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先日公表した私のライバル。一方的にライバル宣言させてもらいましたが、この人、井上淳氏。カッコイイ!!メールを頂いたのですが、公開している出雲百綺譚と言う、彼が創るノベル形式のゲームについて続編の経過を伝えてくれました。それがもう、スゴイ!!良く出来てる。面白いんです。マジで。シナリオが素晴らしい。頭から感情移入させてくれて、何か気になって途中で止められなくなる。まだ未完成のようなんですけど、4話くらいまで形になってて、特に私は4話目が気に入りました。設定も私好みで、展開がスリリング。でもやっぱり彼の優しさなんでしょうね。すごく綺麗な終わりが用意されている。カッコイイ~~~~~イ。(うっとり)画面見ながら拍手しちゃった。時間のパラドクスを上手に使っていて、画面右上に表示された時計が微妙に脈打ったりして。何か気分がイイ。行き届いていて。私は人の事にかまけている場合ではないのだけど、井上淳氏の作品創りに協力したくなった。こう言うの何だろうなあ。広がりのある物事って。何か一緒にしたくなっちゃう。あっちゃん、早く続きが見たい!慌てなくてイイから、ゆっくりでイイから、着実に完成させてね。心待ちにして楽しむよ。井上淳の「気分はカフェ・オレ!」
Jan 28, 2006
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今日は早く帰って来た。今の現場の私の扱いについて、我が社と現場の行き違いがあって、私は浮遊した駒と化している。まあ、元より望んだ部分もあるので不満はない。急に「もう帰ってイイよ」と言われると、ちょっと戸惑ってしまうが、まあ、所詮しがない飲食傭兵。私は店にとっても会社にとっても誰だって良い存在だ。おかげで時間が出来る。こうして文章を紡ぐに至る。改めて思うが、ここに認めた言葉達は将来の私の財源だ。資産だ。ここから紡がれる物語は、もう計り知れないくらいあるだろう。それを日毎に端的に落とし込んでいる次第。出来れば多くの人達と、多くの気付きを得て行きたいので、支離滅裂な私の頭の中を、極力理路整然と正し、折り目正しく帯を付けて、読み物とさせて頂いている。まあ、不細工な折り目だが、気持ちは存分に込めさせて頂いている。さて、傭兵生活をやっていると、何処に行ってもいろいろ問題はあるなあとつくづく感じる。まあ、およそ問題のない所などない。全てを見て来た訳ではないが、皆無と言って良い。この事には明白な理由がある。簡単だ。この地上において、影の出来ない場所はない。また光の射さない場所もない。さすればそれが真理。良いだけの場所も悪いだけの場所もない。上下がないから大地と言って、地に足を着けて生きているのだろう。今回の店も、大なり小なり問題はある。私は経験に習って、もうそこにフォーカスするのを止めた。つまらんから。店には失礼だが、改善に努めるのが私の役目ではないので、聞くだけの事は聞いている。ここの仕切り人が面白い人で、私はこの人をあまり良く知らないが好きだ。この人は純粋な意地悪である。もう、シンプルな意地悪。それがどうしたってくらいの意地悪だ。この人は意地悪でも意地悪でなくても食える。母体の大きい店なので、本人の意地悪ぶり如何で、店は全く揺るがない。気分的に意地悪を働かすから、周りのものも堪ったものではない。しかし、それも所詮気分に由来するものだ。要するに、本人にとっても意地悪自体はどうでもいいのだ。店のトラブルは自分の責任だし、従業員に嫌われた所で店も潰れない。暇凌ぎで、人にちょっかいを掛けているに過ぎない。私も別に構わない。行けと言われて、来ただけの存在。私の名前がサトーであろうがスズキであろうが、オニガワラであろうがゴンザレスだろうが、何でもイイ。ここが終わればまた別の場所で、ロドリゲスと呼ばれるに過ぎない。私と仕切り人は微妙な距離感でお互いあまり踏み込まないように、差し支えのない仕事をしている。私には夢がある。ここで意地悪をし放題されても、全く挫ける気がしない程、大きな夢がある。店を一歩出たら、それこそ違う人生を歩んでいるようなものだ。あんたは俺をオニガワラと言うかも知れないが、私はあんたの呼ぶオニガワラではなくて、サトーだ。SCREWDRIVEであり、日素処と自らを称している。この事の意味が分かるかね?横分けの眼鏡君。ブログをやっていると言ったら、鼻で笑ってくれたけど、どのくらい可能性を秘めたツールか、あんたは良く知らないでしょう?情報を創れるって事が、良く分かっていないようだね。果たして、この横分け眼鏡の意地悪仕切り人には、夢があるのかと、いらぬ詮索をしてしまう。人を困らせている時、この人は妙な笑顔を浮かべている。局面の先行きを見込んで、薄笑いを浮かべているようだ。楽しいのはイイ。例え本人だけでも楽しいのは許そう。私はそれを見て、そんなもので楽しいのかねえ、そう思う。もっと楽しい事はいっぱいあるのに。超安定生活の上では、獲得も喪失も知らないのだろうなあ。誰もあんたの立場を脅かすものがいないからね。自分さえ危険要因になり得ないものなあ。知らない事を知るってのは楽しい事だよ。自分が小さいと知ると、世界が大きく見えて自分が子供になった気分なんだよ。ワクワクするじゃないか。私は子供の時に、大人になりたかった。大人になった今、子供のままで居たいと思う。あんたにはそんな気持ちないのかな?自分が一番と言うのは、確かに気持ちイイが、居心地がイイとは限らない。私はあんたを見てて思うよ。まあ、でもあんたのそのクセッ気、嫌いじゃないなあ。自分にも同じような所があるからか知らないけど、あんたの事は好きだ。それと私の先行きは関係ないとだけ言っておくよ。この件に関しては期待しないで。私には夢がある。
Jan 28, 2006
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本当はサジェスチョン(示唆)と言う題で今回の文章を書こうと思っていたのだが、たまたま見かけた他のHPの下りが気になって、そちらを引用しつつ、今回の文章をお送りしよう。サジェスチョンについて書こうと思っていたのは、何事にも問い掛けや示唆って重要だなあっと言った類の事だ。人は何事にも示唆を与えると、良し悪しに関係なく、自分について鑑みたり、行動について考えたりする。何かの拍子に「今日はカレーね。」と言われた時に、例え食事に意識が向いていなくても、食事について考えたり、カレーの良し悪しについて考える。「ええ、今日、またカレー?」であったり、「明日もカレーでイイよ。」みたいな答えが意識の中に想起されるのだ。カレーの良し悪し、または好き嫌いは関係ない。ここで行われた投げかけによって、この両者の距離感は図られる。善悪の別なく、愛情が通っている。日夜行われる他愛もない交流、それこそが愛と言っても差し支えないだろう。皆さんはサヴァン症候群と言うのはご存知だろうか?これは脳内に起きた何某かの事故・欠損によって、基本的な意思疎通や身体能力が障害を受け、その代替としての能力が超人的に飛躍する症状の総称だ。詳細については専門のサイトに譲る。私がみつけたページから引用したい事が幾つかある。○単調な世界からの脱出交通事故にあった少年が、再起不能になり、致命的、良くても植物人間の状態だと宣告された。少年の両親が知り合いの学者に相談したところ、「毎日語り掛けなさい。反応がなくても毎日脳に刺激を送りなさい。」そう言われたそうだ。両親は毎日献身的に語りかけた。三ヵ月後、少年は意識を取り戻した。後に自転車に乗れるまで回復する。○ナディアの才能、その喪失ナディアは6歳にして重度の精神障害を患っていた。口も聞けず、社会的行動を営む事が出来ない。3歳の時にボールペンを与えられてから、彼女はその卓抜した才能をいきなり開花させる。「直観像」と言われる能力を用いて、如何なる動きのある景色・情況も瞬間的に記憶し、それを紙面に絵画として表現する事が出来た。彼女の脳内では、記憶と実相の領分がなく、観たものを観たままに描ける。時間経過と言うものが定義付けられていなかった為に、『動き』を動きのままに描く事が出来た。