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(前回の続きです)レーシックを受けてきた。ママ友達の関西弁ママに、手術を受ける旨を話したら、その間はうちの子供達の面倒を見てくれると言う。「でも、医者が子供を連れて来ていいといったし、手術は10分ぐらいだから、キッズルームで遊ばせておくからいいよ」と遠慮したけど「子供達を電車に乗せて、新宿まで行くのも面倒ですやろ?うちに連れてきて うちの子達と遊んでたらエエですやん」と言われて「そう?」と言い、お言葉に甘えた。1人で行く事が出来た。(これがあと後 すっごく助かった)まず、下記の左側の こんな 大きな機械でオペをする。両方に機械が二分されているが、これで右目、左目と分けて手術をする。実際には、色々な付属の機械もついていて、もっと大きな機械だった。医師を含めて、担当してくれる人は全部で 7人。午前11:30頭にはブルーの手術用の帽子を被らされて、服の上から白の手術着をはめられて、いやっ・・・・マジ・・・手術じゃん!と焦る。手術で触るのは、この角膜部分だけ。機械の真ん中のベッドに寝かされて、頭をベルトで固定される。この時点で、すっごい恐怖心を抱く。逃げたくなった(1) 点眼麻酔をする。痛くも痒くもない。眼球を何かで固定された。この時点で看護師が私の手を握ってくれた。手術室に入る前に「怖いでしょうから、手をつなぎますね」と言われていたが、心の中で「そんなんいらないよ」と思っていた。でも、ここで手を握られて思った。安心感があるのと、恐怖で手を動かしてしまう患者が多いのかな?と思った。(2) フラップの作成。レーザーで角膜に印をつけて、角膜に蓋を作り開ける。視界が暗くなる。何も見えないし 何も感じない。(片目6秒ほど)(3) 屈折矯正。目を開けて目の前のオレンジの光を見つめてくださいと指示される。見つめている間にレーザーで照射する。角膜を開けて、黒い部分にレーザーを照射する。このレーザーには適応検査で得られた患者の個々の詳細なデータが入っている。この照射で視力が回復する。(片目20秒ほど)(4) フラップの蓋を閉じる。また視界が暗くなる。痛くも痒くもない。(5) 消毒。眼球を「キュッキュッ」と何かで拭かれるこの時、目を開けたら 目の前の機械が鮮明に見えて「あっ!!もう視力が良くなってる」と感動する。はい。終了。それから、もうすぐ帰宅していいのだ。ゴミが入らないようにと、ダテ眼鏡をくれる、一週間はこれをしていなければならない。化粧禁止なので、この眼鏡とマスクをして帰った。「20分ぐらいで麻酔が切れますから、急に眩しく感じたり 痛みを感じる方がいますので」と 術後の事は説明を受けていた。感じ方は人それぞれみたいで、全く痛みを感じない人もいるようだ。それに「眩しい」ってたいした事がないと思うじゃん?午前11:50 病院を出た。新宿駅に向かいながら「あ、よく見える!気分いい!お茶でもして帰ろう」「関西弁ママに世話になったから デパ地下で何かスイーツを買ってあげよう」と考えながら歩いていた。が、そんな事はすぐかき消された。太陽が眩しすぎて目が開かない。歩けない。眩しいってこんなに辛い事なんだ!と実感した。10歩ぐらい目を閉じたまま歩き、立ち止まって薄目を開けて周りを確認してから、また目を閉じて歩く。新宿は人も多く、歩くスピードが早いので、私は端に寄って、壁を伝いながら、時々 薄目を開けて進んだ。駅で2回、意識が遠のいた。ヤバイ!! 貧血だ!!倒れる!と思ったが、なんとか持ち越した。これね、慣れている駅だから1人で帰れた。慣れてなかったら無理だったと思う。眼鏡をしてマスクをして、壁伝いに歩く人・・・・他人から見たら、私はちょっとした変わりもんか、障害がある人に思えるだろう。関西弁ママに子供達を預けてきて、本当に良かったと思った。