よりパラレルユニバースの方が最近の私にはしっくりくるのです。過去も現在も未来も同時に存在している。このことは、以前、至福体験をした時に実感したことでその時は「私は過去にも未来にも好きなように行ける~」と感じていました。その感覚は、今となっては、おぼろげな感覚でしかないし言葉では上手く説明できないのですが。以前、ご紹介したリサランドール博士は5次元世界の存在を理論物理学で証明しようしているわけですが博士は、例え5次元の存在が証明されたとしても私たちが5次元に旅することは不可能だと言われていました。でも「肉体を持って」旅することは無理かもしれませんが意識で旅することは可能なわけです。現に、古代からシャーマンたちは、薬草を使って別の次元へのアクセスを行ってきたわけなのですから。そして、かの有名なスティーブンホーキング博士は、ブラックホールの概念を押し進める中で最終的にパラレルユニバース(平行宇宙)の存在を打ち出しています。物理法則も空間の次元も異なる宇宙は無数にあり、私たちの住む宇宙はその1つに過ぎない、さらにその宇宙においても現在に至る歴史は、確定的な1つではなく無数に存在している。そして、無数にある宇宙の中で私たち宇宙が選ばれているのは、またこの宇宙の中での歴史を決めているのは、私たちが存在している観測事実なのだ。こちらが、ホーキング博士の映像「膜宇宙論」についてわかりやすい番組。その1その2その3その4その5このホーキング博士もリサランドール博士もデビットホーキンズ博士も、一線を越えた科学者だなあと。とことん科学や宇宙を追求していった天才的な科学者たちは結局、スピリチュアルな世界で言われているようなことを科学的に証明するようなことになってゆくように思うのです。こちらは、アルミーンの「時間という幻想からの脱出」そうそう、少し前に、イルマーレという映画を見たのですが(韓国版ではなく、ケアヌリーブス主演のアメリカ版)これもちょっとパラレルユニバース的な結末で、おもしろかったです。よくタイムトラベルというのは、パラドックスを生むと言われていますがパラレルユニバースとして捉えると、その瞬間から別のリアリティが生まれるので、矛盾を受け入れられるような気がします。IHキネシオロジーのセッションの中でマトリックスエナジェティクスをやっているとパラレルユニバースが選ばれることが、頻繁にあります。別の(自分にとって最適な)次元へ意識をシフトさせることは、これからの私たちにとって、日常的なことになってゆくのかも。私たちは、同じ世界に生きているようで別のリアリティを生きているわけで既にそれぞれ別の次元に生きていると言えるかもしれません。これから世界は二極化されてゆくと言われていますが私たちがどの意識にアクセスしているか?がすべての現実を創ってゆくのでしょうね。時間、空間、光、異次元、パラレルユニバース、、このあたりは、よくわからないだけに興味がつきないところでだだ~と書いてみたものの上手くまとめれないのですが今日はこのままアップします~
2011年07月13日
コメント(2)
アルミーンの「本当の愛の関係を築くために」という映像をみました。短い映像ですが、とてもよかったので、この映像の中から一部抜粋しますね。あなたがあなた自身との愛の関係を築くまでは誰か他の人にとって、本当の恋人になれないのです。一人でするディナーを心から楽しんだり一人で映画を見に行くことを心から楽しんだり自分一人でキャンドルを灯して食事を楽しむことができるようになったら、自分を祝福することができたら、、、そうなって初めて、他の人との恋愛関係の準備が整うのです。それまでは、空っぽのハートを恋人に捧げているんですよ。そのハートにどれだけの価値があるのですか?あなたが捧げた空っぽのハートと同じ分だけハートが空っぽの相手と一緒になるだけなんです。ですから、二人は空っぽのハートで出会って一つの完全なものになろうとしているのです。これは、以前にも何度かここに書いたことなのですが一人でいて満たされていない人が、二人になってもけして満たされないということ。恋愛がはじまって最初のうちは、満たされたように感じるのですがそのうち、自分の満たされないものを埋めようとして相手に要求するようになり、そして、それはけして自分の期待したものにはならないのでさらに満たされなくなってしまいます。