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寒いですね今までで 一番寒く感じますNHK お江 始まりました 見てますか?ちゃき ちゃきの お江の方様が登場していますね私の中のお江の方様は こちら もうすこし おとなしめ私の中で お市の方様も こちら もうすこし おとなしめちょっと 不満もありますが俳優さん達が 元気よく感じるのは私が年がいったのでしょう なじむように 努力しつつまた 楽しませていただきます‥‥‥‥‥‥‥‥‥寒いねこの頃で この冬が 一番寒く感じます
2011.01.17
パソコンが入院していましたが無事に退院です前よりも 調子がよくなりましたまたぶつ ぶつ 言ってみたりちょっとしたことを 自慢して 自己満足したりそんな時間は持っていたいと思いますが‥‥‥‥まぁ 気が乗るまで ちょっと待っていてね
2010.12.11
主人が 二泊三日の 釣に出かけました釣は始めたばかりなので 下手ですが上手なお仲間が 連れたお魚を 下さるので 収穫はあります収穫は さておき二泊三日ですが我が家は 基本的に二人家族です一番大事なお友達のようになった娘は 近くに居りますが婿殿主体で 1人で気軽に泊まりに来ないでね って言っていますので淋しいからと言って 泊まりに来てとは言えません静で良いよ と 空元気一日目 は 娘が やいの やいの で 過ぎました二日目 は 閉じこもり主婦三日目 は お祭りだったので 近所のお友達と歩きやっと 帰ってくる主人を待っていました龍馬伝を見ていたので先に お風呂に入ってね と …………すぐにパジャマに着替えた主人が 戻ってきて「おまえ お風呂の支度 いつしたんか?」三晩 1人で居て淋しくて 淋しくて 鼠にひかれたんだと思います
2010.11.11

大分県の中津城先日 5千万で売却されましたねそんな中のバスハイクでした(もう 二週間ほど前になってしまいましたが)お城がこの値段で 高いものか安いものかさっぱり ですがお城は とても立派で海の側で なかなか風情がありますよ中津城は 奥平藩主の居城でした奥平と言えば 徳川家康の長女 亀姫が嫁いだ先なので調べてブログにしようと思ったのですが思うだけで 気分にならずに さっぱりです亀姫が此処に住んだと言う事はないようですがその子の子 家康の孫の代では 住んでいたかも?城下町も 良い所でしたよ一万円の応義塾の福沢諭吉先生の生家です数ヶ月前から水彩画教室に 通ってます全くの初心者ですが 描いているときの無の時間が 楽しいわ
2010.10.22

