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昨日の新聞である国際会議でハリウッド女優、シャローン・ストーンの呼びかけで5分間に100万ドル寄付が集まった。…という記事が載っていた。それを読んだ時は、やっぱ、ハリウッド女優が呼びかけると違うなあ…くらいしか思わなかった。記事としても、ほんの小さな扱いだった。今日、その場面の映像をテレビで見た。アフリカのある大統領がマラリアの感染で子どもたちが毎日死んでいる現状を訴える。その瞬間、観衆の一人であったシャローンがいても立ってもいられないという感じで「私は1万ドル寄付します。」といって、立ち上がった。続いて「誰か賛同してくれる方いませんか!」すぐにはみんな立ち上がらなかったが、すぐそばのひとりが「私は5万ドル出そう。」と賛同する。…でもそこまでだった。壇上にいた上院議員が「では、会議の後で募りましょう。」とその場を制しようとした。「それでは、ダメなんです。今なんです。今必要なんです!」その後は続々と賛同者が立ち上がった。小さな記事では見えなかった様子だった。面倒なことを後回しにしようとした議員と「今」に力を入れた、シャローンの対照的姿にニュースを見ながら涙が出た。あそこにいた人々はそれなりに裕福な人たちだとは思うが、目の前に困っている人がいれば、できる限りのことをすぐにしようという精神。私にはあるだろうか。新潟中越地震やスマトラ沖地震。自然災害はいつ起きるかわからない。もし大地震が起きたら、我が家は古い木造なのでその瞬間につぶれるだろう。そう思ったら、命さえあればと思えてくる。何もなくても、裕福な日本なら3日我慢すれば、それなりの救援物資が届くだろう。「今」、何かできる間にできることをしておかなくちゃ。そう思った。
2005.01.31
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大学4年生の冬、確か大田という駅からバスを2本乗り継いぎ、ガタガタと整備されない路を経てその村を訪ねた。朝日新聞に掲載されている、「ハンセン病問題被害実態調査報告から」の記事を読んで、この村のことを思い出した。韓国でもハンセン病は迫害を受け、隔離のためにこの村に患者が集められた。決して豊かとは思えない村。店らしい店は1件だけ、品物もほとんど置いていないような小さな店。郵便局も週に1.2度しか来ず、通信機能も不便であった。そこで金氏は暖かく私たちを迎えてくれた。この村には友人2人と訪れた。友人は夏にこの村でのワークキャンプに参加していたため、金氏とは初対面ではなかった。彼女の記憶を頼りに、再び訪れたのだった。金氏もかつてハンセン病患者であった。病気のせいで、目は失明し、眼球は左右対称ではない。手も何本かがついてしまい、そのまま固まってしまっていた。歩くこともままならなかった。その頃、私は勉強不足でハンセン病というものをよく知らなかった。その風貌に初めは戸惑った。ただ今は決して怖い病気ではないことを告げられた。金氏は当時、60歳くらい。日本の統治下を生きてきたので、日本語が達者であった。話すとものすごく穏やかで、人間の深みを感じた。私たちは何日かをその村で過ごした。友人のかつてのキャンプ仲間の韓国の学生も遊びに来てくれて、学生同士の交流を楽しんだ。同じ4年生でも、2年間兵役を経験した学生は、生きる知恵を持っていた。料理など私たちよりはるかに手早く、ある材料で工夫してこなす。…ファンタオレンジを焼肉に入れたのにはビックリ!とにかく寒く、オンドルを焚いた部屋の中で布団から出ることができなかった。ハンセン病のことは何も話さなかった。今となっては口に出すこともできないつらいことかなしいことが、たくさんあったに違いない。それがこのだらしない日本人学生を暖かく迎えてくれる、人間性ににじみ出ていたように思う。あれから、20年近くの月日が経つ。多分、2度と行けない場所だ。金氏は今どうしているのだろう。
2005.01.29
