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16年間応援し続けている劇団がある。実はサポータズクラブにまで入っている。「演劇集団キャラメルボックス」今は知る人ぞ知るメジャーな劇団になってしまった。すっかり芸能人になってしまった上川隆也さんのいる劇団である。初めて観たキャラメルの作品が上川さんの初めて舞台に立った作品だった。これちょっと自慢。今日は旦那と2人サンシャイン劇場に観に行った。このため年間2~3回必ず東京に繰り出す。今回は上川さんも出演する作品とあって、チケットも取りにくくなってしまったが、抽選でゲット。別に上川さんだけのファンではないので、チケットが取りにくくなってしまうのはちょっと残念だが、やっぱり舞台に華があったなあ~。存在感がどんどん増していく。いやあ・・・。演劇はやっぱり生舞台がいい。演劇鑑賞大好きな私は結構仕事でも参考にさせていただいているところも多い。養護学校では文化祭の劇の脚本演出をやらせてもらったり、話の「間」の取り方を参考にさせてもらったり、学校の先生を辞めようと決心したのも、この劇団の社長が書いた『いいこと思いついた』という本を読んでひらめいてしまったり、さりげに私の人生に影響を与えている。まあ、私は単純な人間なのかもなあ・・・(~_~;)失敗の許されない舞台で一生懸命役になりきって演じている姿がすごくしびれる。「うわー私もあんなに一生懸命何かしたい!」と思ってしまう。きっとスポーツ観戦してそのスポーツにあこがれるのと同じ感覚じゃないかなあ。舞台に立ってみたい・・・という思いが、きっとずっとあったんだろうな。昨年12月にはジャズダンスで大舞台に立ってしまった。(ビデオを見るとはずかしー。でも充実感があったなあ)3月には和太鼓の発表。4月にも近所の成人施設にご招待されてしまった(ひえ~)やるからには真剣に一生懸命やらないとね。子どもは預かってもらって行くので、ちょっと後ろめたさがあるが、子どももその辺はすっかり心得ていたみたい。本当にしょうがない親で面目ないm(__)m
2005.02.27
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竹、廃材、工具、枝、ボールやラケット…。今日は自由な発想で遊んで欲しい…という趣旨でプログラムはあえて組まなかった。 インフルエンザや町の行事が重なったり…で参加者がいつもより少ないようだったので、こちらもちょっと力を抜いてしまった。でも、最初戸惑っていた子どもたちも、終わりごろは結構遊びを見つけていたかな。私は自分が楽しむことに決めて、竹馬を作ると決めていた。3年前に作ったけど、すっかり作り方なんて忘れちゃった。親分(手伝いに来てくれているおじさん)と悩みながら作った。女の子がひとり興味を持って、一緒にやることにした。足を乗せるところは、程よい角材が見つからなかったので、太い竹をなたで割って作ることにした。なたって怖い道具だけど、コツをつかむとおもしろい。使い方をちょっと教えて、女の子にやらせてあげていたら、すかりはまっていた。自由遊びになると、好奇心が多い子どもの方が、多くのことを学ぶ。学校の勉強ではちょっと冴えない子の方が、意外な面を見せてくれることが多い。 試行錯誤してやっと安心して乗ることができる、竹馬が完成すると、何人か興味を持って寄ってきた。みんなでやることがちょっと苦手な男の子は「ちょっとやらせて~」と言ったかと思ったら、ひょいといとも簡単に乗りこなしてしまった。すごい!「なかなかやるじゃん!」とっても風が冷たくて、じっとしていると震えてしまうようだったけど、竹馬作りに没頭していたらあっという間に時間が過ぎた。一緒にやっていた女の子は、自分で乗れるようになってしまった。プログラムに束縛されず、納得いくまで気に入ったものをやるのも悪くないなあ。昼食に食べた豚汁とたき火で焼いたやきいもが体にしみた…。ゆっくりとすぎたわんぱくキッズの1日だった。
2005.02.26
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わんぱくを一緒にやっている友達とさっき電話をして、ちょっとなげやりのことばを投げかけてしまって、反省している。来年度からわたしはわんぱくキッズに半分(以下)だけ関わることにしている。お互いに忙しくなってしまった友だちと話し合いの時間が持てなくなってしまったことと、私も思いと彼女の思い、今の参加者の子どもたちの間にちょっとしたずれが生じてきてしまったせいもある。今来ている参加者の多くは、自由に何かをやることを求めている。3年前始めた当初は、今の基地もなく自由に遊べる場所といえば、そのときだけ借りた神社や保育所の庭だったので、何かを常設することはできなかった。だから、何かこちらがお膳立てして準備しなければ、手持ちぶたさになってしまっていた。今はそれはない。来るなりどこかに散って、遊び始めている。これが理想の形といえばそうだ。でも、葛藤がある。わんぱくキッズでは参加費を集めている。この基地を作る場所には地代がかかる。基地を立てるにも、釘やペンキ、ロープ…何にもでもお金がかかる。その上、昼食に汁物やおかずを作ったりしているので、500円は決して高い金額とはいえないはずだ。しかし、お金を払ってこういうことをする自体、すでにお膳立てをしているのであって、本来、子どもたちが自分で仲間を見つけて、材料や場所を見つけて、自由に遊べるのが、もっと理想かもしれない。幸いこの辺りは自然に恵まれている。…だからといってそういう遊び方ができる子どもの方が珍しくなっている。親はもっとダイナミックに自然と触れ合って遊んで欲しいと思う反面、必ず新しい技術や何かの力を期待している。そう思うからこそ、参加費を払ってこのような活動に参加させようとする。今までは、何かしらプログラムを組んでいた。