自分がやってほしいやり方では、相手はやってくれないので結局、彼は私のことを愛していないのではないかなどという気持ちが芽生え、そして相手にとっても自分をありのままに受け入れられていないという想いが強くなり二人の関係は上手くいかなくなってきます。キネシオロジーで恋愛の問題の調整の際にも、クライアントさんの身体が「一人でいる時間を楽しむ」とか「一人でいても幸せを感じる」などの目標を魂の目標として選ぶことがよくあります。一人でいても幸せを感じる、などで潜在意識を調整してしまうとずっと一人でいるんじゃないか、という不安が出てくる人もいるのですが実際は逆で、一人でいても幸せでいない限り、けしてパートナーとの関係は上手くいかなくなるのです。って、まさに、昔の私とおさむがそういう関係を経てきたわけですけれどね以前の私はいつもおさむに「こうなってほしい」と彼が変わるのを望んでいたしおさむは、私にすべてを受け入れられていないという思いから心を閉ざしてしまっていました。結局、私たちは上手くいかなくなって、別れることになって2年半の間、完全に別れていたわけですがその間に、私自身が癒されて、完全に自分一人で満たされるようになり相手にこうなってほしいという期待を手放しました。その後、再びおさむと出会った時にそれまでの二人の関係とは、全く違う関係を持つことができるようになったわけです。先日もあの時期の変容は大きかったね~とおさむと話していたところなのですがこれはレイキの影響が大きかったなあと。その別れていた2年半の間、私は一人でいることがとても楽しくて満たされていたので、また彼とよりが戻るとは思っていなかったのですが今から思うと、二人の関係が完全なものになるためには一旦、一人になって、自分のすべてを愛し、一人でいることを楽しむ必要があったのだろうなあと。自分自身をとことん愛すること。結局、私たちがここ(地球)にいる間の学びとして何よりも大切なことかもしれません。アルミーンは、自分を愛するために必要なこととしてインナーチャイルドの癒しが必要だと言われています。私たちが自分を愛せなくなるのはインナーチャイルドが満たされていないから。そのインナーチャイルドが愛してくれ~と暴れているのですね。IHキネシオロジーでもインナーチャイルドの問題はインナーチャイルドとして出てくる時とサバイバルプログラムなどの問題として出てくる時とありますがどちらにしても、子供の頃に癒されずに残った意識はその後の私たちの人生のすべてに影響を与えています。インナーチャイルドが、本当に愛されていることを受け入れると、自分が完全に満たされ、私たちは一人でいても幸せでいることができます。昨日書いたように「人の評価を気にする」とか「人からどう思われるかが気になる」というのもその多くの原因は、インナーチャイルドからきています。親にどんな自分であっても、無条件に受け入れられてきた子供はこういう自分は受け入れられないかもしれない、という恐れを持っていないのでありのままにいることができるのです。自分を愛する、というのは、自分のすべてをそのまま受け入れるということ。例えば、何かに怒っている自分を認めて、自分の中に怒りがあることを受け入れる。怒りはよくないものだ、とか、こういう自分でなければならないという一切の価値判断を手放すということ。自分の中の受け入れられない部分があるとそれと同じものを他の人の中に見た時に、とても嫌な気になってしまいますよね。結局、受け入れられないのは相手ではなく自分自身なのです。いつも人に対して怒りを感じている人は自分の中に赦せないものが必ずあります。インナーチャイルドを癒すということの他にできるワークとして、ルイーズヘイが「自分を愛する方法」の中で「今、この瞬間から一切の批判をやめると決める」ということを言っていました。そう、私たちの多くはいつも頭の中で批判しています。あれはよくない、こうならなければならなかったのに、こんなことじゃあだめだ思考はとどまることなく、自分自身を批判し、他の人を批判し続けています。ルイーズヘイ曰く「自分自身への批判をやめたら、他の人への批判をやめることは簡単です」自分のことを愛していない、と感じている方はまずは、自分に対する一切の批判をやめてみるということからスタートするといいかもしれません。