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Kケアマネさんから要介護の15ケースを引き継ぎされ、それぞれのお宅やデイサービスに挨拶回りをし、私から包括に残る職員に、教室に通う方々、新規で誘う方々、各種インフォーマルサービスを使うケースを引き継ぎし、そして膨大な書類や机周りを整理し、いよいよ明日から新しい部署に移ります。明日は、局長と一緒に各事業所や病院への挨拶回り。でも、大抵の事業所は、なぜか私の異動を知っていて、今日も一番多く取引しているH福祉用具店さんが、「showerさん、こちらで最後の実績です。」と意味ありげに今月分の実績を持ってきました。6年以上のお付き合いになるOTのIさんが、「うちの事業所のケアマネになってよ。一人探してるから。」と言ってくれたのですが、そこは我が家から徒歩で行ける所。そこも安い給料で有名な所。でも、社協よりマシかも。社協で修行してから行こうかしら・・・沢山のケアマネさんと一緒に仕事をしているIさんが、showerのことを「すごくケアマネに向いているから、どこでもやっていけるよ。」と言ってくれて、ちょっと嬉しかったです。引き継ぎしたケースの中には、中越地震の被災者がいらっしゃいました。まだ、あの地震の傷跡も残っているのです。そして、県から「被災者が避難してきたら、施設が定員オーバーになっても特例措置でケアマネジメントし受け入れるように」との主旨の通達がありました。
March 31, 2011
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役場も社協も人事が発表になって、いよいよ後数日で異動です。課長に解雇と言われてから、さっさと辞めてやる~と思っていたのですが、最後の教室や要支援の方や退院してくる方達の相談業務に追われて、先月の休日出勤の代休も、なかなか取れないような状況で、結局、めいっぱい出勤しています。なんとか休もうと思っていたら、隣の社協のケアマネKさんから引き継ぎの依頼がありました。私は一度クビになって隣の社協に再雇用なのですが、実際は、社協に出向の村職員のケアマネKさんのケースと、私の抱える一人暮らしや特定高齢者(二次予防者)のケースを交換する感じです。介護予防の教室を続けたいという思いは叶わず、最後の教室でお別れを告げたら、皆さんに泣かれてしまいました。こんな私に涙を流してくださって、ありがたいことです。在宅介護支援センターの頃から、7年間、大事に続けた教室です。7年のお付き合いの方も何名かいらっしゃり、いろんな思いを共有してきました。この3年、一緒に教室をやってきたOT(作業療法士)のYちゃんにも泣かれました。新人だったOちゃんに、「showerさんに育ててもらった。」と言ってもらいました。私こそ、彼女の丁寧で誠実な仕事ぶりに助けられました。Yちゃんとの強力な連携体制で、何人もの閉じこもり高齢者が外出できるようになったんですよ。そして、社協の職員さん数名から、「一緒に仕事ができて嬉しい。」と言われて、それも、涙が出るほど嬉しかったですよ。でも、包括から持って行く要支援の10ケース、Kさんから引き継ぐ15ケース、それにまだ認定結果の出ていないけれど私に担当の希望を出してくださっている3ケースと、既に28ケースの担当です。ケアマネだと、今以上に土曜の出勤や残業が増えます。やりがいはあるけれど、ダが単身赴任する時に、こんなことになるなんて~。大丈夫か~がんばれ私。社協のボランティアコーディネーターさんから、私に、時々地域のサロンで指導してほしい、と事務局長に頼んでいるとの話もいただきました。局長さんに「現場に出させてほしい。」とお願いした時には、ケアマネ業務に専念してほしいと言われたので、わがままを聞いてもらえたのなら、本当に嬉しいです。 この仕事をしながら、日々、被災地の介護や福祉を必要とする方々に思いを馳せています。大変でも通常の仕事が続けられることの有り難さが身に染みます。社協に勤めることで、少しでも被災地支援に貢献したいと思います。
March 26, 2011
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役場&社協&唯一のショッピングセンターで、義援金の募金受付をし、今日から、役場で救援物資も受け付け始めました。私は、今日は土曜出勤で認知症関連の講演会。講演会の参加者も募金をしたり、物資を持ってきたり・・・でも、あらかじめ村が決めた物資しか受け付けないので、タオルを持ってきた方から、「タオルは受け付けてもらえなかったから、福祉で使って。」と渡されました。村が受け付けていたのは、毛布やブルーシート、おむつ、生理用品、ティッシュ、ウエットティッシュ、使い捨てカイロ、乾電池、カップラーメン、インスタントラーメン・・・たしかに、なぜタオルはないの?