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臨時職員…つまり常勤でなく必要に応じて出勤する職員。昨日、最後の源泉徴収票が来た。給料所得のある人なら誰もがもらう。今年も確定申告の時期が来た。勤務先分6枚の紙を並べて一応計算してみる。「や・や・やばい・・・」学校の教員を辞めるまで確定申告とは無縁だった。辞めてからは、フリー・ティーチャーになったわけだが、聞えはよいが、結局パート勤務や日雇い労働者と変わりない。有給もなければ、社会保障もない。事業内容が変われば簡単に首も切られる。基本的には旦那の収入が頼りであり、私はれっきとした要扶養者であるのだ。これで生活しようなんて無理である。私のような職種をフリーでやっている人は少なく、未開拓な部分でもあるので、正直金額的に待遇がいいとはいえない。これは、田舎に行くほど顕著である。町の考え方と財政にも簡単に左右される。退職後1年非常勤で学校に勤めたときの時給から考えるとその半分にも満たない。仕事内容は明らかに今のほうが、密度も濃く責任のあるものといえる。でも、絶対に必要だと声を大にして言いたい!田舎にだって子どもの発達のケアや親のケアをする場は、これからどんどん必要になっていくと思う。それが証拠に、6市町から声が掛けていただいて、仕事してるわけだから。まあ、今までは学校教員に比べれば抑え目の報酬だったおかげで、何の悩みもなく確定申告を迎えていた。しかし、今年はやばい。毎年2つ~3つのペースで仕事が増えていたので、嫌な予感がしたが…。根がずぼらな私は、家計簿さえ付けたことがない。ましてや、必要経費なんぞ考えて領収書をとっているはずもなく、交通費も自腹なので何とか今から計算してみよう。世に言う「103万円の壁」が私に大きくのしかかってきた。越えるか越えないか…越えるならド~ンと越えるように、待遇もっと良くしてくれ~!私の仕事にほとんど口を出さない夫に「仕事減らせば」と言われてしまった。…どこをどうやって減らせばいいんだ~!そもそも子どもとの時間を持ちたかったから仕事を辞めた私は、また、大きな矛盾を感じてしまう。アメリカではこういう類のフリーターは社会的地位が高いそうだ。日本は福祉職…合わせてパート労働者や契約社員をなめている。新聞にケアマネージャーの金銭的待遇の悪さも書いてあったが、こんなんじゃ明日の日本危ないぞ!福祉職に就いている人たちにそう悪い人たちはいないと思うし、金銭目当ての人だってあんまりいないと思う。やっぱりみんな人のために役立ちたいとか、自分のやりがいを求めて、誇りを持って仕事していると思う。パート勤務だって自分の生活スタイルに合わせて、その働き方を選んでいるだけで、人一人の労働力には変わりないはずだ。けど、それをいいことに待遇の向上が進まないのはよくないと思う。福祉は人的資源が一番の財産だ。とんでもないところに税金投入しないで、こういうところに使って欲しい…とほんとに思う。
2005.01.27
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毎回6ケース。本日に限っては、早く面接をしたい子もいたので時間外で7ケース…。のはずだったんだけど、インフルエンザ流行で午後がほぼ全滅!全部年長さんだった。小さいこの間ではすぐに流行しちゃうんだなあ。いきなりゆとりが生まれてしまった。まあたまにはこういう日もいいか。昨日、今日のために一生懸命新しい教材を作った。名づけて「文字サイコロ」! 文字がまだ完全に読めないけど、興味を持ち始めているS君に…。どんな反応を示してくれるか楽しみにしてたんだ。…休みとは「残念!」…1ヵ月後におあずけになってしまった。個別学習で提示したい教材もバラバラなので、準備が大変。自分の教室をもっていれば、その時必要なものを引き出せばいいが、「ジプシーことばの教室の先生」…日雇い労働者としては、毎回前日に、使う教材を全員分確認、当日スーツケースに詰めてエッチラコッチラと運ぶ。本当にこの時間を時間給として換算して欲しいわ~!…なんて教材作りは半分趣味なんだけどね…これ端から見たら、こっけいな姿だろうな…。保育所内を教室のある場所まで、コロコロキャスター付きスーツケースで行くんだから。でも、スーパーで半額スーツケースを見てひらめいた私は、実に冴えてるな~と思ってしまった。事実、すっごい運搬が楽になったんだから…。みんな1ヶ月から3ヶ月に一回しか会わないのに、この場所でやることをしっかり覚えていてくれるらしく、みんな回を追うごとに落ち着いてくる。もちろん日頃のお母さんの関わりの賜物なんだろうけど。最後に初めて来たK君はとっても気に入ってくれて、「帰りたくないよ~」とごねていた。我が家に入りきれなくなった、絵本を教室で貸し出しているが、たくさん持って行ってくれた。K君はお兄ちゃんの発音がおかしかったので、弟も…ということでここを紹介されていた。実は、ことばの教室にはお兄ちゃんやお姉ちゃんの発音を大きくなってから指摘されて…という子どもたちも多い。構音の障害(サ行がタ行になるなどの置換)実際お兄ちゃんやお姉ちゃんの声を聞きながら、遊んでいると、その発音に影響されることは少なくない。言語環境っていうのは、本当に大切だなあと思う。
