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12年前に妻と出会ったところ、アロナビーチへ行きます。アロナビーチは、フィリピンのボホール州のパングラオ島にあります。20年くらいまえから少しずつ開発されてきました。12年前は本当は私はフィリピンのエルニドへ行きたかったのですが、エルニドへ行こうとしたが8月のフィリピンは雨季であることが行ってからわかった。雨季はエルニドへ行く道がふさがっており、またダイビング人口が少ない。急遽、雨季でもダイビングができるボホールのアロナビーチへ変更した。そのアロナビーチへ行ったとき、たまたま泊まったホテルのウェイトレスをしていた妻と結婚することになった。結婚後一年後に一度、そのホテルに泊まってダイビングをしたことがあり、今回は10年ぶりに行くことになる。とはいっても、フィリピンの常識のようなもので、私たちだけが勝手に行けない。必ず家族と一緒にいかなければならない。フィリピンの家族というのは、とても幅が広い。普段付き合いあるのは、三、四親等ぐらいまでだから、だいたい同じである。両親、兄弟、兄弟の子ども、おじさん、おばさんくらい。ときには、いとこ、いとこの子ども、いとこの夫や妻が加わる。フィリピンの言葉でも、いとこ(first degree cousin)、またいとこ(second degree cousin)ぐらいは親戚になる。というわけで、40人くらい乗れるバスをチャーターして出かけることになった。出かけるときは、親戚の家々を廻りピックアップしていく。最初に作った料理を持ち込み、ときどきお見せによって予約しておいた、豚の丸焼き(レチョン)やバーベキューにしたチキン、コーラーやスプライトの2Lビンを2ケース、サンミゲルのビールの大瓶を数本、コラプというラム酒も数本などもピックアップしていく。ピックアップするだけで1時間以上かかった。その後、パングラオ島に入って、Hinaganan Caveへ。小さな鍾乳洞だけど、みんな初めてのようだ。入場料は大人15ペソ、子ども5ペソ、全部で310ペソだった。日本円にしたら、全部でたった620円である。とても小さな鍾乳洞で、地面にある小さな穴をくぐったら、真っ暗であるが、小さな穴から日が差していた。奥に小さな地底湖がある。フィリピンの子どもたちがそこにジャンプして飛び込んでいた。そこからまたバスに乗って、アロナビーチへ向かうが、団体で入場するのを断られた。今晩は他の家族と別れて、ここで泊まるため先にチェックインさせてもらった。ホテルはAlona Kew White Beach Hotelという。家族4人が泊まれる、スイートルームで1泊4000ペソ。8000円である。たかーい。フィリピンの物価かからかけ離れている。私が昔泊まったときで、200ペソ。当時のペソで800円弱。同じクラスでも、3000円くらいだから、2倍以上になっている。後でレストランの価格をみたら、1.5倍くらいだった。日本に比べると安いものの、とうとうセブとの価格差はほとんどなくなったかもしれない。もうすぐこの島にはより大きな国際空港ができるという話がある。そうすると大きなホテルでき、小さなホテルやレストランも、セブのマクタン島のように増えていくだろう。そうして観光地化がすすめば来にくくなるかもしれない。また海の美しさも損なわれていく。観光地には黎明期、成長期、発達期、老衰期という企業の成長曲線のようなものがあり、いまここは成長期から発達期にさしかかろうとしている。私個人は黎明期だと不便すぎるので、成長期ぐらいにさしかかるぐらいがよい。チェックインして荷物を運んで、すぐにバスに戻った。バスに乗って他のビーチを探した。BBC Public Beachというところに行くことになった。BBCというのは、Bohol Beach Clubという、このあたりでは古く大手のリゾートホテルである。20年前ぐらいに開設された。その近くのビーチである。車が20台以上止まっていて、バイクやジープニーもある。フィリピン人がたくさん来ていた。今日は日曜日だからというのもあるが、海では水上バイクが1台走っていたりすると、フィリピン人の生活も徐々に変わってきた雰囲気がある。10年前と比べてレストランは1.5倍と書いたが、いろいろなものの値段も1.5倍になっているようだ。物価が上がってきたと同時に生活レベルも上がってきたのだろう。とはいっても、後述するがここの収入のレベルは低い。1日に200円ぐらいだ。ここのビーチもサンゴ礁によってできたところなので、白い砂のきれいなビーチである。遠浅になっていてとてもきれいだ。人は多くなってきているが、まだ沖縄の離島なみじゃないかな。フィリピン人はゴミをそのまま捨てているので、少しずつ汚くなっているのは残念だ。遠浅なので泳ぐほど深くはないので、子どもたちと遊んだ。ボールを投げあったり、ヒトデを集めたりしていた。浜辺ではテーブルや椅子をお金を払って借り、もってきたレチョンやその他食事などを並べた。私は豚のレチョンは脂ばっかりでおいしいとはおもわないが、何か祝いの席でフィリピン人はこのレチョンを食べるのを好む。豚の皮がおいしいというが、私にとっては大味すぎるのだが。他にもケチャップで味付けたスパゲティを持ち込んでいるが、これも茹ですぎていておいしいとは思えない。アメリカでスパゲティを食べたとき同様に茹で過ぎて柔らかくなりすぎていたので、その影響だろうか。適度に歯ごたえがあるのが良いとおもう。もう一つ、マカロニをマヨネーズやフルーツなどで和えたものがある。これは砂糖を加えて甘くなっている。個人的に甘いのは苦手なので、これは未だに食べない。フィリピン料理は沖縄料理と中華料理に魚醤を加えたようなものなので、日本人にはあうと思う。ただ時折、甘すぎたり、塩辛かったりするものがあるので、注意だ。実は明日のダイビングで使い捨てコンタクトレンズを使うので、そのテストも兼ねて海で遊んでいた。少々目の中に水が入っても、コンタクトはずれなかった。1日中使っても問題なかった。まあ明日のダイビングにも支障はないだろう。3時くらいになって引き上げることになった。バスに乗ってアロナビーチに寄って、降ろしてもらった。ホテルに荷物を置いて、ビーチを散歩する。ビーチの大きさは、300mぐらいであろうか。ホテルの数が若干増えており、ホテルに併設されているレストランの数も増えていた。小さなみやげ物売り場や旅行代理店があり、小さなインターネットカフェがあった。インターネットカフェにはDSLが敷かれているという。10年前は電話すらひかれていなくて、もちろん携帯電話もなかった。街とは無線で連絡を取り合っていた。古いホテルのいくつかは消えた。レストランも消えた。プラヤ・ブランカという妻と初めてデートしたレストランもなくなっていたのは少々残念だが、これも一つの時代が終わったんだろうな。Philippine Island Diverという日本人のダイバーがたくさんいた、ダイビングショップでお願いすることにした。ダイビングギア混みで、$45。10年前より1、2割値上げした感じだが、2ダイブなので安いものだ。明日はバリカサグへ行くという。ここも12年前に8ダイブして、10年前に2ダイブした懐かしいポイントである。驚いたのは、お金の支払いにクレジットカードを使うことができるが、6%余分にとるという。ホテルでもそうだった。なぜ日本人がたくさんいるところを選んだかは、日本人でなくても良かったのだが、他のダイブショップはあまりダイバーがいなかったからである。この時期のせいか、ダイビングショップが増えすぎたせいか、少ない。お盆のときはもう少しお客が増えると思うが、逆に他の地域からの客は減るかもしれない、しばらくいないとわからない。ホテルについての話題は明日に譲るが、夜はこのホテルにきれいなプールができていたので、そこで泳いだ。夜に泳ぐのは本当に気持ちが良い。
2005.07.31
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午前中は近くのショッピングモールへ行った。Island Shopping Mallという、大きなショッピングモールが歩いて10分ぐらいのところにある。フィリピンはどこでもショッピングモールに入るときには、空港と同じようなチェックがある。拳銃や爆弾などを持ち込まないようにするためであろうか?フィリピンはどのショッピングモールへ行っても、このようなチェックがあるが、昔タイへ行ったときはなかった。ブログをアップするためのインターネットカフェはある。日本語や中国語など多言語に対応しているようだ。使用料は会員が0.5ペソ/分、非会員が0.58ペソ/分。およそ1ペソ2円だから、1分1円、1時間60円ぐらいとなる。残念ながら、持ってきたノートパソコンをLANにつなげることはできないので、USBメモリーなどでデータを移さなくてはいけない。たぶん持参したデジカメ経由でアップすることになりそうだ。(後述、インターネットカフェのキーロガーというのが怖いので、アップするのはやめにしました。キーロガーというのは、PCに押されたキーの記録をとる常駐プログラムです。インターネットカフェのPCをシステムレベルで自由に触れない以上、ちょっと不安です。パスワードなどを盗まれてしまっては元も子もないですから。)このショッピングモールに限らず、多くのショッピングモールなどは中国系フィリピン人の所有である。東南アジアの国の多くは、中国系(華僑)の人によって経済を握られている。現地の人はそれについて揶揄する人も妬む人も多い。インドネシアでは中国系ということを隠して生活している人もいるぐらいだ。ことフィリピンでは、サリサリ(ごちゃまぜ)的なところがあり、中国系だとか、スペイン系だとか、民族による差別は少ない。もともと複数のマレー系の混血が進み、そこにスペイン系の混血が進んでいる。スペイン系の血が入っていて、肌が白かったりして、それを好むことがあるぐらいだ。フィリピンに来てびっくりしたのは、だれもが携帯電話を持ち始めたことだ。高校生から持ち始めているし、トライシクルの運転手も持っている。小学生の姪も携帯が欲しいので貯金しているそうだ。携帯は世界中で魅力的な商品なんだと思った。あちこちで携帯を覗いているのは日本とまったく変わりない。日本と違うのは、携帯が3世代前ぐらいで洗練されていなくて、少し大きめである。料金もプリペイドカードが普通である。SMSというメールは料金が安いので、それを使うのが多いのは、日本と同じかな。午後は、家の近くのバスターミナルから、妻の実家行きのジープニーに乗る。バスターミナルまで5分ぐらいなのに、暑いからトライシクルに乗っていく。トライシクルというのは、バイクにサイドカーをつけて、さらに屋根をつけたものだ。このトライシクルというのは、場所によって形状が異なる。パラワンとボホール、そしてセブでは形状が異なっていた。妻の実家では、後日触れるがおじさんの回忌の祈りを行った。妻の家ができるまでは、実家に泊まっていた。それも、私たちがお金を送って建て増しをした。しかし、蚊が多かったり、泥などで汚かったり、ちょっと嫌なんだが。当時はよくすごしたと思う。
2005.07.30
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昨夜、録画しておいた番組を見て2時過ぎまで起きていましたが、翌朝5時半ぐらいに目が覚めました。毎日、睡眠を十分にとらずに過ごしていて、そのうち疲れるとぐたぁと眠りこけてしまう日々を過ごしています。この数ヶ月は新しいことの連続で、これまでの数年を過ごしたような感じです。朝食をとり、身の回りの準備をして、母に朝倉駅まで車で送ってもらいました。朝倉駅から中部国際空港まで、特急で20分ほどです。あっという間に着きました。前回までは関西国際空港や旧名古屋空港を利用していました。そのときは荷物が非常に重いし、子どもも小さくある意味荷物のようだったので、前日までに宅配便を使って空港へ送っていました。2、3日前に1つにつき2000円強の代金で、荷物を空港で受け取ることができます。空港便といいます。今回は朝倉駅まで行ってしまえば、エレベーターで駅のホームへ向かうことができ、中部国際空港へ降りたときからカートで荷物を運ぶことができますから、楽です。9時半にフィリピン航空で、中部国際空港からマニラへ向かいます。旅行カウンターで、航空券を受け取って、チェックインしました。国際線はetourというイインターネット販売で格安航空券を手に入れました。とても安かったです。実は最終目的地は、フィリピンのマニラではなくボホールです。セブから船で2時間ほどの島です。そこにも空港があり、現在はマニラから毎日1~2便直行便があります。時間を調べて見ると接続がよくなって、1日でボホールへ行くことができるようになりました。妻と出会った12年前は、マニラから1日1便50人乗りのプロペラ機フォッカー50とセブから1日1便で同じ飛行機が飛んでいました。セブからは30分かからないほどの近距離で、飛んですぐ着陸するようなところです。それからフィリピン航空が一度倒産して、マニラとセブからの直行便がなくなります。ときおなじくして、セブから高速船が就航し、セブ港から2時間弱でボホールの州都タグビラランへいくことができるようになりました。ただ、セブの空港はマクタン島にあり、そこから港まではタクシーで1時間ぐらいかかります。そのときはセブに着くのは日没頃で、セブに一泊して翌朝船に乗るというスケジュールを組まざるを得ません。その後、Asian Spiritsという小さな航空会社がマニラからタグビラランへ飛行機を飛ばしますが、マニラの空港のターミナルが別のところにあり不便で、結局セブ経由で船を使って行っていました。今回は9時半に中部国際空港を発ち、マニラに現地時間で12時10分ぐらいで着きます。そして午後3時にマニラを発ち、午後4時10分にタグビラランへ着くというスケジュールです。なぜ妻の家があるタグビラランに空港があるかといえば、ボホールはフィリピンでも有数の観光地だからです。セブにはない美しい海と、チョコレートヒルズという世界中でここしかない山があります。他にも多くの自然が残されています。将来その海に近いところに、新空港がつくられる計画があるそうです。そうなると、海が汚れてくるかもしれませんが。話は戻りますが、今回の国際線はeTourで購入しましたが、マニラからタグビラランの国内線はフィリピン航空のHPから購入しました。当初申し込んだ、IACEトラベルという旅行代理店では国内線の予約もしたのですが、高い料金だったのです。それだったら、直接購入した方がやすいじゃないかとクレームを出したら、調べてみますといわれて1ヶ月ぐらいなしのつぶて。IACEトラベルは過去何度か利用してとてもよかったのですが、どうしんだろうね。その後、eTourという会社の格安航空券の方が若干安く、実績もありそうだったので、こちらで申し込みました。国内線の方は、一律1万円という返事を貰いました。その一律1万円という返事が安易に感じられたのでやばさを感じまして、国内線を別に用意したのです。フィリピン航空はインターネットで航空券を直接購入できます。航空券の受け取りは空港でもできますよと、書いてあったと思いましたができませんでした。マニラ空港で受け取ることになりました。料金はおおよそ\48,000.-ぐらいでした。いまになって思えば、一律1万円、4人で4万円の方が良かったと思います。ホームページでは空港でそのHPから購入した航空券を入手できると書いてありましたが、フィリピンへ行かないと入手できないということが、空港でわかりました。そのため、マニラに着いた後、荷物を持って、空港にあるチケットカウンターへ行くことになりました。同じ建物ですが、エアコンのあるビルから一度出て3階に行くことになりました。そこで渡された待ち番号が335番。いまの番号は257番。えっー、こんなに待っていたら、飛行機に間に合わないよ~。それについてクレームをいうと、EXPRESS LANEがあるから、そこで立って待てという。確かにありました。待っている人が7名ぐらいいました。しかし、EXPRESS LANEのカウンターには人がいません。マニラに着いてから、パスポートコントロール、荷物を受け取り税関を通ってきていますから、1時頃です。あと2時間で大丈夫かなと少し不安です。10分ほどすると受付の人と思しき人ががたくさん出てきました。ひょっとしたら休憩をとっていたかもしれません。そこの中の人がEXPRESS LANEに並んでいる人を一人ずつ呼び出しました。みていると、テキパキ動きながら仕事しています。それから10分かからずして私の番になりました。あらかじめHPから印刷しておいた予約表とパスポートそしてクレジットカードを見せると、一度奥へ引っ込んですぐに戻ってきました。航空券を取りに行っていたようです。EXPRESS LANEでの私の後ろに並んでいた、シンガポール人が英語で話しているのを聞いていました。EXPRESS LANEなのに人がいないや。CASHER(支払いカウンター)で受付の仕事をしている。フィリピン流は困ったものだといっていました。(フィリピンに来て少しずつ英語を取り戻しています)でも、担当の女性がテキパキしているのをみて、個人レベルではけっこうやるじゃんと思います。フィリピンはASEANのお荷物とも言われます。汚職や袖の下がまかりとおって、組織としては腐敗しているところが多いです。ただ12年前に初めてフィリピンに来た頃は、税関が袖の下を要求したり、なにかにつけてチップを要求したりした頃に比べると、少しずつですが良くなってきています。そして個人レベルではやり手のひとをみると、嬉しく思います。その後、タグビララン行きの飛行機は30分遅れで飛び立ち、1時間ほどでボホールのタグビラランに着きました。飛行機は古くなったB-737です。半分くらいの席が埋まっていました。空港では妻の親族が20人くらい待っていてくれました。空港でバンを2台チャーターして、妻の家に向かいました。後で紹介しますが、妻はフィリピンにどうしても家を持ちたいという夢があり、6年ほど前に、およそ300万円くらいで家を建てました。場所は新しい市の中心部に近く、ショッピングモールやバスターミナルも歩いていけるところにあります。自分がいま住んでいないし、この家は妻の妹夫婦に無料で住まわせているのでもったいない気がします。日本にある私のマンションよりも立派で広いのですから...妻の家では親族一同から歓待を受けました。3年ぶりに帰ってきましたが、何も変わっていません。子どもたちは成長して、大人たちは老けた。いろいろあった3年でしょうね。妻の家族は他のフィリピン人と比べても美男美女が多い(全員とはいいません)ので、女の子はほんとうにかわいくなっています。男の子もハンサムになっていますね。夕食はみんなで食べました。フィリピンの食事で何がおいしいかといえば、チキンです。名古屋コーチンよりもおいしいと思います。ただ、にわとりを木炭で丸焼きにしたものですが、鶏肉自体の味があり、日本で食べるものと全然違います。私は毎日のようにチキンばっかり食べていました。フィリピンに来たら、一度チキンを試してみてください。その後、妻は母や兄弟たちと積もる話を語らい、娘や息子はフィリピンのいとこと楽しく遊んでいました。わたしはこのブログを書き始めたところで、疲れて眠ってしまいました。いまは目が覚めて、深夜の3時過ぎに書いています。なぜかフィリピンでの予定表を妻が作っていて、フィリピンでもスケジュールが埋まっていて忙しいです。(^^;明日は妻のおじさんの墓参りに、妻のお母さんの家に行く予定です。
2005.07.29
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明日7/29より8/9までフィリピンへ行ってきます。仕事もどうにか終わりました。(*'-')//”パチパチ☆今日は息子を病院へ連れて行くこと以外は、おとなしく家におりました。3年ぶりのフィリピンです。妻は家族に会えるのを楽しみに、こどもは単純に出かけることを楽しみにしています。私はこんな時期に休んじゃってもいいのかなと思いつつ、気分転換できるかもと期待しています。ノートパソコンを持っていって、もし可能ならば現地のインターネットカフェでブログの更新をしたいと思います。フィリピンの田舎は、通信事情は悪いからね。フィリピンだから壊れたり、盗まれたりするかもしれませんが、古いノートパソコンなので、そのときは諦めて新しいのを買います!というわけでブログはしばらくお休みになるかもしれませんが、すみません。妻の田舎はフィリピンのボホールです。ボホールは海のきれいなところです。今回はダイビングにもトライしますので、写真をお見せできるかもしれません。そこは妻と12年前に出会ったところです。楽しみにしています。(@⌒-⌒)ノ~~じゃーねっ♪
2005.07.28
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ふぅ、やっと開発が99.5%まできました。ソフト全体の量からいうと、90%は比較的早い時期に到達したが、それからが時間的には半分以上を占めることになります。ことわざにも99%ほど来てから、半分来たと考えろというのがあったが、そんな感じです。実は単独でソフトウェア開発を受注したのは初めてで、それまでは会社で受けたり、自社ソフトウェアを作っていたりしました。その経験の足りなさでこんなことになったかもしれません。開発システムは登録されたユーザーと会社の間で行う受発注のシステムで、私は管理画面を任されました。儀中的には、Webインターフェースで言語はPHPとテンプレートエンジンのSmarty、DBはPostgreSQL 8を使用しています。Webシステムなので、環境は簡単に用意できるし、場所を問わずにできるというところがあります。最初の打ち合わせは6月10日でした。設計書を渡されて当初は楽勝と思っていました。技術的な課題は最初の2週間でクリアしたので、あとは機能的なことを補足的に追加していけばよい。管理画面は社内で使うので、そんなに複雑なものではないだろうと思っていました。そして先方から提示された金額で十分だろうと思い、金額的にも納期的にも了承しました。ぱーっと早く仕上げて、後は楽ができる。1ヶ月かかるところを3週間で仕上げて、もっと急げば2週間で仕上げて、同じ仕事を2つもつことが可能かなと楽観的に思っていました。ところが90%ぐらいコーディングが済んだ所で、テスト仕様書が送られてきました。6/22でした。テストデータがまだありません。自分で勝手にデータを作って、それに対して動くかどうか確認していました。そしてテスト仕様書の内容は、最初の設計書に含まれていないものもあります。えっ、それは追加仕様じゃないの?金額を決めた後に、、、、追加仕様が、予算内に納まりそうかどうか、テストしながら考えていました。想定外の仕様だと報告したのが、6/30です。それから7/8に打ち合わせをして、「仕様が追加されていて当初より工数が半月分増えている。それを考慮して欲しい。」と伝えました。お金の話をメールでするのは控えたかったので、1週間ほど伸びてしまいました。冷たい対応だったので、「いっそ納品はなしで、お金ももらわない」という選択肢も考えました。しかし、双方にとってマイナスのことは非建設的なのでしたくはありません。それに、お客さまにとっては時間の損失なので、逆にペナルティを課されることもあります。その話があってからも、追加仕様やらなんやら設計の変更などもあっておりますが、ある意味で勉強代だと思って割り切っています。それからもお金のことはやりとりがあって、いまだに決着はついていません。プロジェクトには旧友が入っておりますので、納得にいく結果をもたらしてくれると信じています。いろいろあって、あるところは仕様追加し、修正し、仕様から外されました。とりあえずこの日記の翌日になりますが、旅行1日前にとりあえず納品ということになりました。いまはとりあえず終わって、ホッとしています。打ち合わせ2回と、メールなどでのやりとりに、お客さんはギブアップしまいました。私は発注側として慣れていましたが、受注側の立場としては初めてです。受注側にとっての気持ちも理解できました。双方ともなれていないと難しいですね、やはり顔をつき合わせていた方が良いみたいです。言葉できちんと伝えるのは難しいです。メールですと、受信側の感情で読んでしまいます。私もある人から貰ったメールを読んでかぁーっと怒ったことがありますが、後になって冷静に読んでみると怒るような内容ではなかったんですね。言葉の背景を知っておくことが大事です。メールを送るときでも受け取る側でも、言葉をとり間違えたりして、文章が完璧なわけではありません。--------------------------------------------------------------------発注者側でも、自分の意図しているようにやってくれていないと憤懣を感じていたと思います。自分の意図が最終目的だと。しかし、これは相手に伝えるのは非常に難しいところです。私も発注者側にまわったときがあります。今回とは性格が異なりまして、仕様がきちんと確定したわけではありませんでした。ある程度の自由度があり、一番良い方法でやってもらえばよいという方法です。ただこれだけは避けて欲しい、これだけは抑えて欲しいという点だけを指示しました。私はあれもこれも細かく注意して、地雷のところだけをたくさん教えていたのでは、開発に関しての自由な発想がそがれると思ったからです。長所を誉めずに、短所だけを指摘すれば、人は成長しません。同様に、ソフト開発も自由に本人の納得のいくところでやってもらえればと思います。それが結局は、商業的な成功を勝ち取ると思います。間違っているかな?----------------------------------------------------------------------今回も最終的には守備側に回ってしまったと思います。もし余裕があれば、Ajax的な実装もできたと思います。そうすると、検索ボタンを押さずして逐次に結果が反映されて、使っていても楽しいシステムになったのではと思います。本当に時間が余ったら、自分のリスクでそういうことをしようと思っていました。友人からは今回の仕事の進め方で貴重な意見をいただきました。・最初に取り組んで見て、それから予定工数でいけるかどうか早めに検証をとる・仕様書、設計書に不備があるとき、矛盾点があるときは、指摘する・仕様追加して複雑な実装になっても、発注者は受注者の責任と思う今回の教訓としては、以下のような感じです。・安易に受注するとはいわない。受注した瞬間から、納期に間に合わないとペナルティになりうるし、工数増加になりうる。発注の内容をすべて確認するまで、明確な返答はしない。・発注者側はお金を払うので立場が強い。お金はいらないといっても、一度受けたのを途中で投げ出すことは、評判の問題でいいづらい。発注の内容よりも、発注を投げ出したということが一人歩きするので。・発注内容をすべて納得するまで、受注しない。設計書が完備されていなければ、要求するし、なければ自分でつくる。その設計書作成の時間と労力は、お客に請求するぐらいのことをする。・短すぎる期間は注意する。検討するだけで2週間、1ヶ月くらいすぐに経ってしまう。継続の仕事は可能だが、新規のときは注意する。お互いの背景や考え方などの理解を双方に得る時間が必要。・途中での追加開発は気をつける。場合によってはすべて作り直しになります。機能を少し追加した場合でも、全面的に作り直しになり、テストを最初からやることもあります。一度バグをつぶしても、不注意から再浮上をすることがあります。一度完成してから、機能追加しましょう。その苦労を発注側はたいしたことはないと考えるかもしれませんが、とても大変です。・一人でやっていると、ケアレスミスが多い。つまらないミスをする。直したはずなのに直したと思ったり、つい単純作業をしわすれることがある。根をつめてやっていて疲れると、ケアレスミスが増えます。・同じ職場で働かないときは、上記のことがもっと成熟していないといけない。幸いにも今回のトラブルは、自分が働いた分が一部受け取れないというところにすみました。これが他の人を雇っていると、お金はマイナスとなり、仕事をしたぶんだけ損をするということにもなりかねません。受注ソフトウェア開発は建築やリフォームとは異なり、手法や手段、納品物はある程度の決まった枠がありません。しかし瑕疵責任がありますし、納品後のトラブルもありえます。ある意味、リフォームなどのトラブルが参考になることがあります。誠意をもってきちんと納品して、お客さまに満足してもらおうという気持ちでやっておりますが、それでもトラブルが発生しうるんだなと思いました。
2005.07.27
