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正月休みに読み切るつもりで図書館から借りた『ダ・ヴィンチ・コード』上・中・下のうちまだ中の途中。昔映画で見たけど、よく理解できなかった。昨年暮れからなんだか急に気になって、原作読んでみようと。読み進むほどに、星の街仙台と重なってくるのは気のせいか。ダ・ヴィンチ・コードの日本版 マサムネ・コードだ。日本最古の洋薔薇は、常長さんがヨーロッパから持ち込んだ。聖杯は、薔薇の下にある。今度の日曜日、富谷で歴史講座をやります。富谷の隠れキリシタンについてです。常長さんは帰国後、富谷近辺に隠棲していたと思われます。講座は定員10名ですが、まだ空きがあります。参加お申し込みは↓TOMIYA自由大学http://www.tomiya-jiyudai.com/
2012.01.17
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諱「常長」について wikiより -一般に「支倉常長」と称されるが、同時代に彼の諱を「常長」と記述した例はない。自筆史料の署名も「六右衛門」「六右衛門長経」とされており、自身が「常長」を称したことはなかったと推定される。 「常長」という諱が登場するのは、彼の死後、支倉家が一時断絶して再興した後に編纂された支倉家の系図である。後世の子孫が、先祖がキリシタンであったことを隠すため、「長経」の使用を忌避し、「常長」と偽って記録した可能性がある。-常さんは、42歳の時に渡航し49歳で帰国、51歳で病死したことになっている。常さん帰国から20年後、息子の常頼の召使がキリシタンであったことから責任を問われて処刑され、支倉家は一度断絶した。しかし、政宗公は常さんの偉業をたたえ仙台藩にかくまわれながら80歳過ぎまで生を全うしたともいわれている。となれば、支倉家が断絶したとき常さんは69歳でまだまだ元気でいた。綱元さんが70をすぎてから子供を作ってることを思えば常さんだってきっと、、、可能性は十分ありすぎる。仙台真田家同様、その血は途絶えていなかった。支倉家の子孫だという方々の情報を入手しました。会おうと思えばすぐにでも、という方が何名かいらっしゃいますが「時期」が訪れるまで楽しみに待たせていただきたいと思います。いなべの晴明による六芒星の発見から、イタコの埋蔵金伝説に至るまでの書き下ろしはコチラです。星の街仙台~伊達政宗が隠した六芒星http://slib.net/2343↓いなべの晴明の研究書はこちらです。在庫有ります↓当通販以外では青葉神社で購入可能です。1000円ネット通販はコチラまで。メール便送料160円別途。
2012.01.09
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1/22に富谷町にて、歴史講座をやります。仙台藩と富谷町とキリシタンと支倉常長の関係について、参加者と一緒に座談会形式の勉強会になると思います。その資料としてコチラにまとめてみました。http://ameblo.jp/tomiya-fanclub/theme-10047287909.htmlテーマ「キリシタン」に五つの記事を載せました。富谷が、星の街仙台と深い関わりを持っていたことが少しずつわかってきました。それから、もう3年前になるのですが、私がセンダイ自由大学で「星の街仙台」の講座をやらせてもらったとき、参加者のおひとりから「こないだ支倉常長の子孫に会った」という話がありました。そのときは、私も「そんなばなな」と話半分に聞いていて、あまり気にとめなかったのですが、その後常長さんのことを調べていくうちに、そのことが頭から離れなくなってきました。もしも、そのご子孫だという方とコンタクトがとれましたら、こちらでご報告したいと思います。仙台真田家のように、支倉常長の末裔がいる可能性はあるでしょう、きっといらっしゃいます。いよいよ、支倉常長が世に出るべき機運が熟してきたかもしれません…テーマ「キリシタン」5記事・黒川郡のキリシタン・政宗公はキリシタンに寛容だった・仙台藩とキリシタン・支倉常長の行方・ちょうど400年前の慶長三陸大地震津波http://ameblo.jp/tomiya-fanclub/theme-10047287909.htmlご注文はコチラ1000円+送料160円
2012.01.04
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昨年は、いったいどうなることやら先の見えない不安の中で時間だけが過ぎていったように思います。無事に年を越すことができたこと感謝します。本年も「星の街仙台」をどうぞよろしくお願いします 2012年 元旦 仙台イタコ
2012.01.01
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