ということで、今でも一人でいるのは大好きで、一人旅も好きだし、一人での映画も楽しめる私ですがさすがに一人でキャンドルを灯して食事までは、やったことはなかったなあと。以前、イルさんが「一人でいてもテーブルセッティングをきれいにして食事を頂くと、すごいいいよ」と言われていて、それを聞いた時に「私もやろう♪」と思っていたにも関わらず、日々の生活の中では、ついおざなりになってしまっていましたイルさんは、アセンテッドマスターや天使やガイドたちに捧げる食事として頂くから、という意味で言われていたのですがつきつめていくと、宇宙や高次元の存在たちへの愛も自分自身への愛も、同じところに行きつくと言えるのかもしれませんね
2011年07月11日
コメント(2)
私のところに、レイキやキネシオロジーに来られる男性はだんだん増えてきてはいるものの、男性はいまだにヒーリングやセラピーは女性がやるものと思っている人も少なくないなあと感じています。今、女性は、どんどん自分自身を深く知り、不要なものを手放し、変容していくことに意欲的に取り組んでいく人が多くて一般的に男性より遥かに自分を解放していっているようです。(もちろん、これはあくまでも一般的にであって解放していっている男性もたくさんいるのですが)男性の意識の向上をさまたげている理由の一つとして男のプライド、というものがあるように思います。この男のプライド、多くの男性に多かれ少なかれあるものですが例えば、男性は女性より経済力がなければならないとか男性は女性より知識がなければならないとか、男は強くなければならない、など既成の信念や考え方から、自分の弱いところを見ないようにしたり自分の中にある問題と向き合うことをやめてしまっているのです。もちろん、ヒーリングやキネシオロジーのセッションに来られる男性は問題を解決するために来られているのですから私は普段はそういうものを感じないでいたのですがプライベートな場でいろんな男性と会うと、時には何層にも重なったプライドの壁を感じることがよくあります。例えば、男性にとって、政治、経済の話に限らず、音楽であってもセックスのことであっても女性より知らないということがプライドを傷つけるので賢い女性たちは、そのプライドを傷つけないように上手く男性を立てて、男性に気分よく話してもらうために、例え、自分の方がそのことに関して、深く知っていたとしてもそのことをおくびにも出さずに「へ~そうなのね~」なんて男性の話を聞いてあげたりしているわけです女性にとっては、そういう男性のプライドもかわいいと思える時もあるのですがそれが度が過ぎてくると、成長や進化を妨げてしまうなあと。タントラの先生、カーラも「のりこ、男性にとって、女性からセックスを学ぶほど屈辱的なものはないのだから教えてあげているという感じではなくてとにかく相手をほめて、相手がリードしているかのように見せかけてこちらがリードしてゆくのよ」なんて言っていました。多くの男性が知っているセックスはAVから学んだ、いわば男性の欲望をかきたてる映像ぐらいのものでしかなく、ほとんどの男性は、女性の身体のことも、セックスのことも知らないのですが、セックスについて知らないとか学びたいなどと男性はなかなか言えないのですね。カーラに「私の彼に限っていえば、男のプライドは全くないから大丈夫。たぶん、彼は私から喜んで教わる人だから」と言うと、「それはすごいわね。そんな男はアメリカ人には滅多にいないわ」と言っていましたが、日本人もその点は同じかもしれません。おさむは、私と出会った時から、本当に驚くほどそのあたりのプライドは欠落していてそれはある意味、すごいと思っているのですが。よく「仕事にプライドを持て」などと言われますがここで言われているプライドというのは、「自信」のことなんじゃないかなあと。プライドと自信は別のもの。自信は誰かに対してではなく、自分の内から出てくるものであるのに対してプライドは、自分以外の誰かに対して感じている意識。だから、自信は証明を必要としないのに対してプライドは、他の人に自分の素晴らしさを証明しなければならなくなります。