でも、来年度からは全く自由にするつもりだ。だからといってかかる経費は同じなので無料ではない。こうなった場合、どのくらいの親の理解が得られて、どのくらいの参加者が見込めるのかは、未知数である。金槌やのこぎりを使ったり、高い木に登ったり、勝手にやるならまだしも、参加者を募ってやるからには安全面にも気を配らなくてはならない。だから、保険にも加入しないといけない。アスレチックに使ったロープも老朽化するから替えないといけない。ロープって結構高い。自分が楽しまなければ決してできない活動である。当初は本当に楽しかった。仕事で関わる、元気な子どもたちを持つ、お母さんたちがわんぱくに寄せる期待も大きい。本当は金勘定考えないで、たくさんの子どもたちがいっぱい遊びに来て欲しい。仲間がいなくちゃ基地を作っても、穴を掘ってもつまらない。第4日曜日にあそこにいくと誰かがいて、思い切り遊べる!そんな場所・・・。私の仕事後ろ盾がしっかりしていて、公共団体から経費が出る遊び教室に安価で参加してもらっているから余計そう思うのかもしれない。私設団体は実際そうは上手くいかないのである。だから参加費を集めるからには、何か特色がなくてはいけない・・・という感覚というかプレッシャーがあったのだ。もし、自分の子どもを参加させるとして、わざわざ車で送って、参加費を払うとしたら、何を求めるだろうか・・・。私もきっと何かを求めてしまう親なのだと改めて思い知らされてしまうのである。やってみなくては分からないことはわかっているのに・・・。
2005.02.25
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春一番。教室になっている保育所のまわりは畑ばっかりそして恐ろしや杉の木が黄色になって隣接している。空が黄色に見えるのは気のせいじゃあるまい。強風にあおられながらみんな教室にやってきた。もうすぐ卒園の子どもたちが多い。卒園と同時にことばの教室も修了・・・といきたいが簡単にいかない。今、がんばらなきゃいけないことは、ずっとがんばらなきゃいけないことだったりする。でも、小学校にうまく橋渡ししてあげるしかないんだよね。分かっているけど、特例で6組の子どもたちが教室継続となった。・・・と言っても、経過を見るくらい。おそらく3ヶ月に1回くらいになっちゃうかも。最初の橋渡しをしたら、やっぱりここは修了しなくちゃいけない。きっと自分が心配でしょうがないんだと思う。本当に出会った子どもたちをトータルで見続けられたら、どんなにいいだろうと思う。でも、私は就学前の子どもたちとがんばるのが仕事だし、これからもどんどん新しい出会いがある。卒業すれば、今度会うときは成長した姿を見て、昔を懐かしむ位でいいのかもしれない。嬉しいことがあった。今日は予約に入っていなかったお母さんが突然教室に現れた。「あれ?今日だったっけ。」なんて思っていたら、ずっと前にお家でやってみることを勧めたビーズののれんを「完成しました!」とわざわざ見せに来てくれた。本物の針を使って、決まった色を通さなくちゃいけないそののれんは、やりたいことをやりたいようにさせて欲しいその子とやるのは大変だったと思う。ビーズの色を数えて、竹に穴を開けて、お家でできるように作ったその教材は、何人かの親子に渡してあるが、手間の割りに、なかなか家で時間をとってやってもらえなかった。他の教室ではこれが集中力や色・数を覚えるのにかなりの効果があったので、お墨付きの教材ではあったが、「作っても、無駄だったかなあ~」なんて、もうあきらめかけていたところだった。途中からは勧めるのも辞めてしまった。 完成させてもらえただけで報われた気がした。「よくがんばったよ!ありがとう!!」見せに来てくれたその気持ちと、お家でコツコツやってみようとがんばったお母さんの姿が浮かんで、とってもあったかい気持ちになった。
2005.02.23
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今年一発目のひな祭り遊び。普段はオープンスペースで月2回遊んでいるところに、2ヶ月に1回設定遊びでお邪魔する。カラービニール袋の衣装は保健師さんと事前に作った。ちょっと力作。いつも通りのリズム遊び、歌遊び、手遊びの後、楽器遊びを入れて、おひなさま、おだいりさまに変身した。冠は色画用紙を使って、折り紙の「ぼうし」の折り方で作ってみた。試作品では、頭が入ったはずなのに、画用紙がちょっと小さくて、あたまを入れるにはちょっと調節が必要になってしまった。(>_
2005.02.22
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雪遊びは何度やってもおもしろい。今日は町の3・4歳児対象の親子遊び。自分のやりたいものばかりプログラムして1ヶ月に1回行っているが、新聞紙の遊びのときは、盛り上がるのが保障付き!の上準備が楽なので、ことさら気楽に臨むことができる。今まで使っていた場所が、人数増加のため狭くなってしまったため、今回から町の利用施設のホールを借りて、広々行うことになった。備品を保育所から運搬しなければならない反面、今まで机を全部外に出していた手間が省けて、こっちの方が楽だった。何より、この利用施設、我が家の目の前なので、近くてよい(^・^)先日他の遊び教室にたまたま実習に入っていた、学生さんが、同じ町の人間と知り、すかさずこの町の遊び教室にスカウトして、今日から手伝いに来てくれることになった。なんと一緒にやってる所長さんの保育所の実習生だったというから、運命を感じる。もう離さないわよ(^_-)-☆雪遊びは子どもと新聞紙を細かくするところから始めた。いきなり細かくだと、大粒の雪になってしまうので、まずは縦に切れないようにそっと長く切ってみることに挑戦した。親がちょっとだけ切れ目を入れてあげて、2人で引っ張ると、力加減できれいに裂ける。