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午前中は職業安定所へ行き、午後は「起業の学校」のカウンセリングを受ける。ふぅ、夜12時すぎに大阪から戻ってきたのに、忙しいなぁ。結婚してそして子どもができたら、自分の時間ってないのね。動物や虫を見てもそう。子どもを産んで育てるために、生きているのよ。起業の学校のカウンセリングは、起業支援ネットの事務所で行われました。http://www.npo-kigyo.net/中村区のほぼ真中にある事務所は、名古屋駅から歩いて25分のところでした。意外に近いじゃん。道もまっすぐ西へ向かうだけなので、わかりやすいです。台風が近づいているけど、小雨だったので助かりました。担当のS先生と話合う時間は、1時間。学校の講義の感想と自分の進捗状況について聞かれました。その後、経営理念と現状把握の再確認です。経営理念http://solisart.com/index.cgi?page=%CD%FD%C7%B0%B7%C1%C0%AE現状把握http://solisart.com/index.cgi?page=%B8%BD%BE%F5%C7%C4%B0%AEwemaというシステムを使っています。私の場合はすでに起業を手がけようとしている段階で近視眼がちになるので、遠くを見たほうが良いとのことでした。ムシの目、鷹の目の話ですよね。なかなか難しいことですが、この学校へ行くという機会がありますので、果敢にやってみようと思います。起業の学校がこれから後半に入るにあたって、これからどうなるんだろうという思いがあります。この生徒のうち、何人が起業するのか?成功するのか?分野がそれぞれ違うのだから、いっしょにやることもないでしょうし、競合することもありません。それが少しさびしい気がします。帰りにビックカメラのコンタクトレンズに立ち寄りました。目の検査が必要ですね。当たり前といえば当たり前ですが、2240円でした。そして、使い捨てのボシュロム メダリストワンデーを1ヶ月分買いました。こちらは左右1ヶ月分で、4100円ほどでした。結婚前まではこれでも少しでも良く見せようと、衣類や見せ方に気を使っていました。結婚後は、まあいいか、どうせ浮気も禁止されているので...と全然気にしなくなりました。それでコンタクトレンズをやめて、ずっと10年間眼鏡をはめています。コンピューターのモニターを見つづけるという仕事をしていますので、やはり眼鏡の方が楽かなと思います。LASIKという近視手術も考えましたが、仕事の都合で近くを見ることが多いし、今後の老眼のこともあるので、リスクはとらないことにして手術はやめました。連日夜遅くまでパソコンに向かっておりますし、このところ疲れ気味なので、目が充血していると言われました。毎日のコンタクトの着用は無理があるかもしれないと言われました。なんでコンタクトレンズを買ったかといえば、ダイビングするためです。裸眼でも0.1以上ありますので、車を運転するのは怖いけれど、普段の生活には困りません。でもどうせ海に潜るならば、きれいな海をみたいじゃないですか。だけど、実際はきれいな海でも20m先はあまり見えないから、あんまりかわらないかもしれないね。ダイビング中のコンタクトレンズの是非については、以下に詳しく載っています。コンタクトになれた人ならば、ソフトコンタクト(できれば使い捨て)ならば可能だそうです。http://www.kadoya.to/thinktank/eyes.htm久しぶりにダイビングするのでなんともいえませんが、ダイビングのおかげで落ち着きが増して動じなくなりました。また真夜中に目をつぶって海を漂うのが、なんともいえず好きな性分なので、たぶん大丈夫でしょう。でも、コンタクトをしてみると、あらためてメガネをつけた場合世の中をフィルターをかけてみているような気がしました。
2005.07.26
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(写真は池乃めだかさんとの2ショットをお見せしたいところですが、プロの方なのでお見せできません。娘の姿でご勘弁を。)ネットチャンネルKYOの計らいで、吉本新喜劇を見に行きました。番組に「ホルモン女学院」らたくさん出演されているので、吉本の関係者のIさんが席を確保してくださいました。おかげで前から4番目の席で見ることができました。(関係者とはいっても、ちゃんとお金は払ったヨ)月曜日の朝11時からですが、夏休みのせいか子どももたくさんいて、満員でした。ライブでみるのは、迫力が全然違いますね。子どものときから吉本新喜劇を見ていますが、初めて舞台をみました。最初の漫才や落語は有名な人やそうでない人もおりましたが、たぶんここに出られるのは一流ですよね。いろいろなタイプの芸人がいるんだなと思いました。娘は「いつ(漫才)終わるの?いつあれ(新喜劇)やるの」と待ち遠しくしています。子どもにとっては、ことばのやりとりはよくわからないので、ドラマ性のある喜劇の方が楽しいんでしょう。もちろんどの漫才師も落語かも笑いを取ってましたよ。それぞれ10分間のステージで、どうお客さんを喜ばせるか、それぞれの個性がありました。他とは違う自分流のやり方(芸)を突き詰めて、やっていました。おそらくプロの仕事は、お客に流されず、自分流を形作ることだと思います。出演していたのは、記憶が定かでないが以下の順番だと思います。ビッキーズ$10(テンダラー)シャンプーハット桂 小枝大木こだまひびきクリスティアン・クリストフ中田カウス・ボタンザ・ぼんち桂文珍その後、休憩が少しあって、吉本新喜劇です。始まると娘は目をぎらぎらさせて、興奮しっぱなしでした。私はここまで見ると疲れて、うとうととしてしまいました。|||||/( ̄ロ ̄;)\||||||| まじ~~?テレビで見た方が、舞台は広くみえるものですね。その後、Iさんの計らいで舞台裏に連れて行ってもらいました。娘は何のことかわからず、、、キョトンとしていました。「そんな奴おらんだろ~」「チッチキチー」の大木こだまさんがソファでごろっとしていました。あと吉本新喜劇の辻本さん、池乃めだかさんらと娘と写真を撮ってもらいました。お疲れのところ、ほんと素人ですみません。写真つきのサイン色紙もたくさんの芸人の方からいただくことができました。それも、娘と息子に一枚ずつ。この場で申し訳ないのですが、本当によくしてもらいました。親として感謝します。私個人は、誰と会ってもどんなことを体験しても、無感動で平気になってしまいました。かつてピラミッドを見て、「なんだこんなものか~」と感じてからです。人間としてどうかと思うので、なんとかしなきゃ。その後吉本新喜劇地下の博物館は、関係者ということで無料で入れてもらいました。入り口で撮った写真を1000円で買ったのは、せめてものお礼です(いつもは買わないんですが)。その後、ネットチャンネルKYOで、天神祭りのパーティがありました。娘を連れて行くと、みんなから「かわいい~」と言ってもらいました。というわけで、娘を連れまわしてデビューさせた1日です。僕はどうなってもいいから、娘と息子を無事に成長させたい、あっ、しっかりお父さんしてる。
2005.07.25
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大阪での番組収録と天神祭りを兼ねて、大阪へ来ました。娘と2人だけで、近鉄特急にのって大阪へ来ました。大阪の鶴橋へ着いたら昼食の時間、どうしようかなと思い鶴橋駅の周りを歩きました。前のブログに書いたとおり、ここは焼肉屋さんが多い韓国人街です。せっかくの大阪なので、焼肉屋さんのランチを2人で食べました。娘は焼肉が好きなので、焼肉定食を2人分。ちょっと残念でしたが、肉は既に焼かれていました。でもおいしかった。娘は一緒についてきた4種類のキムチは食べれなかったので、ちょっと失敗したかな....その後は、娘の希望で大阪城へ。JRで大阪城公園口まで行き、そこから大阪城の天守閣まで歩きます。結構遠いねぇ。おまけにムゥと暑い。この日ばかりは名古屋より暑かったです。体感温度は35度。駅から20分ぐらい歩いてやっと、天守閣に着きました。入場料は大人600円、中学生以下無料でした。中に入るとエアコンの風がふわぁっと入ってきて、とても気持ちが良かったです。もうそれだけで生きるここちがしました。大阪城の中は博物館になっていますが、秀吉の一生のビデオとジオラマをあわせたものがあったり、夏の陣の屏風についての説明の映画があったりして、結構良かったです。昔行ったことのある名古屋城よりもずっとよかったです。この歳になって、娘のおかげで初めて大阪城に入ることができました。大阪城から収録するスタジオまで、歩いて1時間ちょっとのところです。ちょうど天神祭りのある天満宮が途中にあるので、ええいちょっと遠いけど歩いて行っちゃえというつもりで行きました。かつて放浪をしていた私は平気ですが、娘がいるので心配です。「疲れたら途中で休むから言うんだよ」といいつつ、テクテク歩いていきました。しかし、暑い!途中で後悔しましたが、天満橋あたりに来ると、夜店が出ていてお祭りの雰囲気がありました。歩いていると楽しいので、そのまま天満宮まで行ってしまいました。天満宮の中は人がいっぱいで、残念ながら入ることができませんでした。外からは、祭りの山車を出す前の行事をしている様子が垣間見れました。祭りは雰囲気だけ味わって、少し早いけれどスタジオへ行きました。サイラボの収録2本を撮った後は、娘を許さんとかおりさんにかわいがってもらいいました。ありがとうございました。
2005.07.24
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本日は「起業の学校」の授業日。ずっと待ち遠しく思っていた、先輩企業の訪問の日です。かつて人と会って話すのが苦手だったんですが、歳をとったのかな、いつの間にか人と会うことが平気というよりも楽しくなってしまいました。そして、いまは起業で苦労されている(失礼 m(._.*)m )会社の社長の話がためになります。経験をしてみないと、社長ご自身の経験は身につかないけれど、なんとなく自分が経験したように感じて、二度と間違いを起こさないぞという気持ちになります。訪問した会社は次の2社でした。有限会社フェアウィンドの堀江社長私の起業のしかたによっては、フェアウィンドと同じような会社になるかもしれないので、興味をもってお話を聞いておりました。やさしくかわいい感じのする女性社長ですが、肝が据わったところのあります。システム開発会社を立ち上げて、いろいろな苦労をしながら5年目になりました。社員を20名近く抱えていらっしゃいます。会社の年表を前夜に手作りでつくって、説明してくれました。パワーポイントで書いて、A4で48枚ぐらいに印刷し、それをセロハンテープで貼り付けた力作です。技術力もさることながら、やはり人柄が一番大事なんだなと思いました。「起業の学校」の前身の7年ほど前に行われた「女性のための企業家講座」に参加された生徒だったそうですが、いまだに当時学んだことが役立っているそうです。学びつづけているそうです。その姿勢が企業を継続させているのではないかと思います。イーエム総合ネットの宮澤社長私の父と同年齢で波乱万丈の生涯を送ってきた人である。イーエム(EM)とは、Effective Micro-organismの略で有用微生物のことです。納豆やヨーグルト、お酒などは、微生物の力を借りてつくっています。その微生物の中で人間にとってよいモノを集めて、いろいろ応用しています。農産物にEMを含めた土壌を用意すると、抗酸化性をもった農産物になり、品質がよくなるそうです。EMと農産物が共存して、農産物本来の生きる力が増進したのではないかと思います。またヘドロ化した土壌に混ぜたり、EM土壌をセラミック状にしたものを入れると、だんだんとカワモが増え、ヘドロはなくなり、土壌の性質がよくなるそうです。しかも、ヘドロ化した土壌を土木技術で取り除こうとすると10億円かかるところが、1000万円ほどですむそうです。実績はあるようなのですが、なんとなく怪しさを感じてしまいました。科学的な話や船井総研の話を聞くと、、、、、同行した土木の勉強をしている青龍さんが、ずっと笑っていました。EMでつくった魚沼産のこしひかり1kgとみかんをいただき、そしてきゅうりを買って食べましたが、とてもおいしかったです。その後場所を変えて、中部経済連合会の近藤代表らの話を聞きました。近藤代表の話には圧倒されましたが、ご自身の経験を踏まえて、有益なことをまとめて話してくれました。・アイディアは特許で守れ・IT関連はアイディアは簡単に盗まれるから、リリースするまでは漏らすな・話だけの営業の持ちかけは何もしないから、注意しろ・少なくとも1年は収入がなくても生きていけるようにしろなどなどです。開発がうまくいったり、行き詰まったら、相談にお伺いしようと思います
2005.07.23
