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この間幼児の遊び教室なのに小学生の参加…について書いたんだけど、あの数日後、参加している小学生にバッタリ道であった。うつむき加減に一人で下校していた彼は、私の顔を見るなり、笑顔になって手を振ってきた。あの小学生たち、自分の居心地のいい居場所を探している子どもたちかもしれない。土曜の午前と言えば多くの小学生たちは習い事をしていたり、友達と遊びに行ったり、幼児の教室に好んではいかないだろう。息子も彼らと同じ学年だが、一緒に参加したいとは言わない。彼らにとってそこが心地よいのならそれはいいだろう…。と歓迎したいが、やっぱり体の大きさ、遊び方は幼児とは違うので考えちゃう。*************今、小学生が彼らの生活の大部分を占めている教室内で上手く自分の居場所を見つけるのは、大変なことだと思う。もちろん私たちの時代にもそれなりに試練はあったけど、今ほど価値観や誘惑が多様化していなかった気がする。+αで小さい頃から我慢したり、人付き合いの上手い方法を学んだりする機会も減っているように思う。打たれ強くないのに、過度の試練が降りかかる。真面目にやっているのに、そうでない子に巻き込まれる。「自活力」言いも悪いもきちんと判断して、流されない心。一人ひとりがしっかりしないとあっという間に崩れてしまう。我が子にもそれだけの力を蓄えてやることができるだろうか。
2005.10.28
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日記結構さぼってますなあ…。色々頭の中で今後のことについて空想が駆け巡っている。空想を空想で終わらせないために、具体的にしていかないとなあ。…ちょっとすごいこと考え始めて、一人わくわくニヤニヤしている今日この頃。(変なことじゃないよ)このひと時がたまらないのよねえ~。さて、これから親子レク。息子のクラスでアスレチックに行く。池に落ちないようにしないとなあ。
2005.10.28
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対象を3・4歳児に絞った遊び教室。年齢を絞ったのにはわけがある。今日は散策の予定だったのに、雨が降り出して、急遽新聞紙遊びになった。最近、徐々に小学生の兄弟を連れてくる親子が増えてきた。どうしても見る人がいないとか、手伝う気持ちできてくれる分にはかまわないが、自分が楽しむつもりで来ていたり、逆に同じ空間にいるのにつまらなそうにしていたり、3・4歳児と小学生では動き方が全然違う。はしゃいで走りはじめると、衝突して吹っ飛ばされてしまう。つまらなさそうにされると、雰囲気が悪くなってしまう。正直小学生にとっては物足りない内容なのは分かっているが、だからといって合わせるのも変である。時折、ここは3・4歳児の教室であり、できるだけ対象年齢以外の特に小学生の参加は考慮願うようにお便りに書いたり言ったりしている。…いまいち通じていない…というか悪いと言う気もなく、お兄ちゃん、お姉ちゃんも楽しみにしているんです…と言われてしまう。「そうですか~そりゃよかったあ。」(連れてこないでなんて面と向かって言えないよ察してくれ~)飲み物タイムは決めているので、小さい子達はGOサインが出るまで我慢している。なのに途中で小学生が勝手に飲んでいるのには驚いた。親が注意すべきでしょ~。こちらもその時々お約束を伝えるが、本当は無用の指示だ。あまり多いと活動が中断してしまう。上手に遊べている親子はその辺の境界線がきちんと守られていることが多い。兄弟がいても連れてこないし、ひとつひとつのお約束にちゃんと耳を傾けてくれる。***************やはり小学生の姉を連れてきている親子がいる。実は彼女は1年生から不登校。現在3年生。学校にはほとんど行かない中で、この幼児のための教室に来るだけでもすごいことなのかもしれない。なのに母からは全く離れず、楽しんでいると言う感じでもない。姉がこの調子なので、妹も同じように母から全く離れない。1年生の時点で相談を受けているので、私も対応がまずかったなあ~と責任も感じている。「行きたくない」と言われれば困ってそのまま休ませてしまう。はじめは息抜きだった外出が、平日でもいつでも出歩くようになってしまった。解決の糸口をつかむため病院や教育センターに相談に行ったりもしている。けど、正直母は子の言いなり。根本的な生活のリズムをつけるために、ここでも優柔不断ではいい方向には行かないような気がする。小さいうちに解決できたはずの問題をますますこじらせてしまったようで、何かこの先を見るのが恐ろしくなってしまう。もっとつらい結果になりませんように…と願いしかないのか。