川の海老知ってる?手の長~い すばしっこい奴これが 川の海老すっごく手が長いよね塩湯がきで今日の 酒のつまみ海の海老よりも あっさりしているけれど とても 美味しいわよ
2010.10.05
夜中 はげしい雨で 寝ずけなくて うとうとしてなので 寝坊してしまいました今日は 涼しいというか 寒いくらいです これが普通なのよね……仕事を辞めて 専業主婦となった娘が 出たり入ったりでなにかと 振り回されております………「お母さんも良いでしょ」と言いながら何かと 頼ってくる娘との タタカイ(戦い)ですすぐ近所に引っ越してきたくて居るみたいですが私は 探してあげないのよ一人娘なので 良いかなぁと思ったりしますがいや いや自分達で苦労しなきゃ…… 自分達で 頑張らなきゃ大変でも我慢もしなきゃ ……よねブログも 間があいてしまうと その気にならずにやる気がない そんな感じですがまた ひま ひまに………… 久々にテレビに細木数子さんが出ていましたね 細木数子さんって サッチー とか デビ夫人 に 感じが似てない? 金満家の匂いがしますね 品格に関係ない私が 言うのも変ですが 彼女 お金はあると思うけど 品がなくない? 言ってる事も ナンカ おっかしくない?
2010.09.23
次回の大河ドラマは お江様みたいですね暑さで 新聞の記事を間違えたようです実は 秋に京都に行くつもりで今度は妓王寺を訪れてみようと 活き込んでいたので つい思い違がえたのでしょう京都 嵯峨野の妓王寺ですが平清盛の寵愛を受けた 白拍子妓王(ぎおう)さんが出家した尼寺ですね妓王さんのお話お母さんと 妹の妓女 と共に 京都で有名な白拍子でね平清盛に見初められて 屋敷を与えられて 親娘三人 優雅に暮らしていましたこころやさしい妓王は干ばつで苦しむ故郷の村人を救うために、生まれ故郷に水路を作るよう清盛に頼んだりしています自分の事だけではなく 人の事も考えるやさしい人柄だったと 前置きしますねある時聞声の高い有名な 白拍子仏(ほとけ)御前が 清盛の屋敷の門を叩きます「妓王が居る限り無用じゃ!」 清盛は追い返そうとしましたたぶん 清盛の寵愛を一身に集めて 自身もあったのでしょうねゆったりと「そのように仰せにならずに 一度ご覧になれば……」と進めます女でも おごれるもの 久しからず とかなんとか (当てはまるかしら?)かくして英雄色を好む とか なんとか「無用じゃ!」 とか 言ってみただけで清盛の心は すぐに仏御前に移っていきました悲しみに明け暮れ 世の無常に身を置きながらも人をうらむことのできない妓王は親娘三人 髪を下ろし 嵯峨野 往生院に出家してしまいました往生院 別名妓王寺この妓王寺には この三人の他に もう1人若く美しい人が加わりますが長くなるので また次回に
2010.09.10
管さん? 小沢さん?私が一番気になる部分 官僚政治 行政改革 を 小沢さんは掲げていますのでひょっとしたら 小沢さんが頑張ってくれるかもしれない とも 思いますでも それでいいのでしょうか?小沢さんでいいのでしょうか?子供達は どう 思うのでしょうね~小泉さんが 盛んに言っていた 勝ち組 負け組み小沢さんのお金を振りまく政治元総理 鳩山さんの様あっちにつき こっちにつき 結局は力の弱いほうを 裏切ってね小泉さんも 小沢さんも 鳩山さんも 生活の為に労働をした事がないんですね思うのですが働いて収入を得た事のない人は もう政治に参加してほしくない消費税が上がるのは困るのですが小沢さんでは 道理のようなものが 通らないのではないですか小沢さんでは 民主党の将来が 曲りませんか?
2010.09.04
111才の男性遺体事件で81歳の長女が逮捕されました親の弔いもせずに 高額の年金をもらい続けて本当に悪いから捕らえられて当然なのですがそれで 終わらせるの?払い続けた行政の責任は どうなるのこんな例がたくさん出てきていますよ死亡届がでているのに 生きている方もたくさん出てきています150歳ぐらいまで いるんじゃないかと思いましたがなんと 180歳まで行きました先日は 資産のある会社の社長が 生活保護をもらっているとか 担当者のコメントは 「 申請される人を信じて 対応しております 」まるで 自分たちには責任はありません と言っているようでしたこの人が どのくらい資産があって どのくらい税金を払っているのかどのくらいの収入があって いくらの税金を払わなければならないのか調べればわかる筈 だし 調べなきゃ生活保護って そんなに簡単にもらえるの ! びっくり今や 70人に1人が公務員だそうです69人が 公務員1人1千万の給料を抱えているとすると単純に 一人当たりの14万5千円の税金が使われているんです そうなりませんかお給料から引かれる税金 車の税金 固定資産税 消費税国に納めるお金って すごいでしょう気持ちよく 気前良く 税金を使わないでください 腹立たしいよねどなたか 行政の責任を追及してください (真面目に仕事をこなしている公務員の方にはお気の毒と 思いますが)…… ところで次回のNHKの大河ドラマは 平清盛 だそうですいつか 地獄のえん魔様に引きずられて死んでいった清盛の話をした時に清盛の出生にも 火と鬼が出てくるとお話しましたがちょっと 違っていたみたい 次回になかなか 涼しくなりませんね 困ったものです
2010.08.29
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昨夜のもう遅い時間私たちは ゲゲゲの鬼太郎のDVDを見ていたら誰か来て 限定品獺祭 遠心分離 おりがらみ 純米大吟醸50 本生 720ml【クール便】価格:1,680円(税込、送料別)獺祭 ダサイ じゃなくて ダッサイ精米歩合39パーセント ですってこれなら いくら飲んでも 身体に良い感じです上等なお酒を持ってきてくれて本人が飲んだ のは 「それで良い」と言ってダンナの普段の焼酎全国で人気沸騰中!黒霧島パック25度 1800ml価格:1,570円(税込、送料別)愉快な人でしょ魚がいる 冷蔵庫をみたら ちょうど良かった【ご自宅用】 有村屋さつま揚げ^価格:1,260円(税込、送料別)鹿児島 有村屋の さつま揚げ が ありました…………この頃の我が家一番の話題どう死のうか?文豪の死 で 盛り上がり舞姫の森鴎外 お医者様ですね 軍医さんでしたが薬をいっさい飲まなかったそうです 信用してなかったんですってそれでも 81歳まで 長生きされたようですよぼっちゃんの夏目漱石49歳でなくなったそうですが最後の言葉が 寝巻きの胸を開いて 「ここに水をかけてくれ 死んでしまうと困るから」これは有名な話なのですが実は 違っていて臨終の時 お経を揚げてくださる方がいたのですってお経が流れる中 おごそかに 皆様 神妙でそしたら「ごめん まだ 死ねない」そう言って亡くなったんですって(余裕ね 直前まで相手を思ってるね)………私は 可笑しくてね おかしくてその方が帰った後もお布団に入ってからも朝起きてもまだ 今も笑っています皆帰ってきたら 話してあげようと 思っていますたのしみ
2010.08.11
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越後の銘酒「八海山大吟醸」の酒粕にじっくり漬け込んで熟成【送料無料】させた粕漬けです。香...価格:3,600円(税込、送料込)ここの粕漬けは美味しいよ酒粕がちがうんでしょうねでも 高いから普段は もったいないじゃない? ご進物用にいかがですかお中元には遅すぎるね普段はね塩鮭の切り身を買ってきてすり鉢で味噌をすり 水飴を少し入れて (蜂蜜ならなお良いかも)板の酒粕とお酒をいれ よくすり味をみながら お醤油を少々 お砂糖も少々塩鮭に塗って 冷蔵庫で3日上等の粕漬けができますよ 鮭の塩加減はあまり考えずに大丈夫塩がぬけて甘くなって 酒粕の味がしてプーンとお酒の香りがして美味しい うちの朝顔 毎朝 沢山咲きます 毎日暑いけれどお盆 頑張りましょう
2010.08.10
行方不明の高齢者ですが今 都知事が 「金だよ 金 親が死んでも埋葬もせずに 年金を受け取るだよ 日本人も地に落ちた」 そんな風に言ってましたほんとだね苛立ちも もっとも と思います確認もせずに 気前良く払い続けたのは 役所ですよ自分のお金じゃないしね自分の懐が痛むわけじゃないしね調べるのは面倒だし 気前良く払っていれば仕事は終わるしね2児死体遺棄にしても 近所の住民が役所に何度も電話しているんでしょう助ける事は出来たのよね電話があったので 行っただけ「近所の方の電話があったので 行きましたが会えませんでした」彼女はそれが言い分なのでしょうね 堂々と言ってました腹立たしい消えた年金にしても組織って市民の正義を守る為でしょう役人は 自分達を守る為のだけの組織って思ってる 感じがしません?小泉さんが総理の時に日銀の総裁が 株で儲けたんですがその時に 小泉さんが言ったのは 「個人の自由じゃないですか」 そんな風な事をあっさりと言ったんですよ職権乱用なのよね日銀の総裁に損させる人などいないじゃない?いつの間にか 追求できない時代になってる日本人も地に落ちた そうだけど上がとても悪い と思う頭の良い 悪代官が沢山居て 税金を自分の懐にいれる組織をつくり皆でしてるから ばれても誰も責任を取らないんじゃ下の役人ちも 何故汗水流して働く訳がないじゃない行方不明の高齢者の問題は見方によっては役所の職務怠慢 不正支払いに通じないですか皆さんはどう思われますか国家戦略室とかなんとか あの部屋はどうなったの?私敵には 一番大事なのはそこねじれ国会で 喜んでいるのは 高給取りの悪代官達だと思ったりこの頃は いつもそこに行き当たって 憤慨しています
2010.08.04
江戸時代 犬将軍 五大将軍綱吉の時代放火の罪で 火あぶりの刑にされた かわいそうなお七ちゃん八百屋お七と吉三郎の悲恋物語 情熱の女性と言われますが悲恋と言うよりも我儘に育てられてしまって かわいそうなイメージです繁盛している八百屋さんの娘としていつもきれいな着物を着て 大概の事は許されて育ったので気の良い 美しい女の子なのに どこか気まま 北条政子や日野富子のように 我儘も一生つらぬけるなら それもいいのかもしれません 何時の時代も 人の世は浮世 多くの人は 憂き目に合います江戸の大火で一家が焼け出されて お寺に仮住まいをするのですがこの時に 寺の小姓の吉三郎と恋に落ちます 数ヵ月後 復旧した家に帰り 恋人と会えなくなりました 寺の他の小姓が この秘密を握ってしまって さあ大変!お金と引き換えに 恋文の配達をします この卑怯者がお金ほしさに 恋文も自分で作ったりして( ……見抜けないのね)この卑怯者の偽の恋文は 激しくて数も多く ( ……卑怯者にだまされてる)もう 会いたくて会いたくて がまんが出来なくなってしまいましたもう一度 火事でなげだされないかと自分の家に火をつけてしまいました火の手が上がって 恐ろしくなり 自分で半鐘をならし大事にはならず ぼや程度で納まったのですがが当時 火事が多く 奉行所は神経を尖らせていましたお七ちゃんの うわさが広がって奉行所は お七ちゃんを取り調べました前にも言いましたが 根性の悪い娘ではないんですよ素直に 自分のした事を 白状して詫びたのですが放火は重罪 15才以上は火あぶりです両親は真っ青 ほんの出来心で 火事はぼや程度 助命を願い出ました奉行所の役人は 私がきらいな悪代官ではなく とてもいい人達で「お七 お前の歳は14才であろう」と謎かけますお七は 正直に 15才だと答えます「いいや お前は14才に違いない」と 何度も尋ねる役人の意図がわからずにお宮参りの絵馬があると 証拠まで言っていまいました命がけの 悲恋物語とは違う感じです子供過ぎる感じ放火犯の刑は厳しくて 10日間 市中引き回しの後台薪の上に犯人をのせ 首 手首 銅 足首を縄で縛り輪にした青竹で身体を囲み 火をつけ炙り男は鼻と股間を 女なら乳房を 再度焼いて留めを刺す想像するだけで 寒くなるねお七ちゃんも この掟にしたがってね両親がせめてもと用意してくれた 新しい着物とお化粧で装い花もつぼみの15才の命を散らしました 美しい為に 時代の波に巻き込まれたのでもなく 誰を殺めたのでもなく ただ自分が我慢出来なかっただけで こんなにひどい目にあってしまったが 不に落ちなくて かわいそうに思います 吉三郎さんも 放火をそそのかしたとして 処刑されたのですが この人こそ お七さんに恋しただけで 恋文も書いていないとも言われていて ミステリーです