なかなかやりたがらない子どもがいるところには、そばに行って、誘いながら、やり方を見せた。こういう活動はすごく簡単なんだけど、なぜか自分がはまってしまう人が結構多い。子どもはどうしているかというと、母が無言で自分の世界に浸ってしまうので、どこかに離れていってしまう。一緒にやってあげれば、よく乗ってこられるんだけどなあ。私とやってみて、のってきたらお母さんにバトンタッチするようにしている。そんな中、「先生、本当に子どもの扱い上手ですねえ・・・」と言われて、「いやいや、ありがたいお言葉ですが、感心してる場合じゃないよ~」と思ってしまった。そのままバトンタッチしたかったのに、やっぱり、ひとりでひたすら新聞をちぎっていましたから・・・。単刀直入にことばで言うのは簡単なんだけど、モデルを見せて、分かってもらうというのはなかなか難しい。とにもかくにも、どの親子も晴れ晴れとして帰って行ってくれたのは嬉しい限りだ。なんといっても、雨の中、インフルエンザが世の中で流行っている最中に、非常に出席率がいいのがまた嬉しい。続けていれば、親も子も色々学べるからね。もちろんこちらも場を重ねる度に勉強させてもらっております。いつでも満足できるようにいい雰囲気作りと楽しい遊びの場を提供できるようにしよう!
2005.02.19
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午前中は来週一発目のおひなさまあそびの準備に町の保健センターに行った。気合を入れてカラービニール袋で衣装を作ることにした。最初はお母さんたちとみんなで・・・なんて思ったけど、2歳くらいの子どもたちと一緒に作るより、着飾って楽しむことをメインにしたほうがいいかなと思い、材料だけもらって、うちでコツコツ作ろうと思った。でも、保健師さんも一緒に作ることになった。ひとりでやろうと思ったのはとんでもないことが分かった。午前中いっぱい・・・それでも終わらなかった。午後から他の町で3歳児健診が入っていたので、最後は保健師さんにお任せして、退散させてもらった。ひとりでやらなくてよかった・・・(*^_^*)でも、かわいいのができたよ。強度を増すために、ちょっとこだわっちゃったのが、時間がかかった原因でしょう。他の町でも作ろうと思ったけど、面倒だから、借りてっちゃおう!せっかく作ったんだ、使いまわしさせていただきます。==============================川沿いの道を1時間ひた走り、健診前に1組相談が入っていたことを思い出し、滑り込みセーフ・・・と思ったら待たせてしまっていた。今日も何ケースか相談に来て、そのうち3ケースほどことばの教室に誘った。その中で、おじいちゃんおばあちゃんの存在が大きくクローズアップされた。どんなにお母さんが意識したり、注意したりしていることを、難なく打ち砕いてしまう。間食させないようにしているのに、いつでもお菓子をあげちゃう。そのせいで、ご飯は好きなものしか食べない。楽なものを食べているので噛むことができなくなって、口の動きが悪くなっていたり・・・席について食べさせることを徹底させようとしていると、怒ってはかわいそうだと、横から救いの手(?)を差し伸べてしまったり・・・田舎ではこの祖母の存在が重要なポイントを占めていることが多い。大体嫁として入ってきて、波風は立てたくないし、旦那に仲裁に入ってもらいたくとも、子育てに関して口を挟まなかったり・・・というか放棄。子どものことよりそっちの方が大変そうで、話が脱線してしまう。母にアドバイスするのも大切だけど、祖父母の教育も必要かも・・・と思う。
2005.02.18
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結構前にスパスパ人間学のヨン様ダイエット法を見た。ヨン様・・・というより韓国が世界一野菜を摂取していて、それも5色そろえることが体にもダイエットにもよいという内容だった。韓国料理大好きな私ではあるが、元々不精でけちなので、今までおかずは一品。買う野菜は旬の物で安いもの。しかし、何故か今回ははまった。最近、お腹周りが気になるのと、やっぱり食生活で病気から回避できるならいいではないか。赤・緑・黄・白・黒・・・色を気にしながら買い物をすると、かごの中が野菜でいっぱいになる。旬の野菜でばかりそろえてもいられないから、この次期絶対今まで買わなかったものまで買う。今は寒いから、外でもいいけど冷蔵庫に入りきらない。ネットで韓国料理の本まで購入し、韓国料理に欠かせないごまは大袋。コチジャンは大瓶。韓国人はスープが大好き。・・・なるほど何でもかんでも入れて、辛口に味付けし野菜を煮ればたくさん食べられる。なんと素晴らしい!韓国の食堂に行くと、頼んでもいないのに、キムチが色々出てくる。それだけでも、野菜がたくさん摂取できてしまう。毎日韓国料理ばかり作っていたら、家族にあきれられてきた。子どもも毎日口から火を噴いている。ちょっと気の毒になってきた。・・・ていうか私が辛い韓国料理ばかり作るからいけないのか(~_~;)韓国の子どもたちはやっぱり毎日からい物ばかり食べることができるのだろうか。辛いの苦手だと絶対やってけないよね。さすがに続くと私も胸焼けしてきた。和食とくにみそ汁なんかで一息つくと、やっぱ和食はいいわ~。と感慨深げになる。5色の野菜のおかげで子どもも料理の中に入っている野菜が何か意識するようになった。「さて、今日の5色の野菜は何でしょう!」一緒にテレビを見ていたから、一生懸命色を思い出しながら答える。私も真面目にご飯作るようになったし、体にいい以外にもなかなかいい効果をもたらしてくれている。いつまで続くかな・・・。
2005.02.17
