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今日はコロキウムで研究科長が一言。「そうだ、今日はハロウィンだ。あっちの世界にいって楽しんできてください。でもいったっきりにならないで、こっちの世界に戻ってくるように(笑)」この科長、もちろん教授なんですけど、微妙なユーモアが・・・むぬふふ。 このカボチャとて、10年前にここで「カボチャ知らん?」っていったら、「知らん」っつー答えが返ってきたものだった。カボチャを知らんとは、そんな馬鹿な、と思ったが、周りの学生は知らなかったのである。スーパーにもない。カボチャのパイやポタージュなら知ってるべ~と思ったけど、知らんと言う。あと、見たことないとか、ねぇ。 スイートポテトもみんな知らなかったのよ。 洋食の本場なのに、何故カボチャのポタージュスープを知らんとね!と思ったけど、そうなのだからしょうがない。緑色の~と説明したが、知らない知らないと言う。 そしてある日、市場に出かけた。「あの~、カボチャはありませんかね?」 このとき、おばさんの周りにそれらしきものは見あたらない。やっぱりないのかなぁと思いつつ、だめもとで尋ねてみたのである。 「ああ、あるでよ。どのくらい欲しい?」 おお!やっぱりあるではないですか!カボチャ!うっひょ~! (でも、どこにおいてあるのかなぁ・・・) 嬉しくて、はい、くださいください、という私に、おばさんがもう一度尋ねかけた。 「どのくらい欲しい?」 ・・・・・?一個でいいんだけどなぁ・・・おばちゃん。 「ひとつ」 このとき、一つ、というのはくせ者である。ドイツ語ではときとして、一つも一切れも一緒なのだ(Ein Stück)「一つ? 一切れじゃなくて? うちにはいまんとこ、切れしかないよ」 おばちゃんは、一切れ、と強調した。というか、一つ、という方を一つ丸ごと、と言い表したのだ(ein ganzes Stück)。 「?? ・・・ん~、じゃぁ、一切れ(カボチャの切り売りがあるのかぁ・・・ドイツサイズだと大して大きくもないのに、商売に見合うのかしら・・・)」 このときあたしの頭にあったのは、もちろん日本サイズのカボチャ。・・・そして、ぽん、と渡されたビニール袋、中には全面オレンジ色の方体が一つ・・・あああ~~~! そこで気が付いた。おばちゃんの足下1メートル離れたくらいのところに、居並ぶカボチャの群れ・・・何で分からなかったのかっていうと、全部、高さ30センチくらい、幅10センチから20センチに切ってあったからなのだった・・・そしてオレンジ色。お金を渡しつつも、期待とは全く違うカボチャに、私は心の中で失望していた。だって、カボチャって、大きいのは大抵まずいのよ!しかも、私は丸ごとのカボチャが欲しかったのだ・・・ ま、おばちゃんは丸ごとカボチャを売ってなかったんですけど(--;) ドイツには(と言いきって良いのか?ここら辺と言っておこうかな)、日本の栗カボチャに類似するものがほとんどない。あるのはハロウィンでおなじみの、オレンジ色のカボチャである。それもでかい。そして重い。腕を回して抱えるくらい、別に驚くことはないようだ。そして中はすか!っと空洞である。最近聞いたところによると、保存期間が長ければ長いほど、空洞は広がるらしい。なるほど、乾燥すると思えば不思議はない。ハテ、ということは、保存しておけば水分がとんで、水っぽくなくなるのか?それとも繊維だらけでまずいままなのか。ナゾだ。誰か知っていたら教えてください。 「ホッカイドウ」という緑色の小さいカボチャもあるが、それもまた、結構水っぽい。ほっくりのホッカイドウに当たらないものか?と期待しているが、まだお目にかかっていない。どなたか、当たった方、いらっしゃいますかしら。あ、母に種を買って送ってもらうかな。ちなみに、昨日書いた明日の祝日は、カトリック色の強いところのみです。ベルリンはお休みじゃないんだって。かわいそ~・・・
2002年10月31日
