りぃ-子の SCRAP BOOK

りぃ-子の SCRAP BOOK

PR

×

プロフィール

りぃー子

りぃー子

コメント新着

りぃー子 @ Re[1]:庭仕事引退?(12/02) レオンpapaさんへ おんなじですね! 少し…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

2019.11.24
XML
カテゴリ: 人生ケセラセラ
自分の知っていることだけが世の中の総てではないことを、ちゃんと知っているってことは、多分とても大事なことだと思う。

でも、ある程度頭の回転が速くて、自分の属する世界でだけなら、周りになんとなく優位感を持っている人、これを井の中の蛙というのだろうけど、そういう人は時々忘れられない浅はかな事をする事がある。

人の人生をめちゃくちゃにしても、自分が正義だと信じているから悪びれない。
学校でいじめをする人なんて、そういうタイプも多いんじゃないかと思う。

自分は正義だと思っていることをしているから、相手が悪いわけで、自分がいじめをしていると言う視点にはたどり着かない。

まあ、他人に対して余りに思いやりに欠けた正義をふりかざし、いろいろしでかした彼女だけど、会社の社長にはとても評価され可愛いがられていた。
私の方が先輩だから実害は無いのだけど、うちに遊びに来たときのことを、ふと今日思い出した。

今マイクロプラスチックが深刻な大問題だと、誰もが知るようになった。
私は結婚した1988年当時から、野生のカン?でプラスチックをなるべく使いたくない気がしてたから、濡れる台所ゴミは仕方が無いけど、紙くずなどを入れるリビングのゴミ箱にはポリ袋を装着していなかったんだけど。

こういうのを、余計なお世話という。

そんなの誰にもあるお節介だとは思う。
私もやりがち。
でも彼女の存在自体が、このちょっとした出来事をいつまでも記憶させている。


ま、そういう時代ではあった。
なんと言っても昭和だったからね。
その少し前までは、ゴミなんてそんなに出ない時代だった。
肉は紙にサッと包んだだけだし、豆腐は鍋を持って買いに行って入れてもらってたもの。
トレーもラップもほぼ無かった。

ふと思い出したけど、1980年前後に世田谷で暮らしていた時も、静岡県人だからお茶葉は毎日の必需品で、買いに行くとき茶筒を持って行って、満杯に入れてもらってたっけな。
そのお店で、200gのお茶を買うと、ある程度茶筒を満杯にしてから、台でトントンと整えてくれて、そうするとまだまだ何度も少しずつ、面白いほど沢山入る。



昭和50~60年、時代と共に過包装のゴミが一気に10倍以上に増えた印象で、私たちはそのゴミの増え方についていけず対応を模索していた。

ただスーパーで買い物をするだけでついてくる大量のゴミに困惑し始めていた時代だった。

だからこそ、これはヤバイ兆候だ、これでいいのか?と思う事もあったはずなのだが。
大きな視野にかけたり、自分以外の、自分が見下す相手にもそれなりの考え方があることを考えてもみない人がいる。

今もそのままかは、その後会ってないから知らないけども・・・

できてないとこも多いけど・・・・(しりつぼみ)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019.11.24 11:24:19
コメントを書く
[人生ケセラセラ] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: