草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2024年11月22日
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向こうを通る菅笠様、足元、腰元、身の回り、すっきり綺麗に掃いたようなのは、伯耆(ほうき、現在の鳥

取県)の国の人と見受けたぞ、これこれ、ここな人よ、若衆様、越後(新潟)衆か明石か、鬢がちっくり縮

んでいるぞ、あそこへ大名が一頭(かしら)、瓜核顔(うりざねかお)の旦那殿、京都の東寺から出た様子(東

寺は瓜の名産地)、跡から来られるのは角前髪(すみまえかみ、元服前の若者)は吉野のお方かな、花ではな

くて鼻が見事だ、ここへ姿を現したは飛脚、足元がねばい三河(膠・にかわ)者と決まっぞ、常陸の衆はそ

の有名な帯で知れるぞ、これ、そこな奴殿、越中の人と当て推量するが、どうしてそう見たのか、その下

帯の越中褌を脱いで一夜をお泊まりなさいな、夕暮れは急ぎの人も呼び止める、客引きの女こそは関所に

も劣らずに旅人を引き止めるもの、その関所ではないが地蔵院で名高い白子屋の左次の内、小萬・小女郎

小よしと言って品川から京都までの百二十里の東海道でも有名な女衆、客を呼ぶその片手では内職に下麻



い箱)の底には恋心に心を捻る、それではないが、撚り麻(そ)の麻裃(をがせ、浅布で作った一重の裃。江

戸時代の武士の出仕用の通常の礼装)を乱れさせる胸の内には、何となろうか、どうにもならない、奈良麻

(ならそ)の憂き身であるよ、ねえ、小よしさんに小女郎さんよ、こうした勤めは様々にあるけれども、君

傾城(きみけいせい)と言う者はこの類での女王様、それから段々とあるうちでおじゃれ(宿屋の飯盛女)の

身には誰がなるのか、未明から見世曝(みせざらし)、昼休みから泊まりまで、葦切(よしき)り雀がやかま

しく鳴き立てるように息のありったけを喋って、それでも泊まり客があることか、どうしたことやらこの

頃では一膳盛りの客さえないよ、隣にはあのように大名のお姫様、今日で三日の逗留、宵朝(よいあした)

百六十人、どっぱさっぱと忙しい、これの内はどういうことなだろうか、下宿(したやど、大名行列の供の

者などを引き受けること)さえ泊まりがないのだ、晩にはみんな覚悟しなさいよ、旦那殿の苦い顔、日比(

ひごろ)に生えた角に一段と枝が生え、口やかましさが募るでしょうよ、怖いぞな、常には贔屓の馬子衆も

こんな時には良い客を連れて来てくれそうなものではないかいな、や、それについて小女郎や、そなたの



ごそが過ぎて気色でも悪いのか、あんまりごそごそとごそついて、馬は追わないで頤(おとがい)で蝿を追

っているのか(腎虚して気力のない様に言う常套句)、と悪態をつくと、むむ、その七二とは九郎介の事か

い、それは未生以前で今では挨拶切りのキリギリスさ、しいと言う馬追の声も聞かぬわいの、初めはたん

と可愛いと元結の、脚絆のと、鬢付け買うの、帯買うのと、沓の銭まで出してやったわしの目を抜いて、

一人二人でもあることか、三ではなくて、水口の名産の煙管ではないが火縄屋のおげん、まだその上に土



し抜いた、その女遊びの方は兎も角も、こちらが喧しく言ったら止むどころではなくて、博打に耽って今

では貧乏神同然の有様、何もかも叩(はた)きあげて現在では布子と襦袢のたった二枚の、四九(めくりカル

タでする博奕の一種)をやって、親方の駄賃の算用も立たないそうだ、聞けば小萬の知音(ちいん、馴染み)