しかし、彼女の才能は言語の獲得と、母親の死によって終わりを余儀なくされる。10歳の時に母親を亡くし、特殊学校に入れられてから、一般的な教育によって、拙い会話を獲得するに至る。その道程で定義付けられていなかった時間と記憶に、汎用な意味を与えられ、彼女の「直観像」の能力はあっさりと損なわれてしまった。それよりも大きかったのは、母親の死。母親から得られていた愛情の眼差しが損なわれ、ナディアは自らと、自らの能力についての価値を無くした。母親から得られる喜びが、彼女の価値そのものであったのである。このHPの製作者は結びに、ある学者の発言を掲載している。「脳は意欲を高めると、良く働くコンピューターなのです。頭の良い人を育てたかったら、その人の存在を喜んであげる事が大切です。それが脳の活性化につながって行きます。」私はこのページを観て、マザー・テレサの言葉を思い出した。「愛情の反対の言葉は無視である。」無視とは、即ち存在の否定だ。喜びを与えてあげられる事が、何よりも良い。例え喜ばせてあげる事が出来なくても、侮蔑を与えるにしても通う言葉があるなら、まだ良い。しかし、目もくれぬと言うのは存在の否定である。存在意義の全てを否定して、無視すれば交流は愚か、活性化とは程遠い話である。さらに、逆説的に私は考えた。先の交通事故の少年の話、あれは無視の打破ではないだろうか。無反応、無視に投げ掛けられる言葉は、如何なるものも愛なのではないだろうか。応えを待つよりも、示唆を与える事が愛なのではないだろうか。冬の夜に浮ぶ星々の煌きは、闇にあるからこそ輝いて見える。参考ページ「脳動的に生きよ」
Jan 27, 2006
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これ、前も書いたっけ?この話。昔、イベントを良くやっていた頃、ヤマハの音楽製作の方とお会いする機会があった。その時の言葉は、今でも心に残っている。ヤマハは音楽製作に関しては、あまり知られていないが、私の記憶が正しければ、名立たる大物を育てているのも事実。中島みゆき、チャゲ&飛鳥、長渕剛、最近で言えば椎名林檎もそうだ。ヤマハの主催するポプコンの出で、現在に至るポップスの夜明けを担ったのが、ヤマハの音楽製作と言えよう。そこの中国支部長だったか誰かに言われた。その言葉は、音楽にのみならず、何事にも言えるものじゃないかと思う。「仕掛ける(挑む)者は、自分がどちらかを正しく見極めていなければならない。レジェンドメーカー(伝説創造者)になるか、ストーリーテラー(物語を紡ぐ者)か。」これは何でもそうだが、一つの分野において『世界』を築く者になるか、『世界』を広げる者になるのかと言う事だ。レジェンドメーカーはルールを創る。新しい『世界』の新しい規則。それを自分の力で周りを巻き込みながら切り開く。堀江貴文氏はそうだっただろう。バランスを考えていたなら、ああはならなかった。ミスターもそうだ。それにまつわると思しき発言は、弟だいぽの日記「ヤバイ!さすがミスター」に書いてある。かなり笑える。ストーリーテラーはルールを守る。新しいと信じる『世界』の番人、キーパーソン。自分を通じて周りと調和しながら、拡充して行く。例えが難しいが、イチローとかそう。積み上げる強さを持っている。スマップで言えばクサナギがそうかな。私は後者、ストーリーテラーで行きたい。もちろんレジェンドも創りたいが、そう言うバネはない。ハンドルネームの由来もそんな所から来ている。バネのような跳躍力は持たないから、ネジの旋力を選んだ。じっくりでも確実に入り込む。一旦手応えを得たら、一度チャンスを得たら、簡単には下がらない。そんな気持ちがある。あなたはどちらですか?それを知ってると、自分に相応しいやり方が見えてくるはず。
Jan 26, 2006
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こと葉さんとのお話で、小冊子を創ると言う意思を決めてから、自分の中の想いが急に具体的になり始めて来た。具体的内容のディテールは決まっていないが、自分の想いの中に、手応えと言うかリアリティーが沸いている。それがまた自分の好きに出来るのがイイ。誰にも指図されず、邪魔されず、好きなように好きな本を創れる。こんな喜ばしい事は、そうそうない。多分、人任せにしていたら、なかなか味わう事の出来ない喜びの内の一つじゃないだろうか。この喜びを、多くの人に伝えたい。多くの人と分ち合いたい。 ・ ・ ・と言う事で、私SCREWDRIVEの中の重役会議に掛けた結果、これをプロジェクトにしようではないかと言う意見が圧倒的多数の賛同で採択されました!!具体的な計画は特にありません。皆さんにも本創りの楽しみを知って頂こうと言うのが今回のプロジェクトの主旨です。・出来上がったものをちょっと読んでみたい。・何か知らないけど、面白そう。・SCREWDRIVEのはしゃぎっぷりが見物だ。・応援くらいしてやるか。などなど、ご興味を持って頂いた方は、コメントかメッセージ下さいませ。参画頂ける方を募集します。題して「勝手に出版プロジェクトサポーターズ」略して「KSPサポーターズ」ついでに自分の出版企画所名を「勝手に出版社」にしようかなあ。とにかく、ただ単に進行状況をお伝えするのも面白くないので、みんなで盛り上がって行きましょう!と思いました。応援してくださいね。 ・ ・ ・ ・真面目な話、ご縁を頂いている皆さんと一緒に何かを創って行きたいと言うのが本意です。遊びでも仕事でも、共に楽しんで行けるものがあれば、何でもうまく行くものではないかと考えます。それと、知らない誰かに自分の大事な事をお願いするより、縁あってお付き合い頂いている人と何かを創り上げる方が楽しいし、在り難い事だと知りました。せめて自分の楽しむ気持ちくらい、自分を可愛がってくれる人に伝えても(お支払いしても)イイのではないかと、思う次第であります。と言う事で、私と遊んで下さい。楽しんで下さい。おいおい読者モニターの方も募集します。これから紡いで行く物語は、昨年書き上げた「転生の検問官」の伏線に当たります。ですので、知っておいて頂いた方が、楽しめると思います。そんな感じで「勝手に出版社」、編集長、私で始動します。よろしくどうぞ。
Jan 25, 2006
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ハンズ・オン・ヒーリングをこと葉さんの発芽カフェで初セッションをさせて頂いた。大変実り多き時間と、素晴らしいご縁を頂き、心から感謝致します。こと葉さん、ホトケさん、ありがとうございます。お二人とお会いする時は、本当に時間を忘れて話に花が咲く。予ねてから出版等に関して、先輩であられること葉さんには、随分お話を聞いて頂いている。私の近況をはじめ、こと葉さんの経験談等、参考になる意見を仰いでいる次第だ。こうして、目の前で原稿を束ねて、一つひとつの想いを自らの言葉によって紡いでいること葉さんを見ていて、私は少しく自分を省みる。いつまで本意を欠いているのだろうか。いつまで声を掛けられたり、蓄えが貯まるのを待っているつもりか。それ相応の準備と言うのはあるが、待ってても自分のやりたい事は、向こうから来ない。本意は『伝える』事だ。黙ってて伝わるなら、文章なんて書いてない。っつーー事で、私、小冊子、創ります。物語、紡ぎます。新しく原稿、書きます。実は内々に感じていた事。一冊では満足しない事は良く分かってた。待ってても時間が過ぎて行く事も、良く分かってた。そして、自分の表現が一冊の枠に収まらない事も、分かってた。じゃあ、本を出そう。本を創ろう。至極明快な結論に至った。プロットはいくらでもある。それには心配していない。むしろ、『転生の検問官』はほとんどゴールに近い作品だ。いきなり飛び道具を出したのでは、読んで頂く方を突き放しているのに等しい。要は自己満足に近い作品だと、少し思ってた。段階的にそこに結ぶ作品を書こう。サイドストーリーも頭の中では出来上がっている。出たがっている。と言う訳で、本、創ります。ホトケさんに写真を撮ってもらって、発芽BOOKSのアドバイスを頂きながら、私は作品を紡ぐとします。よろしくお願いします。