例えば、仕事でのミスを同僚から指摘されたとしても自分の仕事の能力に本当に自信を持っていたとしたら素直にそのミスを認めて、次につなげることができるでしょうしもし、その指摘が間違ったものであったとしても相手にそれはミスではないことを冷静に伝えることができたりしますがプライドだとしたら、自分を馬鹿にされたという気持ちからミスを指摘した相手に怒りの感情が湧いてきてそれを認めたくない気持ちになります。素晴らしいヒーラー、セラピストと言われるような人の中にさえこのプライドが魂の成長を止めてしまっている人もいます。自信は失うことはあっても、傷つかないですが、プライドは傷つきます。余計なプライドがなければ、「プライドを傷つけられる」こともないですから本当の意味での強さにつながるなあと。プライドの高い人間に接する時には、周りの人たちはそのプライドを傷つけないように、自然と気を使っていますよね。なので、本当にその人にとって、大切なものに気づくことはできなくなります。もちろん、ここでのプライドというのは「人としての基本的な権利」や「人間としての尊厳」というようなものは別の話であって、人として尊重されないことに対しては、きちんと向かっていく必要があると思います。以前、ここでご紹介した『パワーかフォースか」にもプライドの意識レベルについてあらわされていました。 レベル 20 恥 レベル 30 罪悪感 レベル 50 無感動 レベル 75 深い悲しみ レベル 100 恐怖 レベル 125 欲望 レベル 150 怒り レベル 175 プライド レベル 200 勇気 レベル 250 中立 レベル 310 意欲 レベル 350 受容 レベル 400 理性 レベル 500 愛 レベル 540 喜び レベル 600 平和 レベル700~1000:悟り人にとってプラスになる意識レベルである「パワー」は200以上、マイナスの意識レベルである「フォース」は200以下。プライドは175で、恥や罪悪感よりは意識レベルは上ですが、分岐点である200より以下です。「パワー」になるまでには、あともう一歩というのがとても納得です。ブライドを手放すということは、自分の中にある恐れや人からの評価にこだわる気持ちを手放してゆくということ。私たちがこれからさらに成長してゆくために不必要なプライドは、勇気を持ってどんどん手放してゆけたらいいですね。
2011年07月09日
コメント(0)
先日、おさむが「キネシオロジーのセッションをして~」とやってきたので「一体何についてワークしたいの?何か問題を感じているの?」と尋ねると「エゴ(自我)をなくしたい」とのお答え。「あのさ~エゴって、キネシオロジーのセッションで「エゴを手放します』という調整をして、はい、もうエゴはなくなりました、なんて、いうようなものじゃないんじゃない?自我をなくすというのは、悟りを得るというのと同じなわけだし。そもそも、つきつめていえばエゴをなくしたい、ということそのものがエゴだと思うけれど。悟りを得たいと思っている限り、永遠に悟ることはないというのと同じだと思うよ」と言ったのですが、彼はそれでもセッションをやりたいというのでそれでは、エゴなのか何なのかわからないけれどとにかくやってみようということでセッションをすることにしました。最初に感情チャートで反応したのでその中から筋反射で選んでゆくと選ばれた言葉は「Selfish」厳密に言うと、Selfishだけがエゴではないですがこの感情チャートには、エゴという言葉はないのでこれが選ばれたようです。「ふ~やっぱり今日のテーマはエゴなんだね~」ということで、エゴをテーマにスタート。おさむ曰く「ね、やっぱり言ったじゃん」とエゴを手放せることが、とてもうれしそうです。ほんと変な人。でも、このセッションでの目標を設定する段階になっておさむの身体は「エゴを手放す」という目標には反応しません。テーマはエゴですが、エゴを手放すことが目標ではないよう。そして、その瞬間、筋反射テストで確かめるまでもなく私にはおさむの魂の目標がピンとわかったのですが自分で考えてもらった方がいいと思って、しばらくおさむに考えてもらいました。おさむから出てきた言葉は「神に仕える」とか「光の道を歩いてゆく」などでしたが、そんな言葉に身体は反応しません。顕在意識が考えている目標と、その人の魂レベルで感じている目標とは全く逆になることもよくあります。