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ドイツにも、最近ハロウィンがある。明日、ハロウィンパーティーをする、という若者(・・・青年?どっちも何だか自分が年寄りじみて聞こえる・・・)は多い。もしくは、ハロウィンパーティーを探して出かける人々。 ハロウィンはドイツ人にとって、アメリカからやってきた新しいお祭り。ドイツには、昔はなかった。10年近く昔にここにいたとき、ハロウィンの飾りが殆どないのを不思議に思ったものである。何故ないの?と聞いたら、ないものはない~という答えだった。それ何?という人もいたのでごじゃる。 最近はいたるところに見られるようになったカボチャのランプも、昔はなかった。最近では街のパン屋、おもちゃ屋、ロウソクや何かの小物屋など、ハロウィン系の小物をおいてあるところが増えてきた。 ハロウィンが浸透してきたのを受けて、数年前には民俗学会で「ヨーロッパにおけるハロウィン」と題しての学会も開かれた。 なんちゃって、信じる? いや、これ、本当です。いつだったか、正確なことは忘れてしまいましたが。アメリカからの文化輸入の一例としてだったのかなぁ。当時、新しもの好きの研究者め、と私は思ったものだった。まじめな学会だったのだけど。今度、研究科で見てきます。 そしてハロウィンパーティ。これもアメリカからきたのかしら。日本では本格的なハロウィンパーティにお目にかかったことがなかったので、どうだったか分からないんですけど。駅ビルなんかでいろいろハロウィン小物がならんでいたのは覚えているんだけどなぁ。日本はハロウィンのあと、すぐ七五三だから、幼少年目当ての商売は忙しいよね。 10月31日には大抵のディスコやクラブ、そして各種団体に属する学生たちがハロウィンパーティを開く。そして大抵が徹夜のパーティ。11月1日はAllerheiligen(アラーハイリゲン・万聖節)という祝日なので、夜通し騒ぐには丁度良いのである。ドイツには学生団体(Verbindung:フェアビンドゥング,Burschenschaft:ブルシェンシャフト)というのがある。この団体は共同生活を旨としているので、団体ごとにそれぞれの所有するVerbindungshaus (フェアビンドゥングスハウス)と呼ばれる家に住んでいる。このハウスがそれぞれパーティを開くのだ。ハウス自体、大抵19世紀に建てられたとか、そんな年季の入った建物だから、こういうパーティにはふさわしい。きれいに補修や改装が施されているから、幽霊屋敷という趣はない。けれど趣を凝らした煉瓦造りの壁、高い天井など、造りそのものが時代がかっているのだ。街を眺めて、ああ、あの家は美しい造りだと思うとき、大抵はこれらのハウスであることが多い。だいたい入場料が3ユーロから5ユーロ。中にはいると飲み物代が別にかかって、中身は何かというと大抵は仮装ディスコ、もしくはクラブといった感じ。ハウスの主催者が気に入るようなうまい仮装をしてきた人は入場料がタダだったりする。あとは内装がハロウィンを意識してあったり、ハウスの住人(バーキーパーとかDJ担当者)が統一テーマのもとに仮装してたり(女装&男装とか、ドラキュラ関係とか)ドリンクがちょっとハロウィンぽいとか、ロッキーホラーピクチャーショーのサウンドトラックをアレンジを替えていろいろ流すとか、そんなものである。
2002年10月30日
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一昨日までの嵐はどこへやら、今日は風もなく、しかし曇天。私の頭痛は一つには肩こりと背中の痛みから来ているようです。それを元に戻すべく、時々通っている医者(カイロプラクティクと一般医療)に行きましたら、頭皮に注射されてしまいました。痛かったですな(笑)。何ていうんですか、注射液が頭皮のしたにつつーっと広まっていく・・・それ自体は痛くないこともあるのですが、注入時に痛いときもあり、これは液の広まりとともに痛かったです。そのあとはぼーとしておりました。そして今日まで私を煩わせるものは、副鼻腔。頭に雲をかぶせたような感覚と鈍痛がない混じりになっている原因は、どうやらこれのようです。風邪の一種と思っているのですが。熱は微熱がしばらく続いています。今日は友達のところに丸一日いることにして、本やらPCやら、昨日の夕方運んできました。友達は副鼻腔をやられて、ここ数日熱を出してぼーっとしていました。今は熱は下がって、よく咳き込んでいます。明日はもっといいニュースを書けるようにいたしましょう!