Jan 24, 2006
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昨日の堀江氏の逮捕劇から一夜明けて、皆さんいろいろ考えられた事だろう。様々な報道に揮発されて、私をはじめブログに書き込んでいらっしゃる方も多いようだ。賢明な方はこの一連の報道から鑑みて、自らを省みていらっしゃるようで、画面の向こうの事実としてだけでなく、真摯に受け止めておられる方も多い。Sho-w君のひかるさんへの書き込みで神田昌典さんのブログが紹介されていた。神田昌典の毎日が奇跡神田さんが仰るには、70年周期で起こる時勢の転換期に当たるようで、あの2.26事件の再来のようなリズムに乗っているようだ。まあ、それに限らず、今まで培われて来た価値・価値観みたいなものが改めて問われるタイミングにあるのではなかろうか。今、ここで何かがはっきりと分かれるような気がする。それが何なのか分からないが、ひかるさんやKAZさんが言われるように、また神田さんも仰るように、報道は気になるけれど、それに釘付けになっていては、混乱に乗じるだけのような気がする。大阪の相方は良く「火事場泥棒」と言う言葉を引用していた。周りが騒いでいるのに合わせて、自分の事情を持ち出すのはずるいと言いたかったのだろう。私が離職・退職する際には、いつもそう言って叱咤激励してくれた。良く考えれば、不景気不況と言われて久しい。別に昨日今日始まった話ではない。もっと言えば、あのバブルと言われた有頂天超お上り時代から見ての話。あれがおかしかっただけで、今がおかしい訳ではないのだ。人や世相はさておき、じゃあ自分はどうか。私にとって景気が良かった事など、ほとんどない。別にそうかと言って、不幸とは全然思ってない訳で。むしろずっと幸せだと思っている。事実幸せ。誇れるような経歴も実績もない。むしろ不出来なくらいかな。私はわがままなのです。結構ずーずーしいのです。厚かましいです。言っちゃえば2回も解雇になってるし、生家はなくなってるし。過去を言えば、弟はもっとすごいとこ見ちゃってるしね。それでもサトーブラザーズ、今年は相当やる気だからねえ。意味分からん。どっからそんな、やる気が出てくるのか。しぶといと言うか、しつこいと言うか。タイトルは、以前の店の壁に書かれていたオノ・ヨーコさんの言葉。『夢を持とう!!』シンプルだけどすごく大事な言葉だと思う。それさえあればってとこがあって、夢を持っていれば、どれだけ身に余ると思う事に出くわしても、意外と気にならないもんだね。夢って、尺度を外に向けられないものでしょ。「人はあれだけうまく行ってるのに。」とか、「あいつ、コケたって。」なんて言ってる前に、自分の夢はどれだけ叶えられたか、って自分に問える。無論、メディアがどうこう言ってる場合じゃないのだ。夢って終わりがないから、ずっと続けられるしね。それが意外と循環の原動力になってたりしてね。声高に叫ぼう。自分の夢を。そしたら、人や世相を尺度にしなくて済む。いちいち揺さぶられなくても済むのだ。なんか堀江氏にも叫んで欲しいなあ。「俺はやっぱり世界一になる」って。
Jan 24, 2006
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たまには時事ネタに触れよう。こう言う事に感化される事はあまりないが、何か書かずにはいられない気分だ。私はこの人が選挙の時まで嫌いだった。全然好感が持てなかった。キャラクター化するのも戦略の一つだから結構なのだが、「踊らされる」その踊り方が気に食わなかった。先週の強制捜査以来、この人ここからが勝負のし時、正念場だろうなあ。っと思ってみていた。私は生来の甘い性格だから、何か判官贔屓みたいなのと、同い年と言う親近感が相俟って、ちょっと好きになっていた。ここから巻き返して欲しいなあと思っていたら、お縄を頂戴。まだ何も終わっていないが、残念に思う。しかし、勝手ながら大したものだと思うな。犯罪者扱いとなってしまったが、これだけ世の中を動かすって言うのは大したもんだよ。やり方がまずかった部分があるにせよ、わずか5年くらいで瞬く間に日本中を巻き込んで、一大旋風を吹き荒らした。跳ねたね。物凄い跳躍力だ。跳ね上がった勢いで、落ちて来たけどね。その落ち方も豪快で天晴れなんじゃないかなあ。残念だけど豪快で気分がいい。だって、こんな勢いで物事動かせる人って、今の日本には、ほぼ居ないでしょ。年明けの細木さんの番組で聞いてたらしい。「いつになったら世界一になれますか?」って。今はそれ所じゃないけど、それを胸に刑期を務めて欲しいなあ。勝手な願いだけどね。追記。そう言えば、この手の嘘をついて、やっちゃいけない事やってる人、いっぱい居るね。私の知る中で、天晴れな嘘吐きの大物、居るよ。今はやや小物だけど。大仁田。大仁田厚。この人がプロレス団体『FMW』を立ち上げる時の話はすごい。大嘘から始まってるからね。この人、金がなくて興行出来ないのに、どうしても団体立ち上げて興行したかったんだね。リングも場所も準備出来ない。何しろ8万しかなかったから。でも初回の興行やっちゃったんだよ。ここでクイズです。さて、どうやってやったでしょーーーか?カッチカッチカッチカッチブーーーーーーー!!正解はこちら。『電話だけ引いた』でした。電話だけ引いて、告知だけ始めちゃった訳。どうやって告知したかは知らないけど、問い合わせだけを受けて、先にチケット販売分を回収して、それで会場おさえてリングを借りたらしい。この立派な嘘吐きは現在国会議員です。堀江氏は傾き(カブキ)方、間違えたね。
Jan 23, 2006
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私は出版したい。本を出したい。仮に紡いだ作品を例えるなら、私が生産農家で、紡いだ作品は何かの野菜だとする。せっせと肥やしをやりながら、良き作品の育てるのが私の仕事。私の当面の目標は、その育った野菜を、良き料理人に託す事。編集者、出版社は料理人であり、それを売る店だ。出版社をレストランとしよう。レストランにもいろいろあって、イタリアン、フレンチ、スパニッシュ、ピンチョスなんてのもあるな。スタイルは売り手側の考える事で、生産者としては良く売ってくれる事を考える。また、そのやり方に添う店を選びたい。何より、良き料理人が料理してくれる事を願う。丹精込めて育てた作品だ。売れる売れないももちろん大事だが、愛情込めて料理してもらいたいと願う。私の作品を人参としよう。作り手から言わせてもらえば、決して上品とは言い切れない。むしろ、新しい畑で育ったから、野性味はある。荒削りで土の香りがプンプンする、勢いのある味がする。お金を掛けて育ててあげられなかったから、品があるとは言えない。味は繊細ではない。大胆な方だ。土の味を芯まで染み込ませて、噛めば噛むほど土の匂いがする。甘さは少し足りないが、じっくり火に掛けて煮込んでやれば、ほのかに携えた甘さが香る。私は料理人に言う。「この子は荒い土壌の中で、逞しく育ちました。少々手間を取りますが、手間を掛けた分、クセになる味を持ってます。如何でしょう、買って下さい。」人参も言う。「僕には時間が必要かも知れない。煮込む手間も、繰り返し噛む手間もある。でも、煮たら煮た分、噛んだら噛んだ分、食べた人の糧になって働きます。」それを聞いて、料理人は言う。「あんたらの言い分は分かるが、時間も手間も掛けてられない。とりあえず、サラダかメインの付け合せくらいなら使ってあげてもいいが、食べる人にあんたの真価を問う事は出来ないよ。それは傲慢ってもんだ。食べる人にも食べるだけの理由がある。それをイチイチ味わってくれとは言えないだろう。」料理人の言葉を聞いて、私も人参も黙ってしまった。少なからず落胆した私を見て、人参は声を掛けてくれた。「おやっさん、がっかりする事はないよ。あんたが納得するまで、僕をまた育ててくれればイイ。望むなら、すぐに腐ったりしないから。」「ありがとう。そうだな。君と出会う事を喜んでくれる人を探そう。喜んでくれる人を待とう。確かに料理人の言う通り、我々の望む形は傲慢かも知れない。それと知ってもなお、問い掛けて行きたいものだなあ。」人参が産声を上げた日から、私と人参の二人歩記が始まった。
