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公共の乗り物を待っている時、遅れているとイライラします。それも数分ではなく、大幅に遅れている時。アナウンスが流れ遅れていることを詫びていますが、朝のラッシュ時に5分も遅れようなら遅刻ギリギリという人がたくさんいます。イライラしながら待っていると、どうやらそんなにイライラしているのは自分だけだということに気が付きました。いつもはそんな癖が無いはずなのに脚を揺すり、神経が高ぶっているのが目に見えてはっきりしています。冷静になると恥ずかしいのですが、時間に遅れることが嫌いな私の性格上、どうしても時間通りに来ない電車やバスに腹が立ってしまうのです。そんな中、オーストラリア人たちはチラチラと電車が来る方面こそ気にして見ていますが、話しをしたり新聞を読んだりしてとにかく来るまで辛抱強く待ちます。遅れているのは自分のせいじゃない、遅刻しても電車が遅れたのだから問題ない。そういった気持ちがむき出しです。私も、いつかきっとそんな風にのんびりと電車の遅れを待つことができる日が来るだろうと思っていましたが、とうとう変わることができませんでした。頭では理解しているのですが、性格でしょう。早めに家を出るので遅刻をしたことはありませんが、それでも時間通りに来ない電車に慣れることができませんでした。社会全体がのんびりとしているのなら、日本人ももっと穏やかな性質になっていたと思います。私の個人的な考えですが、この日本人特有のセコセコした気質は土地が狭いことが深く関わっていると思っています。人と人とのスペースが十分に取れるのであれば、人間気持ちがゆったりするものです。電車に乗るにも席取合戦。道を歩くにも早歩きで、人より少しでも先に行って並ばなければ、という考えです。人口に対して土地が狭い為、どうしてもこのようなゆとりの無い性質になってしまうのだと思います。いかがでしょうか?急がなくても道は渋滞しないし、電車だって立つに十分なスペースが確保されています。順番待ちは嫌ですが、とにかく順番が回ってくるまで待つという姿勢。未だに私は学びたいと思っています。気持ちが焦っていると考える余裕がなくなります。他人のことを考える余裕もなくなり、自分自身が一番かわいいという人間本来の本能だけが敏感に働くようになります。出発前は、オーストラリアでのんびりとした時間を過ごし、人間的にもっともっと大きく寛大な人物になれたら良いなと思っていました。海外へ行くということは、今までの自分と違った人間になるチャンスに出合えるということでもあります。考えるとワクワクしますね。そんなきっかけを与えてくれる国外脱出は、案外考慮する価値があるのではないでしょうか。
2006年01月31日
バイリンガルは良いなと思います。英語を話せるといっても、ネイティブのように本当に本来の英語のニュアンスを理解して、それを自分の言葉として操れるようになるにはかなりの訓練が必要だと思います。それなりの努力をすれば、ある程度英語を理解できるレベルに達することは可能です。しかしそれ以上のレベル、つまり真からその言語を理解し現地人と同じ立場に立ってその言葉を話せるようになるには、更なる訓練と慣れが必要だと思っています。簡単な会話はできても、現地の人たちがフランクに話している会話に入っていけない時、やっぱり自分は外国人なんだな。。と実感することがあります。聞きなれない言葉や言い回しに出くわすと、ついていけない自分を発見します。外国人が日本語を話していても、それが本当に日本人が話す日本語レベルかというと、なかなかそのレベルにまで達していない場合が多いのはないでしょうか。分かっているかな。。そう疑問に感じる時、大抵相手は100%理解できていないことがあります。それは表情から読み取れることが多く、表情はその人の感情などその時に感じていることを素直に映し出してしまうからです。そう考えると、分かった振りをしても相手には分かってしまうということです。こちらが相槌程度に頷いていると、会話を続行される時があります。そして度ツボに嵌ってしまうことになります。そんな時、その人はこちらが100%英語を理解していないと分かっていても、会話を続けている場合があります。ネイティブでない為、ある程度の部分は目をつぶっているのかもしれません。何気ない会話であれば問題ないのでしょうが、それが重要な商談などであれば大きな問題へと発展する可能性があります。理解できなかった時、少し不安に感じた時、こまめに聞き取って再確認していく必要があるかと思います。日本語を自由に操れるように、英語も話して理解できると良いなと思います。そのレベルまで辿り着くには、どのくらいの時間を要するのでしょう。現地人と同じ生活サイクルで日々の生活を過ごさなければ、難しいのでしょうか。英語を話していても、何故かしら自分が完全にその輪に入っていけないと感じる時、ネイティブとの距離を実感します。完全にネイティブの輪に入る。それが最終的に、言語を違える者達が本当に心を分かち合う瞬間だと思います。
2006年01月30日
結局、英語の勉強をするかしないかは、自分自身に懸かっています。そもそも誰にも強要されず自分で始めたことですから、それを活かすか殺すかは、自分次第ということです。英語が話せたらいいな。。そう思って始めた英語の勉強。ですがなかなか継続させることが困難で、ついつい日々の勉強を怠ってしまうことがあります。英語は、毎日耳にしていれば慣れてきますが、聞いていないと耳がついていかなくなってしまいます。折角単語が聞き取れるようになっていたのが、数日怠けてしまったばかりに数歩後退してしまったようになります。私はそんな経験を重ね、結局慣れることによって英語を上達させてきたと思いっています。オーストラリアに住んでいたので、それ(慣れる事)が可能だったと言えるでしょう。自分さえ頑張る気持ちがありその努力をすれば、海外での生活は大きく英語の上達に加担してくれると思います。何にせよ、努力なしで英語を上達させることは、ほぼ不可能です。海外へ行ったからといって自然と英語が上達するかといえば、そうではありません。そこは正しく理解し、海外へ行く決心をしなければならないと思います。自分の目標をどこに設定するかによって、その勉強パターンが決まってくることでしょう。留学するか、キャリアアップの為か、簡単な会話を楽しむ為か、洋書を楽しむ為か、洋画を楽しむ為か。。英語を勉強したいと思ったきっかけが、必ずあるはずです。まずはそのきっかけに適した目標設定と達成方法を考えることが、優先ではないでしょうか。闇雲に英語の勉強をしていても、行き着く所がありません。時間ばかりが過ぎていくことになります。目標を持って英語の勉強をされてる方々、これからはじめる方々、是非頑張って欲しいと思います。
2006年01月29日
海外で生活していると、日本人的な感覚が麻痺してきます。どういうことかと言うと、現地での生活に慣れてきます。それに従い、日本での生活習慣とは違った生活スタイルに従わざるをえなくなってきます。食べ物や家具、テレビなど日々の生活で触れる部分が全て日本でのそれと異なってくるわけです。必然的にそうならざるをえないのは、想像に難くないでしょう。それを良しとする人と、やはりどうしても受け入れられないという人といるかと思います。皆さんはどちらでしょうか。自主的に海外へ行くのと、状況的に仕方なく行かざるをえない人との違いだと思います。前者の場合は留学などで渡航する人、後者の場合は海外赴任などで家族共に渡航しなければならない人になるかと思います。後者の場合特に、今までの生活と全く異なった環境になるわけですから、違和感があるかと思います。私の個人的な考えになりますが、せっかく海外生活ができる状況になるわけですから、是非そのチャンスを最大限に活かして欲しいと思っています。めったに経験できないことです。海外へ行きたくても行けない人たちがたくさんいると思います。お子さんがいらっしゃる場合は、学校の問題を含めて大変なことがたくさんあるかと思います。ですが、その困難を乗り越えて実りある海外生活を過ごして欲しいと願っています。。
2006年01月28日
