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なんだか最近、春めいてきた。陽ざしが濃くなってきた。明日から3月。ぼちぼち日傘を出そうかな~。三寒四温、そんな時期なのかな。一方わたしは、“二痛五穏”的な感じ。というのは、あいかわらず“リハビリ”通い。左肩の付け根の痛みと、右ひじの痛み。もういいかなと思うと、あれまだ痛む?電気をかけたりあたためるといいように思うが、お金もかかるので週に2度通っている。2ヶ月くらい安静にしていたがふと気づいた。父の闘病生活のせいか、いくつか生活のリズムがこの1~2年で変わった。以前は、お風呂上りと朝に簡単なストレッチをしていたがしなくなっていた。“腱鞘炎”は使ってはいけない、大事にしなきゃと思っていたが、ぼちぼち軽く意識して動かしてみる?ということでストレッチ再開。●胃がん&抗がん剤&終末◆肺への転移と高熱平成28年10月。抗がん剤治療の効果がみられないので、腹腔鏡手術で、腹部に直接薬を入れるようなことをした。その際、腹部内部に“小さい何か”がたくさんできているという話を聞いた。さらに聞いたのは、年明け早々なのだが、この時点で、肺にも転移していた。平成28年11月。1週間ほど父は、ベッドに寝たきりになった。父を見ていて思ったことは、これは仮に治ったとしてもこう寝てしまっては普通の生活はできなくなる。3年前、祖母が他界した際はもともと大腸がんであったけれど、脳梗塞で倒れそのまま4ヶ月寝たきり状態で死を迎えた。脳梗塞だと動けないけれど、がんならまだ動ける。その時は思ったが、原因はなんであっても人は横になって動かなければ、そのまま動けなくなってしまうものだと父を見て感じた。要介護とか要支援の対象になるのではないかと思った。忘れもしない、平成28年11月12日。なんと母も胃の検査で引っかかって再検査をした。この母の再検査の日。「もし“がん”だったらオレがもらってやりたい」普段の父ならいわないだろうような言葉が父の口から出た。結果母は、なんともなかったのだが、これでうちの母までも同時に胃がんになってしまったら、わたしは仕事などしていられないなと思った。生活の糧を得るために働いているのだけど、世間でいう介護のため仕事を辞めたというのも、決して他人ごとではないなと痛感した。この日は、体調がよくないので点滴に行った。食べられなかったりする時の点滴だと思うが、この点滴をすると気のせいか調子がよくなるような気がした。このころの父の動作はすごく遅かった。片方の靴下をはくにも時間がかかる。わたしが連れて行ったので多少気を使ったと思うが、「8時半に出るからね!」とあらかじめ言っておいたが、10分待った。準備に1時間近くかかるようになった。診察の際、先生に聞いてみた。「今の不調は、抗がん剤治療の副作用かがんが進行しているからか、どちらなのですか?」先生の回答は、どちらが原因かわからないとのこと。今にして思えば、年明けに10月には肺に転移していたといわれたのだから、このとき父が血液検査に行っている際にでも話してくれてもよかったのにと思う。検査室に行くのにも最初は歩いて行くといっていたが、車いすを用意してくれた。もともと細身のタイプであるが、採血をする腕はこの時点で骨と皮くらい細くなっていた。これは年内持つかな…。内心、そんな父を見て思った。結局、血液検査では大きな異常は見られないとのこと。入院する準備をしていたが、ベッドがあいていなくて入院できなかった。入院できたのはその1週間後、11/22。その入院が父によって退院することのない、最後の2ヶ月の入院となった。12月父は、抗がん剤治療をした。副作用もあるので入院して治療すると言い張った。それでも年末には退院して家で“箱根駅伝”を見るといった。昔、陸上をやっていて駅伝にも出たことのある父。テレビで見るとはいえ、駅伝やマラソンは父にとっては大きなイベントだった。だが、12月半ば過ぎくらいから夜になると高熱が出た。39度から40度近く出た。熱が出るうちは退院できない。結局、クリスマスも過ぎ年の瀬が迫ってきたが、熱は夜になると上がる。一時退院も考えたが、中途半端に戻っても寒いし体調もわるければ仕方がない。さらには一度退院したら、ベッドが空いていないかもしれない。年明けに抗がん剤治療をしてから退院する。父はそう決めた。12月、父自身はまだ回復するという思いがあったようだ。その証拠に軽トラの車検を受けた。裏庭にいろいろと“ごちゃごちゃ”したものがあって、それを片づけると10月くらいから口にしていた。たしかに弱ってきて年内もつかなと思った反面、痛みが出てこなかった。食事も減ってはきてもとれた。末期になると痛みもあると聞く。さらには食べられなくなるとも聞く。この体調不調は、抗がん剤の副作用なのか。だから熱も出るのか。治療が終われば回復するのだろうか。このあたりは、見ていても全くわからなかった。年末年始、さらに体力は落ちたように思う。食欲もある時とない時もあり、楽しみにしていた“箱根駅伝”もまともには見られなかったようだ。テレビを見るにしても体力はいるものだ。そして、年明けの4日だったと思う。付き添っていた母のケータイが鳴り、それが主治医からであって話があるといわれたそうだ。入院しているということは、先生の診察はあるが、ちょうどそのタイミングで居合わせないと身内は話を聞くこともできない。朝食が終わると父はいつも母に帰れといっていたそうだ。なので先生と話す機会が、ほとんどなかったらしい。「あと1~2ヶ月。もしかしたらもっと早いかもしれない」そう告げられた。父もなぜ熱が出るのか先生に何度も聞いたらしい。そして父自身にも告げられた。肺にも転移しているから、抗がん剤治療をしても効果がない、と。さらに体力的にも無理だったのかもしれない。それでもお正月明けの父はこういった。「あと半年くらいだ」さすがに先生は父には期限はいわなかったのだが、それでも本人は半年生きるつもりでいた。はたから見ればいつ死を迎えてもおかしくないほど弱っていると思えるのに…。そしてその3週間後くらいに死を迎えるのだが、この3週間で父の様子はかなり変わったように思う。続く胃がん&抗がん剤&終末👈すべて読むのはココから 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記お刺身♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.28