2005.01.26
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天気は快晴!絶好の餅つき日和。しかし、北風が少々・・・いやかなり身にしみる。でも、子どもたちは目指す基地に一直線で、寒さを感じさせなかった。今日はもちつき大会。もち米がふけるまでの間、親子遊びでもやっているレジ袋凧を作った。私にとって今月に入って3回目の凧作りなので、さすがに教える方も、要領を得る。 さすが小学生。説明すれば、その後自分で作ることができる。凧揚げには少々風が強く、クルクルと回ってしまったようだ。凧揚げに適した風の強さというのはなかなか難しい。「もちつくよ~!」の掛け声でみんなワサワサ集まってくる。近所のおじさん…わんぱくで親分と呼んでいる…の存在は大きい。かまどの火加減から、餅つきの合いの手までなんでもこなしてくれる。近所なので「来てくださいね」と声をかけに行くと「行くよ」と快く来てくれる。臼と杵は町の産業課が貸してくれる。ここが終わったら、となりの保育所のもちつき大会のために運ばれる。私はこういうつながりが好きなんだ。わんぱくのもちつきはちょっとだけオリジナル。ひと臼だけは一般的な白いもちだがふた臼はむらさき芋入り。ほんのり薄紫になってきれいなおもちになる。そしてもうひと臼は大豆と青海苔を混ぜ半分つぶしたずんだもち。これ、個人的に一番おすすめ。わんぱくの子は良く食べる。弱肉強食を思わせるが、これが本来子どもの姿なんだろうな。来年度からやめようと思っていたけど、やっぱり楽しみにしている子がいる限り、続けることにした。但し、子どもたちの変化とここにどんなことを求めてきているかの変化を考慮して、私たちにも無理なく続けられるように、自由な遊び場作りを目指すことにした。 その中で、みんなでやりたいことがでてきたらやろう!ボランティアできてくれている学生さんはわんぱくのあゆみとともに来年4年生。わんぱくの変化を一緒に見てきてくれている。私たちの気持ちに賛同してくれた。ここでできた関係はやはり大切にしたい。具体的なところはまだ白紙だけど、また、新たな一年を踏み出したいと思った。
2005.01.22
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年に1回の*保育所の親子遊び。対象2・3歳児21組。自分の町の保育所だ。我が息子はここの保育所ではないが、2つある公立保育所の先生は、何年か毎に配置換えがあるので、9年お世話になっている、我が家はどの先生もほとんど知っている。所長先生にもかなりお世話になって、常勤時代保育所フル活用していた私にとって、頼りになる存在だった。今は、その恩返しのつもりでやらせていただいている。新聞紙とバスタオルは各自持参してもらい、歌あり紙芝居あり…「静」と「動」を織り交ぜながら、1時間半みっちり遊ばせてもらった。スタッフは3年前保育士の試験会場で偶然再会した小・高の同級生はピアノの先生。…運命を感じるそして、以前仕事で一緒だったKさんは子どもも同じ小学校。保育士の資格を持つ。ものすごく心強い仲間である。この3人は2つの保育所の親子遊びのときしか一緒にならない。打ち合わせもほとんどないのに、どんどん勘と気配りとそれぞれの持ち味ででうま~くこなしてくれる。こんな仲間と一緒にできるなんて、私はなんて恵まれているんだろう!一ヶ月に何度も遊び教室をこなしていると、自分でも驚くほど緊張しない。去年はもっと緊張していたような。いつもより長い1時間半だとめずらしくしっかりプログラムを組み立てるので、そのプログラムを思い出そうとして調子が狂う。親子遊びの後、子どもは教室に帰りお母さんたちと雑談タイム。今日の子どもたちは昨年に比べてずっとノリが良かった。歌もいっぱい一緒に歌ってくれた。聞けば、2回目とか保健センターの遊び教室で私との遊び教室を経験しているとか…。覚えていなくてごめんなさい!という感じだが、数回しかない教室も意味があったんだなあと、嬉しい気持ちになった。月一土曜日の遊び教室を宣伝するのをすっかり忘れた。それが心残りだ…。
2005.01.21