2005.10.22
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もともと発音が気になるからと私と話すことになった親子。なるほど絵がないと何を言っているのか聴き取れない。さすが母にはわかるらしい。3歳児健診ではことばや発達の相談があったとき、できるだけ家で手軽にできる方法を伝えて、それでもやはりという親子を教室に誘う。この発音の原因は何かな…といろいろお伺いしていていたら、出てくる出てくるいろいろと…。どうやら落ち着きがなく、聴こうという気持ちもないらしい。面接中、渡したクレヨンで紙にお絵かきを始めた我が子に驚いていた。****************この頃同様な心配を抱えるお母さんたちと話していて、どうも根本的な価値観が違うのではないかと思うことが増えてきた。「座ってご飯が食べられないんですよ~。」…では座れるように何かしているのか。「おじいちゃんおばあちゃんが間食させちゃうんですよ~。」…ではあなたは?「全然言うこと聴いてくれなくて…。」…真剣に怒ってますか?「朝起きてくれないんです。」…起こしてますか?「ビデオばっかり見て、止めると怒ってしょうがないんです。」…そうしてしまったのは誰?ちなみに…以降は心の声である。子どもが思うように育たないことが、子どもや周りの人のせいになっていてそのくせ自分の生活は変えない。これ全部生活のお約束事と捉えられる。**************先日我が息子が悪さしたのでいくつか約束を交わした。一度約束をしたことは断固と姿勢で守らせてやる!と意地になっている。そのうちのひとつが早朝マラソン。自慢じゃないが私は朝が弱い。…といっているのはただの言い訳かもしれないが。しかし、一度約束したことはきちんと守り通して達成感を持って欲しい。こちらもしんどいけど付き合う。こちらも真剣なんだから、お前も真剣になれ!ことばでは言わないが伝わって欲しいものだ。…と思って頑張っている。今日からは旦那まで巻き沿いになっている。約束をしたことを守るって、したほうもさせたほうもしんどいものだと思う。約束が面倒だから、いいかあと境界線が甘くなったり、口約束で終わってしまったり、そんな子育て増えてませんか???と思うのは私だけ?
2005.10.21
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ことばの教室には外国からの移住者もちらほらいる。英語圏ならともかく、アジア圏で日本語も?だが英語はもっと??と言う方も多い。今日訪れた親子は母はタイ人と父はバングラディッシュ人。家庭での共通語は日本語。しかしこれがかなり怪しい。日常会話はなんとかこなすが、語彙数はかなり少ない。子どもと一緒に学習するが、親の知らない単語はやはり子も知らなかった。彼女たちはこれからも日本で暮らしていく意思がある。ならば、未就学の子どもはまず集団保育の場に入り、日本語環境におく必要性がある。お母さんもそれを望んでいたので、福祉課から教育委員会に連絡を取って、保健師さんたちが一生懸命今後の手続きのやり方を説明する。ひらがなも何とかなので、母も困っちゃうだろうな。子どもに話しかけるときいつもタイ語になる母を見て、保健師さんが盛んに「意識して日本語を話すように」言っていたが、日本語しかまともに話せない私からすると、それはすごいことである。これからここ日本に住む覚悟ならそんなのんきなことも言ってられないのか。母の兄弟は日本人と結婚していて、どうやらその家族を頼って日本で生活している。文字も言葉も風習も違い、しかも物価の高い日本にどうしてそんなに住みたいのか。それでも母国より住みやすい理由があるのだろうか。それともそうせざる得ない理由があるのか。英語が全く分からないところからも、高い水準の教育が受けられる環境ではなかったのだろうと思う。このお母さんも話してみるととても明るくて、いい感じの人である。幼稚園に願書が出せることを聞いて、安堵したのか表情が緩んだ。今度は子どもとともに母の日本語教室が必要になりそうである。何よりそれが子どもに一番いいようである。