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また「三国志 Three Kingdoms」がGAYOで配信されていることに気づいた。気づいたのがおそく第一部がもう終わってしまった。第一部こそしっかり見たいと思っているのに…。でも、呂布の最期は間にあって見られた。「源氏物語」が“須磨”あたりまでしか読まれないことが多いらしい。たしかにそれ以降は苦悩も多いし、華やかなことばかりではないし…。ま、人生ってそんなもの?一方で「三国志」も、赤壁の戦いあたりまではすごくおもしろい。でもそれ以降、あの三兄弟もだんだん傲慢になってきたり、その死後の孔明は、運がないようなところがあって…。といいつつ、また見ようっと♪もう何度も見ているから、気楽に見たいところをしっかり見ようと思う。●roze-piの【気まぐれなお菓子工房ロゼタン】実験室♪◆ガトーショコラいとこの子たちにあげようと焼いた。あとみかんピールパウンドも焼いたけど、写真忘れた。あはあはお子たちなので、純ココアの半分の量をミルクココアにした。お子さま向けに甘く仕上がった。わたしはもっとビターなのが好きだけど…。【お菓子工房ロゼタン】臨機応変。レシピはココ◆ロール“クリーム”予定外に焼いたのがロールケーキ。なぜかというと、母がホイップクリームを開封したため。その理由は、お友達が来てコーヒーを出したらクリーミーパウダーも牛乳もなかったから、とのこと。お茶を出すようなお客さんはめったに来ない。ブラックで飲むためクリーミーパウダーも常備していない。そんなうちでは、コーヒーは出してはいけないんだと思う。==========たまごM 3つ薄力粉 60g砂糖 50g==========生地を鉄板に広く伸ばして焼いてみたが、なんだか生地に対してクリームが多すぎる!?これは、ロールケーキではなくロール“クリーム”だ。食べきれないのでおすそわけ。 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記天ぷら&カツ♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.27
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きょうも多忙極まりなかった。ゼイゼイそれでもこの週末にやらなきゃと思っていたことは、すべてできたのだよかった。ところで、1週間前に作ったいちご酒。今までいろいろ作ったけれど、1週間というか2日ほどで劇的な変化があったのは、いちごがダントツ!●roze-piの【果実酒バーhakurin】🐤♪◆真っ赤ないちごが“しろんぼ”に!1週間前に作ったいちご酒。翌日から2目にかけて、あれ? いちごが、白くなったぁ!?いろいろ検索してみたが、取り出すタイミングはバラバラ。1日でとりだすっていうのもあったし、2ヶ月っていうのもあった。1週間で飲めるというのもあったが、わたしは3ヶ月待つ。その方が絶対にまろやかになりなじんでおいしくなる。いちごの香りもするので、えい! っと取り出してみた。============================いちご 300g氷砂糖 90gホワイトリカー 500cc取り出した後 追加 ホワイトリカー400cc============================瓶が小さくてというか思ったよりいちごがあって考えていた量、ホワイトリカーを入れられなかった。なのでいちごを出して、追加してみた。このまま3ヶ月待つ。取り出したいちごは、ジャムにしてみた。白いし、大丈夫かな…。香りはいちごなんだけど…。フードプロセッサーで細かくしたら液体状態。細かくしすぎたか!?最初は水っぽかったけど、いちごシロップになるかと思ったけれど、なんとかジャムっぽくなった!ながく漬け込んでおくと、ジャムになっても、何のジャムかなって感じにある。今まで、ゆず、グレープフルーツ、そしていちごは、ジャムにしてもしっかり風味があった。 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記チキンソテー♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.26
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次の週末は父の四十九日の法要がある。御布施の用意とか、お店の予約とか、親戚に連絡をしてスケジュールの確認をした。なんか、こういうのって“仕事”とたいして変わらないなと思った。父が亡くなって1ヶ月ちょっと。この1ヶ月はほんとよく動いたし、電話したし、書いた。なんだかもう2017年が終わってもいいくらい動いた気分。さらには、1週間前にケータイの調子がわるくなり、予定外にスマホデビューした。そしてこれまた予定外にWi-Fi環境にしようと思い…。ゼイゼイiPhone7 ケース iPhone7 ケース iPhone7 PLUS ケースiphone 6 Plusケース se ケース iphone6 iPhone6s ケース アイフォン6s アイフォン6 iphone5 5 5s ケース アイフォン6s 高品質 スマホケース 全機種対応 手帳型スマホケースも買いました。安くなっていたのか送料込みで850円。色はピンク🎵かわいいもんね~。●roze-piのつれづれ日和♪Wi-Fiにするといっても、ルータ変えるだけで大丈夫?あれ? そもそも今使っているものはどうしたんだっけ?光電話はどうなる?はて?知り合いの人に聞いたら、小さな携帯用のルータで大丈夫だしホテルなんかでも使えると聞いた。便利だから最初はそれにしようと思った。IOデータ 無線LANモバイルルータ(11ac 5GHz+2.4GHz同時接続可能・親機単体) ホテルルーター (ブラック) WN-AC583TRK[WNAC583TRK]こんな感じのを買おうと思っていました。でも、口コミとか見たら…。つながらないの?なんで?どうもブロードバンド接続(PPPoE)でインターネットに接続しているとこれは使えないような?PPPoE設定対応の物でないといけない?多分、今使っているのが“回線終端装置一体型ひかり電話対応機器”というのだと思う。それとWi-FiルータをLANケーブルでつなげれば大丈夫なのではないかと思った。でもすごく心配。PA-WF1200HP2【税込】 NEC 11ac対応 867+300Mbps 無線LANルータ(親機単体) Aterm WF1200HP2 [PAWF1200HP2]【返品種別A】【送料無料】【RCP】ちょうど広告の品になっていたコレ。家電量販店でゲットしてきた。今回はネットはやめた。心配だったもん…。ネットよりちょっと高いが、親切&ていねいに説明もしてくれたからリアル店もいいなとあらためて思った。◆Wi-Fiデビュー家電量販店に出かけて店員さんに聞いてみた。「こういうの使っているんですけど…」心配だったので現ルータの写真も撮っていった。「この“広告の品”のものでWi-Fiつながりますか?」家の造りが木造とか鉄筋、あと1Fと2Fとか環境によっても結構違うらしい。つなげる台数にもよるらしい。パソコンはLANケーブルでつなげたい。GYAOで見ている韓国ドラマなんかが途切れてもいやだし…。母が物をごちゃごちゃ置くので注意書きもした。