おさむの場合も、エゴを手放したい、ということしか意識が向いていないので、本当の自分はどうしたいのか、わからなくなっていました。それで、結局、私の感じた目標を筋反射で試してみるとそれがベストの目標だという反応がありました。もちろん、普通のキネシオロジーのセッションでは私はそれぞれの方の魂が何を望んでいるのかなど、わからないのでクライアントさんとああでもない、こうでもないとあれこれ試して見つけてゆくわけですがおさむの場合は、いつも一緒にいるわけですしはっきりとはわかっていなくても、何となく漠然と感じているのでセッションを始めると、すぐに問題や目標がクリアになってくることが多いです。ということで、今回のおさむの魂の目標は「エゴに対する罪悪感を手放す」つまり、例えエゴを持っていたとしてもいいじゃん、ってことなんです彼は最近、エゴを持ってはいけない、という意識が強すぎて、自分の中にあらゆるところにエゴを見出してしまっていて前に進めなくなっていたのでした。もしも、自分の音楽を広めたい、自分の音楽を聞いてほしいこれはつきつめてゆくと、自分のエゴかもしれない?となっていけば、何も行動できなくなってしまいます。例えば、お金が必要だというのは、ニーズであって私たちは肉体を持っている以上、物質的な豊かさを含めてニーズを満たしてゆくことが必要なのですからそこに罪悪感を持つ必要はないですよね。あえていうなら、お金を持っていないことに劣等感がある、とかお金のあるなしで人の価値を判断する、というようなことがエゴであって、もしそうなら、それらを手放してゆく必要もあるでしょうがそれはエゴとひとまとめにして手放せるものでないですから。今のおさむに必要だったのは自分はエゴを持っているから、だめな人間だという罪悪感を手放してそれがエゴであろうがなかろうが自分の本当にやりたいことに従って自由に生きること。それこそが究極的にはエゴを手放すことにつながるのですから。さて、この「エゴに対する罪悪感」に関して出てきたプロトコルはサバイバルプログラム。つまり、彼の潜在意識は「エゴに対する罪悪感を持っていることが安全だ」と感じていたわけです。エゴに対する罪悪感がなければ、自分はどんどんエゴイスティックになってしまうのではないか?という恐れがあったのですね。これは、彼の過去に関連していて彼は10代、20代の若い頃の自分はエゴの固まりだった、自分のことしか考えていなかったというと、その頃の自分を苦々しく感じていたのです。確かに、私と出会った頃のおさむは25歳ぐらいだったのですが自信満々のあまり、人の気持ちを考えない言動もよくあったので彼は、後になって、その頃の自分を振り返って自分は何人かの人を傷つけてしまったと後悔していたのでした。私もそうですが、若い頃って、自分自身のことを知らないし経験も浅いので、人の痛みもわからないし傲慢になりがちですよね。だからこそ、若い頃は失敗もたくさんするし、そこからまた学びもあるわけですが彼の場合は、そんな自分に戻りたくない、という意識が強くあり、その自分に戻らないためには、エゴに対して罪悪感を持っていなければならない、と潜在意識は感じていたわけです。さて、今回、おさむの潜在意識の調整に使ったのは、Sound of Godのチューニングフォーク(神の音音叉)これは今年2月にマチルダから勧められて購入して以来本当によく出てきます。そして、やっぱりマトリックス・エナジェティクス。(この組み合わせ、最近よく出てきます。今日のセッションの中でもお二人に出てきました)そして、今回、おさむのセッションで出てきたフラワーエッセンスを見てすごい~とうなってしまいました。選ばれたエッセンスは、アラスカンエッセンスの「ゴールデンコリダリス』これは、これまでのセッションでクライアントさんに出てきたことはなく、初めてだったので、意識を向けたことがなかったのですがこのエッセンスの効能は「生き方について判断基準を失っていたり、進路に迷う人に助けてくれるエッセンスです。魂が、人格の成長に目を向ける助けをしてくれます。魂が成長するための深い経験を経た後で、自己のアイデンティティを再確立する助けになります」まさに、今回のおさむのためにあるようなエッセンス♪そう、彼の若い頃のアイデンティティが崩れ、様々なヒーリングやシャーマニックな体験や人生の経験を積んできた今、再び、自分のアインデンティティを確立することが彼にとって必要だったのです。