BerryCafe

March 17, 2006
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カテゴリ: 最近考えること
「思いは実現する」そのために自分は生きている・・・この考えはつい数年前まで続いていました。学生時代、社会人として過ごした時代(OL時代)、そして結婚、子育てを経験し、税理士の資格取得を目指して働きながらの勉強・・・勿論すべてが順風満帆ではありませんでしたが、大きな病気や災害に遭うこともなく、それなりに人生は進んでいきました。4月15日が来る前は・・・

あの日、平成14年の4月15日、忘れもしません。午後1時半すぎに一本の電話が職場に鳴り、パートナーの死が告げられたことをきっかけにすべてが大きく変わりました。それに関しては『ありがとう、もう大丈夫』に書きました(ちゃっかり宣伝)。その中でも一番大きく変わったのが、「私は何で生きているのか」という問いが目覚めたことだったのです。

人の死を目のあたりにするのは、人生半ばになると結構経験します。葬儀に参加する機会も多くなり、自身の祖父母や親などを送り出す場合も出てきます。私は20代の頃に母親を亡くしています。私にとっては母親というとても身近でかけがえのない存在でした。大切な人との別れとは、その人が自分にとってかけがえがないほど、取り残されたという気持ちが強くなるものです。パートナーの場合は、母の場合ともまた感じが違いました。パートナーとはまさしく私にとっては人生のパートナーでした。空気のような存在にもなっていました。長年一緒に二人三脚でに人生を築いてきた自分の大切な片割れが突然いなくなったのです。私にとってみれば、メンター的な存在でもあった彼を失ったことは、自分の人生の羅針盤が突如消失してしまったような状況でした。

船の舵を一緒にとっていたはずの舵取り人、そして羅針盤ごと突然消えてしまった船に一人取り残された私は、そこで初めて孤独感を味わいました。そこでです。「私にとって生きることはどういう意味なのか」という「どのようにして生きるか」という問い以外の全く違った問いが出てきたのです。

世帯主が亡くなるということは、経済面、生活面色々なところで問題が生じます。ただ、「生きるとはいったいどういうことか」という問いが自分の存在意義に関する根本的なものだとすれば、経済面とか色々な問題は実務上というか、生きていく上で必要な実用的な問題で、適切な手段を選び、しかるべきところに相談していけば、いずれ時間とともに解決していくものです。しかし、生きるとは、とか私は何故一人なのか、という種類の疑問は、時間が経過しても解決できません。まして人に相談することなどできません。

舵取り人と羅針盤が一挙に消えた船の甲板で、私は思わず、何で私はここにいるの?と叫びたい思いでした。

何でひとりぼっちなの?
何故私はよりによってこの船なの?
あちらの船は豪華客船で、人もたくさんいるのに、何故私は一人でこの船に取り残されたの?



パートナーを亡くしたとき出てきた、何故、という問い、それは自分が今までの中で一番強く感じた孤独感から出発したものでした。





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最終更新日  April 14, 2012 12:01:59 PM
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