子供の耳は大人より早く英語に慣れます。持って生まれた言語習得能力によって私達は言葉を学んでいきますが、その適切な時期は幼少の頃であり、年齢が低ければ低いほど、その能力を発揮するようです。日本でも2008年から小学校からの英語教育が始まろうとしています。現在11英語特区で、規制緩和された英語教育が行われていますが、それが全国展開するとのことです。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060126-00000112-kyodo-bus_all 参照)素晴らしい前進だと思います。国をあげて幼少時期の英語教育に取り組めば、今まで以上の成果が期待できるというわけです。英語は難しい、なかなか覚えられない。そういった声が聞こえますが、日本語の上に英語を勉強してきた私達大人には、当たり前のことだと言えます。しかし子供にはそんな言葉は不必要です。これから数年後に小学校へ上がるお子さんには、耳寄りな情報ではないでしょうか。英語の勉強で教材に頼ってばかりで実践が伴っていなければ、私達大人の二の舞になってしまう可能性があります。折角の時期ですから、是非生の英語に触れる機会を与えて耳を慣れさせて欲しいと思います。英語が好きか嫌いかという問題ではなく、学校の教育プログラムとして英語が取り入れられるようになれば、勉強しなければならなくなります。それまでの準備期間として、幼稚園からの教育も決して軽視すべきではないと思います。(個人的には、幼稚園からの教育を期待しているのですが。。)小学校からの英語教育。一体どんな成果を生み出してくれるのでしょう。楽しみです。
2006年01月27日
電車の中で、日本に来ている外国人を歓迎しよう、といった広告を見かけました。街角で地図を片手に困っている外国人を見かけたら、声をかけて助けの手を伸ばしてあげよう。そういったメッセージが書かれています。こんな広告を見たのは初めてで、それだけ日本に滞在する外国人が増えてきている証拠なのかなと思っています。その理由は何にせよ、歓迎すべき呼びかけだと思います。実際に街で見かける外国人は、道に迷っていることがあります。すると、キョロキョロしながらも割と平気で近くを歩いている日本人に声をかけ、道を聞いています。彼らの度胸は尊敬に当たると思いませんか?その人が英語が分かるかどうか、声をかけるまでは分かりません。とにかく現在の問題を解決すべく、誰にでも尋ねる行動に出るのは素晴らしいと思います。恐らく声をかけられた日本人は、一生懸命に英語で説明しようとすることでしょう。。それが日本人の気質です。実際に、私は歩いていて外国人に道を尋ねられた人を知っています。突然声を掛けられかなり驚いたようですが、本人曰く、とにかく身振り手振りで必死に説明したとか。そうです、言葉が分からなければ体を使って表現するという方法が残されています。ボディランゲージですね。これも結構使えます。丸みを帯びたものを説明する時、両手を使って円を描くようにすれば、その意味を何となく察してもらえるものです。音声にした言葉の壁を越えて、こういった形でもコミュニケーションを取ることができるという証明です。皆さん、街角で外国人に道を尋ねられたらどう対応しますか?
2006年01月26日
外国人が日本語を話す時、本人はそんな意図はないと思いますが語尾が正しく締めくくられていない又は適切な単語を用いてない為、少しカジュアルで時には非礼に聞こえてしまう場合があります。相手が外国人なだけに、最悪な雰囲気には至らないことがほとんどでしょう。これが日本人同士であれば、もちろん互いに嫌な雰囲気を残してしまうでしょうが、相手が日本語を第二ヶ国語としているのが分かれば、それほど気にならないものです。表現の仕方が上手くありませんが、要は私達は相手を見て言葉を額面通りに受け取ったり、婉曲して聞いたりするものなのです。相手の立場や状況を考慮に入れた上で、そん反応を変えていきます。これは、人間としてごく自然なことだと思います。‘悪気は無いんだろうな。‘そう思いながら、相手が話す日本語を聞いている自分に気が付く時がありました。これを英語に置き換えてみると、よく分かるかと思います。ネイティブと英会話をしていてると、ふと相手が眉間に皺を寄せることがあります。‘しまった、何か違うことを言ったのかな?‘‘失礼なことを言ったのかな?‘そう後悔してしまうことがあります。自分とその相手との関係にもよりますが、ほとんどの場合、こちらがネイティブでないのが分かっていますから、先ほど挙げたように‘悪気は無いのだろうな。‘と思ってくれることがほとんどではないかと思います。それに表情から、‘申し訳なさそうにしているな。‘と感じ取ることができるでしょう。英語を完璧に話せれば本当に良いのでしょうが、現実はそれほど甘くありません。間違って表現してしまい、それに気が付いたら、すぐに`I am sorry, but I did not mean that.`というように、詫びれている態度を示した方が良いでしょう。謝られると気持ちがゆったりし余裕が出てくるのが人間ですから。。これによって相手は気を悪くしなくて済みますし、こちからに悪気はないのだという事を感じ取ってくれると思います。所詮、自分の素直な気持ちをそのまま表現できれば良いのだと思います。と言っても文字にすると簡単なように見えますが、現実はなかなか思った通りに事が運ばないものですよね。。そこをいかに克服できるかにかかってくるでしょう。。
2006年01月25日
外国人が日本語を話す時、本人はそんな意図はないと思いますが語尾が正しく締めくくられていない又は適切な単語を用いてない為、少しカジュアルで時には非礼に聞こえてしまう場合があります。相手が外国人なだけに、最悪な雰囲気には至らないことがほとんどでしょう。これが日本人同士であれば、もちろん互いに嫌な雰囲気を残してしまうでしょうが、相手が日本語を第二ヶ国語としているのが分かれば、それほど気にならないものです。表現の仕方が上手くありませんが、要は私達は相手を見て言葉を額面通りに受け取ったり、婉曲して聞いたりするものなのです。相手の立場や状況を考慮に入れた上で、そん反応を変えていきます。これは、人間としてごく自然なことだと思います。‘悪気は無いんだろうな。‘そう思いながら、相手が話す日本語を聞いている自分に気が付く時がありました。これを英語に置き換えてみると、よく分かるかと思います。ネイティブと英会話をしていてると、ふと相手が眉間に皺を寄せることがあります。‘しまった、何か違うことを言ったのかな?‘‘失礼なことを言ったのかな?‘そう後悔してしまうことがあります。自分とその相手との関係にもよりますが、ほとんどの場合、こちらがネイティブでないのが分かっていますから、先ほど挙げたように‘悪気は無いのだろうな。‘と思ってくれることがほとんどではないかと思います。それに表情から、‘申し訳なさそうにしているな。‘と感じ取ることができるでしょう。英語を完璧に話せれば本当に良いのでしょうが、現実はそれほど甘くありません。間違って表現してしまい、それに気が付いたら、すぐに`I am sorry, but I did not mean that.`というように、詫びれている態度を示した方が良いでしょう。謝られると気持ちがゆったりし余裕が出てくるのが人間ですから。。これによって相手は気を悪くしなくて済みますし、こちからに悪気はないのだという事を感じ取ってくれると思います。所詮、自分の素直な気持ちをそのまま表現できれば良いのだと思います。と言っても文字にすると簡単なように見えますが、現実はなかなか思った通りに事が運ばないものですよね。。そこをいかに克服できるかにかかってくるでしょう。。
2006年01月25日
お役立ちサイトの紹介です。英語の勉強を始めて、ある程度時間が経ったお子さんにお勧めです。http://www.funbrain.com/kidscenter.html右のほうにある`Word`の`Spell check`では、最初に`Easy`か`Hard`のどちらかを選択します。複数の単語が出てきますので、間違っているのはどれかをマウスで選択し、`Check it`をクリックします。次のページで採点されます。スペルの練習をしているお子さんは、試しにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。。http://www.kizclub.com/rhymes.htmlここでは、`Rhymes`を学びます。`Rhymning Picture Cards`の中から好きなものを選択し、クリックします。PDFファイルが出てきますが、これをできれば印刷し挿絵の通り切り抜きます。上部ある複数の単語をこの絵とマッチさせるという遊びです。単語とそれを示す絵を繋ぎ合わせるので、単語を覚えるに役に立つと思います。絵に色を塗れば、オリジナルのカードが出来上がります。http://www.kizclub.com/Sbody.htmlこのページでは、好きな本を選択してください。ヒアリングの練習になるかと思います。。可愛らしい絵の電子絵本です。役に立てるようなサイトを探していますが、今回は少し高度なものが多く適当なものが見つかりませんでした。スピーキングやリスニング以外のもの、実際に小学校で学ぶような授業タイプのサイトがほとんどになってしまいましたが、少しでも利用して頂ければと思います。