の與作も博奕の友とか、與作が愛しいと思うなら意見をしなさいよ、小よしも取り沙汰を聞いているだろ

うと言えば、小よしは小声になって、されば、うちの旦那が亀山の問屋で聞いてきたそうで、この小萬が

懇ろにしている馬方の與作めは、博奕の大将じゃ、あれが盗みの下地を作るぞ、重ねて来たとしても相手

にするなよ、と注意なさった。彼奴には相当に取立てが済んでいない売掛の代金があるぞ、丸裸にしてで

も掛売の代金をむしり取って、それからは門の敷居も踏ませないぞと夫婦でささやきあって頷き、それか

ら寄合いに行かれました、語り終わらないうちに、小萬ははらはらと涙を流して、勤めの身の上でもおじ

ゃれの身分では、下の下と言うのはこのことか、傍輩衆にも言いませんでしたが、横田村の父様(とっさ

ま)二石一斗の未納の年貢米の工面がつかずに六十六歳で水牢の刑罰を受け、男にも娘にも子と言えばこの

身だけ、境遇こそはおじゃれではあっても、お大名にも知られているこの関の小萬が父親を水牢で殺すこ

とも出来ないでしょう、参宮をするからと口実をつけて暇を貰い、女子の身で代官所へ出向き、この秋ま

でにはきっと納めますからと請け合って、牢を出したのは出したのですが、何を目当てにどうするという

のでしょう、以前のようには客を勤めずに私仕事として賃麻(ちんそ)績み、女客がぽつりぽつりと泊まっ

た際に小萬と言う名に愛でて心付けを頂戴して、諺の「鶴が粟を拾うが如く」袖の下を貯めて、哀れや、

浅ましや、請け合いの日は近づくし、気を励まし勇まして身を細らせながら辛苦するのも父様の身を黒め

暮らしをたててやりたいの念力ひとつで、身を立てている小萬が世間では悪く噂されて、頼もしくもない

浮世だと、麻小笥にひれ伏してなげいていたが、あれあれ、そこに唄を歌いながらやって来るのは、混じ

りけなしの小室節の本式の節回し、與作、與作、と小手招き、さても見事なソンレハお葛籠馬じゃ、七つ

蒲団にソンレハ曲録(法会の際に僧が使う椅子、寄りかかる部分が丸く曲げてある)据えて、我も昔は乗っ

た身であるが、人はそうとは知らないが、白子屋の店先に馬を引きつけて、こりゃ、小萬、この旦那様に

ご馳走を差し上げてお泊め申し上げなさいよ、お供を入れて全部でお三人だ、さあ、お降りくださいな、

と荷物を解く、小女郎と小よしがとりどりに、それ、お足の湯です、先ずは奥へと案内する、相客も御座

いません、広々と場所を取ってお休みくださいな、と奥の座敷へと伴って案内する。

 與作は荷物も跡付けもそこそこに、投げ下ろして、小萬、このところ会わなかったが無事で嬉しいぞ、

直ぐに顔を合わせようぞ、と馬の口を取って駆け出そうとするその手綱にすがって、これ、どうしたと言

うのですよ、話したいことが山ほどにある、そなたにも言う事が沢山あるはずじゃ、慌てて行かないで待

ちなさいよと引き戻せば、ええ、邪魔だ、その話はいつでもできる、急ぎの用事があるのだ、離してく

れ、振り切れば抱きとめて、これ、どうかお願いですよ、何がそれ程に忙しいことがあろう、どうせ心に

一物ある、訳を聞かないうちは放しませんよ。と店にとんと抱き据えられて、はて、荷物さえ下ろしたに

何で一物があるものか、気遣いをしているようだから手短に話して聞かせよう、この不幸せを聞いて下さ

いな、傍輩達がけん捩じ(掌中に握った銭を言い当てる一種の博奕)突いて銭儲けをする羨ましさ、瀬田の

久三が胴元の時に、百文だけ賭けて勝負をしたろころ、勝つは勝つはで一息に七百文こりゃ門出が面白い

と腰に引きつけて、腰につけた銭も景気よく、しゃんぐしゃんぐと鈴鹿では皆が突いている、此処へも出

かけてまたもや六百文、勝ち取ったぞ、これで止めておけばよかったのに、慾ばりには見えないと諺で言

っているが、目川村の馬子どもを集めておいらが胴を取ったぞ、当たらぬこと当たらぬこと、昼下がりか

ら七つ(午後の四時)まで一文と六文の銭の顔を見ないほどに、前の勝ち分をぶち込んで五百余りの赤字

だ、どっこい、何処かでこの損を埋めようと、梅の木の是齋(ぜさい)辻で、身を粉にして働いてやってみ

た、和中酸(わちゅうさん)でも効きはしない、金に直して一歩二朱の借銭を負ってしまい、借銭の重み

に耐え切れずに石部の八蔵に保証人に立ってもらった。これを戦のはじめとして大津八町では八百負け

る、小野の宿の小町塚では九十九文してやられたぞ、摺り鉢峠の上みたいに心細くては勝負には勝てない

と、綣村(へそむら)の上で分別して、かえ守山の観音堂で観音様が三十三の姿に変化なさるというが、三