2002年10月29日
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最近のここでの大きなニュースは、モスクワの人質事件です。二人のドイツ人は大きな病院で手当を受けています。ミュンヘンのある医師は、膨大な人数に対して使えるガスは笑気ガスではないかとの見方を示しています。麻酔ガスが使われていた場合、何かの手術を受ける際の麻酔と同じ状態になるそうで、死亡原因には二通り考えられると昨日のテレビで放映されていました。一つは投入されたガスが多すぎて、酸素を十分に吸えなくなった場合、もう一つは麻酔が効きすぎて肺機能に障害を起こした場合だそうです。この肺機能障害は、あとから生じてくることもあるため、被害にあった人たちは病院でここしばらく様子を見るようです。117人(これからもっと増えるかもしれません)の死亡者のうち、撃たれて亡くなった人はたったの一人とのことで、ロシアの行動が適切であったかに疑問を持つ人が沢山います。 モスクワ事件について耳にするうち、この事件が日本ではどの程度報道されているのか、日本の北朝鮮拉致事件と比較して気になりました。日本人拉致事件については、一部の人が一時帰国するに至るまで、ドイツで報道するところはほとんどありませんでした。帰国が実現するに至り、漸く新聞、テレビが特別枠でこれまでの経緯をまとめて報道するようになったのです。私はネットで日本の新聞をいくらか見ることができたので、日本の友人からのメールで拉致事件が表面化していることを知った後、遅ればせながらいろいろ知ることができました。しかし、良く新聞その他の報道に目を通しているこちらの知識人でもこれらのことについては全く知らないままで、10月の半ばに入っていくらか報道されるようになって初めて、私に問いかける人も出てきました。国際問題であり、一国がその問題を未承認である限りは報道を控えていたのか、それともこちらの報道機関にとってはあまりに遠く離れた地でのどうでも良い出来事だったのか。いずれにしても推測の域を出ませんが、北朝鮮が遺憾である(?)とのコメントを発表した後も一月以上に渡って報道されなかったことから、微妙な国際問題であるが故に報道を控えていたというより、結局は自分の国に関わらない限りはどうでも良い出来事なのかとも思っています。でも、本当はどうなのかなぁ・・・
2002年10月28日
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ドイツ語ではVerbindung(フェアビンドゥング)とか、Burschenschaft(ブルシェンシャフト)とか呼ばれているこの学生団体は、伝統的に保守の右派に属する。元々ドイツ愛好国団体を母胎とし、ドイツのために力を尽くす男子学生のみを入れる。近年、アルタナティヴェと自称する団体も増えてきて、そこでは女性や外国人学生も受け入れている(アルタナティヴェについては、別項で説明)。この団体に入る=団体の建物に住むと、いろいろな利点がある。例えば、部屋代は格安。建物自体、前に書いたように由緒ある造りで、なおかつ内装はすべて近代的。庭やバルコニーはもちろん、ネッカー川に浮かぶシュトッハーカーン(棹さし舟。10人あまりが乗れる)も所有。食事は団体によって専門のコックさん付き(つまり自炊しなくて良い)。卒業以降もつながりがあるので、就職のときには非常に便利。大抵、経済、法律、医学関係者がうじゃうじゃしているので、何かあったときには頼れる人多し。 お金のない学生に援助と勉学の機会を与え、ある程度お金の自由があるようになってから、他の学生に与える形で自分に与えられた援助を返させる。これは本来、悪くないシステムである。しかし、愛国心に燃える学生か、もしくは本当にお金に余裕がない学生や計算高い学生でなおかつこれらの団体のモットーを余り意に介さない人以外、余り入りたがる人はいない。何がうまくないのか。 