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(前回のその1の続きです)ところが、次の日から再び、キネシのセッションをスタートしてわかったのは私はかなりグラウンディングが弱くなっているということでした。セッションをスタートして私がクラアイントさんの腕を取り、筋反射を取り始めるとクライアントさんのエネルギーが伝わってきて気分が悪くなってしまうのです。ヒーリングというのは、必ず何らかのエネルギー的なデトックスが起こります。でもしっかりとグラウンディングしていれば、セラピストがそれを受けることはありません。私の場合、これまでクライアントさんの感情に共鳴しすぎてよほど感情的に持っていかれない以外は、受けることはなかったし受けると言っても、セッション中に気分が悪くなったりするようなことはこれまでありませんでした。でも、エジプトから戻ってから、例え、そのクライアントさんが特にディープな重い感情やエネルギーを持っていなくてもそのエネルギーを受けてしまうのです。いえ、むしろ、その数日に来られたクライアントさんはどちらかと言えば、人生がある程度上手くいっていてパートナーとの関係や経済的にも特に問題はなくあっさりしていたり、明るい人だったりで普段なら、全くネガティブなエネルギーを感じないような人ばかりでした。今回、初めて「思い込み」や「先入観」といったものが大きな負担のエネルギーになる、ということを身を持って感じることになりました。私の身体はクライアントさんの思い込みや先入観を、筋反射でピックアップする度に、痛くなったり、むかむかしてくるのです。「あ~この完璧主義、気分が悪くなる~」とか「その調和のために自分の言いたいことを言わないでいるという想い、胃が痛い~~」などとなってくるわけです。それで、セッションをやっているうちにどうにも胃がむかむかして気分が悪くがまんできなくなってきます。それで、クライアントさんの身体に「こんな状態で私はセッションができるの?』と何度も質問しました。私にとって、中途半端なヒーリングセッションをすることだけは避けたい(それこそが完璧主義なわけですが)そんなことをするぐらいなら、例え途中であってもやめて次回にしてもらおうと思っていました。でも、何度聞いても、クライアントさんの身体は「セッションを続ける」と出てきます。クライアントさんの身体からの声は私にとっては絶対なので私はそのままセッションを続けます。ある時は、あまりにも気分が悪くなってトイレにかけこんで、うえ~っと朝食べたものを全部吐いてしまいました。その後、胃酸が強烈に出てきて、胃痛を抑えながら何事もなかったかのようにセッションを続けました。今から思えば、スポコンじゃあるまいしヒーラーが吐きながら行うヒーリングセッションって一体どんなヒーリングよとつっこみたくなりますがその時の私は、クライアントさんのためならセッションをすぐにやめることができたのに自分のためにはどんなに苦しくてもやめることができなかったのですよね~。そして、このグラウンディングの弱さはおかしい何がまだ私に残っているのかしら?とその日の夜、再びセッションを行いました。最初は私の身体はかなり抵抗したので、わからなかったのですがその抵抗を外しながら行っていくうちに(自分で自分の抵抗を外していくのは、ノーマインド状態と集中力にかかっています)だんだん見えてきたことは人に幸せでいてほしいという強い願いとともにそのために、私はいつもベストを尽くして人に与えなければならないというマインドでした。そこに私がヒーリング中毒になってしまった最も大きな要因がありました。いくら私がセッションをやったとしても幸せでない人たちが減ることはありません。私は苦しんでいる人たちを一刻も早くそこから抜け出して、ハッピーにしたいという思いがあり問題が大きければ大きい人に出会う度にその人にセッションを続けてやりたくなるのでした。そしてそれはけして終わることのないのです。この要因は前世的なエネルギーもありましたが親との関係から生まれてきたものがまだ残っていました。子供の頃、優等生でいい子だった私はそういう自分がとても大嫌いでした。まるで自分がいい子を演じている偽善者のように感じていたからです。でも一方でいつも人に与えなければという意識を持っていました。なので、高校生ぐらいからそこから抜け出して人の期待に応えない自分、人のために何もしない自分でいようとしていました。当時は「のりこはほんと何にもできないね~」などとBFや友人から言われることが、とてもうれしかったことを覚えています。何もできない自分、何もしない自分でいても人から愛されている、受け入れられているのだということを感じることができたからです。当時はヒーリングなんて知らなかったわけですが無意識にインナーチャイルドを癒そうとしていたのだなあと。高校生、大学生時代は、人のためにがんばったりしない自分わがままで自由でいる自分のことがとても好きでした。そういう意味では、早い時代から「自己価値を受け入れる」つまり自分は存在だけで価値があるという感覚をある程度持てていたので、楽だったのかもしれません。そんな私がいつの間にか、人に与え続けなければ気がすまない自分になっていたのだなあと。ですから、昔から人の期待に応えようとしたり人から認められるためにがんばったりすることはなかったのですが人がハッピーでいなければ気がすまないもっと人に対して与えなければという意識は、まだ奥深くに残ったままだったのでした。先日、みかさんから「これからはヒーリングもやるけどヒーリング以外のことをやってゆくようになります」と言われた時に、そんなことがやれたら楽しそうと一瞬思ったもののその次に思ったことは私にはそんな才能も時間もないので無理、ということでした。もちろん時間は自分が作るものであることはわかっていたので正確に言えば、そんな自分の力が本当にあるかどうかわからないことに時間を割くより今、確実に人が幸せになれるとわかっているこの方法で充分、という思いです。いつのまにか、私は、新たな可能性を広げてゆくという自由さを失っていたのかもしれないなあと。「それは無理」と答えた私に対してみかさんは「それがあなたが唯一持っているマインドなのよ。でも、エジプトに行けば、そのマインドもなくなるから大丈夫」と自信を持って言われたのですが私はその時は自分の意識がこんな風に変わるとは思っていませんでした。そう考えると、エジプト直前にみかさんと再会したのもベストタイミングだったのでしょうね。すべてが抜けてからの私はセッションをやっても全く違った感覚でいることに気づきました。どんなにあらゆる問題を抱えている人が来られても一刻も早くそこから抜けさせてあげたいといてもたってもいられなくなる感覚を感じることはなくなりすべてに対して、より深いレベルでの信頼があるのを感じています。そして、ヒーリング以外のことにも意識を向ける用意ができました。このセッションが終わった途端、降りてきた私の直観は少し長い休みを取る、ということでした。といっても、8月末まではもうほとんど予約は埋まっているのでとりあえず、9月2週目から約2ヶ月間、休みを取ることにしました。以前、長期で休みを取ってみたいと、ふと思ったこともありますがとてもできないと思っていました。私自身もセッションが好きでやりたいということもあるしもうすでに半年間、予約が埋まっているのにこれ以上、セッションが必要な方たちを待たせることは耐えれない思いがあったからです。そして、私の「与えなければ」の意識はおさむとの関係において、男性性女性性のバランスを崩すものであることもさらにクリアにわかりました。男性性が与えるエネルギー女性は受け取るエネルギーです。私は常に外に向けて動いている、というのはどうしても私の男性性が強くなりおさむの与えるエネルギーが弱くなります。この男性性と女性性のバランスに関しても、エジプトでいろんなことに気づきました。エジプトでは男性性しかない、とドランヴァロが言われていましたが男性性の歪んだ部分だけが大きく感じられました。そのゆがみを感じることで、今回これから私はより女性性を受け入れる必要があることを感じました。前の日記でもお伝えしたようにクライアントさんの意識がどこまで拡大できるかはヒーラーの意識がどこまで拡大しているか、によります。ですから、私がより自由に生きることは私のクラアントさんたちがより自由になれることを意味するのだなあと。これまでの私も、このヒーリングの仕事が大好きで基本、好きなことだけやってきたし休みが少ないとは言え、旅もよくできているしおさむとの関係も含め、すべてが満たされていてもう充分すぎるほどの祝福を感じていました。だからこそ、これ以上はとても望む気にはならなかったしもうこれで充分です、と(潜在的に)抵抗していたにも関わらずまるで、天は私にさらに自由になって可能性を広げていけと無理矢理マインドをデトックスさせるのだなあと。エジプトの旅の後、身体的にも感情的にもエネルギー的にも大変だったおかげで、意識の変化につながりましたがもし何も起こらなかったら、私はきっと変わろうとしなかったでしょうから。ということで、やはり随分、長くなってしまいました。読んでくださった方、お疲れさまでした~~ありがとうございます。昨日、今日とNYはまたとても寒い日が続いています。今日、セッションが終わったらおさむがおでんを作ってくれていました。おでんなんて、たぶん10年ぶりに食べたのですがもうむちゃくちゃおいしくて、感動ものでした。寒い冬の夜のおでん、最高に幸せです(すべてが最高なのですけどね)どうか、すべての人に祝福がありますように(いえ、必ずあるのですが、それをそれぞれが感じられますように)
2014年02月28日
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さて、エジプト後の私のデトックスの話、抜けた今となっては、前の感覚が全く嘘みたいに感じます。それを今さらあれこれ書くというのは自分が何を捨てたかゴミ箱の中身を他の人に見せるようなものですが何人もの方に楽しみにしています、とありがたいお言葉を頂いたしもしかして、少し前の私と同じようなところにいる方もいらっしゃるかもなのでまたうだうだと綴って参りたいと思います。(ほんと、うだうだという感じなのですよね〜)エジプトから戻ってくる飛行機の中では胃腸がちょっと重たい感じがするぐらいで特にトイレにかけ読むようなこともなく平和にNYに戻ってきました。JFKに着いてから、タクシー乗り場の係の方が「どこに行きますか?』と私たちに声をかけてきたのですがおさむは振り払って無視してスタスタ歩いていったのには、笑いました。エジプトでは、あちこちで人が群がってきて、しつこい勧誘があったので無視して歩くしかなかったわけですが、NYに戻って直後はまだその感覚が残っていて、勧誘でもないのについ無視してしまったのです。(係の方は首をかしげていましたが)NY戻ってきてから、2、3日は、少し下痢は続いていたもののそれほど苦しい感じではなくレイキのクラスもいつのもようにこなし、キネシオロジーのセッションも普通通りにやっていました。3日目に、体調を整えておこうとセッションをやったらエジプト最後の日に食べた、えびに回虫がいてそれが当たったことが判明。おさむも同じように下痢が続いていたし感情的なものは、特にないと感じていたのでその時は、身体の機能的な調整だけ行いました。ところがその夜から、胃痛、吐き気、ひどい下痢になり、これはセッションをやったことで、身体が一気に毒を排出しようとしているのだなあと明日、セッションができないかも、と急遽次の日に予約が入っていた方を別の日に振り替えてもらいました。幸い、一晩寝たら、次の日には下痢や胃のむかつきはあるものの、少し落ち着いてきました。しかし、その日、急に気持ちが落ち込んで、もやもやした感覚になりました。私は普段、感情的に落ち込むようなことはほとんどないのですがなんと言うか、むなしい感じで、やる気が湧いてこないのです。なので、起き上がって、ただネットサーフィンをしていました。私はいつもおさむに「時間ができたら、ダラダラしてみた~い♪」などと言っていたのですがダラダラする時って、エネルギーがないのでダラダラが楽しいと感じないものなのですね。それで、普段はほとんど見ないサイトなどをあれこれ見たり何時間もネットサーフィンをやっているうちにたまたま(ではないのでしょうが)ある日本のドラマに行き当たりました。おさむとたまにアニメなどを見たりはしますが、一人で日本のドラマを見たりすることも普段はないのにこの時はなぜか何も考えず、それを見ていました。私が見たドラマは「Mother」という松雪泰子主演のドラマでドラマのストーリーとしては、親から虐待を受けている生徒を助けたい、その子の母になりたいとその子を誘拐し逃げる教師という物語でした。これを見て、初回からドーンと落ち込みました。子供の虐待はもちろん、生活のために苦しい思いをしながら子育てをするシングルマザーにも、またそれを守る社会でない日本の現状にもやるせなさや深い悲しみを感じて、さらに私の中のもやもや感はさらに大きく膨らんできました。もし私がこの松雪と同じ場面に出会っても、この子を助けることはできないのだろうという無力感も感じていました。後から思えば、この日の私は無意識に奥に眠っていた感情を感じきろうとしていたのだなあと。感情は充分に感じなければ、潜在意識に残ったままになります。以前、ご紹介した「マネーゲームから脱出する方法」にも書かれてありように新たな意識へ変換させるためには自分の中に持っている感情をとことん感じきるというのはヒーリングのプロセスの一つです。(キネシオロジーのセッションでは感情を感じることなく手放すこともけっこうありますが)もちろん、その時はヒーリングのために感情を感じようとは思っていなくて落ち込むのがわかっているのにも関わらずドラマの続きを見ないではいられないという感じでした。幸い、次の日は普通の休みの日だったのでそのままドラマを見続けました。そして、むなしさ、悲しみ、無力感、ギルティ感、絶望、憤りという感覚を次々に感じていました。そしてその感情に思いっきり浸っているとどうして今、こういう感覚や感情が湧いてきているのかが、だんだん見えてきました。それは今回、私がエジプトで感じたこととリンクしていました。それはエジプトの子供たちでした。エジプトでは、どこに行ってもしつこい物売りや勧誘がありましたがその中で子供たちからの勧誘もありました。これまでもペルーやメキシコなど、子供たちが物を売りに来る場面にはよく出会いましたが、たくましいなあ、という思いぐらいでそこにそれほど大きな悲しみなどは感じませんでした。でも、ここエジプトの子供たちは物を売るためなら人をだましても、嘘をついても人が嫌がっても構わないという大人の男たちのエネルギーそのまま持っていて、それがさらに満たされていない子供たちの内面を感じさせました。この子たちが、これから安心して満たされた生活を送ることができる日は来るのかしら?そんな思いがかけめぐりました。必死で食い下がってくる子供たちに対して何か買ってあげたいという気持ちはあっても彼らが売っているのは、私にとってはゴミにしかならないものばかり。こういう場面では、おさむはスタスタと歩いていくし私がお金をあげたりするのを、いい顔をしないのはわかっていたので私もその思いを抑えて無視して歩いたのですが何度も引き返して、あの子たちにお金を渡そうかという衝動にかられていました。