Jan 21, 2006
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拝啓、親愛なる諸氏。お元気でいらっしゃいますか?昨夜からの冷え込みにあって、東京は雪が積もっております。私が東京で雪を見るのは、恐らく二度目の事でしょう。一昨年の大晦日。つまり昨年の新年に、雪が積もっていた時の事に思い当たります。昨年の新年は、とにかく独りで時を過ごしておりました。何処にも行かず、誰にも会わず。コンビニの店員と取り交わした、事務的な会話を思い出します。そちらは如何ですか?通年よりも寒い冬ですが、あなたの景色が健やかなものである事を願います。今日のように、出るに出られぬ日には、何か自分の内にあるものを、見つめるには良いようです。私の携えたアストロアジェンダダイヤリーには、丁度、『スピリチャリティー』のシンボルが掲げられ、『精神世界には良い日』と記されております。こうして、この手紙めいたものを認めているのも、何かの導きなのでしょう。さて、私は今年に入ってから、自分なりの気付きを得ました。一つに気付いた後は、それから糸がほつれるように、いろいろな事に気付き始めました。いや、一つで全部のようにいろいろ思い付くのです。その一つと言うのは、「自分から何かを始める」と言う事です。この事実、この行為を実践し始めてから、ほとんど全てが楽しくあります。楽しくて仕様がありません。出版でもヒーリングでも同じなのですが、いつか情況が整うのを待っていたら、こう言う気付きには達していなかったと思います。言ってしまえば、所詮私の我侭の一存に過ぎないのですが、その我侭が、自分を何か良き方に導いてくれているような気がします。いつかいつかと思っていた時には、私は不満の絶えない存在でした。今においても、そう変わる所はありませんが、対外的に物事を見る癖が、軽減されたように思います。全部自分から始まっていると気付く事によって、問題を置き去りに出来なくなったのです。それ故に自然、自ら解決の方法を導き出すに至ります。避けられない事柄なら、逃げ隠れする事なく、なお一層堂々としたりして、自分に考える暇を与えないようにしています。おかげで「今」を知るに至りました。「後で」が通用しないから、「今」しかないんですね。自分で始めた事、言い出した事は「後で」で解決出来ないんですね。無駄な時間がなくなって行く気がします。別に「今、やる」と言わなくても、「やる」と言ったら、やる時が「今」になるから面白いです。出版に関して、段階的に視野が広がっています。本を出したいと思いながら、私は長きに渡って出版の何たるかを知りませんでした。これも一概に、出版社をどうこう言っていられない時期に来ています。私は物書きとしてどうあるべきか。どうして行くのか。それを考える時期に来たと思います。自分のスタンスを築いて良い時期にあります。私は出版の一事に限らず、多くの人々と楽しみを分ち合いたいと思っておりますので、私の文章の書籍化を、一つのプロジェクトにしてみようと考えております。出版も店を出すようなものですから、装丁を決めたりなんだりを、いずれ見知らぬ誰かとやるのなら、見知った方にやって頂きたいのが本意です。その方が未経験ならなお良い。一緒に創って行く楽しみ方が出来る。書籍化された暁には、一緒に固い握手なんか出来たら素晴らしいと思います。まあ、脈略のない文章を意図のないままに書き綴ってしまいましたが、こう冷える日には、内側を覗くのもまた一興かと。今日の午後、あなたは如何様にお過ごしでいらっしゃいますか。木漏れ日はありませんが、何時とも知らずに降り積もる雪のように、あなたの思いが音もなく心に満たされて行きますように。風邪など召されませんように。ご自愛下さいませ。
Jan 21, 2006
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いろいろと言ってもいろいろ知っている訳じゃないけど、現在話を進行している会社とは、別の所にメールにて問い合わせをしてみた。御社の出版とはどんな感じですか?みたいなメールを送った。今日返事が来た。作品はこちらの住所にお送り下さいと言う内容と別に、見返りの内容が書いてある。見返り?大抵は出版に基づく費用と、流通に関する事が伝えられるのだが、こちらはいきなり報酬の話。なんとこの会社は50%返してくれると仰る。しかも書籍は全部著者のものと来た。普通、版元が製造するから、版元が権利を主張するのだが、全部くれると言う。この度の進行中の話で、私も多少知恵を付けたから、少々眉唾だ。本当か?本当にそうなのか?真相はこうだろう。共同出版と仰るが、実際は限りなく自費出版に近い。ただ、流通に関して販売量の10%を支払うので、そちらで先方はまかない、仕事するのだろう。そして全国の取次ぎ店との仲を持ってくれるのだ。ちょっと気になるのは、その出版社の名前で販売してくれない事だ。版元としては別の名前が付く。それも変に耳障りのいい名前。売れても売れなくてもイイ。作るだけ作ってあげる。売れたら売れた分はもらう。かなり売れたら、本来の組織名で扱うとしよう。ちょっと意地悪な見解だが、こんな感じの扱いがした。しかしまあ、ものは考え様だ。先の出版社は作らすのにコストを掛けて、一応全国展開の費用を割いてくれる(著者自前で)。後の出版社は流通には乗せましょう。売れた分もお返ししましょう。でも、売れるものを作るのは自分で全部やって下さい。企画があるなら、自力でどうぞ。私にアドバイスしてくれる人が仰ってたが、出版は何か時代が過ぎた感がある。作家を育てる気概はほとんどないそうだ。その気持ちはあっても、やって行くのがやっとの所が多いようで。実は音楽の方も同じ様子。これじゃあ、いいアーティストも作家も育たない。いつぞの直木賞、芥川賞みたいなもんだ。角界もこれに近い。ニュースを創る事が必要になってしまっている。まあ、私の預かり知らん事はさて置き、ものは考え様と言う事で、可能性を考えてみる。出版は御店を出すみたいなものかなあと思う。結局何を伝えたいかに終始する。大手の流通に乗るのは、都会に店を出すみたいなものだ。数字は見込めるかも知れない。しかし高い家賃や人件費が掛かる。中小規模の出版社を選ぶのは、田舎に店を構えるようだ。バカに売れる可能性も少ないし、ヒット作になる事もないだろう。ただ、老舗とか噂にはなるかも知れない。隠れ家的な店と言うのもある。結局いいものを創らなければ、仕様がないのには変わりない。ここは一つ、プロジェクト化して、仮定をもっと楽しむのもありだなあ。詰まるところ好きなようにやりたいから、手出しは避けられないだろうし。同じお金を支払うなら、楽しませてくれるような仕掛けを組むのが私には向いているような気がして来た。仮定を一緒に楽しんでくれる担当者に巡り合えるといいのだけれど。
Jan 20, 2006
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あ、そっか。いい事に気が付いた。私は最近、良く気付く。たまにこう言うスイッチが入って、次から次へと名案(妙案)につかれる時期がある。また一つ、気が付いた。それは出版に関しての事。このスイッチオン時期になると、アイディアが沸いて沸いて仕様がなくなる。ほとんど作品の題材なのだが、書いても書いても書き切れない程、文案が沸いて仕様がない。どうやったら、段階的に出版出来るか。それが今話している出版社の間では、半ば一生モンだしなあ。何にせよ、時間が掛かり過ぎる。う~~~~~ン。あ!そうか。時間の掛からない方法を選べばイイ!!この事に気が付くまでに、実は随分時間が掛かった。何にせよ、伝えたいのが本意。伝えてから考えれば良い事を、先に持って来てしまってたから難しかっただけの話。その先に来ていたのは、流通と広告の問題だった。大手じゃないと販路が開けないと思っていた。そんな事はもっと先でイイ。今、出来る事から始めよう。と言う事で、今出来る形で出版に漕ぎ着けます。もう、決定。絶対決定。完全に決定。良いものを創るって言うのと、売れるものを創るって言うのを履き違えてた。良いものをこだわって創るぞ!