5センチ四方物を置かないようにって説明書にあった。電波状況が悪くなっても困るし…。買い求め、午後設定してみた。まず試しにパソコン。“書いてあるとおり”にやったら…。タタタ、タッタ、ターン「つながったぁ、つながったぁ!」ひとりで拍手喝采。いつだったか電気がつかなくて大騒ぎしたことあったっけ…。あのときの感動と同じだな。(うちって、昭和? ついた、ついた電気がついたよぉ!!!参照)さらに、LANでつないでいるときと全く変わらない。だったら無線の方がいい?でも来月、ドコモ光に変えるんだけど大丈夫かな…。また心配ごとが…。そして、次はスマホ。実は手にして1週間、ほとんど使っていない。いろいろわからないままやっていたら“2G”を使い果たしてしまいそうで…。説明書にスマホの簡単設定ってあったのだが…。なんだかよくわからなくてむずかしい。なんとなく母が使っているらくらくフォンがなぜかむずかしいのと似ている。本体設定からやってみようっと。手動で設定完了。できたぁ!きょうは疲れたので、ニンテンドー3DSの設定はまたそのうちに…。ということで予定外のスマホデビューだが、環境も整えたし、“文明の利器”使わなきゃ損だ。ついでもmicroSDカードも買ってきたけど、スマホにもOneDrive設定すればいいだけか?スマホ使って楽しそうなのは、Twitter。リアルタイムだもんね…。でもまあ、ゆっくりデビューしようっと。 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記タコ&焼き豚♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.25
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きょうは父の月命日。ちょうど1ヶ月がたった。この1ヶ月、相続や名義変更関係でバタバタ。おまけに予定外にケータイがこわれたし…。ふう今年の目標「整」にしたけれど、ほどよい季節にせっせと片付けや掃除をしたいと思っていたが、こわして創るような、波乱な1年になりそうな予感。2017年も2ヶ月が終わりそうだけど、もう1年以上稼働していた気分。●胃がん&抗がん剤&終末◆そのだるさ、腹水は?父が抗がん剤治療をはじめたのは、平成28年2月半ばころ。週に1度、3回の点滴が1セットとなりそれを数回行うものだったと思う。順調にいけば半年くらいで終了するものだった。そして、その後はがんができたところにピンポント的に放射線治療する。そんな話を聞いたような記憶がある。1度目の抗がん剤治療が終わったころ、体調の異変があらわれた。詳細は前回に記したとおりだ。結局3月下旬、入院した。抗がん剤治療をするのが、火曜日と決められていた。火曜日に点滴をすると徐々に体調がわるくなり、週末頃不調はピークに達する。その不調というのは、便秘もしくは下痢、指先がピリピリと痛む、腹部が痛む。あとは、だるさというか倦怠感。それでもギリギリまで病院に行こうとせず、最初のころは父に振り回された。結局、夜間や日曜日に電話をして行ったり、休みであったはずの先生が出てきてくださったこともあった。病院に行くと点滴をしてくれて結構楽になる様子だった。手術後、抗がん剤治療がはじまって入院は、6回くらいしたのではないかと思う。3週間くらい入院して退院、またしばらくして入院。結局抗がん剤治療がはじまって亡くなるまでの約1年のうち半年は入院していたように思う。平成28年5月頃。腹水がたまって、おなかがパンパンになった。特に足のむくみが激しかった。利尿剤も使ったがあまり見た目に効果はなく、これ以降腹水を何度かとることになる。(見ていなかったのでわからないんだけど、点滴の逆バージョンみたいなもの?)抗がん剤の副作用で腹水がたまることがある、とも聞いた。逆にがんが進行しているから、とも。ただどこかのサイトで、腹水がたまると半年くらいと記載があったのを見た。平成28年6月頃。かなりやせたなと思った。もともと父は、細身ではあるが筋肉はあったと思う。腹水を抜けば、その分体重は落ち、それでも食生活にはムラがあり食べたり食べられなかったり…。5キロ増えた、5キロやせたなんていう単位で体重は変動していた。さらにこのころ血液検査をすると貧血だといわれた。平成28年7~8月頃。点滴をするにも腕ではなく、鎖骨にあたりからできるように簡単な手術をした。いつのころからか、父の口から出る言葉。「だるい」がん患者は相当なだるさを感じるらしい。がんを患う前の父は、体調不良を訴えることもなく、ましてや“だるい”などという言葉も無縁だった。むしろ、インフルエンザA型になっても薬を飲んでケロッとしていたし、風邪をひいたり熱を出すということもなく、丈夫だった。そんな父だったので抗がん剤はよく効くのではないかと思っていた。それがよく効きすぎたのか、逆に全く効かなかったのか…。父のだるさを、わたしや母は理解してあげられなかった。もともとあまりまめに動くタイプではなかったし、そうはいっても健康な頃は午前中2時間近く歩いていた父。ただ家にいる様子は、健康な頃とさほど変わって見えなかった。健康な頃は「だるい」といったことはなかったが、だるいというのは、動かなかったりゴロゴロしていてもだるさを感じるわけで、動かないからではないかと思ったりした。何か大きなことをしなくても、身の回りの掃除とか片付け。そんなことでもすれば逆に運動にもなるし、疲れたや休めばいい。もともとそういうことをしない人だったので、“いつもながら”のことで見た目には全くわからなかったのだが、父にしてみれば相当だるかったのかもしれない。胃がん&抗がん剤&終末👈すべて読むのはココから 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記とんこつラーメン♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.23
