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アートな気分に浸りたくて、美術館ハシゴという豪華な休日を堪能。一発目は六本木の「国立新美術館」その名も「旅」展を見てきました。アメリカやヨーロッパといったアートの本場から、南米やアジア、アフリカまで、色々な国や地域に派遣された日本人のアーティストたちの作品を扱う企画展。それぞれの作品から、それぞれの作り手の心の映像が浮かぶようで、それが分かるような、分からないような。それぞれの「旅」がそれぞれの中で化学反応を起こして、作品に表現されていたように感じました。それぞれの「化学反応」を想像しながら作品を見つめる行為は、それ自体がある意味「旅」であって、久々に頭では捉えられないおっきなものを見た気がします。自分の「基準」が通用しない世界を知ることが、旅の醍醐味。久しぶりに感じた「戸惑い」が気持ちよかったというか。2発目はおなじみ、恵比寿の「東京都写真美術館」「写真美術館」なのに映画をやっていました。しかもペルシャ語のイラン映画。これは観るしかないのです。タイトルは「ハーフェズ ペルシャの詩」「ハーフェズ」とは実在の詩人で、イランでは誰もが知る存在だとか。ストーリーは恋愛モノなのですが、“男女が仲良く~”なんてシーンはほとんどなし。なにせ、女性と目を合わせたことで罰せられてしまう男の物語なのです。この辺り、厳格なイスラム国であるイランならではなのでしょうか。そんな訳で、登場するのは砂漠の乾いた景色ばかり。ストーリー展開も背景を知らない日本人には少し難しめ。だけど、映像の美しさは圧倒的。そして、散りばめられた言葉も。途中からストーリーを追うのを止め、映像と言葉に意識を集中投入。やっぱり、アートは頭で捉えられるもんじゃない。この映画が「写真美術館」で公開されているのも納得です。観終わったときに頭に残る「混乱」と心に残る「爽快感」が気持ち良い映画でした。アートに限らず、僕らが頭で分かったつもりになれることでも、実は大事な部分を分かれていないことってあるんだなと思います。そんな時いかに心で感じられるかは、心をいかに広く持つかによる気がして。やっぱり広げていくことが大切なのです。やっぱ、「アート」っていいや。と、分かったふりでもしてみつつ(笑)「あなたが通る道の砂さえも、私には愛おしい」 ~「ハーフェズ」の詞~
2008年01月28日
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とうとう降りましたね、雪。朝起きて真っ白な景色を見ると、やっぱり興奮してしまうんです。とりあえず窓を開けてみるのも昔のまんま(笑)でも、さすがに雪だるまは作りません。代わりに写真を撮ってみました。ずっと雪景色を撮りたいと思っていたので、昨日は思いがけないプレゼントでした。そうそう、「雪化粧」って言葉ありますよね。あの言葉、何気に好きです。生まれてから何万回も見ている景色でも、「雪」っていうスパイスがかかるとまるで違って見える。そのことを「化粧」と表現した昔の日本人、見事なり。「忙しくても、忙しくても、自然の美しさを見れば元気になります。」 ~写真家 ネピリ・エレン~
2008年01月24日
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今日は大学でテストの日。時間がまさかの朝一なので、久々の1限登校。というわけで、久々に世間の皆様並みの時間に起床。きりっと冷たい「朝の空気」を感じるのは本当に久しぶりな感じがしました。かなり冷え込んだ今朝ですが、駅で気丈にも長袖シャツ一枚の人発見。手袋もマフラーもしないその姿はあまりにダンディズム。誰もが「こいつやっちゃっただろ~」と思っていたはずです。しかし、こうも考えました。人が「寒さ」を感じるのは、その逆である「暖かさ」に慣らされているからで、「暖かさ」から離れ心身のレベルを上げていけば、「寒さ」を感じる基準も変わるんじゃないか。この人はもしかして、そんな仙人修行の最中なのかもしれない。そうだ、すべて人間の可能性は「信じる」ことから始まるはず。「常識」で自分の可能性を狭めてしまうのはもったいない。