2006年01月24日
英語を話す時、頭の中に何が浮かんでいますか?それぞれのシーンでその内容は様々でしょうが、英会話を楽しむ為には相手との意思疎通ができているという確信を持って臨むことができれば、最高だと思います。どうやったらそれを確信できるのでしょうか?相手の表情で判断する、会話の流れが止まってないか、楽しんで会話ができているか。。こういった点から、ある程度そのレベルを確認することができるかと思います。相手が戸惑いの表情を浮かべていたら、自分が伝えたいことが正しく表現できていない可能性が考えられます。私はオーストラリア滞在当初、そして後期でもそういった体験をしてきました。自分がこれから伝えようとしていることに自信が無ければ、それが自ずと顔に表れます。それを相手も察知して、同時に身構える姿勢を示します。例えば、眉間に皺を寄せる。これはとても分かり易い相手のリアクションです。私はそう体験しました。最初から自信を持って会話に臨むことができれば問題ないのでしょうが、なかなかそう上手くも行きません。自信の無さがつい行動や表情に表れてしまうのです。これにはホトホト嫌気が差したものです。スムーズな会話を楽しみたいと思っても自然とそういった流れになる為、自分の中である一種のジレンマが襲います。その点、相手の顔が見えない電話であれば、そういったことを考えずに会話に臨むことができるのは事実です。但し、電話での会話には良し悪しがあります。会話の流れを掴みにくい、要は聞き取り(ヒアリング)が対面式と比べると難しいということです。そう感じたことはありませんか?相手に伝わっているのかどうか、その表情を見ながら話すことが出来ない為、会話の中で確信を持てないことが多くあります。ですから英会話は全て‘慣れ‘と‘度胸‘だと思います。何度も繰り返し会話をする機会を得て、会話の状況に場慣れする。そして話す為の勇気を持つことです。
2006年01月23日
海外生活を体験されている方々がたくさんいらっしゃいます。それぞれの国で、日本では体験できないようなことがたくさんあると思います。どれも貴重な体験で、徐々に日本人として違った価値観を持つ方々が増えているのではないでしょうか。私達日本人が良しとする一般常識が覆されつつあるような気がしています。海外で体験することは、そのほとんどが日本での日常生活とは全く異なったものである為、戸惑いやカルチャーショックを体験する方が多いかと思います。しかしある面、これまでの日本人としての常識を超えたものを実体験することによって、考え方を変えさせられる事実はこれから国際社会に生きていく上で、とても貴重な学習だと思っています。皆さんはいかがお考えでしょうか?単一民族国家として長年栄えてきた日本ですが、国民レベルでは認知されていないことがたくさんあります。海外から入ってくるニュースと言えば、大体大きな事件や事故が発生した場合、または日本が関係していることに限られているものが多いのが実情です。全く日本と関係ないところの海外事情は特別に組まれた番組でしか放映されないことが多く、その為に表面上は平和な日本が存在し続けるといった現状があるように思えます。確かに、日本国内に住んでいれば全く問題なく生活の危機感を感じることなく、日々過ぎていきます。現代の私達は自分の生活で手一杯である為、他人事まで気を揉んでいる心のゆとりが無くなりつつあるのではないでしょうか。。最近の日本は、本当に目に見えて信じられないような事故・事件が急増しています。平和だった頃の日本、昔の日本人の気質・国民性を失いつつあるように思え、とても残念で仕方ありません。なぜこのようなことになったのでしょうか。。私はその背景には、日本経済の低迷が大きく関わっているのではないかと思っています。そしてそれ以前に起こった、日本経済のバブル崩壊。この二つが大きく関わっていると考えます。話しが大幅に逸れましたが、海外の国で発展途上国がたくさんあります。そういった人たちに触れることにより、日本という国を客観的に考えるようになります。とてもよい刺激を受けます。日頃何不自由なく暮らしている私達にとっては、知らないことが多く新たな発見もあることでしょう。海外生活を体験されている方々、またこれから体験される方には、ただその生活を体験するのではなく、客観的な視点で祖国日本を見つめ直す時間があるかと思います。それが海外に住む日本人として、国内在住の人たちには無いメリットだと思っています。
2006年01月22日
英語環境と日本語環境は、全く異なります。言語はもちろんですが、その国に住む人種がまず違います。人種が違えば文化や歴史も異なってきます、当たり前の話です。留学と一言で言っても、それは英語の習得だけに終わらないのが実情です。と言うのも留学期間中、その国で生活することになります。そうすると、日常生活で絶対に欠かせないものが出てきます。‘食事‘、‘お風呂‘、‘テレビ‘、友達(隣近所)との付き合い‘、‘交通機関の利用‘、‘買い物‘。。こういった自然の流れが、英語さえ勉強できれば良い、ということにならない理由です。一番影響を受け易いのは食事と買い物ではないでしょうか。定期的に、必ずやらなければならないものだからです。(生活に必要不可欠な衣食住ですね。)食文化の違いは、単に言葉が違う以上に環境の違いを体験させてくれることでしょう。日本人として生まれ育った私達は、どうしても日本食が恋しくなる時があります。例えばどんなに洋食が好きであっても、ご飯が食べたくなる時があります。そんな時、すぐにご飯が手に入らなかったらどうするでしょうか。レストランへ行ってふと、‘最後におにぎりでも。。‘と思っても、メニューに無ければ注文しようがありません。そこで改めて、‘あぁ、オーストラリアの人たちは米を主食としていないんだな。‘と感じることでしょう。ここで食文化の違いを経験することになります。英語を勉強するだけではなく、現地の食文化をも受け入れることが留学(滞在)の成功への第一歩だと思います。
2006年01月21日
英語の環境にあっても、小さな頃から日本語を聞かせているとヒアリングができるようになります。私の場合、日本人ですから分からない部分があればその単語を説明することができました。日本にいながらして英語を学ぶとすると、英語に触れる時間に限りがあり日常生活の中ではほとんどが日本語になります。家では日本語、外では英語とはっきりとその区別を付けることができれば理想ですが、なかなかそう簡単にはいかないものです。。しかしはっきり言える事は、年齢が低い頃から他言語を聞かせていれば、耳が慣れ易いという点でしょう。環境が子供に与える影響は大きく、それが例え他言語だったとしても子供は割りとすんなり適応してくれます。ここが大人と大きく異なるポイントです。日頃、英語の勉強に身をやつしている親にすれば、これを利用しない手はないかのように聞こえることでしょう。ではどうすれば英語の環境を作ることができるか。。できるだけネイティブの英語に触れる機会を持つことです。最初は、それが媒体を通したものであっても構いません。きっかけが必要なのです。もちろん生身の人間と接することがベストですが、各事情でそれが不可能な場合もあるでしょう。音を拾えるようになれば、ヒアリングの基礎ができるようになっているという証拠です。その単語の意味が分からないとしても、こういう単語が聞こえるといった具合です。そしてその後押しとして、単語の意味を理解できるよう教育していかなければなりません。親がその意味を分かっていたとしても、私達が理解している単語の意味はそのほとんどが英和辞典からの引用です。この英和辞典そのものが、すでに和訳なので本来のニュアンスとはちょっと異なる場合もあります。言葉とは奥の深いもので、全てを定義付けることが不可能なケースが多々あります。日本語でも恐らくそうでしょう。子供から発せられる疑問は、‘なるほど、言われてみればそうだな。。‘と考えさせられることがあります。‘なぜ?‘と聞かれて答えに窮した経験、皆さんにはありませんか?言語習得に一番大切なこの時期、親として最大限に活用してあげたいものですね。