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冬の歌の定番。「たき火」「ゆきやこんこ」「たこの歌」結構、若いお母さんの中では知らない人もいる。特に、「たこの歌」なんて知名度が低いことが判明。「たき火」もダイオキシンのこともあり、街角でゴミを燃やすこともなくなったせいかきっとこどももイメージできないかも。スタッフにゴミ燃しは禁止だけど、落ち葉のたき火はOKだと聞いたが。…どちみち落ち葉を集めてたき火をする人はあんまりいないだろうな。冬の歌は結構遊べる。「たき火」みんなで輪になって、赤い洋服を着ている子どもや大人を探す。その人たちで真ん中にもうひとつの輪をつくって、歌に合わせてグルグルまわった。結構、雰囲気が出る。「ゆきやこんこ」両手をバンザ~イ。ヒラヒラと動かし、軽やかにステップ…。なんてみんなはずかしがってやりません。子どもではなく、母が…。そこで、「みぞれではなくて粉雪の気分で~」みんな気持ちが軽やかになって、ステップが軽くなった。「もっととんで~」なんて声をかけても変わらない。「たこの歌」前回もやったので、覚えている子どもたちが自分から動き出した。両手を広げて、両足開いて、その場で左右に動く。簡単な模倣遊びなので、1~2歳のこどもでもOK。歌の時間は、いつもいっぱい動いた後の小休止なんだけど、やっぱりいっぱい動いてしまった。でも、小さい子どもにはただ歌うより、楽しいよね。
2005.01.19
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ドタキャン。多いんだこれが…。っていうか、2ヶ月に1回とかだと悪気があるわけじゃなくて、忘れちゃうのかなあ。2町合同のことばの教室だけど、それぞれの町で待機が増えて、個別枠はいつも満杯。初回の相談にもなかなか入れてあげられない状態。小集団はあまり支障がないけど、個別枠は「なんだよ~。」という感じ。早めに知らせてくれていれば、別のケースが入れられる。ドタキャンというのは時間枠のダメージだけではなく、私たちの精神的なダメージも大きい。前回どんな対応をしたっけ?お母さん実は傷ついちゃったのかなあ…。ここに来たくないのかなあ…。等々考えちゃうことは山ほどある。忘れちゃったのも人間だから仕方ないけど、事前に分かっているなら、欠席の連絡くらい早めにできないものか。ドタキャンって、ここに限らず結構多い。逆に連絡なしで参加になる時も困ったりする。連絡するって、運営している人に対して最低限のマナーだと思うけどな。でも、無理な時間配分で個別学習しているので、キャンセルがあったおかげで、まともな時間がとれたということもある。まあ、今日はそれに助けられた形になったけどね。
2005.01.17
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保健センターで一緒に仕事をさせてもらっているT先生は、自宅でも音楽教室を開いている。他に教育センターで相談業務もこなす、超多忙な先生だ。その先生の教室の生徒さんの日頃の成果の発表会があった。小さなホールを借りての本格的なもの。私は、そのほんのお手伝い。生徒さんは就学前のこどもから大人まで幅広い。皆、何らかの障害を持っている。障害の種類は様々…自閉症・ダウン症・知的障害・身体障害・視覚障害など先生の懐の深さを感じてしまう。生徒の中には私も関わっている子どももいて、何人かは知っている。発表はできる部分を生かして…選曲も工夫されていた。例えば、「くまのプーさん」♪くまのプー…とプーとなる「レ」の音だけラッパで鳴らすとか。和音笛…ていうのがあるのね~。を使って、メロディに合わせて3種類の和音を吹き分けるとか。ちゃんとピアノに合わせてメロディを弾きこなす子もいた。それぞれ工夫した楽譜が使われていた。高等部くらいになるとすっごい子もいて、ベートベンの曲を楽譜を見てかっこよく弾きこなす子もいた。これは圧巻だった。でも、忙しい方なのに、会場の準備、参加者へのプレゼントゲストへの気配り、ボランティアの人たちへの気配り…あ~人事ながらこれは一大事だ\(^o^)/大変だよなあ~と主催者側の立場に立ってしまった。しかし、音楽など芸術活動をしている限り、発表の場はどんなに励みになることか!きっとみんないい思い出ができたよな~。
2005.01.16