子供の面倒なんて見れないよ、自分の事で精一杯川口駅に到着しても、自転車に乗れない。タクシーで帰る事も考えたが、このまま自転車を置き去りにするのは、お金もかかるし手間もかかるので、自転車に乗って帰る事にした。乗れないので、ひいて帰った。目を閉じたまま10歩 歩き、薄目を開けて周りを確認し、また目を閉じて10歩歩いて帰る繰り返しだ。さすがにね、障害者だと思われるから、みんな私を避けてくれるのそして、這うように家に帰り、バタンと横になった。痛い、痛い・・・・目が痛い目が痛いってどんなんかわかりにくいでしょ?石鹸が目に入ってしみている感じ。ずっとその状態が続くの。もうね、嫌になっちゃうよ。ヤバイ!関西弁ママに連絡しなくっちゃ!!でも、携帯電話の画面が見えないの。メールなんて打てやしない。やっとこさっとこ、アドレス帳から電話番号をだし、電話をかけた。目は開けられないけど、喋りは快適だ。「ごめん、今帰った。これから花梨をバトンに連れて行かなきゃならないけど・・・・行けない。ごめん厳吉だけ うちに帰して、花梨も一緒にバトンへ連れて行ってくれないかな?」とお願いした。良かった、一緒にバトン習ってて良かった。「出来ない事は助けるから」と言っておきながら、私が助けて貰っている。本当に助かった。午後5:00随分と目が楽になってきて、薄目なら開けていられるようになった。苦しいのは、術後3~4時間だ。たったこれだけの事だけど、凄く体力を消耗したみたいで、その日の晩はぐっすり眠った。次の朝 起きて「あ・・・・・メガネなしで、天井や壁がよく見える」と感動した。快適な世界が広がったここまで、術後がどれだけ苦しいかを書いてきたが・・・・・出産と比べると「屁」みたいなもんだあんな不安定で、体に変化がある時期を10ケ月も過ごし、3キロのデカイ物体を、オマタが裂けながら産んだり、腹を切って出す事の苦しみと比べると雲泥の差で・・・・レーシックは「屁」みたいなもんだ。 こんな少しの苦しさで、永遠に近眼が治るなら、「なんでもっと早くしなかったんだろう」と思う。術後、また視力が戻ってしまう人は、全体の2~3%だそうだ。でも、完全に元の視力になるのではなくて、私なら「0.7とか0.8まで落ちることはあっても、それ以上は悪くならない」と言われた。悪くなっても半年おけば、再手術が無料で出来る。5年間は補償期間で無料で再手術ができる。(年齢によって補償期間が違う。若い方が長い。10代の子は15年補償がついている)私の受けた術式は16万でした。これから先、コンタクト代がかかると思えば、4年ぐらいで元が取れる金額だ。あ、そうそう お友達紹介チケット貰いました。4万円割引チケットを6人分頂きましたので、欲しい方はお声かけください。4万円割引なんて デカイよね?これで広告費にしてるんだろうなぁ~・・・・今日は長くなりましたのでまた次回、お金の事や その後の経過等をブログにアップしたいと思います。
2011.11.28
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前々からアイレーシック(視力矯正手術)に興味を持っていたが、身近に受けた人もおらず、恐怖心があった。なんせ一昔前は、40万以上する高額手術だった最近は、個人の目の状態によるが、8万~30万ぐらいで受けられる。レーシックと言っても 術式は 5種類ぐらいあって、目の状態で術式が変わる。数年前の39才の時に、他の眼科でレーシックの事を聞いた際には「受けても、すぐに老眼が始まっちゃうから、結局また眼鏡を使う事になるよ」と医者から言われたから、躊躇していた。その頃から、目の乾きが頻繁になり、どのコンタクトを使っても、目がゴロゴロするし、すぐに眼球に傷がつき、装着が痛かった。