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娘と妻が勉強のことでケンカすると、必ず娘が叫ぶ言葉。妻はあまりにもストレートなパンチに思わず応酬してしまうのだが、それを見ていて考えてしまう。なぜ勉強しないといけないのだろう?いろいろな答えがあり得る。最終的にいろいろと得だから?やらなきゃ損するから?それも一つの考え方かもしれない。しかし、人生における損得で小学生を理解させることは難しいので、なかなか言いにくいところではある。客観的な計算がどこまでできるのか、それは誰にもわからないようにも思う。最終的な損得勘定は、本人が過去を振り返ることでしかわからないことなのかもしれない。より豊かに生きていける可能性を開くから?それも言えそうだ。では、豊かとはどういうこと?それをわかるように説明しなければならないのだとは思うが、少なくとも、将来の選択肢を増やして、可能性を広げるということは言えるのだろう。別の角度から見れば、自分には知らないことがあるということを知るため?とも言えそうだ。ここまではわかったけど、ここから先はわからない。でもわからないと解けない問題がそこにはある。その問題を解きたいのならば、勉強して理解する力を身につけるしかない。ただ、問題を自分の力で解きたいと思うことが条件ではあるが。いずれの理由づけにしても、カギとなるのは「自分でその気になるか」だ。「勉強が嫌い」というのは、そこに勉強という名前のものがあって、それがどうやらしんどいものらしいと思ってしまっているからなのだいう気もする。最初の時点で「やらされ感」から出発してしまうと、うまくいかないのだろうなと思う。しかし、子供は何らかのことやものには興味を示す。それをどう次のステップに結びつけていくかがきっと大事なのだろうと思う。ちょっとした興味で子供がつぶやいたことを「そんな余計なことを考えんと、勉強せなアカンやん」と言ってしまうとうまく行かないように思う。確かに、そのつぶやきに反応して一緒に考えるのは時間もかかるし面倒なことかもしれないが、少しの時間付き合うだけでも違ってくるのかなという気がする。それは、たぶん大学生の学びでも、大人の学びでも変わらないのだろうな。この問いに答えるのは、自分がどう生きているのかを確認することでもあるのかもしれない。
Mar 30, 2011
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日記を再開していきます。地震以来しばらく、かなり気持ちの上で参っていた。やはり阪神淡路大震災を直接経験した周りの人はいろいろな面で、多かれ少なかれ気持ちの面や身体の面でも影響があったと言っていた。自分もそうで、外出したくなくなるし、食欲がなくなったり、眠れなくなったりもした。地震の後4,5日は体調がボロボロだった。距離は離れている人が何を言うかと思われそうだが、昔の経験が時間を超えて、しかも最初は気づかないように、追いかけてきた。何だかわからないが、おかしい感じがして、でもなぜそうなのかわからず、どう対処すればいいのかもわからなかった。あの頃に思ったことを、またもう一度思ってしまうことに。「自分はいったい何をやっているのか?何のために?」と。将来の目標のようなものが吹き飛んで、時計が止まってしまったような状態で、これが一番参ってしまうのだった。ただ、今回は卒業式があったことで、前向きに学生を送り出してやらなければと思ったところから、少しずつ通常の気持ちに戻り始めた。今、目の前にいる誰かのために何かができて、それで喜んでもらえると思えば、下ばかり向いてはいられないと思ったのだ。自分には何もできないわけでは決してないし、自分に今できることを精一杯やることが誰かの役に立てるのだと思えば、自分のやっていることにも意味があると思えるようになる。これからまたお付き合いすることになる学生がちゃんと考えて行動できるためにいろいろな材料や刺激を提供していくこと、それは何年も後に成果が出ることなのかもしれないが、必要なこと。頑張っていかなければならないと思う。そうそう、震災の後でもう一つ思ったことがあった。「一度助かった命だから、精一杯のことをやって生きよう」ということだ。これまで5年以上、1日も欠かさずに書いてきたが、今回は止まってしまった。阪神淡路大震災のときと違うのは、ネットがすっかり普及したことだ。いろいろなところでいろいろなことが語られ、情報も錯綜していることもあり、書きたいことはいろいろあっても。そのような場に出て何かを書こうという気持ちにはまったくなれなかった。これからは少しずつ、通常運転に戻すようにしていくつもりだ。
Mar 27, 2011