ここは、僕もジャケットを脱いでみようか。きっと新しい世界が開ける。ここまで考えたのですが、やっぱり寒いので止めました。早朝×寝不足の頭は、時におかしい想像に走りがち。でも、それも楽しければまたよし。あまりに寒く眠たいので、大学に着くと自販機で100円コーヒーを買いました。普段は「カプチーノ」だ「カフェラテ」だとうるさい僕ですが、大人しく「ブラック」を一つ。冷たいけれどクリアな朝の空気と、起きぬけの頭に、熱くて苦いブラックコーヒー。これは、黄金のコラボレーションかもしれない。そう、すべてのものには「旬」がある。早朝、自販機の前で、100円コーヒーが輝ける「旬」を見つけられた。なんだか得した気分がする。普段より早く起きて動き出すだけで、こんなに「発見」があるなんてスゴイ。本当はあちこちに転がっている「気づき」も見慣れてしまうと捉えられなくなるんだ。「慣れ」とはいかに恐いものか。破らなきゃ。夜遅くなり、かなり寒い帰り道。マフラーを巻きながら、レゲエを聴いてみる。身体は芯から冷えているというのに、心は南国に旅立てるから不思議。想像を自由にしてやれば、必ずしも旅に出ずとも、広い心を保てるはず。「想像する力は、知識を得る力よりも重要なものである」 ~物理学者・アインシュタイン~
2008年01月22日
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ずっと観たかった映画にやっと遭遇。「PEACE BED アメリカVSジョンレノン」を観てきました。「焼肉と言えば牛角」と同じくらいの身近さで、「平和」と言えばこの人でしょう。今でこそアーティストが平和を訴える活動はよく見られますが、彼は間違いなくその先駆者の一人。ハネムーンとしてホテルのベッドで一週間平和について語り合った“Bed In"やベトナム反戦のテーマソングとなった“Give Peace A Chance"など、その活動はやっぱりピースフル。「暗い顔をした学生が読みたくも無いような冊子を配っていた」という反戦活動のイメージを大きく変えたのもこの人。暴力に対する手段として「文化」を用いたのは彼の偉大な功績だと思います。しかし、その裏ではアメリカという巨大な国家とジョンレノンという一個人との間で壮絶な闘いがあった事実をこの映画は伝えています。国家という強大な権力機構によって振るわれる暴力それでも消えることの無かった彼の影響力人の心を動かす言葉や歌の強さを改めて知った気がしました。彼の活動の中心は1960年代。日本でも学生運動が盛んだった時代です。その方法論はともかくとして、たくさんの人が「平和」について考えていた時代だったのではないでしょうか。翻って今、僕たちはあの頃と同じくらい「平和」について考えているでしょうか。あの頃平和を求めて声を上げていた人たちは、今も声を上げているでしょうか。もしそうでないのなら、何が変わったのか。戦争はちっとも減っていないし、暴力もなくなっていない。変わったとしたら、それはきっと僕らの感性。繰り返される暴力の情報になれてしまった僕らは、確実に鈍くなっている。でも、こうも考えました。「戦争」や「暴力」といったことを意識しなかったら、「平和」を感じることはできないのでしょうか。「平和」を「戦争」や「暴力」への対立概念として捉えていたら、いつまでも「戦争」も「暴力」もなくなりません。そうじゃなくて、今ここにある「平和」をきちんと捉えてきちんと感謝していけば良いと思うのです。テストの結果が気になってドキドキする部活で青春するスノーボードで思いっきりこける朝寝坊して慌てて家を出る日常の何でも生活一つ一つが、「平和」なんだと思います。そんな普通の日常を壊してしまうのが「戦争」なんだと思います。普通の一日にPEACEを感じて生きていこうと思いました。「想像してごらん。全ての人が平和に暮らしてることを。」 ~Imagine/ John Lennon~
2008年01月20日