2010.08.03
横田さんのご夫婦 良いご夫婦ですよね新聞の一面に にこやかなご夫婦が載っていましたとても 良いご夫婦と つくづくと思いました天皇陛下と美智子様と ご夫婦の様子が 似ていらっしゃる感じがしますめぐみちゃんと会える日も そお遠くないのかも 合えると良いですねところで金賢姫さんをビップ扱いとか 苦情を言う方がいますがもう そんな事言わなくて良いんじゃないの沢山の悪代官達が 組織的に ガッポ ガッポと税金を自分の懐に入れる算段するなら大金を積んででも 拉致被害者を 救出してほしい皆さんがお元気な内に 解決してあげないと あまりにかわいそうじゃない当時 誰でも 誘拐された可能性はあったのですし横田さんご夫婦がめぐみちゃんが 当時 可愛がられていた様子を話すときうれしそうで 見ていて 涙がでそうでした
2010.07.23
暑いですね前回の続きですが伊達政宗のいとこに当る駒姫は 山形の最上のお姫様でね東国一番うつくしいと評判でした豊臣の二代目とされる 秀吉の甥で 女好きの秀次の耳にも入り駒姫を差し出すように迫ります最上の殿様は断りきれずに 京に嫁がせる約束をしました駒姫は 京に到着し 滞在した宿で身体を休めている間に謀反の罪で幽閉されていた 秀次は自決し 首をとられてしまいました女子供は許される事が多かったのですが秀吉は やっと授かった我子可愛さに 許しませんでした許されたのは正室ひとりだけでねあとは全員 三条河原に連れて行かれました河原には 大きな穴が掘られていて穴の前には 秀次の首がさらされています側室や子供を抱いた乳母まで37人 切られて穴に放り込まれました最後に秀次の首が放り込まれ土をかぶせられて その上に 畜生塚と きざまれた碑がおかれました殺された側室の中には 母と娘もいてね 秀吉は 秀次の女狂いを 犬畜生と言って嫌っていました駒姫は まだ側室にはなっていなかったので最上の殿様は必死で助命を嘆願し秀吉は 「駒姫だけは 処刑せずに 尼にするように」早馬をたてていたのですが間に合わずに 11番目に処刑されました…………電話がないしね 駒姫の母君は 悲しみから立ち直られず14日後に命を絶ってしまいました最上の駒姫も 20人の側室たちにしてもいったい何の罪があったのでしょうね 当時 名が売れ出した出雲のお国が 三条河原に芝居小屋建てていて 沢山の群集と共に 夜明けから日没までの この一部始終をじっと見ていて この惨劇の影に居る淀君という女性を 恐ろしがるんですがやっぱり歴史小説って面白いですね いつの間にか 繋がっていますね
2010.07.20
露があけましたね近くの一級河川が あふれそうでしたが よかったです………お市の方は 貧相な秀吉を嫌いましたが私はきらいじゃないんですよ 庶民的でとても 好きなんです信長より家康より 人情味があって好きたぶんそんな人が多いと思いますが残酷な事をとても嫌った秀吉ですが ただ一つだけ 目を覆いたくなるような残酷な処刑をしています後継者がなかった秀吉が 姉の子を養子にし 関白職をゆずりますが世の不思議 どの側室にも 子が授からなかったのに 淀君だけに子が出来てしまいました姉の子 秀次さんは 武将としも優秀なんですが子が産まれれば 実子に家を継がせたいのが また人情です秀吉は 秀次を遠ざけるようになってしまいます秀次の不平不満がつのり罪もない人を殴り殺したり妊婦のお腹をさいて 胎児をつかみ出したり だんだんと 狂ってきました秀吉は秀次謀反の陰謀ありとして 幽閉しひたすら反省して 恭順の意志をしめした秀次の首を取ってしまいました人って歳をとると円くなるって言いますが反対だと思うんですよ 煩悩が強くなるんじゃないかしら子煩悩って ほんとに 罪なんですねこの事を思うと そう思う 秀次は20人の側室をもっていて 子達をあわせるとその一族は 駒姫を含め 37人にも及ぶのですが 秀吉の憎しみは激しく………………………… 暑いので 秀吉の残酷な処刑のシーンは 次回でいいですか
2010.07.17
室町時代を通り過ぎると いよいよ安土桃山時代 戦国時代になりますね戦国時代の代表的な女性 お市御寮人お市の方は 特に好きなんですがこの方を思うと時代がちがっていたらって つい思ってしまいます 今度ドラマになるようですからまた 楽しみに待っていましょうね 織田信長の妹で 絶世の美女 秀吉が中間の頃に いつも ひっそりとあこがれ続けた深窓佳人最初の結婚は 兄信長に利用され 浅井長政との政略結婚浅井長政は お市の方との結婚をとても喜び後に殺されますが男子が1人 女子が三人 産まれました長女が淀君 二女が初殿 三女が お江の方戦乱の世に 浅井家の居城である小谷城で 幸せに暮らしました後に 壮絶な戦いのあげく お城は 兄信長に落とされるのですがこの時 夫長政は お市の方に 信長の陣に送り返すと言いますお市の方は 「縁あって嫁いだ身 お供したい」と 繰り返すのですが長政殿は 「かわいい姫たちを殺すのは いかにも不憫 ここは聞き分けて逃げてくれ」とさとし 籠に乗せて 無理矢理に送り返し 自決しました二度目の政略結婚は 信長の三男に利用されます今度は 甥に当る信孝殿に 柴田勝家と結婚させられました面白いのは 秀吉も柴田勝家も 今で言ったら同期の社員のような関係でね秀吉の大いなる野望と 嫉妬から(想像ですが) 戦争へと発展し柴田勝家の砦が落とされます10年前と同じように 夫はお市の方を呼んで 言いました「そなたは 亡き上様の妹なれば 秀吉も無礼はすまい 城をでて 命をまっとうされよ」と言うのですがですが 今度は どんなにいわれても 「娘達だけお出しください」と願うばかり勝家は娘ほど若い妻の願いを 快く受け止め 共に死ぬ事を許しました浅井長政も柴田勝家も 勇敢で類いまれな 優れた武将 幸せになれたのに その度に倒されて生きていても また同じ事の繰り返し と 憂いたのでしょうね我慢も二度まで 三度はないよ そんな感じお市の方は 10代の頃から貧相な秀吉が大きらいなのでした秀吉の側室にならねばならぬとしたらそれは 絶対にイヤでした (想像ですが)それが 生きるのをやめた理由ではないかもしれませんが まぁ ちらっとは 思ったかもしれませんね
2010.07.12
北条政子さんの次は 室町幕府の日野富子さんですが私の中では 悪女ナンバーワンに輝いておりましてこの方を思うと 淀殿など 可愛いもの富子さんは 豪族日野家のお姫様です室町幕府の歴代足利将軍の正室は ほとんど日野家から 当然のように 8代目の将軍足利善政の正室になりましたこの時 善政殿の何人もの側室を 刺客 排斥しての政略結婚政略結婚も ほかほかといつも春のようであれば 大成功ですが夫の善政殿は 富子さんがきらいだったとおもわれます元々 茶や能楽で 優雅に遊んでいたのですがそんな人ですから 富子さんの美しさの中に 鬼が住んでいるのを 最初から気ずいたのでしょうか富子さんや日野家をもてあまし 遂には政治をきらい風流のほうに 精神的に進んでいきますそちらの方で すばらしい名声を残しました情熱をそそいで 銀閣寺を造っていますねこの富子さんって 騒ぎをおこして おもしろがるような人あなたの周りに居ませんか?こんな ずる 賢い 人 時々いますよ (オオ ノーサンキュウ)しばらくして 善政殿は 男子が生まれないとして実弟を次期将軍候補としますが この時 富子さんは身ごもっていたのですが 夫に言わないのよまた 女の子だと思った? いいえそんなしおらしい彼女ではないんですね月が満ちて 産室の隣の間には もしかしての替え玉も用意してありました無事に ちゃんと男子が生まれたので高額で買ってきた替え玉の男の赤ちゃんはその後 始末させられた侍女が 捨てきれず親子となり 幸せになりました) そんな本を読みましたが………さて将軍家は跡目問題で 豪族や家臣を巻き込んで 真っ二つに分かれます東西にわかれて 戦争にまで発展し 10年以上も勝ったり まけたり民衆はたまったものではありません 世の中がどんなに荒れても 富子さんには関係ありませんずる 賢い 御台様の富子さん すごいよ戦争中 大名などに 高利で金貸ししてね ぼろ儲けまだすごいのは 敵の大名にも 商売 商売にはげんでぼろ儲け私腹を肥やす事に一生懸命いくらあっても足りなくて 関所に通行税をかけてしまいますナンチュウ女だろね天皇様にもちゃんと通る言い訳も 理屈も申し立てるのですからね将軍より 天皇より 頭の切れる富子さんです戦争が終わる頃には 夫婦は犬猿の仲 夫の善政殿は 9歳の義尚に将軍職をゆずってしまい富子さんの元を離れました9代将軍義尚殿も 母をきらい 住居を共にせず 父同様 政治をきらい 風流を好んでいますある時 「義尚様がご危篤でございます」富子さんが 急ぎ 向かった先は危篤状態にある息子ではなく実妹が産んだ 次の将軍の候補者の屋敷なのでした こんな 日野富子さんが牛耳った室町時代 民衆も苦労が報われなくて 荒れております
2010.07.06
今日は 平の清盛殿に死んでいただきますねううんと前に 家康 秀吉の臨終もいたしました 天下人も臨終も一様ではないようですよ高熱でバタ狂って ものすごい形相で死んでいった平の清盛殿まだまだ 世相が混沌として 源平合戦も 負けたり 勝ったりその最中 清盛殿は急病で倒れます洛中洛外の京都のお寺は 祈祷が始まり てんやわんや何日も高熱が続き そこで比延山から水を汲みこんで 石のお風呂に入れ清盛をその中で 冷まそうとしますが たちまちお湯になってしまうある夜 正室の二位殿は 恐ろしい夢を見ました鬼が 鬼が 乗っている燃え盛る車が 館に突進してきます二位殿が なにごとか とたずねると「えん魔と申す 清盛殿をお迎えに参ったしだい東大寺大仏を燃やし 多くの民を殺した罪により 地獄の底にお連れ申す」二位殿は なにか してやれる事がないかと枕元で そっと たずねました「何か 思い残す事はございませぬか」 (もうちょっと やさしいかもしれませんが)「栄華をきわめた今 何も思い残す事はないが ただ頼朝の首を見ぬ事だけが心残り 急ぎ頼朝の首をはね 墓前にかけよ」高熱にうかされ 喘ぎ喘ぎ 言うのでした戦いに明け暮れた男の人って すごいねこうして 生きながらの灼熱地獄に苦しみながら 仁王様のような形相になりえん魔様に引きずられて 地獄の底に 逝ったのでした 鬼は 平の清盛出生の秘密にも登場してきます 因果でしょうか そのお話も面白いのですが また機会があれば
2010.07.03
源平合戦は 義経のファンなので 源氏の味方なのですが平氏も 有名な女性が沢山いますね平家最後の場面壇ノ浦で 孫に当る幼帝 安徳天皇を抱いて 入水自殺をした平の清盛の正室 二位殿と安徳天皇の母君で 二位殿の娘さんの徳子様が とても印象的ですドラマで尼さんが幼帝をだいて 船から身を投げるシーン 見たことがありませんかあのシーンです清盛が死んでからは 息子達と共に 平家を支えた二位殿ですがもうこれまで と 観念し「女といえども 敵の手には かかりませぬ 帝のお供をいたします 志が同じ者は 続きなされ」安徳天皇は 8歳です 「我は いずくに 参るぞ?」 と 不審がれば「波の底の 都でございます」 と しっかりと慰めつつ海に身を投げたのです徳子様も すぐに 海に入ったのですが義経に助けられてしまいました 所で 源平合戦には 重要人物がいます 時の帝 後白河天皇 この方が くせもの あっちにつき こっちにつき 清盛についていながら 木曽義仲を持ち上げたり 義経についたり (龍馬伝 見てますか ? 山内溶堂みたいな人です 話は飛びますが 武市半平太 自分で 毒まんじゅう食べれば良いのにね~) 身の危険を感じると さっさと息子高倉天皇へゆずり ご自分は法皇となって 実権はゆずらない という 有様です夫の高倉天皇は既に病死しておりこの悲運が 姑が仕組んだ事とは知らず助け出された徳子さまは母と我子を飲み込んだ海の上で どぶねずみのような姿を 敵にさらして 耐え続けておりました平家のお姫様で 叶わない事など なに一つも無かった娘時代皇后となり 幼帝の母となったはれがましさ一挙に引き摺り下ろされて 恥辱に耐えに耐えその後の 長い長い年月を 京都大原の寂光院で過ごされました我子と平家一族の弔いに一生をささげ小さな庵に 花を咲かせ 静に 静に お暮らしになりましたとても とても 長生きされたようですよきっと 二位殿と安徳天皇が生きよう 生きようとする徳子様を見守っていたのでしょうね
2010.06.29