医者は「目もね、皮膚と一緒で加齢とともに乾燥してくるから、コンタクトが段々あわなくなってくるんだよ」と言う。なんという・・・・寂しいコメント医者は更にこう言う。「コンタクト使用も、連続装用は30年ぐらいなんだよね。目に良い物ではないからね」と言う。18才で装着したので、48才で終わりか。あと7年しかないじゃん7年後はどうするってよ?眼鏡をするのは本当に嫌いなんだよね。たまたま学校の役員のお母さんでレーシックを受けた人がいて、色々話を聞いてみて、恐怖心が取れて、その人の紹介で同じ病院へ行き、受ける事にした。昨日、診察してきた。病院は、新宿にある「神奈川アイクリニック」。(←興味ある方はこちらへどうぞ)ネットで調べると、レーシックではこの病院↑と、「品川近視クリニック」が上位を占めている。手術をするにあたって、どの術式が本人に合っているか色々な検査を受ける。視力検査、屈折度(近視、遠視、乱視)、角膜厚、暗所瞳孔径、眼圧などの検査を受ける。(意味は読んで字のごとく)この検査を受けるためには、3日前からコンタクトの使用を止めなければならない。この数日間、眼鏡生活がなんと不便な事か・・・・着替えはイチイチ眼鏡を外さなきゃならないし、ドライヤーの時も外すし、化粧するのも見えないし・・・・不便だった。検査の結果 視力が0.1から0.08まで落ちていた 検査のために、ある目薬をさすんだけど、これが凄いの 約4~5時間だけど近くが見えずらくなり、老眼を体験出来る。検査係のお兄さんが「今 あなたの目は60代の人の老眼と同じようになってます。 近眼で老眼が始まると 今の見え方になります」と言う。 うっ 苦しい 見えなさずきて苦しい 老眼ってしんどいんだね 近くは見えない、遠くも見えないなんかね、目を開けているのが億劫なんだよねどうせ見えないのに見ようとしてるのが、めちゃくちゃしんどいの検査係は、「40才を過ぎた方には全員、老眼のお話をさせていただいてますがよろしいでしょうか?」と言い、老眼の説明を詳しく受けた。近眼の人は老眼になりにくいと聞くが、それは違うらしい。 老眼は100%の人がなるもので、近眼の人は遠くが見えなくて 近くでピントが合ってるから、老眼が始まると 近くのピントも少しづつ退化しているけど 近眼のため気がつかないだけらしい。老眼の重症度は人それぞれらしいが、40才を過ぎると ほぼみんな少なからず老眼が始まっているようだ。 私は軽度だが始まっているようだ。 近眼のために 本人が気がつかないだけ。 老眼はレーシックをやろうが、やらまいが、 発症の時期や重症度も変化はないらしい。近眼を治すためのレーシックは、老眼には何の関係もない。レーシックを受けたら近眼は治るが、快適な生活に慣れた頃には必ず老眼が来る。その時は近くの物を見る際は老眼鏡が必ずいるようになりますが、よろしいでしょうか?と確認された。 なんだか、とっても年取ってしまった感じで悲しくなった近眼が治っても老眼が始まるのか・・・いや、正確に言うと老眼に気がついてしまうんだな・・・お金をかけて近眼を治して、また老眼鏡に金がかかるのか・・・ 果してどっちがいいのか?悩んだが もしレーシックをやらないとすれば、はやかれ遅かれ私は、さっき目薬体験した 近眼&老眼がくるわけだよいやっあの世界はいやっ せめて どちらかが見えたい。ぼちぼちコンタクトも装着できなくなるしならば 近眼だけでも治しておきたいと思った。 それに最近の医療は凄いね 老眼レーシックも出たんだよ 老眼レーシックは、また術式が異なる(治療する箇所が違うからだ)まだ今は金額が高いが、すぐに安くなるそうだ 私が老眼手術を受ける頃には 下がるだろうね だから思い切って受ける事にした病院には、50代後半や60代前半の方もたくさん来院していた。老眼治療は白内障が出る頃に治療するのが一番良いらしい。白内障も全員が持っているものらしい。世の中には 目の悪い人は減るね コンタクト屋は儲からなくなるねさてさて手術は 今日だ(11月26日午前11時30分開始) わずか10分程度で終了するみたい。 ただ、術後は 余り目を酷使してはいけないので 落ち着いたら またブログアップしますね では 行ってきます
