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オーウェン@ <1973年>映画「セルピコ」 こんにちは。いつも楽しく、またワクワク…

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2009年07月25日
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070104_yakusoku.jpg



映画「約束の旅路」の冒頭、緑深い山々とジャングルが映し出され、被せて上記の文字が・・
更に、続けて、悲惨なアフリカ人達黒人の痛々しい映像がセピア色の画面に流れる・・・・・

彼らは 忘れられていた エチオピア山中 ゴンタールの近く 
エチオピアのユダヤ人は”ファラシャ”と呼ばれた
大昔から 聖地エルサレムへの帰還を夢見ていた

1984年イスラエルと米国は11月から3ヶ月にわたる大作戦を展開 
彼等をイスラエルに運んだ ”ファラシャ”の帰還だ・・・・「モーゼ作戦」と呼ばれた 
ソロモン王とシバの女王の末裔だと 彼等の立場が ついに認められたのだ


エチオピアは親ソ連政権、移民を禁止していて、見つかれば処刑された

エチオピア現地から、中継地のスーダン難民キャンプまでは歩いて向かわねばならなかった
8000人のファラシャ、飢えと疲労と病気、暴漢の襲撃で、スーダンに着いたのは半分の
4000人になっていた

主人公のエチオピア黒人少年は9才、ユダヤ人ではない、母親以外全ては亡くなっていた
今朝死亡したユダヤ人少年の母親を見つけた少年の母親が、預けるのです、身分を偽って
「行きなさい! 生きて立派になるまでは 戻っては駄目 さあ、行きなさい」

イスラエル到着後、少年は「シュロモ」という名前を貰い「ヤエル」(ヤエル・アベカシス)
「ヨラム」(ロジュディ・ゼム)夫婦の養子に貰われます

実は、イスラエル国内事情も複雑で、ヨーロッパ系・ロシア系・中東系が混在しエチオピア系に対しては偏見を持ち、同じユダヤ人なのに、肌の色が黒いと差別するのです

「シュロモ」ストレスなのか食事をしません、家族にも馴染みません、が勉強は懸命にします



学校の父兄にいびられる息子「シュロモ」を庇い、顔中ベロベロ嘗め回し、毅然として言う
ヤエル「私の息子は世界一ハンサムで、あんた達の誰よりも優秀だわ、ろくでなし共!」

ヤット食事に手を付ける「シュロモ」、愛されている事に気付いたのです

この映画の言わんとするところは、「シュロモ」の複雑な環境と条件の中で「自分は誰か?」と言う答えを、何とかして導き出したいと考えた「ラデュ・ミレイアニユ監督」の演出では?

オイラは思った

どんな環境・境遇にあっても求めるモノは、そこにしかないことを

生みの実母、それから、イスラエルに連れて行ってくれた偽りの母、優しく迎えて愛してくれた養母、結婚してくれた妻、わが子を産んでくれた子供の母親・・・・・・

そして映画のラスト・シーン
「国境なき医師団」として訪れたアフリカ難民キャンプ
そこで起こる奇跡の「クライマックス・シーン」の衝撃・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日の散歩道、夏本番を告げる「ひまわり・向日葵」
オイラ的花言葉:「だから、お母さんの言うこと聞きなさいって、云ってるでしょ!」

ヒマワリ2.JPG





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最終更新日  2009年07月25日 16時37分40秒
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