サッカー おめでとうございます うれしかったですね朝一番のニュースでしたこちらは 雨がふらない雨期でしたが今日やっと本格的に雨になりそうです どか雨がきませんように相撲界は とんでもないことになっていますねテレビ中継がなかったら お相撲ファンはガックリです受信料払っているのにね~奈良か平安か忘れましたが天皇継承権を争って お相撲で決めたこともあるんですその時は 体格の良い大きな力士が勝ったのではなくてすばしっこい小さな力士が勝ったのでしたすっごく面白かったでしょうね 大和の国の時代から お相撲で賑わっていたのだから お相撲界は 頑張ってください…………ベランダでハトが卵を温めていたのよそっと そっとしていて足がつるくらいに そっと歩いていたのですが残念でした ハトさん ごめんね 卵が落ちてしまっていました 何者かが襲撃したのでしょうね巣は居心地よさそうに ちゃんと作っってあるけれどベランダの手摺の高さですからね かわいそうでした………タケノコ と 堀たての小さなじゃが 堀立てのじゃが この皮のほろ苦味が旬の味がしますね
2010.06.25
自己満足の私のブログの中で源頼朝が登場してきたのでついでに北条政子さんに出演してもらいますね将軍の正室が御台所と呼ばれた 最初の人私の中では 歴代の女性の中でも ワースト3に入る悪女 北条政子伊豆一番の北条家の娘 徳川家康の正室の築山殿同様 権門の妻です築山殿は今川のお姫様で 政略結婚でしたが政子さんは 恋愛結婚でね すごい情熱で 流人の貴公子に過ぎなかった頼朝の元へ 押しかけ女房です名門で頭のいいお姫様のわたくしに出来ない事はありませんこの時は 頼朝さんに 野心はなかったと思いますね (かってな想像です)ただ単に女好きだったんじゃない娘を引き戻す事をあきらめた北条時政は頼朝に暖かい手を差し伸べるようになりましたどのくらいから 誰が野心をもったのでしょうね頼朝? 時政?間違いなく 輝かしい未来を手に入れたのは 政子さんでした一夫多妻制です 頼朝の女たちも何人も登場してきます御台所となった政子さんの嫉妬は 並外れでした御台所に隠れて こっそり頼朝の子を育てるは 戦々恐々 至難の業ある時は寵愛する女性の家を 「屋敷をぶち壊して来い」と命じていますその家は もうぐちゃぐちゃ 家族は逃げ出してしまいましたホラー映画のようでしょう 頼朝は政子さんを恐れて できた子供は ほとんど鎌倉から遠ざけて 育てていますなさけない頼朝さんのようですが ちがうんよね 将軍頼朝は 落馬の事故で 突然亡くなってしまいますそこからが すごいんですよ幕府の実権は 政子さんと 実家の父時政や兄弟達 一度握った権力はたとえ可愛い我子にも 渡したくありませんいいえ 我子以上に 自分が大事頼朝との間に 男子が二人生まれていますが 政子さん自身が 殺しちゃったんです(たぶん)長男を殺し 次男は長男の子供に殺されたのですが(幕府の実権は 尼将軍となった政子さんの手にあったのですからね)鶴岡八幡宮の大銀杏が 去年 強風で根本から ぐっさりと倒れましたねあの大銀杏の木に隠れていた政子さんの孫が石段をおりてきた政子さんの次男を殺してしまったんですかわいそうな孫さんは 親の仇を間違えてしまったんですね(親の敵はおばあちゃん!)(すいません 想像です)この孫さんも殺されてしまいました鶴岡八幡宮の大銀杏の一件で源頼朝の直系の血は 完全に断たれ 幕府は北条家のものなりました頭はとても良かったのでしょうが ヒステリーの政子さんが引っ張る 鎌倉幕府は たぶん良くなかったのでしょう名僧といわれるお坊さんが登場してきます 私の勝手な想像に左右される事無く ご自分なりに歴史を楽しんでくださいね
2010.06.21
居酒屋の看板に 養老の滝 って 書いてあるでしょう酒屋のチェーン店にもなっています養老の滝が 何ともなしに お酒の事だろうって思っている方は いらっしゃいませんか?岐阜県の養老公園にゆかりのある方は ご存知でしょうが今一度 養老の滝物語時は ううんと昔 はるかかなたの 奈良時代美濃の国に 貧しい木こりの男が 親を養って暮らしておりました名は源之蒸父親はお酒が大好きで 朝な夕なお酒を飲んでいたので 源之蒸は柴を背負い 町にでた時には 必ずお酒を買って帰ってきました苦労は人一倍ですが喜ぶ父親の姿に 心がなごみ ほのぼのと幸せに暮らしておりましたある時 山に入った源之蒸は すってん ころりんよろれた手を払いながら 衣類についた泥をはらいながらふっと 漂うお酒の香りに気づきました石の間から 沸き出でる泉に気がつき 近寄ってみると 色と香りはお酒そのもの飲んでみると 上等のお酒ですそれからは 毎日この泉に立ち寄って 父親を喜ばせました噂は直ぐに広がりましたさっそくに 時の帝元正天皇がご覧になると仰せられましたその泉は 苔に覆われて石の間からチョロチョロと流れ 芳ばしい香りを漂わせておりました天皇は感動されて (これこそ 至孝のゆえ 徳のあらわれであろう)と思われ元号を養老と改めました源之蒸の家はどんどん栄え 老父も壮健 やがて 帝の命がくだり 源之蒸は美濃の守に取り立てられました元正天皇は兄弟で額田女王を愛した弟君天武天皇のお孫さんになります 養老の滝は 孝行酒 美酒 長寿酒 繁栄酒 そんな意味あるようです 人間には108の煩悩があると言います 子煩悩って言いますが 子煩悩は罪なのでしょう? 罪といわれても困りますが 親孝行は徳になるんですね 古代昔から むずかしい事なのでしょうね
2010.06.14