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記録のために少しだけ書きます。今年もこの季節がやってきた。送り出す側としてはうれしい気持ちと寂しい気持ちが入り交じる複雑な気持ちになる。今年も卒業式の日は晴れ、今までに自分がかかわった卒業式当日の昼間に雨が降ったことは一度もない。素晴らしいことだ。今回は地震のこともあって、卒業生向けのイベントはなかった。やはり少し静かな印象だ。午後は各個人に卒業証書を渡す作業へ。自分が割り当てられる教室はゼミ生がそこそこいたのでよかった。でも、自分のゼミの分の仕分けなら大変でもやりたいくらいだが、この話はいつも現れては消えてしまう。もったいない。その作業終了後、ゼミ生が集合していたところへ。最後に少しだけお話。長くなると自分がうるうるしてダメになりそうなので、あっさりと。「これからは社会で一緒に仲間として過ごしていくことになる。みんなが頑張ることでもう一度この社会を元気づけよう。あとは、元気で生きて頑張ってほしい。たまには元気であることを教えてほしい」と、要約すればこんな感じ。卒業式当日は、やはりみんな別れがたいので、場所を変えて打ち上げ。地震の後、心が折れていたが、元気な若者の晴れの日に立ち会えたことで、自分も元気をもらった。そう、これから社会に出るみんなと一緒に頑張らなければならないのだ。自分のできることを前向きに頑張ること。今できることをしっかりやっていきたい。
Mar 21, 2011
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お休みします。何も書けません。地震だけは本当に...。
Mar 14, 2011
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東日本で地震。しかも2つも続けてだという。震度7はきいただけでも震災を思い出してしまう。知人もいるので心配、確認しないと。自分がいる場所はほとんど揺れを感じないけれど、今のところ何も手につかない。
Mar 11, 2011
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自分はそれほどでもないかなと思うが、妻はかなり花粉に対しては過敏。ちょっと外出して帰ってきても「今日は飛んでる!」と言っている。空気清浄機は、止めている時間などないのではないかと思うほどの使いっぷりだ。とまあ、そんなことを言いながら、自分もひどいときには鼻水が止まらなくてどうしようもないときがあった。でも最近はどういうわけか、あまりひどくは発症しないなという感じがする。もちろん、それに越したことはないのだが、体質が変わったのかな?
Mar 9, 2011
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今日は自宅で仕事。論文の下書きをしたり、そこから文献のチェックをしたり、他にもちょっと本を読んでみたりと、仕事は進んだ方かな。ランチのみ、買い物に出た妻と合流し、インド料理へ。スパイスの辛さでスッキリした後、自分だけ自宅に戻って仕事の続き。こういうパターンが自宅仕事の時には一番しっくりいくかなと思う。子供も小学校に行くようになると帰宅時間がゆっくりになる。眠くなったかなというところで帰ってくるので、ちょうど遊び相手になってやることで自分の気分転換にもなる。このパターンがうまくできるように考えていかないといけないなと思うのだった。そして、先ほど朗報が。就職先が決まっていなかった4年ゼミ生の就職先が決まった。驚いたことに、高校時代の恩師がかかわっていたところだった(もちろん、恩師はずいぶん前に退いておられるので私からどうこうというのは全くない)。焦らず、腐らず、最後まで頑張ってきたのが報われたのだと思う。これからの社会人生活がいいものとなることを心から祈りたいと思う。その苦労はきっとこれからの糧になることだろうと思う。自分も頑張らなければ。
Mar 8, 2011
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高校野球を好きになったことのある人で、自分の世代より上の人ならば知らない人はまずいないであろう、箕島高校野球部監督だった尾藤さんが亡くなった。昨年から体調を崩されていて、痩せて車いす姿だったのだが。箕島高校といえば、公立高校で唯一の春夏連覇をしている。昭和50年代前半の浪商高校や池田高校との熱戦は今でも覚えているが、やはり記憶に残っているのは昭和54年の星陵高校との延長18回の熱戦だった。あの頃は、春休みと夏休みに高校野球を観戦するのが楽しみだった。