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むかーし、むかーし、バブルの頃、スクーバダイビングをしていました。この写真は、10年前までダイビングをしていた道具(ギア)です。妻と出会ったきっかけも、このダイビングが縁でした。しかし妻と会ってからは、フィリピンのエルニドへ行ったときと妻と出会ったボホールのアロナビーチでダイビングをしたのが最後です。来週フィリピンへ行く(帰省する)のですが、そのときに久しぶりにダイビングをしようと思って昔のギアを開けました。錆びているし、汐が吹き出ているし、もうだめでした。10年経つとダメなのね。それよりもマスクがぼろぼろです。私は近視なので、度つきのマスクだったのですが、どうしようかな?ダイビングできそうにないなぁ。名古屋へ出かけて使い捨てのコンタクトレンズでも買ってこようかな?ダイビングを本格的にやるととても高いです。ライセンス取得で10万円。ダイビング一回(一本といいます)潜ると、1万円ぐらい。たいてい都心から離れたリゾート地で、潜ることになります。そのためそこまで旅行する費用で、交通費(飛行機代)や宿泊代なんてすると、高いと言われているゴルフよりも高いかもしれません。でも時間に余裕があれば、それを安く上げることもできます。私がダイビングのライセンスを取ったのは、1990年に大学を卒業したときの卒業旅行でオーストラリアへ行ったときでした。学生時代は勉強と貧乏旅行に明け暮れていたのですが、幸運にもバイトで200万ぐらいかせいだ後は株で増やすことができたので、卒業旅行も60万ぐらい使うことできました。オーストラリアのケアンズで、PADIのライセンス(正確には認可された資格ではないので、Certificateといいます)をとりました。その当時でも安かったです。安いんで一気に、いろいろダイビングをしてしまいました。まず最初のオープンウォーターコースですが、2泊3日付きのダイビングボート代、レンタル代込みで、3万円ほどでした。最初の3日間、座学とプール実習です。幸いワーキングホリデーで来ている日本人の方が講師になったので、日本語で授業を受けることができました。その後の3日間は、ダイビングボートで沖に出て、泊まりながら実習です。ボート代もダイビング機材代も、食事代も全部ついて3万円、当時としても安かったです。まるまる全部でライセンス発行料も含んでいます。初日に3本、2日目に4本、3日目に3本潜りました。4回潜れば実習が終わり、オープンウォーターを認定してもらえます。たいてい、午前中に2本、午後1本、夜1本です。ナイトダイブって最初は怖かったんですが、実はとりこになってしまいました。真っ暗な墨汁みたいな海の中で無重力状態で浮かぶのは、ほんとナチュラルハイですよ。続いて、アドバンスコースも取りました。こちらは、ダイビングボートだけの3日間で、同じ3万円ほどでした。オープンウォーターほどお徳ではありませんが、ボートの3日間は込みこみでした。アドバンスコースは、ナイトダイブや40mほどのディープダイブを学びます。とても楽しかったです。次に、レスキューダイブコース、そしてダイブマスターコースと進む予定でしたが、ダイビングの技術を学ぶ学校のコースのようなもので、おもしろみがなくなってきました。料金も前者は3万円、後者は10万円ぐらになりますが、その道に進むわけではないのでやめました。同じ海しか潜らないしね。そこで、3泊4日の倍の6万円払ってのボートツアーに申し込みました。ケアンズから豪華なダイビングボートで行きました。そこは、ニムロッドという豪華なカタマランボートに乗って「コッドホール」へ行きました。次は、タウンズビルという街へ移り、そこからヨンガラレックへのボートツアーです。本当にバブリーにお金を使っていました。ヨンガラレックというのは、19世紀にヨンガラ号という船が海底に座礁したのですが、それを比較的最近1960年代頃に発見されました。その船へ中を探検するダイビングです。潮の流れが速くて、結構大変でした。また機会あるときに、この話をしましょう。このダイビングギアは、燃えないごみになりました。また過去を捨てました。もっと早く捨てればよかったのにと後悔です。(今回もう一度フィリピンでダイビングしてこようと思います)
2005.07.22
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この数ヶ月「食べて行かなくちゃいけない」という言葉をよく耳にする。いろいろな会合で人が話すときにこのフレーズが耳にひっかかり、テレビなどでも気になっている。認知心理学的には、自分にとって関心のある情報を選んで取り込んでいるそうだ。自分が気になる情報だけを無意識的に選別して、それ以外のものを切り捨てているといわれる。たぶん、私がこの言葉をよく聞くと思うのは、そんな選別をしているからであり、自分がそういう環境によく接しているのではないかとも思う。これは、仕事を辞めて独立するかどうかのときに、「起業の学校」というのに参加して、「起業の学校」自身がコミュニティビジネスの起業を支援する組織でもあり、それに関わる人たちがNPO関連の人が多かったことからも由来する。その中で、「食べていける」という言葉を良く耳にした。「食べていく」ということは、もちろん「生きていく」ということで、もっと言えば「頼らずに生きていく、生活の糧を得ていく」ということである。NPO活動は「食べていく」のが非常に大変であるということの裏返しでもあるかもしれない。NPOについては名前以外のことは知らなかったので、NPO活動しているたくさんの人から話を聞いた。もともとは地方自治体が行う福祉活動を、民間の創意工夫で行うという主旨が強い。なぜ地方自治体ができないかといえば、自治体の活動は広くあまねく平等に奉仕するということが基本で、特定の人や対象に力を注ぎ込みすぎることはできないようである。また地方自治体のもつ組織自体が硬直化しており、細やかな活動を行うことは難しいようである。とはいっても、NPOは無償のボランティアのみから成り立つわけではなく、職員はそこから報酬を得ていることが多い。これがつまり「食べていく」ということのようである。NGOやNPOは、無償のボランティア組織であり、その活動費は寄付によるものと思っていたが、誤解があった。経費だけでなく、働いた人の報酬が必要なのである。そして、NPOではNPO活動で生計を立てている人が増えつつある。では、NPO活動の財源はどうするのか?税金か、寄付か、それとも普通の会社と同じような経済活動か?前者2つは年々厳しい状況にあり、やはり経済活動しか残っていないそうである。私も不惑の歳になって、少しは社会貢献をしたいという気持ちになった。この歳になって、自分の生きた証を残すため、そして社会への恩返しのためになんらかのことをしたいと思った。しかし、子どもの教育費のことなどを考えるとNPOから得る報酬では厳しいと思った。また自分がやりたいことは、NPO活動とはいえないことも自覚した。そのため、今日NPOの代表の方と会ってそのことを伝えた。この2ヶ月ぐらいの間、いろいろお話をさせていただいた方である。少し残念ではあるが、距離をおいてお付き合いしたいということになった。たぶん近い将来、またつながるかもしれないと思う。ただ彼に頼るのは双方とも辛い気がすると思う。私が順調に回りだしたら、対等の立場でビジネスの話ができたらいいなと思う。では話を戻して、「食べていく」とはなんだろう?そんなに大変なこと?どんな状況におかれても、3度の飯は食えるし、寝る場所もどこでもいいし、贅沢はしなければ妻と子ども2人なんとかなるのではと思う。いざとなればアルバイトをすれば、それもコンビニで夜働けば時給1000円近くいく。一月で20万はなんとかなるのではと思う。ところが、ふと考えた。それに耐え切れるだろうか?歳をとって体力の問題もある。しかし毎回かわりばえのない職場で仕事を続けることは自分が一番嫌なことではないだろうか?工場での仕事や毎日ルーチンワークの仕事は、性格上耐え切れない。とすると、できる仕事の範囲は狭くなる。話は変わって、妻の実家のフィリピンの田舎では一ヶ月働いても日本円で五千円ほどである、フィリピンでもそれだけの収入は厳しく2つの仕事をかけもちしたり、副業をしたり、厳しい。たぶん、日本のデフレは今の水準で収束するのではなくて、もっと落ちていくのではないかという気がする。それは世界が二極化しているからでもあり、ボーダーレス化しているし、政府も貧者を支援しきれないからである。アメリカを始めどの国でも、政府レベルでは救いきれないと考えている節がある。貧者を救うのは誰かがカネを出すことであるが、結局世界中がそうなると自分の国だけ助けようということができなくなる。社会福祉国家である、北欧やイギリスは医療費は無料であったが、そうすると世界中から貧者がなだれ込みそれにすがるようになる。だんだんとそれは増え、そういったサービスができなくなる。ではどうするか?国の中の国をつくってしまうのである。中央政府に福祉をゆだねずに、地方政府にゆだねる。お金持ちが住む街に自分たちのための警察を用意して治安を守り、道をよくしたり、公共施設を整える。自分たちが払う税金は自分たちのために使うという考え方だ。実際にアメリカの高級住宅地は治安が良いそうだ。フィリピンは、ビレッジという名前でそのような地域を作っている。他の国も同様だと思う。日本ぐらいがまだその域に達していないが、やがてそうなるかもしれない。フィリピンの大学を出て英語が一応しゃべれる人が五千円の月給で、日本で教育に関係なく1日五千円の収入がある。その差はなんだろうか?(フィリピンでは高卒ではろくな仕事はなく、大卒でやっと臨時の仕事が見つかる。それ以上の職場を目指すのは、能力とコネが必要。)言葉の問題?地域の問題?社会慣習?それで数十倍の差を持たせる、いや仕事の内容からすると同じ仕事で100倍の差がある。これは、だんだんと差が縮まりつつあるのではないだろうか?そして10倍くらいの差に落ち着くのではと思う。そうすると日本での最低賃金が1日千円。フィリピンでは月額1万円くらい。そうなったら、「食べていく」ということが本当に重要な意味をもつだろう。
2005.07.21
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7/20放送分のサイラボについて、補足します。1. 米コンピュータメーカー、「Cell」プロセッサ搭載のコンピュータを開発へhttp://japan.cnet.com/news/ent/story/0,2000047623,20084848,00.htm石油会社および軍事関連請負業者向けにコンピュータを製造するMercuryComputer Systemsが、Playstation 3で用いられるCPU"CELL"を使用した、コンピューターを開発中だそうです。この会社は特定目的のコンピューターを作っているのですが、CELLの高性能な能力に目をつけました。特に画像能力に優れているところです。実際にCELLはスーパーコンピューター並といいます。CTスキャン、NMRスキャンには、高価格なワークステーションクラスの大きなコンピューターが今でも使われていますが、これがゲーム機と同じ大きさのコンピューターで処理されるようになり、またコンピューター自体の価格も安くなるでしょう。これが、トマホークのような地形を認識するミサイルに搭載されたり、ミサイルランチャーのミサイルに載ることにもなるかもしれません。2. ポッドキャスティングが流行中アップル、ポッドキャスティングを実装したiTunes 4.9を提供開始アップルが、iTunesの新しいバージョン4.9を、MacとWindowsの両方で提供しました。しかも無料です。iTunesはとても優れているソフトで、簡単に自分のパソコンにある音楽ファイルの管理できます。さらに、iPodがあればエンコーディングや転送は簡単です。そして、欧米ではiMusic Storeから簡単に音楽曲を$1で購入できます。これは8月頃に、日本でも始まるそうですが。さらに、Pod Castingというのも容易にできる機能が搭載されました。Webは文字、写真中心ですが、Pod Castingは音楽配信を容易に行うことができます。RSSという技術をつかって、ラジオ放送局やニュース番組の配信を行います。パソコンで聴けるだけでなく、iPodに転送できます。ライブではないのですが、個人で簡単にラジオ局をつくって、みんなに聞いてもらうことができるようになりました。今後、流行るのでしょうか?3. ネット利用1日平均37分、初めて「新聞」抜くネットの利用時間は伸びつつあります。携帯の小さな窓やキーよりも、やはりパソコンの方が都合が良いようです。若い人はもちろんネットの利用時間の方が多くなりましたが、50台60台もだんだんとネットに費やす時間が多くなりました。たしかにネットの方が便利です。辞書や関連する情報も検索で簡単に見つけることができます。新聞もトイレで座って読むようなことができますし、捨ててしまうのも容易ですが、日本の通勤で読むのもつらいでしょうね。私は1日12時間以上ネットにいますので、それが平均を押し上げているかもしれませんが。ところで、新聞を止めたいと思っているのですが、新聞についてくるちらしをやめることができず、とりつづけているのが本音です。新聞配達の方も毎日朝と夕方、雨の日も風の日もごくろうさまです。でもネットが普及したら、彼らの仕事をとりあげてしまうのでしょうか?4. 韓国の携帯電話テレビ受信サービス韓国でも携帯にテレビがつき始めているようです。しかし日本と違います。小型の衛星アンテナをもって、直接静止衛星から受信しているそうです。イリジウムという衛星アンテナがついた電話みたいなものでしょうか?ところでそんなにテレビみたいですか?5. "バイオメトリクス認証の一手段であり、キャッシュカードの本人認証手段としても利用されようとしている静脈認証に“大根”が使える横浜国立大の松本勉教授が、指の代わりに大根を使って「登録」と「認証」処理できてしまったようです。大根で合鍵をつくったわけではないのですが、静脈がないのにこんなに簡単に実現できてしまうと、これが安全というものはないですね。過去にも松本教授は、指紋をゼラチンでごまかしたり、虹彩認証も赤外線写真でごまかしてみせたりしたそうです。CIAからスカウトされるんじゃない?結局、どうやって本人を認証するんでしょうね。クローンなんてできたら、もう無理でしょうしね。それよりも多重人格の場合は、本人でも認証できないんじゃない。こうなったら、物々交換しましょう。最後まで、ご清聴ありがとうございました。
2005.07.20
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とはいっても、大人には夏休みはない。 独身のときは、まだ自分で休みをとって海外へ行ったりしたものだし、大学のと きは単位さえ取ればいくらでも休みがとれた。 しかし家族持ちには休みはない。死ぬまで働きつづけるか、家族に愛想を尽かさ れたときまで。 ところで、子どもが夏休みに入ると、私は悲惨になる。 家のキッチン横で仕事をしているので、仕事をする場所を失ってしまう。 もうそろそろ、仕事場を探さないといけない。 といいつつ、9/1になって学校へ通い出せばそうでもなくなるのだが。 夏休みが始まる前に、子どもたちを恐怖のどん底に落としこむのが、通知表、通 信簿だ。 しかし、娘は小学校4年生だが成績が良いのにびっくりした。 国語の漢字がよくわからないといっていたのに、、、。 今の子どもは5段階評価や10段階評価はない。◎、○、△で評価される。 ほとんどが◎だった。 苦手だと思われた、体育や音楽も◎、図工も◎ばっかり。 「おまえ、パパと同じ音痴じゃなかったか?」と尋ねたら、「1回しか歌わな かったもの」 お父さんがダメでも、なんとかなりそうだな、こりゃ。 息子の方は、難しい算数の問題がよくわかっていないようだが、まあまあ。 しかし、子どもにとって地獄の日となりうる日である今日も、親にとってもドキ ドキの日であった。 国語や社会で多少○があるものの、、、、負けた。 明日から、子どもと家で同じ時間を過ごすので、どっか逃げなきゃ...
