全2件 (2件中 1-2件目)
1
すごーく久しぶりの更新になってしまいました。特別忙しかったわけではありません(むしろ暇でした)ネタがなかったわけでもありません(むしろ色々でした)ココロはぐらぐら動いていたのですが、そいつをコトバってやつで掴まえられなかったのですね。色んなことがあって、舞い上がったり、その分落ち込んだり、その中間だったり。今は、落ち込んでるパートなのでしょう。ジブンとは、こんなにも言うことを聞かない存在なのかと当惑してみたり。色んなことを考えていました。僕の心に浮かぶ「もの」と言葉で表現できる「こと」ってイコールじゃない。ハッキリしたカタチがない心を言葉っていうカタチとして表現しようとすることって、限界があるんだなあ。いや、僕の表現する言葉が足りてないだけかもしれないけれども。表現できない「もの」を表現できる「こと」に置き換えていく。どんな外国語の翻訳よりも、きっと奥深い世界なんだ。もっともっと、心を表現できる人になりたいな。最近は暇を見ては専らスポーツジムへ。平日の昼間のそこは、ほとんどがじいちゃんばあちゃんワールド。更衣室での会話は、健康トーク真っ盛り。やれ血糖値が上がったとか、血圧がどうこうとか、あまりテンションが上がる話題とは思えないことを、あそこのじいちゃん達はそれは楽しそ~うに喋っている。なんでそんな話題しかないのかな、と思い始めた自分にクエスチョン。「笑えないこと」を笑ってしまうこと、これって究極のユーモアかもしれないぞ。友達だったり、芸人だったりと笑いのネタを自分の外側に求める人が、年を重ねるにつれ自分を笑うことで足りるようになる。人生を達観しているからできることなのか、わからないけれど、すごく豊かなことに思えます。自分を笑えれば、他人を傷つけることもないし、自分だって救われるんじゃないかなあ。あのじいちゃん達の何ともいえない和やかさは、きっとそこからきている。もっともっと笑える幅を広くしたいんだ。「心を表現すること」に挑戦している今、初心者の僕は失敗ばかり。センスよく翻訳ができるようになるまで、まだまだ長い道のりです。それまで、コケ続ける自分を、笑っていたいなあ。まだまだ青い自分。がんばれがんばれ。「人生はクローズアップすれば悲劇だが、遠写しにすれば喜劇である」 ~喜劇俳優・チャールズチャップリン~
2008年05月14日
コメント(0)
毎週楽しみな中2国語の時間。チームを組んで問題に取り組み、答とそのプロセスを発表するという形式の授業を始めて早2ヶ月。その成果は、何よりも毎週新しい課題が見つかるってことで実感しています。昨日の発表後でのやりとり。先生役の子が答えをチェックして解説をしているとき、明らかに悔しそうな顔の生徒が一人。聞いてみると、実はその答えが分かっていながらチームの子に遠慮してしまったとのこと。その生徒は成績の面ではあまり上位ではない子。でも、物事を深く考えることができて、ときにすばらし~い発表をする子なのです。最近はそれもあってだんだんと自分に自信を持ち始めていたころでした。どうして遠慮したのか聞いてみると、チームの子が自分よりも出来ると思って、自分が間違っているんだと思い込んでいたから、とのこと。そして、「言っとけば良かった~」と悔やんでましたとさ。いやあ、ホントそうだよ~。なんてもったいないことをしたんだい。「日本人は自分の意見が言えない」なんてよく言われてしまう理由は、このあたりにある気がします。「成績」とか「学歴」とか僕らの外側にある価値観に縛られて、自分を押し殺しちゃう。自分がその人と「違う」=「間違っている」の思い込み。これはなんてもったいないことだろう。「もっとぶつけてみろよ 面白いのができるから」この言葉は、言わなくてもよかったかもしれない。それくらい、昨日のあいつらは感じていたはずだから。実感に勝る学びなし。「第一人者」のことを英語で“the first penguin”といいます。ペンギンは海に入るとき、潜んでいるかもしれない外敵の恐怖からなかなか飛び込めないでたじろいでいるそう。けれども、ある一羽が飛び込むとそれにつられて皆が一斉に飛び込むのだとか。その最初の一羽に例えた表現です。「自分の意見を出す」というのも、日本の教育にどっぷり浸かった彼らにとっては、外敵が潜む海に飛び込むようなことかもしれません。そこにはちょっとの勇気が必要で。その勇気を持って、「えいっ」と飛び込んでしまうやつが果たして出てくるかなあ。それまで、僕もじゃんじゃん飛び込んでいよう。「一番美しい鳥しか鳴かなくなったら、森は静まり返ってしまう」 ~作家・ヘンリーヴァンダイク~
2008年05月01日
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1