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きのうは、「相棒」を見に行って来た。映画、久しぶりだな~。名探偵コナン以来?テレビは見ていないけど、映画や2時間ドラマのときは見ている。「相棒」の“相棒”、右京さんの“相棒”には神戸くんがいいなと思うけど…。「相棒」は父との数少ない共感できるドラマ。ミステリ系にしても読む作家が異なりあわなかったのだが、「相棒」だけは妙に一致していた。さらに、“神戸くん”がいいというのも…。●roze-pi一家のゆかいなできごと♪◆願わくば声に出せ!案外、ほしいものは声に出すと不思議と寄ってくる。「最近、お団子、食べてないな~。プリンも久しく食べてないな~」1週間くらい前のことだ。「最近、半額シール付きのお団子、ないんだよね~」いつの頃か気づいた。わたしの最も好きな和菓子は、お団子であることに。みたらし団子、ゴマだれもいいな~。「買ってくればいいのに、安いんだし…」母にいわれた。スーパーでゲットすれば100円で3本くらいは入っているけど…。「いいの、半額でゲットすることに意義があるの」「プリンは、シフォンケーキを作らないから食べられないんだな~」シフォンケーキを作ると卵黄が余るので、それでおのずとプリンを作ることになる。「ま、そのうちシフォンケーキ作ろうっと」“買う”という発想が全くないのだ。余談だが、【お菓子工房ロゼタン】特製“マグカップリン”はおいしい。この2日後くらいのことだ。母のお友達がファミマ経営をしていて、家に立ち寄ったらしい。父の葬儀も終わり1ヶ月近く。ぼちぼち落ち着いてきたかなと思って寄ったらしい。その際、持ってきてくれたもの。みたらし団子とプリン。おぉ、すごい。叶った。なんとなくこういうこと、よくあるのだ。別の日、こんなことをいった。「ここ1年くらい“えびせんべいの里”のえびせん、食べてないな~」実はえびせんも好き。いただきました!チョコがけのえびせんべい。えぇ! はじめて見た!りんちょこっていうんだって!ほしいものは、声に出していうと手に入る!?これはおそらく、あの世からのばーちゃんパワーに違いない。「しばらくはほしいものないよ」お線香あげて、チーン♪◆こわしてやった、だから買えるだろう!?うちの父はよくひねくれた言い方をした。「食べてやる」とか「飲んでやる」とか。父の死後、物がこわれるような気がする。まずは、ハクちゃん愛用のヒーター。こわれていないが、なんか音が変になってきたのでいつこわれてもいいように1つ購入した。テクノス(TEKNOS) [TS-300] ミニセラミックヒーター 300W TS300うちのハクちゃん愛用のヒーター。午前中はこのヒーター近くにいます。暑くなるとケージ内移動しています。もう1つ不安定なもの。タニタ活動量計。画面がフリーズして動かなくなって、電池を出してまた入れると動くようになる。タニタ 活動量計 「カロリズム ダイエット」 AM-130-GD ゴールド[AM130]これを使っています。でももっといいのが出ていると思うし、こわれたら買おうっと。そしてもう1つが、ケータイ。ちょこっとブログに書いたが、先週2/16の朝、アラームを止めようとしたら画面が真っ暗。電源を切って入れたら復活。さらには液晶がノイズが発生したかののように乱れる。も、もしやこれは、怪奇現象。霊的波動!?と、父ちゃん…。いつだったかさらに少し前にも、早朝にコンコン変な音がしたっけな…。「49日前だから、まだいてもいいけど…。お父さん、物をこわさないで!お金がかかるから!」お線香をあげてチーン。うち浄土真宗なんだけど、浄土真宗では、即阿弥陀仏様の力で極楽浄土に行けるそうだ。じゃあ、49日の法要やらなくていいのでは?結局、週末に予定外にドコモショップに行った。遅ればせながら、スマホデビューをした。3週間かかるといっていたのにすぐに届いた。スマホに関しては後日談があるので、また改めて詳しく記したいと思う。だが父はこういっていそうだ。「オレがこわしてやったんだ。こわれたから、新しくできただろう」基本、あれば便利なものはなくてもいい。本当にほしいものは、何があってもゲットする。でも、ゲットした以上は最大限使わなきゃな。もったいないもん。もん次の課題は、Wi-Fi環境にすること!?ニンテンドー3DSもネット接続できると楽しめること増えそうだしぃ! 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記豚肉丼♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.21
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ネタ満載につき、抗がん剤治療の話の続きは後日。この3日間は、多忙極まりなかった。ふう今朝も一瞬ケータイ画面が真っ暗になった。あぁ、大丈夫かなと思ったが、3週間先といわれたスマホが届いて、取りに行って来た。ものすごく混んでいてびっくり。これから高校入学で契約する子も増えるからか…。さらに、ずっとセールスの電話がうるさかったけど、大きなメリットを感じなかったので完全無視ネット契約。最近は、ぷららの光コラボを検討していたのだが、“ドコモ光”にしちゃった。ドコモの料金が安くなるし、そう思ったら、今までで一番お得?いいカモ?かも…。いつも何かするには十分検討する方なのに、あれこれやることが多くて、さらにケータイがこわれそうという危機状態で、即決!?49日が過ぎたら、多分、新盆までは慌ただしいだろうなと思った。●roze-piの【果実酒バーhakurin】🐤♪◆パイナップル酒パイナップル 600g氷砂糖 150gホワイトリカー 1L父の祭壇にお供えしてあった、パイナップルからいい香りがしてきた。これは有効利用せねば!えいえい!◆いちご酒梅酒から作ってこの1年、あれこれといろいろ挑戦。もう1つ挑戦してみたかったのが、いちご酒。いちご 300g氷砂糖 90gホワイトリカー 500cc瓶が小さくてホワイトリカーは700ccくらいで作りたかったのだが入らなかった。これじゃちょっと甘いかもな~。できあがってから足してみようっと。なんでも研究&実験。果実酒は、ちょっと甘めが好みだと気づいた。ロックで飲むには甘めに作って氷でとかしながら、ちょっとずつ飲むとおいしいな~。お砂糖が少ないと、なんだか“お酒”みたいだもん。もんって、わたしが飲んでいるのはなに?この2種類も3ヶ月置く。果実によって2週間で飲めるとか記載があるのもあるが、3ヶ月くらい置いた方が断然おいしい。だからじっと3ヶ月待つ。3ヶ月後といえば、5月半ば過ぎ。もう初夏だな…。そしてぼちぼち梅酒作りの季節が来る頃だ。 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記サンドイッチとおでん♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.19