十三匁の質を置いて、戎夷征伐の田村麻呂ではないが心は鬼神のように強くと出かけたのだが、土山の田

村堂ではすっからかんにされて退けられてしまった、伊勢へ通し馬で行ったときに宵から暁の明星が茶屋

で飲み干すような大失敗、借銭の利息をひと月にふた月分ふんだくる阿漕さ、これは何処の踊りだ、松坂

を越えて伊勢踊り、雲津の渡で計算したならば二貫(一貫は銭一千文)ずつで合わせて四つ、合計で二四が

八蔵めに八貫の借銭だ、これでは駄目だと思っていると向こうから馬を追ってやって来る、地體(ぢたい、

そもそも)八めはぶうぶうと怒りっぽい性格、俺の胸ぐらをしっかりと掴んで、こりゃ、貸した銭はどうす

る気だ、俺をみ忘れたのか、八だぞ、八蔵だ、刺すように言い募る、ぐどぐどと見苦しく詫びごとなどは

言っていられない、銭と言われても今はない、正味の銭を借りたのではない、数の上だけの勝負づく、一

番勝負をやってみて、八貫の借銭を返すか、負けて倍の十六貫の引き負いになるか、さあ、勝負をしろと

言ってみたところ、八めは多年この道で劫を経た奴、俺は八貫を現物で此処で出しておくぞ、負ければそ

れでやり取りなしであり、勝てば倍にして十六貫、何で済ますのだ、合点じゃぞ、抵当が無くては嫌じゃ

とほざく、こちらも後には引けない言いがかりだ、これ、この馬を知っているか、馬市で名高い池鯉鮒(ち

りふ)の市で九両一歩だ、親方の物ではあるが十六貫の抵当に銀五百匁の値打ちのある馬を当てれば文句は

あるまい、さあ、勝負しろ、と木陰に寄って銭を握り、さあ、どうじゃ、と言ったところ奴も三枚せい、

さあ来い、さあ来い、と、七つじゃと、二文張りやがった、よし来たとと突くほどに手の内に残ったのは

確かに七文、南無三宝、上手く当てたぞ、一文はねて六文にして当てて取ろうとして、一文をしゃんと誤

魔化して突いてみたところが、悲しいかな、勘違いであって八文だったのだ。一文ごまかして七文にして

奴の思う壺に当たるようにしたのは、どうした悪運のどん詰りであったか、ぐにゃりとなるほどに八め

は、馬を取ったとしがみつく、今日の乗り手は氏神様、救いの神、約束の馬次の場所まで早くやれ早くや

れと催促する。八めも武士を乗せているので、客から何故に馬を走らせないのだと目が抜けるほどに叱責

されて、窪田の一身田(いっしんでん)村で旦那をおろしてから、おつつけ馬を取りに行くぞと、早追い(急

用の折に、駕籠または馬を昼夜兼行で急がせること)程に急がせて追ってくる。親方の馬を取られては、こ

の街道は言うに及ばず、木曽街道や中山道でも生活が立たない。八蔵めが来ないうちに早く内に行きたい

と溜息をつきながら語るのだ。

 小萬は心も暗闇で、他人の沙汰には違いはないが、人の心は境遇によって変わるもの、何ともさもしい

気持になられましたな、古(いにしえ)はお歴々、私ら風情は下司にもお使い下さらないでしょう、縁があ

ったればこそ肌を触れ、抱いたり締めたりした間柄、一通りではない仲、嬉しいやら、悲しいやら、一倍

に愛しさが増すではありませんか、悪い病が付きましたね、それはたちの良くない雲助の身持です、友達

仲間の付き合い上で引くに引けないことがあるにしても、情けないこと、私の親の未進米、この六日の吉

書(きちしょ)に立てねば元の水牢、この世から八寒の地獄に親を落とす私の気持、あなたに心配をかける

つもりはないけれども、案じても下さらないで、博打にばかり凝り固まっての悪遊び、実に冷淡な気持と

思えば自然に熱い涙が溢れますよ、と咳揚げせきあげ泣く。

 與作はわっと泣き出して、そりゃ曲がない曲がない、情けなくて死にたいほどだ、慰めにも欲にもしな

いそなたの親の未進米、二石二斗など何でもない、昔わしの草履取りや馬取りの給金だったぞ、これで可

愛いそなたの親を殺させたりはしないと、痩せ我慢をしての出来心、千三百石から馬追いにまで成り下が

った不運のぼんの窪だ、良いことはないはずと思わなかったのが身の不覚である。これは主が下された天

罰と諦めて済ますが、しこり博奕の栄耀とは、小萬よ、さりとは酷いぞや、これもそれも皆そなたの親の

為だ、胸に書付があるのなら、断ち割って見せたいと、叩いて見せた胸当ても絞るばかりの恨み泣きの

涙。





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最終更新日  2024年11月22日 19時11分18秒
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