そんなことをしたとしても、何も根本的な助けにはならないこともよくわかっていましたが何かいてもたってもいられない感覚になるのです。それで、ああ、まだそんな感情が私の中にあるのだということがわかったのですが、旅の間は、そのことはおさむにも言わないままでした。そして、それが旅から戻ってきて、エビに当たった身体のデトックスとともにその感情が出てきたのでした。その日の夜にキネシオロジーのセッションをおさむに手伝ってもらいながら行って出てきたのは、前世のエネルギーもありましたが最も大きかったのは集合無意識でした。私たちの社会では、社会の弱者、悲しい出来事、悲惨なことそういったニュースがあふれていますがそれはつまりは、人々の意識の中にそういう意識が多く共通してあるということなのです。私は普段、社会の悲惨な状況やニュースなどはなるべく見ないようにしていました。以前は、そういうものばかり見ていた時期があったのですがそういうのを見ても、けして楽しい気持ちにはならないですしそんなものを見て気持ちが落ち込みより自分が今、できることにフォーカスした方がいいと思っているからです。そういう情報にアクセスしなくなってから悲しみや社会の不幸さに意識がフォーカスすることもほとんどなくなりました。でも、このエジプトの子供たちを見た時にけして、私の中にあった悲しみがなくなっていたわけではなかったことがわかりました。そして私が落ち込んだのは、まるで、その子たちには未来はないかのようにつまり、その子たち自身に力がないかのように感じてしまったからでした。いつもの私はどんな人にも無限の力があることを知っています。セッションをやっていてわかるのはどんなに今、苦しい状況にいる人でもそしてどうしたらいいか全くわかっていなくてもその人の身体(本質)はすべてを知っていてどうやったらその状況から抜け出せるのか、何を変える必要があるのかを、毎回私にクリアに見せてくれるのです。どんな人にも、その人が全くわかっていない力が眠っていることを叡智があることを、無限の力があることをいつも感じるのです。でも、その子たちを見た時に、私は今が例え、この子たちがハッピーな状況ではなかったとしてもいずれ、それを越える時が来る、今はそのためのプロセスであるそんな風に感じることができませんでした。相手には力がない、ということは私自身にも力がないということを意味します。私たちの本質はすべて一つだからです。「苦しい人たちを見ても何もすることができない私」に陥ってしまったのです。私の感じた無力感はそこから来ていました。それと同時に出てきたのはこんなに不幸な子供たちがいるのに私はこんなに恵まれて幸せである、というギルティ感。よくクライアントさんへのセッションでも自分だけが幸せになることへのギルティ感など出てきますが実はそれは全くの幻想なのです。自分が見るように世界はできています。不幸な世界という見方をすれば、不幸な現実しか見えてきません。いや、そうはいっても、世の中には悲惨な事件がたくさんあり恵まれない子供たちがたくさんいる、と思われる方も多いですがすべては私たちの意識が先にあり、そしてその現実ができてきます。お金がないという現実があるから、豊かさを信頼できなくなるのではなく、豊かさを信頼していないから、お金がないという現実ができます。それと同じように、世界には恵まれない子供たちや不幸な人たちが多い、この社会は悲惨であるという意識を持った人が多いからそういう現実が生まれてくるのですね。そんなことはとっくの昔によくわかっていたことなのになぜか、このデトックスが始まってからの2日間の私はいつもの自分ではなくやるせなさや無力感に支配されていました。そこからすぐに抜けることもわかってはいたのですが胸に湧いてくる感情は止められないのですね。そして、その集合無意識や前世とのつながりを切りそういう感情のすべてをクレンジングしました。その後、すぐに私のもやもや感は嘘のようになくなっていつもの私の意識に戻りました。過ぎてしまえば、一体、あれは何だったんだろう?と夢の中にいたかのような感じでした。それですべてのデトックスは終わった、と思っていました。(でも終わっていなかたのだ〜〜)と、文字制限になったので、分けてアップします~~
2014年02月27日
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さて、エジプト、旅の前も旅行中も旅の後も、いろいろありましたがやっぱり旅っておもしろいですよね。旅をして見ているのは、外の世界だけではなくて、内の世界なんですよね。つまり、自分自身をさらに深く見るために世界を見るという。だから、例え、同じところに行って同じ景色を見たとしても実際に見ているものは人それぞれ全く違うものなのだなあと。Aさんにとってのエジプトの印象と、Bさん、Cさんにとってのエジプトの印象は全く違うかもしれなくて、そのどれもが間違っていないしその人にとって必要なことしか起こらないので、すべてベストなわけです。だから、もちろん、エジプトやパワースポットに行くと誰もが変容や浄化が起こるというわけではないですしその人にとって変容が必要な時に起こるというだけのこと。そういう意味で、エジプトが私にとってかなりの変容をもたらしたとも言えるけどもう変容する時期に来ていたから、必然的に起こったと言えるわけです。それがエジプトという強力なパワーの土地によって、加速的に起こったことは間違いなさそうですがこの時期にエジプトに行くと決めたのも、私の中の感覚というのか内なる導きだったわけですから。いや〜それにしても今回は参りました。デトックス、苦しかった〜〜今回、身体的、エネルギー的、感情的、精神的あらゆる面での浄化がありました。え〜ここで、ちょっと誤解されている方もいらっしゃったので説明なのですが、そもそもデトックスってどういうこと?ということですがデトックス、浄化というのはその人の存在のあらゆる次元において「今は」もう不要なものを手放すプロセスのことです。(あらゆる次元というのは、身体的なことや感情面や考え方などの精神面やエネルギー的なものなど)ですから、必ずしもデトックスはすべてにおいて有害なものということではなく、例え、今の自分、これからの自分にとっては必要ないものであっても過去の自分には必要だったこともあるわけです。いい例えではないかもしれませんが、例えば、子供の乳歯。乳歯はある時期までは必要なものですが永久歯が生えてくるためには、完全に抜けることが必要となります。もしいつまでも乳歯が抜けなければ永久歯は曲がって生えてきてしまったり歯並びに問題が生じたりといろんな問題が起こります。例え、これまで乳歯よくやっていたのに〜と思っても手放さざるを得ないわけです。デトックスも同じようなものかなあと。自分自身を守るため、上手く機能させるために、過去のある時期、必要だった信念や考え方や物の見方やエネルギーなどがあってもある時期になるとそれは終わり、魂レベルでは次のステップに進もうとしているのにも関わらず以前の意識を持ち続けてしまえば、それはその人の道(可能性)を防いだり、何らかのひずみをもたらすことになります。ですから、ヒーリングは必ずしも、自分が(頭で)問題としているものをデトックスする(手放す)ということにはならないのです。まさに今回の私のデトックスは、そういったことであってこれまで私がそれを持っていたからこそここまで来ることができたというか、幸せでいたわけなのでもしかすると、他の人でこれからそれが必要な人もいるかもしれませんが今の私、これからの私は、もうこれを越える時期に来ているということです。今回、エジプトの旅を終えて私が手放したものの一つにヒーリング中毒というかキネシオロジーの仕事をやりすぎてしまうといういわゆる仕事中毒みたいなことがありました。なぜ私がヒーリング中毒になったかと言うと一つはヒーリングセッションを行うことが単純に楽しいから、そして、もう一つは、それを多くの人が必要としているからです。自分のやりたいこと、好きなことを多くの人たちから求められていることは、とても幸せなことです。そして、そうやって、ここ数年、ひたすらセッションを重ね(おさむの言うところの)ばく進してきたおかげで私はここまで来れたわけですし、それはまさに天の祝福でした。でも、それによって失われているものもあって一つはヒーリング以外のことにかける時間やエネルギー。(これは女性性も含め、様々なことがあるのですが)そして、自由さ、でした。それが今からの自分にはもっと必要になっている、ということなのです。手放すことにもいろいろあって自分の嫌いな部分や問題としているものを手放すのは実はそれほど大変ではないのですが自分の好きな部分やそれほど問題としていないもの手放すのは負荷がより大きくかかります。誰でも、永久歯が歪んで生えてくれば(問題があれば)乳歯は抜かなきゃいけないことはわかりますから問題を解決する方向(手放すこと)に向かいます。ですから、問題が大きければ大きいほど、その反対に向かう力は大きくなるので問題を抱えた人ほど、意識の変容を起こす力が大きく働きます。反対に、あまり表に問題として出ていなければ変容しようとする力は弱くなるので例え、魂レベルでは、もう変化が必要な時期に入っていても自分自身ではなかなか手放そうとしないわけです。だから私がいくら自己ヒーリングしてもヒーリング中毒が変わることはないわけですね。(というより、むしろ、エジプト前まではよりヒーリング中毒になっていたかも)自己ヒーリングには限界があるというのは、そういうことで自己ヒーリングというのは、あくまでもメインテナンスレベルでしかありません。他の人なら見つけられることを、自分自身では見ようとしないからです。そんなことはこれまでも充分にわかっていましたが正直、私の周りに私のすべてを任せられるヒーラーやセラピストを見つけることがだんだん難しくなっていることもあります。もちろん、どんな人でもその人なりのヒーリングを起こすことはできますがクラアイントさんは、そのヒーラーの意識以上のところまでは手放せないのでもし私の本質的な問題を手放そうと思ったら私の意識以上(本当の意味で言えば、以上も以下もないのだけど)の人に見てもらう必要があります。えらそうな言い方に聞こえるかもしれないのだけど下手に人からセッションを受ければ、私の問題よりそのヒーラーの問題の方が浮上してくるのです。誤解のないように付け加えると、ここで言う意識というのはヒーリングのテクニックとか、人生経験とか、覚醒体験とかそんなこととは全く関係ありません。少なくとも幼い子供の多くは、私より意識は上だと言えるかもしれません。つまり、より魂レベルに近いところにいる人ということです。(ですから、子供と真摯に向き合ってゆく子育てはそれだけで親に意識の変容をもたらすものとなります。子供が抱えている問題のほとんどは親の内在している問題を別の形で見せてくれているのです)だからこそ、私やおさむの場合こういうパワースポットに行くことで内在していたものが、より表に出てくるのだろうなあと。私(のマインド)としては、今がとても幸せで満足なので何かを手放したいとか、変化したいとは全く思っていないのですがこういう土地や場所のエネルギーが魂レベルで不要となっているものを手放すためのエネルギーとなり表に問題が出てきて、無理矢理でもそれを見させられるし手放さざるを得なくなるわけですね。おさむがキネシオロジーをするようになってからこれからはおさむが私のセッションができると思っていたのですがおさむの場合は、他の人の問題は見れても私との関係においては、まだ見れない部分があるということが今回よくわかりました。NYに戻ってから、おさむにヒーリングを行ってもらったのですが私の身体のブロックが入って、筋反射が取れなかったのです。筋反射が取れないのは、100%セラピスト側の問題です。いくらクラアントさんの身体が抵抗したとしてもセラピストの意識がクライアントさんより拡大されていれば何が要因で抵抗しているかに気づき、それを解除することができるからです。おさむがそれを解けなかったのは、今回の私の問題(私が手放したくないもの)がおさむにとっても見たくないもの(私に手放してほしくないこと)であるということ。私がヒーリング中毒になってしまっている要因の一つ(例えば、与えることが好き、与えなければ気がすまないことなど)がおさむにとっては、与えてもらえる、プラスになると感じていたことだったのでおさむが見ないように、私の身体はブロックを起こすわけです。おさむに全く関係のない部分の調整ではおさむは私に対しても、問題なく筋反射が取れます。ですから、今回、私の問題が浮上してきたことでおさむが内在していた問題も一緒に浮上してくることになりました。いつもなら、逆のパターンが多いのですが、今回は私の問題が先にやってきたようです。さて、今回のエジプトでの旅が、どうしてデトックスにつながったかというのはいろいろあるので、何からどう説明したらいいのか、よくわからないのですが。私自身も最初はエジプト最後の日に食べたエビに当たって下痢になっただけだと思っていたので、こんな風になるとはわかっていませんでした。でも、もしエビに当たっただけだったらたぶん1、2回キネシのセッションをやれば、すぐに下痢も収まっていたでしょうが私の下痢は、1週間以上続き、日を経つごとに、よりひどくなってゆきました。下痢というのは、身体の中で不要なものを出す働きですが精神面、感情面、エネルギー面で何か受け入れられないこと(消化できないこと)があると起こります。私も、ああ、これはエビだけではないのだな、と気づかざるを得なくなりその受け入れられないものと正面から向き合うしかなくなったわけです。そして、その意識を手放した途端、私のひどかった下痢もピタリと終わりました。手放すこと、デトックスのプロセス自体はけして楽ではないですがそれを終えてしまえば、一気に世界は開けてきます。こんなに楽にハッピーになれるのだったらもっと早く手放しておけばよかった〜と多くの人が言われますが、まさに今、私もそんな感じです。(いえ、もともと楽でハッピーだったのですがさらにそうなった感があります)もちろん、手放す時期もその方法もすべては完璧であって、そこに何一つ不必要なものはありません。今、この時期にエジプトに行くように私の身体が伝えてきたのは観光客がいない時期であるというだけのことではないのだなあと。ということで、どなたの参考にもならないかもですが私が今回のエジプトで感じたこと、そしてデトックスのことまたこれから書こうと思っていますのでよかったらまたおつきあいくださいませ〜
2014年02月24日