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今日も雪遊び。一緒にやっている保育士さんから「ゆきのこぼうず」の歌で新しい手遊びを仕入れてきてくれた。♪ゆきのこぼうず~ゆきのこぼうず・・・いとまきまきのフレーズ。親子で向かい合って♪ゆきのこぼうず・・・で子どもの頭をくちゃくちゃ♪やねにおりた・・・お鼻を指で滑らしてチョンチョン♪つるりとすべって・・・お腹を円を描きながらすりすり♪きえたコチョコチョ・・・色んなあそびかたができるなあ。対面というのがいい。一番前で先生がどんなにおもしろく分かりやすく動いたところで25組もいると遠いんだ。やっぱり目の前でお母さんが見せるのが一番。視線をそらしたり、模倣が苦手な子が結構いるので、視線を合わせて、子どもの気を上手く引く練習でもある。今日は細かく切った新聞を使った。1歳~2歳が多かったけど、みんな口に入れなかったぞ~。大丈夫じゃないの。みんなでかき集めて「3・2・1それ~」やっぱり細かい方が断然きれい。ひらひらと舞ってこどもも大喜び・・・。なんだけど怖がって入れなかったり、どうしても中心に来られなくて、端のほうに貼りついている子がいたり。そこを上手に無理せずに誘い出して、みんなやることに慣れるのがこの教室の目的。新聞紙のほかにシュレッダーにかけた細かい紙が登場。雪というより吹雪。髪の毛にはからまるわ、背中には進入するは、目に見えないほこりは発生するは、あんまりお勧めできないが、大きな布に入れて子どもたちをその中に入れると、ボールプールのようになった。大きな布・・・実は風呂敷を何枚も縫い合わせてパラシュートに見立てたものなのだが、大喜びで入る子どもたちもいるが、怖くて入れない子どもたちも多い。ポンと入れたはいいが、布の端を持っているお母さんに「抱っこ~(>_
2005.02.16
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新聞紙の雪といえば、細かく三角に切ると、本当に雪が舞い散るようできれいなんだよね。でも、1歳半デビューが2組いたから考えちゃった。1歳半はまだまだ、口に入れちゃう時期だもんね。それで、新聞紙半分に切って、ただ丸めて雪玉作りをした。できるかなあ~と思ったけど、みんなクチャクチャと上手に丸まってた。ちょっと驚き。全部で11組いたから、みるみるうちに新聞雪玉が増えていった。2組に分かれて雪合戦!保健師さんがリハビリでおじいちゃんおばあちゃんに使ったらしい、すずらんテープのお手製ネットが登場して、本格的に雪合戦。子どもたちは、ネットなんかあんまり関係なく、四方八方に投げてたけど、こういうのは俄然親が燃える。雪玉をみんなでかかえて「3・2・1それ~」と上に投げると、子どもたちが大喜び。人見知りが激しくて・・・全然言うことを聞かなくて・・・と心配していた2組の親子。しっかり輪に入って、最後の自由遊びは親から離れて、同じくらいの子どもと遊んでいた。もうすぐ2番目の赤ちゃんが生まれるタイ人のお母さん。子どもが生まれても、義妹(日本人)が連れてきます。と参加を宣言していってくれた。うれし~(^O^)/前回都合で初めて教室を休んだ。そんな時に限って、幼稚園休んで私に会いに来てくれた親子がいた。お母さん、子どもが登園拒否に陥り困っていたんだ。「ごめんなさい~。」休んだ理由は息子の学校行事親子クッキング教室。私も親なのだ。でも、この仕事の責任の重さを再認識した。私はそんな立派な人間じゃないけど、こんな私でも代役はきかないんだよね。こんな人のつながりができてきた教室がまたいいんだよね。
2005.02.15
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遊び教室で何気に困るのが、3大イベント「七夕」「クリスマス」「ひなまつり」・・・私の得意分野はどちらかといって、素材・・・新聞・布・風船等々を使った遊びなので、どうするか悩むんだこれが・・・。対象は1歳半から3歳なのであんまり小難しいことはできないし。見てるばっかりとかは飽きちゃうし。「ひなまつり」に絡めながら、動きがあって楽しめる遊び方ってないかしらねえ。これから3つの教室で立て続けにやらなくてはならないので、いつもこんなに考えない私が、珍しく頭から離れない。明日は持ち物も書いたお便り出さなくちゃいけないし、なんかないかなあ~~~(ーー;)
2005.02.14
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昨日は天気もいいし、旦那も休みだし、3連休だし・・・どこか行こう!どこ行こう?下の息子が、遠足で行って好評だった、船橋アンデルセン公園に行くことにした。車で1時間くらい。ドライブとしても最適コース。川沿いの道をずっと走って、11時前に着いた。車から降りると、北風が頭の後ろを吹きぬける。こりゃ寒いな・・・。この公園、市が運営しているテーマパークのような公園。入ってみると、思いのほか遊具が充実している。中でも感動したのがアスレチックコース。公園をずらりと取り巻くように設置されている。初級コースから中級・上級と充実の品揃え。すごいロープと丸太でこんなにいろんな遊具が作れることに感動。もう寒くて、子どもたちを暖かく見守る親にはなれなかったので、こりゃ、一緒に動くしかない!と覚悟を決めて、(何てやる気だったので、軍手まで持参したんだが。)長いロール滑り台をやったり、アスレチックも片っ端から挑戦!こんなの楽勝!とはた目で見ていたものの実際やってみたら、思うように体が動かないことにびっくり。最初にスタミナを使い果たし、すっかり午後はヘロへロになってしまった。息子どもは、毎日運動しているだけあって体力がある。小学生には負けないぞ!と思っていたのに、いつの間にか逆転されているじゃないの。4~5時間いたけど、結局全部は回りきれず、次回へお楽しみ。ここはおもしろい!休日になると、つい買い物とかに流れがちだけど、充実した休みだった気がした。・・・おかげで今日は全身筋肉痛だ(~_~;)まあ、次の日出てきただけましか?