様々な経験を積んできた今はエゴといっても、以前の彼のエゴとは全く違った次元であるし、もうそこに戻ることはないのですから。ということで、この「エゴに対する罪悪感を手放す」の調整。セッションの途中で「こんな目標で潜在意識を調整してしまったらおさむは、もっと自分勝手な男になってますます私のためには何もしてくれないやつになってしまいそうだから私にとって何の得にもならないし、やめとこうかしら?」なんて冗談を言っていたのですが、冗談ぬきにおさむへのセッションは、妻として、女性としての私ではなくセラピストとしての私に徹しなければならないわけで、それこそ、私のエゴを見直すことにもなるのかなあと。まあ、私の中のエゴとしては「のりこを守ります」とか「のりこのために尽くします」なんて目標が選んでほしいのかも。(そんなことあり得ないけど)といっても、エゴに対する罪悪感を手放したからといってよりエゴが強くなるということではないのですけれどね。ただ罪悪感がなくなるだけ。どんなものにしても、罪悪感なんて必要ないし罪悪感こそが、エゴから生まれるものだと言えるかもしれません。ということで、おさむの次回のセッションのテーマは「掃除をもっと楽しくできるようになりたい」そうで『おいおい、エゴの問題から、今度は掃除ですか。「掃除から先にやれ』と、思わずつっこんでしまいましたがおさむが掃除好きになるための調整なら、私にも得になるかしら?(←まさにエゴ?)(案外「掃除をしなくても、私は平気です」なんて目標が選ばれたりして)
2011年07月05日
コメント(2)
今日は、先日、カウアイ島で受けた、フラワーエッセンスのセッションの感想など書いてみようかなあと。かなり感覚的なものなので、うまく文としてまとめれるかどうかわからないのですが。カウアイ島のフラワーエッセンスセラピスト、ケンカールトンのセッションを受けて、彼が調合してくれたエッセンスをしばらく飲んでいたのですが飲んでいくにつれて、これまでに感じなかった感覚がありました。その調合された3つのエッセンスの一つに、アラスカンエッセンスのOne sided Wintergreenというのがあってこれは、効能として「自分に必要な人と共鳴する」というもの。英語のサイトでは「他の人のエネルギーがいかに影響しているかを、自分の中心を見失うことなく認識する」というように書かれてあります。ケンカールトンは、共鳴という言い方はせず、Sense(感じる)という言い方をしていたのですがその時は、このエッセンスが私にどう必要なのかSenseするというのが、どんな感じなのか、ピンと来ていませんでした。カウアイ島の旅行中は、エッセンスの効果というのはわからなくて後から考えてみれば、旅行中はおさむと二人きりだし、彼と私はいろんな人から顔までそっくりと言われるように、かなりエネルギー的に共通しているので共鳴も何も違いは感じれなかったわけなのです。ところが、ニューヨークに戻って、次の日からキネシオロジーのセッションの予約が入っていたので、いろんな方とお会いすることになったのですが急にこれまでになかった感覚を感じることになりました。まず最初にすぐに気づいた変化として、感覚が鋭くなっていて言葉を上手くまとめらないということ。例えていうなら、変性意識状態になった時に人と話をしている感じにかなり似ています。これは、そういう意識状態の時に人と会話をしたことがある方ならきっとわかってもらえると思うのですが過去と未来を司っている左脳の働きより、今現在である右脳が活性化するので話をしながら、自分が話している話の内容がどこに向かっているのかわからない状態なのです。また、過去というか、一瞬前に自分が言ったことが何だったかも忘れてしまうので話をしていて、もともと自分が何が言いたかったのか、もわからなくなります。なので、非常にもどかしい感覚。でも、一方で、今の感覚だけは鋭くなって、今起こっていることはすべて感じている状態になるので、自分としては、クリアな意識の状態。これは、One-sided Wintergreen の効果だけでなく他にEarth Essenseの8チャクラというエッセンスの効果もあるのかもしれません。