2006年01月20日
ヒアリングができるようになる時期は、人によって様々です。初めは全ての単語が連なっているように聞こえますが、それがある時を境にポツッ、ポツッと所々で単語が耳に入るようになるのです。少なくとも私の場合はそうでした。その単語が聞こえるようになるまでに、ほぼ1年くらいかかったかと思いますす。以前、日記に書いたように私は人よりどうも耳が遠いらしく、ヒアリングにはかなり苦労させられたのです。ほんのちょっと受け取り方が違ったばっかりに、その文章全体の意味が大きく異なってきます。これは英語を学ぼうとする身にすれば、かなりのマイナス点だと思います。それだけに、単語がほぼ聞き取れるようになるまでに人一倍の時間がかかったのです。他人に指摘されたのは成人してからでした。それまで自分では全くそういった意識が無かった為、ショックと言えばショックでした。そしてそれがまさか、英語のヒアリングに影響するなど思ってもいませんでした。ですから、通常は基本的なヒアリングができるようになるのはもっと早い時期かもしれません。私の場合、その場の状況で意味を把握したばっかりに、推測の域を出ないことがありました。ですから、推測の元に話を進めているといつの間にか話しが噛み合わなくなるのです。話しが進みすぎない程度で相手に確認を取らなければ、違った解釈をしてしまいますし、かなり話しが進んだところで聞き返されて相手も迷惑だったりします。特に、それがビジネス上であれば尚のこと。勝手な推測は厳禁ですから、話の流れを見失ったらすぐに再確認を取るように心がけることが大切だと思います。間違った解釈でその場を乗り切るよりは、聞き直した方が得策です。面倒くさいという気持ちが生じることもありますが、その場の雰囲気を判断しミスが許されないような状況であれば、勝手な推測をせず聞き直すよにしましょう。聞くは一時の恥です。一度勇気を持って経験しておけば、次からは自信を持って臨むことができるかと思います。
2006年01月19日
オーストラリアでは、朝食にパンやシリアルを食べるのが主流です。その種類はかなり豊富で、スーパーに行くとどれを買ったら良いのか迷ってしまうくらい、棚にズラッと並べられています。オーストラリアに行った当初は、シリアルコーナーを見て思わず‘なぜ鳥の餌がこんなところに?‘と思ったもので、見た目は昔ペットショップで見た鳥の餌そのもものようでした。常識的に考えると、食料品コーナーにそんなものが置いてある訳が無いと分かりますが、右も左も分からずそれまでの人生でシリアルといえばコーンフレークくらいしら知らなかった私には、とても画期的でした。ホームステイ先のファミリーが朝食にオートミールを食べていましたが、これ自体味がほとんど無い為、蜂蜜や砂糖をかけて食べていたのを記憶しています。私も勧められましたが、何となく抵抗感があって未だにオートミールは口にしたことがありません。割と好き嫌いのある私には、チャレンジといっても良いほどのものだったのです。シリアルにはお馴染みのーンフレークを初め、様々な種類があります。度々新商品が販売され子供たちからせがまれたこともありますが、基本的に我が家はパン食で通っていました。朝の忙しい時間は、サラダを用意する時間がほとんど無い為、できるだけ食物繊維が入ったパンを選ぶようにしていました。ホールミール入りのパン、穀物類の混じったパン、意図的にカルシウムやファイバーを含んだパンなど、様々です。穀物類が入ったパンは粒が混じっている為、子供たちにはあまり好評でなかったのですが、時たま食卓に登場していました。食生活の違いは大きいもので、朝から和食の朝食を食べ慣れている人にとっては抵抗感があるかもしれません。しかし、郷に入れば郷に従えと言います。朝の忙しい時間帯には、もってこいの食事だと思います。パンにアボガドのペーストを塗って食べることもオーストラリアで知りました。ホストファミリーが食べているのを初めて見て、私にも勧められたのですがアボガドの味が未開拓だった為、チャレンジする勇気がありませんでした。アボガドと言えばカリフォルニアロールに入っている緑のもの、といった印象が強かったので、それをパンに塗るなんて一体どういう味覚をしているんだろう?と不審に感じたのです。パンにアボガドだけです。。我が家では私以外、皆大好きです。それにパンにベークドビーンズを乗せて食べる方法も知りました。これはチャレンジし、美味しく食べることができました。マメを食べることに抵抗がなかったので、私でもチャレンジできたのかもしれません。。これは美味しいです。B&Bなどに行くとよく登場します。食文化の違いを体験するのはとても興味深く、自分の味覚を育てるのに貢献するのではないかと思っています。そして、その国の文化を理解し受け入れる為にも、まずは生活に一番密着した食の部分から入っていくことが良いのかもしれませんね。
2006年01月18日
いろんな形の英語教育があります。皆さんが現在選択されているのは、どんな形のものでしょうか。。私達個人が独断と偏見で選んでいる方法は、一体正しいものなのでしょうか。時に不安になることがあります。特にこれといった型があるわけではなく、周囲の情報を信じて選択している部分があります。広告を見て、友達がやっているから、勧められてなど、その決定に至った最終的な動機は人それぞれでしょう。教育とはその場限りのものではありません。特に子供時代のそれは、その子の一生を左右しえるものになるわけです。どれが正しくてそうでないかは、その結果を見てみないと分からないというのが、現状です。もっと信頼できる情報があればと思いますが、ほとんど前例が無い為、それを特定するのは困難のようです。まだまだ日本は英語教育に関しては、発展途上国です。徹底的に確立された教育方法が無い為、それは仕方のないことだと思います。これまの中学校から始まっていた英語教育がカバーできる範囲は、使える英語という観点からは少し離れています。実際、試験に合格する為の英語ではなく、活用できる英語を身に付けたい、身に付けさせたい、と考えている親が増えています。私達もそんな親の一人なのです。日本の英語教育制度が一日も早く確立した教育方法を提案し、それが実行される日が来ると良いなと思っています。
2006年01月17日
英語を第二ヶ国語とする人たちは、もともと英語の基礎がついているわけではありません。母国語があってこその第二ヶ国語です。ですから、どんな環境で育ったとはいえ、互いに他言語を学ぶという姿勢は変わらないのだと思っています。確かに、英語と文法が似ている言語があります。筆記も、スペルは異なれアルファベットを使う国が存在します。インドネシアの言語がアルファベットを使ったものだと知ったのは、留学時代です。クラスメートにインドネシア人の子達がいて、ある時ふと紙に書いた文字を見て‘それあなたの国の言葉なの?アルファベットじゃない?‘と聞いたものです。よく見ると、微妙にスペルが異なっています。ですが、中にはほとんど英語と同じ単語のものもありました。その時に私が感じたのは‘絶対に日本人は英語習得に関しては不利だ!‘ということでした。しかし、インドネシア人にしても英語は第二ヶ国語です。発音は全くと言ってよいほど母国語とは異なります。それにしても学校が始まって間もない頃から、彼らは流暢に英語を話していました。そう聞こえていました。クラスの中でも発言することが良くあり、先生にとっても英語は全く問題なく理解できていたようです。なぜこんなに英語が話せるのだろう?そう疑問に感じていました。そしてそれは、必ずしも彼らが英語を一生懸命に勉強しただけではないことを知りました。英語を話そうとする度胸です。いつも100%正しい英語を話していたわけではありません。ですが、間違ってようがまずは思ったことを発言するのです。指名されても、自分の意見が正しいか間違っているかという点は気にしても、英語に自信がないといった態度はほとんど見られませんでした。これは日本人にはあまり見られない光景だと思います。間違ったことを言って笑われたらどうしようと思ってしまうことがありますが、それが思い切って英語を話すことから遠避けているのです。英語には度胸が必要なんだと、つくづく思いました。英語を話せる能力以前の問題ですね。まずはこの部分を学ばなければいけない、と実感した留学初期でした。
2006年01月16日
