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小学校の時、尊敬する人と言うことで
作文を書いたことがありました
その時、書いた尊敬する人は
「 野口英世 」 でした
福島県猪苗代には野口英世博士の実家があります
私の叔父と叔母が福島におり
夏休みは叔父と叔母にあずけられて
過ごしておりましたので
野口英世博士のことは耳にタコができるほど
聞かさせていました(笑)
みなさんもご承知のとおり
野口博士は梅毒や、黄熱病の原因となる病原体の研究で
世界的に有名になった細菌学者です
また研究をしていた黄熱病で亡くなった事でも有名です
机にいらっしゃるのは
野口英世記念館の見事な出来のロボットです
このロボットが博士の業績など
詳しくお話をしてくれるのです
平成16年11月には新千円札の顔にもなる偉人ですが
生まれは福島県の磐梯山のふもとの貧しい農家の出身でし
野口英世博士の多くの資料がある
記念館について少しお話をしましょう
1928年(昭和3)5月21日に
野口英世博士が西アフリカで殉職したのち
東京でも追悼会が行われ
その折りに出席した人々により「野口英世博士記念会」を
設立する話がまとまりまし
記念会の最初の事業として
翌年に生家の保存と二つの記念碑を建立
そして1938年(昭和13年)には
文部大臣より財団法人の設立が許可され
その翌年の博士の命日には
念願の「野口英世記念館」が開館したのでした
ここには、生家をはじめ
野口博士の死後に遺族や関係者から提供された
遺品・資料が展示されています
生家は野口の幼少期の姿を保っており
その生家では、博士が乳児期に
火傷を負った囲炉裏も見学することもできます
また、直下に博士の遺髪を納めた「誕生地の碑」と
野口が遺した格言を刻んだ 「 忍耐の碑 」 の二つの碑の他
母シカが篤く信仰していた観音様にちなんで
観音堂も建てられていました
では、次は野口博士とお母さんの話を書きます
今月の 「 おいしい山形 」 プレゼント
http://nmai.org/present.html
じゃ、またね~~