知人は今でも口にしていますが、"the Statue of Liberty" を「自由の女神」と訳していることを知ったアメリカ人が、「アメリカに女神はいない」と猛烈に憤慨していたそうです。これが完成した1886年以降、アメリカの自由を象徴してきた像なのですが、決して女神ではありません。しかし、ネット上でも「女神」と訳されているのを見ると、日本の歴史教育がいかに不十分なものであったかということが判ります。教会がしなければならないのは、こうした事柄に関する発言であって、特定の政党の候補者の選挙運動を支援することではないのではないでしょうか。日本聖公会京都教区は、こうした基本的なことさえお判りになっていらっしゃらないようです。教会と国家の問題は、歴史的にも非常に重大な問題でした。これに関して日本聖公会は真剣に神学的議論をされてこなかったのでしょうか。幼稚園や私立学校と密接な関係のある日本聖公会は、なぜこうした問題を議論してこなかったのか。「新しい歴史教科書をつくる会」を批判していながら、ご自分たちは教会と国家という基本的な神学を放棄されているのは、私にはどうしても理解できません。