何と言っても愛国主義的保守主義。まず、愛国主義は今更流行らないばかりではなく、とにかくドイツにおいては分が悪い。極右でなくても、分が悪いのだ。国を思う気持ちは悪くないのだが、それが他国排斥主義的、もしくは自分さえよければいい形式になりがちだから困るのである。そしてこれらの団体はその歴史的背景から、他国もしくは他国者排斥主義的ではないという印象を与えづらい。更に、この団体自体がエリート養成団体としての意味を持ち、自らをそれらの団体に属さないものから一線を画したエリート集団と位置づける傾向がある。従って、上に書いた「自分が王様」主義的印象は、どうしたってぬぐいようがないのである。 そして、エリート集団であることの鼓舞、そのための様々な儀式的催し物。これを前時代的として嫌がる学生もまた、多い。これらの団体では、団体の志気を高めるためにいくつかの儀式やきまりなどがある。昔は団体員同士で防護面なしの決闘みたいなことをやって、顔に傷を付けるのが当たり前だったのだが、今、そんなことをやるところはほんの一部である。フェンシングは大抵の団体で団員のたしなみとして習い、団体同士でそれを互いに披露したり戦ったりする大会もある。ある団体の知人は「僕たちは、もちろん防護面、防護ベストなど、全部着ける」といっていた。極々たまに「古き良き伝統」に従って顔に傷を付けて歩いている団体員を見かけるが、いい気持ちになっているのはその団体に属する学生のみといっても良い。他の学生は、「馬鹿だね、ありゃ」とか「あんなのには関わりたくないね」「時代錯誤も甚だしい」といった反応を見せる。その他、外出時には団員のタスキを着けるなど。タスキといっても、ほら、ミスユニバースなどが片側の肩から斜めがけにしているもの。あれの細いバージョンを思い描いてください。それぞれの団体によってシンボルカラーが違い、そのシンボルカラーで作ってある。三色なら三色を長く。2色のところもあり。 最後に、学生時代に受ける恩恵を生涯にわたって返しつづける義務がある。例えば寄付。例えば、毎月の自分の稼ぎから何%とか。不定期の寄付はさておき、まことに評判が悪いのが、毎月の稼ぎからいつも幾らか支払わねばならないシステム。給料もらい続ける限り続くんだから、たちが悪いとはある学生の言葉。たちが悪いかどうかは別にして、他の学生は「ずっと借金の支払いをしているみたいで嫌だ」そうです。一度住むと終生名誉団員のようです。全く違った年代の人と、初っぱなから敬語なしで語るというのはふつうドイツでは考えられません。そんなドイツで、同じ団員ということのみで、会ったそのときから敬語も何もない世界で語り合うというのも、面白いとは思うのですが。 あと、このハウスでお決まりなのが、飲んだくれて酔っぱらうこと。のめなきゃやっていけないともいえるらしい。ことあるごとに、飲む。飲んだら、最後まで飲む。これを覚えていて、50や60のおじさんになってもたまにやってきて(名誉会員は、いつでもそのハウスにやってきて泊まれるという決まりがある)、夜中まで大騒ぎして現団員の迷惑になっている人もいるそうな。団体の中には、宗旨替えというか、前に書いたようにアルタナティヴェとして、本当に勉学をたしなむ学生のための互助団体として活動しているところもあるので、そういうところでは、昔のままに行動する団員は鼻つまみ者状態になってしまうのね。 ところでAlternative(アルタナティヴェ)ですが、これは元々形容詞でalternativ(アルタナティヴ)、選択的、反対のという意味を持っています。そこから派生して、現代社会の自然環境破壊や人間疎外などに対する反対運動をAlternativbewegung(アルタナティヴベヴェーグング)、それに関わる人々や団体をアルタナティヴェと呼ぶようになっています。従って、エリート集団を育てる元々のVerbindungの意図とは合わないんだけど、よりよきドイツを目指すための団体、とした場合にはいいということになるのかな。