2005.10.21
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教室で遊びが終わった後、子どもは自由遊び、親は勉強会…と言う時間がある。この勉強会は私が中心になって行わなければならない。息子のことがあって、本当に自信がなくなってしまった。「子どもの可能性を信じて…」なんてとても言えたもんじゃない。過保護、過干渉。これらは子どもの自立を大きく阻害する。これは分かる。では、逆。自立させるため、親は極力手を貸さない。これで子どもたちは自立するか…?答えは「ノー」である。「自分でやってごらんなさい。」「ほら、できるでしょ。」のことばかけは、やはり過干渉。何も言わないのは、放任。私はおそらく、その放任に近いことをしていたのだから。仕方がないから、事件の詳細は述べず、今回のことで自分が思ったことを素直に話すことにした。そしたらみんなとても真剣に聞いてくれた。小学生のことなのに、幼い我が子のことと置き換えて聞いてくれた。それで、またひとつ気付いた。お母さんたちは、先生に完璧は求めていない。完璧じゃ面白くない。失敗してこそ成功があることを知っているほうが、数倍も説得力がある。今の若いお母さんたちは、以前と比べて何か違う…。といろいろなところで耳にするけど、多分感覚的には私と近い。前回宿題にしたペープサートもほとんどの人が我が子のために作ってきてくれた。話せばわかるんだよ。段々親近感が沸いてきたもの。一生懸命聞いてくれたお母さんたちに私は救われた気がする。
2005.10.19
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家庭内でショッキングな事件が起きた。…といっても突発的に起きたわけではなく、ジワジワと起きていた。内容は親としても恥ずかしくて、書くのもためらってしまう。事件は兄の方が起こしていた。兄は弟と全く違って、物静かではあるが、自分のことは自分でして、小さい頃からそれ程世話の焼ける子ではなかった。お手伝いも嫌そうな顔を少ししても結局やってくれていた。土曜日に事件が発覚して以来、今までの行動を思い起こすと、そういえばおかしい…という場面が次々と思い当たる。彼は自分の机の上の整理整頓も言われなくてもしっかりやるので、本や鉛筆が分類されて、整然と並んでいる。集めているトレーディングカード類も何かの規則に従って束ねてある。我が家には子ども部屋がない。故意に作らなかったわけではなく、部屋の構造上作れない。せめて机だけが彼の好きなものを置く空間と言うことで、その部分にはあえて触らないようにしていた。彼も勝手に机を片付けることを嫌がっていた。私は彼を信頼していた。…と思っていた。後で思うと、ちゃんと見ていなかったのでは。これは信頼と言う蓑に隠れた、放任だったのではないか。彼の机の中には買ってあげた覚えのない、ゲームやおもちゃ類がたくさん隠されていたのだ。(ちなみに万引きではない)知らないうちに大量のゲームを制覇していた。それらの軍資金の出どころは、旦那に渡すお小遣いを入れる袋からだった。…そういえば旦那が最近使い込むの早いなあと思ってはいたけど。ゲームを大量にやることがどうなることか、常に彼には話していたつもりではあった。ある程度は節目に買ってあげていたが、言われるがまま欲しいままには買い与えなかった。ゲームをするときも見えるところで時間を決めてとルールも作ってきた。…そういえば最近漢字の覚えがやたらと悪い。お願いしたことが1回で聞けない。目がおかしい。トイレが長い…。等々いくらでも思い浮かぶ。勉強意欲がなくなったり、常にかったるい感じでいたのには気付いていたので、そちらのほうばかりに目をとらわれて、もっと深い部分を考えようとしていなかった。