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この日、ルクソールから飛行機でカイロ空港に到着した私たちを迎えに来てくれたのは、メンフィスのTarekでした。カイロまでの飛行機の中で「どうしてタレックはここエジプトであんなにピュアなエナジーを持ち続けていることができるのかな?」とおさむと話していたのですが、やっぱりこのエジプトで出会った人の中では、彼といる時が一番ほっとしました。カイロ空港からの車の中で、おさむの質問に答えてタレックは、いろんなことを話してくれました。彼はガイドではなく、メンフィスのカイロ支社のマネージャーのような仕事なのだそう。そして、年は23歳と聞いてびっくり。どう見ても30代後半、40代と言っても納得するぐらい落ち着いています。4カ国語が堪能で、アラビア語、英語はもちろん、イタリア語もほぼ完璧に話すのだそう。いわゆるエリートなのですね。「イタリアに行ったことがある?」というおさむの質問に「いや、まだ行ったことはないよ。でもいつか行くのが夢なんだ」「僕たちにとって、海外に行くというのは、とても大変なことなんだ。ここカイロの一般的な家庭の平均月収はだいたい120ドルだよ。つまり海外で200ドルのホテル代は、僕たちにとっては何千ドルに等しい。しかも、海外に出るためのビザが必要を取るのが大変なんだ。僕たちエジプト人は、渡航先に住んでいる人からの推薦状がなければビザが取れないんだよ」「僕はまだここに入社して1年ぐらいだけど この仕事が楽しくてたまらないんだよ。 ここにいながら、世界の人たちと出会えるのだから」そう笑うタレックに渇望のエナジーはなく今を楽しみながら、やりたいことや夢を持っている普通の若者です。モスリムでは、男性より必ず女性の方が年が若いのが普通なのだそうでタレックは23歳なので、19歳ぐらいの人を探すのだそう。ここカイロでは、結婚はとてもお金がかかるんだよ、とタレック。「日本人のお客さんは、僕にとって君たちが初めてだったのだけどまさに昨日、日本から来た二人の日本人の案内をしたよ。彼らは全く英語を話さなかったから、僕は全部ジェスチャーと紙に絵を書いて説明したんだ。彼らは時々、僕に日本語で話しかけるので僕は何と答えていいか困ってしまったよ。きっと日本人は日本語にプライドを持っているので、英語を話さないのだろうね」と言うタレックに「違う違う、日本人が英語を話さないのは、日本語にプライドを持っているからではなくて単に英語を上手く話せなかったり、間違えたりするのが恐かったりするからだよ」と答える私たち。そして、タレックは、これから英語を話せない日本人が来た時のために簡単な日本語を教えてくれ、と言います。私たちがいくつかの日本語を教えると、それを一つ一つ紙に書いて何度も何度も発音を繰り返すタレック。「ダイジョウブ、シンパイナイ?」彼はほんとうにこの仕事が好きなんだなあと。さて、この日は空港からホテルに直行ではなくカイロ考古学博物館に寄ってもらうことになっていました。考古学博物館近くの交通渋滞は半端じゃない。運転手は近くで私たちとタレックを降ろし私たちはタレックに連れられて、考古学博物館のあるタハリール広場を歩いてゆきます。ここはたくさんの戦車が止まっていて軍人たちは銃を持って戦車内に待機していてかなり物々しい雰囲気でした、今回の旅では、どこでも治安の悪さや危険などを感じたことはありませんでしたがさすがにここはやっぱり厳戒態勢のよう。カイロ考古学博物館には、私たちはガイドなしで入りたかったのでタレックには、後で電話して迎えに来てもらうことに。私たちはタレックと別れて、彼が用意してくれていた入場券を持って博物館に入ろうとします。でも、セキュリティが厳重で、係の人はこの切符ではガイドがいないと入れない、と言って通させてくれません。それで、再び、電話でタレックに入り口まで来てもらい、事情を説明してもらって、やっと通してくれました。カイド考古学博物館は、20万点以上の収蔵品があるとのこと。ここの中にあるものは、何千年の歴史のある、すごい価値のあるものばかりなのにまるで倉庫のように陳列されていて実際、工事の途中の材木などがあちこちに置かれたままになっていました。エジプトの神々や王の巨大な像黄金のファラオの仮面様々な神々が描かれたミイラを入れる王棺美しい石や金を使ったジュエリーや装飾品デザイン力に優れた芸術性の高い家具や調度品当時の人たちが作った精巧な模型。 そういったあらゆる収蔵品が大小、所狭しと置かれてありました。フラワーオブライフで紹介されていたピラミッドの冠石とイクナートンの巨像もありました。ドランヴァロ曰く、イクナートンは最初のファラオ(王とファラオは違うとのこと)であり人間ではなく宇宙人だったそうです。巨大に後方に伸びた頭の形や妊娠中の女性のような膨らんだお腹などを見ると、人間ではないというのも納得。でも博物館内の注意書きには「なぜイクナートンがこのような変わった姿形で自分を描かせたのかは謎です。たぶん(女性のような膨らんだお腹に見せることで)男性女性の両方に受け入れてもらおうと意図したのでしょう」というようなことが書かれてありました。博物館というのは、様々なエネルギーが混沌としていることが多いのですがここカイロの考古学博物館でもしばらく歩いているとそういったエネルギーの影響を受けて、ふらふらになってきます。飛行機から降りたばかりでグラウンディングが弱かったこともあり私たちにとっては、2時間が限度だったのでタレックに電話して迎えに来てもらいました。ここでの写真撮影はすべて禁止されていて、カメラの持ち込みもだめなので写真は取れませんでしたが最後に博物館に来ることができてよかったです。それから、車でこの日のホテル、メナハウスオベロイへ。このホテルは、タレック曰く、エジプトで由緒のある最も素晴らしいホテルだそうで期待が持てます。ホテルに到着すると、ロビーでウエルカムドリンクを頂いた後とても品のあるマネジャーのような紳士が部屋まで案内してくれます。そしてやはり、通されたお部屋はこれまでのホテルの中では、ダントツに素晴らしい。部屋から真っ正面に大ピラミッド(クフ王のピラミッド)そしてもう一つのピラミッド(カフカ王のピラミッド)バルコニーがついていて、部屋も感じがよくて広々。それからお腹が空いたので、ホテルのレストランへ。このメナハウスはインド料理レストランがとても有名なのですが夜7時からしか空いていないということでその時間空いていたエジプト料理のレストランへ。ここもクラシックでいい雰囲気です。たまには料理の写真も。これは前菜。これらはトルコ料理に近い感じ。そしてこの後にエビのカレーを頼んでそれもおいしかったのですが、実はそのエビのおかげで私たちは再び、苦しむことになるのでした(ほんと油断は禁物です)食事の後、ロビーを通るとホテルの人が、プレジデンシャルスィートを見学しませんか?と言ってきます。メナハウスは、チャーチルやルーズベルト大統領や有名な人たちが泊まったことのある由緒あるホテル。そういう方たちが泊まったプレジデンシャルスィートを見学させてくれるということ。たぶん、暇なのでチップ稼ぎということもあるのでしょうが特に予定のなかった私たちは、案内してもらうことに。案内役として呼ばれたのは、とても品のある感じのよい老紳士でした。これはチャーチルが泊まった部屋。このベッドで寝たらすごそう?そのバルコニーから見えるピラミッド。これはモンゴメリー将軍の泊まったスィート。(モンゴメリー将軍って誰だっけ?という感じだったのですが)案内してくれた方にチップは10ドルぐらい支払ったのですがたぶん、これはとても多いのでしょう。帰り際に何度もお礼を言われました。こうして最後のエジプトでの夜は、メナハウスホテルでのんびりと過ごしました。これは、私たちの部屋のバルコニーから見たピラミッド。今回のエジプト、特に心配してはいなかったものの行く前は、治安など実際はどうなのかしら~と思っていましたが行ってみると、カイロ以外は、どちらかと言えば平和な雰囲気で危険を感じることもなく(しつこい勧誘とかはどこでもありましたが、それはたぶんいつもだろうし)ピラミッドも神殿もどこも観光客が少なく、じっくりと見たり感じたりすることができて私たちにとっては、この時期にエジプトに行ったことは大正解でした。先日、エジプトから戻ってきた後に聞いた話なのですがイスラム過激派が、エジプト内にいる観光客に対して今月20日以降に滞在を続ければ攻撃する、という警告をしたというニュースがあったそうで、これもタイミングなのかほんとうに無事に楽しんで旅ができたこと感謝だなあと。(少なくとも、もし旅の前にこのニュースを聞いたら心配になっていたかもしれないしね)さて、次の日、私たちはNYに戻るのですが実は、私にとっての本格的なデトックスはNYに戻ってからがスタートだったのでした。(デトックスのためにエジプト行ったわけじゃあないのだけどね〜)でもそのおかげで、大きな意識の変容につながったようです。まだ抜けたばかりなので、はっきりとは言えないのですが半ば強制的に、変化させられたという感じです。言葉ってとても難しくて、一つの言い方をするとその側面だけが受け取られてしまうので、私の本当に感じている感覚は上手く伝わらないというもどかしさがあり今回のエジプトで感じたことも、ブログにはほんの一部しか書けていないのですがそのことも含め、またエジプト後記で書いてみたいと思います〜。読んでくださってありがとう
2014年02月12日
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この日は、アドビス神殿とハトホル神殿のプライベートツアーを申し込んでいて朝7時にホテルにピックアップに来てくれることになっていました。朝6時少し前に目覚まし時計で目が覚めさめたものの私の気分は最悪。胃はむかむかするし、立って歩くのもふらふらでもう何を見るより、このままベッドで寝たい~、という感じでした。おさむは、まだお腹は下しているものの大丈夫行けそうということでしたが私は、これからアドビスまで片道3時間の車の移動を考えるととても無理そう。なので、楽しみにしていたハトホル神殿に行けないのは残念だけどキャンセルしようということに。朝6時すぎにメンフィスからのモーニングコールがあると聞いていたので、その時にキャンセルの旨を伝えようと思ったのですがモーニングコールをかけてきたのは、メンフィスではなくホテル側だったので、とにかく7時まで待つことに。でも、その瞬間、何とかキネシオロジーのセッションで持ちこたえて行けないかしら?と急に思い立ちました。身体の調整の場合、例えば胃なら、胃の粘膜、胃酸、ペプシンなどの様々な情報をピックアップして調整するのでおさむの筋反射のやり方だと少なくとも1時間半以上の時間がかかってしまいます。それで、私がおさむの身体を使って私自身の調整をほとんど倒れそうな状態で、急ピッチでセッションを行いました。いつもなら、こんな体調ではもうだめ~となったでしょうがやはりハトホルだったからか、あんなに苦しかったのに、よくセッションをやったなあと。そのせいあって、セッションをスタートして20分ぐらいで、私のお腹は動きだし便通があって、35分のセッションが終了した頃には胃のむかつきもかなりすっきりしていて、何とか行けそうになっていました。急いで支度をし、何とか7時に間に合って、ロビーに降りてゆきました。あそこでセッションをしていなかったら、きっと行くことは無理だったので本当にぎりぎりセーフ。この日のガイドは、アブデュー。アブシンベルに案内してくれたアブデューとは別の人です。アブシンベルのアブデューは、人がよくてやさしいおじさんという感じでまたクルーズでのガイドのアハメッドは、今時のエジプトの若者、という感じ。仕事と割り切っていて(人との間に壁は作る感じだけど)話も端的でわかりやすいし遺跡のガイドをするのも最初の15分だけ一緒に回って説明をして、あとはすべて自由行動、みたいな感じだったので私たちにとっては、よかったです。そして、このアブデューは、なんと言うか私たちは「渇望エナジー」と呼んでいるのですが「満たされない、不充分、不満」という多くのエジプト人が持っているエネルギーを、すぐに感じました。もちろん、渇望はエジプト人に限らず多くの人が多かれ少なかれ持っていますがこのエネルギーが大きい人の近くにいるのは疲れるもの。普段は、それほど気にならなくても身体が弱っている時には、ちょっと厳しい〜。運転手とアブデューと私たち二人で車に乗り込んですぐにアブデューは、ぐったりしている私たちにはおかまいなくすぐにエジプトの歴史について説明を矢継ぎ早に始めました。何とか出発したものの、私はほとんどミイラと化していたしおさむも一晩中下痢が続いて、げっそりという感じでしたがアブデューはおかないなく、エジプト何千年の歴史をかなりハイテンションで語ります。あ〜「空気を読んで〜」なんて期待してはいけないんだよなあ。たぶん、いつもなら率直に「ごめんなさい、少し休ませて」と言う私もそれを言う気力さえなく、ボーと聞いていました。とうとうおさむが「アブデュー、大変申し訳ないんだけど、俺たちちょっと胃腸を壊して具合が悪いので、到着するまで少し休ませてくれる?』と言うと、ちょっと不満そうでしたが、話をやめてくれました。アドビス神殿へは3時間ということでしたが、運転手が近道をしたそうで2時間ちょっとで到着しました。私は少し胃が重い感じはあったものの歩き回るのは大丈夫でした。昨日、ルクソールやカルナック神殿では、けっこう人がいましたがさすがにここまで来る人は少ないらしくほとんど人影は見えません。 ここはレリーフが保存状態もよく残っていました。世界に文字を導入したと言われるトート神。私たちがアドビスに来た目的は、フラワーオブライフのシンボル。ドランヴァロの本に、ここのオシリス神殿にフラワーオブライフが刻まれたいることが書かれてありました。アブデューに聞いても、当然この幾何学模様のことは知らなかったのでとりあえず、オシリスの神殿に連れて行ってもらまいます。これがオシリス神殿。階段を降りて、すぐ右の上の方にフラワーオブライフがあるのをおさむが見つけました。階段は人が降りれないように、鎖がしてあったのですがここに働いている人に10ポンド手渡すと数分だけ下に降りることを許可してくれます。こちらがフラワーオブライフの一つ。この近くに二つ並んでありましたが、とても薄く彫られてありました。これがドランヴァロが発見する前に刻まれていることは確かであっても古代エジプトとか太古のものとは限らないわけですよね。なんと言うか刻まれている場所が、唐突というか脈絡がない感じです。アドビスは、もう一つ、飛行機や戦車が壁画に描かれているところとして有名で、古代エジプト人が未来を予測できた証拠だと言われています。アハメッドにも「アドビスに行くなら、ガイドにあのレリーフを見せてもらうのを忘れないように」と言われたのにも関わらずこの日の私たちは、ボーっとしていて、すっかりアブデューに尋ねるのを忘れてしまっていました。アブデューは、そのレリーフには全く興味がないらしく私たちがアドビスを出た後で、それを聞くとああ、あのレリーフね、という感じでした。ということで、フラワーオブライフを見た後は、ハトホルに出発です。アドビスの村の子供たちが、車の中の私たちに手を降ってくれて心がぽっと暖かくなりました。やっぱり子供は世界どこに行っても、天使なんだなあ。これは、車に乗る前に手を降ってくれた子。エジプトの典型的な屋根のない家。ハトホル神殿は、アドビスから1時間半ぐらいの場所にあります。ハトホル神殿は、荘厳で美しい神殿でした。残念なことに、柱の上に描かれたハトホルの顔はことごとくローマ人によって、破壊されていましたが高い壁一面にびっしりと描かれたレリーフ、太く高い柱の上のハトホル神ところどころブルーが残っていて、その美しさをとどめていました。天井に描かれたレリーフ。ホルスの眼。これも左眼です。やはりハトホル神のエネルギーは何とも言えない暖かさとやさしさに包まれています。微笑んでいるハトホル神。そして、ここに来て、このエジプトの旅がすべてここで終わったように感じました。もうここエジプトで思い残すことは何もないなあと。この日の朝は、もう無理だと思ったものの結局、ハトホル神殿にも無事来ることができて、本当によかったです。その日、ルクソールのホテルで、セッションをしたら胃も十二指腸も小腸も大腸もすべて反応していてミネラルウォーターでここまで胃腸がやられるのだなあと驚きましたがそれらを調整したら、私はほぼ胃腸も回復し、元気になっていました。(実は、その後、再びエジプトの洗礼を受けることになってそれは帰国後も続くのだけど、その話は長くなるのでまた)次の日は旅の最終日、私たちは再びカイロに向かいます~。