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きょうは、技能展。平成28年度の集大成!わたしもひょんなことからパソコンを教えるようになり、来月で丸8年が経過した。あのころはXPで、officeだって2003ネット環境にしても激変したなと思う。パソコンも持ち込みになり、みんなが同じ環境ではないので、同じにはできず…。だんだん教えるのも難しくなってきたと感じる。長年通ってきてくださった方たちが修了したし、ぼちぼち役目は果たしたかなという気持ちもある。ただあと2年やると10年になるので、2年くらいはがんばりたいなという気持ちもある。でも、受講する人も減っているし、さて来年度はどうなることやら?●roze-piのつれづれ日和♪◆前日にディスプレイ設定前日に準備に来て、作品を飾っておいた。◆案内は猫さん!?今年の案内は…。鳥さんから猫さんにしちゃった。自称、“鳥さんを守る会の会長”あの“ミーちゃん”がここまでわたしを変えました!ミーちゃんすごい!◆作品いろいろ◆ポチ袋修了した方にも作品を出していただいた。色のついた紙に印刷するのもいいな~。ちょっと厚手の紙だとしっかりしていい。わたしが家で使っているコピー用紙、安いのを買ったら薄っぺらかったので、次回はいいのを買おうと思っている。◆梅ジュースラベル作成をお願いすると結構かかるらしい。ラベル屋さんを使って作成。ラベル屋さんも最近使っていないけれど、久々にソフトを見たらグレードアップしていてびっくりした。はがきや名刺やラベルも、わたしはWordで作ってしまうけれど、専用のソフトを使うと簡単にできることもあるな…。◆“ゆめいろのえのぐ”でカレンダーぬりえ専用のイラストを使用。色ぬりは、“ゆめいろのえのぐ”使う人が違うと、まったく違ったソフトみたいな色&筆使いになる。絵心があるなと思った。◆Excelにテンプレートでこれは昼間の講座の方の作品。マイクロソフトのテンプレートを使っている。色合い&絵柄がとっても素敵だ。印刷するにしても、ちょっといい紙を使うと全然違う。◆青い島カレンダーついでに、青い島カレンダーもすみっこに展示。今年もいっていただけました!「かわいぃ~」ぽっありがとございますぅ。それ描いたの、わたくしなんですぅ。今年の絵柄は猫さんも登場してますよぉ。るん♪ 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記牛タン♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.18
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きょうは休みを取ってあったのだが、朝から確定申告を出しに税務署へ。さらには父が入っていたがん保険と同じ保険屋さんで、わたしもがん保険他に加入しているのだが、“見直しプラン”を持ってきてくれて話を聞く。親身になってあれこれとやってくれたので、入る方向で検討。またお金がかかるぅそして、なんと今朝、きのうの朝に続いてケータイが!?もしやこわれるかも!?わなわな画面が真っ黒になっていることがたびたび。液晶の後ろからコンコンとすると乱れるし…。ドコモショップに行って、とりあえず話だけ聞いてこようと向かった。結局、買い替えることになり、世間に遅ればせながらスマホデビューすることになった。あれだけスマホはいらないといったけど、ガラケー1種類しかないんだって…。「一番安いのでいいです。色も“ピンク”がいいけど、この際なんでもいいです」届くのに3週間くらいかかるそうで、果たして3週間わたしのケータイは健在であるか!?「ケータイなくてもそんなに困らないので…」困るのは朝のアラーム、身支度の際のテレビ。普段は、時計としてのケータイ。●胃がん&抗がん剤&終末◆抗がん剤治療と副作用父の胃がんが発覚した、平成27年9月。ちょうどその少し前くらいに、北斗晶の乳がんが話題になった。抗がん剤治療で髪が抜けるかもしれないから、短くした。そんな話の影響を受けてか、父は丸坊主にしてきた。丸坊主といっても、もともと髪は薄かったし、「坊主にする、坊主にする」とは前々から言っていたものの実行に移さなかった。今から思うと、丸坊主にするということも父のがん治療に対する決意だったのかもしれない。術後、体力の回復を待って、第1回目の抗がん剤治療をした。ちょうど1年くらい前、平成28年2月半ばころだったと思う。3回で1セットの点滴を受けるのだ。週に1度、3週連続で受けるものだったと思う。いろいろな副作用があるというパンフレットももらった。人によって、抗がん剤治療とひとことでいってもその薬によっても副作用は異なるそうだ。第1回目の1度目はなんともなかった。抗がん剤治療の点滴? 別になんとも?そんな感じであった。そして第1回目の2度目の点滴。その3~4日後から、不調があらわれた。指先がピリピリする。ちょっと物を触っても痛みがあるとか、冷たいというかそんな感覚らしい。冬の冷たい風が顔にあたってもピリピリする。ニット帽を室内でもかぶるようになった。普段でも軍手をして直接ものに触れないようになった。さらに味覚が変わった。それ以前に味がしないというようになった。唐辛子系は苦手だったはずなのに辛いものを好んだ。また酢もどちらかというと好まなかったのに、酸味があるものを好むようになった。そして好きだった甘いものを食べなくなった。あとは、便秘とは無縁だった父が便秘になった。そして浣腸をしてもらったり、下剤を飲むと、今度は激しい下痢となった。便秘と下痢の繰り返し。だがもともと好まなかった刺激のあるものを食べるからか、“腹が痛い”とよくいうようになった。それは胃のことなのか、腸のことなのかわからないが…。さらには、もともと痔がわるくて一緒にあとで手術するといっていたくらいなのだが、当然、刺激物を食べれば痔もわるくなるだろう。身体のあちこちに連鎖反応のように、“負”の連鎖がはじまった。平成28年3月下旬。祖母の三回忌の法要があったのだが、父は体調不良で出席しなかった。ちょうど抗がん剤治療をはじめて1ヶ月ちょっと。副作用がひどくなってきたころである。今から思うと、副作用で体調はあまりよくなかったのだろう。ただ、もともと父はまめに動くタイプではなく、健康な時だって部屋のいつもの場所に座って本を読んだりテレビを見ていることが多く、治療こそしているが見た目は普段とそんなに違って見えなかった。煩わしことが嫌いなので、体調不良にかこつけて法事も出たくないんだなとまで思ってしまった。これは抗がん剤治療による副作用の序章に過ぎず、さらに死を迎えるまで10ヶ月近くに続く抗がん剤治療とその副作用に振り回されることになるのだ。続く。胃がん&抗がん剤&終末👈すべて読むのはココから 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記餃子♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.17