2005.02.13
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1.6歳くらいは、ことばや発達に心配があったとしても、小手先のことより、とにかく親子でも仲間同士でも関わって「遊ぶ」!というのが何より大切だと最近考えている。だから、「ことばが少ない」とか「ものすごく動き回って言うことを聞かない」・・・なんて相談は、話を聞いてから、ほとんど「遊び教室」に誘ってしまった。・・・これみんな参加してくれたら、嬉しい悲鳴になっちゃうな~。1歳半っていう年齢は兄弟をつくるにも、ちょうどいい間隔なので現在妊娠中だったり、まだ3ヶ月くらいの赤ちゃんがいたり、っていうのが結構多い。ここの「遊び教室」は体制が整っているので、例え下の子を連れてきても、保健推進委員の方や保健師さんが見てくれる。だから、安心して誘える。それでも気になるなら、十分遊んで、先生とも仲良くなってから誘えばいい。「早期発見・早期療育」っていうけどこの年齢で親子で十分に遊ぶことが、何よりの「療育」だと思う。健診後、保育所から呼ばれた。「うっなんかやったっけ~。」ちょっぴり職員室に呼ばれた、子どものような気持ちになっちゃったけど、用件は、「来年度入る子どもの対応について」だった。来年度、2名の障害をもったお子さんを受け入れてくれることになった。2名とも昨年、幼稚園・保育所入所を見送って今年度簡易マザーズ(療育センター)でがんばった親子だけあって、何としても、入所を果たしたかった。入所に際して、双方とも療育手帳を取得し、それにより各々一人保育士さんを雇ってくれることになった。個別の配慮なくして、集団参加の難しい2人なので、保育所の寛大な対応に感謝である。保育所にはことばの教室で月に2回お邪魔していることもあって、敷居が低い。同じ場所にいる利点を生かして、できだけ協力させていただくことを約束してきた。ところによっては、外部の意見を聞きたがらないところもあるのに、入所前から対応について、しっかり知っておこうという姿勢が嬉しい。同じ保育所内でも部屋が異なり、正直、間髪いれずに対応しなければならないので、部屋に閉じこもりがちになってしまう。でも、できるだけ外に出て、保育士さんと雑談したり、教室に通ってきている子どもの様子を聞いたり、遠慮なく色んなものを借りに行くようにしている。私たちの存在をアピールすることも、先生方との距離を近くすることができる。大人同士のコミュニケーションが子どもの指導を風通しいいものにするような気がする。結構時間外で帰りがどんどん遅くなっていくんだけど、こういうことって大切だよね。
2005.02.10
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もうすぐ就学を迎える時期。今日は卒業学年の子どもが多かった。「k」行と「g」行が「t」「d」にそれぞれ置換していると、10月に相談があった女の子。次回を最後にするつもりだったが、見違えるようにきれいな音になってびっくりした。多分家庭ですごくがんばったんだろうな。時折、お母さんの顔を見て、「k」と「g」の音を気をつけながら出していた。こういう訓練って、一歩間違うと「吃」につながってしまうことがある。でも、その一歩手前に上手に止まり、後は自然に会話できるようになれば大丈夫。今後は気にしないことが大切になってくる。これだけ飛躍的に変化したのは久しぶりだったので、感動してしまった。やっぱり、やればやるだけこの年齢は伸びが速い!拍手喝さいの卒業。継続は力なりを立証してくれた。こんな風に切れよく卒業できれば一番いいのだが、なかなかそうは行かない。言語に心配がある場合、同時に発達にも心配がある場合が多く、その場合、なかなか成果が出にくい。長期で見ていく必要がある。小学校に入学予定の2人。就学前に「新版K式」という検査をさせてもらった。大体傾向として「理解」や「記憶」が苦手。彼らにとって一斉授業というのは試練である。できれば個別でできる場所を確保して欲しい。検査の平均値が境界線よりちょっと上かギリギリそのラインというのは曲者である。得意と苦手があって、平均すると境界線であって、ある部分は年齢相応であって、ある部分は全く境界線に達しないということの方が多い。特別支援教室に通級するにも踏み切れないのが彼らくらいなのだ。就学前にことばの教室ができたのだから、就学後も作ってくれればいいのに。何故かつながらない。だからここで卒業は中途半端。福祉課の上の方が非常に理解のある方たちで、小学校に入学しても、経過を見ていくことを了解してくれた。彼らのお母さんたちも望んでいたので、いい報告をすることができた。ちょっと荷が重い気もするが、がんばんないとなあ~。でも、2~3月に1回って、きっと日頃の様子とお母さんのストレス解消くらいのお手伝いで、やっぱり、毎日の積み重ねが一番効果があるんだよね。「毎日10分でいいから・・・」とよく言う。たかが10分、されど10分。これがなかなか難しい。ついつい自分に言い訳しちゃう。この10分。実は将来にのしかかる重要な10分なんだよね。将来を見据えて、私は人のこと全く言えないけど、「お父さんお母さんたち、がんばってくれ~!」と心で叫んでしまうのであった。
2005.02.09