蓄積された量から相当長い月日が流れている。なんでこうなるまで気付かなかったか。悪いことをした彼を叱るよりも、気付かなかった私たちにほとほと情けなくなる。きっと彼は大丈夫と安心しすぎて、ちゃんと見てあげていなかったんだと思う。信頼する…ということばはカッコいいけど、放任と紙一重だなあ。だからって何でも干渉しろではなく、信頼して見守って、ちゃんと評価して…。彼はわかっていたんだと思う。私たちがちゃんと見ていなかったことを。子育て支援に関わる仕事をする私が、自分の子どもに対してこんなんでいいのか!一気に自信がなくなってしまった。漢字の苦手な彼のために、漢字カードを作った。その時初めて学校の教科書を見る。こんなことやっていたのか…。漢字に前向きではなかった彼が、そのカードを見てやりたがった。叱られた後なのに、一緒にできることを楽しんでいる。そういえば今までやらないことに腹を立て、思うようにやっていないことに憤りを感じた。自分でできるはずなのに、こちらの時間も割かなければいけないことも負担に感じていた。いつの間にか何かを見失っていたんだなあ。自分も楽しみながら、当分彼と真剣に向き合おうと思う。自分がいつまで続くか…実はそれが一番心配なんだけど。
2005.10.18
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この辺では信頼の厚い小児精神科医の研修会に行った。私が担当している子どもたちの多くもお世話になっている。私自身先生とお会いするのは1年以上ぶり。発達を見てくれる、見られる小児科医は県下でも数少なく、先生のところには新しい患者さんが次々訪れる。超の上に超がつくほど多忙な毎日を送っていることだろう。なぜ先生のところに県下から集まるかと言えば、先生は診察にたっぷり1時間はかける。子どもと遊んで、お母さんと日頃の様子を話して、こんなに丁寧に見てくれる小児科医なんてなかなかいない。ことばの教室から紹介した子どもが予約でいっぱいで診てもらえない…と言っていた。そのことを直接聞けた。診てもらえないわけではなく8ヶ月待ち。やっと病院に行く気になっても半年以上先の予約だと、気持ちにも変化が起きてしまう。実際にそんな例もたくさん見てきた。ある県の某有名病院では、3年待ち。3歳だった子は、就学を迎えてしまう。親にとっても療育に関わる者としても、病院と言うのはひとつの糸口を見つける上で非常に重要な場所だ。研修会の後の質問には、養育に対しての疑問、関わり方の疑問が多かった。もしかしたら、療育機関や保健センター等にちゃんとつながって、適切なアドバイスが受けられる、中間的な場所があれば解決しそうなことも多かった。親たちは常に疑問にぶつかって、誰かに聞きたくて仕方がないのだと思う。中間的な場所。私が保健センター事業としてやっていることばの教室はまさにそういう類のものであるが、絶対的に日数もやっているところも少ない。何といってもこの地域には療育センターとなの付くところがない。全くの発展途上地なのだろう。もっとそのような場所ができ、親たちも選択肢を持て、いつでも相談できるようになったら、先生ももっと楽になるのではないかと思った。現在はその部分も小児科医に求めてしまっている。…発達を診る。一長一短に身につく技術ではない。後半に後継者についての話が出たが、病院に行って診断をするという考え方が浸透してきたのも、ここ最近だそうだ。診断が全てではないが、その子に合わせてやり取りをすれば、伸びるというのが実証さてきたからだと思う。やっと芽が出てきたところなのかも。研修会に出て、益々中間的場所の存在の必要性を感じた。
2005.10.15