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きょうはかなり気温も上がり、陽ざしも春めいてきたと感じた。とはいえ、まだ2月半ば過ぎ。まだ侮れない。えいえいうちのアイドル的インコ、ハクさま。愛用のミニセラミックヒーター。朝は、ヒーターの前でまったりと過ごすハクちゃん。だが、最近、なんか音がへん?もしやこわれる!?こわれてからでは、遅い。ということで…。楽天ブログではあまり大きな声でいえないけれど…。すぐにほしかったから、送料もかからないしAmazonで買っちゃった。【テクノス(TEKNOS)】モバイルセラミックヒーター ミニセラミックヒーター 300W ホワイト TS-300 TS300同じタイプをもう1台購入。小動物にもおすすめ。自称、ケチではなく倹約家。でもハクさまのためなら、金に糸目はつけない!●胃がん&抗がん剤&終末◆それは胃からの転移だった!?平成27年11月胃の内視鏡手術をし、翌12月に開腹手術をした。すぐにはできないようで1ヶ月ほど後に行った。一度退院して再び入院。内視鏡手術の後はとくに今までと変わりない生活。食事にしても今までと変わらなかった。手術当日の朝のことだ。父はちょっと変わっていることもあり、普通はベッドに寝たまま手術室に運ばれるらしいが、“歩けるから”と歩いて手術室まで向かった。手術は、3時間はかからなかったと思う。2時間半くらい、か。母と2人で手術直後、執刀した先生の話を聞いた。胃を2/3摘出。なんだか怪しかったすい臓近くの腫瘍もとれた、という。たしかに開腹して胃を手術したのだから、その後ろ側にあったものだってとれる状況だったのかもしれない。「目に見えるものはすべてとりました」先生のこの言葉。このときは、わたしも母も、そしてあとで聞いた父も、うん、これで大丈夫だなと内心は思っていたと思う。この言葉の奥には、目に見えるものはとれたけれど、目に見えないもの、気づけなかったもの、臓器のどこか端っこにまだとれずに残っているものがあるかもしれない、そういう意味だったのではないかと思う。そして、摘出した胃袋、腫瘍、見せてもらった。自分の父親の手術で不謹慎かもしれないが、胃袋ってこうなんだ~と、妙に感銘を受けてしまった。胃袋、“袋”っていうだけあった、うすい皮状のもの。これが収縮して痛みがあるのもコレなのか…。わたしも十二指腸潰瘍を患ってから長い間胃の不調に悩まされたので、自分のものではないにしろ“胃”を見たら、不思議な気がしてきた。「女性の方が、こういうの見ても平気なんですよね」まあ女は生理があって、血は見慣れているかもしれない。とったものは、精肉コーナーの商品みたいなものと思えば、気持ちが悪いものでもない。そのとき、なんだかよくわからないすい臓近くにできていたものも見せてもらった。白くて2センチ×5センチくらいの大きなもの。それでも母が先生に尋ねた。「あとどのくらいですか」「転移していれば1年」今から思うと、先生のコメントも的確だった。そしてその後、その大きなものは、胃がんから転移したものだとわかった。悪性リンパ腫ではなかったのだ。胃がんの初期というのは自覚症状がないと聞く。胃から転移したものが、すい臓近くでムクムクと大きくなっていればほかの臓器も押されるし、背中が痛い、変だと、平成27年春先に言っていたのもわかる。“目に見えるもの”は全部とってもらえたんだ。さらに今後の抗がん剤治療で、よくなるんだ。よくなるものだと、わたしも父も母も思っていたと思う。そう思っていた証拠に、父は翌日から起き上がった。麻酔が効いていて痛みはまったくなかったらしい。術後、麻酔から覚めたときの父の第一声。「ビールが飲みたい」「よくがんばったじゃん」と声をかけると、「オレは、何もしていない。寝ていただけだ」このコメントはまさに父らしかった。3~4日後には、病院内の階段を上り下りしていた。ベッドでも横にならず起きていた。たしかに横になっていては体力が落ちる。手術から3週間くらい入院して退院した。年末年始を病院で過ごし、年明け早々に退院した。体力の回復を待って、1ヶ月ちょっとして2月半ばくらいから抗がん剤治療をはじめた。たまたま2年ほど前に叔父も同じく胃を2/3摘出した。転移していなかったので、抗がん剤治療はしなかったが、その後の胃の不調、食べられない、吐きっぽくなる、空腹感がないなどいろいろあるようだ。退院してから抗がん剤治療をするまでの1ヶ月ちょっと。そんな叔父の話を聞いていたが、父は全く違った。最初こそ、量を加減したり、食べる回数を増やし1度に食べる量を減らしたが、すぐに今までとあまり変わらないような食生活になった。父は細いわりに結構よく食べていたと思うが、胃を2/3摘出したからといって、たしかに以前より量は減ったがその後も“普通”に食べていた。これで抗がん剤治療をすれば大丈夫なんだ。このとき平成28年1月にはそう思っていたのだ。続く。胃がん&抗がん剤&終末👈すべて読むのはココから 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記カレー♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.16
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世間でもインフルエンザが猛威を振るっているらしいが…。会社でも、インフルエンザ&風邪で体調不良の人が多い。わたしは年明け早々からこの1~2ヶ月のうちに葬儀で休まなきゃいけないという気持ちがあって、それがいつからであってもいいように仕事をしてきたので、準備万端だった。きょうインフルエンザから回復した人が出勤した。でもインフルエンザはなる予定ではなかったと思うし、明日も出勤する予定だったと思う1週間前。同じに休んでも大変だなと思った。予防接種はしているが、していてもなるという。インフルエンザになっている余裕はない。気合で乗り切らなきゃ!えいえい!●胃がん&抗がん剤&終末◆それは悪性リンパ腫か!?胃カメラで、悪性の腫瘍が発覚した父。でも初期のもので、内視鏡手術で大丈夫だといわれひと安心。そして紹介してもらう病院を決めた。当たり前だが、病院が変わるのでまた同じ検査。こういうのも何とかならないのかと思うが、胃カメラ。続いてはCTもとった。平成27年10月は、父にとって検査月だった。CTの結果だと思うが、すい臓付近にへんなものが写っているといわれた。しかも結構大きななんだかわからないものが写っている、と。ちなみにのちの開腹手術の際とったものを見せてもらった。白くて、2センチ×5センチくらいのものだった。11月のはじめの土曜日。ちょうど休みだったので母と一緒にその結果を聞きに行った。最悪の場合は、悪性リンパ腫だといわれた。リンパに入っていたら、それこそ身体中に転移しているかもしれない。胃がんの初期というのも、転移したものであれば“初期”などといっていられない状況だ。続けて肺や大腸がんの検査もしたが、この時点では大丈夫だった。このときあらためて考えてみた。すい臓がんは手術できないというような話を聞いたことがある。よくよく考えてみると、すい臓は胃の後ろにあるし、開腹しても胃があるわけで背中からといっても骨があるわけで…。普段、ドックや健康診断であるがん検査。大腸、胃、肺、子宮頸がん。早期発見で手術も可能だから検査があるのであるのかもしれないと思った。結局どうするか、内科と外科の先生で話し合うといわれた。その結果、まずは最初に発見された胃がんを先に何とかしなければということで、内視鏡手術を受けることとなった。手術はすぐに入れてもらえて、平成27年11月上旬に受けた。内視鏡手術は、本当に簡単で身体にも負担が少ないらしい。2週間くらいの入院でできるし、初期のがんで内視鏡手術でできるのなら、ドックや健康診断の重要性を感じる。だがこの際に、内視鏡でとれる予定だったがとれなかったのか、もしくはほかにも見つかったのか、結局1ヶ月後に胃を2/3摘出する手術を受けることになった。続く。胃がん&抗がん剤&終末👈すべて読むのはココから 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記トマトパスタ♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.13