と思うけれど、あまりにジャンルを拡大すると持っていきにくいのかしら。ちなみに住んでいる市は、現在は新品毛布しか受け付けていません。他の物資は、登録して必要と言われたら持っていくってHPに載ってるけれど、そうすると少量だと登録しにくいですね。我が村は、人口も少ないので役場も小さく職員の派遣は断念したと、課長が言ってました。次男が、「お母さん、福祉施設で困ってるっていうから、行ってあげれば。」って。でも、現在、必要なのは保健師や看護師などの医療職。こういう時は、やっぱり医療職が強いな、と思います。 長野県北部の地震があってから、皆さんに心配のメールや電話をいただきましたが、こちら南部は殆ど影響がなかったので、申し訳ないくらいです。いつもなら、栄村の地震も大きなニュースだと思うのですが、東北の被害や原発事故があまりに深刻なので、 取りあげられる頻度が少ないのですね。 さて、実家の父の仕事が心配で電話したら、電気管理をしている千葉&埼玉の3つの病院の自家発電設備を準備して待機していたけれど、結局、一度も計画停電はせず、困っていないとのことでした。1つの病院は透析専門クリニックなので、茨城県から透析患者を20名受け入れたため、今後も停電エリアから外されるだろう、とのことでした。病院から500メートルの所は停電しているらしいし、東電から逐次、停電情報が入ることになっているそうですよ。ただ、父の通勤に電車の不通等で時間がかかり、ご老体が心配です。 そして、神奈川の大学に通う長男は、「節電のために帰ってらっしゃい。」と言っても「用がある。」と言ってグズグズしていたのですが、3日前の夜中に突然帰ってきました。とうとう春休みのサークル&ライブ活動も全部中止になり、計画停電も始まったり、近所のスーパー何軒か歩いても食料を調達できなくなったりで、仕方なく帰ってきたそうです。地元は、震災の影響で予定を早めて帰ってきた友人が沢山いるようです。 我が家の近所も一時、ガソリンや灯油が売り切れになったり、10リッター制限になったりしていましたが、今日は回復しています。電圧の違う所で節電しても、すぐには力にならないようですが、我が家も節電のために弱暖房にしたり、玄関や廊下の電気を切っています。3月だというのに、このところ朝晩マイナス5℃以下の日が続き、被災地は、どんなに寒いことかと思います。まだまだ、救援物資が行き届かない避難所の方々の環境が、少しでも良くなりますように、お祈りするばかりです。そして、やっと冷却装置の動き出した原発が、早く安全な状態に冷えますように。被曝の危険と闘いながら、原発の作業をしている方達の安全を願います。
March 19, 2011
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驚き、心が痛みます。取り残された人々の救出も思うようにいかないし、行方不明者を捜すにも陸から行けない所ばかりなんて・・・避難している方々に水も食糧も足りない状況だし・・・余震は続くだろうし・・・ 朝、横浜の弟のお嫁さんからメールが来て、停電で一晩ロウソクで過ごしたけれど元気ですよ、とのこと。そして、弟も父も一度帰宅して仮眠して、また電気の復旧作業に向かったとのこと。東京都心部の揺れはすごかったのですね。友人のMちゃんからメールで、昨日会社で怖い揺れを経験して、電車が動かないので徒歩で帰ったら家の中に物が散乱していたとのこと。実家の母も、棚や箪笥の上から物が落ち、サッシの重い窓が左右に開いたり閉じたりするほど揺れたと言っていました。でも、でも、住む町や村が壊滅した東北の方々のことを思うと・・・
March 12, 2011
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皆さん、大丈夫ですか。東北地方は、寒い中での停電で、気の毒です。まだご家族の安否が確認できてない方々が、早く再会できますように。九段会館の事故はショックだ。叔母が美容師をしていたので、私は七五三も成人式も九段会館だった。たしか、新しくなったと思っていたけれど、改装しただけだったのか。私の子供の頃から、既に老朽化していたと思う。 我が家は、甲府にいたダ~から「皆、大丈夫か。」のメール。甲府は震度5で、信号も停電で高速も不通の中、下の道で帰宅。私の職場は震度3と小さかったけれど、横揺れが長く大きく感じた。訪問リハビリに同行中で、最初は、担当のおばあちゃんが、やけにふらつくと思ってしまった。自宅付近は震度4で、次男は高校が入試休みで家におり、三男は中学から帰宅。長男と東京の自宅に、なかなか連絡がつかなかったが、夕方、東京の母には普通電話が繋がり、自宅にいて棚の上の物が落ちてきたけれどテーブルの下に入ってしのいだそう。自治会長さんが高齢者世帯に安否確認に来てくれた、とのことで有り難い。父は、仕事で千葉の病院の電気系統の責任者をやっているのだが、停電でエレベーターに閉じこめられた人がいたり、自家発電に切り替えたりの作業に負われて帰れないらしい。