2005.07.20
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2つの地元の会社へ行ってきました。一つは、まいどさんから紹介されたWeb制作会社 Studio Waveへ。もう一つは、車検をやってもらった自動車修理会社 オート藤井へ。1. Studio Wave小規模ながらも名古屋では評価を得ています。地方でやっていくには、単価が安かったり、仕事の種類が広すぎたりするのですが、その中でもきちんと実績を積んでいるのは頭が下がります。取締役の下玉利さんは、営業やデザインを担当しているそうです。私のところにデザイン関連がまわってきたらお願いしようと思います(あるかな?)。2. オート藤井先週東京へ行っている間に、自動車の車検をお願いしていた会社へお金を払いに行ってきました。最近の格安のところに比べると、24ヶ月点検などの費用は少し高いです。しかし高いとしても税金分が2/3を占めていて、割高感は少なく、高いといっても2割ほどです。その2割は信用代と思っていればいいのかなと思います。使い捨てするもの以外は、サポートが効いたり信用がおけるところの方が決して高くはないと思います。自動車も命を預かっているもので、いつもお願いして気前良くお金を払っていれば、お店も多少は気を使ってくれて、サービスでやってくれるところもあるかもしれません。今年の4月にエアバックのLEDがついているときに自動車を持っていったら、無料で見てくれましたしね。そのとき、自動車が9年目を迎えているのに、ミッション部分が無料交換ということを教えてくれました。こういう良心的なところが、技術やノウハウを持ちつづけてくれると、うれしいです。そしてそれが、たくさんの人に認められれば、大きな会社になっていくのではと思います。小さな会社のときに技術とノウハウを持って健全な状況にある。そして経営理念をもってはじめて、会社の進む方向が決まり、会社の規模が大きくなっていくのではと思います。自動車修理業は仕事の内容が確定しています。たくさんの会社があって競争にさらされていて、値段も自動車メーカー側である程度決められているところもあります。Web制作業はだんだんと増えていますが、仕事の内容は千差万別です。業務内容については入り口は同じですが、奥の深さは会社によってまちまち。ときには「車をつくる」ようなことをWebでは行っています。それは会社の規模には関係ありません。社員の能力にすべてが依存しています。既に個人レベルでWeb制作をしているフリーデザイナーはたくさんいて、ページ単価は安くなってきています。デザインの質と奥深さで差別化をはかるという状態です。・最後に前述の自動車修理業の会社に、彼らのスキルとノウハウと人間性などを売り込むWebをつくってあげれば、もう少しお客様を呼び込めるかもしれません。顧客層が違って効果がないかもしれません。もしWebが欲しいと思われても、たぶん予算は10万円くらいでしょう。そうすると外枠やしくみなどを作るのにとどまり、写真や中身の文章はご自分で用意していただくことになるでしょう。果たして、それで実現するかどうかは社員のパソコンに対する意欲と能力に依存すると思います。Webは便利ですが、必要としていないかもしれません。
2005.07.19
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午前中は仕事をして、午後は家族で海へ行きました。自宅から車で10分の新舞子ビーチです。少し頭痛がするので本当はマリンビーチへ行きたくないのだが、やはりこれも家族を伴う仕事なのか?奥さんも(もうかなり地黒いのに)日焼けは嫌いなので、海は嫌い。夏の期間だけ500円の駐車場代を払います。息子は岩のところで蟹を取ります。それに奥さんが付き添います。私は娘が海に泳ぎにいくのを監視します。結局は海へいってもそれだけです。もう、私も妻も海には入りません。歳のせいなのか。でも、海はきたなーい。もうすぐ、青く透明な海が見られるので、、、いいやいいや。娘は友達をみつけて1時間以上遊んでいたけれど、水からあがってきたら臭い。海のにおいってこんなんだっけ。ちょっと仕事が行き詰まって、いらいらしているので、すみません。調子がでません。
2005.07.18
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ダイヤモンド社ISBN: 4-478-94187-4 1600円+税野口悠紀夫さんが「週間ダイヤモンド」誌に隔週連載していた「『超』整理日記」の1999年4月から2000年3月分を単行本としてまとめたものである。http://www.noguchi.co.jp/野口氏のHPにはブログはないが、2週間おきに出しているエッセイであるし、雑誌の投稿についてエッセイで返事を提供している。彼のHPには掲示板もあってコメントを集めているので、ブログといえばブログといえないこともない。しかし、読んでみると非常に質の高い文章である。彼の広遠な知識もさることながら資料もきちんと集めているし、書き直しは毎回数十回に及ぶ。雑誌なので文字数も揃えている。正直参った。「商品である以上『楽しくてためになるもの』でなければ、継続は不可能になる。私が連載を続けられるのは、この基準を満たせる限りにおいてだ。」と言い切っている。ブログというものが出現して、だれもがエッセイを気軽に書ける時代になった。ある意味『楽しくてためになるもの』を追求しなければ、単なる日記に終わってしまう。どうせ続けるならばそうしよう。最近、ちょっと有頂天になった後、反省が続いている。
2005.07.17
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なんか、終日の夜も週末も家庭の仕事ばっかりだ。結婚生活というのは、週末も仕事を抱えることになるのね。月末に行く女房の帰省も、チケット手配から荷物運び、家族の面倒までほとんど休みはないなぁ。というわけで、「結婚したら休みはない」という結論だ。今日は息子のチームが小学校区のドッチビー大会で優勝した。そのため、市の大会があった。順当に勝ち進んで、準決勝まで行った。残念ながら準決勝で負けた。息子ががんばったことを誉めたい。そして、よくここまでがんばった。とはいえ、実は息子はあまり活躍した方ではないが、良い経験を積んだろう。その後、冷蔵庫を買わないといけないので、少し遠いが車で30分ほどのミドリ電化へ行きました。いつも大型電化製品は近所のエイデンへ行ったいたけれど、冷蔵庫の種類とストックが少なかったから。欲しい冷蔵庫は、団地用のサイズで即納できること。性能やデザインは2の次となるが、しかたない。なんとか最初に行った、ミドリ電化でサンヨーの冷蔵庫を見つけました。7万円のスタンダードの仕様。5ドアで365Lの仕様。特徴はない。でも奥行、幅、高さ、すべてぴったり。他の冷蔵庫は、奥行があったりするか、高さがあったりする。その他に、3階まで階段を上って運ぶので、1000円×2階分=2000円の追加料金。古い冷蔵庫を回収するリサイクル費用で、5300円、合計77300円となった。明日の昼に届くというので、うれしい。うれしさのあまり、こどもをジャスコイーオンへ連れて行く。ところで名前はジャスコなのか、イーオンなのかはっきりして欲しい。ジャスコは会社名、イーオンは新型店舗のブランド名なのだが、話す人によって多少ギャップがあるのですから。娘は、トイザらスでNintendogsの通信ができて喜んでいました。息子はいろいろなゲームで遊んでいました。息子は1年前は車のおもちゃで遊んでいたのに、大きく変わった。夜は夜で、東京の仕事の修正。そして子どもと一緒にシャワーを浴びる。落ち着いたのは夜になってから、たまっていた番組をHDDレコーダーでみる。オズはいよいよ大ずめ、ERも紛糾、スタートレックエンタープライズは、、、ちょっと手抜きじゃない?SFものなのに、19世紀に地球から誘拐された人間が作った街という設定で西部劇になっている。こんなことだから、番組が第4シーズンでおわっちゃうんだよぉ。前回もちょっと手抜きぽかったしね。
2005.07.16
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水曜日の朝から金曜日の夕方頃まで、東京にいました。(写真は帰りに乗った500系の新幹線です)火曜日の夜に、例の3400円の夜行バスに乗って東京に行きましたが、快適でした。運良く一番後ろの席になり、飛行機のファーストクラスみたいです。ファーストクラスは乗ったことありません。ビジネスクラスは何度かあります。^^!これならお得。前の席との間は足が十分に伸ばせるほどありましたが、欲があるせいかそれでも満足できませんでした。一番後ろの席は5人がけになっていますが、隣の人と真中をシェアして、2.5人分の席に足をたたんでごろんとなりました。横になって快適なはずですが、やはり夜行バスは十分に眠れないものですね...その後友人宅へ行き、某社のコンサルティングへ行きました。とはいっても前の会社で働いている人のお話を聞く程度です。金曜日に、Web開発を受託したところへ打ち合わせ行くまでは、友人の家で泊まって開発をしておりました。京ぽんでつなげて、画面を確認したり、ファイルをアップしたりです。なんとかできるものですが、転送速度が遅いと、作業効率は悪いですね。いつもの半分の能率です。友人と一緒に仕事ができるといいなと思っておりますが、昔の職場は一緒だったのに、意外に共通点がなくていまだ一緒に仕事をしていません。ん~、まあいいか。夜は彼とボーリングをしました。ホンというと、実はボーリングはまだ20回ほどしかやったことないので、100点を彷徨っています。ナイショ。誰かカーブの投げ方を教えてください。(点数のつけ方もよくしらない)ボーリングの玉を投げると、ストレス発散できそうで時速40Kmを目指しているが、いまだにできない。すみません、疲れてしまったので眠ります。今日はなんのことだか。気付きもなにもありゃしない。反省です。
2005.07.15
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辞書よりコラテラル collateral 巻き添え、見返り、付随コラテラル・ダメージという映画があったが、民間人殺傷という意味だった。こちらはシュワちゃんが、誘拐された家族を自分の力で救出するという話だった。トム・クルーズが殺し屋を演ずるこの映画はよかった。純粋な普通のタクシー運転手が、たまたま殺し屋の運転手にさせられてしまった。しかも一晩に5人殺すという。実際にロスアンジェルスの夜の道を走っているようで、汚れたタクシーのウィンドウから外を眺めたり景色などは、とても現実感がある。殺し屋も殺しの哲学を語ったりして、不気味な雰囲気がある。トムクルーズには優しく笑うようなシーンがなく、最高によかった。ただラストまで引っ張って引っ張っていくのだが、ラストが少し残念。激しく終わって欲しかったと思う。-------------------------------------------------------------------ただ、タクシー運転手のような目にあうのは結構ありうるのではないか?殺し屋の片棒を担ぐことというのではなく、人生の選択をいまこの瞬間にしなくてはならないということが。じっくり考える余裕があればいいが、瞬間的に自分の人生を大きく左右する選択をしなくてはならない。10億ほどの株の売買を、数秒で判断しなくてはならないとか。犯罪に巻き込まれて、「ホルドアップ」という目にあるかもしれない。また、即決で契約をするかどうか決めなくてはならないとか。いずれの場合も、情報は不十分であることがほとんどだ。その中で、直感的に大きく左右する判断をしなくてはならない。そういう状況に遭うことは、人生のうち何度かあるだろう。そのときどうすればいいかは、日頃の準備と経験がものをいう。
2005.07.14
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本日、ネットチャンネルKYOにて11時から放送された内容をここにまとめておこうと思います。放送で聞きづらかったところや、十分しゃべっていないところを載せようと思います。1.米クレジットカード情報流出事件をめぐり米で集団代表訴訟http://japan.cnet.com/news/sec/story/0,2000050480,20084829,00.htm6月に発覚した、クレジットカード情報の流出事件。とうとう集団訴訟が起きた。とはいっても、情報の流出に関する補償ではなく、カードの請求がないように先手を打ったものだ。流出数もとんでもない数で、被害金額も大きい。これからもどんどんこういった事件が増えていくと思いますが、どうなるんでしょうね。いっそ全2. AMDは日米でほぼ同時にIntel Corprationとインテル株式会社を訴えるhttp://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000050156,20084822,00.htmhttp://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000050156,20084872,00.htm最近になって、Opetron, Athlon64などの64ビットCPUが出荷されて、インテルの競合会社は元気である。というよりも、インテルは開発が後手後手にまわって、元気がない。このままでは技術的に、インテルは辛いかもしれない。かつてのリーディングカンパニーは技術的に負けて、マーケッティング的に勝とうとしている。そういう傾向が数年前にあったかもしれない。インテルは、他のパソコンメーカーにAMDなど他社のCPUを採用しないように、有言・無言の圧力があった。今回は独禁法違反の警告を受けて、AMDが民事訴訟をおこしたものだ。今回の訴訟でAMDが大きな罰金をとれるとは思わないが、インテルを行儀良くさせることはできるんだろうか。3. マイクロソフトとIBM、独禁法訴訟で和解http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000050156,20084977,00.htmマイクロソフトが大企業になったきっかけは、1980年にIBMがパソコンを作ったときに、マイクロソフトのDOSを採用したことがきっかけかもしれない。それまではBASICを、いろいろなパソコンに作っていた有名なソフトウェア会社であった。とはいっても、規模は小さかった。それから、Mac用にExcelをつくり、その後MacOSを真似て、Windowsをつくる。Windows3.0頃から、パソコンの性能とOSの機能があがってきて、使われるようになる。そして10年前、Windows 95以降は、今のような勢力をつくる。Windows2.0ぐらいのときに、DOSの後継OSとして、IBMとマイクロソフトが共同でOS/2を開発していた。その後、その関係は破談してマイクロソフトはWindows NTを作り出す。その後、マイクロソフトはOS/2に勝つためにいろいろな仕掛けをした。また自社のOffice製品をLotus(その後IBMに吸収合併)のOffice製品より売るために、いろいろ小細工をする。マイクロソフトとIBMの間は、普通の競争行為だが、マイクロソフトは独占禁止法にひっかかるほどの実力をつけた。その力をつけた会社が競争すると、自然と競争が阻害されてしまうものだ。この場合、WindowsというOSを独占していたマイクロソフトは、Officeのバンドルを強制したりいろいろなことができてしまう。そして、今回の訴訟になった。かつてIBMは、コンピューターの雄として独占禁止法の対象になった会社。その前はAT&Tがあり、IBMと同じようにコンピューター業界に入ろうとしていた。そしてマイクロソフト、これまで常勝してきた。ウォーレン・バフェットは、ビル・ゲイツについて「もしビルがホットドッグ屋を始めていたとしても、世界一のホットドッグ屋になっていただろう」と経営センスを評価している。マイクロソフトもこれからはおとなしくなるんだろうか?最近はソニーやGoogleと競おうとしているようだ。