Jan 19, 2006
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めちゃめちゃタイムリーなネタ振りをしていた。皆さんご存知ライブドアの件。一夜にして市場はパニック。誰も夢にも思わなかった事だ。ライブドアのグループ会社は一日にして1,500億を水泡に帰した。恐らく半日を待たずに、それらの金は雲散霧消に消え失せた事だろう。上場も取り消しになる。個人投資家も相当な打撃を受けたに相違ない。ある投資家は3億を個人で喪失したらしい。プチバブルとか言われながら、その根底に流れるカラクリが白日の下に暴かれる。先日の日記に書いた。自分はお金を払って、自分の何を買うか。数値化出来るものなら、いくら自分の何かの為にお金を掛ける事が出来るか。この問いに、意外な方向から答えが返って来たと感じる。投資家達は、大半が損したと言うだろう。90%近くの人達が、正論をぶつが如くに「損した」と言うだろう。彼らは何に投資したのか。『買った会社の理念に賭けたのか。』『その会社の社会的意義に賭けたのか。』『その会社が単に好きで賭けたのか。』『はたまた流れで賭けたのか。』『多分お金が欲しくて賭けたのだろう。』この文脈に、一つ言葉を添えると、真意が見える。『買った会社の理念を信じた自分に賭けたのか。』『その会社の社会的意義を感じた自分に賭けたのか。』『その会社が単に好きになった自分に賭けたのか。』『はたまた流れにのった自分に賭けたのか。』『多分お金が欲しい自分に賭けたのだろう』これは別に良し悪しを問う話ではない。ただ、損をしたと感じる人は、自分が抜けていたのではないだろうか。私は株をするような余裕がないから、この事件に関して損をしていない。だからこのような勝手を言っているのだが。賢明な投資家は、すでに今回の事実を冷静に見ているだろう。相当量が市場に放出してしまっているが、慌てて売ったりしないと思う。しばらくは落ち着かないにしても、いずれ底を打つ。限界まで逼迫したピンチが過ぎた時にチャンスが訪れるのを待って、買い直すのではないだろうか。こう言う急場にはすごい奴が居て、場の動乱に困惑させられずに、虎視眈々と抜きん出る隙を息を潜めて伺っている奴が居る。そんな企業がわずかでもいる筈だ。耐震強度偽造の問題もそうだが、簡単に収束の見込みのない問題の中で、新たなペースメーカー、ルールメーカー、果てはルールバスターとなって『自分流』を貫こうとする企業なり個人なりが現れると思う。その野心や理念を自分が信じられるのなら、そいつの株は買いだ。価値はマーケットにない。自分の中にある。
Jan 18, 2006
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昨日の投資の続きみたいなもんで、自分の価値を正しく知ると言うのは、私にとって課題のようだ。一人で何かをしようと思うと、自分を知る事は重要になって来る。それが東京に来て、ようやく分かった。これは地元を離れるに当たって、某よっしいさんの言葉「東京はいいよ。何をやっても埋もれるからね。」これを聞いた時、私は舞い上がっていたので「まさか?」と思った。「この私が埋もれる?そんな訳ない。」そう真剣に思った。アホです。しかし、一年経つと良く分かる。誰にも発見されてない。毎日知らない人だらけのオンパレード。それがもう、秒単位で訪れる。そりゃあそうだ。人口100分の1くらいの街とは全てにおいて違う。30年もそこに居たのだから、見て来た感覚が違って当たり前。まあ、自分の大きさを知れて良かった。超小せえ。ゴマかキナコくらいしかない。そう思った。そうそう、話はプロデュース。自分をどう売り込むかってのは大事だ。その為には自分を知らないといけない。意外と自分のスキルって、なかなか気付かないもので、それはうまく付き合うとか、上手に馴染むとか言ったものとは話が違うのだ。上司にうまく取り入ったからと言って、セルフプロデュースした事にはならない。スマートに着飾ると言うのも違う。これは簡単に言えば、備えているものと伝えているものの違い。例えば、「結構ワイルド」と言われる人が居るとする。この人は人目にワイルドと称されて、ワイルドな出で立ちや立ち振る舞いを意識する。これはプロデュースではない。備えたものが受け入れられているだけだ。プロデュースしていない。そうではなくて、出し方の話。仮に本人が備えていても、備えていなくても、演出された存在感や彼の言動が、一人歩きしなければならない。彼=それ、の関係が人伝に流布されるのがプロデュースだ。一番大きな違いは、人に決められるものではないと言う事だ。ワイルドとかファンキーとかクレイジーとか、天才とか鬼才とかクールとかおたんこナスとか、人は何を言っても構わない。でも、自分から言い出す方が説得力がある。なぜか。それは人によって見方が違うと知りながら、敢えて自分から言い出すからだ。人の判断は寄せ付けない。要は言ったもん勝ち。やったもん勝ちな訳ですよ。でもね、ここで一つ間違っちゃいけないところがある。それは一人よがりになっちゃまずいのだ。ここの見極めが難しい。言ったもん勝ちでありながら、相応しさも必要だったりする。これは相当難しい。何しろプロデュースだしね。演出な訳ですよ。見る人が居た上での演出。100%独り相撲はまずい。何を言っても構いはしないけど、聴き手の事も考えないとね。誰も聞いてくれなくなっちゃうから。とにかく、自分の長所は叫んででも言った方がいい。自分の喜ばれる所を、喜んで伸ばして言った方がいい。そしたら更に喜ばれる結果が付いて来て、好循環が生まれるようになる。それがセルフプロデュースじゃないかな。嫌な事は忘れちゃえ。嬉しい事だけ考えよう。
Jan 18, 2006
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何か柄にもない事を考えてみる。自分なりのきっかけはあるのだが、お金にまつわる話は、柄にもない。しかし、妙な事に気が付いた。この気付きは非常に意味がある気がする。私は出版を考えている。本を出したい。いや、本を出す。もう決めているのだが、なかなか容易には行かないのが事実。内心、自費の道も選択肢にある。そう思って自費出版について調べてみた。その旨を帰省した折に、私の人生のご意見番、老紳士に話すと「自分に対する投資だ。」こう仰る。氏は予ねてから言う。「古着は着るな。着物は自分を磨く。高い買物も間違いなく、自分に対する投資。」例え身の丈に合わなくても、価値あるものを備える事が、自分を買う事になると言われる。分相応と言う言葉があっても、多少の背伸びをして、自分を高める事が大切だ、と言う事だろう。然る上に、私は自費を考えるのだが・・・。もし仮に、先行投資として自分の為にお金を払うのなら、いくらが適正だろう。これには現在の財産や所得は関係ない。自分にはいくらの価値があるか、と言う考えに至った。