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休息とは回復であり、何もしないことではない。 -作家 ダニエル・W・ジョセリン最近、勤務の次の日の休みはダラダラ過ごしてしまうことが多い。この間買って買ったっきり見ていなかった本を見たら↑の言葉。数ヶ月前に、夜中の3時に仕事が終わり、5時に寝て、9時に待ち合わせをして、山梨の温泉に行ったことがある。帰ってきたのも遅く、次の日は早番という日だった。温泉帰りには、「きっと明日はしんどいだろうなぁ」なんて思っていた。けど、不思議と疲れは取れていて、むしろダラダラして過ごした翌日の方が体に堪える日が多い。だから、休みの日は単にダラダラ過ごすんじゃなくて、気持ちもリフレッシュするための活動が必要なんだ!ということで、今日は友達と六義園という紅葉の名勝に行ってきました。受付のおばさんに咲き具合を尋ねると、「七分くらいかしら」と言われたけど、どうみても青々とした木々ばっかり。友達とやっぱ早かったねぇなんていいながら散策をしました。そしたら、、、色づいているところはありました。一気に載せます!ってな感じです。で、六義園を出ると、おもちゃやさんを発見!!前にも日記に書いたんだけど、たまたま見つけたおもちゃ屋さんでずっと探していた糊と運命の出会い☆ゲット!!駒込周辺をぶらぶらしてると、素敵な雑貨屋さんを発見!針金で作った熊のぬいぐるみをゲット☆その後、新宿に行って毛糸の指輪キットをゲット!!スーパーに行って、材料買って料理して、、、ビックカメラでゲットしたBUMP OF CHICKINの新曲を聴きまくりました♪supernovaイイッ!!まじイイッ!!!そんな私にとってはいい事たっぷりの盛りだくさんハッピーデイでした。明日から月末まで仕事尽くしだけど、なんか頑張れそうなそんな気がします!!うん、休息とは何もしないことではないっ!!
Nov 25, 2005
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昨日、専門学校の友達に会った。で、ご飯を食べている時に、「これお土産」って、歯ブラシをもらった。アリエルの超かわいい歯ブラシ!で、同じ日、その友達の友達から、「すごいものあげるよ」と。それが、、、歯ブラシだった。彼は歯ブラシの会社に勤めているらしく、歯科衛生士もおすすめ。歯科衛生士で知らない人はいないという歯ブラシを私にくれたのと同時にその歯ブラシについて5分近く熱く語ってくれた。ほとんど内容は覚えてないけど、彼の熱い語りに終始笑いが止まらなかった。まぁ、彼の宣伝はよいのだけど、、、たぶん、かばんの中に新しい自分の歯ブラシが2本も入っている日は一生で昨日だけだったなぁなんて思って、日記を書いてみました。
Nov 24, 2005
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あるサイトでこんな言葉を見つけました。あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。(村枝賢一先生の漫画『RED』)ちょっと寒気がしました。自分が生まれた時、泣いて初めて呼吸をして、生を受けて、周りはきっと笑っていたと思います。そして、何十年という月日を経て、最期の日。。。私が死んだ時、何人の人が泣いてくれるんだろうそんな事を考えたことは何度かあります。けれど、自分が笑って最期を迎える人生って、そんなこと考えたこともありません。決して、一時的な単に苦しいとか痛いとか言う意味の‘辛くない’死ではなくて、生まれて最期の日までの、自分らしい人生の終着点である死のことを言っているんでしょうね。まだまだ最期の日は先かも知れないけど、今最期を迎えることになっても、後悔せず、笑って天国にいけるようなそんな人生を送らないとと思わせてくれる言葉でした。
Nov 22, 2005
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国内現役最年長のプロボクサーで元日本スーパーバンタム級王者の横田広明選手(44)が12日、神奈川県茅ケ崎市の同市総合体育館で行われた復帰2戦目に判定勝ちし、自身の最年長勝利記録を更新した。 横田選手は同級王座を3度防衛、世界挑戦もしたが1998年、日本ボクシングコミッション(JBC)が定める年齢制限で37歳で引退。JBCの規約改正を受け、昨年11月に約6年のブランクを経て3階級上のライト級で現役復帰し、初戦の勝利で最年長記録を打ち立てた。 約1年ぶりとなる復帰2戦目も初戦に続きライト級で出場。序盤から14歳年下の相手選手のパンチを巧みにかわし、顔面に効果的なパンチを当て続けた。 横田選手は試合後「名誉な記録だと思う。44歳での勝利は一生の記念です」と笑顔であいさつし、観客の大きな喝采(かっさい)を浴びた。今日の朝、彼とテレビを見ていた。44歳のプロボクサーの挑戦。今日、初めて知った横田選手。横田選手は、サラリーマンをしながらボクシングに励んでいた。記事にも書いてあるが、世界チャンピオンまであと一歩の所で年齢規制のため、引退せざるを得なくなった。しかし、彼はJBCの定める規定年齢撤回のため、署名運動・嘆願書提出等々さまざまな活動を行い、6年の歳月を経て年齢規制の撤回に至る。(テレビでちらっと見た情報なので間違えていたらごめんなさい)そして、今回44歳でのチャレンジ。専門家は、彼の肉体年齢は20代と言っていた、そして今回の相手は30歳。朝の、たった数分足らずのニュースだったけど、彼に勝ってもらいたいと思った。けれど、仕事ではそんなことも忘れてしまって働いてきた。さっき仕事から帰ってきて、ネットを見たら、このニュース。勝ったんだ!!!!何だか寒気がした。何だか勇気が沸いてきた。何だか無限というものを感じた。私は24歳で、「あぁ、、、10代の時だったらできたのに」とか「もう、遅いよね」とか言うことが多い。けど、彼の勝利の姿はみれなかったけど、ネットを通して知って今からでもできることって、無限にあるんだ。この時間を大切にしなきゃって思った。横田選手。ありがとうございました!