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今日は「センター試験」の日。問題が早くもネットに上がっていました。去年に比べて何が変わった、難しくなった、などなどやっぱり気になります。今年は僕が教えている生徒が2人このセンター試験を受験しています。新年を迎えてからひたすら過去問練習を繰り返しました。土壇場で一気に伸びを見せ、良い状態で今日を迎えた子もいれば方や準備段階では振るわず、不安を残したまま今日を迎えた子もいます。しかし、いくら過去問を解いても練習できないのが「本番」いわゆる場に飲まれてしまうタイプもいれば、火事場の馬鹿力を発揮するタイプもいます。「良い準備=良い結果」とは必ずしもならないのが、この仕事の辛くもあり、面白いところでもあります。それでも、やっぱり問題を見ながら「これはできててくれよ~」「これはこの前やったぞ~」とか思ってしまう自分がいます。彼らにとって良い結果が出せたことを、ただ願うのみ、です。彼らのような「受験生」に接していると、彼らが色々な空気を出しているのに気付きます。無条件に「受験勉強」を始める周囲に違和感を感じている「空気」目標が定まらず雲を掴むような状態の「空気」努力に見合った結果が出ず、嫌悪感を覚えた「空気」試験直前の吹っ切れたような「空気」1年間彼らと接していると、本当に色々な姿を見ることができました。その日その日彼らが持っている「空気」を大切にしようと思ってやってきたのですが、僕自身はまだまだ。どうしても頭で考えてしまう。もっと感じ取らないと。最近、頭で考えすぎて心が動いていない自分がいます。これは一番良くない。大人になるにつれ、頭で考えることが楽になります。人は、油断するとすぐに楽な方に流れがち。僕はそれじゃいけない。頭では捉えられない何かを感じることが、僕の仕事だと思っています。心の感度が鈍りつつある今、磨く努力をしていかないと。危機感。危機感。「人間は精神的ブレーキの犠牲者なのかもしれない」 ~ダイバー・ジャックマイヨール~
2008年01月19日
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飛ぶように過ごした冬休みが終わり、いつもの大学生ライフに戻ると、どうも時間があり過ぎて持て余します。なんて贅沢な日々。今日も大学は昼過ぎから。テストだったので勉強でもしようかと早めに家を出発。大学近くの静かなカフェへ。すっかり顔なじみになったお店で、勧められるままにハーブティーを注文。独特の香りとさっぱりとした後味に、心はすっかりヒーリング。この空気は、僕に勉強しろと言ってません。というわけで、急遽読書タイムにスイッチ・オン。ちょうど良く持っていた須藤元気の南米旅日記「レボリューション」を読破。文章から流れる自由なリズム、ハーブティーから漂うゆったりした香り、時間が止まったような店内。忙しく過ぎようが、ゆっくり過ぎようが、「過ぎるのを感じない」時間というのは、間違いなく豊かだ。ハーブティーを注ぎながら考えました。この豊かな「一瞬」はどこかで「永遠」に繋がっている気がする。最近そう思う瞬間が多い。それは、きっといいことだと思う。偶然にも、「レボリューション」のカバーは赤。飲んでいたハーブティーの色も赤。今日僕が着ていたセーターも赤。これを無意味な偶然と捉えるもの自由。無理矢理にでも、そこに運命的なものを感じるもの自由。どうせ自由なら、ワクワクするほうを選ぼうと思う。無事テストをクリアし、帰りのモノレール。塾の予習をしながら、ふと顔を上げると、そこには夕暮れの空。オレンジの夕日、それに染められた雲。この一瞬も、きっと永遠だ。塾での授業、国語の時間。答を言おうとする僕を生徒くんが止め、自分で答を出そうと頭をひねる。そして、見事ご名答。「気持ち良い!」と喜ぶ生徒くん。この一瞬も、また永遠なり。もちろん、ぼくにとっても。一瞬の中に永遠は潜み、永遠はまた一瞬ともなり得る。時間の概念を捉えなおすと、また一つ自由に近付いた気がしました。
2008年01月10日
