風雲 いざなみ日記

2007年05月04日
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カテゴリ: 珈琲のある風景



時々、私は無償にエディット・ピアフの 『愛の賛歌』 を聴きたくなり、何かに取り憑かれたように、部屋で繰り返し繰り返し、夜通しででも聴いているときがあります。 この歌は、彼女本人の魂の叫びそのものではないかとも思います。 彼女のあのハスキーな歌声は、押し殺した自らの心の痛みとも感じとれる傷心的なビブラートは聴く者の心に共鳴するように思えます。


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エディット・ピアフ01



エディット・ピアフに関しては、多くの伝記が出版されているにも関わらず、その生涯は多くの謎に包まれています。 彼女はエディット・ジョヴァンナ・ガションとして、パリの貧しい下町に生まれました。 彼女は、ベルヴィル街72番地の路上で産み落とされたとも伝えられますが定かではありません。  "エディット" の名は、この年の10月、ドイツ軍に処刑されたイギリス人看護婦エィーディス・キャヴェルにちなんで名づけられたようです。



父親のアルフォンス・ガションは貧しい大道芸人。 母親のアンネッテ・メラールはカフェの歌手で、出産当時は17歳でした。 こうした事情で、彼女はノルマンディーで売春宿を営んでいた父親の実家に預けられ、幼い時期に娼婦や売春宿の客らと接点を持ち、人生観に強い影響を受けるのでした。



エディット・ピアフ02



成長した彼女は、父に反抗してパリ郊外でストリート・シンガーとして暮らしはじめますが、御用聞きの少年に恋して16歳で女児を産んだものの、二年後に小児性髄膜炎で亡くしました。



1935年には、 ルイ・ルプレー に見出され、彼のナイトクラブで歌うようになります。 この時、ルプレーは、142センチの小柄なエディットのことを、後に芸名となる 小さなスズメLa Mome Piaf" のニックネームで呼びました。



ノアザミ01



ジャン・コクトー がエディットのために脚本『Le Bel Indifférent』を執筆。  モーリス・シュバリエ や、詩人の ジャック・ボーガット のような著名人とも知り合う機会を得ます。 彼女は自らの歌の多くの歌詞を書き、作曲家と共作しています。 彼女の代表曲 『ばら色の人生』 は、ドイツ占領下のパリで彼女が書いた詩によるものです。 



この頃には、彼女は頻繁にドイツ軍高官のために歌を歌い、フランス兵捕虜との写真を撮る権利を得ますが、実は捕虜たちの脱走計画を援助する活動であったのでした。 今では、当時のエディットのレジスタンス活動への貢献は知られており、多くの命が彼女によって救われたともいいます。



ノアザミと揚羽蝶



戦後、彼女は世界的な人気を獲得し、ヨーロッパやアメリカ、南米でもコンサートを催しました。とくに、1947年のアメリカ初公演では大女優で歌手でもある、 マレーネ・ディートリッヒ とも親交を結び、以後二人は生涯にわたる親友となります。 フランス語を話せたディートリッヒは、エディット・ピアフの曲を自らの持ち歌にも加えて歌いました。



彼女は、 シャルル・アズナヴール のデビューを後押ししたことでも知られますが、アズナブールの以外にも、 イブ・モンタン >ジルベール・ベコー



エディットの生涯の中で、最大の恋の相手はなんといってもボクサーの マルセル・セルダン でした。 しかし、幸せは続かず、セルダンは1949年に飛行機事故死してしまいます。 そんな、セルダンを失った悲しみも癒えぬうちに彼女に再び悲劇に見舞われました。 1951年、彼女はパリ市内で自動車事故に遭い、後遺症を和らげるため、後に深刻なモルヒネ中毒に苦しみ続けました。 



ノアザミ02



彼女は生涯二度の結婚をしますが、一度目は1952年に歌手のジャック・パルと、 二人目は、二十才も年下の俳優 テオ・サラポ(テオファニス・ランボウカス) でした。 二人は、1962年にマレーネ・ディートリッヒの介添えで結婚しますが、この時すでに、エディットの体は癌に侵されていたのでした。 サラポはエディット死に至って、彼女の残した借金のすべてを返済したといいます。



彼女は、1963年に最後の曲、 『ベルリンの男』



エディット・ピアフの墓石



1949年に歌われた 『愛の賛歌』 は、彼女自身が最愛の恋人を飛行機事故で失い、気も狂わんばかりの悲しみの淵にありながら、渾身の力を込めた曲でした。 まるで、その曲は彼女の幸せ薄いの生涯を写すような、やるせない哀しみをたたえた歌であると同時に、運命に翻弄されながらも、自ら愛に忠実に生きた女性の等身大の 心のバラード ではないかと思います。



今でもエディット・ピアフは、フランスで最も愛されている歌手の一人であり、国民的象徴であることは紛れもない事実ですね。 連休の午後のひととき、ピアフの歌声に耳を傾けながら カフェオレ を飲みました・・・♪




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最終更新日  2007年05月04日 17時47分03秒
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