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ことばの教室って個別指導が中心だと思うけど、ここは個別もあるけど小集団指導もやってる。本来、ここに合わせてお母さんとのお話しもあるので、小集団の体系って取りにくいんだよね。でも、月1回しかなくて健診の度に人数が増えるので、みんなに参加してもらえるようにするためには、この方法しかない!みたいな苦肉の策でもある。個別なら1日に当たれる人数に限界あるけど、小集団ならファジーでも大丈夫だしね。でも、この方法悪くないと思う。保育園なんかはどちらかというと大集団。個別と大集団の間ってあんまりないんだよね。まあ、塾とかドラキッズみたいな教室ならあるんだろうけど。小集団のことば遊びの良さって結構ある。ゲームで順番決めたり、勝ち負け競ったり。この辺が苦手な子って結構いるから、親って割と子どもに譲っているとこあるから、子どももそれを分かっていて、親に負けるとものすごく怒ったり、我慢できなかったりする場合もある。けど、同年齢のこども同士だと、ちょっとがんばれたりする。親同士もみんなでやるから、ちょっと乗れるようになるところもある。歌遊びなんか特にそう。これ、個別でやってるとかなり寂しい。小集団を実行するには、ひとりの親が先生と話している間、その他の親子と何かやっている役回りがいなければ難しい。ここでは私はその何かをやっている役回りの方だ。だから、自分で勝手に組み立てて親子遊びの時間を作ってしまった。今じゃ定番になっていて、布やお手玉、風船、新聞・・・今日の遊びのアイテムを出すと、遊び方を覚えている子どもたちは、もう先を読んで期待している。今日は風船。普通膨らましたらすぐ縛っちゃうけど、みんな分かってるから、縛らないで風を吹きかけたり、飛ばしたりして遊び始めた。親同士の交流にも貴重な時間だ。教室に入った当初は、親たちと何を話していいか悩んだ。養護学校を退職したばかりで、「何か相談されたら答えなくちゃいけない。」とか「心配事を聞きださなくちゃいけない。」とか妙なプライドがあったように思う。「自分は特殊教育の現場でやってきたのよ。何でも聞いて!」・・・みたいな。今考えると思い上がりもいいところ。そんな奴とは話ししたくないよなあ。大切なのは社会的地位より自分自身の人間性なんだ。ここに通ってきている、お母さんたちと同じ世代で、同じ子育て中のママなんだよね。そう思えた頃から、自然に声が掛けられるようになった。心配事や言いたいことなんて、そんな自然な会話にかくれているんだから。そして、それは小集団に入っているみんなの共通の話題だったりする。小集団指導の場合は良い相談役より、良い司会者になれたらなあ。と思う。たまに解釈を入れればいいんだ。誰もが発言できる状況や話題を上手く引き出せる雰囲気作り。そのままでは接点が持ちにくい同士をちょっとでもつなげられたら、小集団指導の意味はもっと大きくなる気がする。まだまだ良い司会者と言えないけどね。
2005.02.07
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子どもの学校ではお母さんたち同士、学年ごとの飲み会がある。忘年会、新年会・・・名目はそれぞれだけど年に1回。昨日はお兄ちゃんの学年の新年会だった。ちょっと飲みすぎちゃったなあ・・・。最後はちょっとみなさんにお世話になっちゃった(~_~;)長男の学年というのは、はじめての小学校ということもあってか、気合が入っていて、お母さんたちも気のおけない仲間が多い。学校自体が全校生徒100人に満たない、小さな学校だから余計かもしれない。私は元々飲み会が好きなので、どんな集まりでも、のこのこ出かけてしまう。まあ中には不発もあるが、飲み会の席で色んな人と話すのが好きなんだ。教師という職業も飲んで腹を割って話してお互い打ち解け、普段の関係も円滑に行くことが多かった。(まあ、逆に悪くする人もいるでしょうが。)学生時代は毎週キャンプリーダーの仲間と飲みに行っていた。お金がないから、少ないつまみとビール2,3杯って感じだったけど、それでいつまでも話しているのが好きだった。リーダー仲間はみんな学校が違ったので、逆に壁がなかった気がする。普通、サークルのコンパなんかで大勢集まると、こんな飲み方しなかったから、結構地味に人生や教育について語っちゃう、変な奴らだったかも…。とにかく普段表面的にしか付き合ったことのない人も、人間性が見えておもしろいのである。この町には小学校が4つあるけど、地元に根付いている学校はこういう集まりを好む。ひとつだけ、新興住宅地が多く、核家族や都会からの人が多い学校がある。そこが4つのうちで一番児童数も多い。でも、こういう集まりは好まないのだそうだ。役員決めもいつももめるといっていた。人数が少ないと、必ずやらなくてはいけないので、全くというほどもめない。地元に根付いている人が多いということは逆に他人を寄せ付けない排他的な部分も持っている。中にいる人は居心地いいが、そうでない人にはきつい。元々私もちょっと都会の人間だったから、こういう付き合いができるまでには時間がかかった。めいいっぱい仕事をしている時は、隣の人の顔さえ分からなかった。○○ちゃんのお母さん・・・といわれても、○○ちゃんが分からなかった。楽しそうに話しているお母さんたち同士がみんな同級生とか幼馴染にみえた。(実際、そういうのが多かったみたい。)