2011.11.26
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ある日、公園へ行くと、端の方で小学高学年の女の子7~8人がバトンの練習をしていた。ラジカセで音楽を流し、みんなで合わせて練習をしていた。それを見た花梨は、すぐその場に立ち尽くし見入ってしまった私に「ママ、あのお姉ちゃん達、どこで習ってるのか聞いてよ」と言う。私「えっ?なんで?花梨ちゃんやりたいの?」花梨「うん。やりたい。ねーーーー聞いてよ」と言うが、一時の感情だと思って そのまま流していた。公園で遊んでいる最中も、何度も「ねぇ~聞いてよ」と頼んでくる。「嫌だよ。自分で聞いてごらんなさいよ」花梨「花梨ちゃん聞けない」私「ママだって聞けない。ママ、人見知りするもん」花梨「人見知りってなに?」私「知らない人とは照れちゃって喋れないって事よ」花梨「いつも慣れてない学校のお母さんとガハハハ、ガハハハと喋ってるじゃん」私「あれはね。本当はママは凄く気を遣って喋ってるから疲れてるのよ。でも花梨ちゃんの学校のママだから、花梨ちゃんが悪く思われないために ママも頑張ってるのよ」花梨「じゃあ、今も花梨ちゃんのために あのお姉ちゃんに聞いてよ、お願い」私「うっ・・・・・また今度ね」そうこうしているうちに、その保護者らしきお母さんが1人来た。お母さんになら話しかけても大丈夫かしら?と、勇気を振りしぼって聞いた。そしたら、そのバトンクラブの今年の役員で会長をしているママさんだった。あれよ、あれよと言う間に、色々な事を教えてくれて、見学へ行く事となった。花梨のクラスの友達で、ゆりちゃんとあきちゃんの2人がバトンをやりたいらしく、見学へ行くのに誘ってあげた。話を聞くとそのバトンクラブは市内では結構 有名な所らしくて、厳しくて有名だ。先生は4~5人いて、隣の地域の公民館と、うちの近所の公民館でバトン教室を2つ掛け持ちしている先生だ。同じ先生だけど、なぜか うちのクラブの方に力が入っているらしくて、市内のイベントがあれば、うちのバトン倶楽部が招待を受けるし、ディズニーランドでも、一回踊った事があるようだ。だから、先生もうちのバトンの方に必然的に力が入るようだ。練習が厳しくて、バトンで子供を殴るようだ。忘れ物をしたら「また今度持ってきてねーーー」じゃくて「忘れたら 帰れ! 出なくていいっ」という方針の先生だ。先生は若いのよ。下は20代の先生で、TOPの一番怖そうな先生でも30代後半ぐらいだ。まぁ、若くないと体が動かないだろうね。今どき珍しいくらい、厳しい。でも、バトンで殴られようが、理不尽な怒り方をされようが、親も子供もそれを承知で入部している。私も、どちらかと言うと厳しい習い事に通わせたかった。あまあまで幼稚園の延長線じゃ、なんだか物足りない。でね、入部する前に、色々と部の方針や行事等を聞くでしょ?まずね保護者間で、当番があって(2ケ月に1回ペースで当たる)先生のお子様達の世話(先生全部の子供を合わせるとマックスで6人いる)と、月謝の管理や、先生のお茶出し、資料配布・・・等々 当番の仕事があるわけ毎年、保護者の中で役員を選出して「会長」「会計」「衣装係」を決める。衣装係は、毎年 大会に出る衣装を決め、布地、型紙を選び、一般の保護者からお金を集め、買い出しに行きそして、保護者へ衣装作りを教える。てかね衣装係なんて出来ませんよ。それに、大会へ出る衣装を縫うなんて・・・・・もうね、その時点で私は腰が引けましたよ。