2014年02月11日
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この日は、朝から船をチェックアウトなので荷物をまとめて、船を出て、メンフィスの車に積み込みます。3泊4日のナイル川クルーズ、船内も快適で食事もおいしかったし何よりもナイル川の豊かさを感じることができて本当によかったです。そして、この日はルクソールの東岸カルナック神殿とルクソール神殿を見学です。カルナック神殿は、もう信じられないほど大きな神殿でした。巨大な柱、巨大な門、巨大な像が立ち並びます。この建物がすべて残っていた時代は、一体どんなにすごいものだったか。想像するだけで、めまいがしそうです。一部に色が残っていました。この建物全部が、カラフルに彩られていたわけですからさぞ美しかったことでしょうね。このオシリスのレリーフは、カルナック神殿のあらゆる柱にありまたルクソール神殿にもたくさんありました。トート神。カルナック神殿の後は、ルクソール神殿。これもまた大きな神殿でした。ピラミッドもすごいですが、この神業としか思えない巨大な神殿も圧倒的なパワーを感じます。こんなものを作った人たち(存在たち)が一体どんな意識でいたのかしら。一方で、ラムセス2世が近隣諸国の人民を足で踏みつけて立っている像、などを見ているとどうして、こんな風に権力を見せつける必要があったのかしら?と。もしドランヴァロの言うように、彼らが第5意識だったらそんなことする必要あるかしら?と素朴な疑問が湧いてきます。このあたり、ドランヴァロに聞いてみたいです。(注、第1意識、第3意識、第5意識はワンネスの意識。第2意識、第4意識は分離の意識だそうで現代の私たちは今、第2意識で第3意識に移行する前とのこと)「王家の紋章」みたいにタイムトリップして本当のところを見てみたい〜〜。現在、ルクソール神殿とカルナック神殿をつなぐ3kmの道がスフィンクス参道として建設中とのことでした。さてこの日はルクソールのホテルにチェックイン。私たちが泊まったSonesta St George Luxor Hotelはたまたまクルーズ船と同じ系列のホテルでした。このホテルは、Booking comでは、評価が9だったのだけど内装もサービスもまあまあという感じ。部屋からもナイル川が見えましたがやはりナイル川は船の上から見た方がずっといいです。この日、おさむは朝からお腹を下していました。どうやら、免疫力が弱っているところに、前日の夜に食べた食事が当たったよう。前日の船のディナーはフルコースで、選択だったのでおさむは、前菜に油ものを避けて、サラダを選んだのが逆にまずかったようです。私は揚げ物を選んだので、問題ありませんでした。ホテルにチェックインした後、おさむは、食事を食べれなかったのでスープだけ頼んで、私はリゾットを食べました。と、私も夜になって、急に気分が悪くなり胸がむかむかしてきて、お腹が痛くなってきます。おさむが「またのりこは、俺のエネルギー、受けているんじゃない?」と言うので、え?まさか?と見てみるとやっぱりおさむのエネルギーを受けていました。ふ〜。おさむが具合が悪くなって、その後、私も同じ症状になるというパターンは、何年も前からあったのですがこれもとっくに手放したつもりだったのだけど。それで、おさむのエネルギーを受けてしまった要因となった私の感情をスキャンリストで調べて見ると「同情」は〜。確かに、おさむはご飯も食べれないでかわいそうに、とは一瞬思ったもののだからといって、おさむと一緒の症状になりたいなんて思っていないのに〜そして、さらに私の身体が反応した感情は「(一緒にご飯が食べれなくて)さみしい』アホちゃう?私と自分でつっこみを入れながら、とりあえず、おさむのエネルギーを切ります。一瞬感じた感情というのは、つい見逃してしまうのですよね〜。さみしいって言っても、実際はたいしてさみしいと感じたわけではないのですがほんのちょっと感じた感情や感覚であってもそれがエネルギーを受ける要因になってしまうのです。エネルギーを切って少し楽になったものの、胃腸はまだ問題があると反応します。私も旅行に出てから、便秘ぎみだったので飛行機の影響かしら?と見ていくと身体はミネラルの調整をしなさい、と伝えてきます。え?と思ってみてみると体内のカルシウムや鉄分、その他のミネラルが過剰の状態になっていると出てきました。は!と思って、部屋にあるミネラルウォーターを調べてみてわかったのは私が胃腸を壊した要因は、この日飲んだミネラルウォーターでした。エジプトはミネラルウォーターでも硬水(ミネラル分が多い)なのでミネラルウォーターでお腹を下すというのは話に聞いて知っていました。私たちはエジプトに着いてからずっとミネラル”ウォーターは「Nestle」ともう一つオーガニックと書かれたブランドの二つを飲んでいてぞれらは問題がありませんでした。クルーズ内で支給されたのも「Nestle」そして、この日、クルーズ船を出て、アヘメッドが店で私たちに買ってくれた水が「Dasani」調べてみると、「Dasani」は私の身体にとっては、マイナス40%以下の適合率。ということは、飲めば確実に身体に負担になる、ということです。飲む前に調べてみればよかったのですが、普段、胃腸は強いので生野菜さえ避けていれば大丈夫だろう、とすっかり油断していました(すべてにおいて油断していたのだけどね)ほとんどの場合、身体の不調は外的な要因と内的な要因がいくつか関わっています。例え、風邪であっても、ただ身体が冷えただけでは症状として出て来ないのですが必ず、そこに何らかの感情的、精神的なストレスが加わると身体は熱や咳などという症状を出してきます。今回の私の場合おさむからのエネルギー(私の同情という感情)プラス、私の身体に合わないミネラルウォーターそしてそれ以前にあった飛行機の電磁波や疲れなどが加わって、胃腸の乱れにつながったということ。ということで、要因はわかったもののこの日、とりあえず身体内のミネラル分の調整を行った後猛烈に眠くなり、胃腸の調整までできずにそのまま眠ってしまいました。PS先日、NYに戻ってきて、これは、凍り付くNYからアップしています。あ〜それでもやっぱり家はいいね〜〜♪
2014年02月10日
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前日の夜中から、船は走り続けていました。朝のナイル川。静けさの中に母なる大河の深いエネルギーを感じハートが満たされてゆきます。そしてルクソールに到着です。連日、食べ過ぎていたので、今朝は二人とも朝食をスキップ。船を降りて、アハメッドとドライバーとメンフィスの車に乗り今日はルクソールの西岸の観光に出かけます。10人乗りのバンでしたが、私たち二人だけです。アハメッド曰く、ルクソールの住民の92%が観光で生計を立てているとのことでここも観光客が激減してからみんなSuffering しているとのこと。車の中から畑が見えたのですが、ここの農家の人でさえここで取れた作物をホテルなどに卸しているため大きな打撃を受けているそう。90%以上の人々が観光に頼っている地域や国というのは観光客が来なければ当然、成り立たなくなるわけですからそれがここの大きな問題の一つなのだなあと。車で20分ほどで王家の谷に到着です。王家の谷では写真撮影一切禁止なので車の中にカメラを置いてゆきます。これまで他はどこもツーリストはまばらでしたがここは初めて、観光客がけっこういて(と言っても、以前よりはかなり少ないそうですが)大型バスで団体客も来ていました。ここは、有名なツタンカーメン王を始めたくさんの王の墓があるところです。ガイドは中に入れないとのことで私たちは、アハメッドと一旦別れて、3つの王の墓を見ました。ここはピラミッドとは違って、明らかに墓なのですね。墓の中には、たくさんの壁画がきれいに残っていてかなり色が残っているものもありました。ツタンカーメンの墓は別料金だったこともありどちらにしても私たちは特に墓に入りたいとは思っていなかったのでツタンカーメンには入らずパスしました。王家の谷の後は、ハトシェプストの葬祭殿。ハトシェプストは、古代エジプトで唯一、女性でありながらクイーンではなくキングとして統治した人だそう。ハトシェプストの像。男だけがつけるひげと冠をかぶっています。ここにあるハトホルの神殿。ハトホルは牛として描かれます。これは死者をあの世に導くというアヌビス神。空には星。所どころ、クリアに色が’残っていました。それからメムノンの巨像へ。高さ18メートル。アハメッドからメムノンの名前の由来を聞いたけど、忘れてしまいました。(あまり興味がなかったということもあり)そして、この日の最後に訪れたのはアラバスター(白い鉱物)職人の工房でした。このあたりで取れた石を、どうやって壷や彫刻などの作品にしていくか簡単な実演がありました。本物の石と偽物の石の見分け方手作りの作品とマシーンで作られた作品との違いの見分け方などを見せてくれます。なるほど~。中は、様々な種類の彫刻や置物が置かれてある店でした。すべて手作りで本物の石だそうですが、数ドルぐらいのものもあればいくらなのか検討がつかないものもあって、ピンキリです。最初、実演を見ていた時には、アラバスターには興味がなかったので何も買うつもりはなかったのですがアラバスター以外にもいろいろあり私たちの目に止まったのは、古い感じの20cmぐらいのトート神と15cmほどのハトホル神の石像でした。話を聞けば、これらは彼らの祖父の世代が作ったもので約70年ぐらい前のものだそう。店の主人は、私たちがいくつかの候補を選び終わるまで値段を言いません。私たちがいくら払えるのか?を見極めようとしているのでしょう。なので、他にいくつか安そうなものも候補として選んでみました。そして彼が提示した価格はエジプトの物価からするととても高いのですが私たちが予想していたよりは安かったのでそれから交渉して、結局、おさむはトート神とホルス神の石像を私はハトホル神とラピスラズリで色づけされたホルスの左眼を購入しました。(ふふ、またもや、まんまとはまっている私たちです)しつこくつきまとう普通のお土産物屋は見る気にもならなかったしここは一応ちゃんとした工房で、メンフィスのお勧めということでよかったのですが実は、これがきっかけでエジプトの洗礼を受けることになろうとはその時は知る由もありませんでしたそれから船に戻って、午後からは自由行動。もう充分満喫したし、後はゆっくりしたかったのでオプショナルツアーには参加せず、船でのんびり過ごすことにしました。と、船内の部屋で過ごしているとおさむが、急に具合が悪いと言い出します。熱があって、身体がだるいとのこと。最初は「ぷぷ、ツタンカーメンの呪いかもよ。(墓には入っていないけど)そばを通っただけで呪われたんじゃない?」などと冗談を言っていたのですがおさむが「のりこ~~これはまずいよ〜〜ふらふらする~」と言うので、額を触ってみるとかなりの熱。それで、キネシオロジーのセッションをやることになりました。おさむの腕を触ってみると、すぐに何らかのエネルギーの影響を受けていることがわかりました。「わ、まじで、何か取り憑いているんじゃない?」と言っている私自身が今度は、急に熱が出てきてふらふらになってきます。「え~私にも何かついてる?」と、おさむの身体の反応を見てゆくうちに私はおさむのエネルギーと共鳴しているだけだということがわかりすぐに私の方は熱が下がって、楽になりました。そして、おさむが何のエネルギーを受けているか筋反射で見ていってわかったのは、購入した石像だったのでした。そこで、それぞれの石のエネルギーを見てゆきます。私たちが購入した4つの石像のうちホルスとホルスの眼の飾り物は問題がなく問題があったのは、トート神とハトホル神の二つ。そして、おさむに影響を与えていたのはトート神の石像のエネルギーでした。食べ物や薬などがどのくらいその人に合っているか、または毒であるかを調べるのに私は筋肉のオン、オフではなく、数値で調べてゆきます。筋肉のオン、オフで見れば、50%以上がオンで50%以下がオフになります。その人に完全に合っているもの、力を与えるものは100%とすると50%以下だと身体に合わないものということです。そして、ホルスとホルスの眼は二つとも100%トート神はマイナス70%、ハトホルはマイナス40%でした。おさむがトートの石のエネルギーを受けた、ということは彼がもともと持っていた何かがトートの石が持っていたエネルギーとフックしたということです。トートの石のエネルギーを調べてみると「貧しい、だまされる、信頼できない、充分でない(足りない)」などの感情が上がってきました。それで、おさむの感情を見てみるとこの石を購入する際に「だまされたくない、損をしたくない」という感情があったと出てきます。おさむに聞いてみると、確かにあの時そういう意識が彼の中にあったとのこと。その豊かさとは反する意識がこの石が持っていた様々なエネルギーとフックして石のエネルギーを受けることになってしまったのです。石は人のエネルギーを吸収します。このトート神もハトホル神も70年以上前のものですからこれまでずっと、あの石屋にあったにしろ、誰かが持っていたにしてもそういった人のネガティブなエネルギーを吸収していてもおかしくありません。石がネガティブなエネルギーを持っている場合石自体に強力なネガティブなエネルギーがあれば浄化できないと出る時もありますがこの石たちは、二つとも浄化できると出ました。おさむの浄化と一緒にトート神の石の浄化ができるとのこと。浄化のために選ばれた調整法は大ピラミッド内に持っていったレムリアンシードクリスタルとトリニティチューニングフォーク。さらにその後、クラニアルやチャクラクレンジングや購入したばかりのフランキンセンスやロータスのアロマやその他、様々な手技を身体は次々と求めてきます。そしてやっとエネルギーがクリーンになった、と思ったら今度はおさむの身体は、リンパや大腸や小腸など身体的な問題を伝えてきました。たぶんリンパは、旅に出る前に問題があったのでしょう。それがさらに飛行機の電磁波の影響で腸のリンパ節などに影響を与えておさむは飛行機に乗ってから、便秘ぎみになっていました。つまり、体力、グランディング力が落ちていたところに石のエネルギーに当たったので一気に熱が出てしまったのです。3時間以上のセッションになり大腸やリンパ、免疫力の調整はこのセッションだけでの調整は無理と出たのでとりあえず、この日のセッションは終了しました。熱はすぐに下がるとおさむの身体が伝えた通りセッションが終わってからしばらくすると下がっていました。具合が悪くなったのが、たまたま自由行動で時間が充分にある時でよかったです。(たまたまではないのでしょうけどね)さて、一方、ハトホルの石像のエネルギーを見てみるとこの石が持っていたエネルギーは「深い悲しみ」でした。幸い、私はこの石のエネルギーを受けてはいませんでしたがそもそも、私がこの石を選んだことに何かまだ私の中にあるのかもしれないなあと。そのあたりは、まだ詳しく見ていないのですがこの日は、とりあえず、ハトホルの石の浄化を行いました。それにしても、購入する時に石のエネルギーをじっくり感じてみたり、ちょっと調べればわかったことなのにどうして今回は、石のエネルギーに全く注意を向けなかったのかしかも、私たちが二つとも問題がある石を選んだというのは不思議ですがこれらの石たちが浄化を必要として私たちのところにやってきたのかなあと。そして、おさむの中にほんの少し残っていた豊かさとは反する意識がこの石のおかげで表面に出てきたのは、それはそれで必要だったことなのでしょうね。そして、浄化はそれだけでは終わりませんでした(トホホ)いやはや。旅はいろいろありますね~ルクソールの夕日。