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あいかわらず“リハビリ”通いは続いている。左肩の付け根の痛みは、もういいかなと思う日もあるけれど、あれ? きょうは痛い?さらに2週間ちょっと前、いろいろ片づけようとのこぎりを使った。父の死後、いらないものはちょっとずつ捨てようと思って、まずは裏庭に放置してあった3本くらいのほうき。柄の部分をキコキコカットして捨てた。筋肉痛が治っても、右ひじの痛みが治らず。筋が痛い…。あぁ、これは腱鞘炎?右手首と右ひじは過去にも腱鞘炎になったことがあるのだが…。ついでなので、“リハビリ”中。あたためて、電気のマッサージ?“リハビリ”お願いしますと受付に申し出るのだが、すっかり“リハビリ”という言葉も板についてきてしまった。あはあは●胃がん&抗がん剤&終末やっと少し落ち着いたので、前々から思っていた父の胃がん発覚から死まで、一気に記したいと思う。というのは、わたしの知り合いで、脳動脈瘤の手術をした方がいて、同じ手術をした人のブログを見て参考になったという話を聞いたからだ。身内にがん患者がいる人。自らががん治療をしている人。少しでも参考になればと思って記そうと思う。ただ、わたしは“記録”をとっていない。“記憶”によるものを記す。記憶違いがあるかもしれないが、そのあたりはあしからず…。ということで通常ネタはしばしお休み。◆胃がん その自覚症状と発覚まで父がなんとなく不調を口にしたのは、ちょうど2年くらい前。平成27年の春先、3月頃のことだ。なんとなく背中が痛い、というようになった。春先から初夏、6月頃まで何度かかかりつけの医院で胃薬を処方してもらっていた。飲むとなんとなく調子がよくなり、でもまたしばらくするとなんとなく調子がわるいといった具合だ。そう、その感じは“なんとなく”であって気のせいかな、くらいのものだったのだと思う。「今夜はなんとなく胃の調子がわるから、酒はやめる」休肝日は、飲みに行った翌日のみ。普段は休肝日などなかった父だが、たまにお酒を飲まない日ができた。平成27年7月のはじめ。市の胃の検査があった。75歳になる前なら、市の検査を受けられるから、2~3年受けていなかったらしいが申込してあったようだ。バリウム検査の結果は、異常がなかった。そして8月のお盆過ぎ。“なんとなく”調子が悪いという日が続いた。この時点でわたしは、胃がんかもしれないという思いは全くなかった。今から考えると、男性の健康寿命72歳を過ぎたところで、“いつまでもあると思うな、親と金”といわれてもいるのに…。たしかに祖母が他界してからは、10年後にうちの親は健在だろうかと思うことはあったが、まさかこの時点では全くそんなことを思ってもいなかったのだ。バリウム検査も異常がなかったし、お盆もあったし、お祭りもあったし、飲みすぎだと思っていた。さらには、わたし自身それこそ社会人1年目から十二指腸潰瘍を患い、ピロリ菌を退治するまでの長い間、季節の変わり目に胃の不調がありその都度病院通いをしていた。「胃が調子わるいと、背中も痛くなるよ」わたし自身がすでに経験済だったので、よくあることだとさえ思っていたのだ。だが父は、このとき自ら胃カメラの検査をかかりつけ医院で申し出た。実際にカメラの検査をしたのは平成27年9月に入ってからだった。そしてその結果が出たのは、あの年はシルバーウィークという9月にも5連休があったとき、その休み前だったと記憶している。かかりつけの先生から自宅に電話があった。その電話を受けたのは、わたしだ。胃の検査をして、結果の出る前に先生から電話があったということは、もう答えは明確だ。「お父さん、先生からだよ。わるかったんじゃない?」そう父を呼びに行ったことを鮮明に記憶している。わたしの心臓が息苦しいほど鼓動していたのには、このときだけだった。この後の、いろいろな検査や内視鏡や開腹手術、そして抗がん剤治療の経過や死を迎えるまで、今から思っても平生と全く変わらなかった。そして、この瞬間1つ思い出したこと。それは、わたしの最も好きなミステリ作家、吉村達也。吉村センセも胃がんで亡くなった。自らの闘病生活を描いた「ヒマラヤの風にのって」を思い出した。ヒマラヤの風にのって [ 吉村達也 ]自分の最期まで書き続けた、吉村センセ。もっといろいろな作品、読みたかった。QAZの正体はわかったけど、答えとしてではなく作品から知りたかった。今なおそう思います。吉村センセは、家族にいったそうだ。“自分の前では泣くな”と。がんと闘っている病人の前では泣いてはいけない。ただそういう家族の悲しみや苦しみを受け止める何かや誰かは必要だとも書いてあった記憶がある。作品のあとがきを読んでも、吉村センセの家族はなかよし家族&親子なんだなと感じていたので、がん発覚から死までは深い悲しみやいろいろあっただろうなと勝手に想像していた。うちはというか、わたしと父は、ある程度距離感があったので、かかりつけの先生からの電話には動揺こそしたが、わたしは大丈夫だった。あのとき心配したのは、母のことだった。だが先生の話では、悪性とはいえ、内視鏡の手術ですむというものだった。一瞬、家族の動揺はあったが、内視鏡手術で済むのなら大丈夫なんだ、そんな軽い気持ちに達した。そして父もそのころあった親戚の法事に出かけ、内視鏡手術でなんとなる話ついでに、「いよいよなら“切腹”する」などと豪語していた。平成27年10月に入り、紹介状をいただき内視鏡手術をする病院に行き、さらにそこで検査をした。そこからなんだか状況が大きく変わってくることになる。続く 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記おでん&鶏のからあげ♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.12