そろそろ 花菖蒲が咲きそろいました 花菖蒲は まだ 何種類か咲きそうです私は なんとなく仏教 という感じだけで 実際には無宗教で 神も仏もないのです仏教の開祖 お釈迦様の いい加減な お話をした事がありますがしつこく いい加減さだけが増量して その続きです お釈迦様が クワ科の木の下で 瞑想して 悟りを開き 仏になったので(ここが良く分かりませんが 悟りを開いたとき 後光がさしたのでしょうか)なので その木は菩提樹と呼ばれるようになりました胡桃に似た実ができます お寺さんで良く見ますね菩提寺の菩提樹でお数珠を作ってもらった とか聞きますよね菩提(ぼだい) とはどういう意味ですか?究極的な知恵 とか 悟りの境地の事を言いますお釈迦様は菩提をご自分のものにして 仏になったと言われています菩提を弔う とはどういう意味でしょう? 亡くなった人が お釈迦様と同じように菩提に到達して 仏になれる様に 願う事だそうです なるほど 菩提を弔うとは そういう意味があったのね
2010.06.08

いつも ご訪問ありがとうございます興味のある 歴史の女性の話をしながら女の業を見つめています今日はえん魔様 (中国の服を着た 怒った顔の男性ですが)昔おばあちゃんに 「嘘をついたらえん魔様に舌を抜かれるよ」って言われませんでした?えん魔様は 人間で一番最初に死んだ人の名前なんですよよくお盆過ぎに 「地獄の蓋が開く」って言いますが薮入りがえん魔様の命日ですって えん魔様は 地獄の主でもね ご安心を地獄に落ちる人間の閻魔帳を見ながら 生前の行いを正しく判断してくれますここが 地獄行き 天国行きの 本当の分かれ目歯槽膿漏を計るときのように女の業も計ってもらって (何ミリまでは許~す 天国行き)(1センチ以内 ギリギリセーフ 天国)そんな分かりやすいマニュアル無いかいな女の業を克服するには正真正銘のやさしさ それが一番強い味方みたい女の子を育てている方は やさしい やさしい 女性に育ててあげてください一番の生きる力になるみたい我ままに育てると 可愛そうですよ
2010.06.04
菖蒲園に行かれる方は あわてないほうがいいですよ気温が上がらないので なかなかです菖蒲の 種類の一つに 吉野山があるのですが 心待ちにしていますで 吉野山 には源平合戦のヒロインあの静御前がいます「 吉野山の別れ 」相思相愛の義経と静御前が 泣きの涙で別れるシーンが有名ね時は 平安から鎌倉幕府に移ろうとしています源平合戦も 勝ったり 負けたり 追ったり 追われたりしながら壇ノ浦で義経が平氏を破り 平氏の時代も終わりましたすると 今度は兄弟ケンカですね ( 直ぐに闘争本能むき出しです )異母兄弟の義経と頼朝の争いですね 頼朝は 全国に義経追討令を出してしまいました 静御前は白拍子 遊女ですが 歌って踊る事を職業とします 天皇の前で踊り 日本一と言われたほどで 義経が手柄を立てて朝廷を訪れたときに 引き合わされて 義経の愛妾になっていますそれは 良いのですが追討令が出されて 義経は 静をつれ 数人の従者と もちろんあの弁慶も伴って雪に覆われた吉野山に逃げ込みます追っ手が近づいてきて 険しい山の中に入らねばなりません静にこれ以上は無理と感じた義経は数人の従者と金品をつけて 戻るように言い渡しましたこれが 吉野山の別れ ひとり静 頼る人もいなくなってしまいます命が惜しくなった従者は 静を敵に売り渡してしまいます常盤御前と平清盛の一件を思い出してください男って 一体全体どうなっているのでしょうね大将になると 同じような事を言い出します頼朝は静御前の舞を見たいと言い出しましたお腹には小さな命が宿っています舞台は鶴岡八幡宮 境内には 義経の愛妾を見ようと 沢山の人だかりあれこれ 言い訳をしますが 許しがでません覚悟を決めて 空を見上げました そこに義経様が表れたのでしょう (想像です)義経が恋しい 会いたい と 替え歌にして 踊ってしまいました頼朝は不機嫌になって 「白拍子など面白くはない」 熱はすっかり冷めましたこの時 静御前は まだ19歳で 純情一路姑にあたる 常盤御前には 敵に寄りかかっても 生き抜くたくましさがありましたが嫁にあたる 静にはできませんでした子供は殺されてしまい 義経の思いを抱いて ひとり静に旅に出ます噂をたよりに ひとり静 さまよい続けますが恋しい義経様に会うことも無くひとり静に亡くなりました我が家の 吉野山 悲恋の花は どんな風に咲くのでしょうか
2010.05.29

2等賞が開きました業平は むらさき色のビロードでしたがこの人は なんとも みやびです その名は きょうまい さん………先日 勇ましい巴御前のお話をしましたが源平合戦には 沢山の美しい女性が登場しますね今日は 源平合戦の主人公 牛若丸 源義経の母君のお話です(義経殿はイケメンのもてもてだったのですが そっちは そのうちに……)幼名牛若丸 義経のお母さんは常盤御前御所で雑仕役を雇うに当り 美女1,000人を集め10人ほど採用しましたその中で一番美しかったそうですそのくらい 誰をも魅了するほどの美しさだったと 伝えておきますねその後 名門 源の善朝の側室となり 3人の男の子を生みます巴御前の木曽義仲の父と善朝は兄弟で 共に戦い戦いの明け暮れ 良くなったり 悪くなったり善朝は謀反人の首謀となり 弟の木曽義仲の父と共に 殺されてしまいました木曽義仲は乳母の手で 隠れて育てられましたね常盤御前は 夫の遺言である 「清盛は子供を必ず殺すだろう」信じて産まれたばかりの牛若丸を抱いて小さな子供2人をつれて 雪の振る中 大和の国の親戚を頼ってあわてて 京の都出て行きます 時は平安京です 大和の国は 大和朝廷があったあたり 近畿あたり長くなりましたが ここからが修羅場妻子が逃げている事を知った 平清盛は常盤御前の母を捕まえて 責め立てます人づてにそれを知った 常盤御前かつて仕えていた御所へ 出向き「清盛様の所へ連れて行ってください」と願い出ました会った瞬間に清盛は 常盤御前の 美しさに 完全に迷いましたかつて 1,000人の中で1番美しかったわたし!男の迷いを感じ取るのは早かったのですねかつて 名門源氏の意地で 牛若丸を抱いて 雪の中をさまよった常盤御前は母と子供の命と引き換えに 敵の名門 平氏の大将の側室になりました。美しいのは私の罪 いいえ 生きる武器 常盤御前が 性格は良いけど ヘチャムクレとかだったらイケメンで強いあの義経はいなかったんですねおしまい
2010.05.25