2014年02月09日
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朝食の後、8時すぎに船は最初の目的地、コムオンボに向けて出航しました。船は、エジプトの命の源、ナイル川をゆっくりと進んでゆきます。岸辺には緑が茂っています。11時すぎにコムオンボに到着。船を降りて、数分歩くと、すぐにコムオンボの神殿です。ここは、エジプトでは唯一、二つの神に捧げられた神殿で一つは、ハヤブサの神様、ホルス神。もう一つはワニの神様、ソベック神。すべては左右対称に作られていて二つづつあり、門も二つあります。ちなみに、アハメッド曰く、ホルス神は二人いて一人はアイシスとイシスの息子もう一人はこの太陽神ラーの息子で、ハヤブサの神であるとのこと。ドランヴァロは、このコムオンボの神殿はチャクラで言えば性のチャクラである第2チェクラを表しまた、二元性を表していると説明していました。一つは光。一つは闇。門から入って、左が光で右が闇。1992年の大地震の時に、右側だけが崩れたのだそう。反対側から見た神殿(A)(写真の左側ー神殿の右側ーは崩れています)アハメッドの説明では(一般的な考古学の解釈では)ここはヒーリングセンターであり、病院だった、ということ。確かに医療のような道具やアロマと思われる道具が描かれています。これは出産の様子を描いたとされているもの。ドランヴァロの話では、ここは学校だったそう。古代エジプトではホルスの左眼、右眼、中央の眼の3つの学派に分かれていて左眼は女性性の学派、右眼は男性性の学派でここはホルスの左眼の学校が二つあったとのこと。(アハメッド曰く、二つの眼は神は両目でしっかりあなたを見ていますよというサインだと言っていましたがそれなら、なぜ二つとも左目なのか、という疑問が湧いてきますよね)左眼の学派は、人間性に関するあらゆる探求がされて感情、性エネルギー、出産、死などについて探求し学ぶところだったそう。このコムオンボでは、恐れの克服のために、様々なしかけやプログラムがあったのだとか。その例としてワニのいるプールの中に飛び込みプールの中にある先が見えない出口を通って正しい位置から出てくる、というようなものでこの上のAの写真の中で、両方の石の中央ぐらいの床に蓋がしてあるところがその出口だそうです。アハメッド曰くトートとホルスが王さまを浄化しているところ。他の神殿でもよく見かけるモチーフ。何を表しているのでしょうね。神殿の敷地内にワニ博物館がありワニのミイラが置いてありました。古代エジプトはワニも神聖なものとしてミイラ化したのですね。その博物館の中にあった、ワニがハトホル神の上に2匹上っている像。神殿から船に戻り、船はエドフに向けて出発します。コムオンボの神殿は、ナイル川のすぐ横にあるので移動が楽でした。ランチの後は移り行くナイル川の景色を見ながらのんびりと過ごします。対岸には牛や小舟がいて、人々を眺めているだけで楽しい。こんなにゆったりと時間を過ごすのは、本当に久しぶり。日本とエジプトの国旗。夕方、船のサンデッキでティータイム。船の後ろから眺めたナイル川。夕方5時すぎにエドフに到着です。ここからホルス神殿へは、船を出て、馬車に乗ります。馬車は、エドフの町中を通り抜けてゆきます。馬車の上なので、写真は撮れなかったのですがターバンとガラベーヤ(ローブのような民族衣装)と着た男たち 黒づくめで顔がほとんど見えない女性たちモスク、市場、ロバやらくだや馬と車が混沌と混じり合ってさすがに’ここは異国〜〜という感じでした。馬車のおじさんは、ここは病院、ここは学校、ここはモスクなど頼んでもないのに街の観光ガイドをしてくれます。(こういう時は、間違いなく後からチップを要求されるのですが)ホルス神殿は、とても大きな神殿でした。しばらくしてあたりも暗くなり星空が見えだした頃、光と音のショーが始まります。これは、メキシコの遺跡などでも行われている遺跡をライトアップしながら、そこの伝説や物語を語るというもの。あまり期待していなかったのですがここのライトアップは、とても凝っていてきれいでした。物語はスペイン語で、ヘッドホンで英語の翻訳機を渡されましたが私はつけないで見ていたので、話はよくわからなかったもののどうやらホルスとハトホルの結婚の話だったよう。。ショーが終わって、再び、さきほどのおじさんの馬車に乗って船に戻ります。途中の街の市場。帰り道、おじさんは、一度、馬車を停めて私たちがいらないと言うのに、二人の写真を何枚か取ってくれます。最初にアハメッドは、帰りに20ポンド(3ドル弱)チップを渡せばいいよと教えてくれたので、船の入り口に到着して降りる時に4ドル渡すとそれでは足らない、もっとくれ、と言い出します。ここではみんな押し売り商売なのですよね~。この日のディナーはエジプト料理でした。もともと中近東料理は、フマスやファラフェルなど好きなのでNYでもよく食べますが、ここもおいしかったです。毎日つい食べ過ぎてしまって、二人ともすっかり太ってしまいました
2014年02月08日
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この日から3泊4日のナイル川クルーズです。朝7時、アスワンのモーベンピックホテルをチェックアウトして対岸にフェルーカで渡ると、今日は違うメンフィスの人が待ってくれています。今日から4日間、私たちのガイドをしてくれるのはアハメッド。彼は、最初の二人のような人がいい感じではなくちょっとクールな感じですが、テキパキしていて(せかせかしている、とも言えるけど)英語もクリア。メンフィスのガイドは、みんな癖のないクリアな英語を話すのでとてもわかりやすかったです。今日は乗船する前に、観光するとのことで最初に訪れたのは、フィラエ神殿。日本ではイシス神殿として知られているところです。フィラエ神殿は水没の危機にあったのでもともとあった島から別の島に移されて今はそこがフィラエ島と言われているそう。小舟に乗り、15分ぐらいで島に着きました。アハメッド曰く、柱の上の花の模様が全部違うのがローマ、ギリシア建築、全部同じなのはエジプト建築だそうでこちらはローマギリシア建築。最初にアハメッドは、エジプトの神殿の背景となっている宗教観そして、その神々の物語について説明してくれます。セト神によって殺されて、14つにばらばらにされたオシリス神そして愛するオシリスを取り戻すためにその遺体を一つ一つ集めて、元にもどしたイシス神。でも、一つだけ男性のあの部分だけは見つからずあそこは魚に食べられたこと。それでもイシスは身ごもり、ホルス神を生んで育てた場所がここフィラエ島であることなど。イシスとオシリスの物語は有名な話ですがアハメッドが身振り手振りで’話すのを聞いているのはおもしろかったです。イシス神は、愛情深くて激しくて戦う女神というイメージと息子ホルスを守る母性のイメージと両方あります。私たちは旅は自分たちのペースで周りたいし特に遺跡などは、ガイドが話す一般的な情報にはあまり興味がないので、普通はツアーには参加しないのですが今回はアブシンベル神殿もハトホル神殿も個人では行けないしまたナイル川クルーズは、すべてツアーなのでその点はちょっと面倒かも?と思っていました。でも、今回はクルーズでもメンフィスからの参加は私たち二人しかいなかったので、かなりフレキシブル。それにアハメッドの話は、興味深くよかったです。遺跡に着くと、まず最初に彼の説明を聞きながら周りその後、彼と離れて、自由行動というパターンでした。時々、アハメッドは「さて、これは何建築でしょう?』とか「4つの神の名前は何だった?」とか「さて、この古代エジプトの数字はいくつを示しているでしょう?」などと私たちに教えたことを質問してくるのでボーっと聞いているわけにはいかず、私たちもちゃんと話を聞きます古代エジプト語で「メシー」というのが、了解、わかったという意味だそうで彼が話しを終えるたびに「メシー?」と聞いてくるので私たちも「メシー」と答えます。彼は、話もわかりやすくて上手いし彼の話を聞くと考古学的にどう言われているかもよくわかっておもしろいですフィラエ神殿は、とても穏やかな心地よいエネルギーの場所でした。入ってすぐに、ハトホルの柱が7つ。これは、7つの音階、ドレミファソラシを表しているのだそう。ハトホルは、愛と豊かさと音楽の神様です。中に入ると壁にたくさんのレリーフ。奥の間は、捧げものをする部屋。オシリスを自らの羽で守るイシスの姿。オシリスを助けるのもイシスなら守っているのもイシス神なんですね。これもハトホル神の小神殿のモチーフ。さて、フィラエ神殿を後にしてそれからアスワンハイダムの見学です。このダムがあるおかげで、雨の降らないエジプトでも人々は水を得ることができます。と言っても、ダム自体は、特に見所もなく私たちはダムには全く興味がないので、写真も取らず。到着してから10分で出発しました。次に訪れたのは、アロマオイルのファクトリー。エジプトはアロマオイルの発祥の地と言われていて古代からフランキンセンスやミルラなどミイラ作りにも使われたり、医学としても香水としても使われていました。このファクトリーは、今は政府が買い上げて保護しているのだそうです。入ってすぐに、私とおさむは別々の部屋に通され私はエジプト人女性に連れられ小部屋に行くと、いきなり上半身を脱いでと言われサンダルウッドを使った15分ほどのアロママッサージをしてくれました。(マッサージはけして上手くなかったけど)それから、スペシャリストによるアロマの説明がありました。この会社とメンフィスツアーと提携しているのか政府の推薦なのかはわかりませんが要はこの会社のアロマオイルを購入してもらうためのものです。普通はこういうところでは、滅多に買わないのですがここのアロマオイルは、オーガニックでかなり高品質だということで話を聞いているうちに、まんまとはまってローズやフランキンセンス、ロータスなど二人で800ドル以上のオイルを購入しました。例えば、私が使っているヤングリビング社のアロマでフランキンセンスだと確か5mlで90ドルぐらいですがここは、どのオイルも50mlで62ドル、100mlで100ドルと安い。でも、エジプトの物価にしたら、かなり高いので観光客用の価格なのかもしれませんね。そして訪れたのは「切りかけのオペリスク』オペリスクとは、古代エジプトのモミュメントで太陽の陰から時間を知るための時計の役割だったとか神殿の印だったとか、王の力を見せるための広告塔だったとかいろんな目的があるそうですが世界にあるオペリスクは、ここアスワンで取れた石なのだそう。私たちは知らなかったのですがニューヨークにもセントラルパークに『クレオパトラの針」という名前のオペリスクがエジプトから運ばれて立っているそうです。この切りかけのオペリスクは切り出す途中で地震があってヒビが入ったので中止したそうですが、40メートル以上、1100トン以上の重さがあってもし完成していたら、世界最大の大きさになったそう。やはり実際に見てみると巨大です。作り方は、石の割れ目に木のくさびを入れて水分を入れて、木が水分で膨張するので石が割れるという製法で切り出された、などというのが定説みたいですがとてもそんな製法で切り出せるような大きさではないのです。しかも、これをどうやって運んだか?は全くわかっていないそう。ハトシェプストにあるオペリスクもこのアスワンから運ばれたそうですが、現代の技術を持ってしても7年かかるのに古代エジプトではそれが7ヶ月で運ばれたと言われているそう。あり得ない~。さて、午後になって、いよいよクルーズ船に乗船です。私たちが乗るSonesta号は5つ星クラスのホテルでアハメッド曰く、たくさんあるナイル川クルーズ船の中では2番目にゴージャズなのだそう。(一番目でなく2番目というのが、ミソというか)そして、それがそのクルーズ船。クラシックで、外見もいい感じです。船の中に入ると従業員、船長らが笑顔で迎えてくれます。まずは’ロビーでウエルカムドリンクとレジスター。それから部屋へチェックイン。私たちの部屋は4階でした。大きな窓がある感じのいいツインルームです。バスルームもウッドフロアできれい。すぐに船の中でのランチ’。ビュッフェ形式で、種類もそこそこあっておいしかったです。それから、サンデッキに上がってプールの前にあるパラソルの下でひなたぼっこ。あ~極楽~~ちょっとだけ不便だったのはインターネットはすべて有料。1時間8ドルで、ロビーでしか使えなかったことぐらいで他はすべて完璧でした。そして、最初の夜はロビーでのレセプションの後ダイニングでのディナー。ディナーには50人近くのお客がいて3分の1ぐらいは欧米人でした。(アジア人は私たちだけでした)ドリンクは、すべて別払いですが、ワインも何種類があります。この日のディナーはビュッフェ形式では’なく前菜、スープ、メイン、デザートのフルコース。3種類づつからの選択で私たちはメインにすずきのグリルを頼みましたがとてもおいしかったです。この日、部屋から見た夕日。ナイル川に沈む美しい夕日を部屋から眺めることができて、最高でした♪
2014年02月07日
