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今回こそは本気でダイエットを決意。結局差し迫った危機感がなかったから、入院時に痛い目にあってしまったワケで・・・。(詳しくは10/10の日記見て下さい・・・)今更なんなんですが、退院したら2キロ程痩せてたんですよ。(既に夏から5キロ落としてたので、夏の私-7キロ)手術後数日は点滴を水分のみだったんだけど、その時のみは逆に体重増えていた。なので痩せた理由は点滴生活を終了後、徐々にカロリー抑えた食事(病人は動かないから)を規則正しく3回食べたということ。腸を切っていたので、メチャメチャゆっくり噛んで食べるようになったということ、と思われる。私は元々異常な早食いなのである。その気になれば定食とか5分で終了できる。しかも美味しいと思って。むしろゆっくり食べるとメシがマズイっていうか・・・。でもこの際無理してでもそれを変えようとしている。夏に行ったフランスではメチャメチャ食べまくっていたんだが、その写真見るにつけよく食べれたなぁ~と関心する。山羊のチーズにワインもしこたま食べていたし。そう言えば盲腸が腐ってたと聞いて真っ先に「フランスでの食事の影響?」とアホアホな疑念が涌いたくらい。とにかく目標は一年後までにあとマイナス8キロ。年内には本当は3キロとか落としたいけど、術後なので運動出来ないのでせめて1~2キロ。ゴーセーなお食事はそれまで写真で楽しむね♪
2005年10月19日
日常に戻って、入院していた間のブランクを埋めるためいつも覗いているBBSやブログを巡る。見舞い時に旦那や親友が情報を差し入れてくれていたので、多少は状況を知っていたものの、入院直前に起こったバリ島での爆弾テロの事が気がかりであった。3年前のテロと比較し、この 米国=米側に見方をする国=観光客 を標的にしながらも、亡くなった方にはバリ人を含んだインドネシア人もいらっしゃるようで、更に今後収入面で困るのは観光業に関わる多くのバリ島の人々であろうと思う。7月にフランスの友人宅へ滞在中、ロンドンで自爆テロがあった。私はロンドン市内には行ったことないが、友人は過去10年ほどロンドンに住んでおり、また事件のあった駅は彼女も通勤で利用していた事があったようだ。ブルターニュという片田舎に居たせいか、オンタイムで情報が入ってこず、彼女は英字新聞を少し大きな街に行って買った。私は海外でも使える携帯を利用しているのだが、テロ後数日間は電波状況がおかしくなり、旦那からの心配したメールも後日受け取れた次第だ。数日後に控えたParis滞在を心配していた。話は戻るが、今回のバリ島のでどうしても納得出来ないのが標的に上がったジンバラン・カフェ(イカン・バカール)。そもそも無差別テロに納得もクソもないのだが、前回のナイト・クラブを狙ったものは「イスラム教徒から見れば堕落したイメージのある憎まれる場所」だったと報道などで動機づけられてた覚えがある。(巻き込まれて亡くなった方は本当にお気の毒な事であるが、あくまでテロリストの価値観から・・・という事であった)私もテロ直後に訪れた時は、今回狙われたクタ・スクエア(ショッピング・センター)は避けたものの、ジンバラン・カフェには行っている。あそこが標的になるとはどうしても思えなかったのだ。今でも信じられない。確かに観光客は来るがのんびりとした海辺の屋台村・・・。地元の人だって来る。友達同士、恋人同士・・・。地元会社の社長さんが社員を招待している横になった事もある。終わらないテロ。憎しみの連鎖。私に出来る事といえば、世界に平和をと祈るばかり。==========写真は2001年6月のジンバラン・カフェです。
2005年10月16日
午前中に無事退院した。普通は喜ぶべきなんだろうけど・・・はぁ~~まぁ、色々事情はあるんだけど・・・入院前、ずっと仕事とか家庭とかキツイ日々が続いていたもんだから、この2日間は退院→→→現実生活が本当に怖かった。本来ならもう退院出来る所を延ばしてたので、退院早々だが午後からは仕事に復帰している。家には先に退院してった同室だったご年配の患者さんから、お手紙が来ていた。昨日退院した隣のベットにいたお姉さんからのメールも来た。何か夢見ていたみたいだなぁ~・・・。お返事書かなきゃ。
2005年10月14日