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今日は町の遊び教室。冬になりどうも出足が鈍り、開始時刻には3組くらいしかいなかったので、「今日は少ないかなあ~。」なんてのんびり構えていた。その後、来るわ来るわ。なんと子どもが24人+親なので、せま~いお部屋が満杯になってしまった。元々小さい町で、しかも対象を3~4歳児に絞っているので、10組集まればバンバンザイ。うれしい悲鳴だ。これじゃ、この部屋では限界だ。外は寒いが、人の熱気ですっかりHOTになってしまった。スーパーのレジ袋で作る「骨なしカイト」これが簡単かつ安全で、すっごく良く飛ぶんだ~。青空の下で飛ばしたかったけど、あいにくの天気。せっかく作った凧だから、飛ぶかどうか試したかったのに…。と思ったら、外に出てるじゃないの~!保育所に隣接する学童保育の部屋を借りてるんだけど、いつのまにか、雨にも負けず、ワンサワンサと走り回っておりました。まあ、ちょっと飛ばせばみんな満足。作るときは、ちょっとわかりにくい部分もあったけど、真っ直ぐの線をはさみで切ったり、セロテープで貼ったり、お母さんが工夫して、子どもと一緒に作っている親子もいれば、母のみ必死で作っているところもあり、なかなか日頃の関わりが垣間見られてしまった。中には、じっくり話したい方もいたり、気になる子どももいるんだ。でも、あくまでもここの教室は親子で楽しんでもらうことが目的だから、とにかく、親子遊びのヒントを持って帰ってもらおうと思っている。それに、それ以上のアフターケアをするところがここにはない。個別でことばの教室でもあったら、どんなに伸びるだろう。・・・近隣の町でやっているだけに自分の町でできないことにもどかしさを感じる。これも合併すれば、誘ってあげられるのかなあ。ところどころで、この教室をとっても楽しみにしていてくれる随分、人見知りが減った・・・なんて聞くと・・・がんばろ!と思う。みんなまた来てね(^O^)/
2005.01.15
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ここ2.3日、次の日の準備や色々やらねばならないことに追われて、PCに向かう気力、体力がなかった。忙しくなると、つい模様替えをしたくなっちゃうのが、昔からの習慣。今晩も明日まで仕上げねばならぬ、教材が全くできていないのに、夕飯が済んでから、ガタガタはじめてしまった。我が家は決して広くないので、子供部屋はないに等しい。そしたら、久々に長男の猛反発をくらった。いや、はじめてかも…。母、困惑(~_~;)なんでこんに反発するのか。どうやら、いままでのスペースがお気に入りだったらしい。模様替えは、わたしのストレス発散なので、これが思うようにいかなくなると、こりゃまたストレスだなあ~。でも、みんなのうちだから、反発するのもいたしかたないのか・・・。「1日試しにやってみようよ。」ということで、説得してしまったが・・・。なんか複雑な気持ち。
2005.01.13
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あの大津波で、一瞬にして身近な人や大切な人たちを亡くしてしまった人。以前行方が分からない人。テレビの画像だけでは観ることのできない様々な現実があるに違いない。めるちいさん日記を見て、両親そして弟を一度に失った、彼の映像を思い出した。彼はうちの息子と同じ11歳。きっとこの旅行を冬休みが入る前から、みんなで楽しみにしていたに違いない。我が家も、年末に家族で旅行をするのが恒例となっているので、とても人事とは思えない。様々な場面を我が家と重ねて想像してしまう。そして、バックパッカーと呼ばれる旅行者がとても多いことにも、安心して行ける海外と思われている象徴なのであろう。私も学生時代は、バックパッカーという奴を友だちと体験している。やはり今考えると恐ろしくなるような体験もあった。今は冗談交じりに経験談として話せるが、きっと、送り出した家族は心配だっただろう。両親はよく行かせてくれたなあ。と許してくれた両親に頭が下がる。ワークキャンプでフィリピンの山岳地帯に行ったこともある。やはりバックパッカーと呼ばれる個人旅行者の若者が山の中で殺害されたと到着してすぐ聞かされた。彼は私たちと同年代だったそうだ。友人は彼の遺品を預かり、日本に帰国後、家族に送ることを託された。どこにいても、どんな災害にあうかは分からない。でも、平和な世の中に住んでいる私たちにどこに行くにも、危機的意識というのは明らかに低下しているのだと思う。そして、最低限行った場所を家族や知人に知らせることの必要性を改めて感じた。