大会って言ったてね、その辺の発表会じゃなくて、バトントワリング埼玉県大会 なんちゃらかんちゃらってやつでね。さいたまスーパーアリーナでやるんだよ。なんか・・・・規模がデカイ隣で聞いていた、ゆりちゃんママも顔面蒼白になっていたあきちゃんママは、この時点で入部をやめた。ゆりちゃんママにどうするか聞いたら「あたし、こんなんできまへん」と言う。ゆりちゃんママは、バリバリの関西人で、関西弁炸裂だ。子供達にどうしたいか聞いたら、ゆりちゃんも花梨も「やりたい!やりたい!」とノリノリだ。私も関西弁ママも、しばし見つめ合い 顔面蒼白になっていた隣で見ていた会長ママさんは「あたしもね、お裁縫苦手でね。今は会長してるけど、私、結構いい加減だしさ、みんなに支えられてなんとかやってるのよ。最初から出来ないと思ってたら何も出来ないわよ。それにね、もう子供がやりたいって言うなら、子供について行きます!!!って感じでいると それとなく進んでいくわよ」と言う。私は意を決し、「よし!! うちは入部する。やってみない事にはわからないし、それにやるのは子供なんだよ。親の補助が大きいけどね。ダメなら辞めると言う選択肢があるから、とりあえずやってみる」と言った。関西弁ママは「花梨ちゃんママはいつもポジティブでんな。あたしはあきまへん。やる前から心配ばかりしてまうから・・・・・それに当番があたったら、下の子を連れて来たらあきまへんのやろ?」私「そんなん うちだって一緒だよ。当番が当たったらお互い下の子の面倒を見やいっこしようよ」関西弁ママ「そうでんな・・・・花梨ちゃんママがいてへんと、私めちゃくちゃネガティブやから無理でっせ」私「大丈夫、出来ない事は助けるから。お互い助け合いましょ。で、嫌な時は辞めましょ」関西弁ママ「花梨ちゃんママは、ポジティブなんか、スパッとしてんのか どっちかわからへんけど・・・・まぁエエか、あはははは」という具合に、ゆりちゃんと花梨のバトン生活は始まった。始めたら始めたで、やれ、バトン入れるケースだとか、シューズ入れるケースだとか、練習へ行くリュックだとか・・・・なんじゃかんじゃ小物がいるわけよ。バトンケースはね、5000円ぐらいであるんだけど、そんな大金叩いて、すぐに辞められたんじゃ腹が立つでしょ?だからね、お裁縫が嫌いだけど、頑張りましたよ。バトンケースを縫いました。シューズケースも縫いました。まぁ・・・・ここまでは簡単だったわよ。こんな あたしでも最後にねリュックも縫いました。これは難しかった・・・というか ややこしかった。人生最大にお裁縫をした時間でした。ほら、お揃いで可愛いでしょ。やっぱりね、型紙に書いてある「洋裁用語」がわからないのよ。妹に電話して聞いたよ。やれやれこれで10才は年取った気分だよ。これで51才になっちゃった。さてさて、来年早々にある衣装作りでは、何才 年を取るかしら来月はね、バトン倶楽部のクリスマス会があって、保護者の出し物として、子供が大会で踊った(バトン無しで)踊りを覚えて、みんなで披露するみたいおいおいそこまでやんなきゃなんないのかい?やれやれ 私はどこまでついて行けるかしら? あはは
2011.11.21
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娘が7才、息子が5才。今年一緒に七五三をする事が出来た。姉弟が2才違いなので、息子が産まれた時点で ずっと こうしようと案を練っていた。まずは、12年前にさかのぼります。12年前の11月13日。私とメタ男ちゃんは表参道で結婚式をあげた。白のウエディングドレスとブルーのカクテルドレスは、注文して作って貰った。白のウエディングドレス(21万円)そして、ブルーのカクテルドレスは、デニム生地だ。デザイナーと相談して、白の生地から 好みの色の濃さのデニム色まで染めてもらった。白のフリルも作成してもらった。