消灯は9時なので、真っ暗な中カーテンを閉め切りPCにイヤホンつなげるとプライベートシアター状態になる。しかし残念ながら我が家にあるPCで見られるDVDは2本しか無いのよね。と嘆いていたら、ゆうべ隣のベットの方がお見舞いに毎晩来ている旦那さんに頼んでDVDを持ってきてくれた。やった!世界の中心で愛を叫ぶいやー入院中に見るとグッときますね。途中で眠気が来てしまって、夜中に全てを見るのは断念。6時の起床からはやることないので続きを見た。わあぁぁぁ~~~ん(泣)朝っぱらからグズグズになってしまう。いやぁ、純愛ですよ、純愛。ところで今日は胃カメラを飲んだ。これも初めての経験だったのだが、麻酔するので寝ている間に終わっちゃうのだ。ただ、注射麻酔を打つ前にまず口の中を液体で麻酔かけ、マウスピースをした段階で先生が「あ、○○さん俺と同い年だ。昭和△▽年、□どし」「うぁ゛」「今まで大人しかったのに、同い年って言ったらいきなり【うぁ゛】って(笑)」あのね~口の中痺れてマウスピースしてるんだからそんなこと言わないでよ。それにしても何か複雑だなぁ~、大学病院の先生も私と世代一緒っぽかったしなぁ。同い年でも人の命預かって「先生」って尊敬されるんだもんね・・・。などと考えていたら、意識を失い気がつけば検査は終ってた。午後はたまたま避難訓練をしていて、患者は関係ないのだが、職員はヘルメットかぶって院内は大騒ぎになっていた。設定は大地震発生。「救命救急」のパクリか?患者役の職員が部屋に隠れに来たり、看護婦さんが非常脱出シュートで4階から「きゃぁ~~」と飛び降りたり。中々面白い。昼メロ見て大奥見てまた一日が終わった。明日はいよいよ入院生活ラストデイ。
2005年10月12日
今いる病院は、5駅も離れているので今まで全く知らない所だった。地元の病院では「行くと死ぬ」と言われるヤブが一軒あるので、そこに回すのだけは止めてくれと大学病院で念を押し、紹介されたのがココ。私は腹膜炎も起こしていて、盲腸もかなり腫れ上がっており、中は腐っていたという始末。傷口も大きい。(あと半日~1日遅れていたら、破裂していたらしい)手術翌日はかなり痛く寝返りさえも打てず苦しかったものの、3日目にはおかゆを食べられるようになり、少し元気が出てきた。傷(身体の中の方)がピキピキ痛むことを除けば、4日目にはシャワーも入れ、点滴もとれかなり気分すっきり。痛い痛いと言いながら一週間後にはめでたく抜糸した。通常で行けば退院していてもおかしくない時間も経っているし、ノートPCまで持ち込んでる私なんて、見た感じ元気イッパイ。よりによってナースステーションの前で回線つないでネットしているもんね。いや、まだ中身はピキピキ痛いんですって。マジで。でもなんとな~く、退院する気ないの~?的な病院側からの空気を察知。そう今の私は帰宅拒否状態だってー我が家のトイレが和式な為、ウォシュレット付き上げ膳据え膳の入院生活はとても快適で、おまけに同室の患者さんがみんないい人!特に隣のベットの方は同世代なので、マンガを貸してくれたり、おしゃべりしたり楽しい。今日の日中は別のフロアーで昼メロと大奥見ていた。明日も見るぞー!一応金曜には退院引き延ばしちゃって?ついでだから検査受けることにした。大部屋にいると、日々誰かが検査しているので、色々聞いていて怖くなくなってきたし。つーか、健康診断なんて10年くらいしていないし。明日は胃カメラ飲むぞー!ワクワク
2005年10月11日
「○○さーん!○○さーん!手術終わりましたよ!○○さーん!」手術の終わりは名前を呼ばれまくってうっすら意識が戻った。「○○さーん!ご主人きてますよー!」残念な事にこの時の私、旦那なんかどーでも良かった・・・。朦朧とするなか色々語りかけられた気がするが、どうやらベッドに移されたあたりで激痛が!また、よくドラマなんかで登場する口に付けるマスクを苦しいからと断固抵抗した。しばらくたって・・・寝る。そして私は手術を受けたことよりもショーゲキを受ける事となる。「○○さん、傷口見るよ。」と真っ暗な病室に若いお兄さんが来た。ぼんやり(・・・傷口)と思っていると、手早く前を開け、腹帯を外された。・・・・・・・・・・・あ・・・私・・・凄い格好じゃないっすか!!!T字帯一丁(フンドシみたいなもん)その後も、このお兄さんが何度も熱と傷口の確認と痛がる私を献身的に看護してくれた。(つーかこれ通常業務なんだろうけど)途中で気がついたが、男性の看護師さんだったんすね。(しかもイケメン風?)いや、いいんですけどね、別に・・・。男女平等、男女平等・・・ぶつぶつ・・・こっちが恥ずかしい素振りしたら余計おかしいもんね。平静にしなきゃ。しかし何でよりによって要ダイエットで水着姿を他人に見られるのさえ避けているのに、緊急手術なんて無防備な状態(色々お手入れ上)な私が、普段接点のありえないイケメン風の前で半裸状態・・・・。哀しすぎ。でもね、本当に辛かった一晩優しく面倒を見てくれたんですよ。ありがたや。旦那にふた晩も完全放置されてたから、このイケメン風お兄さんがまさに白衣の天使に見える!という感じで、痛さと、ありがたさと、恥ずかしさとの三重奏の一晩は空けた。朝、少しは元気になった私に、お兄さんは口調も軽くなって来た。「尿の管も朝外すからね♪」(術中術後は膀胱に直接管を入れている)ええ?!まさかお兄さんが外すんじゃないだろーな!この明るい朝日の中で!流石にそれには耐えられるだろうか?!