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ついにデジカメ購入しました。私にとっては高額な買い物(パソコン以来)なので、ちょっとビビッてしまいました。お店で見ててもいっぱい種類があって悩みながら一つ一つ手にとって眺めまくり店員のお兄さんにあれこれ相談して・・・薄型のを買うつもりだったんだけど持ってみたら私の逞しい手にはちょっと頼りなくて結局は薄型を断念しました。家に帰ってからが大変。だって私・・・大の説明書嫌いなんだもの本を読むのは大好きなのに説明書が読めない。うー・・・字は読めてもちっとも頭に入ってこない。携帯がいまだにカメラ付きにならないのはお金の都合だけじゃなく、実は説明書恐怖症のせいだったりするのだー。パソコンの時にも思ったけど説明書ってなんでカタカナばっかりなんだ?その商品を知らない人が読むんだから専門用語なしで説明してほしいよ~。さて・・・・私のデジカメで撮った写真がこの日記にのせられるのはいつになるだろう・・・春がくるのとどっちが早いのか・・・・;^_^A
2004年02月23日
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次男の今年度最後の参観は国語。みんなで俳句にチャレンジしよう~ってことでそれぞれに2,3こ俳句を考えてこれが1番という物をひとつづつ発表!5・7・5を指折り数えながら黒板にずらーっと書かれた季語をぶつくさ・・・言いたいことを5・7・5におさめるのって結構むつかしいもんね。うちの次男が発表したのは「カミナリや はやくおさまれ おねがいだ」という1句。なるほど・・・と思いつつ他にはどんなん作ったのかとプリントを覗いてみたら「焼いもは いっぱい食ったら へがでるぞ」だって(>_<) 本人は大マジメに作ってたけど・・・さすがにこれは恥ずかしかったようで1番にはしなかったε-(´・`) フーま、時期的にはこっちの方が合ってるんだけどね。
2004年02月17日
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本命チョコをドキドキしながら渡したのはいつが最後だったんだろう・・・毎年息子たちと旦那にはチョコをあげるけどドキドキはしないもんねー。本命には違いないはずだけど実際には義理チョコだし。私自身があんまり甘いもの好きじゃないのでおすそ分けのチョコをもらいながら「あー、久しぶりのチョコやなぁ」と味わいました。うちで買うおやつも甘いものよりはおせんべいとかスナック菓子が主流で甘いものと言ってもドラ焼きだったり団子だったり。ケーキは誕生日に食べるけどチョコってバレンタインデーぐらいしか買うことないもん。息子たちはまだ女の子からチョコをもらったことがないので、ほんと義理チョコでも大喜びしてくれるけど。あと何年かすると女の子にもらえるのかなぁ~。私が初めて父以外の男性にチョコを渡したのは確か小6だったかなぁ~。ドキドキしたねー。でも学校に持って行った子が多かった(私も)ので持ち物検査されてみんな先生に没収されちゃいましたー。「職員室まで取りにきなさい」って言われてたけどなんか妙に恥ずかしくてそのままほっといた私。あのチョコ・・・先生が食べたんだろうなぁ~今となってはそれも「あま~い思い出」・・・かな?
2004年02月14日
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年をとると食べ物の好みが変わると言うけれどどうやら私にもその時期はきたようで・・・。昔は大嫌いで自分から絶対箸をのばさなかったものそれは「豆」です。前に日記にも書いたけど甘い豆が特に嫌いで喧嘩の翌日、母の復讐でお弁当が豆だらけだった。ピラフのグリーンピースもしっかり弾き出していたし納豆なんて食べ物だと認めてなかったくらい。ところがこのところ、妙においしいの。正月のお節の黒豆にまずはまって、今では700グラムの大袋の黒豆(炊いたもの)が2日で空っぽ。丹波の黒豆で作ってるこれが、ほどよい固さで甘さ控えめ。いくらでも食べてしまえるんだもん。もちろん私が一人で全部食べるわけじゃないけどね。納豆だって妊娠したとき「体にいいから食べなさい」と言われ泣きながら食べてたのが嘘みたいにおいしい。去年の夏はスナックえんどうにはまってたしいんげんの白和えなんて豆好きの娘と取り合い。ほんとに好みって変わるんだなぁと実感してます。この春はきっと豆ご飯が食卓にたびたび登場するだろう。
2004年02月09日
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小学校の就学説明会でした。といってもうちの子は新入学ではないのですが。読み聞かせのサークルで保護者が連れてきた小さな子どもたち(新就学児も)が退屈しないように子守りすることになりまして・・・体育館の中にはズラーッと並べられたイスだけではなく、あちこちにストーブが。隅っこにマットを敷いて机を置き塗り絵・折り紙・お絵かきを用意してスタンバイ。だって説明の声の邪魔しちゃいけないから絵本は読んであげられないんだもん。集まったのは約20人のちびっ子たち。夢中になってくれる子はいいけどまだお絵かきもできないような小さな子や元気をもてあまし気味の子がウロウロすると「あぁ~ストーブが~」と金魚のフン状態でついてまわる。集まったサークルのメンバー5人がそれぞれ折り紙教室のおばちゃんになったり「こわい顔書いて~」と言われたりトイレ係になってたり・・・まぁ何とかケガする子もなく任務終了で良かった。ちょっとはおばちゃんたちの顔覚えてくれたかな。新1年生も絵本を喜んで聞いてくれるといいなぁ~。