この団体の建物に住んでいた親友は、女性だった。食事代も含めた家賃は部屋の広さごとに決まっており、大学の寮と同じかそれよりも安いくらいだった。そこへ越すことも考えたが、やめた。理由はいくつかある。一つは、壁が薄くて隣の部屋、もしくは何かの催し物があるときにそこからの音が丸聞こえなこと、もう一つは、住人としての義務に週一で住人全員のご飯を作るか、買い出しをするかがあること、週一で1時間くらい住人全員での話し合いがあること。後者は何とかやったとしても、私はドンちゃん騒ぎや馬鹿でかい音で聞く音楽などの騒音には耐えられない。それで今も寮暮らし。こちらも騒音はあるけれど、隣の部屋の音が丸聞こえということはないし、パーティや何かの場合もよる11時以降は原則的に音量を落とすことになっている。落とさない人もいるけど、警察もくるから、どっちもどっち。今のところ、住めない状態ではなく、ありがたく暮らしている。ちなみにドイツは基本的に、部屋そのものは個人部屋。台所やトイレ、シャワーなどがところによって共同スペースとなる。
2002年10月27日
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だ~・・・・頭痛が納まりません。おかげで、大切なものはなくすわ、壊れ物に気づかず、損壊部分を広げ・・・続くときには続くものでございます。なくしものは、探しに戻ったのですが、既に誰かに拾われたあとでした。大切に使ってくれるならまぁいいけど、と思いこむようにし向けようと努力中ですが、やはりがっくりしております。母にもらったものだけに。辛い。「なくしちゃったの」とは言いづらいし。自分で買っておくには、高い・・・・暖かくて良かったんだけどなぁ、あれ。 ドイツでは、頭痛一つとっても、天気のせいだよ!というのが本当にまかり通る。 そういうと、天気のせいというのがうそっぱちか何かのように思ってると思われるかなぁ・・・と思いつつ。私は天気のせい、というのにも一理ありと思っています。そして、それを認知しているドイツ(ドイツ人)、すごいなぁと思うの。 この天気説、非科学的のように聞こえますが、これには科学的(?)根拠があります。その根拠が、日本では認知されない。もしくはまだまだ認知度が低い。それだけの話です。天気の影響を受けやすいことを、wetterfühlig(ヴェッターフューリッヒ)といいます。天気に敏感ということです。晴れでも、雨でも、風が吹いても何でも影響を受けてしまう人もいれば、特定の天気に敏感な人もいる。雨や曇りの悪天候で頭痛がでるのは、低気圧のせいだといわれています。低気圧圏では空気が下へと下がることで、頭が被る圧力が上がるということらしい。Biowetter(ビオヴェッター)というのもあって、今日はどこそこの地方では頭痛、もしくは偏頭痛に注意、どこそこでは高血圧や心臓に難のある方は激しい運動を避けるように、など、日本では(私がいた当時)お目にかかることのなかった天気予報です。日本で見たのは、花粉情報くらいですねぇ。私は偏頭痛持ちなのですが、でやすい時期とあまりでない時期とあり、でていることの多かった時期にはかかりつけの医師も時々「今日は天気がねぇ、頭いたい人、多いですよ」といっていました。 最初はそんなのは気の持ちようだといって笑い飛ばしていたうちの母も、そのうち「あんたは天気の影響とか受けやすい体質みたいだから」と言い出したときには驚いた。とうとう東京にも広まり始めたか、Biowetter!とおもったものだった。ちょっと違ったみたいだけど。 ところで、もし鎮痛剤としてヴォルタレンを服用してらっしゃる方がいて、以下のことをご存じなかったら、と思って書きます。それは胃を悪くするだけでなく、肝臓にも悪いそうなので、ゲロニダや外の薬で代替が聞くようでしたら、是非外の薬に変更なさることをおすすめします。日本の医者は、「胃に悪い」としか説明してくれなかったので、それでも時々飲んでいたのだけど(それもまた、余り勧められた話じゃないけど)、しばらく前にアメリカ人の友人が、「そんなもの飲んで、危ないよ!」というのだ。当時、知らずに「ゲロニダばかり飲んでいても、聞かなくなってくると困るし」と考えた私は、日本からもらってきてあったヴォルタレンを服用してみたりしてたのだが、肝臓が逝かれては、もっと困る、というわけで本当に危ないわけを話してくれた彼女には感謝。
