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生きた英語を学ぶのなら、一度は経験しておきたい現地生活。例え短期間であっても、生の英語環境で生活するのとしないのとでは、度胸のつき方が変わってくると思います。そう、英語を話すにはその度胸なくしては達成不可能といっても過言ではないでしょう。様々なシーンで、勇気を出して自分の言いたいことを英語で表現する。相手に伝わったかどうかは、その反応によって速攻分かります。テストの回答を直ぐに聞けるという感覚。これが現地生活で可能なのです。
2008年04月30日
デパ地下という言葉がありますが、シドニー市内にあるDavid Jonesというデパート、ここにもそれと同じようなものがあります。日本のそれと同じかというと、品数は遥かに劣ります。しかしスーパーでは買えない様な食品が手に入るとあって、連日かなりの人気でした。値段的には高級の部類に入りますが、そこには決して値段には負けない品質があります。私が最も気に入っていたもので、crab and Italian pasley saladというのがありました。これは出来合いの食品で、量り売りのコーナーにあります。カニ罐とイタリアンパセリのサラダですが、このドレッシングがレモン汁メインでさっぱり系の味で何とも言えない美味しさを提供してくれます。妊娠中、中毒かと思うくらいこれにはまってしまい、週に数回街まで足を運んでは購入していました。Largeサイズの容器に入れて欲しいくらいでしたが、やはり値段を考えると中位の容器に半分がせいぜい。当時、それで5ドル位だったと思います。ちょっとしたランチの料金と同じです。それにボロネーゼという焼きたてパンを買って、これまた街中にあるハイドパークでランチしていました。思い出すだけで、生唾が出てきそうです。。。何を後悔するかというと、このサラダが食べれないことでしょうか。
2008年04月29日
ご存知のとおり、小学校高学年から英語の授業が取り入れられるようになります。中学校からより小学校高学年、確かに少しでも早く始めた方が馴染みやすいと言えます。ですが、高学年ともなると日本語能力もかなり高くなっており、英語を他言語として受け入れる姿勢を持ってしまいます。日本語で考えて頭の中で訳す。。この過程に時間がかかればかかるほど、英語を難しい他言語として捉えてしまいます。私個人的な意見としては、せいぜい小学校低学年での英語を体験させて欲しいと思っています。
2008年04月28日
電車の時刻を知らせる電光掲示板がありますが、この正確さは信頼おけますか?遅れているのならアナウンスが流れ、今電車がどこにいるのかを教えてくれます。待っている乗客に対する最高のサービスだと思います。シドニーの電車、この掲示板に信頼がおけません。時間通りに駅には行きますが、遅れてくることは当たり前。アナウンスも流れますが、それは到着時間を過ぎてからの話。。次に来る電車がどこにいるのかは、いよいよ一つ前の駅に到着するかどうかというタイミングでアナウンスされます。待っている方はイライラしながら。。と思いますが、これは言ってみれば当たり前のことでもあり、とにかく電車が来るまで辛抱強く待つ人が大半です。ある意味、素晴らしい国民性だと思います。文句言っても始まらない、といったところでしょうか。しかし、次に来る電車の行き先が土壇場になって変更になるのはちょっと見逃せません。しかも掲示板に表示されているものが全くアップデートされず。。変更になってもっと先まで行く電車になるといいのですが、もっと手前の駅が終点になってしまうこともしばしば。。夜遅くの電車であれば帰宅時間が延びるため、ふーっとため息が出てしまうのは仕方の無いことでしょう。電車の正確さは、国民性を上手く反映していると感じます。
2008年04月27日
生活するに必要なだけの英語が分かればいい、という人もいるかと思います。例え留学していても駐在していても、ワーホリでも旅行でも同じ英語で生活しなければなりません。この事実だけは変わらないと思います。電車の出発時間が変更になることがありアナウンスが流れます。もちろん英語です。シドニーでは急に次の電車の行き先が変更となることがありました。電光掲示板もその変更を知らせていますが、とっさの変更に待っている身としては焦ってしまい周りの状況を確認しながら行動を取ることになります。言っていることは何となく分かっていても、100%確信が持てない為何となく居心地が悪かったこともあります。当たり前ですが英語圏では英語は生きていく糧となります。留学生は英語を勉強する為に渡航するのですが、その目的により早く到達する為に毎日英語に触れることは大切だと改めて感じています。
2008年04月25日
スーパーの買い物で自分が買う物は少ないのに、前に並んでいる人のカートが一杯になっていたら思わずため息が出てしまいます。たった一つのパンの為に、何分待たなければならないんだろう。。特に仕事帰りの際に立ち寄ったスーパーでの買い物。電車の時間もあり気が焦っています。オーストラリアのスーパーでは、商品数が少ないお客さんの為にエキスプレスレーンがあります。私がよく行っていたスーパーでは、10品以下の人はこちらに。。となっていました。どう見ても10品以上あるように見えるんだけど?と思える人も並んでいましたが、基本は数が少ない人向けの為、かなり効率よく回っていました。おまけに袋もいらない人も多いので、さっさと支払いを済ませて立ち去ることができます。日本人にするとかなりのんびりした印象のあるオーストラリア人ですが、このスーパーのレジだけは感心したものです。日本にはそんな特別のレーンはないように思いますが、いかがでしょうか?