関西に住んでいると、高校野球のテレビ中継は一日中NHKだけでなく民放でもやっていたので、それをけっこう楽しみにしていたが、この試合はさすがにナイターに持ち越し、最後は教育テレビでやっていたと思う。この試合も最初から最後までテレビで見ていた。延長12回と延長16回に勝ち越されてもホームランで追いつくという展開は鳥肌ものだった。どんなに厳しい展開の試合でも、印象深かったのはベンチでの尾藤監督の姿だった。いつもスマイル、子供ながらにすごいなと思っていたのだった。試合後のインタビューでも厳しい顔はせずにおだやかに応対していたのも印象的だった。監督を辞められてからは、民放での放送の解説をされていたが、その解説も好きだった。いつもどこかに温かいものを感じたものだった。あるとき、ちょっとした機会に、延長18回の試合に箕島高校の選手として出場した方と話せたことがあった。練習の時の尾藤監督は厳しかったのだそうだ。でも、やっぱりすごい人だともおっしゃっていた。素晴らしい指導者だったのだろうなと。この話、今日の夕方の関西ローカルのニュース番組では各局取り上げていた。そして、アナウンサーが尾藤監督にかけられた言葉を話していた。いろいろな人に慕われていたのだろうと思う。心よりご冥福をお祈りいたします。
Mar 7, 2011
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テレビをつけたら、外務大臣が辞任するという記者会見をやっていた。理由については最近ずっと報道されているとおり。ルールを守っていないし、立場もあるからというのでということのようだが、辞めればすむというものでもないという気もする。筋は通したというのかもしれないが、明日からの外交を一体どうするつもりなのか?記者会見でも他国の外務大臣から「自分がやっている間に日本は6人も替わっている」と言われたと話していたが、ええんか?そんなんで...。これで7人目に更新ということか...。国会のドタバタっぷりに、政治家の困ったちゃんぶり、もはやいったいどうしたいのか、わからなくなってくる。ウソはいけないけれど、ウソでもいいからちゃんとやってくれ!と思ってしまう。
Mar 6, 2011
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などというと、オケ仲間では意見が二つに分かれる。徹底的に好きな人と、程度の差はあるが嫌いな人。長いのと、複雑なのと、心地よさのないところがかなり入っているところ、というのが好きになれない理由なのかなという感じだ。この日は本番指揮者によるマーラー交響曲第6番の初練習。あ、その前にモーツァルトの「パリ」もやった。マーラーはあれだけ複雑でゴチャゴチャしているようであっても、ルーツはモーツァルトにある。場面転換がかなりはっきりしているところがそうなのだと指摘していた(ちなみに、ブルックナーのルーツはシューベルトにあるとも)。モーツァルトは本当に表現が難しい。どさくさに紛れるということができない。テクニカルな面では、右手の使い方が、いや身体の使い方が難しいと言ってもいいかもしれない。重みがかかりすぎるとブラームスのようになってしまうし、アクセントでの弓のスピードが速すぎるとベートーヴェンのようになってしまう。バランスが何よりも問われるような気がする。マーラーは第1楽章と第2楽章の練習。指揮者もテンション全開でスタート。いろいろと音質に対する要求があった。それはいずれも納得のいくもので、指摘の後には必ず音がそれらしく変わっていく。やっぱりプロの指揮者はすごい。これには演奏する側もしっかりついていかなければならないなと思った。マーラーを演奏する側は本当に大変で「いやもう、とにかく精一杯で」と言ってしまいたくなるのかなと思うのだが、それを言わずにまずお互いに寄っていくことが大事なのではないかと思う。難しいことはわかりきっていて、それを演奏しようと選んだわけだから、最後は一つの物として完成させなければならないのだ。自分としては、マーラーが大好きなので、いろいろな指摘は新しい世界を見せてもらえると言うことでありがたい。マーラーを演奏することの面白さは、やるたびに新しい発見があり、またゴチャゴチャしたものがクリアになっていくのが見えることだ。スコアを見ていると本当に面白いと思うし、すごいなと思う。というわけで、充実した練習が終わってからいつもの飲み会。居酒屋の隣のスペースでは結婚を祝う話でもしていたのだろうか、メンデルスゾーンの結婚行進曲を「パパパーン」と歌い始めた。が、そこでマーラーの交響曲第5番の第1楽章をどんどん続けて歌ってこっちも遊びはじめた(冒頭は半音高くてリズムが同じなので)。が、続けすぎると内輪でも「ダメだこりゃ」という感じに。やっぱりマニアック?!