2005.01.08
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正月休みに映画を観に行くのが、ここ何年かの我が家の恒例になっている。今年は見たい映画目白押し。さて、何を観に行こうか・・・。ハウル対インクレディブル。結局、Mr.インクレディブルを観に行くことになった。しかし!私は大のジブリ好き。結局、2日空けて両方観てしまった。…すっごい出費(~_~;)どちらがどうだったか、旦那と批評してしまった。で…、Mr.インクレディブルの方は直線的な物語。すごく分かりやすいので、こどもも大うけであった。現在の核家族を風刺しているようだ。旦那はインクレディブルの視点で私はお母さんの視点で息子たちは、こどもの「ダッシュ」の視点で感情移入しやすい作品であった。何しろ勧善懲悪。安心して観られた。旦那曰く、小さい頃の経験がシンドロームは悪にしてしまったこと。そして、危機に陥った時の娘に対する母の一言が印象に残ったそうな。「あなたは悪くない。よくやったわ…突然難しいことを要求した私が悪かったわ。」こんな台詞だったかなあ~。「ハウルの動く城」はやっぱり映像が美しかった。内容はとても入り組んでいて…というか複雑なわけではないが、一言で言い表せない感じ。子どもにとっては分かりにくいかも。でも、それぞれのキャラクターはやっぱり魅力的だ。下の息子は「カルシファー(火の悪魔)」を気にいていた。伝えたいことがいっぱい詰まっているような気もするし、様々な視点から観ると、色々な捉え方ができる作品だった。主人公のおばあさんは90歳。なんとうちのばあちゃんとピッタリ同じ年齢。本当かよ~と思ってしまった。後からじわりと残るのは私にとっては「ハウル~」だったなあ。そしてやっぱり、久石譲ファンとしては、音楽がいい。元々は仕事と保育士の試験のためには4年前から習い始めたピアノ。試験の実技は選択性になって、結局役に立たなかったけど、今は脳の活性化のための趣味になっている。はじめはとなりのトトロの「さんぽ」が当面の弾きたい曲であったが、それがきっかけで久石さんの曲をいっぱい聴いて、すっかり好きになってしまった。今度は絶対「ハウル」も挑戦するぞ~!
2005.01.07
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初仕事。本格的に頭も体も始動しないとね~。何か程よく力も抜けて、乗りまくって流してしまった。おかげでちょっと時間超過しちゃったなあ。新年から小麦粉粘土。今回はいやがる子もいなくて、全身真っ白になりながら、夢中でこねている姿を見ていたら、「終わりにしま~す。」と声をかけられなかった…。カンファレンスでは参加している子どもたちひとり一人についての関わり方や様子について話しあうんだけど、最近の構成メンバーは「明らかに…発達に障害が…」というケースは少ない。この教室の対象が1歳半から3歳児ということもあるが、いわゆる「気になる子」であっても、その原因を特定することは難しい。もしかしたら気にならなくなっちゃうかもしれないし、その子自身の問題ではなく、母親の関わり方やその他の要因である場合もある。でも、毎年健診や教室で何百人もの子どもたちと接したり、その現場で働いていると、ある程度「見る目」ができる。直感的に「これは…」というのもある。今、早期発見・早期療育が大切であると考えられ、公的にもその体制を整えようとしている。だから、私たちのような職場が存在する。自閉症は見る人が見れば、4ヶ月で発見できるそうだ。ダウン症はその顔つきや、染色体を調べればすぐに分かる。ダウン症の場合は顔つきが違ったり、その他の身体的な疾患を併発する場合があるので、親は受け入れやすいと思うが、自閉症の場合どうだろう、4ヶ月で「この子は自閉症です」なんて言われたら…。これは極端な例だし、正直この時期に診断できる人もされる人もほぼいないといっていい。1歳半となると、それは徐々に明らかになる。しかし、1歳半は、まだまだ集団デビューもしていないし一般的にもまだまだ未発達であるから、専門家がいくら「これは…」と思っても、「あーそうですか。じゃあがんばろう」なんてすんなり受け入れられる親なんてまずいない。早期発見はできても、早期療育につなげるまでには、そこからいくらか道のりがある。