仕事辞めて、子どもが小学校に入って、役員を引き受けるようになってからだなあ・・・いろんな人の顔が見えるようになったのは。今は、どんなところでも人の出入りは多い。はじめからそれなりのコミュニティーができている田舎でも、新しい人が入り込むのには結構努力がいる。ましてやそうできない人はやっぱり孤立してしまう。そのコミュニティーがはっきりしない地域では、努力することがない代わりに、それぞれが孤立している気がする。それに伴う問題が今いっぱい発生している気がする。子育て不安・介護問題・虐待・・・等々。問題が多様化、しかも増加する中、日本の古くからの制度、民生委員・児童委員に引き受ける人が減っている・・・と新聞に載っていた。容易に納得できる。顔見知りの誰かの相談に乗って、助け合うならいざ知らず、全く分からない人の問題に首を突っ込むのは、荷が重いと思うのは当然だと思う。児童相談所だって一人にかかる件数が多すぎてとても対応しきれない状況の中、色々な事件が起きている。核家族が増え、地域のつながりが減っている今、今までの方法は通用しなくなってきているように思う。だから、いい方法はなんだろう・・・ってわかんないんだけどね。私にできることは、自分の周辺に孤立している人を作らないようにすることかなあ。飲み会に参加したら「来年もまたやろうね」と楽しい気分にみんながなれるようにすることかなあ。
2005.02.06
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就学を控えたいっちゃん。希望は普通学校、普通学級。前回のことばの教室で就学の通知が来たという報告を受けた。いっちゃんは自閉的傾向…保育所でもみんなと同じ動きについていくのはちょっと厳しい。就学前検査の知能テストでも何をしていいのか分からず、ずっと意味不明なことばを連発していたそうだ。そんなに知的に低いわけではない。語彙もたくさん入っているし、発語もある。文字の読み書きもできる。ただ見て理解することも、聞いて理解することも苦手。普通学級はいっちゃんにとって苦痛な場所であることは、みんなが感じていた。でも、お母さんは何が何でも普通学級。何よりも世間体を意識する。地元で旧家。お母さんのお母さんもかなり世間体を気にする方だったらしい。いっちゃんにとって何が大切か、何をして上げなければいけないのか、年度当初から何度も話し合いながら、特別支援教室の見学なども進めてみた。でも、結局行動を起こすことはなかった。ことばの教室の様子からも、お母さんは少しずつ、受け入れるようになってきた。そして検査をきちんとして、その結果をお母さんに報告する時に、数字を示しながら、今後具体的にどんな援助が必要なのかお話させてもらった。「先生、大体こんなもんかと思ったから、ショック受けなかった。」お母さんからのことばに、やはりいっちゃんのこと分かってるんだなあと思った。彼女曰く、「普通学級の在籍にはこだわりたいが、学習についていないのは分かっているから、ほとんど特別支援教室に通級でもかまわない。」普通学級では担任の先生がいっちゃんにかかりきりになるわけには行かない。ひとり支援者を確保するためにも、特別支援教室在籍…というのは重要なポイントである。そのことをお母さんは一生懸命聞いて理解した。そんな経過があって、「明日、教育委員会の人と話すことになった。」「きっと、特別支援教室のこと、通級のこと言われるけどどうする?」「言われたら、ちゃんと話すよ。覚悟できてるから。」…お母さんは努めて明るくその話し合いに臨んだんだ。なのに…教育委員会の人の対応にかなりの憤りを覚える。「就学委員会の決定で、特別支援教室に決定しました。」と事務的な報告をされたのだそうだ。それだけでも、腹が立つのにその証拠・・・ということで、就学指導委員会の議事録まで母に見せたんだそうだ。あ、あ、ありえな~い・・・!あくまでもお母さんは今後について話し合いがしたかったのに。その議事録のせいで、委員のメンバーが明かされてしまった。私と一緒に心理相談員をやっている先生の名前を発見した彼女は、その先生に怒りの電話をぶつけてきたそうだ。同じ心理相談員。私にもその決定が通じていることも分かっちゃうよね~。これじゃ。就学委員会はあくまでも検討の場であって、振り分けの決定機関じゃない。最終決定は親にあることを教育委員会は知っているのだろうか。どうしてくれるんだ!ここまで少しずつ積みあけていったというのに…。他の町でも過去にもめて、何故か全く権限のない私が呼ばれていったことがある。もう少し勉強してもらわないと困っちゃうよなあ~。
2005.02.04