2005.07.13
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結婚当初に買った、冷蔵庫が11年経ってとうとう壊れた。 2、3日前に、アイスクリームなどが溶け出した。 詰め過ぎだろうと思っていた。 ところが今朝、牛乳を飲もうとしたら、ぬるい。 なんか気持ち悪くなって、途中で飲むのを止めた。 とうとう、壊れてしまった。 朝10時に、地元の電器屋量販店へ行って、冷蔵庫を注文した。 夜届けにくるというので楽しみにしていた。 しかし、サイズが大きすぎて自宅マンションには入らない。 横幅は70くらいまでOK、奥行きは60強、高さは180cmぐらいまでスペースはあ る。しかし、途中の通路で、購入した冷蔵庫は入らないというのだ。引越しだ と、外から入れることはできるだろうが、業者はあきらめた。 それでキャンセル。 しばらく冷蔵庫なしの生活...とほほ。 冷蔵庫はどんどん大きな製品しかなくて、買えるものがなくなってきた。 狭い部屋はつらいなぁ。
2005.07.12
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野口悠紀雄氏の、「IT時代の社会のスピード」という本を読んでいたら、いろい ろ触発されて、ブログのネタが10コぐらい出てきました。 でもブログのネタは、自分の経験と結びついて化学反応を起こさないと、生きた ブログにならないと思います。伝聞知識をそのまま書いても、おもしろくともな んともない。元のニュースや情報を見たほうが良いです。 というわけで、自分が大学時代まで専攻していた数学と言葉について思っていた ことがあったので、数学を苦手とする人にちょっと話したいと思います。 数学はある意味パズルです。頭の体操です。 大学に入るまでは、数学はパズルだと思っていて、パズルを解くことをこよなく 愛してきました。パズルを作るのも好きだったので、数学者はパズルをつくるこ とが仕事だと思っていました。でも、コンピューターの方がパズルをつくるだけ でなく、解いてくれるということを発見しました。興味がそっちへ行ってしまい ましたので、今度は数学科を卒業するのが難儀でした。興味をもてなくなったこ とほど学びつづけるのはつらいです。 でも高校時代はちょっと変な奴で世の中に背を向けていて厭世観に囚われていた ので、大学は医学部を目指して人知れず医者になってひっそり暮らしたいと思っ ていたんですよ。どこで道を間違えたか... 話は戻ります。 数学を苦手な人は、「数学は定義、定理の集まりで証明をしたり計算したり、何 をぐちゃぐちゃやっているんだろうか?」と思っている人が多いと聞きます。 私はその意味が実はよくわかりませんでした。 定義や定理を遊んでもおもしろくないですよ。 あれは、ある意味足跡みたいなものです。 右脳をつかって頭の中でいろいろな絵を描いたり消したり、線を結んだり、ボー ルが弾んだり、飛行機が飛んだり、いろいろなことを空想して、「なるほど!理 にかなっている!」と納得できると、証明ができたり、答えがでるものなので す。その過程が重要なのです。 でも、答えを出したとき証明ができたとき、それを自分の世界から他の人に伝え るためには言葉が必要です。その言葉が、数学の本に書いてあることなんです。 数学の難しい記号の寄せ集めから、頭の中に絵を描いて、その中で線を引いたり 粘土のようにこねたり、ほんといろいろなことをやるんです。 でも修行が足らないと捏ね方が一通りなんです。いろいろな捏ね方を学ぶため に、数学をいろいろ勉強するんです。 そんなわけで言葉って、お互いに定義する部分を伝えればいいと思っていたの で、言葉の表現力ってそんなに伸びませんでした。句読点の場所や、言葉の違い で、読む人にそんなに伝わり方が変わるとはあまり思っていませんでした。論理 的に間違っていなければいいだろうという気持ちでおりました。 でも文章で伝えたいという気持ちが湧き始めてからは、一度書いてもうまく伝わ るかどうか心配しながら書いています。一度書いても、必ず一度は読み直してい ます。 ことばは大切ですね。でも読む人の背景や感情で間違って解釈されてしまうこと もあります。それはどうしようもないところがありますから、ときどきくどく何 度も繰り返して書いたり、やわらかく表現を変えたりして精一杯の努力をするこ とがあります。 自己反省なのですが、僕が小さい頃に数学ができたことがかえって良くなかった と思います。息子にADHDの症状をみると、自分も軽度のADHDだったと思うことが あります。そのせいか、人間関係を苦手とするところを今でも引きずっていま す。歳のせいか、いまでは誰とでも気軽に話せるようになりましたが。 小学校のときから4月に教科書を貰うと、パズルを解きたくて数学の本をどんど ん自分一人で読みはじめました。7月頃には教科書を読み通して、教科書に書い てある問題をほとんどすべて解いて、直接答えを本に書いておりました。数学を 得意になるためは、ノートをとらないこと。先生の話に集中することと思いまし た。妹に指導すると、成績が上がりました。ある意味正しいかもしれません。先 生の話を聞かなくても、数学(算数)がわかったものですから得意満面。ほとん どの時間は文庫本を読んでいました。先生の話を無視してもテストをすると100 点かミスを1つするだけなので、先生から見ると嫌な生徒だったと思います。 あ~、俺は数学の天才だぁと天狗になっていたのですが、世の中広いです。井の 中の蛙だったんですね。大学の数学科へ行けばそんな人ごろごろいますし、世界 中を数えればもっとすごい人が大勢います。100人に一人でも、同じ学年の生徒 は日本国内に200万人以上はいます。2万人もいるんだなぁと思うと、たいしたこ とないやと大学のときに気付きました(ちょっと遅すぎました)。 問題だったのは勉強のしかたでつまづいてしまったのです。数学ができたばっか りに、すべて数学を中心に考えていたのです。数学のやり方ですべてやっていま した。 数学に引きずられて物理や化学までは同じ勉強のしかたでいいのですが、国語、 英語、社会はどうも違うようです。暗記主体の方が良いことはずいぶん後になっ て気付きました。数学に関して言えば、東大や京大に入学する人にひけはとらな いと思っていましたが、他がガタガタ。そちらの大学に受かりそうもありませ ん。他の教科の勉強のしかたや姿勢に問題があるので、その差なんでしょうね。 これを読む人は小学校や中学校の若い人はいないと思うけれど、天狗になったら 注意です。その瞬間すべてストップします。まだ学ぶことは多いです。それでも トップに立ったと思ったら、鎌で道を広げてあげてください。数学で言えばいろ いろ違う証明をしたり、わからない人に教えてあげてください。それが、多面的 な理解や新しい発見につながります。 そんな私でももっと英語を勉強していればその後の展開は変わったと思います。 しかし今さら後悔しても始まらないので、これから英語勉強しようかなと安い英 語教室を見つけました。 オンライン英会話イングリッシュチャンネル http://english-ch.com/ 入会金1万円、月謝4000円。 インターネットでフィリピンの先生から英語を学びます。フィリピンの人件費が 安いのとIT技術で実現できたことですね。でもフィリピン人女性講師だから、奥 さんに怒られそう(紹介料はもらっていません)。奥さんから学べばいい!?そ うだった、奥さんと英語で会話していたのを忘れてしまいました。 また書いているうちに主旨が変わった(^^;
2005.07.11
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地元知多市の子供向けの催しである、人形劇を見に行きました。 知多市新舞子の地域文化センターというところで、10:30から1時間ほど人形劇が あります。こういう知多市主催の催しは年間3回ぐらいありますが、値段が安 い。1人400円です。1人200円のときもありました。 子どもが幼稚園のときから、妻が行こう!といってほとんど毎回参加していま す。子どものためには、こういう文化的なものに触れるのはいいことですね。私 自身も子どものとき見た人形劇を覚えております。その感動があるので、チャン スがあればミュージカルやオペラ、クラシックなども見に行きます。だから、生 の人形劇や演劇を見るのはとてもいいことだと思います。 人形劇はむすび座の公演でした。 http://www.mc.ccnw.ne.jp/musubiza/ 催しは、「さわってみたら...」と「あかちゃんゴリラのゴリゴリ」でした。 http://www.mc.ccnw.ne.jp/musubiza/sakuhin/2005/05-sawa&gori.html こどもを集中させて笑わせるなんて、すごいと思いました。 人形劇に対する熱意と楽しんでやっているというのを感じられます。柿内さんと いう方が50台の男性だと思うのですが、ほんとに一生懸命楽しくやっておられま す。人形劇って、けして生活は楽ではないと思うのですが、自分が信じているも のやりたいことを追求されているのは、敬服しました。 すみません。私は疲れとエアコンがちょうどよく効いてウツウツしてしまいました。 家に戻って、お昼過ぎにハンゲームをしました。 http://www.hangame.co.jp/ 娘と私は、無料の会員に入っています。 このインターネットゲームで、トランプのババ抜きや7並べ、大富豪をしまし た。2人ではこれらのゲームをするとすぐに手の内がわかって飽きてしまいそう ですが、インターネットで他の人を含めて4人でできるというのも、またいい時 代になったと思います。 しばらく忙しかったので子どもと遊ぶ時間は取れませんでしたが、今日は少し本 を読む時間を取る以外は、完全にオフで子どもと過ごせた良い日でした。 子どもと時を過ごすのは、お金で買えない価値がありますね。
2005.07.10
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長くなりましたので、続きです。本日の先生は、鵜飼宏成先生です。愛知学院大学の助教授で、経営学を教えられています。大学の前は、住友信託銀行系の総研、住信基礎研究所でリサーチの仕事を10年ほどされていたそうです。単なる大学教授ではなくて、ベンチャー起業やベンチャーキャピタルなどもされていたそうです。起業する前の、現状把握はフィージビリティ(実現可能性、定着のしやすさ)のものさしとして重要です。起業することが決まったら、それが現実に受け入れられるかどうかを、事業を起こす前に調査・検討をしなければなりません。事業を起こすのに必要な資源は、人・カネ・モノ・時間などです。それらの状況が満たされているか内的な現状把握をする。そして、外部的な要因である、顧客の可能性や収益性、競合他社など現状を把握します。完全に把握するのは無理でしょう。情報をすべて掴みきれるものでもないし、現状把握の理解が正しいとは限りません。私の場合は、IT面白企業の創業です。家族のこともあるので、名古屋で創業します。おもしろい案件を探すなり自分でつくって始めます。実際に、2つぐらい案件が来ています。おもしろいものであることは間違いないのですが、実際に収益性がどのくらいあるか検討していく必要があります。その他に、自分の能力の問題や一緒になってやってくれる人が見つかるかどうかあります。まあリスクはあるけれど、IT技術者はまだ需要があるので最悪のケースでもいきていけるでしょう。借金さえつくらなければと思います。また1ヶ月後、数ヵ月後に事業の進展についてご報告をしようと思います。授業の中で出てきた、NM法は中山正和氏のものです。KJ法は川喜多二郎氏のもので、京大カードを考案した梅棹忠夫氏が紹介していたので知りました。NM法は、どちらかといえばKJ法とは反対で、先に仮説が立ちます。http://www2.bii.ne.jp/~manda39/2tieF/4aideaF/nm.html10年以上前にNM法について中山氏が書いた本を買っていたのでうれしくなってしまいました。もう一回よもっと。---本日の事業が終わった後は、前回の補講のフィールドワークを行いました。前回に参加できなかった人、もう一度やりたい人が集まってやりました。雨が降っていたので、テーマは「雨と人の動き」でした。先入観を持たずにテーマに沿って、池下駅のそばを散策しました。強い雨だったので、30分くらいで引き返してきました。一人一人の気付きは小さいけれど、みんなが集まるときちんとまとまるんですね。みんなの視点を集めると、結果が見えてきました。「雨が降ると人が道を歩かなくなり、タクシーやバスを利用するようになります。雨のため車や人は安全に気をつけるようになり、車道は混みます。目的のある店には人は入るのですが、ぶらりと訪れるような店は全然入りません。特に晴れの日にはお年を召した方が入るような喫茶店はがらがらです。雨のため街は暗い雰囲気になり、沈んでしまいます。」個人的な思いとしては、商店街は雨の日のことも十分考えなくてはいけないと思いました。鵜飼先生、関戸先生、補講のための説明にお時間をとっていただいてありがとうございました。---その後、他の生徒の方と合流して懇親会をしました。楽しかったです。またいろいろな人のお話を聞きたいと思います。
2005.07.09
