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オーウェン@ <1973年>映画「セルピコ」 こんにちは。いつも楽しく、またワクワク…

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2012年01月25日
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監督=カン・ジェギュ     製作=カン・ジェギュ、キム・ヨンハ
脚本=カン・ジェギュ、キム・ビョンイン、ナ・ヒョン
撮影=イ・モゲ        美術=チョ・グンヒョン
編集=パク・ゴクチ      音楽=イ・ドンジェン

【キャスト】
オダギリジョー =長谷川辰雄
チャン・ドンゴン=キム・ジュンシク
ファン・ビンビン=中国人女狙撃兵

夏八木勲    =辰雄の祖父(憲兵隊司令官)
鶴見辰吾    =関東軍大尉
山本太郎    =関東軍軍曹
佐野史郎    =辰雄の父親 医師
浜田 学    
イ・ヨニ    
ト・ジハン   

【あらすじ】
1928年、日本占領時代の朝鮮

憲兵隊司令官の祖父と 医者の父親を持つ裕福な家庭で育った 
マラソンでは 常に一番を目指す『長谷川辰雄』


「辰雄」のライバルとして 共に育った朝鮮人の『キム・ジュンシク』

オリンピックの金メダルを夢見る2人だったが、いつしか その関係は国同士の戦いとなり
 さらに「辰雄」の祖父が 時限爆弾テロで殺された事で 憎み合うようになる

やがて開催されたオリンピック選考会で 事件が発生
「ジュンシク」は 日本人の姑息な妨害と判定で失格となり 騒ぎ出した朝鮮人観衆と共に 


1939年、ノモンハンで2人は運命の再会を果たす
日本兵として戦う「ジュンシク」の前に現れた「辰雄」は、冷酷な軍人に変わっていた

戦場でも 夢を捨てずに走り続ける「ジュンシク」に 激しい嫌悪を抱く「辰雄」は、
ソ連軍への 50名の特攻先鋭隊に「ジュンシク」も任命 

押し寄せるソ連戦車隊に 狂気の「辰雄」を先頭に 突っ込むが 問題にならず
壮絶な死闘の末、敗北した日本兵は ソ連軍の捕虜となって 酷寒の地で重労働に

しかし そのソ連でも 対ドイツの戦局が悪化し、決断を迫られる
“ソ連軍として戦うか、それとも死ぬか?”

日本皇軍に自分のすべてを捧げてきた「辰雄」だったが、誇りを捨て、生きることを選ぶ

捕虜として経験する初めての戦場
そこで目にしたのは、猛攻を浴びせるドイツ軍に 特攻を強いるソ連将校の姿
その姿にかつての自分を重ね、生きる意味を考え始める

やがてドイツに敗れた戦場 なんとか生き延びた「辰雄」と「ジュンシク」は
ドイツ軍の服をきて逃げ 辿り着いたのは故郷から遥か遠い 大陸の果てノルマンディ

夢も友情も捨て、国と誇りを失くした「辰雄」
全てを失っても、それでも生きることを選んだのはなぜか?
いかなる時も変わらない「ジュンシク」に、生きる意味を気付かされる

もう一度、2人で故郷に帰ろうと決めたその時、
非情にもノルマンディー上陸作戦の火蓋が切って落とされる

果たして、2人の運命は・・・・・・

     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【孫 基禎】(そん きてい、ソン・ギジョン、1912年8月29日 ~ 2002年11月15日)
日本統治時代の朝鮮出身の日本の男子マラソン選手  1936年のベルリンオリンピックで、アジアの選手として初めてマラソン金メダルを獲得
大韓民国建国後は同国籍になり、同国の陸上チームのコーチや陸連会長を務めた
 *この映画に出てくるマラソン選手            (ウィキペディア出典)
     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

何度も このブログ上で 韓流ドラマも韓流映画も韓流スターも歌手も・・・・
あんまり好きじゃないと 公言してきたオイラ 

別に深い意味がある訳じゃない
ただ 日本の女共が 熱狂してる姿が どうしても気に入らない事が 要因で

それに 超ベタなストーリーのメロドラマや 時代物風なドラマは 底が浅いモノマネで
如何にも単純明快 お涙頂戴的な気がして はなから見る気にもならないと 決めつけてた

そんなオイラが ある人の「是非観てください!」の 勧めもあって・・・・
たった3人の観客しかいない映画館で 観ました

正直 驚愕・感動した 物語のスケール大きさと ド迫力の戦闘シーンと 熱演の俳優に
そして 日韓問題のわだかまりを こんな風に考え とりなそうとする監督の熱意に

そして更に日本映画界が現在 スケールダウンして 当たり障りのない 動物モノや
ヒット漫画の映画化 そして人気テレビ・ドラマの映画化でお茶を濁している姿にチョット
先日の「山本五十六」にしても なんか 戦争の言い訳めいた感じの作りが 気がかりで

それって韓国が 映画界に限らづ ハングリー精神剥き出しのエネルギー溢れ全力で戦う
 あらゆる事柄に正面から立向かい戦う姿勢に 少々 日本人も意識改革しないと・・・・

映画の前半までは 主人公「辰雄」(オダギリジョ)は 何故こんな映画の出演を引き受けたのだろうか?って疑問が 頭の中をぐるぐる駆け回って 不愉快極まりなかった
さらに「山本太郎」の鬼軍曹ときたら 巧いだけに その憎くらしさが 浮き彫りになって

当時の日本軍がどんな風であったのか 又朝鮮人がどのような待遇を受けてたかは知らない
朝鮮人監督が描いた 日本占領軍 ソ連軍 ドイツ軍なんだからと・・・承知の上 
その戦勝国軍と 敗戦国軍の立場による違いは・・・・・痛いほど 知ってるつもり

それは みんな同じで 人間性とか 国民性だとか マッタク関係ない事で
「勝ち組」 「負け組」 どちら側に所属してるか?で 違うだけ・・・・
それは 最前線の戦場では 「生きる」か「死ぬ」かを 意味して

だから 日本人と朝鮮人が 国を離れて 他国に来て 他国兵士同士になったら
なにも 二人が啀み合い 争う理由がなくなって・・・・素のママの ただの人間同士に

二人に残ったモノと言えば 走ること 
オリンピックのマラソンで 勝負をすることだけに なったのだったのだ・・・・

そして 1948年 第14回オリンピック ロンドン大会
 そのマラソン競技で 勝ったのは・・・・

(ただ、この年 日本とドイツは 参加は認められなかったのだが・・・・)

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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オイラ的花言葉:「死中に活を求める」(しちゅうにかつをもとめる)
        *絶望的状況のなかにあっても、なおそこから抜け出す道を見つけること
         『後漢書・公孫述伝』に「男児 まさに死中に生を求むべし
          坐して窮すべけんや」とあるのによる(公孫述の武将・延岑の言葉)












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最終更新日  2012年01月26日 16時38分19秒
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