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子どもが障害を持っている…それだけであきらめていることって結構あるんだと、改めて感じるケースが続いた。一人は来年度就学。小学校に行きたいのか、養護学校がいいのか。普通クラスがいいのか、障害児クラスがいいのか。母も決めかねている…というかわからないという感じ。療育手帳ももらって、保育所で先生が一人付いているが、障害を持っていると言う意識はいまいちない。自閉症と言う診断もあわあわと受け止めている。障害児クラスの見学へようやく腰を上げ見に行ったが、クラスの子どもたちの様子を見ながら、「我が子はここに入るしかないのか…。」彼らと一緒に勉強することには抵抗を示している。かといって普通クラスでの勉強を強く望んでいるわけでもない。人に「障害児クラスがいいですよ。」と言われれば、「わかりました。」と障害児クラスに入り、「療育手帳を取った方がいいですよ。」と言われれば、「わかりました。」と取りに行く。どこか客観的。自閉症だから、どこをがんばろうと言う感じでもない。今まで「のれんに腕押し…」と言う感じであった。母は我が子に障害がある…といわれた時点で、魂が抜けてしまったのではないかと思う。どこかどうにもならない無力感に襲われたのではないか。ショックすぎて、霧の中を歩く状態になったのではないか。就学の話をしながら、障害児クラスに我が子を置くことにどこか納得いっていないように思われた。がんばって平静を保っているが、目には涙が浮かんでいる。彼はいわゆる重度の自閉症ではない。高機能に近い。しかし母があきらめてしまったことでできる能力が十分引き出されずにいる。障害児クラスか普通クラスか、白か黒か。通級というグレーがあることを彼女は考えたこともなかったようだ。いわれるがままではなく、要求していくことも可能だということを話した。しかし、これは子どもの今の姿をきちんと理解してこそなのかもしれない。********もう一人。ダウン症の彼女は再来年度就学。なのにまだ保育園にも幼稚園にも行っていない。教室に来て約半年。当初はことばもほとんどなく、未だ歩行も困難。しかし、この半年の成長は著しい。母も身体的にも知的にも遅れを持つ我が子の成長をあきらめていたのだと思う。教室に訪れるまでも、しばらく月日が必要であった。教室に来て、やればやるだけ伸びる我が子を見て、ようやく学習させることの大切さを実感したのだと思う。あと1年。保育所への就園を勧めた。母は「こんな子でも入れてくれるのでしょうか。」と戸惑った。「入れて欲しい」という前に「きっと入れない」と、決め込んで行動を起こさなかった。行動を起こす前にあきらめていること、まだまだあるように思える。彼女は人懐こい。刺激を受ければ受けるほど、めざましく伸びている。親があきらめてしまうことが、どんどん可能性を摘み取ってしまう。しかし、障害があってもあきらめなくていいことを、知らせることができなかった周りの人間も罪に思える。親が全て悪いんじゃない。幸いこの教室に来てくれたから、情報や方法を教えることができたが、このようにあきらめている人ってもっともっといっぱいいるような気がする。障害があるからできない、迷惑かけちゃいけない…と考えて、どうしたらよいか分からない人がいっぱいいるような気がする。
2005.10.14
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普段はとっても人懐っこくて、今日もことばの教室を楽しみにしているようで、午前中から教室の中を覗いていた。園庭で遊んでいても、私の姿を見ると手を振ってくれる。まあ集中しなくてはいけないときも、周りが気になってしまうのが彼の特徴である。課題をこなしているときも、すぐに話が脱線する。そのまま話に乗ってしまうと、とんでもないところに行ってしまうので、基本的には適当に受け流して、本線に誘導する。今日は気持ちだけでなく体も脱線する。母はどうも疲れきっているようだが、課題にまじめに取り組もうとしない彼を見ると、「ちゃんとやんなさい。」「どうしてできないの。」を連発する。そのことばに反応して、彼は益々脱線する。脱線する彼を本線に戻すコツは何よりも、否定的なことばかけは逆効果である。ちょっとでもできたところを見逃さず持ち上げながら、「おっちょっと乗ってきたな。」と感覚でつかみながら、やり取りを続ける。「よし、よし…」と思った途端、母の声が飛ぶ。一気に崩れる。「こ、こ、ここまできたのに~。」もう一人の先生によると私の顔が段々マジになってきていたようだ。子どもにイライラしたのではなく、母の声かけにイライラ…。「頼む、見守っていてくれ…。」またもや否定的なことばかけについに「大丈夫ですから。」とことばを遮ってしまった。母には悪気はない。