もちろん、エッセンスで変性意識状態になっているわけではないですし何とか話はできるので、クライアントさんにばれることはなかったですが(ばれてもいいのだけど)最初はこの不思議な感覚にちょっと戸惑いました。そして、次にわかったのは、相手のエネルギーの状態と同じ状態に自分がなっているということ。例えば、簡単に言うとクライアントさんが潜在意識に不安な感覚を持っていたら、自分も不安な感覚になるし相手がリラックスできていない人だと妙に落ち着かない感覚になるという感じ。最初は、それがエネルギー的に共鳴している状態なのだ、というのをわからなかったので一体、私に何が起こったのか、よくわかりませんでした。この意識のどこかにある不安な感覚はなんだろう?と思いつつ私自身の中をよく見つめて(感じて)みると自分自身はちゃんと安心しているし、落ち着いているので何だかよくわからず、とても不思議な感覚なのです。最初、そういう居心地の悪いエネルギーをどこかで感じていたわけですがある日、キネシオロジーのセッションを行ってセッションが終了した途端、さ~~とそのエネルギーが変わってとても心地いいエネルギー状態になったのを感じた時にその瞬間、それまで感じていたものが相手のエネルギーであって私のものではなかったのだ、ということがクリアになりました。それと同時に、クライアントさんの中で起こっているヒーリングの効果を「自分の感覚として」実感することで、はっきりとそのエネルギーの違いを感じることができます。これまでは、ヒーリングセッションが終わってセッション前に比べて、クライアントさんの表情がリラックスした、とか、明るいエネルギーになったとかいうことはわかってもこんな風に、自分の中の感覚として感じるというのはなかったのでこれはおもしろいなあと。このエッセンスを取っている間かなりクライアントさんのエネルギーに敏感になった感じがありそれがヒーリングセッションにおいてとても有効に働いている感覚がありました。(具体的にどう有効なのかはとても説明しづらいのですが)他の人のエネルギーと共鳴するだけで、けして影響されるわけではないので自分のエネルギーとの違いもわかります。さて、最近、このケンカールトンの調合したエッセンスを飲み終わった後ケンカールトンの創ったカウアイエッセンス『アセンションプログラム』を試しに取っています。これは7つのエッセンスがセットになっていて、一つずつを3日ごとに取ってゆきます。一つ目は、肉体のデトックス(食事やアルコールなどからの有害なものの浄化)二つ目は精神的なデトックス(前世やネガティブな思考を含めて)3つ目は深い感情のリリース、そして、深い緊張のリリース、グラウンディング、遊び心、意思力と続きます。その3つめのエッセンス、エモーショナルリリース(感情のリリース)を飲んでいる時に、先日の恐れが浮上してきたのでおもしろいなあと。潜在意識に残っていた恐れを浄化するために必要なプロセスだったのでしょうね。明日から、5つ目のエッセンスに入るので、楽しみ。私のキネシオロジーのセッションにおいてフラワーエッセンスは必要不可欠。選ばれるエッセンスによって、そのテーマや目標が統合されその問題の全体像が見えてきます。これからも、いろんなフラワーエッセンスを試してゆこうと思います。
2011年07月03日
コメント(0)
実は、昨日、ぎっくり腰になりました(とほほほ、、)ぎっくり腰は、数年前に一度やったことがあってそれからは、一度もなったことがなかったのですが昨日、キッチンで片付けをしていて、腰をかがめてふっと立ち上がった瞬間、ぎくっとぎっくり腰を一度でもやったことがある方なら、おわかりと思いますがあの瞬間はほんと死にますよね「魔女の一撃」と言われるように、ものすごい痛み。キッチンの椅子に座り込んで、1cmも動くこともできませんでした。数年前にぎっくり腰になった時は、確かアイスで冷やした後、アロママッサージとレイキで回復したのですがそれでも丸1日、腰を丸めて横になっていたし完全に歩けるようになるまでには2日間ぐらいかかりました。でも、昨日は、ぎっくり腰になった時はあと10分で、次のキネシオロジーのセッションの方が来られるという時。