手には、同じ布で傘を作り頭には 可愛い帽子後ろには、大きなリボン。すごく可愛く出来て超~満足の仕上がりだった(80万)夫の学ラン風のスーツもオーダーした(28万)中のワイシャツと、ポケットチーフも同じ デニム生地。イチイチ 値段を言うなって?案外こういう値段って 人は隠すじゃない?私は結構 言いたいのよ人って値段を知りたいと案外思ってるのよ。ちなみに、私は12年経った今でもこのドレスが入りますが・・・・メタ男ちゃんは、入りませんこの写真を見つけるのに、さっき押し入れをあさっていたら、12年前の色々な写真や、友達からの手紙が見つかって、見入ってしまった。結婚式には、絶対来て欲しかった、香川の親友と埼玉の親友が、妊娠中でこれなかった。香川の親友は、産まれて間もない赤ちゃんがいたので来れなかった。埼玉の親友は、結婚式と出産予定日が極めて近い日だったので、来れなかった。その2人からの、手紙が見つかって、「あ~~ぁ~~」こんな事を喋ってたんだなぁ~と感極まってしまった。その友達の子供達は 共に小学6年生となり、片方は思春期真っただ中の女の子になり、友達は毎日 頭を痛めている。片方は、障害のある男の子となったが、先日 修学旅行へ行ってきたと、友達からメールがあった。皆、それぞれが 大変な12年間を過ごして来たんだろうなぁ~と友達の背景を思い起こすと・・・・・またまた ジーンと来てしまったさて、話は 七五三に戻ります。この、デニム生地のカクテルドレスとこの40年前に香川の祖母から買ってもらった着物で、 私や私の姉が七五三に着た物をこの3着をコラボレーションした。ちなみに、着物をくれた ばあちゃんの 名前は七五三子と書いて 「シメコ」と言うなんか、繋がってるねぇ~~あはははは。デザインは、花梨の服は、双子の姪(姉の子供)が考え、厳吉のは私が考えた。縫製は、もちろん 双子の姪にお任せした。夏から作成をお願いしていて・・・・出来上がった。そして、12年後の 2011年11月3日(今月)ジャーン全て、デニム地のドレスと、40年前の着物で作成しました。後ろのリボンも、見事に短くアレンジされている。あ 年賀状交換しているお友達は、七五三の写真で行きますので、あしからずそれと、最後に子供たちの衣装が欲しい方は ご相談ください。無料で差し上げます。(送料のみお持ちください)*花梨 身長 120センチ 体重25キロ (靴は汚れたので差し上げられません)*厳吉 身長 108センチ 体重17キロ 草履&足袋 16センチ~18センチ(ただし、厳吉は細いので、身長100センチぐらいのズボンのウエストサイズになっていますので、スリムな子でないと入りません)
2011.11.09
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子供の学校の振替休日の日に(平日)「平日だから池袋のサンシャインの水族館へ行こうか!」と言い、子供と3人で出かけた。そこの水族館は、8月にリニューアルされたから、土日は混雑で行けないと思ったので、振替休日を利用した。でね、今日の本題は水族館じゃ、ありませんわよ川口駅から池袋駅まで電車で行った。池袋に着いて、子供達に「おしっこは?ない?」と聞くと「するぅっ~」と言うから、駅のトイレに寄った。そのトイレは西口へ抜ける通路に面しており、人が前にも後ろにも右にも左にも忙しなくガンガン早足で歩いているような場所だ。一日の乗車人員 日本最高数を誇るのは、新宿駅だ。次に 池袋駅だ(参考資料。ちなみに川口駅は52位)次から次へと人が湧いて来るように歩いている。そんな人通りの多い場所で、トイレを見つけた。このように ↓奥には普通のトイレもあったが、手前に「多機能トイレ」(障害者用)があった子供が大きくなってからは使わないが、「誰でもご自由にご利用いただけます」と書いてあると入ってしまう。