2002年10月25日
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今は割と平静なので、腫れた目と鈍痛でぼーっとしている頭でPCに向かっています。 こんなことで忘我を掲げたのではなく、極楽の境地で忘我を訴えるのがトップタイトルの目的だったのだが、今日は非常にディープな人間関係で逆方向の忘我の領域に陥ってしまった。 非公開に書くべきか。書かざるべきか。読んでくださっている方にははた迷惑でしょうが、公開日記を始めるときには、その方向性に迷うのです。私的部分も赤裸々に明かしちゃって、あとで方向性を変えようと思ったときにどうなんだろうとか。まだ方向性が定められていない私には、ちょっと難しい問題です。 日本におけるおつきあいというものから遠ざかってから長いので、最近、おつきあいの仕方、特に日本男性(とひとくくりにできないことは百も承知で)とのって、こっちと違うのかなぁと思いつつ。仲良しの定義って、何でしょう。おつきあいすることの礼儀はどう捉えるの?と岸見先生の日記を読んで思いました。つきあう関係を持ったが故の礼儀やわきまえ、責任や思いやりというものは、どう捉えられ、実践されているのかなぁと。 超スーパー個人的なことを書けば、今日の相手は一般的に気遣いのできる優しい人種ではあるが、関係を持つが故の義務から派生する相手を思いやること、それを形にすることの必要性を感じないという点に関して、発達不良。自己の物差しで痛くないものは、他人も痛いと感じないと思っている点が、甘すぎる。とは、私の個人的意見。日記だから、個人的意見で当然なのでありますが。結局顔を見て話をすることになって、その点は真摯で尊敬できるといえますが、何故、何度説明しても理解できないのだろう。 ドイツ語で仲良くするとは、直訳すると、お互いを良く理解する、分かり合うと言うこと。忘れてはならないのは、理として根本的に理解できない事柄がある一方で、気持ちを分かろうとする努力は可能であること。姿勢や生育環境やその他諸々の事情から、同じものを全く異なって解釈していても、気持ちは寄り添える。相手の気持ちに寄り添って考えようと言うのが、一番大切なこと何ではなかろうか。 関係にもいろいろあります。知人、友人、恋人, etc・・・例えば、同居人は日常的には物理的に言ってとても近くにいる存在。ドイツでは、住宅をシェアする住居共同体(というと何だか一昔前の感じがしますが)は、若い人の間では割とポピュラーな形態なのです。寮もそんな感じ。もちろん個人寮もありますが、私は朝起きて、誰かにおはようをいわない生活はちょっと寂しいのと、生活形態上、一日誰とも会わなくても済んでしまいかねないので、いろいろ共同生活の問題は抱えながらも、今の寮に住めていることを感謝しています。 同居人は、すごくいい友達や親友よりも感覚的には外の輪にいるはずなのに、一緒に住んでいるがために家族のような存在であったりします。外の部屋に住んでいて、お互いのプライベートは確保されているし、互いに帰省したり旅行しているときにはそれほど連絡を取り合わないけど、在宅時にはちょこっと訪ねて一緒にお茶を飲んだり、朝ご飯を一緒にとったり。 もちろん、同居人時代を経て、とてもいい友達になる人もたくさんいます。一緒に暮らすと、普通は見えない相手の中身がよく見えてくる。毎日のことだから、それぞれの生活形態や癖、その他いろいろ、もし学校や職場で会うだけなら(隠そうと思わなくても)隠せる個人的特徴は、同居生活ではもろに現れる。