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この日はアスワンからアブシンベル神殿へ向かいます。ご存知のように、アブシンベル神殿は、世界遺産の第一号。1960年代にアスワンハイダムの建設計画のため水没の危機にあり、ユネスコがそれを救うため4年かけて、今の場所にすべての神殿を移設したそう。移設により日にちがずれたとのことですが以前は、ラムセス2世の誕生日と、王に即位した日の年2回朝日が神殿の奥にある4体のご神体のうち3体を照らすように作られていることで有名です。アスワンからアブシンベル神殿へは普通は陸路と空路の2つの行き方があるのですがこの時期、観光客が少ない日は飛行機は欠航になるそうであいにくこの日の飛行機も欠航。ということで、メンフィスのプライベートツアーを利用しました。迎えに来てくれたのは、エジプト人のアブデュー。Tarekもそうですが、この方もとても温和なまじめな人で、インテリジェンス。アブデューは、エジプト生まれのエジプト育ちだそうですが英語も流暢で、10年この仕事をやって日本人をガイドするのは初めてだそう。あのミミズが這ったようなアラビア語についておさむが質問するとアラビア語は、とても深い意味を持つ複雑な言語だそうで一つの言葉に10のレベルの意味があると話してくれました。だから言葉の受け取り手によって、意味が異なってくるのだそう。おもしろい~。やはり観光客はこのあたりでも激減しているとのことで「革命以来、エジプト人は誰でもみんな Suffering (もがいている、苦しむんでいる)だよ。」と話していました。おさむが出発の前、集合場所のトイレに入ろうとするとトイレの門番が2エジプトポンドだ、と言います。ちょうどおさむも私も細かいお金を持っておらずアブデューも1エジプトポンドしかなかったのですがトイレの門番はそれなら1ドルだ、といいおさむは1ドル(7エジプトポンド)払います。それを見ていたアブデューは「は~ごめんね。2エジプトポンド持ってないなら1ドルよこせなんて、ほんとどん欲なやつらだよね」とため息。アブデューが謝るようなことではないのに同じエジプト人として恥ずかしいという彼の思いが伝わってきます。世の中には貧しくても、どん欲でない人たちも多いですしどん欲になってしまうのはちゃんと親や学校から学んでいないからだなあと。アスワンからアブシンベルまでの道のりは、すべてコンボイという警官が護衛する車で向かいます。これは途中でテロの攻撃から観光客を守るためだそうで陸路ではコンボイなしで行くことはできないそう。コンボイは、以前は観光バスなども含め、60台ぐらい連なってアブシンベル神殿とアスワンを往復していたそうですがこの日のコンボイは、私たちの車を含め、乗用車が6台のみでした。飛行機も欠航ですから、この日、神殿は人が少ないことが予想されます。私たちの車は、運転手とガイドのアブデューそして私たち2人の4人です。車での移動は、予想以上に快適で、コンボイと言っても物々しい感じは全くなく、途中の砂漠の道も危険な感じは全くなくごく普通のドライブでした。3時間の移動もそれほど長くは感じず飛行機で行くとアスワンからアブシンベルまでは1時間弱ですが空港までの移動や、1時間前ぐらいに空港に入ったりすることを思えば時間的にもそれほど変わらないので逆に車でよかったかもしれません。アブシンベル神殿に到着してからアブデューがアブシンベル神殿の入り口まで私たちを連れていってくれます。そして、ここからは約2時間の自由行動。アブシンベル神殿では、ガイドは中に入ることはできないのだそうでそれがまた神殿内で自由に行動したい私たちにとってはさらによかったです。大神殿の4体の巨大なラムセス2世。(私たちが写真を取っていると、なぜかポーズを取る神殿の門番)王の横にいるのは王妃。考古学の見地からは、王は王妃よりも大事だったから王の方が大きく描かれているという結論に達しているのだそうですがドランヴァロ曰く、王と王妃は意識レベルが違っていて実際に大きさが違ったのだそう。その当時は、いくつかの意識レベルが混在して存在していたとのことでその意識レベルによって、大きさが違うとのこと。王は第5意識レベルなので、立つと18メートル。(これが実際の大きさだったなんて、ほんまかいな!とつっこみたくなりますが)神殿のあちこちにアンクが描かれています。アンクは、鍵穴のような形のシンボルで、永遠の命を表すそう。これは上の写真の王の足の間に描かれたアンク。 アブシンベル神殿に入ると、すぐに5メートルほどの第3意識レベルの像が立ち並びます。その大広間の左右には壁にレリーフが刻まれた小部屋がいくつかあります。その小部屋に何気なく入った私たちはあまりにも強いエネルギーに驚きました。髪の毛が逆立ち、手がびりびりして身体全体が強いエネルギーに包まれるのを感じます。この大神殿の小部屋は、どこよりも強いエネルギーでした。これは、この小部屋の一つにあるレリーフ。(神殿内は写真撮影禁止なのだけど周りに人が誰もいなかったので、ささっと)オシリス神とイシス神。(オシリスは、台に乗っているのでわかりますがイシスは、階段のような王座を頭に乗せています。これは乗せていないけど、たぶんイシスかなあと)’こちらは中央の部屋にあるドランヴァロも本の中で説明していたレリーフ。左からイシス神、イシスとオシリスの息子ホルス神、そしてオシリス神。説明によると、ホルスの棒(笏)がオシリスの第8チャクラに当てられオシリスは、右手で音叉を支え、音叉の振動は脊椎を駆け上って身体を調整するのに使われていたそう。上のレリーフもそうですが、オシリスの後頭部に棒が当てられ音叉を支えた状態の時に、あそこが立っている、つまりこの時、性エネルギーが使われていたことを示すとのこと。性エネルギーは古代エジプトではリザレクション(復活)のための最高のエネルギーとして使われたそう。(本の中では、復活とアセンションの違いについてドランヴァロは詳しく語っています)イシスとホルスは、右手にアンクを持っています。アンクは呼吸と性エネルギーに関連する強力なエネルギーを持ち、リザレクションのために、最も大切な道具として使用されていたとのこと。(もちろん、これは一般的な考古学的見地ではないでしょうが)アブシンベル神殿には、予想通り、観光客がほとんどいなかったのでそれぞれの場所で、じっくりとエネルギーを感じることができました。以前は、わんさか人がいるでしょうからこの時期に来て本当によかったです。エジプトで神殿や遺跡をゆっくり見たい人にとっては今がお勧めかも。カイロ市内には泊まっていないのでカイロ市内はわかりませんが私たちが予想していたのとは違って他はどこも危険な感じはほとんどなかったです。アブシンデル小神殿の方はラムセス2世が王妃ネフェルタリのために作った神殿だそうで、ハトホル神に捧げられた神殿です。中に入ると、大神殿のような強いエネルギーではなく穏やかなエネルギーを感じました。私たち以外、誰も人がいなくてたいくつそうにしていた門番が入り口からなら中の写真を撮っていいよと言ってくれたので、撮りました。(こういう時には、強要されていないので気持ちよくチップを渡すことができるのですよね)柱には母なる豊かさの神、ハトホル。こちらはトート神。やはり右手にアンク。上から見たアブシンベル神殿。人造湖ナセル湖に向かって建つアブシンベル神殿。帰りは車の中で眠くなって、ぐっすり眠りながらアスワンに到着しました。アブシンベル神殿、最高によかったです♪
2014年02月06日
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さて、この日、カイロからアスワンへ飛行機で向かいます。メンフィスの空港送迎サービスを申し込んでいたのでTarekが車で迎えに来てくれました。「昨日は、どうだった〜?」と私たちに尋ねる彼に「いろいろ大変だったよ〜」と答えると「だから言ったでしょ〜」と笑うTarek。「それでも経験できてよかったけどね」と答えるおさむ。それでTarekが「アスワンに着いてからホテルまでは君たちでタクシーに乗らなければならないよ。(メンフィスの)送迎サービスを頼まなくて大丈夫?」と聞いてきます。カイロに戻ってくる日も、カイロを出発する日もすべてメンフィスで空港送迎サービスを頼んでいたのですがアスワンに着くこの日ぐらいは、自分たちでタクシーに乗っていこうと「大丈夫、この日は自分たちでタクシーに乗ってゆくよ」と言うとTarek は「それなら、まず最初は40エジプトポンド、と言えばいいよ。たぶん相手(タクシー運転手)は150エジプトポンドぐらいふっかけてくるからノーと言って、できれば50エジプトポンドまあ60エジプトポンドまで下がればグッドだよ」と教えてくれました。今回、Tarekは、私たちに携帯電話を貸してくれて何かあったら、いつでも電話してと言ってくれていたのもとても心強いです。機内は私たちともう一組以外は、全員エジプト人でした。カイロからアスワンまでは1時間25分でアスワン空港に到着です。さあ、これから、タクシー交渉にいざ出陣〜〜と、空港を出るとすぐに何人かの強面のタクシー運転手たちが近づいてきます。ホテルまでというと、Tarekが言った通り150エジプトポンド、と言ってきます。Tarekの教え通り、40エジプトポンド、と言うと「トンでもない、150エジプトポンドはここで決まった料金なんだ、とても遠いのだから、そんな料金では行けない」と言います。「それでは話にならない、いらない」と突っぱねて、私たちが歩き出すと、あれこれ言いながらついてきます。さすがに彼らは交渉のプロ。簡単には下げようとしないのですよね。しかも、ここではタクシー運転手みんなが話を合わせていてみんながそうだそうだ、150エジプトポンド以外はありえない、と口を合わせます。Tarekに相場を聞いてなかったら、まあいいか〜と150エジプトポンドでオッケーにしたでしょうがここで言い値通りに従うのは、しゃくにさわるので「私たちは地元の人に相場を聞いて知っているからそんなに高い料金では行かない」とあくまでもノー。そうこうしていて、私たちがウンと言わないのでようやく120エジプトポンドになりそれから100エジプトポンドにそして、80エジプトポンドだ、もうこれ以上下げられないと言ってきました。そこで、おさむが「80エジプトポンド?」と尋ねて、それだったらいいんじゃない、という顔をしたのであ〜これまでだなあ、と。彼らは、相手がどこまでなら受け入れるか、人の表情をよく見ているのですね。彼らが値段を交渉してくるのは最初から私であって、おさむではなかったのも私が納得しなければ決まらないことを見抜いているのかも。。。結局、80エジプトポンドで決まり、タクシーに乗り込みました。80エジプトポンドは、11ドルぐらいです。150エジプトポンドでも20ドルちょっと。実際は、私たちにとっては、10ドル、20ドルの違いなんてどうでもいいのですが相場まで下げれなかったのは、ちょっとゲームに負けた気分。でも、全く嫌な気持ちにはならず逆に彼らのたくましさに、あっぱれ〜という感じでした。まあ、どちらにしても、このあたりでは一番高級な五つ星ホテルが行き先だと伝えた時点で、交渉はすでに負けているのですけどねそして、この運転手は、タクシーに乗るといい感じの人になって私に「やっぱりきみは笑顔の方がいいよ〜」などと言ってきます。そして、降りる時にも、ごねるようなことはせず素直にありがとうと、80エジプトポンドを受け取ってくれました。(そうすると、今度はもっとあげたくなってしまったのだけど)私たちが今回アスワンで泊まったモーベンピックアスワンホテルはナイル川の中州にあるのでファルーカ(小船)の波止場からホテルの無料ボートに乗ります。ホテルの周りには緑があってエジプトに着いてから初めて、緑を見てほっとしました。カイロのホテルでもそうでしたがこのホテルでも、入り口には警官がいて一人一人荷物を調べて、セキュリティチェックをしていました。ホテルのレセプションに行くと、ホテルのマネージャーが私たちの顔を見るなり「なかむらさ〜ん」と声をかけてきました。「日本人よく来るの?」と尋ねると「いや、まだそれほどでもないけど、これからだ。君たちが来てくれたのはいいサインだ」とマネージャー。このホテルの従業員の人たちは、みんなにこやかで素朴ないい感じです。ここはカイロとは違って、のんびりした空気が流れています。ホテルのベランダから母なるナイル川が見えます。ホテルの庭のちょっと変わった木。ナイル川を照らしながら、沈んでゆく夕日。この日は、ホテルのレストランで食事をしました。次の日にヨーロッパ系の夫婦を数組見かけましたがアメリカ人やアジア人は、見かけず泊まっている客のほとんどがお金持ち風エジプト人でした。今日は、ベジタリアンの食事。次の日にここで食べたビュッフェは種類も充実して’いておいしかったです。赤ワインも白ワインも置いてあって、両方飲みましたTarek曰く、エジプト人の80%はモスリムなのでお酒は飲まないし、後の20%の人たちも多くはキリスト教で。あまりお酒を飲まないとのこと。ホテルなどでは海外客のためにお酒を置いていますが普通、街ではお酒を販売するのは禁止されているのでリカーショップもないのだそう。(でも家飲みレベルでは、密かに出回っているそうですが)部屋で夜景の写真を撮ったら、オーブがたくさん。一眼レフでオーブが写るのは珍しいかも。ということで、エジプトの旅、続きます〜
2014年02月05日
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さて、大ピラミッドから、一旦、ホテルに戻った私たちはホテルで朝食を取り今度はカメラを持って、再び、またピラミッドに歩いて向かいます。ピラミッドまで20ポンドで行くから乗っていけなどと言い寄ってくるタクシーの運転手を無視して歩いていたら5ポンドで行く、という別のタクシーの運転手がいました。歩いても15分、20分の距離ですが今朝、入り口にいたしつこい男たちのことを考えたらそこを通らなくてすむのなら5エジプトポンドは1ドルにもならないわけだしそれじゃ乗って行こうか、とタクシーに乗りこみました。ところが、そのタクシーは、私たちが今朝入った入り口とは別の入り口へ行くということでゴミだらけの汚い街の路地にどんどん入ってゆきました。あ~こりゃまずいなあ、と思う間もなくタクシーは狭い路地裏で止まり、その途端、このタクシー運転手の仲間らしき浮浪者のような男が窓から顔を出してきて俺がピラミッドを案内する、などと言ってきます。運転手は、最初から仲間のところに連れてくる気だったのです。おさむと私が「そんなのいらないからさっさとピラミッドの入り口に行って」と怒りを表しながら伝えると、運転手ははわかったわかった、と言いながらそこからピラミッドの入り口まで走りました。もうこれだから油断できないなあと思いつつ、やっと入り口に着いて5ポンドを渡して降りようとすると、今度は運転手はいや、一人5ポンドだから、二人で10ポンドだ、などと言い出します。たった1ドル未満であってもこんなやつに、これ以上1銭も渡すつもりはなかったので「5ポンドって言ったでしょ」と怒りを表して降りると、それ以上は何も言ってきませんでした。こちらが怒ってみせれば、引き下がるのです。期せずして、エジプトの下町見学にもなってよかったですがこれがもっと質が悪い人たちだったらそう簡単には引き下がらなかったかもしれないし今度からもっと気をつけようと。ということで、今度はスフィンクス側からの入り口から入りました。観光客のほとんどはエジプト人で日本人は全く見なかったし、欧米の観光客もほとんどいませんでした。予想通り、ラクダ引きや物売りがしつこくやってきます。今、観光客が少ない分、私たちにしつこくなるのでしょう。エジプトの多くの人たちにとっては海外からの観光客が生活を支えているのですから治安が悪くなって、海外からの観光客が減れば生活が苦しくなってしまいます。それはよくわかるのですがここまでしつこいと、うんざりしてきます。スフィンクスは、私たちがイメージ’していたものよりは小さかったです。(といっても、大きいですが)フラワーオブライフによると7月23日に限って、シリウス星が日の出の一分前に赤星とし出現する瞬間、地球と太陽とシリウスが一直線に並ぶそうですがてスフィンクスの両眼はきっちりその方向を向いていることが’コンピューターでわかっているそう。それからカフカ王の墓と言われているピラミッドへ。この上に座っていると、とても強いパワーを感じました。No Climibing (上るな)と書かれてある看板の上に座るおさむこの後しばらくして、係の人が注意しに来ました。砂ホコリがすごいので、あまり一眼レフを取り出せずそう多くの写真は取れなかったのですがラクダに乗ってはしゃぐエジプトの子供たち。ラクダ引きは、どれも信頼できそうにないし事前に交渉しても、ラクダの上から’降りる時にお金を追加で払わないと降りさせないなどという話もよく聞くので、乗るつもりはありませんでした。でも、大ピラミッドの前で座っていたラクダがいたのでラクダ引きの人にラクダの写真を一枚撮っていい?