このままでは、全く動くこともできないので、セッションは無理ですが今さら、キャンセルしようにも、もうクライアントさんは今にもこちらに到着する時間だしこの状態では、2階から下の玄関に降りてゆくことさえできません。ひゃ~困った~、あと10分で何ができる?と思ってとにかく、マトリックス・エナジェティクスを試してみることに。マトリックスは、自分自身に対しても簡単に行うことができます。試したのは、タイムトラベル。少し前の私のエネルギーの状態にアクセスします。と、数秒やっただけで、すっと椅子から立ち上がれたのにはうそ?とさすがにびっくりつい先日、マトリックス・エナジェティクスを受けてくださった方から、身体の悪いところに効きました~というご報告を頂いたばかりなのですが、ここまで劇的に効くなんて、想像もしていなかったので驚きました。そして、その後、マトリックスの周波数をいくつか試してみるとすぐに普通に歩けるようになりました。そして、10分ほどで、クライアントさんは来られて何事もなかったかのように、セッションを行うことができました。マトリックス、恐るべし~それでも、今朝までは、若干、まだ腰の痛みは残っていたのですが今日のレイキのクラスを受講してくださった方から最後の実践として、レイキのヒーリングセッションを1時間受けたら、すっかり治ってしまいました。レイキは、こんな感じで最後の一押しに効くような気がします。ということで、あんな痛みがあったにも関わらず全く仕事を休む必要もなく、回復してよかったです。それにしても、なぜぎっくり腰になったのかしら?というところなのですが私はすべての病気や不調は、必ず原因があると思っているので今回のことも、身体の体勢は、単なるきっかけに過ぎないわけで根本的な原因があると感じます。これまでなら、運動不足で筋力が弱っているかも?と考えるところなのですが最近、私は以前、ご紹介したジャイロキネシスに通いはじめていてちょうど、ぎっくり腰になった前日にもクラスを受けたばかりでした。ジャイロキネシスは、骨盤を整え、インナーマッスルを鍛えるので次の日の筋肉痛もなく、自然に鍛えられていてとてもいい感じだったのです。それで、思い返してみると、ここ2、3日、便秘ぎみだったことに気づきました。腰痛と腸の状態は、案外関係があって以前、急に腰痛になったという方のキネシオロジーの調整で腸の調子を整えた途端に治ってしまったこともありました。それで、コーヒーエネマをやった後、調整。でも、直感的にどうやらこれだけが原因ではないなあと。東洋医学では腰痛は、腎経に深く関わっているとされています。腎経は、感情的には恐れに対応しています。例えば「お化けが出て、びっくりして恐怖を感じた途端、腰を抜かした」(ベタな例えだけれど)なんて言うように恐れの感情と腎の経絡と腰は深く関係しているのです。それですぐにピンときました実は数日前に、急に恐れを抱くような出来事があったのでした。それは、私にとっては、お化けより怖いもの。何についてというのは、ここで説明すると、また長くなってしまうので今度、そのことは、ゆっくり説明するとしてとにかく、それが意識のどこかに残っていたのは確かでした。それで、おさむが戻ってきてから、筋反射テストで調べてもらうとピンポン。やはり、その恐れが、今回のぎっくり腰に関係していました。なので、その潜在意識に残っていた恐れを調整しました。そして、筋反射で見てみると、肝経にも反応があったのが、深く納得。腰は身体の要と書きます。そして、肝腎要というように、肝の機能と腎の機能は、心身にとって中心となるもの。ということで、今回のこのぎっくり腰の原因を私なりにまとめてみると1便秘ぎみだったこと2恐れの感情を持って、その感情と向き合わず、そのままにしていたこと3無理な体勢というこの3つが関わっていたのだなあと。もしかすると、この恐れの感情が便秘の原因にもなっていたかもしれません。症状は、一つの原因から来るより、いくつかの要因が重なった時にあらわれることが多いです。やはり、身体からのメッセージはすごいなあ。とにかく、今回、マトリックス・エナジェティクスの効果を自分自身の身体で実感できてよかったです(でも、もうあの痛みはこりごりだけれど)
2011年07月01日
コメント(2)
全14件 (14件中 1-14件目)
1