2008年04月23日
エコライフという言をよく耳にします。オーストラリアではもうずっと前からそれが生活の中で意識されていました。スーパーで買い物をした時に”袋にお入れしますか?”と聞かれますが、オーストラリアではちょっとした小物であれば当たり前のように袋無し。袋が必要かどうかすらも聞かれませんでした。清算を済ませると、さっと商品を脇に置き次の方どうぞ、といった振る舞いをされると何も言えずに立ち去ることしかできません。たまに袋をくださいと頼んだこともありましたが、よく考えるとどうせ直ぐにバッグに入れるわけで、必要無いと言えばそうなのです。ここ最近はエコバッグなるものも登場していますが、日本で意識され始める前からそれは存在していたのです。しかも、袋をもらわなければポイントが溜まるといったメリットはありません。単純に環境を意識して、ということです。見返りを期待しないで自然と意識するエコ。素晴らしい社会の意識だと思います。
2008年04月22日
世界中にどれだけたくさんの国があるでしょうか。類似こそあれ、その数だけ異なる言語が存在しているのです。私たちが話しているのは、日本語という言語。星の数ほどある言語の中のほんの一言語にすぎません。英語は第二言語として習得するわけですが、世界規模で考えるとどれだけわずかなものか、改めて考えさせられます。その第二言語の習得ですら四苦八苦させれているのが、現状です。言葉が違うということは、考え方も根本的に異なると考えられます。当たり前と思えることが、他言語の人にすると全く違った見解になるというわけです。物の価値観も異なります。国や環境が異なるわけですから、考え方の違いもあるはずです。言語だけを考えても、色んな発見があるものです。
2008年04月21日
日本とオーストラリアを比べた時、個人的な考え方の違いが多くあると思います。例えば服装。冬には冬の格好、寒い中にはそれなりに厚手の服を着るもので、夏は涼しい格好。日本で夏にブーツを履く人はいないと思いますが。。。しかしオーストラリアでは夏でも黒いブーツを履いている人を見かけました。見ている方が暑くて足が蒸れるだろうに。。。と思ってしまいます。しかし本人はそれなりにファッションの一部として履いているのであり、それを咎める必要はありません。気にしないのです。日本でも最近では様々な格好をした人たちを目にします。しかしそれは夏にブーツを履くといった感覚とは違う気がします。ファッションには正しい、間違いといった観念はなく、基本的にはその人自由が尊重されます。他人のことをとやかく言う社会性がある日本。時に鬱しく感じることがあります。個人ではパワーはないのですが、集団になるとそれは倍増します。いじめもそれに通じるものがある気がしてなりません。昔から日本社会に根付く周りに従え、出る杭は打たれるといった考え方が今でも引き継がれているように思えます。ケースバイケースですが、こればかりは改善できないのかな。。と思えてなりません。
2008年04月19日
英語を何に活かすために留学するのか?なぜ英語を勉強するのか?なぜその英語圏を選ぶのか?どのくらいの資金が必要か?土地の気候は?どこに誰と住む?学校までの交通機関は?留学を前に色んな疑問が思い浮かんできます。それだけ留学には、綿密な事前の準備が必要だと言えるでしょう。その土地の状況を知らずにして渡航することは、ある意味賭けのようなものです。どっちに転ぶかは運次第。。事前の下調べは欠かせないでしょう。肝心要の英語の勉強はもちろん、それ以外にもたくさん考慮する点があるという事実、忘れてはいけません。。軽く、甘く考えないことです。
2008年04月17日
英語のイントネーションが国によって違うことは周知の沙汰です。やはり長年オーストラリアに住んでいたこともあり、オージーイングリッシュを聞くと、とても懐かしい想いに浸ってしまいます。とは言え、英語は英語であり他国の英語圏のそれと違うのはイントネーションとスペルくらいで、国を越えて言葉を理解しあえることの素晴らしさを実感してしまいます。色んな国の人たちが住んでいるにも係らず、その共通言語は英語だという事実。何とも不思議であり、また感動してしまいます。さっきまで母国語で話していたものを、さっと切り替えて英語で話す技?は素晴らしいの一言です。親子が違う言語で会話をしている光景も目にします。子供は英語圏で生まれ育っているのですから英語で、親は母国語でという風に。。日本ではほぼ0%の確率で見ることのできない光景だと思います。
2008年04月16日
