貴重な満州体験記・そしてリコウランの人生いろいろ
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私は第二次世界大戦と言うより太平洋戦争の戦争中は満州國の北、ソ満国境琿春に住んでいました。昭和20年8月9日日本と不可侵条約を結んでいたソ連軍が一方的に条約を破って満州に侵攻してきました。琿春は図們河を挟んで向こう岸はソ連と言った国境の町。琿春には国境警備隊の関東軍駐屯地がありました。官舎の近くには「酒保」(軍隊内の売店のことで食料品や日常品を扱っていた)が有りました。当時、町で軍服姿の兵隊さんを見かける位で戦時中という緊迫感はありませんでした。8月9日の朝早く、住民にソ連侵攻の報道があり2,3日避難しているようにということでした。町の人たちは「強い関東軍」がソ連をやっつけてくれると信じていました。着の身着のままの状態で、正午頃琿春駅に向かいました。母は食べ物が必要と思ったのでしょう家の米櫃に有ったお米を晒しの袋に入れて持って出ました。唯一の持ち出し物でした。私たちは日本の勝利を信じ大した着替えも持たず夏の着衣姿で家を出たのです。そしてそれっきり65年間戻れていません。2度と戻れない旅立ちになるとはとは夢にも思っていませんでした。毎年8月9日には20年のその日の空がきれいに青く澄んでいたのが忘れられません。 ブログでお知り合いになった「しげやんさん」が「ソ連が満州に侵攻した夏」と言う本を送って下さいました。その本によると、ソ連の参戦は翌年4月に日本との不可侵条約が切れた後だと思われていました。しかし8月6日アメリカが原子爆弾投下して、事態は変わりました。うかうかしていたら戦勝国になれないと焦り、急遽作戦を変更してドイツ戦で戦った兵士をソ満国境に呼び戻したそうです。休戦を受諾せざるを得ないところに来ている日本に寝返りをうったのです。ただし日本はソ連とは宣戦布告をしていないそうです。戦利品として御存じ北方4島と樺太を占領しています。ソ連がソ満国境に侵攻してきた頃には関東軍の大半はソ連との不可侵条約を信じソ満国境の兵士を南方の戦地に移動していて手薄になっていたのです。そしてアメリカ、イギリス、フランス軍のような戦闘の犠牲も、期間も短い参戦で戦勝国として利益を得たのです。先日TVで北方4島の一つの島にに住んで居られた方が8月15日以降島に上陸してきた兵士がアメリカ兵出でなくソ連兵だったので大変驚いたと言っておられました。そしてもっと人道的に許せないのは終戦後の捕虜収容です。衣食住どれをも満足に与えず、重労働を強いられたのです。 戦争は悲惨です。地球に戦いの無い平和が来ますように!
2010年08月08日
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