Mar 5, 2011
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今日、同僚がランチに行こうというので研究室に来たのだが、そのときに一言。「また模様替えですか?(ちょい笑)」そう、実は何度も部屋の中の配置を変えていたりする。あれやこれやで何となくしっくりいかないなあと、思い立ったらすぐにやってしまう。今回配置を変えたのは部屋が必要以上に狭く感じたからだ。学生が相談に来ても無駄な圧迫感があったのではちょっとなあと思ったのだった。最近、とにかく研究室を片づけないとという感じなので、毎日のようにエリアを決めて整理している。一番問題なのは、何を捨てるかということだ。最近では、雑誌記事や雑誌の論文などはデータベース化されていて、よほど古いか、直近の物でない限り、HPからダウンロードできる。どこからダウンロードできるのかをちゃんと知っていれば、印刷して持っておく必要はないのだ。もし、あったとしたら、スキャナで取り込んでおけばよい。会議の資料もそのようにして、いざというときのためにクラウドサービスに入れておけばいいのだ。何とも便利なことよ。というわけで、4日ほどやってみたら、デスクのあたりはかなりきれいになってきた。あとは未整理の物が少し積み上がっている状態。まだ大事そうだというので手を付けていないところも、3月中には判断しておこう。さすがに断捨離できるほどの思い切りは今の自分にないが、それでもやれることはやっておかないといけないな。何年か分、手を付けてこなかったものがスッキリしていくと何となく気持ちがいいものである。
Mar 4, 2011
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今日も大学で仕事。会議もあったが、これはほとんどきくだけ。むしろ、書類の提出を控え、そちらが忙しい。提出先はもうそれこそてんてこ舞いであると思われる。締切日は1週間後だが、早めに提出してフィードバックをもらった方が何かメリットがあるというのをここしばらくで学んだので、一通り仕上げて提出先へ持っていった。昼間はくだらない話などもしつつ同僚と食事。その帰りに売店で雑誌を見ようと思ったら目に入ったのが「特選パー」という文字。実は他の雑誌に隠れていたPC雑誌の見出し「特選パーツ」のことだったのだが、これがやたらとウケた。「特選パー」って、よっぽどひどいやつってことよなと。こういうダジャレとか、くだらないことを言い出すのは、加齢に従って脳が欲しているからだなどという話をきいたことがあるが、ホンマかいな?(笑えるという意味で)と思ったり。そう言えば、今日はけっこう歩いた。往復ともに隣の駅までしっかりとウォーキング。健康的だな...。ただ、実は前日夜更かしで寝不足、結局電車の中で爆睡してしまったのだった。
Mar 3, 2011
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今日も大学で仕事。今の時期が一番落ち着いて仕事のできる時期、とかいいながら結局締切に追われる毎日。今日は以前から約束していたオケ仲間との食事兼打ち合わせということで、仕事を切り上げてから繁華街へ。到着が遅れるという連絡があったので、すぐ前にあったゲームセンターへ。今さらゲーセンというのもなんだが、同じ時間つぶしでもパチンコをやって一瞬でするよりはマシだろうということで、久しぶりに街のゲーセンへ入ってみた。そこにあったのは、クイズゲーム。全国のゲーセンで同じものをやっている人と通信対戦できるというもので、カードを持っていれば記録も取れるという、本格的なもの。実は家族でたまに行くショッピングモールのゲーセンにこれがあって、妻の買い物中に子供たちと遊ぶのにちょうどいいゲームということで、カードも買って持っているのだ。今回は2回対戦して、どちらも優勝し、ランクが上がった。なんてことのない話だが、ちょっとうれしかったりして。まあ、これだけのためにわざわざゲーセンに行く時間などはとてもないのだが、中途半端な待ち時間というのもたまにはあるので、こういうのも面白いかなと思ったのだった。
Mar 2, 2011
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携帯からスマートフォンに替えたはいいが、やはり携帯のやり方に馴染みすぎたか、なかなかうまく使いこなせない。ただ、一応携帯からの連続性がある程度確保されている機種を選んだことで少しはマシなのかなと。まったく違うタイプのスマフォに替えた同僚は本当に大変そうだ。とはいえ、やはり携帯時代に使っていたアプリだの、ブラウザで見ていたページだの、なかなか思うようにはいかないものだ。慣れないことにチャレンジすることはこうまでも面倒なのかと思いつつ、それでもやはり使いこなしたい。しばらくは電池消耗が激しいのだろうな...。
Mar 1, 2011
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