英語のヒアリングにおいて、耳が遠いと聞き取れるまでに時間がかかると実感しました。私は、ある時までは自分の耳がそんなに遠いとは思ってもなかったのですが、ある人に指摘されて始めて気が付きました。それ以来、何となく頭の片隅にはその言葉が残っており、その事実を確信することがあります。耳が遠いと普通の人より英語を聞き取るのに時間がかかります。要は、はっきりと聞こえない為、肝心な部分がボヤけてしまうのです。いつもがそうではありませんが、そんな場合が多々ありどんなに一生懸命に耳を凝らし、神経を集中していてもきちんと聞き取りができないことがありました。ですから私は、通常の人々よりヒアリングができるようになるまで時間がかかっていると思います。損と言えば損なことですね。皆さんの中で、自分は耳がちょっと遠いと思われる方はいませんか?そしてヒアリングがなかなか思ったように上達しないという経験はありませんか?もしそうであれば、耳が遠いことが原因がもしれません。。微妙な音の違いを聞き取れないことがあるため、全く違った単語に聞こえることがあります。今でこそ、オーストラリアへ行った当初に比べると英語を聞くことに慣れた為、推測で察することが出来ることもあります。それにしても、その生まれ持った耳の遠さがこんなところで障害になるとは思ってもいませんした。この事実、更にここ2年くらいで自分なりに実感しました。語学習得には、単に努力だけでなくいろんな要素が欠かせないものなんだと思っています。
2006年01月15日
学校の先生が言います。子供は新しい環境に適用するのが早いと。。それは語学を含め、いろんな面を含んでいます。年齢が若ければ若いほど、その適用能力は優れていると言ってよいかと思います。人生経験が無ければ無いほど良いでしょう。ですから私達大人は、新しいものに不安や恐怖を抱いてしまいます。そう思いませんか?一概に、思い切った勇気は小さな子供の方が持っているものです。私もつくづくそれを実感しています。。英語を全く知らない子であっても、英語環境に入れられればそれに適用しようとします。本人はそれを意識しているかどうか、それは分かりませんが親が心配するまでもないことが多々あります。‘いつの間に覚えたの?‘といったことがよくあります。子供とは本当に不思議なものですね。大人は直ぐに逃げ道を考えてしまいがちですが、子供は自分で行動する融通が利きません。ですから、与えられた環境に自ずと適用していかなければならないのです。考えてみると、ちょっとかわいそうな気もしますが。。。それ故に、慣れるまでのスピードが恐ろしく速いのも事実です。大人とは全く違った感覚でその環境を捉えていますから、私達が考えるような不安がありません。もっとも別の種の不安はあるかもしれません。例えば、いつも母親の傍にいなければ不安を感じるといったような。。。しかしこれは子供にとって当たり前の感情です。それを突き放せとまでは言いませんが、ある程度自分で考えて行動できるように訓練させるべきでしょう。いつまでも親と一緒に暮らしていけるわけではないのですから。。そして、本人にとってもその方が自立できるという点で、大きなメリットがあります。英語とはちょっと離れたポイントになってしまいましたが、英語を勉強するに当たり根本的なところをお話ししたいと思いました。
2006年01月14日
英語を勉強する際に、どのレベルまでその英語力を高めたいか、しっかりと目標設定されることをお勧めします。また、英語を習得したらその英語力をどんな形で活用したいか、知っておく必要があるでしょう。目標設定の無い勉強はダラダラになりがちです。そして時間的な制限が無い場合、その後の全ての行動に影響を与えることになります。例えば学校で中間や期末試験がある時、日程が決まっていますからその日を目標に日々の勉強計画を立てることができます。逆算することによって、建設的な計画を立てることができると言ってよいでしょう。ただし、語学勉強の場合は単なる試験と違って思った通りに進まない場合もあるかと思います。勉強しさえすれば、必ず習得できるという保証があるわけではありません。英会話を集中的に勉強する学習塾があるわけではありません。英会話学校は、こういった意味での塾とはちょっと違った位置づけになると考えます。自分が目標とするところが簡単な日常会話程度の英語か、仕事で使えるレベルの英語かによって、勉強する方法が異なってきます。なぜなら、それによって費やす時間や費用が異なってくるからです。全ては、皆さんの目標設定がどこにあるかだと思います。
2006年01月13日
日本に住みながらして、毎日英語に触れる環境を作ることができれば良いな、と思います。実際問題それが可能か不可能かは別として。。なぜこれだけ環境、環境と言うかといいますと、人間どんな環境であれそこにいれば自然とその変化に馴染んでいけるからです。それも言語となると生活習慣の一部のようなもので、毎日触れるものですから継続して体験することによりやがては体と頭が慣れてきます。最初は違和感を感じても、嫌でも毎日接していると慣れざるをえないとも言えます。。半強制的に自分をそんな環境に持っていくことができれば、英語習得も夢ではなくなることでしょう。海外留学はその点、この状況を作るのに最も適していると考えられます。生活自体が英語環境であれば、どんなに無意識のうちでも英語が耳に入ってきます。ボーっとしている時ですら、聞こえてくるのは英語。これが海外生活です。苦労ももちろんあります。海外にいると日本語に飢える時もあります。実際私は、日本語の活字に飢えていました。一時期そんな時もありましたが、本を読んでいる時は日本語の頭になり、また普段は英語の生活に戻ります。これが日本国内であれば、かなり困難な状況だと言えるでしょう。基本的に、常に日本語が聞こえてくる環境だからです。この正反対の環境の差にお気づきでしょうか。。日本語は私達日本人が生まれた時から接している最も身近な言語です。そしてそれはやがて母国語となり、私達の精神を支える大きな役割を果たしています。そんな時に英語という他言語を習得しようというのですから、容易ではありません。たくさんの障害を体験することでしょう。しかしそれは、日本語と言う母国語を基礎としているが故、私達は英語習得に励むことができるのです。人間にとって最も大切なのは母国語です。一つしっかりとした基礎の言語を習得していることを条件に、第二の言語を学ぶ用意ができるわけです。でなければ、どちらもアヤフヤなまま中途半端な状態で終わってしまう可能性があります。ですから決して‘なぜ日本語でなく英語を母国語とした国に生まれなかったのだろう。‘などという疑問を持つべきではないと思います。英語を母国語としていれば、どっちみち今度はまた別の言語を習得したいと考えるかもしれません。そうなればまた同じ状況に遭遇することは避けられません。日本人として生まれたことを感謝しつつ、他言語を習得する努力をすることが理想的だと思っています。
2006年01月12日
http://www.britishcouncil.org/kids-songs-easy.htmこのサイトでは、歌や物語を聴いたりゲームなどを楽しめます。知らないものが多いと思いますが、定期的にアクセスしていると慣れてくることでしょう。特に歌は短いものを集中的に聴いたら、歌詞を見ながら歌えるようになるのではないかと思います。中でも面白いのが、`Get writing`というカテゴリーの中の`Story maker`です。質問に答えていくと、最後に自分のオリジナルストーリーができあがります。この日記を読んでいるだけでは、はっきりとどのようなサイトなのか想像しにくいかと思いますので、是非一度アクセスしてみてください。英語のサイトですから、問題も英語です。まずはお子さんと一緒に読む練習をし、考えながら解いていくと良いかと思います。この時点からすでに英語の勉強です。難しいと感じたら、簡単なものから始めるようにしてみてください。私が思うに、比較的簡単なのはやはり歌と物語を聴くことだと思います。クリックするだけで英語が聞こえてくるわけですから、最初は受身ですが何度も繰り返し聴くことによって、徐々にその単語が聞き取れるようになってくるかと思います。忍耐とリピートですね。未発見の面白いサイトは、まだまだたくさんあると思います。見つけたら皆さんへ報告したいと思います。
2006年01月11日