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今日は、起業の学校へ行きました。 とうとう5日目になりなれてきたところです。内容は事業環境の現状把握です。 先々週の第4日目は別件でいけませんでしたので、1ヶ月ぶりです。 第4日目の宿題を提出して、フィールドワークの補講は有志で今日の講義後に行 うことになりました。 第4日目の宿題:新聞・雑誌の切り抜きでも構わないので、伝えたい情報をA4で 用意する。例としては鈴木先生が、中日新聞の切抜きで愛知万博の赤十字・赤新 月館の記事、そしてMr.Childrenのタガタメの歌詞の紹介をしました。表面的な ニュースとそれを膨らます情報です。 私は悩んで悩みました。A4という枠では小さすぎると。前回欠席したので自宅に 前回の資料とみなさんの宿題が届きました。その中に栗本さんの、丸をたくさん 描いたものがありました。そうか絵で行こう。後で栗本さんに教えてもらったの ですが、マンダラの塗り絵だそうです。自分の気に入った色で丸を塗り絵する と、自分の状態・心理などがわかるそうです。単純だけど、奥が深い、すばらしい。 自分が20歳前に影響を受けた本、ダグラス・ホフスタッター著の「ゲーデル・ エッシャー・バッハ」という本を凝縮したものを伝えたいと思いました。本の内 容は、数学者ゲーデルの不完全性定理、エッシャーのだまし絵、バッハのカノン はまったく分野が異なるけれど、それぞれの根底を流れるものは同じという話で す。科学と芸術が見事につながっていることを言っています。 エッシャーの絵は見ていて楽しいです。 見ると、数分はとりこになります。 そして、自分の心情を表しています。 最近ADHDの息子を見ていて、自分にも多少同じような傾向があることを再発見し ました。「好きなことをとことんまでやるけれど、面白くないことは飽きてしま うし長続きできない。」自分の強みでもあるし、弱みです。起業を継続させてい くことは、どんなにつらくても続けていけること、私にとっては面白いことなん だなと自覚しました。面白いことは人によって違いますが、知的好奇心の追求が 私にとっては面白いことです。毎日のルーチンワークは2日と持ちません。自分 の過去を振り返ってみると、そういう事例がたくさん出てきました。 というわけで、エッシャーの絵はとりあえず1週間ぐらい飽きずに見て、いろい ろなことを考えさせてくれるかなと思いました。 宿題の元の絵はカラーですが、こちらにアップしておきました。もしよろしかっ たらご覧ください(300Kバイトあります)。私が作ったものではないので、やば かったら消します。 http://solisart.com/image/escher.jpg
2005.07.09
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1週間前になりますが、母がある本映画をレンタルして見終わったから、みないかといって持ってきました。その映画は飢餓海峡と鬼畜でした。飢餓海峡は戦後間もない頃の舞台、鬼畜は高度成長期の終わり頃です。どちらも最近の日本映画にない、ストーリー性と迫力を感じました。しかし世の中は変わったのか自分が変わったのか。ニュースを見ていると、昔に犯した罪をずっとひきずっていたり、セックスばかりに興じたり、子どもを殺すなんて、当たり前の時代になってきたかもしれません。でも、いざ自分だったらどうでしょうか?まだ罪を犯していませんが、ずっと隠しとおせるのか?良心の呵責を感じないのか?純愛なんて古臭いと言い切れるのか?子どもを殺せるのか?そうはいいきれません。世の中は変わったように見えて、意外と変わっていないのかもしれません。着るものが良くなったり、車もずっと洗練されてきたり、コンピューターで便利になったりしても、私たちは動物としての人間なのです。SF映画を見たりすると人間は進化していくのかと思ってしまいますが、何万年も何百万年も変わっていないのですね。学ぶことは昔よりも複雑で、たくさん脳を使っていると思うのですが....将来もこうなんでしょうかね。もっと記憶容量の大きくスピードの速い、脳を欲しいと思う今日この頃です。
2005.07.08
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著者: 増岡 直二郎出版社: 洋泉社定価: \1,600+税ISDN: 4-89691-674-3仕事場で思っていたこと感じていたことが、この本には書かれています。経営者の方やITコンサルタント、SEの方は、一読をおすすめします。著者はITのコンサルタントというだけでなく、CIOや社長業も勤められた方です。IT導入には注意をすべきだが、企業にとっては必要なものであると主張しています。企業が生半可な考えでITを導入すると、大きな火傷をして、失敗する。ひどい場合は、会社は倒産したり、赤字に転落することもあります。一般的な報告では、導入した半分のシステムは失敗しているそうです。しかし、会社名を記載したアンケートや雑誌記事などでは、「うちの会社のシステム導入は失敗した」と担当者が失敗を公言することはありえません。実際には、大半のシステム導入は失敗しているのではないでしょうか?それは、システム導入を丸投げしたり、成功基準を曖昧にしているところからおきたのではないでしょうか。昔から以下のようにコンピューター業界はアルファベットを3つか4つ並べて、ブームを作り出し、新しいシステムを売り込んでいました。1950~1960 EDSP(Electric Data 電子データ処理)1960~1970 MIS(Management Information System, 経営情報システム) DSS(Decision Support System, 経営支援システム)1970~1980 OA(Office Automation, オフィスに導入) FA (Factory Automation, 工場に導入) CAD(Computer Aided Design, コンピュータ補助による設計) POS(Point of Sales, すべての店舗レジに導入して販売量を得る)1980~1990 EIS (Enterprise Information System?) SIS(Strategic Information System, 戦略情報システム) CIM (Computer Integrated Manufacture?, コンピュータ管理による製造)1990~2000 CALS EUC (End User Computing, 経営幹部に経営統計を提供する) ERP (Enterprise Resource Planning, 統合パッケージ) SCM (Supply Chain Management, 上下流を統合した生産管理) CRM (Customer Relationship Management, 顧客管理システム)2000~ EC (Electric Commerce, 電子商取引) CMS (Contents Management System, コンテンツ管理システム)私は1990年代から仕事をはじめ、AIやマルチメディア、グループウェアなどの傍流に関わってきたので、実は本流のことは良く知りません。こうやってコンサルティング会社や大手ベンダーが、言葉を流行らせて、不安に思う企業をあおって、仕事をつくってきたことは否定できません。これらのどれも、コンピューターに関してどんな需要があるかといえば、以下の2点です。1. 会社の業務の一部をコンピューターにやらせる2. 業務にとって必要な情報を管理して、的確に即時に得ることができるようにする1については、コンピューターは単純作業しかできません。あらかじめ、プログラマーが作ったとおりのプログラムを用意すれば、確実に高速に処理します。ただし、柔軟なことはできません。かつては経理課においてそろばんで計算していたことを、間違いなく高速にこなします。受発注管理や生産管理など、多くの企業で共通されている部分は間違いなくこなすでしょう。しかし、業務の内容がきちっと定義されたことしかできません。曖昧なことや非定型なことを盛り込むのは無理だと思います。結局コンピューターは、専門バカなんです。2については、入力する情報がどれだけ正確かということが重要です。会社の経理に用いる数値データは性格かもしれませんが、需要予測に基づくデータは人の勘、営業マンは営業日報の正確なデータすら入れようとしないでしょう。不正確なデータに基づいて、正確な情報を得ることはできません。著者は、システムを導入するときは、社長が率先して計画・導入に関わることが必要だと言っています。CIO(情報担当役員)やシステム部長に任せることも、失敗の原因と言い切っています。企業トップが積極的に絡まないと失敗する、絡んでもシステム導入とともに会社を変えていこうという意思がないかぎり、やはり失敗します。社長はシステム以外のことでも多忙を極めますが、予算などの経営資源をシステムに分配するかどうかも重要なことです。またコンピュータの導入は高価だけでなく、業務のあり方も良い意味でも悪い意味でも変えてしまうからです。工場のために新しい機械や、配達のためにトラックを購入したり、その人員をあてれば、すぐに売上があがることは予想がつきます。しかし、システムの導入は会社の業務の流れを変えるものです。会社というもの、他社と競争して生き残っていくには、競争優位があります。それは会社独自のノウハウや秘伝のようなもの、それをシステムに導入するということはいかに困難でしょうか。きちんと明文されていなければ、システムには導入しずらいのです。ERPはアメリカやドイツで作られて、彼らの企業文化のなかで育ちました。そんな国ですら、導入に際して成功している会社は少ないのです。日本人はすぐに飛びつきますが、日本の会社は独自性が強いために、あまりパッケージソフトはなじまないということを理解しましょう。会社の中でほんとうに単純部分は効果はでますが、複雑なところは人間にやらせた方がまだいいみたいです。会社の強みはまず人材を鍛えるとこからやりましょう。とはいっても上にあげた、アルファベット数文字のところをみていただくと何か気がつきませんか?ブームが起きた当初は、言葉ばかり先行して実現に成功したものはほとんどありません。しかし、10年後20年後は現実のものとなっていることがあります。コンピュータ技術が発達して性能があがり、実現する条件があがったのでしょう。そして、ブームが起きた当初はよくわからなかったものが数年の試行錯誤を得て、形が固まり、きちんと機能してきたのです。EDSPなんて当然、OA、FAは当たり前のように、ワープロやExcelを使いこなしています。CADもPOSも当然です。これから10年かけてやっと、ERPやCRMが定着していくんでしょうね。そして、80年代にうまれたSISの時代となりコンピュータ技術が武器になるかもしれません。(笑) CMによく出ていた田原の俊ちゃんはもうみませんが。
2005.07.07
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Happy♪(*゜▽゜)ノ” Birthday!!今日は奥さまの、35歳の誕生日。午前中は名古屋の入国管理局へ行って、再入国ビザをとってきました。奥さまは、フィリピン国籍で永住ビザを持っています。日本人でない場合は、国外へ出て、再度入国するときは再入国ビザというのを取得する必要があります。日本人だったらパスポートを持っていれば、日本に帰ってくるのは何の手続きもいりません。しかし外国人はこんなビザが必要なのです。もちろん、日本人もアメリカやフランスや中国などの国に滞在して、いったん国外へ出て、もう一度入るときには、再入国ビザというのが必要です。観光目的だったら、数次観光ビザを取得すれば例えば半年の間に何度も出入りできますし、ビザ免除協定をしている国ではビザなしで何度も出入りできますけれどね。とりあえず、3年間有効の数次再入国ビザを取得しました。パスポートと外国人登録証を持って入国管理局へ行き、書類を書いて出すだけです。6000円の印紙を貼って、数分で終わり。こんだけ簡単だったら、空港で再入国ビザ取れたらいいんだけどなぁ。名古屋の入国管理局は、国立病院の隣の建物から丸の内のセンタービル3Fへ移動しました。こちらは無料の駐車場がないので、かえって不便かな。それから自宅へ戻る途中で、奥さまのバースデーケーキを買いました。子どもの注文で丸いケーキを買いました。というのは、ケーキってショートケーキの方が安くありませんか?私はショートケーキの方がお得だと思います。いろいろ種類選べるしね。夜はささやかながら、奥さまの誕生日を祝いました。自分の誕生日は恥かしいけれど、人の誕生日を祝うのはうれしいです。娘や息子が、小さい頭で考えてプレゼントをしました。娘のプレゼントは手作りのバースデーカード、息子のプレゼントは自作のおもちゃだそうです。筒とアイスキャンデーの袋を叩いて遊んでくれとのこと。わけわからないけれど、気持ちはやさしいですね。私のプレゼントは、お金がないからクリスマスまで延期でいいそうです。(今日は息子は自分でリタリンの粉薬を飲むことができました。オブラートに包んでおいたので自分で飲めたみたいです。少し成長したのがうれしかった。)
2005.07.06
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フィリピンには殺人依頼があるという噂があります。 自分にとって気に入らない人や不利益な人を、直接自分が殺すのではなくて、誰 かにお金を払って殺してもらうそうです。 フィリピン関連の本を読みますと、そういった話が出てきます。 実際に暗殺や誘拐は、年に何回もあります。ニュースに載るものもあれば載らな いこともあります。 よく中国系の人が誘拐のターゲットになっているという話を聞きます。中国系の 人は誘拐されても、警察には届けずにお金で解決することが多いので、表ざたに はなりません。警察に届けても、かえって袖の下が必要だったり、警察の幹部が 誘拐に絡んでいたりして悪化することもあるそうです。もちろん中国人もだまっ てはいません。闇から闇へ誘拐組織を葬ってしまうかもしれませんネ。 こんなニュースがありました ------------------------------------------------------------ NPAの犯行か 警察当局が捜査 【マニラ大澤文護】フィリピン警察当局によると10日、マニラ近郊ラグナ州 サンタロサ市のレオン・アルシリアス市長が、武装グループに射殺された。市長 はアロヨ大統領の支持者の一人。警察当局者はフィリピン共産党の軍事組織・新 人民軍(NPA)の犯行の可能性があるとみて捜査している。軍・警察部隊は 7~8日にかけて国内2カ所でNPAと衝突し、13人を殺害している。 調べによると、少なくとも3人の武装グループが、市民ホールで開かれた結婚 式に出席中の市長に近づき、頭部などに銃弾を撃ち込んだ後、逃走した。市長は 近くの病院に運ばれたが、間もなく死亡した。市長の警護に当たっていた警察官 1人も死亡した。警察当局者によると、NPAは03年7月にも、アルシリアス 市長暗殺を図って、銃でけがを負わせ、その後も脅迫を続けていた。 毎日新聞 2005年5月10日 20時08分 ------------------------------------------------------------ ところで、ニュースにならない話を2つ、ホントのことです。 一つは、近所の娘がある男に騙されて操を奪われてしまった。 その両親が怒って、その男を人に頼んで殺されてしまったとのことです。 その男が殺されたことは事実だそうですが、殺人依頼をされたかどうかは闇の中 です。 もう一つは、すごい身近な話です。 義理の弟が、友人の奥さんに夫を殺してと頼まれたらしいです。 奥さんからピストル1丁と10万円ほどの現金を受け取ってしまったらしいで す。ただ、弟は金が欲しいだけで友人を殺すつもりはなかったみたいです。 弟はお金を受け取って使ってしまって怖くなったので、いまは遠くへ逃げていま す。お金だけ受け取ったり、殺人依頼の証人にもなるかもしれないので、その妻 の親族から狙われているかもしれません。 新聞にも載りませんが、よく日本人も襲われて殺されているそうです。ほとんど がお金目的で、周りのフィリピン人とうまくやっていけない人が多いそうです。 うまくやっていくのは難しいです。お金がたくさん出て行ってしまうから。 ただ地元に貢献していてたり地元に愛されている人は、殺す対象にはなりにく く、逆に誰からも嫌われている人は「殺しても誰も文句いわねえだろう」という かいわないかわかりませんが、殺されることが多いそうです。 拳銃が簡単に入ったり、犯罪の検挙率が低い国ですから、自衛が必要です。 フィリピンは。
