昨日の妄想小芝居の解説です(^^;
「義兄上(あにうえ)、本当に新羅に帰るおつもりですか?」・・・・私は天智=新羅武烈王=金春秋と思っています。
「うむ。半島情勢は文武(=武烈王の後継ぎ文武王=健皇子)ひとりに任せておくには唐は手ごわすぎる。それでな大海人、折り入って頼みがある。」
「なんでしょう?」
「わしの跡をついで日本国天皇になってくれぬか?ぬしは、わしの義娘・うののさらら(持統天皇の実の父は倭国王孝徳天皇)の婿だから倭国や百済国の遺臣も納得するだろう。」
「いえ、私は義兄上の姫をいただいてはおりますが、もともとが亡国(私説では、大海人=金ユ信=旧伽耶王家=旧任那)の出身ゆえ難しいのではないかと。それならば」
「それならば?」
「倭姫皇后を天皇におたてになり、大友皇子を皇太子におたてになられたらいかがでしょう?」・・・・通説
天万豊日(孝徳) だ。」
「おっしゃりたいことはわかります。しかし、蘇我も物部も勢力が衰えたといえまだまだ油断できません。一番油断ならないのは藤原ですが・・・」
「内臣(鎌足)か。しかしやつのこのままでは百済国に未来はないという言葉は、嘘とは思えないのだが・・・」
「確かに、内臣は百済王族ですが、唐につくではなく新羅と共同戦線を張ることを推進しておりますが」
・・・鎌足は百済王族出身だが、その政治姿勢を憂いていた。なので、新羅王家に協力した。
「百済倭国(ホ・ゼ・ワ・ラ=フジワラとは百済倭国の正統な王位継承者を意味するとしました)国民を皆殺しにしてしまっては、この列島はおしまいだ。なんとか旧勢力も懐柔して唐に立ち向かわなければならぬ。」
「わかりました。私も義兄上とともに新羅に戻ります。大友のこの国の天皇としての資質を見極めた後に」
天智は背筋が凍るのを覚えた。
「大友の妃はぬしの息女、十市ではないか・・・・」
・・・・・ここでは、大友妃を大海人と額田王の皇女十市としました。変更あるかもしれません(^^;
「その時になれば、十市は助けます。高市も大津も。」 ・・・通説
こうして大海人は一旦「九州吉野(現在の大牟田市)」に隠遁します。
この話の舞台は九州那大津の京。
・・・・私説は大津皇子を近江大津にちなんでと思っていましたが、ここでは、通説通り「那大津」とします。
天智天皇の京も近江ではなく、九州那大津にあったと思います。
そこから、奈良の吉野に移動するより、九州吉野にとどまったほうが、新羅へ駆けつけやすいと踏みました。
その後、倭姫皇后は急逝し、大友皇子の飛鳥藤原京での称制(おそらく、大津京造営計画の途中大海が戦闘をしかけた。十市、高市、大津の各皇子皇女は近江への居住実績はなく、飛鳥にとどまっていた)、壬申の乱へと突入していきます。
・・・・この後実際に、大友皇子は何人もの影武者をたて、あるものは京都山前で自決。あるものは、伊勢原で自決。そして木更津でも戦闘がおこったと思います。
古代史妄想 総括 2018/04/17
三田誠広氏の小説「白村江の戦い」を読み… 2017/09/07
2016年1月5日のつづき 天智天皇暗… 2017/03/17 コメント(1)