海外へ行くと日本人は、その国の言葉でコミュニケーションを取らなければならないと考えます。そしてそれは、全く正しい考え方だと思っています。あくまで自分の国の言葉で通してしまおうとは思わないでしょう。日本の国民性がそうさせるのかどうかは分かりませんが、日本人は海外の人たちには一般的にとても控えめな性質の国民だというイメージがあるようです。言葉で伝えなければ、身振り手振りや筆記で伝えなければなりません。黙っていても相手には自分の意思が伝わるわけがないからです。その手段を決定する優先順位として、ますは言葉がくるでしょう。そして次に身振り手振り、最後に筆記という手段を取ります。最初は言葉で伝えようとチャレンジするのですが、相手に上手く伝わらないと分かると体を使って表現しようとします。それでも駄目であれば、最後は伝えたいことを文字にして伝えようと試みます。これは日本人だけでなく、どの人種においてもそうではないかと思います。但し、字を書く習慣がなければ例外ですが。。オーストラリアに住んでいた時、道端で市内の地図を広げて立ち往生している日本人らしき人たちを見かけることがよくありました。、知らないところへ来て、自分達で行動をしようとしているのですがイマイチどこにいるのか、現在地が分からない場合です。傍には、そこの地理を十分に知っている現地人がたくさん歩いているのですが、その人たちに聞いているのは見たことがありません。英語で現地の人たちへ話しかけることすら考えていない、といったところだと感じました。私はそんな人たちに声をかけて道を教えてあげたことがあります。突然話しかけられびっくりされていたようですが、自分たちが正しい方向へ来ていると確認できて喜んでいたのを記憶しています。英語に自信がないという状況は理解できます。ですが、せっかく海外へ来て自分たち自身で行動しようと試みているわけですから、後少し勇気を出して英語で話しかけることができればなと思います。単独で行動しているわけですから、こういった状況は想定できたはずです。本来なら今まさに、これまで勉強してきた英語力を試す絶好のチャンスが訪れているわけです。皆さんだったらどうしますか?日本国内で、高い英会話教室の授業料を払って外国人の先生たちと話すのではなく、そこここに英語を使うチャンスが転がっている状態です。それを逃す手はないと思いませんか?
2006年01月10日
オーストラリアに住んでいて感じたことは、加工食品にほとんど添加物が含まれていないということです。日本の食べ物は確かに美味しく日本人の口に合うのですが、原材料を見るとかなりたくさんの材料名が表示されています。似たような食べ物でも、どうしてオーストラリアの食べ物はこんなにシンプルな味なんだろう、と感じるくらい単純な原材料しか含まれていないものが多かったと思います。食文化の違いなのでしょうか。。最近、日本人には皮膚の悩みを訴える人たちが多いようですが、こういった食品添加物による副作用だとも考えられていると聞きます。オーストラリアで普通にスーパーなどで販売されている食パンですが、最初はあまりにシンプルな味で美味しいと感じなかったのですが、ずっと食べ続けているとその素朴な味がしっくりくるようになり、日本の食パンがやけに味濃いものに感じるようになりました。生まれた時から口にしている食べ物はその好みを変えるのが大変ですが、オーストラリアの加工食品はまさに‘これこそ小さい時から食べ慣れてたら良かっただろうな‘と思ったものでした。国によって加工食品に対する製造規制が違うと思います。私は個人的に、オーストラリアの食品はそういった観点から優れものだと思っています。
2006年01月09日
先日の新聞でとても興味深い記事を見つけました。アメリカの語学教育に関するものです。現在の語学教育は、ほとんどが英語オンリーでこれはアメリカの安全保障や国際的なビジネスを考えた上でとても危険であるとのこと。どういう意味かと言うと、これまでの起こったテロなどで、もしアメリカ人がアラブなどの外国文化をもっと理解していたら未然に防げていたであろうとうことです。よって、これからは英語だけでなくアラビア語を含めた多言語を幼稚園から教えるような態勢を作っていこうというものです。現在、外国語を学んできる人口は学生全体数のほんと2%だそうです。これは意外でした。イメージとしてはアメリカは世界的にも国際化が進んでいて、多言語教育が盛んだということです。日本における多言語教育の方がむしろ進んでいると言ってもよいかもしれません。。アメリカでは、このままではビジネスでも他国に負けるという危機感もあるようです。確かに、ここまで各国で国際化が進んでいたらそういった危機感が出てくるのも当たり前の結果でしょう。そう考えると私たち日本人は、英語を勉強するだけでは足りないかもしれません。逆に言えば、英語くらいは習得しておかないとお話にならない、ということも言えるかもしれません。。私達の生活からはちょっと非現実的な話に聞こえてしまったかもしれません。ですがはっきり言えることは、国際化が進んでいる国は自国のことだけでなく他国の情勢にも常に目を向け、危機管理に取り組んでいるということです。
2006年01月08日
日本に住む外国人は結構います。仕事にしろ、旅行にしろ、短期滞在にしろ、滞在している外国人の数が多いのには驚かされます。そんな外国人たちは、これから将来的にも増えていくのではないかと思います。これからの子供達は、そういった外国人たちに対応していかなければならない場面が増えていくのではないでしょうか。外国人が日本に住んでいるということは、彼らが必要とするサービスの提供を行わなければなりませんし、それにはその言語に対応する人材が必要になってくることを意味します。現在でも、英語対応の職場は存在します。。最近は英語だけでなく中国や韓国からの滞在者が増えている為、英語以外の言語の必要性も感じます。ただし、そんな彼らにも英語が通じるケースが多く、必ずしもその言語で対応しなければならないということでもないようです。まさに、これからの子供達は確かな多言語対応を求められるようになるのではないかと思っています。これまでも国際化が叫ばれていましたが、それ以上に更に生活に密着した形での必要性が生じてくるのではないでしょうか。。。私個人としては、日本国民がもっと世界に目を向け、常に危機感を持った態度で行動できるようになれると良いなと思っています。こういった点を踏まえると、単に英語の勉強だけでは補えきれない部分がある気がします。言語以外の教養・経験が求められるようになると思います。
2006年01月07日
以前も日記に書きましたが、電話で英語をヒアリングするのは直に会って会話をするのとは大きく異なってきます。その時の話の内容にもよりますが、自分が想像もしていなかったことを電話で話されると、頭がなかなかついていかないことがあります。知っている限りの単語を並べて会話をすることは可能でしょうが、電話だと聞き取りにくい部分というのがありそれを繰り返し聞きなおしていると、だんだん申し訳なくなってきたりします。そこで諦めて理解できていないのに分かった振りをするか、英語が分からないからと言って相手に会話を中断させてしまうのです。私はそんな経験がたくさんあります。分からないのに分かった振りをすると、自然と相手にもそれが伝わります。自分では気がつかないうちに言葉の端々にそのニュアンスが表れてしまうのでしょう。対面式の会話であれば尚のこと。顔色を伺えば、明らかにその人が自分の言ったことを理解できているかどうかが分かります。これは英語に限らず日本語でも同じことが言えるでしょう。‘英語が分かればな。。‘そう思ったことが何度となくあります。自分が感じたこと、気がついたことを思うがままに伝えることができれば、どんなにか楽だろうと。コミュニケーションが上手く取れない場合、双方にとってフラストレーションが溜まります。伝える方はもちろん、聞き手にとってもそれはある程度の忍耐を要します。私達は比較的、相手が自分の言語に堪能でないと分かった途端に、身構える姿勢を示してしまいます。私の経験では、銀行などの窓口で自分が問い合わせていると相手は私の英語がたどたどしいと思ったのか、更に身を乗り出し眉間に皺を寄せて一生懸命に聞き取ろうとしていたものです。そういった経験をすると、次回から相手の表情が妙に気になって‘今度は相手にスムーズに伝わるだろうか。。‘と身構えるようになってしまいました。ネイティブとも問題なく会話をしたい、という気持ちに変わりは無く、これは自分が努力して英会話に慣れるしかないと悟ったのです。‘聞き慣れる‘これが一番重要だと思います。英語を耳にする機会を大いに設けて、英語に対する免疫をつけることです。その為には‘英語環境‘が必要になってきます。私が常に言っていることは、ここなのです。とにもかくにも、英語を聞かなければ何時までたっても聞き取れません。耳が英語に慣れることが大切なのです。皆さんの耳はどこまで英語に慣れていますか?
