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どっちってことはないかな。 もっと一杯いろんな役割を担う人がいるので。 最近、というか今日気付いた。 自分の果たす役割。 使命みたいなものですね。 私個人の。 どうやら私は伝道師(エバンジェリスト)らしいです。 人に言われたことですが、 うすうすは感じていたんです。 一言で言って、人に価値や意味を伝える人。 それが私の役割のようです。 本当は創造主(クリエーター)だと思っていたんですが、 今もっとも自分が機能している側面は、 伝えることに終始しています。 認めざるを得ません。 自分で自分の役割に気付く。 こんな幸いなことはないですね。 自分がもっともイキイキと感じられる瞬間は、 それに尽きます。 創造していたいと思ったのですが、 自分よりもクリエイトしている人間が居て、 その人がクリエーターと名乗っている以上、 それとは違う役割を自分が果たしている気がして。 彼はまさしくクリエーター。 自分はそれに感化されて、それを伝えようとしている。 自分がクリエーターなら、感化されて創ろうとするはずです。 職業や役職で割り切れない役割が 全ての人にあると思います。 それが昨日の才能と通じます。 その役割とは例えば、 創造主 クリエーター 伝道師 エバンジェリスト 援助者 サポーター 従者 フォロアー 観察者 オブザーバー 主 マスター 計画者 プロジェクター 道化師 クラウン 改革者 リフォーマー こんな感じで、それぞれの役割の中で喜びを見出す人がいると思います。 それぞれの役割を真っ当することが喜びで 全ての役割を担うことが、全体の調和の中で生まれているのではないでしょうか。 おそらく、この概念で言えば、努力や苦労は無関係です。 役割を知って、それを果たすのは喜びですから、 苦労しないはず。 天の才気、与えられた役割を果たす人を 天才と呼ぶと思います。 関係ないんですけど、そんな自発的な役割を果たす人を集めて 『天才会議』なるものを開いてみたいですね。 格のメーシー会議のように。 私は自分の役割を果たしたいですね。 あなたの役割は、何ですか?
Feb 28, 2008
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今度の土曜日、アイツが東京に来る。 2年ちょい振りの再会か。 2年前に逢った時には、アイツもまだ おとなしくしてなきゃならんかった。 もうようやく落ち着いて、来るっていうのも 東京マラソンしに来るんだ。 そんな男じゃなかったよなあ。 マラソンって。 前だったら、一歩も走れなかった。 不健康が服着て歩いてるような男だったのに。 時間が経つって面白いなあ。 初めて逢った頃なんてひどかった。 アイツもイケイケな感じで、 料理人としては超一流の部類だ。 あん時23歳だったアイツは、 お店の立ち上げ専門の仕事をしていて、 メニューやフォーメーションの全てを仕切ってやってたな。 訳ない。 元がフレンチ、たたき上げの修行で仕込まれてるから 創作料理という無責任な代物作らせたら、 うま過ぎて困るくらいだ。 斜に構えてイヤな奴だった。 その内、何かの拍子で地元に来た。 遊んでたって暮らせる、みたいな顔してたなあ。 アイツに最初に言った言葉、良く覚えてるよ。 風体を見て 「イヤな感じ」 そう言ったら、笑ってた。 映画やドラマの観過ぎだったな。 お互い。 行き掛かりのトラブルに巻き込まれて、 私もアイツもボロボロになった。 それでもまだ無茶やってて面白かった。 バカだよ、アイツ。 何台車壊してんだ。 五体満足だからこそ、今では笑える話。 元気で良かったねえ。 もっとあの頃、本気で怒ったり注意してやれば良かったかなあ。 本気で怒ったり、本気で仲良くしたり もっともっとしとけば良かったな。 それから随分、辛い目を見た。 止むに止まれぬ理由で、 お互い近くには居られなくなってなあ。 状況がそうであったのもあったけど、 孤立させるんじゃなかったって思う。 そこから転がるようにお互いを見失って、 一時はどこに行ったのかさえも分からなくなった。 その後にまた大きな波があって、 ようやく凪いだな。 堅実にやってるって印。 筋トレ始めたり、週末毎に釣りに行ったり。 それ以上の楽しみを他に見出さなくなったって聞いて、 何事にもひたむきな努力を怠らない アイツらしい生き方だって思ったよ。 いずれの日にか、また轡を並べて、 共に働きたいって思ったけど、 それが終生の夢であってもいい。 叶わなくてもいいんだ。 それをまたやるとさ、すぐにお互い調子コイて ダメにしちゃうから。 こいつのためなら、全部投げ出してもいい。 そう想える朋がいること、 それだけでも幸せだよ。 なかなか顔見ることなくても、 ずっとウズウズ逢いたい気持ちで居られる。 そんな奴がいる自分は幸せだ。 そう言えば今日、誕生日だったな。 今度の週末、逢ったら乾杯しようぜ。 お前が生きてることが、本当に嬉しいんだよ。 関わることはなくても、 お前がお前らしく生きてくれること、 お前がお前の道を行くことを、 心から応援してる。 出逢えて良かった。 ありがとう。 お前の歩く空が、晴れてたらいいな。
Feb 14, 2008
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なんだそうです。 オオゲサマンです。 オオゲサマン1号です。 すごく大切な友人がいまして、 彼女とはもう12年の付き合い。 結構10年選手の友達って、ほとんど地元だから なかなか逢えない。 彼女とは結構逢ってる方ですね。 他の地元の友達に比べると。 お互い遅い上京をしてますが、 折に触れて逢うといいんです。 また10年を越えた付き合い。 しかも女友達って、互いの変化や学びをシェア出来る。 男女の角度の違いも分かっていいです。 男の戯言に付き合ってくれる女性って最高です。 よく私の夢物語を聞いてくれて、 私が現実の物語に変えて行く時も その成果を見届けてくれました。 oliverさん、ありがとう!!! オオゲサマンは最高にハッピーです!! これからも、何でも話せる友達でいよう!! 何でも話せる男女の友情、スゲエ助かる。 ありがとうね!!!
Feb 8, 2008
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今日、見掛けたある若い子が、こんなことを言っていた。 「マイミクが50人になった!」 友達に嬉しそうに話している。 そうか、そんなことが嬉しいのかと、 私はふと思った。 何が自分にとって嬉しいかと考えた時に、 私の喜ばしいことはそれではないような気がした。 自分の喜びって一体何だろうか。 それは例えば数値化することが難しい。 定量的に自分の喜びについて、計ったことがないから 数字の変化に疎いのかも知れない。 詰まる所、終わりがないのだ。 どの状態を維持したいのか、数字で計れない。 引いては欲深いのではないかと、 自らを疑う。 随分若い頃、この子と友達と同じくらいの歳の時に、 自分の衝動や欲求について、深く考察してみたことがあった。 当時の友人もやたらに喜ぶ人があったから 「何がそんなに嬉しいんだ?」 と聞いたことがあった。 にわかに彼は剣幕になって私に 「何か具体的な根拠がないと、 お前は喜べないのか? 根拠が分かったら、もっと嬉しくなるのか?」 そう諭されたことがあった。 その時、感じるに任せることの出来ない自分が、 とても小さく思えて悲しかった。 彼が言ったこと、今では良く分かる。 でも、知りたいと思う衝動を抑えられた例がないんだ。 ひょっとしたら、喜びの根源的なものを知りえた時、 喜ぶのかも知れないけど。 いくら探っても、何もないかも知れないとも、 この歳になって思うよ。 君が言った通りに、根拠がないところに 喜びも悲しみも生まれてるかも知れないなあ。
Feb 3, 2008
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