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「自閉症の我が子へ」…のご両親にある講演会であった。その講演会、「しいのみ学園」という障害者施設を設立した昇知三郎氏の講演会。現在99歳でバリバリ現役で特殊教育に貢献していらっしゃる。ご自身の息子さんも障害者であったが、奥さん、娘さんも含め既に他界されている。80歳から中国語や韓国語も学び、日本に留まらない活動を続けていらっしゃる。人生まだまだこれから…という気持ちにさせられる講演会だった。講演会終了後、夫妻に会った。「よかったですね~。」何てありきたりの感想の後、「先生いいこと思いつきました。」何だろう?と思ったら、「私たちが子どもたちより長生きすればいいんですよね。」・・・う~ん何と応えたらよいものか、「そうだ、そうだ。」なんて簡単に言えなかった。テレビには出てこなかったが、Y君には妹がいて、彼女もまた自閉症である。2人の障害児を抱えて、「子どもたちより長生きすれば」って、冗談のようで本気に聞える。旦那様は有能な脳外科医。この地域の自閉症関係者では有名な方である。特殊教育関係者の講習会にも講師として登場する。自分の子どもだけではなく、多くの親や教師のためにも奔走している。ただでさえ多忙なのに、輪をかけて多忙な方である。そんな過酷な中でも、彼女はゆったりとして見える。すごいことだと思う。兄妹を育てる中で、たくさんの仲間を彼女は持っている。私も知っているお母さんたちは、本当にがんばっているし、その中で明るさを得た人ばかりなんだ。深刻な悩みも、冗談のように明るく話す。彼女が所属する和太鼓の会がある。本格的かつ素晴らしい演奏をする。別に募ったわけでもないのに、障害を持った子を持つお母さんたちが多数所属する。みんな子どもに障害があっても、自分の人生をしっかり楽しもうとしている。却って自分の子どもに障害があったから、考え方もポジティブになったんじゃないかなあと思う人がたくさんいる。私自身も変わらせてもらった、養護学校にいた頃は誰々ちゃんのお母さんという関係に留まり、距離感があったのに、今はお母さんたちをひとりの友人として声を掛け合っている。テレビに出てた2組とも、きっと小さな喜びや楽しみを、人一倍にして、それが当たり前のように、自然に生活しているんじゃないかなあ・・・と思った。
2005.02.03
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世の中の人々を強引に大きく二つのタイプに分けるのなら自閉系か、ADHD系に分けられるのではないか?なんて時々思ってしまうことがある。遊び教室でのカンファレンス。あるスタッフから、においのこだわりについて話題にのぼった。そのスタッフの息子は高機能の自閉症だが、高校生活を普通に送っている。彼は昼休み後、スポーツを楽しんだ自分の前の席の生徒の臭いがたまらなく嫌なのだそうだ。…それってよくある話のような?人間誰しも感覚には偏りがある。そのひとにとって許せない臭いや音は少なからずあるような気がする。ある種の「こだわり」というものも人それぞれある。私はどちらかというと間違いなく「ADHD系」である。教材の準備をしていると、次から次へと気になって、しまいには部屋中、作りかけの教材だらけになって、収集がつかなくなる。机の上も、どこに収めたらよいか分からないものであふれている。長男は「自閉系」。妙に潔癖なところがある。小さい頃はちょっと疑ったこともあった。次男は「ADHD系」。自分の好きなおもちゃはきちんと微妙な色分けまでして遊ぶくせに、片付けになると何がなんだか分からなくなってしまう。司馬理英子さんという小児科医がADHDについて書いた「ジャイアン・のび太症候群」という本を読んだ時は、この業界で力を発揮している先生がみんなADHDに見えてしまった。その特徴が強く出るか否か。知的に遅れを伴うか否か。でその症状が変わるのではないか。その特性がいい方面で生かされて、大成している人も多い。ビルゲイツのようになるには普通だったら気が狂ってしまうようなことに、取り組み続けなければならないし、黒柳徹子だって、あの好奇心旺盛さがあるから、ユニセフの親善大使なんかもやってのけられるのだと思う。大きなカテゴリーに分けたからといって、何の進展もないが、やっぱりそれが個性なのだろうか。ともすると私の仕事は?その個性とうまく付き合う方法の追及か?
2005.02.02
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前回見逃してしまったが、今回は観た。1組は私も関わりのある親子。正確には、私が療育現場に入った時、すでに小学生だったので、時々会う程度だったが…。お母さん相変らずきれいだなあ・・・。なんて思いながら、その成長にびっくりした。彼は、小学校を普通学校で過ごしている。両親の将来を見据えた考え方。そして、地元中学校とも交流しようという姿。隣に座る小学校時代の友達の暖かい眼差し。地域の学校に通いたい!という思いは、単に親のエゴや世間体ではなく子どもを長い人生社会に出たとき、まわりの人間とのつながりがどんなに貴重なものか、必要とされるか、考えさせられる。養護学校に通う今、小学校に通っていたときの顔つきより実は今のほうがずっと穏やかに見える。普通学校より手厚く、子どもに合わせたカリキュラム。でも、それは所詮養護学校の中だけにすぎない。彼らはいずれ、卒業しなくちゃいけない。でも、社会の荒波に実際にもまれるのは、知的に高い卒業生に限られているという現実もある。養護学校は温室とも言われている。その養護学校の中での絆が卒業後、施設や作業所で生かされ、穏やかな生活を送っている人もいる。今就学の決断を迫られている、親子はきっとこの番組を見て影響受けただろうな。どんな思いで観てたんだろうな。どの選択をしても、プラスになるように思えてきた。
2005.02.01
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