2006年01月07日
今日の福岡はとても寒く、昼過ぎから霰のような雪のようなものが降ってきました。寒い日が続いています。体には十分に気をつけて毎日をお過ごし下さい。小学校の低学年では`Running writing`といって、所謂‘走り書き‘を学びます。 崩した形のアルファベットを一つ一つ書いて練習するのですが、中にはどう見てもその字には見えないものもあります。日本人が見ると、`R`かと思ってしまいそうですが、実はそれは`K`だったりします。`M`も続けて書かれると、`N`なのか`M`なのか迷ってしまったりします。いったい幾つ`M`が並んでいるのか、ゆっくりと数えなければなりません。文字一つをとっても人によって癖のある書き方の人もいますから、自分が認識していた形と違っていれば、間違った解釈をしてしまう可能性があります。時には、意味不明な場合もあるでしょう。もともとアルファベット自体も、日本人が書くそれとは全く違った形式で書かれるものが多いように感じます。日本で学ぶアルファベットと英語圏の人たちが学ぶものとは、根本的に手本とするスタイルが違っているからでしょう。これは面白い発見だと思います。文字を書くこともそうですが、発音もそれに付随します。最初に学ぶ読み方が後々にずっと残りますから、最初はとても重要です。一旦頭に入った読み方はそれで頭にインプットされてしまいますから、正しい発音へ修正しようと思っても、簡単にはいきません。子供たちが学ぶ英語の発音は、正しいものを聞かせてあげたいものです。というのも。。以前、何と読むのか分からない単語があり、私が辞書で調べて娘達に教えてあげたところ、まんまと日本語発音の英語で真似されてしまいました。私なりに辞書に書いてある通りに読んだつもりでしたが、これは困ったと思い下手に私が英語を教えるよりは、先生に聞いた方が良いと肝に銘じたものです。こういった経験は何度となくありました。今考えると日本語を聞きなれている娘達には、日本語英語で発音することも簡単だったようです。
2006年01月06日
シドニーは歴史的な暑さを記録した元旦だったようです。これまでは、夏といっても30度を越える日があるかないかといった夏ばかりでした。オーストラリアでもこんなに涼しい夏があるんだ、と最初は驚いていたものです。単純に、1年を通して夏の国と思い込んでいた私には、ある意味ショックなことでもあったのです。夏になるとビーチで週末を過ごす人たちが増えます。そこで日差しが強い国ならではのアイテムとして、UVカットのシェルターが販売されています。ドーム型のシェルターで正面が開いています。日陰に座って海を眺めることができますし、側面には砂袋があるのでそこに砂を入れて重石の代わりにすることができますから、風に対しても強い優れものです。夏の日焼けが気になるけどビーチに行きたい、という人には大変オススメです。我が家ではビーチへ出かける時の必需品でした。ビーチ沿いには大抵いくつかのレストランが立ち並び、そこで持帰り用のパックを買ってビーチでランチやディナーをする人たちもたくさんいます。食料持参ももちろん可能ですから、自分の好きなスタイルで思いっきりビーチを楽しむことができるのです。冬真っ只中の日本に住んでいる私達には、夢のような話に聞こえます。季節が逆なので、冬の時期にオーストラリアへ行くことによって一年を通して長い夏を楽しむこともできます。南半球にある国の特権ですね。それに、時差が少ないのも魅力です。サマータイム中は2時間の時差になるシドニーですが、それ以外の期間はたったの1時間。時差ぼけを気にすることなく出発できる、貴重な渡航先だと言えるでしょう。夏だけに関わらず、1年を通して晴天の時には空の青さが際立っています。どうしてそんなに青い空なのでしょう。。これが本当の青い空なんだと感じることができます。絵を描くときに空を青や水色で塗りますが、まさにその青さです。絵本の中だけでなく、事実上の青い空を楽しめる国なのです。今日は数々のオーストラリアの魅力をあげましたが、これによってオーストラリアをまた一段と身近に感じていただければと思っています。
2006年01月06日
今年も英語熱はますます熱くなりそうな予感がしています。。相変わらず資格社会の日本で、身に付けておきたいものは就職に有利な資格でしょう。履歴書を書く時に、自分が有している資格を記入する欄があります。(この履歴書自体、日本独特ですが。。)一昔に比べると書式が変わり、多少は融通が効くような形にはなっていますが、まだまだ資格記入欄は健在です。そう考えると、そこに書くものがあるかどうかで、書類選考の際に結果が左右される可能性は大でしょう。現時時点では、そう思わざるをえない状況です。本来ならそこよりも経験やその人のやる気にもっと焦点を当てるべきかとも思いますが、履歴書の書式がそうなっている以上ここは避けられない道です。英語を勉強している方が語学を活かして就職するとなると、何らかの形で自分の英語力を証明する必要が出てきます。その方法の一つにTOEICがあり、面接時に英会話のテストがあったりするわけです。会社によってそのチェック方法は異なりますが、基本的にはその人が職務遂行に当たって十分な英語力を有しているかどうかを確認することが目的だと思います。留学していたからといって、必ずしも満足のいく英語力が身についているかと言えば、決してそうではありません。海外生活が長いからといって、英語は問題ないかと言うとそうでもありません。それまでにかかった時間というより、実際にその人がどれだけ努力して確実に英語力を付けたかどうかがポイントとなるのです。極端な話、短期の留学で十分な英語力がつけばそれでOKです。人それぞれ個人差がありますから一概にどのくらいの期間が必要かは分かりませんが、その人が努力をしたかどうかは、ちょっとした英会話のテストを受ければ明らかでしょう。一夜漬けの暗記ではボロが出ます。暗記を基にしているのか、自然に頭からスラスラと出てくるのかは素人でも分かるでしょう。言葉はコミュニケーション手段の一つですから、本来なら短期間で完全に習得するのは不可能に近いと思っています。言葉だけでなく、その国の歴史・文化背景なども含めて理解することが大切だと思います。ですが現実問題、現代人は時間に追われた生活をしています。ゆとりのある生活を送っている人は一体どのくらいいるのでしょうか。たっぷりと時間をかけて語学習得したいと思っても、現実がそれを許してくれません。貴重なる時間とお金をかけて勉強するのですから、生半可な気持ちで取り組んで欲しくないと思います。年明け早々、気持ちを引き締めて頑張っていきましょう!