2004年02月05日
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朝からテレビのワイドショーやニュースで何度もやっていた「開かずの踏み切り事故」平気で大人が遮断機上げて渡っている映像。実は悪い見本でたびたび写し出される映像はうちの近所、長居公園近くの踏み切りでした。ほんとに閉まっている時間が長く開いたと思っても渡り始めるとすぐに次の電車がきたりするんですよ。今は高架工事の途中です。私は子どものころからずっとこの阪和線の沿線で育ってきたんで、中学校も線路沿いでした。もう20年以上前になるけど一度、4時間目の授業中に大きな音がしてみんな一斉に窓から線路を見たら電車にはねられた人らしきものが金網に張り付いていた・・・・なんてこともありました。その日の昼食はとても食べられなかったよ(>_<)それだけ事故が頻繁だというのにどうしてもっと早く高架を作ってくれなかったんだろう。駅のすぐ側なんだからみんな急いでる時間なのになんとかならないのかなぁ。歩道橋があったって自転車の人には渡れないもんね。それでもやっぱり大人は見本にならなきゃね。子どもに注意するべき大人が・・・・その踏み切り利用してる人みんなが遮断機あげてくぐってるわけじゃないのに悪い見本にされてるなんて・・・地元の住人として悔しいよ。ひったくりも多いしねぇ。ちゃんとルール守れる大人がいるって証明できる大阪になってほしいよー。
2004年02月04日
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長いこと日記を休んでしまいました。ここんとこ、ずーっと猫(トラミ)から目が離せなくて。 一昨日の晩そのトラミは逝ってしまいました。秋に乳がんの手術を受けましたが経過が悪く肺に転移してしまったようで・・・だんだんエサも食べなくなり最後は注射器にエサを詰め口に流しこんでました。トイレも自分でできなくなってオシメを使用。どんどん体は痩せ細り看ているのが辛い毎日でした。「安楽死にしてあげた方がええか」と旦那が言ったけれど、やっぱり私は命の期限を自分たちが決めてしまうことには納得できず・・・ますますトラミの側から離れられない毎日でした。そしてとうとう・・・トラミは2週間ほどの間ほとんど自分の小屋から出てこなかったのに亡くなる前日に突然出てきて子どもたちや義父にも擦り寄り抱っこされ膝にのり・・・「お別れのあいさつみたいやなぁ」と言いながら久々に甘えてくれて嬉しいひと時を過ごしました。そして翌日、「やっぱり最後までここにいさせてあげようよ」と安楽死を拒否し、エサをあげオシメをかえて口を水で湿らせてあげると、気持ち良さそうに居間のコタツ布団に寝転がるトラミ。そしてそのまま子どもたちがゲームをして大騒ぎの笑い声の中、静かに息を引き取りました。最初に見つけた長男の「ウォ~~、トラが~~~」という叫び声。号泣した長男の声はしばらく頭から消えないだろうというほどすごかった。みんな集まり一晩中トラを囲んで泣きじゃくりました。「生き返ってよ~~」「もっとエサ食べさせてあげたかったのにー」「死なんといてやー」子どもたちが口々に叫ぶ中、トラを抱き上げた私は声も出せずにただ泣いてました。手術したことがほんとうに正しかったのかと後悔したり娘が産まれてヤキモチやいたトラが私を避けたことを思い出したり、乳がんで血だらけになった部屋が浮かんだり・・・そして今日朝から近くの動物霊園で火葬してもらい家族揃ってお別れしてきました。小さな骨壷に入って帰ってきたトラは焼け残った骨から「胸を患っていたんですね」と係りの人に言われました。「でも急死した猫ちゃんに見られる首骨の変色があるので長いこと苦しんだわけではないですよ。眠るように息を引き取ってます」とのこと。ホッとしたというかせめてもの救いでした。亡くなってしまったけれど家族の心の中に大切なものをたくさん残してくれたトラミに感謝してます。今はただ辛いだけなんだけどトラミとの思い出を支えにして頑張らないとね。「にぎやかなおもろい一家やったな~」って天国のトラミに思ってもらえるように。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★掲示板を通じてたくさんの方に励ましていただきました。トラミが引き合わせてくれた縁が嬉しいです。心配してくれたみなさん、ありがとう。これからもよろしくお願いしますm(_ _)m
2004年02月01日
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