ついつい入ってしまった。最近の、多機能トイレの扉は、センサーで開閉する。手を全く触れないで、かざすだけで扉が開閉される。センサーがあっても、中から鍵をかけられるトイレもあるが、ここはなかった。センサーのみだった。トイレには3人で入りまず、厳吉が用を足し、花梨がして、最後に私がした。私がしている最中に、トイレの中で厳吉がウロウロ歩きだしたので、嫌な予感がして「ちょっと、ウロウロしないでここの鍵はセンサーだけだから、そっちに行くとセンサーが反応して開いちゃうからねぇっ ちょっ 厳吉、こらっ ちょっ、こっちにおいで、あ、わーーーーーーーーーーぎょーーーーーーーーー 」と とうとう扉が開いてしまった私は、とっさに、おまたに力を入れておしっこを止めて、中腰になった。フレアースカートを履いていたのが、運が良かった。スカートをサッとおろし、大事な部分を隠した。中腰になって変なスタイルをした、幼児達を連れたお母さん(私)は、駅をガンガン歩いて通り抜けて行く人達と 次々に目が合う歩行者から見たら「あのお母さん、なんで中腰なんだ?」と思うだろう。スカートなんだから中腰にならないで、普通に立てばいいのに、それが出来ない。なぜなら、スカートの中は、途中まで下ろしたショーツとストッキングがあるし。でね、やっぱりね、咄嗟におしっこを止めるのって、日ごろ訓練をしていない限り難しいのよ少しね、チョロチョロと流れてきちゃったのよあはははははははははははははははショーツとストッキングに流れちゃったのよぉ~~だから中腰から体制を変えられないのよ。私は中腰のまま、数歩 歩きセンサーの前まで行き、センサーに手をかざしたけどこれが なかなか閉まってくれないっいつもね、こういうセンサーは反応しない。ATMの機械とか、トイレの流すセンサーとか、何回やってもすぐには反応してくれない体みたいで(乾燥してるのかしら?)もうね、何度も 手をシュッシュッと振っても閉まってくれないのその間も 歩行者と次から次へと目が合うわけ中腰のお母さん(私)は必死で、センサーに手をかざしているけど、閉まらなくてスカートの中は、ちょっと おしっこ垂れちゃってるし・・・・・勘弁してくれよぉ~~41才にもなった、大人の淑女(?)が・・・・こんな姿ってあり得る?こんな 情けない人 いる?????ぎゃははははははははなかなか閉まらなくて泣きそうだった。やっと閉まってくれたんだけど、もうね、その時は厳吉に怒る気も無くなってて、フツフツと笑いがこみ上げてきた。「もうっ・・・・やめてよ、あんた。センサーに触れたら開くって言ったでしょ!!ママ、急におしっこ止まらないから、ほらぁ~ パンツに漏らしちゃったじゃん。どうしてくれるのよぉぉぉ~~」と言うと、厳吉も花梨もゲラゲラ大笑いし始めて「ぎゃーーーーーママ おもらししてるぅ~~~」だって。で、大笑いした後、花梨は冷静に「ママ、これからどうするの?パンツ買うの?」と聞いてくる。「買うわけないじゃん。買うってことは一回履かなきゃならないんだよ。少ししかついてないから、このまま履くわよ」花梨「履けるの?」ママ「履けるわよ、ほらっ」と言ってパンツを上げながら「つめてっ」と言ったら、またゲラゲラ3人で大爆笑した。花梨「それで水族館へ行くの?」ママ「当たり前じゃん。いいよ もう。誰にもわかんないから。スカートが濡れてないからいいんだよ。そのうち乾くから。おもらしママ君だから」と言い放ち、3人でゲラゲラ笑いながら水族館へ向かった。やれやれ・・・・・子供達は水族館が楽しかったみたいで 良かったよ。帰宅後、パパへの報告の第一声は「ママのおもらし」から始まって・・・・水族館の話題はありませんでした
2011.11.01
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