2006年01月05日
英語の絵本を実際に読んだことのある方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。英語の本といっても、ピンからきりまであります。一つの単語が1ページの載ったもの、1文章だけが1ページにあるもの、2段落くらいあるものなどなど。。字数が多くなればそれだけ文字の大きさも小さくなってきます。そうなると挿絵が小さくなり、最後には数ページに一つの割合でしか挿絵を見れないようになります。子供は絵が大好きです。言葉を聞きながら絵を見て、想像を膨らませていきます。英語の本にも子供が好みそうなタイプの絵やそうでないものがあります。ちょっと怖そうな感じの絵、柔らかさが伝わってくるような絵、笑顔があまりない絵、などなど。。どんなタイプであろうと、お子さん自身が好きな絵を選ぶようにしてください。字が読めない子であれば、絵を見て好きな本を選びます。物語の内容というよりは、単純に絵が好きだからというわけです。ですが、これで良いのだと思います。単語が多すぎると読むほうも疲れてしまいますし、子供自身、何の話なのか分からない部分が多くなり、興味がなくなってしまうことでしょう。また、簡単な発音の単語を最初に持ってくると良いかと思います。短めで頭の中に残り易いもの、毎日の生活で使っている身近なものなど。。日頃使うものであれば度々復習するチャンスがありますし、よって覚え易いだろうと思います。単語を覚えることにより、それを繋げて長い文章にできます。文章は複数の単語から成り立っています。興味を持たせること。これは親が果たせる役目の一つだと思っています。興味を持つことが最初の一。そこから次の段階へと上がっていくまでに時間を要するかもしれませんが、興味を持たないことには上達しませんし、長続きしません。そう思いませんか?絵本も思った以上に大きな役割を果たしてくれる教材の一つです。
2006年01月05日
子供は言葉を耳で覚えていくものです。聞き取ってそれを真似する。ここまでは比較的早い時期に到達することができます。ですから会話を楽しむ程度に上達するまでは、1年もあれば十分だと思います。それも環境によりけりですが、英語環境であればさらに短くなることもありえると思います。それほど子供の吸収力は凄いのです。後は読み書きの問題が残っています。会話はできても読み書きができない、というケースを見かけます。私の娘達もそうですが、日本語の読み書きがなかなか上達しません。日本語はひらがな、カタカナ、漢字と3種類の文字があるため、アルファベットに比べると覚える量が半端ではありません。大人には到底可能とは思えませんが、子供の能力は大人のそれと単純に比較するわけにはいきませんから、これからの進み具合を親として十分に確認していかなければならないと思っています。新たな年が始まりました。日本では4月が新学期です。後数ヶ月で小学校へ上がるお子さんや一つ上の学年へ進級するお子さんがいらっしゃいます。親として毎回ながら新しい節目が近づくと、今年は大丈夫だろうかと心配になってきます。友達はできるだろうか、仲の良かった子は同じクラスになるんだろうか、新しい環境で上手くやっていけるのだろうか。。。数え上げればきりがありませんが、親として当たり前の不安だと思います。まずは親がど~んと構えて、子供たちに安心感を与えてあげることが大切だろうと思います。皆さん、今年も頑張りましょうね!
2006年01月04日
オーストラリアでは1月末に新学期が始まります。語学留学であれば、学校によっては毎週開校されますので、それほど気にする必要はないかと思います。新学期が始まる頃は、心を新たに目標設定を行う良い機会です。まだの方はまずはここからスタートされることをお勧めします。というのも、人間目標なくして成長はありえませんし、行動へ駆り立てるものがありません。ですからレベルアップを望むのであれば、是非目標設定をされてください。。去年の目標を振り返ってみて、果たしてそれを達成することができたか、また近づいたのであればそれが現実となるよう、時間的な配分を含めて徹底させることが大切です。毎回書いていますが、言うは易し行なうは難しです。分かってはいるのですが、目標なくしては始まりません。物理的に不可能と思えるような設定は避けたいところですが、可能な範囲で自分のやる気を損なわない程度の目標を考えてみてください。あまりに現実からかけ離れた目標設定をしてしまうと、長続きしません。これは経験済みの方もいることでしょう。過去の失敗を未来の成功へつなげるために、去年の自分の行動を振り返って今年は一歩前進できる、時間的にも可能な範囲の目標設定を目指しましょう。一般的に、語学習得は年齢と共に困難になると言われます。これは自然なことですから仕方ありません。頭の中が堅くなり、新しいものを受け入れる体勢を取りにくくなるからです。自分の意思とは逆に、拒否反応を示し始めることもあります。やりたいと思っても、体が思うように動かないことがあります。経験を積めば積むほど、人間はその枠以外のことを受け入れにくくなります。自分の世界が出来上がってしまい、それとは異なったものを良しとしなくなるからだろうと思います。臨機応変な対応ができにくい、ということです。自分がこれまでに培ってきた常識や知識が当たり前で正しいとされるため、思っても見なかった出来事が起こると受け入れられないのです。人間の行動は基本的にそうなっているようです。ただし、人によっては常に向上心を持ち、新しいことにチャレンジし続けることもあります。それは自分がどれだけ精神的に強いか、常に学ぶ姿勢を持っているか、何事に対しても柔軟な姿勢で取り組めるか。そういったことが関係しているのではないかと思います。よって結果的に、全ては自分次第、その結果は自分の行動によってもたらされたものであり、他人のせいにし、悲観すべきではないと思います。皆さんはいかがお考えでしょうか。私は、強い意志を持って望めば必ず結果が得られると信じています。
2006年01月04日
新しい年がやってきました。お正月の2日間はこの日記もお休みをいただきましたが、今年も気合を入れていろんな情報を提供していきたいと思っています。子供の英語教育についてですが、日本国内で徹底して行うことを考えると親子共に力を合わせて頑張らないといけないなと、改めて感じています。周りが日本語環境だという点を考慮すると、毎日の生活のどこで英語環境を持ってくるかがポイントとなります。例えば、うちの家庭の場合は完全なる日本語環境ではありません。英語とドイツ語が混じった環境ですから、逆に日本語教育が大きなネックとなっています。姉妹同士はどうしても英語が楽ですから、知らずうちに英語で会話を交わしていますし、家庭内ではこの3ヶ国語が入り混じった会話になってしまいます。確かにテレビやその他の部分では日本語が入ってきますが、今までの環境が英語オンリーだったことを考えると、仕方ないなと思う点とそれではいけないと感じる点があります。はっきり言って、とても難しい環境に置かれていると言ってよいでしょう。その点皆さんは日本語環境にプラス英語ですから、私の家庭に比べると遥かにメリットがあります。子供は吸収力がありますから、親が心配するほど混乱しているとは思いませんが、単純にそう割り切れない自分に気が付いています。日本語は問題なく話せても、英語がなかなか思うように上達していないと感じている方は多いでしょう、しかし日本語環境ですから、ある意味仕方のないことではあります。。。これからの課題はこれを徹底的に解明していくことだと思っています。
2006年01月03日
あけましておめでとうございます。今年もこの日記をどうぞ宜しくお願い致します。年度始めに今年の抱負を持つことは自分にとって更なるやる気と自信につながりますら、できるだけ早い時期にその時間を設けていただきたいと思っています。テレビ番組で英会話を教えているものがあります。外国人が出てきて話をするのですが、その時に字幕が出てきます。本当に簡単な英会話ですから、英語を勉強している皆さんにとっては問題なくヒアリングしていただけると思います。英語に耳が慣れることはとても大切ですから、こういった番組を是非利用していただきたいと思っています。去年やり遂げられなかった目標を今年一杯で達成するには、どういった計画を立てると良いのでしょう。私自身を含め、人間は一旦ダラけてしまったらなかなか体が思うとおりに動いてくれません。このお正月で鈍った体と精神を再度見直し、今年はその目標に更に一歩近づくよう頑張って下さい。相変わらずの日本語環境ですから、年齢と共に英語習得の厳しさは増していくでしょう。時間は待ってくれません。一日一日を大切に、計画的に英語の勉強を進めていきましょう。Welcome to another new year, 2006.今年も気合を入れて頑張りましょう!
2006年01月03日
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