果たして、私は私にいくら払えるだろうか。何やら無作為に考えを巡らす内に、このシンプルで且、深い問い掛けに至った。私は売り手であり、買い手だ。いくらの価値がある。100万?1000万?1億?無論、数値化出来る価値ではないが、じゃあ、本当にいくらなら先行投資として自分に払えるのか。恐らく人生のニュースベスト10に入る出版と言う大きな局面にあって、私は私をどう評価する。いくらの男と見る。簡単に答えは出そうもない。考えながら、更に別の事を思う。これって毎日やってないか?お金を払う時、いくら自分に掛けているんだろうか?これは別に、金額に見合うかどうかだけの話ではない。「損した」とか「得した」と思う時に、自分の価値に照らし合わせて「損・得」をしている。「損をする」自分を買ったり、「得をする」自分を買ったりしているのではなかろうか。場合によっては、「値切る」自分を買ったり、「せびる」自分を買ったりする。何だか取り留めなくなって来た。考えがまとまらんけん、もうやめよ。出来るだけ「豊かな」自分を買いたいなあ。お金ってそうやって使うのかなあ。
Jan 17, 2006
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またまた励まされる事実判明。私は一方的にこの人の事をライバル視します。盟友朋友、小学校以来の同級生。なかなか手強い相手が、まさかこんな近くにしかも長らく一緒に居たとは露知らず。何とも、最近は灯台元暗し。危うく足元を掬われる所だった。この人はツワモノです。なかなかのキレモノ。ずっと前に放った一の太刀の切れ味に気付かず、私は両断の目に遭う寸前でした。危ない危ない。栄えある、私のライバルに抜擢された方は、井上淳@東出雲町さんです。この人、すごい。ゲーム作ってます。しかも我々を育んだ東出雲町の。その内容がまた秀逸。会話選択によってマルチエンディングが見られる物語。ブログはこちら「井上淳の気分はカフェ・オレ」カフェ・オレ気分でこんなすごいゲーム、作るなっつーの。正直びびった。ゲームはこちら出雲百綺譚 第1作「桜の少女」3つのマルチエンディングが見られる。一度体感ください。私は全てのエンディングが好きです。むしろ、全てのエンディングを見て、一つの物語が完成している。そこの所がすごい。流れは別々に追っているのに、他のエンディングを知った上で、全体のストーリーを鑑みると考えさせられるものがある。こう言う裏側の展開、言わばパラレルな進行って、人生の局面の中で、そこかしこにある事だと思う。それを一つの作品に昇華して表現出来ると言う事は、そうそう出来る事ではないと思う。井上さんの感性と、プレイヤーに向けられた優しい眼差しがなければ、この展開を考えつく事はなかったように思います。そこはかとなく漂う哀切と言うか、慈しみみたいなものを感じます。素晴らしい。今すぐやって下さい。カフェ・オレ気分な井上さん、いやさ、あっちょ(小学校時代のあだ名)。感謝!リスペクト!出来る事は何でも手伝うから言って。遠くから超応援してるぞ!ありがとう!!
Jan 16, 2006
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昨晩から今朝に掛けて、何やら励まされる事実をいろいろ目にしている。その中でも一番嬉しく思えるものを見つけた。私も齢32歳。まだまだ小僧の域だ。世の中を知らない。よく知っていると思った地元の事も知らない。島根県在住で、昨年日本一に輝いたSF作家の方が居るとは知らなかった。その方は飛浩隆さんと言う。昨年の日本SF大賞を受賞していらっしゃる。ハヤカワ文庫から『象られた力』と言う作品を発表されて受賞された。島根大学在学中に第一回三省堂SFコンテストに入選され、その後にSFマガジンでデビューされている。長い沈黙を経て昨年の受賞に至られた。弟の通った湖南中の卒業生だそうだ。飛さんのブログを拝見して、執筆日記みたいなのを見ると、私の書いているものは、まだまだこれからだなあと思う。いや~、大変嬉しく、励まされる想いがした。がんばろ。
Jan 15, 2006
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昨日の書評を受け取ったことをうけて、ある出版社の方からアドバイスを頂いた。その方は私の事を心配して、何か伝えておかないと感じられたらしく、早急にメールを頂き、先ほどお電話を頂いた。「仮に手出しするにしても、遠慮していてはダメだよ。そうでなくても、どんどん意見を求めた方がいい。自分の考えと合う出版社を見つけて行くべきだ。会社は一つじゃないんだから。」更に彼は「下を向いていてはダメだ。」とも言う。地元ではお世話になっている老紳士は「自分に対する投資」だと言う。いずれにしても形にする気がある。やっぱ、遠慮していてはダメだな。
Jan 14, 2006
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今日、昨年末に提出した完成原稿の書評が返って来た。結論から言うと、出版社の出資はナシ。版元全額出資の刊行は見送られた。少しショック。でも十分想定内なので、あまり気にしていない。むしろ甘ったるい思い上がりが断たれた感があるので、正直ホッとしている。世の中そんなに都合良く出来てない。いや、むしろ都合良くやられては堪らない。万事順調、多いに結構だが、多少のドラマも見たいものだ。即座に出版とは行かなかった訳だが、随分お褒めの言葉を頂いている。何より持ち込みに当たって気になっていた事の概ねはクリア出来ていたようだ。以前も書いたが、読むに値するものに仕上がっているかどうか、そこの所が随分気になっていた。今回の書評にも一定の水準はクリアしているとお伝え頂いている。第一話から五話までの間で、伝えたかった物語毎のテーマが十分表現出来ているとも、お褒め頂いた。ありがたい事だ。「いずれにせよ、精神世界的なモチーフを確かな知識の基に描き出した、独自の物語空間を具えた作品であることは間違いない。「今生」における生と死の意味を問うと言う難しいテーマを扱いながらも、作者は独自の視点からそれを分かりやすく描いており、明晰な内容となり得ているのである。それと共に、エンターテイメント小説としての面白さもしっかり具えている。これだけの連作を紡ぎ出すことは、必ずしも容易なことではなかったであろう。それだけに、作者の力量を存分に窺わせるのである。上記の意見を参考にするなどしてより良い形に整え、是非とも広く世に問うて頂きたいものである。異色作として注目されることも決して夢ではあるまい。」十分だ。行く末の如何はあるにせよ、十分評価に値する言葉を頂いた。もちろん、発展途上の身の上、これでヨシではないけれど、また一つの段階を経たであろう。褒めてやる。「エライ!オレ!」新しい戦略を考えますか。遠慮すんな!