それでも、このような遊び教室で細々とつながり、親が本当に必要性を感じた時に、適した場所につなげられれば一番いい。その時期が難しいのだ。私たちはあくまでも将来子どもたちが一番過ごしやすくて、苦しまない環境を作るためにと考えて、つい手を差し伸べようと考えてしまう。でも、その時期が早すぎると、大きなお世話になってしまう。そして、介入して欲しくない存在になってしまう。その後、どんなに相談したくても、小さい頃に一度背を向けた場所に助けは求めたくなくなってしまう。そうなってしまう親子がいることが一番つらい。どんなに何もしなければ良かったかと後悔してしまう。小学校や幼稚園・保育園でトラブルが耐えない子どもたちが、実は以前この遊び教室に来ていたことをよく聞く。ひとり一人の話をしている中でも、何人かパタリと来なくなっている親子がいる。大体が、早期に個別や小集団の療育の場を紹介したケースだったりする。せめてこの遊び教室に参加していてくれるだけでも良かったのに…。スタッフみんなが早期療育について考えさせられた。
2005.01.05
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年末に毎年恒例のスキー旅行に行き、すっかりふぬけになってしまった。日記もすっかりさぼり…。ぼちぼち回転数を上げなければ(~_~;)元日になると普通里帰りをするのだろうけど我が家はちょっと珍しく、我が家が、私のばあちゃんと同居…正しくは二世帯同居しているので、父母がこちらに里帰りしてくる。というわけで、生活は大きくは変わらないが、盆と正月だけは、滅多に外出を好まない、2つ下の妹も泊まりにやってくる。妹は知的に障害を持っている。普段は父母の元から作業所に元気に「通勤」している。だから、彼女の勤務場所から離れたこの場所に、父母は隠居するわけには行かない。実質、我が家族が、ばあちゃんの生存を確認するために、非常に重要な役割を果たしている。ばあちゃんは、もう90歳。その割には元気で、別に何を世話しているわけではないけど、一緒にいるだけで安心なのだろう。まあ、私にとっても日頃家を空けることが多いので、洗濯物を取り込んでくれたり、宅配便を受け取ってくれたり、非常にありがた~い存在なので、早々、天に召されては困るのである。その妹が姉夫婦の家に泊まるのを非常に楽しみにしているらしく、常にハイテンション。というかいつもハイテンションで、ずっと同じことをしゃべりまくっているのだが…。時間がたつと段々慣れてくるのだが、久々にしゃべり続けられると、うるさいったらありゃしない。正月なので親戚も集まりお祝いがある。その準備に忙しく、やることは山ほどあるが、ひとつとして任せて置けない。仕事を頼む場合は、丁寧に分かりやすく、ついでに一緒についていなければならないから、「え~いっ自分でやった方が早いよ~。」となってしまう。ただ、父母の言うことは自分がこれぞ(俗に言うこ・だ・わ・りってやつ)というものは、一歩も引かないらしいが、私の言うことは結構聞く。いつも見ているテレビ番組やお風呂の順番、食事の仕方…結構我慢しているらしい様子が随所に出ている。妹にとって我が息子はれっきとした甥っ子であるので、わずかに稼いだ作業所の賃金から、お年玉を渡してくれた。我が息子たちも一時期、妹のことを呼び捨てにしていたので、おばちゃんの特徴を話して、ちゃんと大人として接するように言っている。だから、結構受け答えや反応は上手である。場にそぐわない変なことを言われても、冗談として笑い飛ばしたり、適当に切り返して返事をしている。旦那がまたその辺が上手い。子どもは大人の反応の仕方というものを良く見ていて、それをまねる。だから、私もいい加減なことを言わないように、我が子を見ると余計に思う。といいつつ、まだ溜まっていな風呂に意地でも入ろうとするところで、ちょいと切れちゃいましたがね。そしたら、上の息子におもしろそうに追っかけてきたので、「おっと、やばい…」と、口調が変わっちゃいました。私は、もう家を離れたからいいけど、一緒にずっと生活していたんだよなあ…。今も一緒にやってる父母はやっぱりエライと思った。寝つきの悪い彼女は、PCに向かってる現在もいきなり何かしゃべってるぞ~。「うるさ~い!早く寝ろ~!」とつい言いそうになる~。まあ、これが年間行事で彼女の楽しみなんだから、十分歓迎しなくちゃねえ。
2005.01.01
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