ただせっかく課題をやってもらっているのに、まじめに取り組まないことに腹が立っているのだ。私に申し訳ないと思ってくださっているのだ。自分の経験からも、子どもに否定的なことばかけをしていいことはない。返って悪いと思われる行動を助長してしまう。それは分かっているけど、つい感情的になってしまう。人間だから、我が子だから当たり前だと思う。否定的なことばかけをしないが、脱線は許さない…これが難しい。私も心がけているが、子どもたちにはできるだけ誘導的な声かけや、「~できるかな?」という問いかけを心がけている。お気に入りのおもちゃを握り締めて片づけを拒む子には、「○○箱に入れられるの?すごいね~。」途端に得意気に箱にしまってくれたりする。集中力の続かない子や不適切な行動になりがちな子どもには、できるだけ短いスタンスでできたことを見つけて、評価するようにしている。養護学校にいたこともあり、きっと普通なら見逃しているだろうと思うことも、すごいと思える。小さなことでも見逃さないものの見方って、結構難しい。私だって「あ!見逃してた!!」ってことまだまだたくさんある。そして否定的なことばを勧誘や問いかけのことばに変える発想って、慣れみたいなところあるよなあ。彼の母も「できるかなあ~」と不安そうではあったが、そこは一踏ん張り、小さなところから始めて、ことばを置き換えるプロになってくれればいいなあ。そしたら、きっと子どもといい関係を作れるから…。
2005.10.12
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夏に対して秋の大祭。佐原には小野川を挟んで左右に夏と秋、2回祭りがある。昨年も秋は天候が思わしくなかったが、今年も怪しい天気の中の祭り。夏もいいが、秋も益々風情があっていい。私はじっくり山車を見て、佐原囃子を聴きたいのだが、子どもの目的は屋台に並ぶくじ引きやおもちゃ。どうも気が合わない。途中雨が本降りになってきたが、大きな山車に乗った人形にはそれぞれ雨よけのフードが付く。佐原の祭りには何度も足を運んでいるが、今回初めてカーブするT字路を中心に左右14台一同に並んだのを見た。各町の大きな山車がずらりと見渡す限り並ぶのは圧巻。カーブを曲がる順に、「さんぎり」の笛の音から拍子木、そしてカーブに差し掛かるまで「馬鹿囃子」…これは一丁笛で順番に引き継いで吹き続ける。カーブまでの距離が長ければ長いほど何人も交代で吹き続ける。カーブに差し掛かると笛の音が緩やかになって、大きな山車が一気に曲がる。上手く曲がれれば拍手…。いやあ~感動でした。大きなカーブはもう一ヶ所。そこでは「のの字回し」が行われる。これは以前見たことがあるが、そこには何時間も前から見物人が場所取りをして待っていた。本当は全部曲がるまで見ていたかったけど、子どもは許してくれなかった…。貴重だったのになあ…悔しいなあ。さあてこれでまた、笛の練習にも力が入りますなあ~。
2005.10.09
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前から考えているが、真剣に独立しようと思っている。とはいえ完全に保健センターの仕事は辞められないし、現金収入は貴重なので兼業独立。こんな田舎で果たして成り立つのかわからないが、自分の理想の教室作りをするなら今しかないと思っている。教室とはまあ発達支援のための個別指導ができる教室。我が家ではできないので場所を借りることも考えたが、教材の量が多い上、お母さんと話をしている間のおもちゃも運び込まなくてはならない。ついでに自分の…そう自分の城が欲しい。契約暮らしが長いと落ち着きたくなってくる。借りるか買うか。どうも買ってもそう高くないほど、田舎らしい。住めば都だ。何より近所がいい。…というわけで物件探し。何しろ今の家も実家の父の家なので、物件探しと言うのは初体験。なんかワクワクする。2階は子供用の実験室に…。いや閑静な書斎に…。どうも気持ちは違うところに行っちゃうなあ。まあ儲けはあまり考えていないし、本当に必要だと思ってくれる人だけが来てくれればいいので、商売としては成り立たないだろうが、それでも独立にはそれ相当のリスクも伴う。