ご老体なのに~。病院はICU等、電気が欠かせないから大変だ。横浜の弟が心配だが、電力会社勤務なので、こういう時はいつも復旧作業に負われて何日も帰れないはず。お嫁さんには携帯が繋がらない。さて、長男は・・・バンド活動が忙しいので横浜か町田にいるんじゃないかと思っていたら、案の定、先ほど夜遅くに公衆電話から、「今夜は電車が動いてないから、町田のライブハウスが泊めてくれるって。」との連絡。やれやれ。茨城(ひたちなか市)の姪は、車で安全な場所に避難しているらしい。ダの妹&一浪中の甥は、合格発表を見に上京していて、大阪に帰る新幹線の中に缶詰になったらしいけれど、なんと甥は、東大に合格していた。
March 11, 2011
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今日から3日間の研修。昨日の雪が解けて良かった~インフル三男の熱も下がったので、朝昼二食作ってやって早朝出かけた。会場に着いたら、同じグループの若いKくんが「熱が39℃で点滴してきた。」とのこと。あらら、休めば資格をもらえないので、無理してきたそう。他人事とは思えません。グループワークで彼と組むことが多く、どうか明後日まで私に染りませんように~と思ってしまった。一日中、グループワークで頭は飽和状態。それでも社会福祉士の私には専門用語も馴染みなのだが、グループの皆さんが「ラポールって何」「エンパワーメントって何」と訊いてくる。笑ってしまったのは皆が“ファシリテーター”を聴き取れなくて、「パシリエータ」だと思っていたこと。そういえばG・Wのファシリテーターさん達、講師のパシリをしているかのように走り回っていた。この研修で、私が学生の頃はなかった概念“ストレングス”がわかるようになった。日々、対象者のストレングスを引き出す関わりをしていることの確認もできて良かった。すごいなと思うのは、グループの皆さんは、私以外は介護福祉士さんかヘルパー資格なのに、事例研究を聴いていると、専門用語は知らなくても、きちんとラポールを形成しストレングスを引き出す関わりができているし、自分なりの言語化が上手にできている。さすが合格率20%の試験を受かってきた方達だと思う。Kくんに、再度の点滴を勧めたら、「貧乏だからできません。」とのこと。介護職は能力があっても、低賃金。自分も含めて、この分野が世の中から正当に評価されるように、心から願った。 明日は、ケアプランの作成技術の最終段階。ファシリテーターさん達のチェックに合格しないと帰れないらしい。。。
March 8, 2011
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タイトルは、反抗期の三男坊の口から出た言葉。しおらしい言葉を聞いたのは、何年ぶりだろう。。ホロッときた小学生の頃からの反抗期は、このところエスカレートしていたし。前日、担任からの電話で「お母さんの気持ちも考えるように、と話しました。」と聞いても、効き目ないだろうな、と思っていた。中学で授業中にマンガを読んだり、校内で先輩達にアメやガムをもらって食べていたのを見つかって、始末書を書かされた翌日。その始末書が、夜遅くまで書けなくて、案の定朝起きられず。わかっていたので、私は職場の上司に遅刻メールを入れて、本人を車で送ろうとした時に、言った言葉。「4月からは、私も新しい仕事だから、遅刻しないように協力して。」と答えた。 三男は、サッカー部の厳しい顧問と合わなくて、3月で部活を辞めることにした。小学校の頃から続けてきて、仲間も沢山いるサッカーを辞めるのはもったいない、とか、男の子だから中学時代はスポーツを続けてほしい、とか、帰宅部になって時間ができると悪さしそうだし、とか、親の私が思いきりがつかなかったのもあると思う。サッカー部を辞めたら、本人も楽になったようなのだ。そして、春休みに習いたがっていたギター教室を予約した。 担任の力も大きいと思う。若い男の先生で童顔で、優しいから三男坊が舐めてかかりそうだと思ったけれど、結構、根気強く諦めずに関わってくれる。何より感情的にならないのがいい。中学の先生もガミガミ叱る先生も多い中で、理性的だと思う。そして、親にもマメに連絡をくれる。「お母さん、頑張ったことや良いことの報告もして下さい。つい悪い面に注目しがちだけれど、ほめてやりたいので。」と言ってくれたので、今回のことも電話で報告した。そして、その日から熱を出した三男坊はインフルエンザだった。柄にもない言葉を口にしたのは熱のせいか~今週は、私はケアマネ研修の後半があって、出られないと資格もらえない来年、仕事ができなくなってしまうので、どうか、私にうつりませんように
March 6, 2011
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