それを隠していたら、生活にならないし。そして毎日のことが故にまた、お互いの我慢できない点は指摘しあう。 ドイツ語で言う「批判」は、必ずしも非難ではないのだと、繰り返し自分に言い聞かせていくうち、日本人の美徳を捨てて、今ではもっとも口うるさい同居人の一人になった私。食器は洗ったら直ぐ拭いてしまってね、調理用具はきちんと洗ってね、コーヒーのかすは生ゴミだよ、等々。共同スペースは使ったらすぐ元に戻すが基本。そうしないと、7人所帯はすぐカオスの中へ。一人が食器を山盛りにしてしまえば、あとの6人が困る。それが嫌な私は、言います。最初は様子を見て、エスカレートしてきたら、さっくり。 でも、言われる人って、言う方もとても嫌な思いをする、ということが分からないのかなぁと思う。何度も意見をを言うのは、口を開く方とて苦痛なものではありませんか。それとも、そう思うのは私だけなのかしら・・・と、ここまで書いて、亡くなった父が、私が成人を迎えるか否かだった頃、「口を開くと小言にばかりなっちまうからおまえとは口をききたくない」と言っていたのを今、思い出した。父にも嫌だったらしい。聞く私も嫌だったが。ということは、一般化できるのだろうか。 ドイツ人でも若い女の子など、黙っている方が多い。それで、集会を開いたときに、やっとこお互い意見を出して、ああ、私だけじゃなかったのね、ということになるそうな。 こういうときにそのようなまとめごとをちゃっちゃっと率先して片づける気概のある(大抵は)男の子はとても便利。そして料理が好きだったりすると、一緒に楽しむ時間も増えて、ありがたい同居人になる。食事の準備は個人でするから、食べるのも個人だが、みんなで料理、となると、気の利く相手でないと、いつも同じメンツが出費、片づけ、あんた食べるだけ?という図式になり、そのうち嫌気がさしてやめてしまうのだ。 さて、明日は幸せな気分で始められるのだろうか。もう4時なので、寝ます。日本のみなさま、良い一日を!
2002年10月23日
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で、今日といってももう午前3時。日本では午前10時。みなさん、ぱきぱき働いていらっしゃる。私は今日、いろいろ無料HP巡りをして、最後にここへたどり着きました。で、結局ここへ登録。とある外のサイトのHPを訪問してくださった方がここのHPの持ち主だったのね。何が良かったかって、コンテンツの見やすさ、広告の入り方、そんなものです。HPの作り方にもいろいろ興味はあるのですが、今、それをしている状況ではないようなので(本人ごとながら)、取り敢えずお気軽な楽天様におすがり。遊びに来てくれた方、これから徐々に作って参ります。よろしくね。今日はもう、眠くてドイツのお話はまたにさせてくださいませ。こちらは雨。既にセーターを着てコートを羽織って出かける毎日でございます。昨日、「柿」を見かけて、おお、もうそんな季節ね、とおもったのでした。こちらの柿は、トルコやそのあたりから入ってくる渋柿でございます。形状は細長いのと、パプリカORピーマン型のもの。まだまだ、黄色っぽかった。どなたかこちらの果物は~と伺っていらっしゃいましたが、今、大粒のブドウが割と安めかな。小粒のブドウも美味しい。でも、日本の巨峰やミレーなんかに相当するブドウはありませんのことよ。あと、おきまりはリンゴと洋なし。先週の安売りは、ザクロ。スペインからやってくるのね。小振りのミカンも出始めました。友達の家ではまだ木イチゴ(フランボワーズ)がなっていて、「今年は遅く始まって、まだとれるんだ~」といいつつ、今朝賞味させてもらいました。美味しかった。庭がある人って、幸せね。お手入れは大変だけど。
2002年10月22日
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