ちょっと気持ちが揺れているときに、久々に学生時代からの友人とメールで「議論」してしまった。時々思い出したように「議論」が始まる。実は近所だから直接話せばいいものを、メールで文章にすることで、結構本音が話せちゃったりする。メールなのでひとつ送れば返事は次の日。気の長い「議論」である。でも、その間に色々考えさせられる。あー私って実はこう思ってたんだとか、つまりこういうことなんだ…。何て気が付いたりする。「議論」できるって、大人になってからなかなかない。学生時代からのノリなので、段々熱くなってくる。今回は子育て感とか障害児・者の自立についてかなあ。まあよくそれるので。そういえば職場で「議論」することなくなったなあ。人の話をフンフンと聞いているだけか、あるいは一方的に話しているか。たまにはあるけど、ぶつかり合うほどではない。人を育てる仕事って、ぶつかり合う相手がいて、ぶつかり合うことで前進することってあるんだよね。淡々とそれぞれが仕事をこなしていたんじゃおもしろくないよ。遠慮のない友達なので時々「カチン」とくるけど、それはそれ、こんな相手がいて良かったなあ…。なんて冷静になっちゃったのは、年月のせいかしら。
2005.10.08
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半期に一度の切り替えと言うことで、新入生がたくさん入ってきた。1歳半健診からつながることが多いこの教室は、実は待機者がたくさんいる。今回の新入生はそんな待機者がこぞって入ってきた。今月の健診で誘った人たちは、また次回まで待機というのだから、まあ繁盛してますなあ。療育や親の関り方を勉強する教室であるから、そんなに人が多くて喜べるものではない。前から多いのか、最近増えたのか…。最近は母から育児にイライラするという訴えが増えてきたそうだ。私も健診に関っているところでは確実に語彙数が減っている。多動や落ち着きがないという訴えも増えている。目が合わなかったり、関ろうとするとすり抜けてしまったり…というのも増えている。子どもは減っているのに…。実際に増えたのか、見る側の目が肥えたのか。本当に障害があるのか、育児環境の問題なのか。団塊の世代。今、小さな子どもを育てる親のそのまた親は、この団塊の世代である。男女平等に社会進出。高度成長期。核家族化。元々関りにくい子どもたちなのに、親が子どもをうっとおしいと感じていたり、子育てに向いていないと感じたり、自分の自由な時間をものすごく求めていることが多い。たまたまこの教室だからそのような人も多いのかもしれないが。子どもの問題以前に親が親になれるように援助しなければならない。親なんてはじめから親じゃないんだから、子どもと一緒に親らしくなればいい。でも、基本は我が子をかわいいと思っていてこそである。団塊世代の子ども…。私はちょっと外れているけど、例外ではないなあ。確かに子育ても大事だけど、自由な時間や自己実現、社会的に認められることに魅力を感じる。子育てしながら働くことも悪いことだとは思わない。ただ大事な時期働き方をセーブすることは大切だと思う。だってもったいないじゃないの、かわいい時期子どもをながめていられないのは。結婚したらマニュアル的に子どもを作る。作るつもりじゃなかったけどできてしまったから産む。欲しくないのにいつの間にか親をやらされていることが、やはり子どもに悲劇を生む。やはり子どもは望まれて生まれてこそ幸せだなあ…と思う。それは障害あるなし関らずである。母が仕事をしていようがいまいがである。
2005.10.05
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4月にことばの教室を自主的に卒業していた子が、また復活する運びとなった。決して後ろ向きなお母さんではなく、むしろ前向き。子どものことも一生懸命受け止めて、遊び教室にいた頃から、人一倍がんばっていた。その成果があって、幼稚園でもほぼ支障なく過ごせるようになっていた。彼女は自閉の診断を受けている。やはり経験したことや毎日の生活には支障がなくとも、少し複雑なルールや問いかけには応じることが難しくなる。もうすぐ小学生。今できることをやって、うまく小学校につなぎたい。