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2010.08.24
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最近、本人の明確な意思は無いけど、
家族が「体の一部でも、この世の何処かで生きていて欲しい」と願い、脳死と判定された時臓器を提供するケースが増えていますね。

確かに、もう死ぬしかない時、このまま全て死んでしまうと思ったら、
やっぱりそれも一つの選択肢に充分なりうる気がします。

それに、本当に移植しないと死を待つだけという患者さんも助かる訳ですから。


ただ・・・正直言って私は臓器移植にはどうしても抵抗があります。
そんな事言っても、イザ家族に移植が必要となったら、私も心から願ってしまうのは明白で、それは自然な事であり、悪いこととは思いません。

でも、多分「臓器をあげたりもらったりしちゃあいけない」んだろうなとも、なんとなく思えるのです。


で、自分が脳死の時を思ったとき、やっぱり見知らぬ他人の体の中で生きるのは、他人の家族の中に突然放り込まれたようで、きっとのびのびとは出来ないのではないかなって思ったりもします。



考えすぎですかね。





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最終更新日  2010.08.24 20:35:22
コメント(6) | コメントを書く


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Re:脳死(08/24)  
8() さん
実は、わたくしもやや抵抗がある派なのです。
救える命があるのですから、もちろん素晴らしい事だと合理的に理論的に是とする自分もいますけど、けど・・・

臨死体験などで、よく言いますでしょ、「光に向かって歩いた」とか「お花畑の中を通ろうとした」とか。
光に向かって歩こうとしたとたん、臓器をとられたら、なんだか迷っちゃいそう!
と言うのが理由です(笑)
死にいたるまでに脳にもセロモ二-がある、とも言われていますよね。
(2010.08.24 23:00:46)

Re:脳死(08/24)  
Augmay  さん
臓器移植に関しては色々な思いがあっていいと思います。
ワタシは自分のは『提供したい派』ですが、できるなら
是非若い方に、という気持ちです。
(そういう意思表示はできないんですかね)
(2010.08.25 10:09:47)

Re[1]:脳死(08/24)  
りぃー子  さん
8()さん
ちょっと意外だったかも・・・
でも、そうなんですね!消える命なら、合理的に誰かの役に立ち、自分自身も一部が行き続ける・・・それはとても素晴らしい選択だとは思うのですが、
それでいいのか?という疑問を振り払いきれずに居ます。

生きる事だけが尊いのか?
死は尊くないのか?

私も死ぬ時は光に向かうのかなって気がしています。
もちろんそれは今の命を粗末にするという事とは全く違って、今の命を正々堂々と全うしてこそ、死も又尊いという事で。

人(生物全てかな)は、生きようという欲望が何より強いのが正常だと思います。
そうでないと、すぐに命のチェーンが途切れておしまいになってしまうほど、今までの人類の歴史上では生き抜くことが難しかったでしょう。
今の命を何より尊いと感じ、いき続けたいと願うことは、とても大事な事。

しかし、それは今の命を全うするためにインプットされた本能であり、この世の神の真実は、もう一つ上の世界にあるような気がして。

心臓が生きている人を死人と判定して、その臓器を他人に移し再利用する・・・
なんか、人間のしていい事の範疇を犯しているような気がしてしまう。

でも、私自身この世で行き続けたいし、家族ならもっともっと生きていて欲しいと願ってしまう普通の本能もしっかり持っているので、否定はできないんですけどね。
イザとなったらきっと移植を願うし、私も実際には「誰か欲しい人が居るなら」と、臓器提供するかもしれない。

でも・・・
やっぱり死は、「無い方がいいもの」ではなく、
「あるべきもの」だと思うしね。
それを受け入れるのが、人間の分相応なことではないかと思いつつ・・・
やっぱり心は揺れるのであります。


(2010.08.26 20:09:49)

私も実はりぃー子さんと同じです  
キーブー さん
私も自分や家族が臓器が要るとなったら移植を望むと思うので、自分勝手な考えでしかないんですけどね(~_~;)

でも、臨死経験をして生還した人の話を聞くと、死亡宣告をうけて家族が泣き叫ぶのを見ていた、とか言うじゃないですか。もしかして死後もしばらくは意識があるのだとしたら、そこで臓器が抜かれるのは怖いなあ。
幼稚な考えかもしれないけど、そんなことを考えてしまいますね。
(2010.08.26 20:12:33)

Re[1]:脳死(08/24)  
りぃー子  さん
Augmayさん

そう思います、いろいろな意見が無くてはならない事なんでしょうね。

「提供したい」という積極的なお気持ち、はっきりしたご意思、良いものですね。

ある程度生きて、私と同年代以上になれば、それなりにいろいろ経験し、人生も楽しんだ部分があるし、昔なら寿命と言ってもいい年代なのでまあ自分自身からして諦めもつきやすいのですが(でも残す家族が心配ですね。もっともっと助けてあげたかったという気持ちが残りますが)、
やはり子供さんのことを思うと、助けられるものなら・・・と強く思います。

自分の子供にしても当然ですが、幼い命にもっともっと生きて欲しいと思いますね。

実際私も自分が死ぬ時、「それで他のお子さんが助かる」と言われたなら、やっぱり臓器提供しちゃうかも。

(2010.08.26 20:23:22)

Re:私も実はりぃー子さんと同じです(08/24)  
りぃー子  さん
キーブーさん

死は怖いけど、でも実際の死は違うものかもしれませんね。

生きようとするから、死は怖れるものなのだけど、
死が本当に恐ろしい世界かどうかはわからないんですよね。

体が死んでも、意識は死なないって事も、実際にあるのではないかと私も思うんですよね~。

ただ私としては、その時はもう体からは開放されているので、残った体はまあ、利用してもらってもいいのではないかとも思うのですが(でなないと、火葬にされてしまうとか、埋められてしまうとか、耐えられないし!)
でも死んでしまうなら良いけど、体だって一部であっても生き続けていれば記憶とか自分なりの好き嫌いや意思とかが残るのではないかと。。。

それが見知らぬ体の中に埋め込まれるとなれば、なんか息苦しく感じてしまうんですよね。
これからは自分の思い通りには生きられないのだ、他人の価値観に従って生きるしかないのだ・・・みたいな。

でも、すんなり馴染める人にもらわれれば、結構楽しいかなとも思います。

なんか、考え始めるとなかなか微妙な問題で、添う簡単に割り切れないような気がしちゃうんですよね。
他人の体の中で生き続けることは、死ぬより困難な場合もあるかもしれないのだから・・・

(2010.08.26 20:46:31)

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