教育システムは国によって異なります。成績優先か純粋な精神を養うことが優先か。。オーストラリアでは決して進んでいるとは思えなかったものですが、今考えるとのんびりした環境で学校へ通っていた娘達の姿が思い出されます。左右緑に囲まれた道を、おしゃべりしながら登校する。途中、渡っていたつり橋の横に背の高い木があり、ほぼ同目線で見ることができたポッサムの巣。地上レベルでは決して見ることができないはずですが、たまたまつり橋があったお陰で巣の中をじっくりみることができたのです。徒歩15分ほどの場所に学校があったので、それほど苦もなく歩いていました。今の学校は周りが田舎であるため、田んぼが左右に広がっています。しかし途中にはコンビにもあり、大型トラックが走っているのを見ると決して安心して登校させることができません。懐かしい想いが胸の中を渦巻いています。。
2008年04月14日
小学校の時に、単純な疑問があり先生に‘なぜ日本人だけ日本語を話し、他の国は外国語を話しているのですか?‘と聞いたことがありました。幼い子供にしてみれば、日本語以外は全て同じ外国語に聞こえていたのでしょう。それに対する先生の回答は、‘日本人だからではなく、外国の人にしても日本語が外国語に聞こえているんですよ。‘というものでした。それを聞いてもいまいちピンとこなかった記憶があります。ですが、その時代でも英語をはじめとする他言語が日本国内で耳にされることがあったのです。それを意識していた自分が新鮮に思えます。一般的に他言語は耳にとって異物であり、すっと入ってこないことは確かです。数回聞いただけで馴染めるものでもありません。現在英語を学んでいる子供たちも、似たような疑問を抱えているのかな。。と考えています。
2008年04月13日
多国籍国家。この言葉がピンとこない日本です。最近でこそ海外から来た人たちを目にすることが多くなりましたが、まだその国籍は限られており偏りがあるように思います。比較的多いのは英語圏と中国や韓国からの在日人ではないでしょうか。土地柄か言語か、はたまた文化か。。その人たちがなぜ日本を渡航先に選んだのか、理由は様々でしょう。隣近所に外国人が住んでいるという現象は、まだまだそれぞれのコミュニティレベルでは感じられません。しかし、明らかに今の日本は一昔前とは大きく異なりつつあるという事実は否定できないのが現状です。国際社会における日本の立場を考えると、個人的にはまだまだ外国人の絶対数が増えても良いと思っています。そうならなければ、国際的感覚を養えないからです。国内だけを対象にした考え方ではもう通用しない時代になっているのです。それに先立ち、小学校高学年の英語の授業が義務化されます。中学より小学校という考え方としては賛成ですが、本当は個人的には小学校へ入る前の段階から始めた方が良いと考えています。日本人として日本語を習得することはもちろんですが、それに平行して英語も習得させる。完璧な理想ではありますが、英語を勉強し始める時期がもう少し早まったら。。。と思います。
2008年04月12日
通訳サービスとは便利なもので、いざという時に頼れる大切な存在です。日常的には必要なくとも、病気で入院した時や役所の手続きなど、めったに送風しないような場面でその存在を発揮してくれます。自分の英語に自信がない時、不安な時、安心感をもてるのは通訳サービスです。日本ではそれほど見かけませんが、オーストラリアでは要所要所で用意されていました。母国語の大切さが身にしみる経験です。
2008年04月11日
通勤電車の中で高校生の女の子が話していた会話が耳に飛び込んできました。とにかくうざい、ほんとに嫌なやつ。顔だけ見ればだけどね。女の子ですがなぜそんな言葉使いをするのか、なぜそんな思考回路になるのか、全く理解不可能と思い聞いていました。聞きたくないと思ってましたが、声が大きくてどうしても耳に入ってきたのです。最近の女の子は言葉使いが乱暴ですが、それに加えて考え方が否定的、攻撃的に見えます。日本の女の子はとくにそういう傾向があるように思います。社会の抱える大問題?家庭環境の変化?学校生活の影響?何か納得いかなく、胸の中がすっきりしない朝の出来事でした。
2008年04月09日
社会のマナーは、日本人とオーストラリアの人とでは違いが見られます。帰宅途中の電車の中で袋菓子を開ける、持ち帰りピザを歩きながら食べる。。一番驚いたのは、牛乳パックから直接飲んでいた人です。1リットルのものだったと思います。喉が渇いて飲むようなものだとは考えにくく、単に牛乳が大好きだったのだろうと思います。それにしても一気に飲むわけにはいかず、残ったものはずっと終わるまで持ち歩くのですから、大変だろうと想像します。それに夏にように気温が高い時は、早めに品質が落ちますから管理が大変です。要は、周りの目を気にすることなく自分がやりたいことがあれば実行するという姿勢の違いです。しかしそれは時には周囲に迷惑をかけているということも考えなければなりません。電車の中のチップスの匂いは油物が苦手な人にすると具合が悪くなる要因になりかねません。そんな私ですが、仕事の帰りは大抵お腹が空いているもので、時には真似できたらなと考えたことは一度ならず。明らかにその当時、理想と現実の狭間にいました。