Jan 13, 2006
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最近、私は自分に聞かせる言葉がある。それが「遠慮すんな。」だ。例えば、何かの選択に躊躇うことがある。このまま文章を綴っててイイのか?出かけなくてはいけないのでは?「遠慮すんな。」朝食にこんな贅沢をしてイイのか?この本、古本屋で買ったらもっと安いのでは?「遠慮すんな。」あの人に電話なんかしてイイのか?突然、会おうなんて言ったら迷惑か?「遠慮すんな。」出版出版って言ってるけど、裏づけはないぞ?ヒーリングなんて軽はずみに言ってるけど、意味分かってんの?「遠慮すんな。」いろいろあるけど、気にしてるのは自分だけだったりする。それを少し手放す事にした。厚かましい、ずうずうしい。もちろん承知だが、本意が伝わらなければ気遣っても意味がない。せめて自分にくらいは正直で居たい。そんな訳で、この「遠慮すんな。」を唱えているのである。高い給料もらっていいのかな?休み過ぎなんじゃないの?おおいに結構。ちまちましてるから欲張りに見える。堂々としようじゃないか。遠慮すんな。
Jan 11, 2006
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純粋なメモ。着想だけ得ているが、どうやって書いて良いのか分からないので、記録しておこう。○抑圧と解放○報酬系(不快から発する快)○治せない病(治してはいけない)○入力と出力(フォーカス・条件付け)○意識の階層○モーファジェネティックフィールド(メソッドの構築が創り上げる形態形成場)○最小単位の染色体が手足を伸ばす○ギフトまたどこから手を付けて良いか分からなくなった。三ヶ月くらいで書けると良いが・・・。
Jan 7, 2006
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久しぶりに我が家に帰った。今回の郷里を訪ねる旅は、非常に考えさせられた。この先、どう言う風に暮らしていくか。なかなか深い命題に触れたように思う。自分の夢を確立する大きな礎を見出したのではなかろうか。とにかく、自分の住処に帰って来た。
Jan 7, 2006
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昨日、持ち帰った「転生の検問官」の原稿を父に渡した。ゆっくり読んでくれるものだと思ったら、本日既に読み終えていた。父によれば、私が帰京する前に読み終えないといけないと思い、急いで読んでくれたそうだ。「1~2篇と3~5篇を別の話にした方がいいんじゃないか?3から後は引き込まれて一気に読んだわ。」父は昔から本の虫で、暇と見つけては良く本を読んでいる。感想を欲しがると思って一気に読んでくれたのは、本当に嬉しい。コピーを取って添削までしてくれると息巻いている。少なからず喜んでくれているのが嬉しい事だ。やっぱ出版するぞ。俺。
Jan 4, 2006
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ぼうっとしている間に三が日が過ぎた。こんなに何もしない正月は初めてではなかろうか。とにかく何もしていない。いや、昨年もそうであったか。元々気忙しい者で、何もしないのは落ち着かない。変な脅迫観念に駆られて、無理やり文章を認めたりしている。新しい創作の着想を得て、少しずつトライし始めてみた。結局検問官の延長なのだが、もう少しこの作品の成長が見たい。検問官は全編、対話形式なのだが、新しい展開では少し動きについて学びたい。そこで、死後の世界と連動する外の世界について書き始めた。今までは、物語ごとに検問官と死後の魂の二者しか登場しなかったが、新しい方ではいきなり登場人物が増える。それらをうまく交錯させて描けるだろうか。やってみないと分からない。一枚の絵をパズルに仕立て上げて行く。なかなか面白い作業だ。私自身も行く末を知らない。どういった物語が紡げ、今度はどんな収穫が得られるだろうか。新しく現れた人物は5人。インチキ心理療法研究所の所長。その部下が三人。PCオタクと看護婦出のセラピスト、とにかく謎の人物、彼は卓抜した霊能力を持っている。さらに所長の旧友の霊媒師。今までがかなり味の薄い物語だったので、濃くしたいと思っていたが、ちょっと濃い過ぎる人物配置だろうか。自分でも良く分からん。とりあえず書いてみよう。何か分かるかも知れん。こちら、楽天の皆さんには長らく物語を公にしておりませんが、いずれ公開して行きたいと思います。それが出版と言う結果である事を、私自身望みます。
Jan 3, 2006
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21:04「最初のヴォイドタイムが終わった。アクセスしてモニターをオンにしてみてくれ。」「まだ交信が復旧するのに少し時間が掛かると思いますけど。気付かれませんか?」「大丈夫だ。月との繋がりを感じる。アクセスしても気付かれん。」「でも。」「良いから。」手にした紙コップのコーヒーに一つ口を着け、ヒトミ所長は顎でキリュウに促した。眉をしかめてキリュウは、モニターの右下に付いたスイッチを入れる。それから装着したヘッドセットに気を向けてアクセスした。画面の中心から波紋を描くように電磁が走り、閉じていた映像が開いた。しかし、激しい砂嵐。「ほら、まだじゃないですか。」ヒトミはもう一つコーヒーを啜る。「やっぱり無理ですよ。」背中を向けていたキリュウは床を蹴って事務椅子を回し、ヒトミに向かった。「前後5分は磁場が乱れます。もう少し待たないと。」紙コップを携えたまま、ヒトミはモニターに近づいた。少し遠くにある別の椅子を手繰り寄せ、キリュウの傍らに着いた。「無理ですって。」「見ろ。」元よりキリュウに顔を向けていないヒトミは、画面の変化に気付いた。言われてキリュウも向く。乱れた映像の合間から、二人の姿が映った。「もう少し集中してみてくれ。ヴォイドは去ったから、さっきよりも鮮明になるはずだ。」予期していた事を裏切られてキリュウは小さく不満を漏らした。「気を散らすな、フォーカスしろ。」「はい。」キリュウの不満に合わせて揺らいでいた画像が次第に鮮明になる。より分かり良く、部屋の画が浮かんだ。真っ白に見える背景にほぼまっすぐにこちらを見る男が一人。向かって左の下の方にもう一人、別の男の背を向けた頭が黒く見えている。二人の人物の余した所は全て真っ白だ。目を凝らさない限りは、微妙な陰影、奥行きを縁取る影が見えない。「こいつ、こんな顔だったんだ。」「お前はまともに検問官を見るのが始めてか。」「はい、まだまだ未熟で遭遇した記憶が乏しいです。」「ヴォイドに対する考察も曖昧だしな。」「すいません。」キリュウは微かに頬を赤らめた。「画は良い。今度は音にフォーカスしろ。」「はい。」PCの両脇に陣取ったプリアンプ内臓のスピーカーの、緑のパイロットランプを確認すると、キリュウは両耳を覆って聞こえるものを拾った。画面上の男が口を動かすのをなぞらえるように、追いかけて会話が聞こえて来る。『・・・あなたは一週間前の20時48分・・・・・・なぜそんなに長い時間を掛けて・・・。』『あんたには関係のない事だ。』『おっしゃる通り、関係ありません。しかし、あなたはお困りになるではありませんか・・・。』『関係ないだろ。』近づいては離れる音声が、途切れ途切れに映っている画像の辻褄を合わす。全貌は汲めないが話の経路がヒトミには分かった。「よし、もう少し精度を上げた状態で、周辺の時間をリーディングしてトレースしておいてくれ。余力があったらダウンロードして保存しろ。」「分かりました。」「俺は奴の弟が嗅ぎ付けていないか確かめる。久しくアクセスしてる訳にもいかんし。」「分かりました。」ヒトミは飲み干した紙コップを机の上に置き、膝を抑え付けて立ち上がった。キャスターの付いた事務椅子あ弾みで逃げる。「今、何か分かる事はあるか?」「そうですねえ。」キリュウは目蓋を閉じて意識を向けた。目を閉じたまま何度か瞬く。そして目を開けた。「とくにこれと言ったものは。検問官の紋切り型の口上が続いてます。」「そうか。」キリュウは手元にあるタロットの山を掴み、それを適当に探って一枚捲った。自分は見ずにそのままヒトミにカードを向ける。それを見たヒトミは腕組みをして唸った。「JUDGEMENTの逆。」聞いたキリュウは伸びをして欠伸をかいた。「どうですかね。」「どうだろうな。」カードを山に戻し、キリュウはモニターに向かった。見届けてヒトミは部屋を出た。