と尋ねて一枚撮らせてもらいそれで、5ポンドぐらい渡そうとすると「ノー、ノー、写真撮るだけだから、お金はいらないよ、僕は君たちがハッピーになればうれしいんだ」と言います。え?中にはこんな人もいるんだ!そう感動していると、おじさんは「もう少し写真を撮ったらいいよ。僕が写真を撮ってあげよう」と言って私にカメラを渡すよう言われます。それならラクダと一緒に一枚撮ってもらおうかしらと思って、ラクダの横に立つと、おじさんは「せっかくだからラクダに座って」と言います。え、それはいらないよ、と言ってもちょっと座って一枚撮るだけだからと言うので、それじゃあ、と座っているラクダの上に乗るとおじさん、いきなりラクダを立たせます。「え~いらないと言ったのに、降りる~~」と騒いでいるところに、おさむがやってきて「せっかくなら写真撮ったら」というのでそれじゃあ、と写真を撮ってもらうことに。それから、おさむもターバン風にスカーフを巻いてもらって撮ってもらいます。(おさむはまるで現地人みたいという噂が)さて、それでラクダを降りて2ドルほどチップを渡そうとすると、今度はおじさんいきなり表情が変わって一人40ポンドだ、と言い出します。さっきお金はいらない、って言ったじゃないと私が言うと「それは写真撮るだけだったら、ということでラクダに乗れば、別だ」などと言います。ちょっと上に乗って写真を撮ったぐらいで一人40ポンドは高いのはわかっているので、二人で20ポンドだけ渡したのですがそれでもおじさんは納得せず、もっとくれとしつこくついてきます。あ~一瞬でもこの人は他とは違うのね~なんて思った私がばかだった~~と思いつつ、2ドル追加で渡しましたがこちらが甘い顔をしていると、いつまでもしつこくついてくるのでそれ以上は絶対に渡さないと、怒った顔で伝えたらやっと引き下がりました。ケント君も言っていましたが、この人たちはうそをつくことや人をだますことを何とも思っていないのです。その意識が彼らの貧しい現実を生み出しているのだなあと。メンフィスツアーのTarekなどは、そのあたりはちゃんと心得ていて私たちがカイロ初日に個人でピラミッドを回ることを言うとメンフィスツアーのピラミッド1日ツアーを利用すれば、プライベートで車でピラミッドを回れる上に、うるさいラクダ引きや物売りたちの惑わされることもないしいいよと勧めてくれたのですが、私たちがこの日は二人だけでピラミッド内に入りたかったこともあってこの日は二人だけで行動したい、と伝えるとオッケーとそれ以上は無理に勧めたりしてきません。「信頼」がクライアントが増えていくことにつながることを彼らはちゃんとわかっているのでこの観光客が少ないこの時期でもやっていけるのです。一方で、人をだまそうがうそをついてもお金を得ようとすればするほどより貧しい現実に生きる人たちもいる。すべてはそれぞれの意識次第ですね。さて、この日の夜も、ホテルの近くのレストランに行きましたがそこは店構えもちゃんとしていて、100人以上座れる店でしたが私たち以外は一人もお客はいませんでした。従業員も何もすることがなくただぼーっとしています。きれいにセッティングされたテーブルに誰も座っていないのを見ると何とも寂しい感じがしてきます。早く観光客が戻ってきて、彼らの生活が安心してできることを祈ります。ということで、この日の夜、私のキネシオロジーのセッションを行いました。セッションに必要な、ごく簡単な資料や道具は持ってきていました。おさむが最初、私の筋反射を見てくれていましたが私が眠くなって腕をキープできなくなったので途中からは私がおさむの身体を使って私自身の筋反射を取ってゆきました。あがってきたのは「人をケアしない、人を踏みにじる人への怒り」「平和や調和を乱すものへの怒り」「ずるい人たちへの怒り」などなど。「mean( 卑しい)」という言葉を身体がスキャンリストからピックアップしたのですがまさに、なんと卑しい人たちなのかしらというのは、私がこの日の昼間に思ったことでした。ペルーやトルコでもしつこい物売りや交渉でふっかけてくる人はたくさんいましたが、交渉すればその料金でオッケーだったしこんな風に人をだましたりうそをついたりする人はいませんでしたから。そして私のこの感情の要因として出てきたのは、やはり前世。エジプトでの前世を含め、3つの前世でした。その3つとも女性でした。男性からの抑圧、男性の身勝手さ、ずるさ、エゴそんなものへの怒りと抵抗が出てきました。エジプトに発った日の朝のおさむのちょっとした行動に怒りを感じたのもそことリンクしたからなのですね。この前世のエネルギーを解除するための調整法として今朝、王の間に持っていったレムリアンシードクリスタルが選ばれました。確かに、ずるい人、卑怯な手を使う人などに対しての怒りは昔から強かったなあと。最近は、そんな人にも出会わないので普段の意識の上にはなかったですが。今回のエジプトに来ることでそういう前世での思い、そしてそれにつながる今生での感情を手放すことになったのでしょうね。この意識を手放した今から、私の見える「現実」もまた変わってゆくのでしょう。そして、実際はもちろん、エジプト人は卑しい人ばかりではありません。この日も私に声をかけてきたのは、たかろうとする人ばかりではなく「エジプトにようこそ。ありがとう」と3人のエジプト人に言われました。彼らの表情を見ていると、このシンプルな言葉の中に「この海外からの観光客が来ないこの時に私たちの国に来てくれて、ほんとうにありがとう」という思いが伝わってきて、胸がちょっと熱くなりました。ということで、次の日、私たちはカイロからアスワンへと向かいました。
2014年02月04日
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カイロ2日目の朝、私たちはピラミッドに向かったのですが、その前に、エジプトに出発する朝のことを少しお話します~。エジプトに出発の日の朝、珍しく私とおさむにちょっとした衝突がありました。衝突と言っても、一方的に私が怒ったのですがそれもささいなおさむの行動で、普段なら特に気にもしない怒るようなことでもないのに私はなぜかこの時は、妙に腹が立って、おさむが謝っても私の怒りは収まらず。ここ最近、おさむに対してだけでなく、こんなに怒りを感じたことはほとんどなかったしちょっとしたおさむの言動で怒ってみせることはあってもすぐにぶぶっと笑ってしまって、一瞬で変わるのにこの時ばかりは、どうしても怒りが収まらない。これは前日、おさむに対して行ったセッションのデトックスが私に出てしまったのか、それとも何か(他のエネルギーが)取りついた?と思うほどでした。空港についてから簡単な自己ヒーリングを行ったので、その怒りは消えてまたいつもの私に戻りましたが、これはきっと何か私の中にまだあるなあ、後でゆっくり見てみよう、と思っていました。さて、この日、最初のお目当ては、大ピラミッドの中に入ること。ホテルからピラミッドまでは歩いて15分ぐらいの距離です。ピラミッドの中へはカメラ持ち込み禁止なのでカメラを持たずに出かけました。ホテルからピラミッドまでの道は、車がひっきりなしに通って排気ガスもすごく、通りはゴミゴミしていてとても汚い。その間、ひっきりなしに、タクシーに乗らないか、とかガイドはいらないか、など声をかけてくる男たちがいていらないと言っても、中にはしつこくついてくる人もいます。ピラミッドの近くになると、そういう男たちは増えてきてまだ開演の数分前で、入り口が閉まっていたことに私たちは気づかずおさむは男たちから逃れるようにして、入り口とは違う方向にずんずん歩いてゆき明らかにこれはピラミッドの入り口への道ではない荒れ果てた場所に入っていきました。私はその時、また同じような怒りがわき上がっていることに気づきました。後ろからついてくるほとんど浮浪者のようなしつこい男たちにもまた私を見ないで、どんどんと見当違いの方向に歩いてゆくおさむに対しても。さすがにこの時は、この怒りは一体どこから来るのかしら?と意識を内側に向けながら、ピラミッドエリアへのゲートが空いた後チケット売り場に向かいました。一般的にクフ王のピラミッドと言われている大ピラミッドへの入場料は200エジプトポンド(約30ドル)プラス、ピラミッドエリアへの入場料が80エジプトポンドです。大ピラミッドへ入場できるのは1日300人までという人数制限があるのですが当然、この観光客がとても少ない時なので、余裕で大丈夫でした。私たちは真っ先に大ピラミッドの入り口に向かいます。私たち以外にはまだ誰も入っていませんでした。これは後から撮った大ピラミッド。ピラミッドの内部に入るとすぐに腰を低くかがめないと通れない狭い回廊に入ります。これがけっこう大変。入っているのは、私たちだけだったので、両手の手すりにつかまりながら歩くことはできましたが、これがもし、普通に観光客が多ければ降りてくる人とすれ違わなければならないのでもっと大変でしょう。ピラミッド内部は、冬でもサウナのように暑かったとエジプトに行った方が言われていましたがもしこの狭い空間に何人もの人たちが並んで歩いてゆくかと思うととても暑くなることは予想できます。狭い回廊を抜けると、今度は天井の高い通路を上ってゆきます。王の間への道以外は封鎖されているのでそのまま王の間へ。そこは本で読んでいたように、長方形の部屋に石棺が置かれてあるだけの部屋でした。ドランヴァロ曰くここが王のミイラを安置していたのではない理由として古代エジプトのミイラ作りと合致しないことについて書かれてありました。古代エジプトでは、王や女王たちのミイラ化の手順はすべて同じプロセスが行われていてその儀式の後、石棺を埋葬する墓に運んだとのこと。ですが、この大ピラミッドで私たちが最初に通ってきた狭い通路はこの石棺より小さいのでこの石棺は、あの通路を通ってきたのではないことは明らかで最初から備え付けられたものであること。また、他にもこの王の間には通気孔があることも書かれてありました。通常、ミイラを安置さている部屋はミイラを保存するために可能な限り密封する試みがされていて、通気孔のある例は他には皆無だそう。ところがこの部屋には通気孔がいくつも見つかっているとのことでここがミイラの安置所ではなく、人が出入りする場所だったことは明らかであるとのこと。フラワーオブライフによると、当時、イニシエーションを受ける人たちはこの石棺の中に入って、上からのエネルギーを受け取りそのエネルギーが松果体を突き抜ける仕組みになっていたとのこと。エジプト政府もそのことはわかっているそうで、ですから石棺は、その当時の位置からずらしておかれてあるとのことでした。さて、王の間に入ってすぐに、私は他の人が来ないうちにと石棺の中に入って横たわりました。ここにセドナの亡きリーがチャージしたレムリアンシードクリスタルも一緒に持ってきました。静かに目を閉じていると、身体全体に温かなエネルギーを感じました。しばらくして「あ、私、まだエジプトの前世とつながっている!」ということを直感的に感じました。エジプトに来る日の朝、そして着いてからも怒りが湧いてきたのはそのエネルギーだったことに気づきました。そして、それがようやく解けてゆくかのような温かな優しい感覚がありそれから目の前に何か急に開けたような感じでした。まるで洞窟の中から、いきなり地平線が見える丘の上に出てきたような感覚でした。不思議なことに石棺の中で目を閉じていると、右側から光が見えたので目を開けてみると、何も光はありません。後で石棺を出てから気づいたのは私が横たわっていた石棺の右側にライトがあったのです。目を開けていると石棺に遮られてそのライトは見えないのだけど目を閉じていると、その光がはっきりと見えるのはおもしろいなあと。それから、石棺を出て、おさむと交代し座って瞑想しました。エネルギーがとても強く、ぐわんぐわんと回ってくる感じです。そして、おさむが石棺から出てきた直後にピラミッドの入り口にいた門番が入ってきました。私たちがピラミッドに入ったっきり、出てこないので心配になったのでしょう。英語ではないので、何を言っているかはわからないのですがいろいろ説明していて、どうやら、もう出なさい、ということらしい。たぶんここで10ドルぐらい渡せば、もう少し長くいられたでしょうがもう十分ここのエネルギーを感じることはできたので出ることにしました。時間にすると王の間にいたのは30分ぐらいだったのでしょうがその間、私たちだけでいることができて本当によかったです。この続きも書いたのですが、文字制限になってしまったので半分に分けてアップします〜。
2014年02月03日
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この日、エジプトに到着しました。NYから8時間でミラノ、そこから乗り換えてミラノから3時間でエジプトのカイロです。ミラノからエジプト行きの乗客、約6、70人はほとんどビジネストリップらしい男性ばかり。女性は私以外は、エジプト人の女性一人とやはりイタリアからのビジネストリップらしい女性が一人の3人のみで観光客はほとんどいない感じでした。今回のエジプトの旅は、ホテルやエジプト国内線は、私たちで手配しましたがナイル川クルーズやアスワンからアブシンベル神殿までのプライベートツアーなどはメンフィスツアーという地元の旅行会社にお願いしました。カイロのホテルは、ギザにホテルに取っていて空港からホテルまで、最初は適当にタクシーで行く予定でしたが急に思いついて、このメンフィスツアーがやっている空港送迎サービスを利用することにして、空港に迎えに来てもらいました。以前、ペルーでもすべては交渉次第でしたがエジプトで着いてすぐに交渉しなければならないのも面倒だし相場もよくわからないのでとりあえず、このピックアップサービスを利用したのですが、これがよかった。この会社のウエブサイトに「空港送迎サービスに含まれるもの」という項目の中に「空港でのあらゆる勧誘やわずらわしさから守られる」というのがあってなるほどな~と。確かに、おかげで空港内の喧噪から逃れてリラックスできたしメンフィスツアーは、トリップアドバイザーで評価が高かった通りきめ細やかな日本人みたいなサービスでした。迎えに来てくれたTarekというエジプト人男性はとてもいい感じの方でエジプトについてのいろんな情報が聞けたのもよかったです。Tarek曰く、2009年、2010年頃には観光客がものすごく多くて、眠る暇もなかったそうですが2011年に革命が起きてから、観光客は減り今はかなり減っているとのこと。でも、それでも私たちのメンフィスツアーは大丈夫何とかやっていっているよ、ということでした。カイロからギザのホテルまでの道は、かなり渋滞していて車で1時間以上かかりました。カイロ市内はスモッグとゴミと車の渋滞とで予想以上に汚い。建物はほとんど天井が作りかけで、鉄筋がむき出しの中途半端。Tarek曰く、これはタックスを支払わないための対策なのだそう。まだ建物が完成していない、というとタックスを逃れることができるそうでだから、一生、建物は完成しない、のだとか。道は恐ろしく渋滞していて、みんなクラクションを鳴らしっぱなし。カイロ市内に泊まらず、ギザに泊まってよかったなあと。私たちが今回、ギザで泊まったホテルは、ルメルディアンピラミッドホテル。ヨーロッパでは、星なしのアパートメントホテルもとてもきれいでよかったですが、今回のエジプトでは一応設備や安全などを考えて、全て5つ星ホテルにしました。ヨーロッパやアメリカに比べるととても安いです。