去年から 菖蒲を育てています何種類かありますがどんどん 膨らんできて一等賞は この人でした なりひらさん ですまた 開いたらのせますので 見てくださいね先日 近くの篠栗南蔵院に出かけましたここは 宝くじが何度も当るので有名ですが大きな涅槃仏があって 高速道路から見えてね近くを通る時には 車の中からも拝む事ができます涅槃仏は あちこちにありますが始めてみたときは びっくりしますね腕枕でのんびりと横になっている様に見えますがお釈迦様のご臨終の姿ですお釈迦様の生涯ですが紀元前のお話です インドのネパールの王家に難産のあげく 母君の命と引き換えにして皇子様が誕生しましたスクスクと成長する中で 死を深刻に考える少年に育っていましたやがて 結婚し子供をもうけましたがその生活に飽き足らず 髪を切って 何も持たず ボロをまとい 城を出て行きます(瀬戸内晴美さんを思いますね)それから 何年も苦行をし挫折と苦行を繰り返しますが 満足を得られませんある時 なんとかの木のしたで 瞑想して 仏陀になりました弟子や信者が増えて 大きな組織になっていきますお釈迦様は 教えを説いて歩いている間にいつの間にか 80歳になっていましたお釈迦様も不滅ではありません身体の衰えを感じて 故里をめざして旅にでます途中 重い病にかかって 沢山の信者に見守られて 亡くなってしまいました故里にたどり着く事ができませんでしたお釈迦様がなくなった日が仏滅で そのお姿が涅槃だそうですよ ………………………………いいかげんのようですが………………………………大筋だけは 合っていると思います たぶん…
2010.05.22

あおによし 奈良に平城京が復元されて 賑わっています朱塗りの円柱が 印象的ですがこの時代はまだ 朝廷や豪族同士が争っていて武士が存在していない時代です額田女王を愛していた 天智天皇 天武天皇の時から ほんのちょっと少し進んで 大和朝廷から平城京に移りましたこの美しいお方は 日本のマザーテレサ 聖武天皇の皇后様で 光明皇后藤原不比等の娘さんでね 聖武天皇の母君と姉妹になります光明皇后様は とても仏教に帰依していて ご自分の官職として 薬局を開いて貧しい人々の為に薬をほどこしたりご自分が相続した財産で 孤児院を作ったりして 慈善事業をしていますまた ある時皇后自ら ライ病患者の身体を荒いご自分の口で 膿を吸ってあげましたすると 患者は突然 金色の光をおびて仏様になって 飛んでいきましたまた 異国の地インドで ガンダーラ国王が (願わくば 生身の観世音菩薩を拝んでみたい)と願をかけていたら(日本国の光明皇后を身よ) と神のお告げがあった とうのです 慈悲深い光明皇后の2つの伝説です 国立ハンセン病療養所の岡山の邑久光明園は そんな光明皇后の 名前をとられたそうですよ奈良の都 平城京を歩いてみたいのですが 相変わらず 不景気です………
2010.05.15

源平合戦で 咲いた花 この方は 日本のジャンヌダルク 巴御前並みの男よりも 勇敢でとても強いのです木曽義仲と巴御前 数々の合戦で 最前線で戦い強い相手を バッタバッタと倒していった女性義仲殿の生まれは源の勇者の遺児 殺される運命にあったのですが木曽の山の中で 密かに乳母に育てられました巴御前はこの乳母の娘さんです義仲の愛妾とも言われていますがそうでもあり そうじゃないようでもあり彼女にとっては義仲殿は 主君以上 兄弟以上 なので 最後まで運命を共にしていっしょに戦い抜いたのでしょうね木曽義仲殿は 出世していく中で お公家様のお姫様を 正妻にしています山の中で自然児として育ち 強く野心家この深層のお姫様は 義仲殿が得た唯一宝物義仲殿の短い生涯は 戦いの日々 最後の合戦の時もう 手勢も少なく事態は切迫していますその最中 最後の別れに 宝物の姫様に会いに行きます義仲殿の中に巴御前は居なかった 可愛そうな巴さん最初から わかっていたでしょうねなので ストレス解消に なぎなたを振り回してどんどん 強くなっていったと思われます (想像です)最後 手勢が数十騎になっても 生き残っていた巴御前それでも 手を取り合って死を迎えるはずだったのに「義仲が最後の戦に 女連れとあっては心外である 何処えなりと 早落ち行くがよい」身勝手な事を言うまたもや 裏切られ またまたショック?「…………。……では 私の最後の勇士をお目にかけます」最後の ストレス解消 思いっきり 一気に 何人も討ち取って鎧兜を取り 姿を消したと言う事でしたその後は 仏門に入ったという説と結婚して 子供を強い武将に育てていて 名のある合戦で活躍した武将の母親であるという説巴御前ありき そのほうが楽しい強くても 勇敢でも しょせんはやっぱり女 男以上にはなれませんでした
2010.05.13

桐が満開ですよ私ね 徳川家のあおいのご紋は 桐と思っていましたがどうも 違うみたいです水戸黄門の「このご紋が目に入らぬか!」ってあれは桐のご紋って 誰かが言っていたんですが違うみたいよ三つ葉葵って あるんですね興味のある人は調べて教えてね……それにしても 美しいでしょう大きくのせてみましたが******日田 天瀬 の 慈恩の滝二段に流れています何年か前 飲料水のCMで見て一度来て見たかったんですこの滝は 時計回りにまわれるんですよちょっと言い回しができませんが楽しい****慈恩の滝の続き*滝の下を通り抜けられますちょっと狭いところがあるけどなんちゃないちょっと濡れるけどね*言うに言われず 気持ち良さ****慈恩の滝から 1時間程車で行くと竜門の滝もうちょっとしたら 大賑わい岩で滑って遊んでいます中州まで 行ってみますね****竜門の滝の続きこんな 感じです
2010.05.06

ブログを開くと ダンナの愚痴があるのでバチがあたりそうです龍馬伝の山内容堂殿も とても気になりますが今日は 春日の局三代将軍家光の乳母で 大奥に君臨し最後は 家光に抱かれて息を引き取ったと言われていますね本名 お福さん織田信長を打った明智光秀の一族の娘さんで その後落ち延びて母方の縁筋で結婚 3人の男の子をもうけますそこからが大変 夫が他の女性に子供を生ませた事に嫉妬して夫の愛人を殺して 江戸に逃げてきてしまいます逃げて来た江戸で将軍の乳母を募集している所司代の高札を見つけてしまったのですね面接にでかけて 素性や罪を 包み隠さず話すんですよ所司代は 教養のあるお福さんを 気に入ってしまい調べましたお福さんが 嘘偽り無く事実を話していたので 採用の至りになりました疱瘡の後が残り お顔がぶつぶつしていたとも言われます家系と教養と疱瘡にかかった後が 採用の基準となったかもちちゃな将軍に疱瘡を移されたらいけないのです当時江戸は まだまだ田舎で世界一の大都市 大江戸になるのは まだまだ先の話でね将軍の乳母とはいえ 沢山の人が応募していたとは言えなかったのでしょうね家康の側室だったとも言われますし家光の本当の母親だったとも言われますね家康は心から女性を愛するような所がなくて利用するような感じがしません?なので そうかなぁ とも 思ったりしますよね名君家光様徳川家は家康が家を興し二代将軍秀忠は父を助け 徳川を不動のものにしたのは 三代将軍家光と言われるほど母お江の方様にうとんじられた少年家光様が世をはかなんで 自殺を仕掛けたときに お福さんがしっかりと受け止め以後 身命をなげうって 家光様の養育に当っています自分の子供以上に家光様に愛情があったように 描かれているドラマが多いですよねこれって決めたら 一筋に突進する女性 干支は猪 (想像ですが) このお局様の存在なくして 徳川も江戸城も語れませんね
2010.04.21