この子だけではないが、比較的高機能な自閉症であったり、ADHDであったり、一見何も変わらないように見えるから、ご両親もできればこのまま…と思う。しかし、持てる力を十分に発揮するために、ちょっとした配慮を大人がしようと思うか否かで、その子の理解度は全く変わる。親には「特別扱い」して欲しくない。という強い思いがある。「特別」ではなく「ちょっとした」…なのだが、これは白黒で言えばはっきりと「黒」なのである。黙っていれば就学指導委員会を難なく通過するはずなのに、先に相談したがため「色眼鏡」で見られるのではないかという心配もある。学校側も落ち着きがない子や配慮を必要としている子が増えている中、前もってそのような子どもだと分かれば、対策を講じようとする。実は保健センターに声をかけられながら、その後一度も訪れなかったり、親の捉え方で全く気にしなかったりして、難なく就学してしまう例なんていくらでもある。実はそのような子どもたちは後にどこかで生活に支障をきたすことになる可能性は大なのだが…。つまり、真剣な親の方が遊び教室やことばの教室に訪れるのであって、がんばった上に学校にわざわざ相談して「先入観」を持たれるのは、なんとも腑に落ちない話なのである。教室に来るお母さんから、よく自分の子どもではなく、よその子どもに気になる子がいる…。と教えてくれることがある。彼女たちは遊び教室で色々な子どもたちを目にし、ことばの教室でも関り方やそのなぜを学ぶ。だから、下手な専門家より目が肥えているといってよい。復活した彼女も小学校との連携はまだ考えていない。どんなに子どものことを認めてがんばっているように見えても、最終的に「治る」という希望も捨ててはいない。「治る」のではなく「習得していく」。根本的に自閉症は「治らない」。子どもができるようになると信じてがんばってこそ成果が上がる。「治らない」と言って突き落とすことに何の意味があるのか?とにかくやる気になったのだから、その気持ちを大事にしていこうと思う。
2005.10.04
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雲ひとつない青空。まさに絶好の運動会日和。息子とともに今年度も役員のため早朝から準備に参加した。今年は長男にとって小学校最後の運動会。実は昨年度、彼の学年最初のプログラム100m走でじん帯を損傷。病院行きとなってしまった。なんとか閉会式には間に合い、係となっていた得点発表はやり遂げたものの、松葉杖をついての痛々しい姿になってしまった。なにより残念だったのは「ソーラン節」の踊りを見ることができなかったこと。全校生徒100人に満たないこの小さな学校では、遊戯は大まかに低学年、高学年に分かれる。高学年は毎年「ソーラン節」披露して、最高学年も一緒にやっているので、ほぼ確実に「アンコール」の声がかかる。だから、昨年度は2回息子のいない「ソーラン節」を見ることとなってしまった。何とも悔しかったが、一番悔しかったのは本人であろう。長男は運動は決して得意ではない方だろう。走っても、あまり上位は望めず、敢闘賞コレクターとなっている。1~3位はちゃんと数字の付いたシールをもらえるが、それ以降はみんな敢闘賞である。次男はいつも一等ねらい。敢闘賞を取ると悔しくて、そのシールを捨ててしまった。兄弟で随分違うものだ。とにかく今年は「ソーラン節」を2回見ることができた。何よりもそれが嬉しかった。けがなく参加できることが一番嬉しい。その後に上位入賞という副産物が付いてくるが、すべては参加できなくては付いてこない。「ソーラン節」をかっこよく踊る我が子に、涙がじわり…。思えば運動会前に骨折したり、当日熱を出したり、何かと毎年忙しい。何事もなく本当に良かった。***************************運動会の後、はじめて教職員とPTAの反省会というものに出てみた。正直あれほど明るい飲み会もなかなかないだろう。にぎやかと言うべきか、遠慮がないというべきか…。これがこの小学校のもつパワーなんだねきっと。田舎の小さな学校だけど、ここの学校でよかったなあ…としみじみ思った。
2005.10.01
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