部屋自体はごく普通にきれいでしたがホテルの部屋から大ピラミッドが見えるものの窓が10cmぐらいしか空かない上に窓が汚れている。。。これは部屋の窓から撮影。さて、2012年の終わりにセドナで出会い2013年の8月にNYで再会した世界放浪中のケント君がちょうどこの日まで、カイロに滞在していたので会うことになりました。ケント君とは、もしかして9月にスイスのマッターホルンで会えるかもと話していたのですが、その時はニアミスで会うことができず。でも今回、私たちがエジプトに入る前にケント君もたまたまエジプトに来ていて、カイロでの滞在が数日伸びたそうで会えることになってよかったです。私たちがホテル到着して1時間後ぐらいにケント君がホテルにやってきてくれました。なんとカイロ市内からタクシーに乗ったら渋滞で2時間もかかってしまったのだそう。久々の再会を喜び、それから一緒にレストランへ。ホテルから歩いて10分ほどにのところにChristoというシーフードレストランがあり、そこに決めました。ここはトリップアドバイザーでも上位の方で日本のツアーなどでもよく利用されるレストランだそうですがこの日、私たちの他は誰もお客はおらず。店構えも今一つだし、店のエジプト人たちも怪しい感じでトリップアドバイザーでの評価を見てなかったらきっと入っていなかっただろうなあと。最初にここにはワインを置いていますか?と聞いたらあるよ、と言って何のワインかも聞かず、ロゼのボトルとグラスを持ってきました。どうやらこの店にあるワインは、このロゼ一種類のみらしい。メニューにも値段は書いておらずしかも、今日はほとんどメニューにあるものはないとのこと。今、観光客がいないので、多くの食材を準備することはできないのでしょう。何が出てくるのか、いくらチャージされるかもわからないのでウ〜んとうなっている私たちに店の人が「私を信じて任せなさい。まずかったらお金払わなくていいから」の言葉で、まあいいか、と任せることに。最初に韓国料理の前菜のようにナスやトマトやブロッコリーなどの野菜やフマスなどの前菜が並びます。これだけで、けっこうお腹が一杯になってきたところにパエリア風ライス、イカのフライ、エビのグリル魚のグリルなど大量に運ばれてきました。どれもおいしかったです。ロゼもけっこうおいしくて、また一本追加で頼みました。ケント君は先日、エジプトから日本まで往復してホピの長老ロイのお手伝いをした後、彼自身の講演会も各地で行ったそうでその時のお話などいろいろ伺いました。彼の講演会には、日本には様々な分野で活躍しながら日本を世界を変えていこうと人々の意識を変化させるために活動している方がたくさん集まったとのこと。これは他の方からも話を聞いたのですが今、日本には意識は高い人たちが多くなってきているのですね。キネシオロジーなどをやっていてわかるのは日本にはうつ病や引きこもりなど、社会に対応できずに苦しんでいる方たちもとても多いということですが一方で日本人は高い知性を持っているし根底に精神的なものを尊ぶ意識があるのでこういったヒーリングや他のことでも、ほんのちょっとしたきっかけがあれば一気に変わっていけるよね、とケント君と話ました。これから、ケント君は世界を旅したい人たちのためのクラスなども日本で開いてゆくそうです。食事は、全部で630エジプトポンド。ドルに換算すると、90ドルぐらいです。これだけ食べて一人30ドルはNYでは破格に安いですがきっとちちらでは高い方なのでしょうね。次の日、ケント君は、イスラエル、ヨルダンを回ってインドに向かうとのこと。ほんとうにたくましいというか彼を見ていると、とてもいいバランスで男性性が発揮されているのだなあと感じます。これからさらにリーダーとして日本や世界を変えてゆくのだろうなあ。また、きっとどこかで会えるよね、と言ってケント君と別れました。その時がまた楽しみ♪NYを発ってから、飛行機の中でもほとんど眠らず徹夜状態だったのでこの日、食事が終わって、ホテルに戻ってからはバタンキューでした。ということで、私たちは次の日、ピラミッドに向かいます~(これを書いている今は、これからギザを発って、アスワンへと向かう朝なのですが)
2014年02月02日
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明日、エジプトに出発です。今日のクライアントさんへのキネシオロジーのセッションの後夜は、おさむへのセッションをしました。今日のテーマは、パワーと男性性と愛を与えることについて。過去生やら何やらいろいろ出てきたのですがその中で出てきたのは、私との関係におけるブロック。私との関係の調整では、かなり抵抗が入るので私自身も完全にハートに意識をおいて、慎重にスキャンリストで見てゆきます。それで出てきたのは「パワーがある人にはパワー(愛)を与えれない」(のりこはパワーがあるから与えれない)」という意識。確かに、いつもパワーを与えていたのは私の方だったなあと。なるほど、それでわかったのは私はクライアントさんに対して心を癒したり問題を解決するための調整だけでなくリーダーとしての資質をのばす調整やパワーがある人がさらに可能性をのばすための調整などもよく行いますが、おさむはやっていないのです。それは、おさむ自身がそういうブロックを持っていたからなのですね。男性性のエジプトに行く直前におさむのパワーと男性性の調整を行うことになってこれで私の女性性もさらに?発揮されるかしらということで、エジプト行きを決めてから約1ヶ月あっと間に過ぎて、明日はもうエジプトなんて。今回は、ガイド本も買わなかったので持ってゆくのはドランヴァロのフラワーオブライフのみです。まあ、これは私たちにとっては、最強のエジプトガイド本なのですけどね。唯一心残りは、エジプトに行くまでにドランヴァロお勧めのトート著のエメラルドタブレットを読みたかったのだけど本を注文する暇がなく、読めなかったことぐらいかしら。予定は、最初はカイロのギザに2泊。それからアスワンに2泊。その後、アスワンからナイル川の3泊4日のクルーズの旅です。本当はもう少し長くナイル川クルーズしたかったのですが今回の旅は、もともとはエジプトに行く予定ではなかったので11日間しか休みを取っていなかったこともあって他にも行きたいところを入れていたら、それでぎりぎりでした。それから ルクソールで2泊。最終日はカイロで1泊の10泊11日の旅です。今回、いくつかのピラミッドや神殿や遺跡を回る予定ですが一番楽しみのは、やはりギザの大ピラミッドとハトホル神殿かな。ハトホルと言えば、やはりハトホルの書。読んだのはもう随分前なのですっかり内容も忘れてしまっていましたが先ほど、久々にばらばらとめくってみたらこのハトホルの書の中に、ピラミッドについて書かれてある箇所があってドランヴァロが書かれてあることと共通しているなのですね~以下、読んでない方のために、ちょっとだけ抜粋します。ハトホルの書から(P31)『ピラミッドについて言えば、それは地球の歴史学者や考古学者が考えるような単なる埋葬目的の建造物ではありません。たしかに、ピラミッドには埋葬室を備えたものも少なくないですがピラミッド建立の第一義は、エネルギー発信装置としての機能にありました。当初のピラミッドは、すべての側面がよく磨かれた光沢のある大理石のような花崗石に覆われていたため、エネルギーの発振や受信が可能だったのです。当時のイニシエートたちは、ピラミッド内部にある特定の数学的比率で地取りされた指定の場所に入りました。ピラミッドのもう一つの役目は、エネルギーに関するものでした。ピラミッドは、外面的にも数学的比率によって建造されておりエネルギー網、すなわちグリッドの創造を促進させることができたのです。<中略>こうしたことからもわかるようにピラミッドはいくつもの意識レベルにまたがる多目的な機能を持つ装置だったのです』ドランヴァロのフラワーオブライフでも大ピラミッド内で行われていたイニシエーションについて詳しく語られていますがこのイニシエーションのプロセスがまたすごいのですよね~。これからそこに行くかと思うと、わくわくします。そうそう去年日本で放映されたという映画「ピラミッド5000年の嘘」無料動画をネットで見つけたので見てみました。私が見たのは1時間半ぐらいのフルバージョンですがYoutubeに13分の短いバージョンもあります。http://www.youtube.com/watch?v=-VcNYrNlUQo賛否両論の映画でしたが(エジプト考古学ファンや考古学者やそういう意見を重要視する一般の多くの人たちは否みたいです)私としてはおもしろかったです。もちろん、エジプト考古学者がみんなこの映画に描かれているようなスタボーンな(頭が固い)人ばかりではないでしょうしそんな結論でいいの?みたいなところもありましたがピラミッドがいかに完璧で精巧な構造をしているかなどCGを使って説明していてわかりやすかったです。この映画の中で「数字は古代とのコミュニケーションのツールだ」みたいなことを言われているところがありましたがフィボナッチ数列にしても黄金比にしてもまさに宇宙の言語なんですね、フラワーオブライフでも、ファイ比率(黄金比)と人類の意識との関連や月と地球、惑星間の距離とピラミッドの距離や角度の共時性やスフィンクスの位置と星座との関係また、ピラミッド内部の王の間の驚くべき数値などについてこの映画よりもずっと詳しく説明されてありますが適当にひねくり回してこじつけた数字、などとはとても言えないのではないかしら。ドランヴァロ曰く、世界には5000人のエジプト考古学者たちがいてお互いの言説に賛同しあっていて、暗黙の了解があるのだそう。そのほとんどが、ピラミッドが建てられたのは約4500年前という説に賛同しているとのこと。これはエジプトの考古学者というのはほとんどイスラム教なので、コーランの伝統的な解釈によれば世界の創造は6000年前だとされているためピラミッドが4500年以上のものだとすると聖典に異を唱えることになってしまうからとのこと。だからピラミッドがそれ以前に存在した、というような証拠はすべてカバーされてしまうとのことでした。ですが、ジョンウエストという考古学者はアメリカ人地質学者とともに調べてスフィンクスの浸食状態を調べてコンピューターで解析した結果スフィンクスは、少なくとも9000年前以上には存在していたことを導きだしたそう。(学会には全く受け入れられていないとのこと)ちなみにグラハムハンコックも、スフィンンクスの建造は1万年以上前だと言われています。こちらは『スフィンクスの謎』という日本で放映された番組でドランヴァロが紹介しているジョンウエストが出てきます。状況証拠のみですべてを判断しようとする考古学者たちと科学的データと数値で推測してゆくジョンウエストや地質学者たちの対比が描かれてあっておもしろいです。http://www.youtube.com/watch?v=IIaBSrOuDLsまた「ピラミッド5000年の嘘」の中で古代遺跡や神殿のほとんどは、地球の上の一つのベルト上のライン上に存在し時代や文明が違っても、ある共通の目的のために建てられたということを遺跡間の距離などを調べることで、結論づけていますがハトホルの書でも、フラワーオブライフでも同じようなことが書かれてあるのですよね。フラワーオブライフから(p169)『世界中にある聖地と言われるような遺跡は、偶然そこに存在したものではありません。それらすべてを作り出した大もとには、ただ一つの意識が存在しています。マチュピチュであれ、ストーンヘンジ、ザグアンであれどこを見渡してもそうなのです。それらのほとんど全部(ごくわずかな例を除いて)が一つの意識によって創造されました。私たちは今やこれについて、もっと深い認識を持つようになってきました。リチャード ホーグランドはこれについて初めて語った人ではありませんが、彼の研究はこれを全面に押し出しています。つまり、いかにして、一つの聖地から別の聖地を割り出すことができそこからまたもう一つ、さらに一つといったように、どんどんと導かれていくかを説明しているのです。これらの遺跡は時をはるかに隔てて、それぞれの異なった時期に建てられましたが、特定の文化や地理的位置を超越しています。それは明らかに一つの意識によって全体の事業計画がコーディネートされたものです。そのうち研究者たちは、このエジプトの地点こそ、すべての聖地から割り出される発祥の地であることを理解するでしょう』ハトホルの書から(p32)『(ピラミッドは地球全体であらゆる場所に建てられたのか?という質問に対して)そうです。ただし一つの文明によってではなく多くの様々な文明によって造られました。それでも建造にたずさわった存在ないし文明は、直観と大いなる神秘に関する知識によって、お互いに深い意識レベルでつながっていたのです。そして、自分たちのしていることをエネルギーという見地からきちんと理解していました。特定の指導的な建築家によって、すべての施工が行われたわけでもなく、3次元的時空で特定の指導者たちのあいだに示し合わせがあったわけでもありません。ピラミッドはすべて、それぞれの場所ごとに建造されましたが明らかに同じ源を共有し、いずれの場合も外部からの支援を受けていたのです』何を信じるかは人それぞれですがこの「ピラミッド5000年の謎』の映画は私にとっては、スピリチュアルやニューエイジとは感じないしむしろ、精神世界には触れないで、数字でピラミッドを解き明かしてゆくことで一般的に知られているピラミッドや遺跡についての定説に疑問を投げかけているところがいいなあと。原始的な道具しか持たない古代エジプト人が一つ2、5トンもある石を300万個も一つ一つ積み上げて(内部の五層構造の石はさらにその何十倍もの重さがある)しかもそれぞれの石の形は違うのにそれらが1ミリの隙間もないほどぴっちりとはまっていて外面も内面も今の最先端の技術を持ってしても作るのは困難なほど精巧に作られ、そして、その建設作業はすべて20年で完成した。(しかも、それらの数値が黄金比や様々な共時性を作りあげている!)というのが、定説として受け入れられている方が不思議。ドランヴェロが語っているように「トートとラーがピラミッドを作りました」というような話だったら、トンデモと言われてもおかしくないですけどね(注:トートはアセンデッドマスターでヘルメスとして転生。ちなみにエドガーケーシーもピラミッドはヘルメスとラータが作ったというリーディングを残しています)ピラミッドを誰が何のためにどうやって作ったのかはあらゆる説があって、神秘であり永遠の謎。何が真実かはわかりませんがこんなすごいものを作ったのは今の私たち人間の知性を遥かに越えている人たち(もしくは存在)だろうなあとペルーのサクサイワマンに行った時に感じました。ジョンウエストや地質学者が「人類は原始人から今の私たちの文明になるまで直線的に進化したという認識を変えることが必要だ』と言われていましたが、深く同感です。と、ついまたあれこれと長くなりました〜。今日の最後のクライアントさんは、セドナ仲間のTちゃんだったのですが思いついて「王家の紋章」を2巻持ってきてくれたのでこれから読んで、エジプト気分?を高めようと思います。(もう夜中過ぎなんだけど、明日は夕方の便なので)この旅で古代の叡智とエネルギーを感じれたらいいな。ということで、エジプトに行ってきます~♪
2014年02月01日
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