Nov 12, 2005
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朝、ちょっと早起きして仕事に行った。病棟にTさんはいなかった・・・昨日私がちょうど起きた頃の時間に遠くの世界に行ってしまった。休みの日でも連絡をくれると言っていたが、私が落ち込みすぎるのではと配慮してのこと、誰からも連絡がなく病棟に行って知った。連絡欲しいと思っていたけど、なくてよかったと実感する。ここ2ヶ月、日中の勤務はTさんの受け持ちだったからそこにTさんがいないことが不思議だったけど、なんだか看取ってないせいか、また戻ってくるんだ。一回退院したんだ。という感覚に陥っていた。けど、正直手のかかる人だったし、思い入れもあったし、暇があれば話したり色々ケアをしたりと大好きだったTさんだったから虚しかった。Tさんがいた部屋にはすでに新しい人が入って、新しい家族があって。。。すごく切ない。いつかスタッフの中の会話にTさんの名前がでてくることもほとんどなくなっちゃう日が来るかも知れない。けど、私は大切な私の患者さんの一人として絶対に絶対に忘れない。Tさんも私のこと孫って言ってくれた。きっと天国から見守ってくれているだろう。そう信じて、Tさんが最期を過ごしたこの場所で一生懸命看護師として輝いていこう、そう思う。
Nov 8, 2005
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Tさんの状態は急激に悪くなっています。お手洗いにどうにか移れていたけど、酸素の消費が激しくそれも難しくなってきました。先輩が私に声をかけてくれました。「せっかくここまでTさんとお散歩できて、絶対Tさんは嬉しかったと 思う。今日は、ベッドごと一緒にお散歩に行こうか?」と。先輩の心遣いにとても嬉しく思いました。Tさんにもそのことを伝えると、すごく嬉しそうな顔をしました。けれど、午後になってお散歩に行ける状態ではなくなりました。息苦しさがましてきたんです。今まで我慢強くて弱音をはかなかったTさん、きっと限界まで我慢していたんでしょう。封を切ったかのように苦しみ出しました。そんな苦しさのなか。。。「○○(私)さん、わしはどうなってもいいんです、 娘を、、、娘だけはたのんます。娘だけは・・・」Tさんのそんな芯からの心の優しさに感動するとともに、一人娘の今後を心配する父親の姿に私は感情を抑えることができませんでした。私にできることは限られています。けど、、、心配させたまま逝かせちゃだめ。「私にできることなら精一杯やらせていただきます。」これだけしか言えなかった。娘さんが来棟され、お別れの挨拶を二人でして、モルヒネの投与が始まりました。きっと今晩か、明日でしょうとドクターは言っていました。それが先週の金曜日。けど、Tさんまだ頑張っているようです。私が、明日勤務で会いに行くまで待っていて欲しいけど、、、だけど、苦しい時間はもういらないよね、Tさん。娘さんを置いていきたくない気持ちはすごく分かるけど、Tさん、最期くらい、娘さんや私達に甘えてね。辛いTさんを見ているのは、やっぱり辛いです。私は今回、Tさんとの関わりを通して、改めて亡くなられる方の関わりについて深く考えさせられました。限度がある中でも、Tさんをお家に帰らせたり、お散歩に行ったり、朝日を見に行ったり、一緒に売店に行ったり、外で乾杯したり。。。心不全を悪化させないための、観察や薬剤投与。酸素濃度を見ながらの、こまめな酸素調節。熱を見て解熱剤の投与。医師の介助ももちろん大切だけど、、、、もう少し、看護師続けてみよう。
Nov 7, 2005
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ふとカレンダーを見てみると先月の27日から日記を書いていない・・・書くことがないほど平凡な毎日でもなかったんだけど、何か書く気がしなかったんですね。先月末から今月の1週目は、今までにないくらいハードな日だった。けど、先日話をしたTさんのためだったから、あまりハードともいいたくないんだけど・・・夜中の3時くらいに勤務が終わって、朝日を見たいというTさんのため、8時出勤でよかったところを5時に起きて、病棟に行って、酸素ボンベをかついで朝日を見た。Tさんが私の存在を忘れているかのごとく朝日に見入っていて、私も朝日を見た。すごいまぶしくて、、、けど、こんなにしっかり朝日をみるのなんて元旦以外ないんだろうなって思った。Tさんはきっと死期を悟り始めていて、もう指折り数えるしか見れない朝日をしっかりと目に焼き付けていました。他の病棟の患者さんもでてきて、Tさんを囲んでは「きれいですね」なんて言っている光景がすごい素敵だった。次の日の午前中には、Tさんと私の中では恒例のお散歩。よく人を信じさせたくて’本当に’って言葉使うけど、、、Tさんの病室にいる時の表情は辛そうだけど、お散歩をしている時の表情は、本当に穏やかで、見ている私も幸せになってしまう。Tさんはカヌラっていうのとマスクのダブルで酸素投与をしていて、簡単にお散歩に行けるわけでもなく、酸素管理含め全身状態を見ながらのお散歩。大変だけど、Tさんを病棟にいる時の表情のままですごさせちゃだめって私もそんな表情をみているのが辛くて・・・きっとエゴなんだろうけど、毎日お散歩に行っています。そろそろお散歩に行けるのも限界なのかな。徐々に悪化していく状況にそんな事を感じざるを得ない私でした。
Nov 7, 2005
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