2005.07.05
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収録した「やしきたかじんのそこまで言って委員会」という番組が日曜日にあっ て、出演してくれる人が本音を語ってくれるので面白く見ています。 テレビはもうほとんどみなくなりましたが、昨日録画したのを見ていました。 その中で、板橋の両親を殺人した高校生の事件のことについて触れていました。 --------------------------------------------------------------------- 6月20日に、東京都板橋区の会社社員寮の管理人室で爆発事件発生しました。 管理人夫妻が殺されているのが発見され、22日朝、被害者夫妻の高校1年生 15歳の息子が、草津温泉の旅館で、殺人容疑により逮捕されました。 少年は、次のように話しています。 「父親が自分をばかにしたので殺してやろうと思った。母はいつもハードな仕事 をしていてかわいそうだった。母がいつも死にたいと言っていたので殺した。」 少年は親が冷たくなった、仕事の手伝いでこき使われたと供述しています。警察 は、親への恨みが犯行動機かとして調べを進めています。 少年は、周囲から礼儀正しい、普通の子、おとなしい、生真面目、と評価されてい ました。 ----------------------------------------------------------------------- 犯罪を行うテレビゲームが、少年を犯行に影響させたのではと言われています。 しかし犯罪原因を特定する材料として、父親が熱心な創価学会会員であったとい う事実は隠されています。テレビや新聞ではほとんど報道されていません。 父親は「信心が足りんから、お前が犯罪なんか犯すんだ。もっと信心しろ。」と 息子に言ったとか言わんかったとか。 宗教の名前は番組では伏せておりましたが、インターネットで調べるとすぐにわ かりました。 犯罪に宗教が影響しているかどうかわかりませんが、なぜか意図的に隠すのはど うかと思うのですがいかがでしょうか? まあ、世の中にはこういうことは山のようにありますけれど。 真否はともかく、インターネットの社会ではだんだんと隠していくのは難しいで しょう。 そういえば、サダムフセインはアメリカが作ったという話はありましたが、イラ ンがイスラム国家になった遠因も、CIAが1953年頃にイランにできた社会主義政 権をつぶしてバーレビー国王を擁立させたということが言われているそうですね。
2005.07.04
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ずっと久しぶりに仕事で集中してやって納品を終えたら、疲れてしまいました。 別のネタを書くつもりでおりましたが、長文になってしまって見直す時間もな く、力尽きてしまいました。そのため、軽い小さな話です。 近くの「しあわせ村」という東海市施設の温水プール施設へ行きました。 梅雨まっさかりでこの日も雨でした。駐車場はとても混んでいたので、一見駐車 場はありませんでした。 妻はいつものように、「ちょっと探してくる。見つかったら電話するね。」と 言って、傘をさして車を降りました。私は妻とは別に駐車場を探してぐるぐると 回っていました。 2週目を回ったとき、妻が他のバンの運転手とやりあっているのを見つけまし た。妻は空いている駐車場でなにやら、車から降りてきた男と大きな声で話して いました。私が車で近づくと、バンは動き出して、私はその空いている場所に停 めました。 「どうしたの?」と尋ねました。 「私が空いている場所を見つけて、そこに立っていました。すぐに大きな車が来 て、じゃまだって騒ぐのよ。私は腕を組み合わせてバツとみせたら、男は車から 降りてきて、そこ停めるからっていうのよ。私は、『私の主人がここに車をとめ るから立っているのよ』って大きな声を出したの。そしたら去っていったの。ヤ ンキーのお兄ちゃんみたいだったわ。」 なんかとても強くなった妻が、妙に愛らしく見えました。 その温水プールは、子ども用のプールと水着を着て男女が一緒に入れる温泉施設 があります。どちらも、芋を洗うように混んでいました。夏になって、雨が降っ たから、こっちに流れてきたんだと思いました。まあ久しぶりにのんびりさせて いただきました。 その後、ブロンコビリーというステーキレストランへ。もうすぐ妻の誕生日なの で少し早い祝いです。久しぶりに大きなステーキ―を食べました。ここはサラダ バーが復活したんですね。僕はここのサラダバーが好きで、ハンバーグやステー キはなくてもサラダバーがおいしかったの、うれしかった。 注意書きがしてありました。 「サラダオーダーしていない人にをシェアしたり、残さないでください。サラダ バーを維持するためにもご協力をお願いします。」 すみません。こどもに少しシェアしてしまいました。
2005.07.03
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ふぅ、ほぼ3週間かけてやっと90%ほど仕事を終わりました。 独立して初めてお金になる仕事をして、フリーの受託プログラマーの仕事の内容 がおおよそわかりました。 1. 開発の実験 仕事の内容は、Webの画面をつくる仕事です。画面のデザインは他の方が担当し て、その画面にデータの入力をするとデータベースに反映されたり、そのデータ ベースの内容を表示したり、一覧を計算して表示するものです。 業務用で使う画面といえば普通なものかもしれません。 画面数は13、テーブルは8ぐらい。 と楽勝ベースでこんなの急いでやれば2週間で終わるだろうという軽いつもりで いました。 しかし、PHPとSmartyを思い出して慣れるのに4日ぐらいかかりました。 それまでいろいろ試行錯誤して、プログラムを何度も実験的に書き直しておりま した。お客さんのプログラム作法に慣れるのも、上の4日と重なります。 Webのデータを、GETではなくてPOSTですべて受け取るようにして、入力チェック もサーバー側で行うということでした。JavaScriptに慣れていたので、ほとんど の処理をクライアント側で行うことが楽だったのですが、お客さまの仕様にあわ せないといけません。 細かいところがたくさんあったり、仕様が固まっていないところがあったり、全 体像が見えないので理解が及ばなかったりする。そういうところは、普通のプロ グラミングでもたくさんあるでしょう。まったく他の同様の仕事と同じだと思い ます。 データをアクセスしたり、更新したり、集計するのに、SQLという言語を使いま す。データが4つのテーブルにわたることがありましたので、少し複雑なSQL言 語を書くことがありました。SQLもホント久しぶりというのか、仕事の関係であ まり使わなかったので、大変でした。SQLの久しぶりの勉強で、INNER JOIN, LEFT JOINも、一時的にテーブルを作ったりすることもありました。 デバッグ環境も大変でした。 実はPHPのデバッグ環境は良く知りません。PHPエディタをつかって、文法エラー をすくなくします。その後は、テストデータがないと本当に動いているのかどう かわかりません。結局、ブラウザで画面を開いて、データが更新されているかど うか、画面上にprintやprint_rとつかって、原始的なデバッグ方法に頼るしかあ りませんでした。自分のPCにPHPの開発環境をおいて、1行ごと実行したり、変数 をチェックするようなことをしないといけませんね。これだけでも開発時間が 20~30%かわりますから。 でも、PHPという言語はいいですね。Smartyも使い方がだんだんとわかってきま した。Smartyは列数が未定の表をつくるにはまだ大変なところがありますが、デ ザインとプログラムの分離がある程度可能です。ある程度というのは、表示の都 合上、Smartyのテンプレートにプログラムの一部を持ってくることはあるからで す。それにリンクはテンプレート側に書いたり、データの一時保存もテンプレー トに記述する必要があるからです。 まだSQLやPHP, Smartyも勉強不足のところがあって、もっと効率的に記述するこ とは可能かもしれません。でもPHPという言語は、ほんとうに簡単にできるんだ なと実感しました。かつての端末でCOBOLやRPGなどを使うように、WebではPHPが 活用できると思います。JavaやJSPでは、システムが大掛かりになってしまいま す。Microsoftでは、Active Server Pageが同じようなものかもしれません。 今回の開発は多くが初めてのような経験を得たため、パズルを解くような感じで 楽しみました。乗りかかった船ですから、次期開発も行うことになりそうです。 最初の仕事は、イニシャルコストが高かったのですが、次に同様のことをやれば たぶん30%以上時間を減らすことができるでしょう。 2. フリープログラマーとして 東京で1回4時間くらい打ち合わせをして、設計資料とメールやチャットのやりと りで行っています。昔親しかった友人から頼まれた仕事で、その友人の先にお客 さんがおります。 友人とは10年以上前に一緒に働いた経験があり、お互いがある程度わかっていま す。また仕事も途中で投げ出さないけれど、フランクにやりあうという、昔の会 社の文化を共有しています。そういうところでは150%以上の意識をしてやりあっ ているでしょう。当初、友人は私のことで、能力的にも意欲的にもやりとげるか どうか心配して、私は仕事に関して能力的にも内容的にも不安なところがありま した。 そしてお客さんは、私と一緒に仕事をするのは、もっと不安な部分があったと思 います。 今回の仕事は、このような時期にあまり興味のもてる仕事ではなかったので、一 度は断りました。しかし、東京では景気がよくなって、プログラマーは大手が 囲って不足しているそうです。全然知らない能力が足りない人よりも、地方で自 由にやっている私の方が、リスクがあるけれども採用するということだったらし いです。私も悩んだのですが、友人との今後の関係を良くしたいし、実験的に やってみるかというつもりになりました。 報酬については、交通費+αで勉強させてもらうつもりでよいといいました。失 業保険をもらっているし、「しばらく業務プログラマーとしては離れているので きちんと実現できるかどうかわからない」ということからでした。 でも逆に、「きちんと仕事をやり遂げてもらわないと困る」と言われ、お金は私 の身の振り方が決まったときの出世払いということで適当に決めてもらいました。 設計書は非常によくつくられていましたので、90%ぐらいの要件はすべて設計書 に盛り込まれておりました。その後に送られてきたテスト設計書もよくできてい ました。私自身、設計書の作り方に関して勉強になりました。 問題は残り10%のところで、メールなどではわからないことがあります。たぶん 直接話を聞いて、いくつか質問すればわかると思うことだと思いますが、まわり くどくなったりします。コミュニケーションでは、このことをどうするかが課題 ですね。これさえクリアすれば、職場はどこでもかまわないのでしょうね。テレ ビ電話や他の方法で解消できればいいのですが。 仕事の自由な時間も大いに助かりました。 子どものことや別件の用事も日中にあるのですが、そういう時間とは別に仕事を することができます。またプログラムをつくるという作業は集中するので、隣で 騒いでいようと仕事をすることができます。アルゴリズムを煮詰めたりなど熟考 するときは、トイレに逃げ込んだり、外を歩いたりしますが。自宅でも可能なん だなと思いました。自宅といっても、居間に机を置いていて、占有する部屋はな く、たたみ二畳分のスペースなんですよ。 仕事に関係する書類や、その他の書類、自分が読む本などが、机の上に散乱して 大変ではありました。そこに事務用に使うノートパソコンと開発用のパソコンを 17インチモニタをつけて置いています。 良い実験になりました。 自宅で時給4000円ペースぐらいで仕事をする可能性も開けました(今回は、初期 コストがかかって3000円ぐらいかもしれません)。東京で仕事をしたり、客先で 仕事をすれば、もう少しベースがあがるでしょう。 でもたぶん同じような仕事は引き受けたくないかな。同じようなパズルを解いて も飽きちゃうからね。次はもっと難解なパズルを解きたいと思います。
2005.07.02
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先日、職安に紹介されてある会社へ面接を受けに行きました。 ほとんど社長1人でやっている会社ですが、先進的なことを人工知能的ノウハウ を使ってやっていきたいという会社の案内でした。 会社名からインターネットで調べたりしましたが、名古屋で私と同じような考え 方をもって、先に起業されている方はどんな人なんだろうと思いました。 職安で提示されている賃金は低めに抑えられていますが、興味の方が先にいって とうとう紹介を受けて会いに行ってまいりました。 ベンチャー企業向けの建物の中に、会社はありました。 社長に「私も技術的な優位性で起業をしたいと言う考えをもっています。こうい う経歴でやってきました」と話しました。そしてお互いに理解を深め、いろいろ と研究や技術的なことで盛り上がりました。 もし私が起業すると、たぶん社長のような感じになるのではと思います。おそら く社長を私をみて鏡を見ているような感じになったのではないかと思います。 先日、私の顔とそっくりな中国の元外交官陳用林さんを紹介しましたが、こちら は考えていることが似ている感じがしました。 社長曰く、「かつての同僚で社長候補がいたんだけど、会社を抜けられなくて、 この研究特許を使って起業活動が中断している。もしできたら、社長になってく ださい。会社は私の名前で作った会社ではなくて、この研究特許をすすめていく 別会社です」と言われました。 面接で、社員ではなく、取締役ではなく、社長になってくださいと言われるのは 予想外でした。とはいっても、まだ起業はしていないので社員もいませんし形も ありません。ただ、申請中の特許はあり、起業に関する準備はすすんでいるとの こと。 自分が起業するための準備として不足しているものに、人材というのがある。 一人では何もできない。 自分と同じようなことを考えている、一緒にやっていく能力の高い人が必要だ。 研究・技術も一人でやっていると、よく泥沼にはまって抜けられなくなる。 また、取引先や共同研究者など、既にこの社長の名古屋での人脈が可能になって いる。 社長自身は、会社の規模を大きくして信用をつけるために、最近は請負や派遣の ようなこともやっているという。ご自身ではITコンサルタント業をしていて、な かなか、この起業の準備をする時間がとれないという。 いまは忙しいので動けないが、近いうちに社長と合流してやっていけたらと思 う。ただ、あまりにもトントンといくのは、少し怖いので注意しなすすめないと いけないと思う。
2005.07.01
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