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ぼちぼちブログ更新も通常に戻したいのだが、なにかと慌ただしくて…。ふうそれでいながら、祭壇にお供えしてあったパイナップルが熟してきたからパイナップル酒を作ってみた。「パイナップル、新しいの買ってきたからこっちもらっていくね」一応父に断る。あの世から“オレのを勝手に持って行った”といいに来られても困る。そう、今朝こんな夢を見た。その前に、ちょっとした不可思議な現象が!?(そういえば過去にも不可解な事件簿 原因不明の電子音が!?)●roze-piのこんな夢を見た♪きのうの早朝、5時から5時半くらいのことだ。うちのどこかで、父の遺影&祭壇がある部屋の上の方から“コン、コン、コン”(カン、カン、カンとも)と音がした。しばらくの間その音は続いた。うるさいな…。母が2階で何かをしているのだと思った。こんな早朝から迷惑な…。起こされたけどまた眠った。「朝早くから、何をコン、コンしてたの! 目が覚めたよ~」苦言を呈した。「何もしてないよ。お母さんもその音きいた。あんたが何かしているかと思って…」え?ネズミも屋根裏や裏庭に出現するが、ネズミの場合“カリカリ”とかじる音がする。「お父さんじゃない? あんパンとかお汁粉をお供えしろっていってるんじゃない?きょう、買ってきたら?ヤマザキの“高級つぶあんパン”」棺桶にも入れてあげたけど…。夜には父の好物の1つであったヤマザキの“高級つぶあん”パンが供えられた。高級っていうけど1つ100円くらいの安価なものだ。父の遺影に向かっていった。「お父さん、早朝からコンコンやるの、やめてよね。起こされたら迷惑だからね。なにかいいたいことがあったら、おばあちゃんみたいに夢にでも出てきなよ。おばあちゃんなんかちゃんとお礼を言いに来たんだからね!コンコンじゃわからないからね」そして、お決まりのチーン!(ちなみにばーちゃんがお礼に来た夢の話はココ)さてここからが夢の話である。◆その“ケツ”はきれいか!?こんな夢を見た。父の妹、叔母たちもやって来ていてみんなで食事をしていた。そのとき玄関から小さな女の子(幼稚園児くらい)が、トコトコと上がってきた。黄色の長靴を履いたまま上がってきた。「ちょっと、“お靴”は脱いできて!」女の子にそういうと素直に従い長靴を脱ぎ再び上がってきて、わたしの膝にちょこんとすわった。今思うと知らない子なのだが、違和感がなかった。しばらくじっとしていたが、立ち上がり今度は少し離れたところに座る父の方に歩み寄った。父が座る横側から、女の子は父に背を当てるようにぐいぐいと押すように凭れていた。グイグイ押しているので、だんだんと女の子のパンツがさがってきた。あぁ、まずい。おしりが父のほっぺにあたる…。これは、まずい。あの子がしかられる。そう思った時、父がいった。「その“ケツ”はきれいか」父のその言葉のあと、目が覚めた。朝、母に話して大笑いした。父はもともと口数が少ない人だったが、たまにひとこと、笑点風に“座布団1枚”といってやりたいようなコメントがあった。“コン、コン、コン”の音は謎のままだが、まあいいや。 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記おでん&鶏のからあげ♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.11
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先週は怒涛の日々だった。ふうまあ、予想どおり仕事は山積み。“リハビリ”にも行かなきゃだし…。さらには韓国ドラマ見るものがたまってしまって、配信終了までに見なきゃ!?名義変更関係の書類が続々届き書かなきゃ…。ゼイゼイ家族葬とはいえ、弔問のお客さんが次々。なんか新盆のようで、だったら普通に葬儀をした方がよかった?このあたりも後日に記したいと思う。ということで、ご愛読者のみなさま。もうしばらくは不定期更新になりそうです。でもtwitterのハクちゃんネタや、食卓ブログは、すでにもう更新しているから見てね。ネタはたくさんあるのに、時間がない…。ふう●roze-piの【果実酒バーhakurin】🐤♪◆ブレンドマスカット酒&試飲クランベリー酒果実酒は、どんなものも3ヶ月ほど待った方がいい。飲めるかもしれないが、その程度期間を置いた方がまろやかになっておいしい。さてぼちぼち3ヶ月経過したもの。それはクランベリー酒。見た目、まったく変化なし。…。いただいた鉢植えのクランベリー。あるだけ入れたけど、たったこれだけ。20度の焼酎で作ったのでロックで飲んでみた。おぉ、いい香りぃ~!タタタ、タッタ、ターンもともとクランベリーの風味ってどんなのかわからないけれど…。とってもさわやかな感じ。これから作ってみたいのは、いちご酒。秋に作ったりんご酒は、半年置くってなっていたから桜が咲くころに飲めるな~。ところで、最近見つけたお気に入りのお酒。それは女子美酒部シリーズのマスカット酒。果汁が入っているから香りもいいしおいしい。白ワインとはまたちょっと違うんだよね~。一方ですごく気に入ってしまった、期間限定の鏡月の白ぶどう。発売開始から一ヶ月後、売り切れる前に買っておこうと思った。だが、時すでに遅し!?心当たりのリアル店をいくつかまわったがなく、こうなったらネットでと思ったが“売り切れ”わなわな女子美酒部マスカット酒 2Lこれがうわさのマスカット酒。この女子美酒部シリーズ、マンゴーやパインなんかもあるよ。そこでちょっと考えた。マスカット酒、すごくおいしいのだが結構甘い。ジュースみたいに飲めてしまっていけない。100ccでたしか130キロカロリーほどある。ということは200ccほど飲みたいところだが、そうなると260キロカロリーも摂取してしまうことになりいけない。これ、鏡月くらいの度数(16度)ならそんなに飲まなくてほろ酔い気分でいいのにな~。最近、なんとなくわかってきた。ほろ酔い気分は、5%の350ccがいい感じ。(キリンのサイトでアルコール摂取量を計算できるよ!)ただ水分量と考えると普段350ccを飲み食事もすることを考えると、食後のコーヒーまで飲めなくなる。手元にあるのはマスカット酒と、ホワイトリカー。どのくらいの割合で混ぜればいい?量にアルコール度数をかけると、アルコールの量が出るはずだから…。15~16度くらいにしたい。マスカット酒 300cc×8%=24ホワイトリカー 100cc×35%=35合計59がアルコール量?となると、この比率で混ぜたとき何%のお酒になるのか?59÷400cc=0.1475この比率だとだいたい15%くらいになるのかな?こんな感じであってるかな?違ってたら教えて!マスカット酒を250ccにすると、ちょっとお酒っぽく300ccにするとフルーティーな感じになった。よし、この比率でいいや~!実際に飲んでみると、鏡月の白ぶどうよりさらにフルーティーな感じかな?ふんわり鏡月シリーズは果汁入っていないし、ね。そうなるとこの女子美酒部シリーズのほかのお酒も買ってみてもいいかも!? 木漏れ日の中で…roze-pi家の食卓日記お好み焼き♪黄昏屋敷の古井戸から…ホラーな日記。真実かって? それは、ひ、み、つ♪
2017.02.05
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