Jan 2, 2006
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「もうひとつ訊いて良いか?」『何だ。』「大阪のアイツは別人みたいになってた。魂が隠居してる。何故だ。」『アイツの本来の姿だ。昔から片鱗は忍ばせていた。お前だって知ってるだろ。』「付き合い下手なのは知っているが、あそこまでではなかった。何しろ連絡を取り合っている相手が、地上で俺一人なんだぞ。過ぎるだろ。」『本人の望んだ事だ。元々がそうだった。アイツは自身の中に三匹の獣を飼っていたと言うが、そんなものは何処にも居なかった。奴の中の虚栄心と無力さと寂しさの幻想がその三匹を創出したんだ。奴がそれを認めた時に、まやかしの獣は死んだ。』「無力さ?何処が?あんな有能な奴、そうそう居ないぞ。」『それもお前の傲慢な見方だ。お前はお前の馬鹿さ加減をある程度、理解しているかも知れないが、誰でもそうとは限らん。更に言えば、自分を知って幸いな奴と、知らない方が幸いな奴がいる。アイツは後者だったんだろ。知る事で何かを捨てたんだ。』「嫁さんとの離縁を果たせないのもすの為か?」『ある意味な。書式上の約束が、奴の思う奴の存在理由だ。バツを付けたら本人は消滅してしまう。 奴が『どうにもならん事がある』と言ったのはそれだ。』 「どうにもならん事がある、それを知るのは良い事だろう。知らずにそれに向かわずに済む。離縁と向き合わなくて済むならいいじゃないか。」『それもさっきの話と同じだ。それを知って幸いな奴と、そうでない奴がいる。お前は何事も楽観視し過ぎだ。世の中はそんなに直球勝負に出来てない。奴は離縁を選べないと知る事によって、世俗との繋がりを認められなくなった。辛い別れを味わうのなら、出会わなければ良い。それが奴にとって『どうにもならん事』なのだ。別れると知りながら出会って行くのは幸いか?それとも、知らずに別れて行くのは幸いか?尚、別離と言うものを意識しながら、それと向き合わずにいられるだろうか。奴ら夫婦の間に、隔てた距離を繋ぐ子供の存在も居る。時の経過がアイツの肩に圧し掛かる事も無理からん事だろ。』「世俗を絶つ事と夫婦の問題は別だろ。」『傍目に見ればな。しかし本人にしてみれば、自分対世界と言う視座から見れば同じだ。おいそれと割り切れる問題じゃない。』「そんなもんかね。」『お前、人の事は良く言うな。昔の女との距離感が、お前の恋愛感を決定着けていると言うのに。友人を気遣う気持ちは良いが、お前はお前を何とかしろ。』「うるせえ。わかっとるわ。」『分かってない。また彼女に会うのだろう。』「会っちゃ悪いか。」『悪いとは言わん。翻弄されるのがオチだ。』「そんな事になるか。」『なる。絶対になる。お前は何よりもそれを望んでいるから。いい加減そのくらいの事は分かるだろ。』「うるさい。どうにもならんのだ。」
Jan 1, 2006
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「訊いても良いか?」『何だ。』「俺がこの休日に見たものは現実か?」『無論。』「想像を超えた事を人が言うぞ。想った以上の事をやっている。あれらは本当か?」『本当だ。何が気に食わん。』「気に食わんと言うんじゃない。想像と違う。そんな気がする。」『話は簡単だ。お前が狭量なだけだ。頭が固い。』「本当にそれだけか?」『他に何がある。自分の選択がいつでも正しいとでも思ってるのか?』「そうじゃない。」『じゃあ何だ。』「何だろうなあ。何だろう。」『意外な言葉を聞いたか?』「ああ。」『例えば?』「あの人は、俺が渋谷のハンズでクリスマス用のプレゼントのラッピングを選んでいる時、苦みばしった顔をしてたぞ。何だってあんな顔をしたのか分からない。そればかりか俺に尋ねた。 『彼女はいるの?』別れた男を追想して 『その人の事が忘れられない。』俺に想い人がいると知ると 『ああ、誰か良い人おらんかな?』だって。そんなひけらかすような事を言う人じゃなかった。恋焦がれた俺に向かって、そんな事を言うんだぞ。はっきり言って幻滅した。その場から逃げ出したくなった。」『それで?』「それでどうもしないさ。あんな事を言う人じゃなかったのに。そう思っただけだ。」『お前にとって意外だっただけだ。彼女は何も変わってない。』「嘘だろ。」『嘘じゃない。彼女は恋愛に関して大らかだ。お前がそれを知らなかっただけだろ。一年とちょっと付き合って、何度か体を交わしただけで、彼女の全てを知ったつもりになってたんだろ。綺麗にものを見過ぎだ。甘えるな。』「甘える?俺は甘えてない。そんな言動を放つ彼女の方が、俺に甘えてるだろう。」『不快か?』「少しは。」『多分に承諾しているんだろ?』「そうだけど。」『お前は何も知らない。少なくとも彼女については。その狭量さに愛想をつかされたんじゃないのか?気取るなよ。』「気取ってない。」『気取ってるね。もしくは黄昏ている。』「そんなんじゃない。」
Jan 1, 2006
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謹んで初春のお慶び、申し上げます。旧年中は大変お世話になりました。本年も変わらずお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます。元旦。また聞きなれない年数を唱える事と相成った。平成十八年、2006年。私は年明けの、この聞きなれない数字を唱える事によって、何も変わらない何かが変わった気分が好きだ。心機一転。心も体も新たに、煩悩を手放してあらゆる事に処する。新月は終わったが、アファメーションの意味も込めて計を立ててみたいと思う。今年は昨年蒔いた種を育てる事にする。いくつかの種を蒔いておいた。占いでもこの先20年続く何かの、一歩を踏み出している事になっている。私は現在、飲食を生業にして物書きとヒーラーの道を模索している。いずれの種も芽吹かせたい。おいおいは自分の飲食店も持ちたい。それらをどう言う形で組み合わせるか、思案のしどころなのだが、とにかく今年は基盤を築くとしよう。アファメーション○ 出版社の審査結果を受け取った後、『転生の検問官』を出版するに至った。 出版社との折り合いも良く、互いに納得する形で作品を書籍化する事が出来た。 出足が好調で早々と増刷決定。 シリーズ第二弾も年内に企画が持ち上がり、私の原稿が仕上がるのを待っている。○ 週に最低一度はヒーリングセッションをするようになった。 週末はコンスタントに時間が埋まっている。○ 地方と東京の連携の取れるサロンを創った。 立地も賃貸条件も非常に都合の良い場所で、 私が不在でも差し支えない状態で人が出入りしている。 様々な人達の活動の発展の場所として、一役買っている。○ 将来的に開く飲食店の資金を順調に蓄えている。こんなところだろうか。書いてみたらイメージがすっきりした。細部には至ってないが、感覚は掴める。昨年7月のアファメーションはちょっと遠慮していたが、今回は前向きに描いたつもりだ。如何なる形で成就して行くのか楽しみなところ。上京から一年は、不慣れな土地で翻弄されたが、今年は思い描いた事の礎を築きたい。楽しくやろう。
Jan 1, 2006
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