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正月はやっぱりあっと言う間ですね。去年より一日早く、3日から仕事始め。そのまま昨日まで冬期講習後半戦。正月休みにも大学のレポート課題に追われていたせいか、日に日に疲れがたまっていくのが感じられ、いや~な流れに。案の定、3日目に体調を崩してしまいました。そんな状態だから当然納得のいく授業も出来ず。身体も気持ちも沈む最悪な展開。この冬で本当に痛感したのは自分の力不足。限られた時間で準備し、限られた準備で良い授業をする力が、まだまだ足りない。努力でごまかせないのが実力。でも、その実力をつけるのは他ならぬ努力。そんなことを思いながら、迎えた最終日。予想に反して、小さなプレゼントがたくさんもらえました。「分かった!」という言葉自信をつけた笑顔何気ない笑い声普段も見ているはずの小さなことが、とてもありがたく感じられました。そんな喜びに触れるうち、気持ちも軽くなってきて、最後は良い形で終わることができました。その日の僕の沈んだ心が、そうした小さな幸せに気付くチャンスをくれたのかもしれないです。闇が深いほど小さな光が輝くように。そう思うと、たまには「闇」だって悪くないなと思えます。そして、その「小さな光」になってくれた生徒たちに感謝です。彼らが見せる何気ない喜びが、僕にすごいエネルギーをくれる。人間の脳は「喜び」を求める性質があるそうです。ある行動が「喜び」に結びつけば、その行動を強化する。「学習」とは、そんな風に起こるものなのです。僕もなんとか「勉強」と「喜び」をリンクさせようと、試行錯誤しています。そして、その過程でたまに生まれる生徒の笑顔が、僕にとっての大きな「喜び」となり、それが僕の脳の中で強化され、「学習」されているようです。感謝を感じる心があれば、いくらでも前に進める気がします。僕は今、ずっとやりたかった仕事をやらせてもらえている。そんなシンプルな感謝を忘れずに、今年も進んでいきたいと思います。「どこまでも行ける気がするから、一歩一歩を大事に刻もう。」 ~自由人・高橋歩~
2008年01月08日
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みなさん、新年明けましておめでとうございます。元旦は我が鹿島アントラーズの応援に国立競技場へ。今シーズンはまったくスタジアムに行けず、本当に久しぶりのゴール裏自由席での観戦でした。元旦の澄んだ空気に張り上げる大声、気持ちよかったです。見事優勝も果たしてくれ、言うことなしの幕開け。このパワーに乗っかって、良い年にしてこうと思います。そんなめでたい試合でしたが、この時期ならではの寂しさも混じりました。来シーズン他クラブへの移籍が有力視されている元日本代表・柳沢敦。96年の加入以来、イタリアへの移籍はあったものの、鹿島の11回の優勝すべてを知る選手です。今シーズンはチームキャプテンを務め、文字通り鹿島の顔となっていました。しかし、シーズン途中の怪我を境に出場機会が激減。そして、彼の離脱と時を同じくしてチームの快進撃が始まります。それは、決して彼の存在がマイナスだったわけでなく、ちょうどチームの「波」と重なってしまった不運な流れだったのだと思います。けれど、彼の心境は察して余るほどでしょう。そんなわけで、昨日の試合は恐らく鹿島でのラストゲーム。サポーターも、どこかでそれを分かっていました。だから、後半彼が出場した時の歓声はすごかった。僕も、声の限りを尽くして叫びました。周りもみんな、同じでした。色んな想いが乗った歓声でした。「何だかんだ言って、俺たちヤナギが好きなんだよ」誰かが言ってた言葉に、すごく納得しました。彼もプロ選手です。これから、プロとしての決断をするでしょう。それがどんなものであれ、これまでの感謝を込めて、応援したいなと思います。おっと、新年早々しんみりしてしまいました。個人的に、今年のテーマは「透明」です。今年は色々と変化がありそうな年なので、透明な目で見据え、透明な心で捉え、楽しんでいきたいです。僕らの見えないところで大地に太い根を張っている樹木のように、静かに、着実に、一歩一歩を進んでいる。「透明人間」のように、目には見えないけれども、確かにそこにいて、確かに何かをしている。そんな人になりたいです。みなさん、今年もよろしくおねがいします!
2008年01月02日
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