>私幸運にも女性看護師さんがやってくれたので安心したのもつかのま更なるショーゲキが!別の女性看護師さんとすっごい若い爽やか風青年が「身体拭きマース」とやってきた!うえーん!腹帯とT字帯の私・・・心頭滅却すれば火もまた涼し心頭滅却すれば火もまた涼し心頭滅却すれば火もまた涼しと何度も自分に言い聞かせ、爽やか青年に身体を拭かれたのであった(やっぱ心は号泣)男性患者の胸の内がちょっとわかった今日この頃。-------------------------------------------------------------------ちなみに・・・後日病室の担当になった例の看護師さんとお話していたら、手術室からICUに運んだのもこの方だそうでつーことは素っ裸のトド状態から面倒見て貰ってたと判明。切った盲腸までも見られてたぜ・・・。
2005年10月10日
緊急手術というのは、まさに肉体的にも精神的にも余裕のない状態なので、Tシャツビーサンで来院、手術室へGO!であった。どーせ手術ん時は脱ぐワケだから何着て来ようと変わらないんだけど、本来は身体自体は清潔であるべきであろう。(ちなみにふた晩苦しんだ私は不潔だったと思う・・・)ストレッチャーで手術室に運ばれる時、ビビリな私の事だから流石に「切られる」という精神的重圧の極地に達するかと思いきや、運びながら看護師(看護婦)さんが旦那に手術中待っていられる場所を教えているのに、「途中5分ぐらい車に戻っていいですか?」などとトンチンカンな事を言い出した。(旦那的には効率よく動きたいが為らしいが、旦那の質問は通常時でもかなりズレ気味)「もー!何言っているの!○階か○階で待っていればいいの!手術中家族いないと、何かあった時看護婦さんが困るでしょ!」(バカ!)これがキッカケで自宅で苦しんだあのふた晩に一度も起きなかったというやり場のない怒りが爆発。(いくら熟睡体質でも、起きて「大丈夫か?」くらい言って欲しかった)あと大学病院の診療中にも結構席を外して「あれ?ご主人は?」とかあったのだ。(仕事なのは分かるけど時と場合を考えろよ、恥ずかしいな)ストレッチャーから手術台に乗せられ執刀医の先生を前にしながら「スミマセン、ウチの主人、気が利かないもんで・・・」とひたすら謝っていたら、点滴に麻酔が入り、それっきり何も覚えていないのである。術前の緊張は天然系旦那への怒りのお陰でクリア。
2005年10月09日
実は私、虫垂炎(盲腸)の緊急手術を受けて入院をしております。先週の日曜日未明に猛烈な胃の痛みと吐き気に襲われ、朝を待って近所の大学病院の緊急外来に行った。その時はまだ胃だけが痛かったので、盲腸かもしれないという先生の言葉も非現実的。翌日昼の通常の外来の予約もとって貰っていたので、ちょっと安心していたら・・・。胃からお腹に痛みが移動した。まさか盲腸なのかな・・・と少~~しだけよぎる。ココの時点で私は決定的なボケをかましていた。盲腸の位置を勝手に左と思い込んでいた!なので、緊急外来から帰宅してスグに差し込みだした右腹部への痛みはまんま本番が開始されているにもかかわらずまだまだ左へ移動するまでは盲腸決定ではないと思っていた!(ああ~今思えば何故そんな・・・)したがって盲腸自体が痛いのにまた一晩自宅で過ごしてしまったのである。前夜の猛烈なゲーゲー地獄から今度はピーピー地獄に。熱も出てきた。階下のトイレと布団を往復することン十回。横で寝ている旦那はふた晩のこの騒ぎでも、ただの一度も目を覚ますことはなく大の字で気持ちよさそうに寝ている。(何だかムショーにムカツク)ところで愛猫(長男猫)だけはとても心配してくれて、トイレに行くたび着いてきて、リビングのソファで休憩していると横に座る。うう、癒やしてくれて有り難うね。結局、もう一晩頑張って我慢した私は、翌日大学病院で血液検査とレントゲン検査を受け緊急手術が必要と診断された。が!ベットに空きがないから手術が出来ない!てなわけで結局他の病院に回され・・・イヤ紹介され、何の処置もしないまま既に月曜夕方。紹介された病院はテキパキと採血、レントゲン、MRIなどこなしてくれた。日曜未明の発症から食事もとれておらず、さんざん下痢しつくしているので、そのまますぐに手術を受けることになった。これから入院生活を送ることになる6人部屋に案内されるなり、同室の方々が夕食をとっている目の前で筋肉注射を受け、ストレッチャーに乗せられあれよあれよと退場。まー突発的でもなければ、身体を切ったり縫ったりなんてハナシは恐がりの私には精神的ダメージが大きかっただろうな。てなワケで、術後の事はまた。あ、どっから書き込んでいるって?ノートPCは昨日旦那が持ってきて、モバイル設定にしてくれました。
2005年10月08日
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