2008年04月08日
職場の上司に英語について聞かれたことがあります。どのくらいオーストラリアに住んでいたのか、同じ英語でも国によって違いがあること、一般的な英語のレベルテストの点数。。全て答えましたが、最後のレベルテストについては私の個人的な見解がかなり強く入っており、上司が納得する回答ができたかどうかは推測の域を出ません。私の場合、留学生に比べるとオーストラリアに住んでいた期間が長く、比較の対象にならないと思いますが普通に生活していたというだけで、必然的に最低限必要な英語力は付いていたと思います。または、そう感じていました。もちろん最初の時期は全く自信が無かったので、電話にすら出るのが怖かったものです。仕事を探しても英語を使うものはどれも自信がなく、しかしながらそこに住んでいる以上話せなければ何も始まらないという現実。そして子供も生まれ母親になった時から、自分に強くなっていった気がします。要は、追い詰められた上での結果です。話さなければならない、ここで躊躇しては何もならない。自分が勇気を出さない限り、いくら周りから背中を押されても前に進めない。。。辛い時期が続きました。自分の中で葛藤がありました。しかし結果、勇気を出して踏み込んで行き案外思った以上に楽だったと感じました。と同時に、それがどんどん自分自身の自信へと繋がっていったのです。英語を勉強している皆さん、結局これは自分との戦いなのです。周りのアドバイスは十分なくらい聞いてきました。これからはいよいよ自分が前に踏み出す時です。そんなタイミングがもう目の前に来ているのです。
2008年04月06日
オーストラリアでは、1時間もののテレビ番組が始まる時間が半からというパターンが多いものです。なぜかすっきとしない、そんな感覚がずっと続いていました。なぜ丁度の時間から始めないんだろう?番組の終わりが30分ということがしっくり来なかったものです。それに引き換え番組が始まる前に紹介される、カテゴリー。その番組にはどんなシーンが含まれるか、大人向けかどうかなどが事前に知らされるため、見るかどうかを前もって考えることができます。子供が観ていたのなら、ここから先は親の判断でお願いしますというもの。例え過激なシーンがあっても最初に説明されていたわけですから苦情は言えません。この辺りは責任の起因がはっきりしていると思います。私自身もそれによってチャンネルを変えたりしていました。すっきりすることとしないことが隣り合わせのテレビ番組でした。
2008年04月05日
どれだけ英語圏での生活が長かったか、それによってその人の英語のレベルが一瞬にして判断されてしまうことがあります。滞在期間によって、それに比例するかのように英語のレベルも上がるというものです。これはある意味全く事実からかけ離れているとは言えませんが、それだけでその人のレベルを決め付けてしまうのは安易な考えだと思います。確かに英語に触れる機会がたくさんありレベルアップする可能性は大きいと言えます。しかし実際にはその人自身がどれだけ努力するかによって最終的な結果が伴い、判断されるべきだと思います。そういった意味では、留学することはそのチャンスが手中にあると言えます。英語は単純にその環境から離れると忘れられがちです。せっかく身に付けた英語も、段々時間と共に記憶の中に埋まってしまうのです。それを阻止するには、何と言っても実践が必要不可欠だと思います。帰国してから英語から離れてしまったという人はたくさんいると思います。私も遠からずその中の一人だと言えます。当たり前のように観ているテレビに、ふとそんな想いが頭を過りました。
2008年04月03日
最初の頃は、毎回英単語辞書を使っていました。とにかく分からない単語だらけで、推測するにも不可能に近かったのです。面倒ではありましたが、お陰で覚えた単語数はかなりのものになり、現役の学生時代に比べて数段もレベルアップしたように思いました。単語さえ覚えたら、あとはつなぎでどうにか会話ができます。極端な話、単語の羅列でも意思疎通が可能なのです。ですから、とにかくもっともっと単語を覚えなければと焦っていた自分がいました。現役時代は単語はテストの為のもの。それ以外の何者でもありませんでした。しかし実際に英語環境に身を置いたら、その単語がどれだけ大切なものかが身にしみます。頭が痛くなりそうですが、とにかく覚える単語数は多ければ多い方が良い、というのは私の中の鉄則です。
2008年04月01日
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