滝廉太郎の 荒城の月 岡城跡です大きなとても広い立派な城跡です加藤清正が最初に作ったそうです幕末に薩摩藩が攻めて来ても 落ちなかったお城城壁に沢山の穴があいていて武器を備えた後なのか 旗を立てていた穴なのかしら明治になって 廃藩置県で お城の建物は長い歳月をかけて 取り壊されていきます滝廉太郎は 少年時代を ここ竹田で すごしていて荒れ果てたお城に登って遊んだ印象が強かったとされて荒城の月を作曲しています 高齢の義母が 危篤状態を繰り返している中での 参加しているグループでの 親睦の一泊旅行に行ってきました ダンナが会計を引き受けているので ちょっと無理押しのようでしたが どちらも何とか クリアしていますが 役を受けているのは 私ではなく 仕事以外は すべて他人任せのダンナ これが いつもケンカの種 顔で笑って 心で泣いて バスの中では 「おい 」と言えば 私が動くと思っています 私も歳デゲス 目も悪ければ 運動神経もかなり悪くなっています 何よりも 両々が悪くなってきています ダンナは 監督業一筋でね 妻の私は人夫さん状態 電話一本かけません! あり難い事に メンバーがもう分かってくれているので お昼 移動の関係で バスの中でお弁当を食べようという事になり 「このお弁当はどうでしょうね」って ダンナに聞いてくれているんですよ! すると 何もしないくせに ダンナは 「これじゃ……」 と 偉そうに言います 言うは簡単! メンバーの中には 先生と呼ばれる方が2名程 校長先生とお医者様 探して考えてくれるのはその方々(私は気をつかうばかりデゲス) 先生と呼ばれる方は やっぱり偉いですね つくづくと思いました (どうもダンナは飲めば良いと思ってる) 会のお金を預かり 不参加者のお土産を買い あの口この口の荷物を持ってうろうろしていると とても 親切なダンナは 「荷物はバスにおいてくれば楽なのに」と言ってくれる! 言うは簡単! 置いてこれないから持って歩いてるじゃない! 顔で笑って 心で怒るナイヤガラの滝といわれるおじりの滝? おがじりの滝?名前もちゃんと覚えていなくて綺麗ですよねあたり一面はチューリップの海でした 豊後高田の昭和の町を歩いていたら おおきな大根が 一本30円ですって うれしくなって 買っちゃったわよ 「お父さん これ重いからもっとってね」無理矢理に 仕返し!デゲス メンバーは 「やさしいね~ うちのダンナはこんな所で大根買うなって 絶対言うよ」 「30円なんて 絶対売ってないもん」 おかげさまで 一泊旅行も無事終了 写真もあまりとれませんでしたが 何事もなく 行けて良かったです ああ スッキリ
2010.04.13
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龍馬伝 面白いですね倒幕の重要人物の一人 土佐藩主の山内容堂は いつも むずかしい表情で 大杯でお酒を飲んでいましたが先週は 吉田東洋が暗殺されて暴れておりましたねこの方のお酒の飲み方が いつも面白く見てます「今日は美味しそう」 とか 「まずそう」 とかところで その内に長崎の大浦お慶さんが登場するようですよ長崎で龍馬を援助したと言われる お金持ちのお慶さん長崎の油屋の御寮人さんですが大店の御寮人とはちょっと違うんですね迎えたお婿さんがウダツがあがらなくて家業が傾きかけて イライラウダツの上がらない 婿殿を追い出してしまい女だてらに 大胆にも外人を相手に お茶を輸出して大儲けしました長崎って 出島があって 外国人が沢山出入していたのでもともと度胸のあるお慶さんは相手が誰であれ それ程の違和感も無かったのかもですね グラバー邸の近くのオルト邸は お慶さんと大儲けしたオルトさんの住いだそうですよお慶さん役は 余貴美子さん 姉御肌役にピッタリまた 楽しみですね図説日本の歴史(42)お慶さんは30代で財産を築いています龍馬亡き後 その後ですがその後は取引上で詐欺行為に合います長崎商人として、ちゃんと義を持っっていたといわれていますが士族や役所関係者が中に入っていた為に(何時の時代も悪代官が巾を利かせます……)不当な責任を負わされて大浦家は没落し お慶さんは不遇のうちに57才で亡くなりました 他にも豪商の悲しい話も沢山ありますが またの機会に…………
2010.04.08

用事があって お江戸方面に出かけました雲の中から 富士山が頭を出して歓迎してくれました日本一の富士山に 思わず 手を合わせそうになって綺麗でしょお江戸は大変 お祭りのように四方八方から人が押し寄せてきます仕事以外は他人任せのダンナと一緒なので疲れるのは私なのでラジオ体操用の 汚いズックを持っていってね目的地までは ズックで自信が無いけど ついてらっしゃい!日本一の富士山のお陰だと思うスムーズに スイスイ 間違うことなく行けました目的地近くになったら ヒールに履き替えて すましてました富士山 また お願いします ありがとサン
2010.04.05

雨がしとしと降っています 満開の桜がうす曇でも 雨でも 花びらが舞う今が一番良いですねお次の出番待ちは 筍ですなんとなく期待していたら 頂けました さっそくに 筍ごはんお初です しあわせ筍をお煮付けにする時はこのあたりではじゃがいもと炊き合わせますちょっと変わっていますよねじゃがいものホクホクが筍にまつわりついて美味しいのよ去年京都の竹林を歩きましたが 手入れが行き届いて すばらしいですよね筍も野放しの山の物よりも やっぱり 肥料や手入れの行き届いた筍が味が違う 美味しさが違いますね近くに合馬があります 広大な竹林です地域の企業努力で 加工工場も沢山あって こっそり京都にも合馬からって聞いています京都よりも ここのほうが早いのでしょうね 時々 筍屋さんから 皮のまま茹でてあるものを頂きます掘ってその場で釜茹でにするそうです また一味違います家庭ではできない事ですよ 皮のままなので 大鍋がいるしね 直ぐに使えるので便利ですこっちは合馬じゃなくて京都産のボイル生で送ってもらうよりもこのほうが便利で 安心かもしれませんね受付は今日から
2010.04.01

かわいらしい方ですよね和宮様孝明天皇の異母妹で 御所から幕末の第14代将軍徳川家茂様の正室として江戸城に嫁がれましたほんのわずかの間でしたが家茂様と幸せな新婚生活をされました徳川幕府の15人の将軍の中で側室を持たなかったのは家茂様だけだそうです家茂様が亡くなった後は 徳川家の存続だけを祈って「滅亡の事態になれば 自分も生きてはいない」と 朝廷に手紙を書いていますところで この方もドラマチックですよ和宮様は 公武合体で降嫁するまえに 婚約していたお方がおられました世襲王家の有栖川宮熾仁親王というお方今ならメール ちょっとまえなら 交換日記有栖川宮様と和宮様は 高貴なお方なので和歌ですよ すごく良いでしょう 和歌を交換し合って愛をはぐくんでいらっしゃったんですが 有栖川宮様の方が身をひいた形になりましたでね 後に 倒幕で 朝廷が錦の御旗を掲げて 御所から江戸城に向かうのですがその時の東征大総督がこの方有栖川宮様です何を思って東海道をヒタヒタと下られたのでしょうか 和宮様は 有栖川宮様にも直接手紙を託したとも言われます倒幕で国中が揺れ動いていた 大舞台で江戸城無血開城の主人公は 西郷隆盛 勝海舟 とおりますが何かを信じて お城から動かなかった和宮様も主人公の1人ですよね 後に 遺品の中に有栖川宮様の活版写真があったそうですよ 『御固出役留記』を読む静寛院宮御日記(2)
2010.03.29

