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私も将来の不安をかかえてかれこれ15年になります。フラフラするのも15年もフラフラしているとフラフラにも年季が入ってくるのであります。こうなったら死ぬまでフラフラしたままでいようと思います。 こんな私にもかつてなりたいと思った職業があります。それは、タイ・バンコクのラジャダムナン・スタジアムで試合を観戦中の事・・・ その日はビックマッチではなかったので客もそんなに入っておりませんでした。(ところでムエタイの試合では常に例の音楽が鳴っておりますが、あれはすべて生演奏なのであります。即ちこれは、ヘビ使いが笛でヘビを操るようなもので、試合の展開によって早くなったり遅くなったりするのであります。よってどんな田舎の草試合でも必ず「ムエタイ楽団」がおります) そのラジャの楽団の中に気になる人物を発見したのです。カスタネットの様な鐘をチンチンチンチン鳴らしているおっさんは、インターバル中はじっと瞑目し、また試合が始まると再びチンチンチンチン鐘を鳴らす。そのなんとものん気そうな様子に私は「これだ!」と思いました。だいたい笛や太鼓など他の楽器の難しそうなのに比べて簡単そうなのも気に入った!「なんとか弟子入りできないものか」私は試合などそっちのけでそのおっさんばかり見ていたのでした。 ラジャダムナン・スタジアムのムエタイ楽団の中にチンチンチンチン鐘を鳴らしながら虚空を睨んでいる日本人がいたら、それは日本の生活をすべて捨ててきた私である。日本に帰っても私の奥さんには内緒にしておいてほしい。
2006/02/28
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私はこう見えても大変フレンドリーな男なのであります。「切れる」どころかケンカをする事もめったにないのです(腹を立てる事はあります)。だがこれからは、自分のガマンならない事には、どんどんケンカをしかけてやろうと思っているのです。そうやって片っ端からケンカをしかけて周囲から孤立したってかまうものか。だいたいリングの上では頼れるのは自分だけだったではないか・・・しかし。それはたぶん無理なのです。なぜなら私は別名「なんでも勘弁してやる男」なのですから。 生まれながらに罪のない人などいるだろうか まず自らを悔い改めよ
2006/02/15
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その新田の大将たっての希望ではじまったのが「千川キックボクシング・クラブ」なのであります。私は「めんどくさいな」と思いつつも、家の近所だしたまに手伝うくらいならいいか、とタカをくくっておりました。ところが気が付くと当の本人は全く姿を見せなくなり、私もやめるにやめられず現在に至っているという訳であります。 この「千川キックボクシング・クラブ」も早いもので4年目に突入しました。忘年会で「千川キックボクシング・クラブはボクとナカムラさん(私の本名)どちらかひとり欠けても成り立たないので、これからも力を合わせてガンバリましょう」とぬかす大将に私が抗議すると、「そういう細かい事言っちゃあダメですよ。ボクはみんなの幸せを願っているんですから」と煙に巻かれてしまうのであります。 なかなかシブとい男なので今度のK1では優勝するのではないかと私は期待しているのであります。
2006/02/03
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そもそも何でこの「千川キックボクシング・クラブ」なるものができたのか、原因は私の「親友」新田明臣くんにあるのであります。(かつて私と新田くんは池袋のスナック「トムキャット」のナオちゃんという女の子を取り合った仲なのであります。ナオちゃんは結局、我々二人に背負い投げを喰らわせてアメリカへ行ってしまいました) 新田の大将と初めて会ったのは、かれこれ5、6年前の事になります。同じ警備会社で働いていた私と新田くんは、はじめて同じ現場になりました。それは損したヤクザまがいの客に脅迫されている某証券会社に客を装って店に待機している、というものでありました。我々がいるおかげかどうか知りませんが、それ以来ヤクザはぷっつりと来なくなりました。ところが、どう見ても証券会社の客には見えない怪しい二人が一日中いるのが、逆に客の間で問題になってしまったという・・・。営業時間が終わると用心の為、別室で待機になります。「ちょっと本屋に行ってきます」といって大将が買ってきたのは英語の辞書でありました。そして、アサヒ芸能を読む私を尻目にフムフムと辞書をめくりはじめたのです。なんだかずいぶん差をつけられた格好ですが、朝はじめて会った時から普通の人とは違う気配を感じ取っていた私は、「これはあなどれないぞ」と思ったのでした。(この時は新田くんの奥さんが外人なのを私は知りませんでした) つづく
2006/02/01
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