お魚屋さんで お腹パンパンのイワシを見つけたのでちょっと早いかな と思いつつじんだ煮にしてみましたお魚を ぬか床のぬかで炊く ぬかみそ炊きです汚いでしょ家庭でつくるじんだ煮は こんな感じですこの頃は 婿どのも すっかりはまりました炊いていると 匂いがきついのでご近所のファンにも隠せません家でこしらえる人も少なくなりましたよ 大羽イワシ40本炊きました 最高記録です黒く見えるのは 山椒の実ですこのぬかだけでも ごはんがするするっと食べられます以上が 家庭で持っている普通のぬか床でつくる じんだ煮以下が 企業努力で 美しくて美味しそうな じんだ煮 イワシのじんだ煮 サバのじんだ煮 サンマのじんだ煮 小イワシのじんだ煮 キビナゴのじんだ煮私は自分で作るので 買ったことがないんですよ実は じんだ煮が食べたくて ぬか床を手入れしていますぬか床をお持ちの方は 一握りのぬか床のぬかを入れて イワシを炊いてみたら発酵したぬかは 身体の悪い菌を抑えるんですってよ
2010.03.26
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今日は 気持ち悪い 蛇がたくさん出てきますので夢を見そうな方は どうぞ 遠慮なく 通り過ぎてくださいね 加賀藩前田家も 利家殿まつ殿が亡くなって藩主は吉徳殿になりました まつ殿のひ孫さんに当たります私が見たのは 二つの絵ですがひとつは 蛇風呂に入れられた恐ろしい形相の女性あと一つは 密室の蛇のじゅうたんで はだけた着物姿の女性想像するだけで恐いでしょうどちらが本当でも 蛇責めって あったんですよ加賀藩主の家督争いのお家騒動です大槻伝蔵という家臣が 大悪人です頭が良かった伝蔵は 吉徳殿に取り入りちょっと頭が悪かった吉徳殿は うまくだまされて 伝蔵はどんどんと出世していきますついには 藩の実権を握ってしまいましたすると 藩内には排斥しようとする一派ができますよねだって 大悪人ですよ 吉徳殿は本当の姿の伝蔵を知らないじゃない吉徳殿には 3人の男子があって みんな側室の子側室貞が生んだ男子が数日違いで 第三子になってしまっていました (でもねぇ 数日違いで子供が生まれるというのも 現代なら…………ナンタルチア!)なんとか嫡子にしてもらおうと伝蔵に近づいた 貞さん (まさか 蛇責めにあうとは知らずにねぇ) (蛇とお友達にならないといけないなら 我慢したろうけどねぇ)そんな 悪事をしている最中 吉徳殿が急死第一子宗辰が家督を継いでしまいました宗辰を擁護していた家臣は ここで伝蔵を追い出します (ここで チャンチャンと終われば良かったものを)すぐに 今度は 家督を継いだばかりの宗辰殿が毒を盛られて死んでしまいます犯人が (お貞の方さまに依頼されました) と白状したものだから大騒動貞が取り調べられましたが 口を割らない なんとしても白を切るので (伝蔵と仕組んだ といってしまえば良かったのにねぇ)腹を立てた役人が考え出したのが 蛇責め すごいよね この役人の名前が知りたいですよね「女の人に そこまでしなくても」という役人も きっと居たと思うのですが……山のように蛇が入ったお風呂 もしくは 蛇のじゅうたんが敷き詰められた密室で拷問を受けた貞は数日後 気がふれて死んでしまいました…………たぶん
2010.03.23
徳川家康が臨終の時に短刀を持ってこさせ 「一族に刃を向けたものは この短刀で叩きつぶそうぞ」そう いって刀を抱いて あの世に逝ったそうですよ豊臣秀吉は家康を呼び 我子秀頼への忠義を迫って 誓わせてから安心して あの世に逝きましたね偉大な英雄達も 何よりも子供が大事だったのですね自分にはわからない 子供の行く末を心配するだけ自分達は 苦労して 辛抱して 成り上がって 到達したのにね年齢が進んでくると子供が特別に大事になってきませんかいままで大事じゃなかったのではないのですが なので秀吉や家康の親心が ちょっと身に染みます前田利家が臨終の時まつ殿が「あなた様は 沢山の殺生をされたので あの世で仇打ちに合いかねません刀を持って逝きなされ」利家は「何を言うか!俺は理不尽に殺生した覚えはない 道理に反してやたら人を切った覚えは一度もない 刀など必要はなかろう」まつ殿の前田利家様は 最後まで カッコ良いよね今日は ちょっと 嘘っぽいけれど そう外れてはないと思います毎度ながら 正確さにかけて 大変申し訳ありません
2010.03.18
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お江(おごう)の方様 浅井長政と 信長の妹お市御寮人の末の娘で 二代将軍徳川秀忠の正室千姫と三代将軍家光の母君で 天皇家に嫁いだ和子様の母君でまだ すごいんですよ 後には 女帝 明正天皇のお婆様にもなるんですよ私が 随分前に読んだのは 永井路子さんの乱紋(上)歴史の女性が何かを教えてくれるとしたら この方の辛抱ちっちゃな頃から 二度も落城の憂き目にあい 父 母を亡くして激しい性格の姉淀君の側にいながら 何をどんな風に思って成長されたのでしょうね徳川秀忠とは 現代風にいうと バツ2の再々婚でした三度共 秀吉の命令です 結婚させられたり 離婚させられたり夫と死別したり それなりに夫婦仲も良かったので 多分 その都度 秀吉を恨んだかもしれませんね3人の姉妹の中ではそれほどの美貌の噂も無く性格も大人しかったのでしょう 恨み言など言いません流れにながれて沿っているだけですそれが 自分を守る手段で 強い意志を感じます(浅井の血を絶やしてはいけません) 母は遺言しました十分に いいえ 十二分に母君を越えられましたねただ一つ 女の業が見られたのは 春日(かすが)の局との確執この方とは 息子家光を挟んで 一生懸命に戦いましたお江様らしくない と思ってしまいますが息子家光が 春日の局を母のように慕うので 嫉妬したのでしょうねしょうがないよね お子様がたくさん居たので 手が回らなかったのですよね 春日の局と女の戦いがありましたが 直系で将軍職を繋げられました家康が望んだ天皇家とも繋がりました天下人 信長 秀吉 家康 すべてに関わり身分の低い私が なんともご立派でした と 褒めるのも おこがましく思います 花々の系譜 浅井家三姉妹物語
2010.03.15
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秀吉の正室 ねね殿は 恋愛結婚の糟糠の妻家康の正室 築山殿は 政略結婚で権門(ケンモン)の妻でした華麗な今川一門の このうえのない姫であった私があなたの嫁になってやったのに………そんな感じ家康が15才 築山殿は25才いつも すまして 夫を軽視しているような……… そんな感じがしますが夫 家康が信長を主君とするのも気に入らないし親の敵の信長の娘徳姫が息子の嫁なのも気に入らないまた 息子夫婦が仲むつましいのも 全然気に入らない気に入らないだらけのお暮らしでございました女がこんな風になれば 男はもうどうしようもないよね昔は更年期障害も 早かったのでしょうかいつのまにか 家康の妻の立場よりも今川のお姫様にもどってしまい 信長の敵 武田と内通して信長の逆鱗に触れてしまいますで 38才 若いですよね 夫家康の命令で切られてしまいました権門に育った女性の はかない最後信長はねね殿は好きだったみたいなのに築山殿は許してないんですよね家康も 築山殿と正反対のねね殿を とても大事にしてますね 妻の死の報告をうけた家康が 尼にしてでも逃がしてやれただろうにと つぶやいたと言います家康の正室となった方は 築山殿と 秀吉の妹の朝日姫朝日姫は夫と離婚させられての結婚でした
2010.03.11
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籐吉朗が中間だった頃に 総組頭に美しい娘 八重殿(ねね殿)がおりました八重殿に 前田犬千代(前田利家)が惚れて 媒酌人を頼んで申し込みました総組頭は 犬千代が身分もいいし 人物も申し分ないと 喜んで承諾しましたところが 八重殿は どうしても承知しない困り果てた総組頭は 知恵者の籐吉朗に相談しました籐吉朗は 「私にお任せください 前田様にも八重殿にも いいように計らいまする」さっそくに 犬千代の所に行き「実は 八重殿は 私と婚約をしている親ご殿はそれを知らずに前田様との婚約を承知された故に どうしても破約にしてもらいたい」 犬千代は 八重殿が猿のような小さな籐吉朗に惚れるはずがない うそを言っている 困らせてやろうと思い「さようか それは知らなんだ 悪い事をした 私が媒酌人になりましょう」 籐吉朗は困って 断るのですが どうしても犬千代は承知せずに今度は逆に犬千代が 総組頭の元に走ります承知するはずがないと思った総組頭は 安心して娘に伝えれば「籐吉朗様なら よろこんで参ります」秀吉とねね殿 ねね殿の糟糠の妻の始まりです計ったような 計られたような恋愛結婚ですよね楽しいグループ交際の延長のようですねね殿と前田利家の妻まつ殿とは 心を通わせた親友同士となっていきますねね殿はとても人格者だったのでしょうね秀吉が出世していく途中 側室を持ち散らかして 英雄が色を好んでいる時に主君織田信長は 「 ハゲネズミがあなたほど素晴らしい女性を他に得られるはずはないのだから、あなたも奥方らしく堂々として、嫉妬などしないように」そんな手紙を残してるそうですよ秀吉が大きすぎて 苦労も多かったのでしょうがねね殿に相談して解決しない事はないといわれた程ですから家臣を大事にし 誰からも認められる そんな方だったのでしょうね 秀吉の母君とも 一生はなれずに暮らしたそうです秀吉の遺言であった秀頼と千姫の婚儀を見届けて 髪を落とし高台院と称し 高台寺で秀吉の冥福を祈って暮らしました家康は 豊臣家が滅亡した後も ねね殿の生涯は見守っておりました家康が一目も二目も置いた女性だったのでしょう80才まで生きたそうです女性の理想は観音菩薩だそうです ねね殿にはそんな方だったのでしょう歴史の中の女性が 早く死んでしまうには 理由が様々長く生きた女性は 一様に 穏やかで可愛いらしい方のように思いませんか?
2010.03.08
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姫路城が世界遺産になるので この秋から改修工事に入るんですね5年間は見られないのね桜の咲く頃に予約を入れていたのですが用事が出来てしまって 残念です 秋までに行かれるかなぁ姫路城は 千姫が大坂から助け出されて 本多忠刻の正室となり女としてとても幸せに暮らしたお城ですお雛様の時期になり あちこちで 可愛らしいお雛様を見るとどうしても 千姫と重なってしまう千姫は 芯からのお姫様家康の孫に生まれて 秀吉の遺言で すでに秀頼の正室になることが決まっていました家康に可愛がられて 何十人という家臣に守られて一生暮らせたと思う僧侶の因果居子が 千姫の絵を眺めて 家康に言いました「誠に良く描けておる けれど妖しの絵じゃ この女子は4人の男を死なせ 2人は狂い死にじゃ 徳川家には大事な人になる 長寿を保たれるぞよ」そのとおりに 波乱の人生でした大坂では あの淀君にいじめられて 不幸でしたけれど家康は 千姫を助け出したものには嫁にやる と板崎出羽守が炎上するお城を駆け回り 火傷を負いながらも助け出したのですが徳川家は家康の約束を守らなかった為に出羽守は 狂い死 呪いのかかって息子も同様火傷の激しく 恐ろしい形相の男に 千姫をやるのは忍びなかったのでしょうね千姫は 凛々しく立派な本多忠刻の妻になりましたお姫様って 大変ですよ寝室もお付の人がついてます で かわいそうな噂が立ちますのぞかれちょったのね 性欲が強かったと言われていますねそりゃ 男の人は 可愛くて仕方がないんでしょうね運悪く 夫は 労咳を患っていたらしくて母君は息子が身体が弱くなっていくのを寝室のせいとばかりに なげきます2人の子をもうけるのですが 男の子は死んでしまいます千姫には 淀君の呪いがかかっている とか 板崎出羽守の呪いじゃとか生きながら 伝説につつまれ その上に いやらしいものが加わっていってたぶん 利巧な重臣達は 千姫の耳には入れないでしょうけれどいつも よしなにいかようにもいいように してもらっていけたお姫様のように思います運悪く 夫 本多忠刻と父君との死がつづき母君が幽霊のようになって 千姫をのろいます 千姫の立場が悪くなっていくので 利巧な重臣達が立ち回り千姫の弟になる三代将軍家光が 江戸城に引き取ったそうですよその際 化粧料はこのまま変わらずに本多家にと 家光に願い出ています姫路城を後にしてからはやはり髪を下ろして 天樹院と名のり いかようにもよしなによきにはからえ で76歳までね 千姫もいいでしょう とても可愛いお姫様でしょう 千姫が姫路城の天守閣から 夜な夜な手招きして男を呼ぶ とか面白おかしい いやらしい噂が 沢山ありますが大丈夫 彼女の耳には届いていません淀君の呪いがある人が 天寿を真っ当するものですか ねぇ戦国おんな絵巻 姫路城 戦国の妻たち 淀どの覚書
2010.03.04
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淀君が秀吉の愛妾となり 君臨していた ちょうどその頃男装して 茶屋遊びに通う伊達男を演じる お国の踊りは庶民にもてはやされ 武家がひいきにし 御所でも演じ歌舞伎阿国一座の名は全国に流れていきましたお国の人生そのものが歌舞伎祖母は両親のいないお国に(かぶいてはいけないよ まっすくに生きていきなさいよ)日頃から言い聞かせていましたかぶく=正常じゃない 意味でしょうね 私達の年代では 不良 という意味でしょうか潜在的にみんなちょっとは憧れるでしょうお国が生きることは 踊ること そんな見かけ華やかな世界で 艶っぽいイケメンに恋をして時々の情念を 踊りに注ぎ込んで 拍手喝さい男を取ったり とられたり一座の役者をすっぽり引き剥かれたり踊る人は 良く言いますよね 酔いしれるって良い時も 悪い時も 酔いしれて 拍手喝さい あの淀君の前でも 踊ったんですよあんな 可愛くない淀君でしょたぶん あまりのすばらしさに メラメラと嫉妬したのでしょうね自分は女衆に酒を注がせて 飲みに飲んでいながら淀「そなたは酒を好むか?」 「女の身をかえりみず いささか飲みまする」淀「飲むのがすきか 酔うのが好きか」 「味わいよろしければ 酔うもまた自然かと存じます」淀「いや違う そなたは酔うばかりを好むであろう」踊る前から酒を飲んで 酔って踊っていた と言って 難癖をつけたのよ身分が低い者が 自分の前で 酔って踊るとは無礼千万 だってお国は 先ほど頂いたありがたいお酒は 口をつけない 飲まないいいよね そんなお酒飲まなくてもそんなまずい酒 飲んだら 口がまがる!三条河原に 大きな穴が掘られ盛った土の上に関白秀次の首が置かれその妻妾 姫 若 まで 37人が切られて穴に放り込まれた様子を お国はずっとながめていてんですよ秀吉は わが子可愛さに 秀次を許さなかったんですね淀君ほど 根性の悪い女性はいないんじゃない今回はお国さんでした阿国夢幻時代を生きる女性たち
2010.03.01
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夫人の冷たさに激怒した 細川忠興は食膳に 下郎の生首をのせたご飯とお味噌汁と お皿に首が乗っているお膳を 想像してくださいガラシャ夫人は 驚く事もなく そのまま食事を終えた という生首をのせる夫も夫 また夫人も変よね驚かない方が 変じゃない?たぶん もう うつ状態になっていたんじゃないでしょうか感情が完全にストップしてないと すまして箸を動かせないよね最初は 仲の良い 良い夫婦なんですよ出世していく 細川忠興を支えて 内助の功のお話も残っています父明智光秀が 本能寺で織田信長を打ち 三日天下 (実際には15日ぐらい? いいえ10日ぐらい)父が 「味方してくれ」と 頼んできた時に 夫忠興は断った姉の嫁した明智光忠も 妹の嫁した織田信重も 父明智光秀を助けているガラシャは夫に 「世間のそしりをうけましょうぞ」納得が出来なかったのでしょうね大罪人の娘となってしまった妻ガラシャを 夫は山中に幽閉します2年ほどして 秀吉が許し 夫の下へ帰ってきます生首のお話は たぶん この頃の事でしょう切支丹となって 洗礼を受けたのもこの頃でしょうね夫を恨む気持ちとの戦いの日々 苦しいよねガラシャ夫人は慈悲深い方のような印象ですが 内面ではとても苦しんで生きたような気がしますお父さんの明智光秀が もうすこし忍耐強い人だったら幸せ色だったのかもね戦国の女性たち 京都の謎(戦国編)
2010.02.26
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額田女王(ぬかたのおおきみ)改版「いつか 兄は汝を望んでくるだろう~」「まさか そのような事は」「兄は 自分が手に入れたいと思うものは 必ず手に入れる 今までそうしてきた」「お断りになった場合は?」「仲たがいする事はない 兄は私を頼りにしている 汝の気持ちはどうか?」「あなたからも身を引き 中大兄皇子(天智天皇)様のお招きも断るでしょう」「汝がそうしたいなら そうするがよい」 そう言い弟君の大海人皇子(天武天皇)が去ってゆく………聖徳太子の頃です もうううんと 前 遠く連なる山々が先の先まで広々とした時代とても 美しく生きた女性がいます美貌と才気あふれた 額田女王代々 神の声を聞く家の娘で 姉妹で女官として仕えます一夫多妻制のこの頃 皇子様達は 手当たりしだい始めは 兄の中大兄皇子(天智天皇)は姉を望み弟の大海人皇子(天武天皇)は妹の額田を望み 額田は女の子を産みます額田は 他の妃達との葛藤で とんがっては暮らしたくないそんな日々は 神の声が聞こえない 神の声を聞きたいなので 正式に妃の一人にはなっていません現に姉は 嫉妬 欲望に 憔悴して 朝廷を去っています周りの噂に戸を閉ざし 現状維持 妃のような 女官のような……中途半端のようですが 俗世間のうわさに どこ吹く風兄は 自分の娘二人を差し出し 弟に額田を求めました 兄の天智天皇は ちょっと すごいプレイボーイ いとこ はとこ その上 妹と 出来上がっちゃったり「気持ちの整理もあろう 一年したら 迎えに来る」と 天智天皇その一年の間に すっかり彼を愛してしまった待ちわびるようになったんですね 女心ですね天智天皇との暮らしも同様 妃のような 女官のような風は吹く 吹かれないといけないのなら せめて心は渡さない こころは私自分のもの そんな感じ周囲のうわさも 夫の気持ちも どこ吹く風ただ 神の声を聞いて 和歌をつくる事を仕事として……天智天皇が死んでから 弟の天武天皇がまた 「もどってはくれぬのか」と心から天智天皇を愛してしまっていたのでもう戻る事はありませんでした額田女王(ぬかたのおおきみ)改版額田女王は 魔性の女とか エロチックな感じで思われていますがいいえ 違いますよ 綺麗に素敵に生きた女性本を読んでみて下さい 読みずらいのは 人の名前の呼び方と 地名だけ 外交は中国だけ井上靖さんのがとても良いと思う 短歌でみる日本史群像いいよね どこふくかぜ たった一つの事意外は どこ吹くかぜ そんな風に過ごしたいものですね
2010.02.22
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お市の方が 生きるのを止めた時 3人の娘たちに「あなたたちは どんな時も どんな事をしてでも 生き続けなさい」と 言い残したそうです前に 三女お江の方が主人公の小説を読みました それは とても良かったですが(タイトルが思い出せなくて がっくりですが) もし お市の方が 娘達の為に 頑張って生きていたら 淀君の人生にも もう少し 潤いがあったかもしれませんね淀君には 私達女の持っている強い業のようなものが見られます二度も落城の憂き目にあい その都度 父 母を失い小さな二人の妹を思いながら 戦火をかいくぐってくれば そうなるのでしょうね 自分だけが頼りですいつの間にか あさはかなで 底の知れない欲 淀殿を思う時は「秀吉の側室などに なりたくはなかった」そんな 叫びが聞こえてくるようですただ力が欲しかったそれさえ手にはいればあんな思いをしなくて済むその一念でしょうね母の仇 大きらいな秀吉の側室になって 権力を手に入れたはずだったのよね権力 権力 権力だけは 離したくなかったのでしょうね どうかなるよね 狂うよね仲介に入った 中の妹 京極の初殿にも耳などかしません最後には 鎧をつけ 槍をもち指揮するのだもの そりゃ大坂城も 落ちるよね最後は千姫の袖を踏んで 押さえつけていた と 言います千姫は 家康の孫だけど お江の子 普通なら 自分にとっては可愛い姪 千姫のお付の者が 秀頼が自害したと嘘を言い淀殿が 「まだ 早い!」と立ち上がった隙に 助け出したという事ですよ狂ってるよね 戦火の中の壇場だし 千姫も助かった事だしまあ いい事にしましよう 大坂城炎上
2010.02.18
龍馬伝 昨日も 岩崎弥太郎さん 面白いね日本中が 攘夷じゃ 佐幕じゃ 尊王じゃ 揺れ動いていますが でも開国してるので外人がどんどん押し寄せてきますよ岩亀楼という遊郭日本人が遊ぶ日本館と 外人専用の異人館がありました外人のお客をとりたがらない遊女の為に奉行所が一応 定めていたのですがアメリカ人 アボットが………こやつが「ワタクシハ 日本館ノ喜遊ト遊ビタイデス……ゼヒゼヒ…」 などと 贅沢を言っただが お金を山と積まれても 喜遊はうんと言わない店の主は 喜遊が可愛いので 丁寧にお断りいたしましたすると こやつアポットは 奉行所に談判してしまいへっぽこ奉行は 主に 圧力をかけたんですね主は 喜遊を説得しなければ 商売が出来なくなるこの喜遊さんは 学があるんですお父さんが町医者で この論争の渦に巻き込まれて廃業し この界隈に身を沈めた人なんですね説得が無理となった主は いきずまってしまい 短刀をぬいて喉をつこうとした遊郭の主とお女郎は 苦労を知り尽くした親娘の関係といいます「お父さん それほどの事なら 異人のお相手をいたします」アポネの相手をするという その日喜遊さんは武士のように 切腹して果てた…………ふるあめりかに袖はぬらさじ…… 和歌を残しています自分の亡骸を外人にみせてほしい と遺書も残していますナメンナヨ とミサゲルナ と…………逃亡しても良かったのに 逃げ隠れもイヤだったのでしょうねこやつアポットは本国に帰った後 いい事も無く 早死にしたそうです 願望と想像ですふるあめりかに袖はぬらさじ現代日本戯曲大系(第9巻)岡引の人情話 柔らかいので軽く読めましたよ横浜異人街事件帖
2010.02.15

昨日は 新しく親戚になった方とのご用向きで 柳河藩 (柳川)の立花邸 (お花)までうなぎのせいろ蒸し と お庭の見物でした 柳川の川下りは有名ですがお雛様もすごいでしょうこんな感じで さげもん って言いますちっちゃなお姫様達が きゃっきゃ と 喜んでいましたよ柳川の水郷は 藩祖 名君と言われる 立花宗茂が 何年もかけて築造しています豊臣秀吉が 九州には 「立花が居る」と 信頼し続け関が原で 秀吉の恩義にむくい 西側についたが為に 領地を召し上げられてしまいましたが後に家康に好感をもたれて 復活5年程前ですが 女の私でも 夢中になって読めた本夢中になったのに 覚えてないんですか? って 言われそうですね(そうなのよ でも 歴史の本って その程度で良いみたいですよ興味のある所はつながっていきますから)たしか 立花宗茂様は 婿養子でね姑との 確執があったのですが本の表紙では 奥方様とご一緒なので 夫婦仲は好かったのでしょう個性が強い方ではなかったのでしょうね女神様としての印象は薄く思いますまた 読まなきゃ
2010.02.12
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